2018年11月13日

今は懐かしい

      ブキリノ玩具

 SANY6587.JPGブリキの玩具は明治時代に海外から入ってきたが、その後日本でも製造されるようになり、昭和20年から30年頃がピーク、その後は海外に多く輸出された。
 特に日本のブリキの玩具は製品としても優秀な出来であり、その製品は海外で高く評価されドイツと肩を並べるようになり、特にアメリカで持て囃された。
 日本製のブリキの玩具、精密で丈夫カラフルなデザインとアメリカ人に好まれ、ドイツものを凌ぐ勢いでアメリカ市場を駆逐して行くことに、しかしその後は安い中国製品に取って代わられ、昭和40年代からは減少の一途を辿る事となる。
 写真の玩具、そのような状況の中で製造されたもの、今見ても当時の様子が伺える歴史の証人みたいな物、ブリキの玩具としては最後となる過度期の物だ。

 この玩具より後はプラスチックが取り入れられ、今までの雰囲気とは違ったものが製造されるようになるが、中国で製造される安いブリキの玩具に対抗する為、コスト重視の製造が始まるのだ。
 海外の市場を確保する為には仕方のない事だが、結局はSANY3423.JPG自分の首を自分で締める結果となり、ブリキの玩具は市場から消えて行ったようだ。
 写真の玩具、今見ると懐かしい車の形、JAFのマークや車に施された色彩、当時の状況が思い出されるようなもの、車の側面のドアーに書かれた日本自動車連盟の文字、今の書体とは違ったものだ。
 タクシーも同じ様に今のものとは一味も違った車、時代の流れが刻まれている姿だが、ゼンマイ仕掛けの仕組みも、これ以後簡素化されたものとなる。
 時代の生き証人とは、後世にその当時の姿をそのまま伝えてゆくのが使命、そのような宿命を持たされたブリキの玩具、懐かしさと同時に歴史を伝えて行って欲しいものだ。
posted by kodokei at 00:00| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記
この記事へのコメント
コメントを書く
お名前:

メールアドレス:

ホームページアドレス:

コメント:

※ブログオーナーが承認したコメントのみ表示されます。
この記事へのトラックバックURL
http://blog.sakura.ne.jp/tb/60413788
※ブログオーナーが承認したトラックバックのみ表示されます。

この記事へのトラックバック