2020年01月21日

時計の小物達

    使用目的は
SANY0204.JPG 古時計を集めていると時として時計に関連するものが目に入ってくる事が、何時ものように古時計を求めてあちらこちらの店を物色しているとき。
 古時計ではないが一寸した物が目に付く、それが時計の形をした物達、古いものならまだしも、新しいものでも見つけると嬉しくなる。
 見つけた時は手にとってツイツイ見てしまうことに、其れがどんなものでも、時計の形をしていると手が出るもの、人からは病気ではないのかと。
 時計依存症と言う病気があるのではと、おせっかいの事だが、人から見るとそんな風にしか見えないのかと、情けなく思うことも。
 しかし、病気何ぞではなく、只時計が好きなだけと自分自身は思っているが、人はその様には思っていないらしいのだ。
 病気かどうかはさておいて、今回の時計の小物、知り合いから頂いた物、私が時計好きなのを良く知っていた人の贈り物、有り難い事であり、私が好きなものを探してくれるのは実にあり難い事、感謝しなければならないもの、この様にして小物も増えてゆく。

 写真の器、1つは陶器、1つはガラス、2つとも古いものではなくて新しいもの、新しいからどうと言うものではなく、実に楽しいもの、これを作った作者が時計を好きかどうかまで分かってしまうもの、時計好きの作者だと細かい所にも忠実に再現しようと思う。
 本物の形に拘るという事、時計をデザインとして見る作者だと、こSANY0211.JPGの様な時計の形をした物に仕上がるのが普通、本物にはない味が出ている。
 細部的に拘らず、自由にデザインしたことが分かるもの、例えば針の位置1つ取ってみても、時計の好きな人は、10時10分の位置にするのだ。
 知らない人は針の位置は自由にどの時間でも気にしないものだと思う、針1つの位置を見ても其れが分かる事になる。
 一寸した事だが、時計愛好者は此処に拘りを見せるもの、だから物の見方が普通の人とはちょっと違った見方するものだと思う。
 この小物達、下のガラスの形をした器、これは時計の形をした灰皿、左の時計の形をした入れ物、これは爪楊枝いれの器。
 それぞれに使用目的はヤッパリ違うが、楽しい小物には違いないが、 時計の針を見て欲しい、偶然なのか時間が一緒だ、どちらかが真似したのか、それともヤッパリ偶然なのか。
 こんな所も楽しみの1つ、集めるだけではなく、そのプロセスも大事、楽しいものは何時までも楽しくありたいもの。
posted by kodokei at 00:00| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記
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