2018年07月31日

極小ノベルティー

      大物から小物まで

 SANY1435.JPG尾張瀬戸のノベルティーは大正期から発展を遂げ、世界で君臨していたドイツの焼き物を追随、ドイツの技術の高さを知らされてから、瀬戸ではノベルティーに対する製造意欲が強く湧く事に。
 当時のドイツ製品は非常に精密で瀬戸で製造されているものよりも遥かに精巧であった物、それに対抗するには先ず肩をま先ず型を作らなければならない。
 この型作りには非常に難しく、物が精巧になればなるほど型は複雑になり、その型をどの様にして製造するか四苦八苦、試行錯誤の末精巧な型を作る事に成功する。
 ドイツに引けをとらない型が出来た事により、ノベルティー作りに拍車がかかり、瀬戸ではマイセンを追随し始め、次々に精巧な物を製造し始めることなにる。
 写真のコヒーセットは其の時代に瀬戸で製造されて物のようであり、小さい物に属しており、1番小さなコヒーカップは5ミリほどしかなく、写真では1円を比較として置いたが、其の大きさが分かって貰えるだろうか。

 特大の物を製造するのも大変なことであるが、この様に極小の物を製造するのもまた大変な事、型作りも大変であるが、其れよりも小さいことのほうが大変で、製造には四苦八苦であった。
SANY1438.JPG
 小さいからと言って手を抜いて製造できないことは当たり前、むしろ小さいから造りずらく、手間は掛かるが値段は高く取れないもの、此処まで小さいと、製造者の意地で造り事意外に出来ない。
 小さいコヒーカップには葡萄唐草の模様が描かれているが、これは印刷されたもの、一つ一つ手間を掛けて製造された証である。
  こうした瀬戸のノベリティー技術が海外で高く評価され、ドイツを凌ぐノベリティーの一大製造地となり、戦後の日本復興の一役を担ったことは確かであった。
posted by kodokei at 00:00| Comment(0) | TrackBack(0) | アンティーク
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