2019年04月18日

日本の匠

      西洋化の波
 SANY3676.JPG明治初期、日本は大きく変わろうとしていた時期、西洋から怒涛の如く押し寄せてくる異文化、江戸時代まで鎖国政策で西洋文明の接点が少なかった日本の人々。
 一気に押し寄せる波に乗り遅れまいと、必死にもがいていた時、伝統に培われてきた技術、古い時代のものと言うレッテルを貼られた今までの物。
 そんなもの達に如何にして時代を乗り越えるか職人の感性が問われる時、伝統技術を後世に伝えるべく、職人たちが動く、今までの物をいかして、新しいものを作り出す事に。
 この時期、西洋から入ってきた懐中時計、爆発的に一般庶民に広ろがるが、やはり裕福な人々たち、そんな彼らに向けて、職人は新しいものを提供する。
 それは、懐中時計を置く台、今までに無かった新しいものだが、其処には長年培われてきた今までSANY3681.JPGの技術が一杯生かされており、和洋折衷の新たなものが出来上がる。

 写真の懐中時計の台が其れであるが、細かな部分を見てゆくと、今までに無かったものが工夫され、懐中時計の台となっている事に気づく、箱型になっているが、随所に新技術が取り入れられている。
 まずは、懐中時計をスッポリと納める部分、懐中時計の底をスッポリとくり貫いて、傾斜を付けた板に置くように工夫、之は今までに無かったものであり、時代の要求に応じたものだ。
 この板のものは、使用しないときはスライドされて本体に収納でき、必用になる時は引き出して使用するが、ここでも一捻りしたアイディアが生かされている。
 引き出した板を上に回転させて、斜めに固定すSANY9075.JPGる技法を用いて、其処に懐中時計をはめ込むと云う技法、簡単なようだが職人の工夫の賜物であると思う。
 新しい懐中時計を如何にしてディスプレイするか、当時の職人の創意工夫が偲ばれる一品、又遊び心として箱上部には象嵌が少し施されているのも、当時の職人の粋さが伺える。
 単なる時計の台ではなく、遊び心も取り入れて造られた箱、和洋折衷の明治ならではの出来栄えに、改めて関心させられる時計の台である。
 この時計の台、もう一つの目的が懐中時計を置時計として使用できるように造られたもの、単なる台としてではなく、懐中時計を利用でき、そして尚且つ遊び心を持たせた、そんな明治の職人の隠れた部部なのかも知れない。
posted by kodokei at 00:00| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記
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