2017年02月08日

威風堂々

      小  さ  い  が

 SANY1039.JPG人間が作り出すものには無限の可能性がある様に思われるが、その手先から生まれてくる物は色々と種類が存在し、それが物であったり、言葉であったり、文章であったりと限りない。
 人間の手先は何時ごろから進化して行ったのか、実に神秘的と思える時があるがそれは何故だろうか、出来上がった物が素晴らしいからであろうか。
 あるいは細密であったりすれば尚更の事、人の手から生み出されたとは思えない様な物に出くわしたとき、人の反応は様々であり、感心すると同時にどの様にして作られたのか知りたいと思う。
 人は長年に渡って修練を積み重ねると、手が機械のように正確無比に動き、其処から生まれ出る物もまた正確無比のものが生まれ出、とても人が作ったと信じがたい物もある。
 職人の手は素晴らしい芸術品の手を持つ事により、其処から作り出されるものもまた芸術品、写真の手びねりで作られた陶器の置物、高さは2センSANY1040.JPGチ、横3センチと見た目より小さい。
 比較対象がないため小さくは見えないが、実物を見れば如何に小さい物か分かるが、さてこの置物、時代的に何時ごろのものなのかは不明、少なくとも100年は経っていると思われる。
 この置物、どの様な経路で我が家に来たのか不明、何故かと言えば昔全く使われなかった机の引き出しから発見された物、当然父親が手に入れたものであろうが。
 小さいが実に堂々とした造り、とても2センチの高さしかない物とは思えないほどの物、頭はマッチの頭くらいで、手などはその半分にもみたない。
 しかし、その姿は実に大きく見え、実際に見た目には10センチ位の大きさに見えるから不思議、職人の技量が並大抵のものでない証、小さくても迫力満点の力作である。SANY0131.JPG
 小さくても手を抜かず、ましてや見た目に大きく見えるものを作り出すのは芸術品の手を持った職人意外に出来る代物ではなく、小さいがゆえ堂々とした作品だ。
 はたしてこの作品、何時の時代のものなのか、とても新しいものとは思えず、当然古いものだと思う。
 姿から日本のものでは無いと思われ、中国で造られたものだと思うが、時代はヤッパリ分からないが、小さな物を簡単につくる事の出来る職人の腕確か。
 パソコンのキーボードと比べて下さい、その小ささが分かると思うが、これだけ小さくとも風貌は堂々としている風に見えるから面白い。
posted by kodokei at 00:00| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記
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