2017年04月18日

ケースは豪華

      人そけぞれ

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 人はそれぞれ色々な趣味を持っているもの、それは人によっての価値観の違いが現れているもの、ある人は物であったり、ある人は物以外の趣味も。
 精神的なものや物質的なもの、それぞれ違ったものを求め、楽しんでいるようであるが、興味のない人にとってはどれも猫に小判でもある。

 世の中は色々で思わないものを趣味としている人も居るが、大抵の人は身の回りに存在するものを趣味としているので、身近なものを集める人が多いと聞く。
 私の知り合いもその1人、彼は主に万年筆を蒐集しており、特にエボナイトで製造された万年筆を好んで集めている人物、別に物書きでもないのだが。

 この万年筆、ヤッパリ奥が深いらしく、幾ら集めても場所を取らないのが良いらしく、少しばかり集めても、全く集めたとは思えない大きさにしかならないと言う。SANY4487.JPG
 そんな集め易いものだから、次から次へと集めてしまい、其れを何処にしまったのか忘れる始末、そんな事でドンドンと増えて行くらしい。

 私の所の来ては、「掛時計は場所を取って仕方がないだろう」とまたまた嫌味をのたまう、こだけ集めれば壁が無い様に見えるが、自分の集めたものは何処にあるのか分からないほどの小ささだと言う。

 確かにその通り、大きな掛時計であれば、万年筆がどけだけ始末できるのか、想像はつくが、それはそれで趣味の違いであり、比較にはならない。
 そんな友人が持って来たのがこのボールペン、シッカリとした木箱に入った高級品のようだが、彼に言わせると使っているうちに手に馴染むのは木で出来たものが一番と言う。
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 その一番手に馴染むボールペンを持って来たから使えと、確かに手にとって見ると、シックリと馴染むように感じるが、何処となく無造作に使えないようにも思う。
 ボールペンは何処に置いても、傷ついても、気楽に使える物がよく、高級なボールペンは使い辛いもの、ヤッパリ気楽に使ってこそボールペンだと思うのだが。

 すると友人、「そんな事だから字が上手くならないのだ」と、またまた嫌味節で終わるのだが、確かにその通り、字はヤッパリ上手くならないのだと、「高いものを使って字を書け」と言う事らしい。
 しかし高いものを使っても字は上手くならない、それを使えば上手くなると言う保証もないのだ、まあ書き易いのは確かにあるが。
posted by kodokei at 00:00| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記
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