2017年01月26日

装飾品2

      何が付くか



 DSCN2089.JPG古時計を多く集めていると、色々な事に気が付く事があり、その時々によってはなるほどと感心する事もあるが、その逆に何でこんな物が付いているのか不思議になる事もある。
 当然だが当時を知る事は出来ないから、必然的に推測するしかないが、之が又人其々に推測する事ができるから面白いもの、私が推測したものと、知人が推測したものと違う事。
 当たり前と言えばそれで終わってしまうが、人が推測するのには分けがある事も当前、その時計を見て感じ方が違うから推測も違う、この時計の場合がまさに其れである。
 その時計とは大正天皇即位記念に製造された特殊な時計、この時計をめぐって私と友人とでは推測が全く違ったものになり、ドチラも譲らずに現在まで来ている。
 この時計、天皇家の印、三種の神器がデザインされDSCN2086.JPGた時計であり、数多く製造されたものでなく、少量生産の特殊時計、その為に市場では中々手に入らない物。
 即位記念の時計は数が少ない事、当時記念に時計を製造した会社は数社あったようだが、現存している時計は少ない。
 勿論当時は数があったと推測されるが、何故現在残っていないのか、その疑問が湧くことになるが、原因が分からないのだ。
 ひょっとしてそんなに製造されていないのではと思ったりするが、少なくとも四社が製造したと思われ、現存している時計から推測だが。
 それが事実としてもっと多く製造されたと思われ、どうして姿を消してものか、その原因は何か、色々と考えてしまう。
 そんな疑問は兎も角も、論議の的は時計の両袖に付いている飾りがそれであり、解釈が違い意見は真っ向DSCN2090.JPGから分かれての、喧々諤々の論争に発展していったのだ。
 つまり、こう云う事、三種の神器の中で何故草薙の剣だけが雲の下に配置されるのか、勾玉と八咫鏡2つが上なのか、之が大きな問題である。
 三種の神器は、伊勢神宮にある八咫鏡、熱田神宮にある草薙の剣、そして皇居にあるとされる勾玉、これが三種の神器、むらくもの剣は源平の合戦で安徳天皇と一緒に海底に沈んだとされる。
 この三種の神器が付いている問題の時計、上から鏡と勾玉は上部にデザインされており、草薙の剣は振り子室の扉に付く。
 三種の神器に戒律の差別があるのかとか、草薙の剣が何故下に来なければ成らないのか、意見続出でまとまるどころか、トッピナ意見まで出て、結局は藪の中である。
 この時計の製造会社は中間に雲をデザインした意図は何処にあるのか、今となっては知る由もないもの、皆さんはどう思われるのか、一度考えてみてはどうだろう。
 写真がその時計に付いている、両袖の雲の装飾品、此の雲が中間にあるから論議を呼ぶ原因、果たして真相は明治末期まで遡らないと分からない。
posted by kodokei at 00:00| Comment(0) | TrackBack(0) | 古時計よもやま話
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