2017年04月09日

親父の思い出

      これを見ると思い出す


SANY1301.JPG
 我家にある形の良い瓢箪、古いものである事は分かっているがこの瓢箪、私の父親が花見時期になると、この瓢箪に酒を入れて出かけていったのを思い出す。
 そんなに大きくない物、黒光りのしている高さ20センチくらいの大きさ、之に酒を入れても精々3合半しか入らず、花見時になると必ずこの瓢箪に酒が入り、親父と共に花見に姿を消す。

 行き先は愛知県豊田の平戸橋近くの本田邸の花見場所、毎年恒例の園遊会が開かれ招待客として行くのだが、普通のいでたちでは面白くないと、親父は趣向を凝らした姿で出かけるのが好きであった。
 園遊会には有名人も数多く招待されており、その中に行くのだから粋な格好でなければと、毎年どの姿をしてゆくのか頭を悩ましたに違いないと思われる。SANY1305.JPG

 子供の頃は、そんな親父に付いて園遊会に出かけた事も、しかし酒飲みの人ばかり、本来子供は入れず私は退屈で仕方なく、あちらこちらを歩き回った覚えがある。
 その頃は何で花見なんかが楽しいのか分からず、人ごみの多さだけが記憶に、ただ花見団子やお菓子は沢山あり、食べる事しか頭になかった。

 今思えば招待客の中には普段合えない人が多くいて、有名な陶芸家や芸能人、財界人も多く居たらしく、私みたいな子供は居なかったと思うのだが。

 覚えているのは「加藤唐九郎、荒川豊蔵」などで前にあった事のある人しか出てこないが、その他にも茶道の宗匠も居て普段はやっぱり会えない人ばかりSANY1303.JPGであったよし。
 親父がなくなって30数年が過ぎているが、この瓢箪を見ると当時の姿が目に浮かぶ、その時は何とも思っていなかった瓢箪だが、花見時になると思い出す。

 そう言えば瓢箪は育てるものと親父は良く口にしていたが、その意味が分かったのは最近の事、酒を入れては飲み、また酒を入れて飲む、そのうちに色よい風格のあるものに育つと言う、それがようやく分かりはじめた歳になったと言う事か。
 これからも、この瓢箪を育てたいが私は日本酒を飲まないから、果たしてどうなるものか。
 
posted by kodokei at 00:00| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記
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