2019年01月21日

藩札

      歴史は古い
SANY9987.JPG
 藩札、江戸時代に特定の藩内で使用できるように、紙幣を独自に発行した物を藩札と言う、基本的にはその範囲外での使用はできないもの。
 普通は銀を中心とした兌換紙幣、藩札に記載されている金額を保証するもので、藩札を持っているものは銀と交換出来る仕組み。
 江戸時代前期から西国の大名が中心、主に近畿地方の藩が発行したもので、全国的になるのは江戸中期以後と言われている。
 64州の藩が全部発行したわけではなく、やはり西国の藩が多かった様、本来はその発行された藩内でしか通用しなかったが、隣国でも使用が出来る事も合ったよう。
 この藩札はじめは銀兌換紙幣として発行されたものであったが、時代が経つにつれて物が主体の藩札も出来てくることになる。
 そもそも藩札とは、その藩が発行するもの、藩の財政が正常である信用が基本、しかし実際は藩の財政なんで、本科の銀が手元不用の為の苦肉策である。
 藩が国替えとなった場合とか、取り潰しになってしまえば紙屑、元々藩のみの信用で発行されたものであるから、藩が無くなってしまえば紙屑である。

 江戸時代には国替えや藩取り潰しも多くあり、決して安定した通貨であったとは言えず、実に不安定なものであったのだ。
 SANY0003.JPG江戸中期から末期にかけては多くの藩で藩札が作られており、何故かしら西国の藩が多い事、関東や東北の藩は西国に比べれば遥かに少ない。
 西国の藩が経済的に逼迫していたのか、事実はどうであったのか不明だが、健全な藩は藩札も少なかった事を見れば、経済的な現況からの藩札発行であったようだ。
 写真の藩札は江戸中期から後期にかけての藩札、面白い藩札は米や酒の藩札、其れも酒一合といった小さな単位の藩札。
 藩の内部で小さなものからでも藩札で経済が成り立っていたと思われ、危険度の高い流通経済であったのか、その後の藩財政がどうであったかは不明だ。
 只これ等の信用を失うと一揆が勃発する事は必定であったと思われ、幕末期には全国で一揆が盛になったのも、経済の不安定が原因か。
posted by kodokei at 00:00| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記
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