2018年06月08日

特注品です

      伝統工芸品

SANY4915.JPG 明治初期西洋から一気に文明開化が押し寄せ、今までの日本文化が危機にさらされ、文字通り「猫も杓子も文明開化」と叫ばれていた時。
 日本人は西洋文化に飛びつき、我も我もと新しい舶来の物を取り入れ、今まで有った日本の物を大事にしなくなり、次々と海外に出て行ってしまった。
 今、何故こんな重要な物が海外にあるのかと驚きもするが、明治時期に数多くの物が見捨てられ、海を渡って行ってしまった。
 勿論その分、西洋の物が一気に入ってきた中には、重要な美術品もあるにはあるが、出て行って物と比べれば比較にならないほどだ。
 その中には伝統文化に支えられて来た数々の美術品が、ほご同然に持って行かれた事だ、日本人の舶来信仰は、この時大きく植えつけられた。
 舶来品であれば憧れた当時の人々、しかし現在も其れほど変わっては居らず、舶来信仰は継続中、そんな明治期に西洋と日本の合作も生まれた。

 西洋時計に憧れた人達の中には、日本独自のものに拘って人も少なくないもの、その人達は時計にもとれを求め、機SANY4918.JPG械だけはアメリカ製のものを使い、箱は伝統文化の日本の物をと求めた。
 結果、和洋折衷と言われる物が生まれる事に、写真の時計の箱、日本の伝統技術のかたまりのような物が出来上がる事になる。
 外箱は飛騨の春慶塗、機械の箱だが、箱の中まで全部春慶塗が施され、隠れた部分にも手を抜かない、日本の技術が施されている。
 表板は艶消しの漆がけ、その上に漆で盛上げ、絵が描かれたもの、上下には鳳凰の図柄、左右には龍が描かれたものだが、図案化してあり、特に左右の龍は良く見ないと龍には見えない。
 私も手に入れてから10年も分からずに居たが、ある人に龍じゃないのかと言われて、初めて気が付いたもので、良く見ないとそれらしく見えない。
 しかし、是だけの手の込んだ時計は今までに見たことはなく、明治の職人の心意気を感じる貴重な時計である事には変わりないものだ。
 今再現しようとすると、相当な時間と職人技術が必要、昔の人は贅沢な物を造ったもので、伝統技術に裏打ちされてこそ出来上がった時計だと思う。
posted by kodokei at 00:00| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記
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