2018年06月22日

東寺の蚤の市

      久し振りに

 SANY3230.JPG5月久し振りに蚤の市に出かけたが、久し振りのために何だか新鮮さを感じ、何かあるのではないのかと期待、前は何度と無く来た所なのに。
 1、2年振りくらいになると思うが、そんな思いで見て回る事に、何時もの癖で東門から順に回らないと何だか気が落ち着かないもの、犬と同じようなもので同じ所から始めることに。
 以前にも話したがここ東門は私にとっては縁起の良い場所、東門近くの行きつけの店で数々の珍品時計を見つけた場所、今はその親父もなくなっていないがそれでもヤッパリここからだ。
 鯉幟に目が付いて仕方がないが、これも私が以前良く見て買い込んだからか、好きだからやたらと目がそちらに行ってしまうのだ。
 別に今は欲しい訳でもないのだが、興味のあるものは目に付くもの、最近では店主とも馴染みは全くなく、知り合いも居ない状態だけれど、見るのは楽しいもの。
 心の底で良いものが有るのではないのかとの期待、これがなければ蚤の市には来ないもの、期待があるから遠くても来るのだ。
 観光シーズンとあって人は多く、境内は多くの人があちらに行ったり、こちらに来たりで賑わいを見せている中、ある露天に目が行った。
 見慣れた親父が座っているのに気付く、近寄ってその店を覗くと時計が3個、実はこの親父の所で何台もの時計を買い込んだことがあり顔見知り。SANY5222.JPG
 殆ど知らない人ばかりの中、この親父と昔話にはながさき、最近は不景気で人は出て来るが買う客は少なく、買ったとしても安いものばかり、チットモ儲からないと。
 そして昔は良かった、「あんたみたいな人が常に時計を探してきたものだから、時計で儲かったもので、あの時が1番良かった」としみじみ語った。
 最近の若い人は時計に興味がないのか、中々時計を見る人が居なくて商売も厳しいのだとも言う、そんな話しをしていたら、親父昔の手描きの幟旗を出してきて、あんた好きだったろうと差し出す。
 確かに手描きの古い幟旗は好きで、以前は良く探し回り、手書きの上等なものを買い込んでいたが、最近は全く買わなくなったと親父に言う。
 「そうか、今はやってないのか、これは非常に良い物で程度も良く、安いからどうだ」と差し出したので、見れば確かに良いものなので親父の言う通り買い込んだ。
 安くしてくれたのは嬉しいが、其れよりも顔見知りが居なくなってしまった、この東寺の市、親父に会えて嬉しかったからツイツイ買い込んでしまったのが事実。

 
posted by kodokei at 00:00| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記
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