2018年05月20日

実用新案

      ヤッパリ古いものだ

SANY5487.JPG 今でもよく見かける明治期に製造された時計の花入れ、尾張瀬戸で多く製造されたが、その後岐阜県でも製造される事になるのだが、その花入れは少し違っていた。
 明治期の花入れは時計の形をした物、色々な形のものが製造されて人気を博したものだが、その時の物はカレンダーは付いていない。
 
 この花入れはカレンダー付きの花入れ、花入れ以前に紹介して色々な物も上げて説明したが、その時にはそんなに古いとは思わないとの異議も出た
 確かに見たところ明治時代と言われても、そんなに古いようには見えないとか、何処に証拠があるのかとか、質問も多くあった。
 確かに言われるとおり、証拠が欲しいと言われるのももっともな事、事実特許庁にその資料があることは分かっていたが、其処までやらなくても良いと思っていたが。
 しかし、度重なる疑問を投げかけられると、やはりこれはハッキリさせておくべきとの思いに駆られ、特許庁の登録を調べる事になった。SANY5498.JPG
 現在の特許庁のシステムはコンピーター化が進んでおり、特許番号が分かっていれば直ぐに資料が出てくる仕組みになっている。

 今回の実用新案第37259号の番号がハッキリしている事から、時計の分類から探さなくてもスムーズにデーターを提出してもらえた。
 番号どおり、第37259が花入れの後ろに印刷されている為に簡単に分かってしまったもの、特許番号さえ分かれば今は簡単な手続きで調査できる。
 以前は分類の台帳を閲覧してから、番号が分からないもの等は時計の部門を一枚一枚めくって、当該の資料が出てくるまで見なければデーターは貰えなかったのだ。
 その為に一日がかりの時もザラであり、結局分からない時もあったもの、実用新案や特許を調べるのは躊躇した事も度々あった。
 今回の花入れ、大正4年、4月に出願して登録認可が下りたのが10月、結局半SANY5505.JPG年はかかっていたのであるが、現在でもこれはあまり進歩していないようだ。
 正式名は「陶磁器製時計形花立」、出願者は岐阜県土岐郡下石村百十一番の「加藤勝太郎」なる人物、現在の土岐市下石町である。
 この花入れは出願以前に製造されていたことは確かで、明治時代のは製造されていたと思われ、実際には古い花入れであると思われる。
 一見新しいものと思えるものでも、この様に特許番号さえあれば、その証拠たる書類が手に入れられる便利な世の中でもあるのだ。
 特許番号が分かれば、特許庁に行って閲覧を願がい入れ、パソコンで直ぐに出て来るが、資料一件1000円かかることになる。
 
posted by kodokei at 00:00| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記
この記事へのコメント
コメントを書く
お名前:

メールアドレス:

ホームページアドレス:

コメント:

※ブログオーナーが承認したコメントのみ表示されます。
この記事へのトラックバックURL
http://blog.sakura.ne.jp/tb/94997482
※ブログオーナーが承認したトラックバックのみ表示されます。

この記事へのトラックバック