2019年02月24日

普及品

      携  帯  用

SANY1981.JPG 江戸から明治に入り、日時計も様変わりをする事となるが、この時期はまだ腕時計は発明されていなくて、懐中時計が主流の時代、しかし一般の人には懐中時計すら買えない時代。
 そのために日時計は大いに珍重されていたが、普通の日時計では役に立たない場所もあり、また使用する人達によっては、その丈夫さが要求されるようになる。
 江戸時代も、道中日時計と称せられるものはあったが、之も高価なもので一般人には高嶺の花、そんな事で一般の人でも手に入る安価な日時計が考案される。
 その一方で丈夫な日時計も、又要求され開発が進む、明治6年の改暦により、日時計も様変わりを要求され、その姿を一編させる事となり、今までの時刻ではなく、時間と読み方も変わる事に伴い大きく変更される。

 十二支表示から、12時間表示に変更、1時、2時と言うような現代の時間表示になり、細刻みも増やしてより鮮明に表示できるように工夫され、携帯しやすい物になる。
SANY1982.JPG 写真の日時計、明治に入ってから製造されたもの、軍隊用とも言われ、懐中時計のような形をしており、薄くて軽く丈夫な日時計に進化している。
 真ん中に磁石が入っており、磁石に従って真南向ければ、時間が分かるような仕組みになっていて、真ん中に細い棒状の線が、蓋を開けると飛び出して時間を計る指針となる。
 蓋の部分には、日時計を見る説明書が印刷されていて、簡単で面白い説明が書かれているが、「日の当たるところに出て、子の位置を真北に向け時間を見る」と説明してある。
posted by kodokei at 00:00| Comment(0) | TrackBack(0) | アンティーク
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