2017年02月26日

和洋折衷

      流行りもの


 SANY4056.JPG何時の時代も新しいものが好きな人は多いが、明治の頃は特に盛んに新しいものを求め、人々は競い合うように買い求め、流行の先駆けを担った。
 火事と喧嘩は江戸の華といわれた江戸時代、目新しいものには目がない江戸っ子、時代が明治に移り文明開化がやってくる事に、すると江戸っ子、目新しいものに飛び付く。

 古来から日本人は舶来物に目がなく、奈良時代より日本人の弱点でもあり、良しにつけ、悪しきにつけ、舶来品に弱い民族となってしまったようだ。
 現在でも世界の最先端を行く日本であっても、やっぱり舶来ものと言うとすこぶる弱い、日本人の外国に対するコンプレックスなのかもしれない。

 それは兎も角、今回紹介するのは明治時代の版画、文明開化そのものズバリの版画、江戸時代と同じ役者絵と最先端を行く船時計、この奇妙な取り合わせだ。
 この時代、西洋時計が一気に押し寄せ、各家庭に入り込もうとする時期、金持ちは競って西洋時計を購入、一種の文明開化ブームの始SANY4059.JPGまりを告げるスタートを役者絵が切る事に。
 明治の赤版と言われる下地に、見事な役者絵を描き、その上には時代の先端を行く船時計を配置した役者絵版画、この様な構図の版画が当時流行した。

 江戸時代にそうであったように、明治に入っても変わらない役者絵、大見得を切った姿にどこか不釣合いのように見える時計、しかし全体のバランスは可笑しくない。
 絵師の腕が良いのか、版木を扱う職人の腕が良いのかは知らないが、今我々が見ても迫力は十分、生き生きとした明治の香りが匂いたつようだ。

 この版画はシリーズ物として、時間ごとに役者をかえて図を描き、12時の図として売り出したもの、つまり12枚シリーズの役者絵版画となる。
 当時の人は、文明開化を肌で感じ、江戸時代との決別を計ったのかも知れず、庶民が時代の波に乗っSANY4057.JPGてゆく逞しさが伺える版画でもある。
 ただ当時の版画を担当していた人々が、果たして西洋時計を何処まで知っていたかは不明。

 もしかすると実際に西洋時計を見ずして、この版画を制作したものなのか、時間が何故中途半端な時間なのか、偶々そのようになってしまったものなのか。
 たぶん三代豊国の作と思われるが、西洋時計に精通していたかも不明である。
posted by kodokei at 00:00| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記
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