2020年12月02日

蓄音機の針

    錆が来ている
 蓄音機、懐かしい音色は人々を幼い日の思いSANY5952.JPG出に添いこむが、それは遠い日の郷愁かもしれないもの、幼い日に聞いた懐かしい音でもある。
 現在のプレーヤーが出る音は電気音、確かに良い音もするし、雑音すら無いもの、音としては良い音量、良い響き、研ぎ澄まされた音。
 現代人はより良い音を求めて人工的な音にしていると思えて来るが、それは音の追及ではなく、雑音を排除するものであり、実際の生の音と少し違う。
 何処がどう違うのかは、その人の感じ方であるが、心に響く音ではない事だけは言えると思うが、そんな事を言うのは歳のせいなのか、電子音と言うべき音と蓄音機の音、比べてみれば遥かに電子音の方が良いかもしれないが、心には響かない音でもあると思う。
 その点、蓄音機はゼンマイ仕掛けの旧式、機械とはいえ原始的な物に近い、振動を伝える仕掛けはじつに簡単なもので、サウンドボックスから入った音は、パイプを通してラッパ状の拡声器に伝える。

 レコードの溝を鉄の針が通る時、波状の溝が音の源とSANY4743.JPGなり、振動が生まれるのだが、その生まれた音はまだ小さな音、パイプを通りラッパへと伝わり、音が増幅されて大きくなる。
 実に簡単な構造であるが良い音を出すので、若い人などは何故そんなに音が出るのか不思議に思うが、其れが蓄音機の実力でもある。
 そして若い人が驚くのが針、彼等はレコードを聴くためには、針を変えなければならない事を知り、又不思議に思う、それも、少し聴いただけで又針を変えることに疑問が、今のデスクは針なんぞ変えることなど無いのだから、不思議に思うのは当たり前でもある。
 しかも、鉄の針だと知り、これまた驚く、蓄音機を聴くのに何度驚くのか、それほど蓄音機は新鮮に彼等には見えるものなのだ、そんな驚きの鉄針、手入れが悪いと直ぐに錆が来るもの、錆びた針は良くないから、錆びさせないように気を付けなければならない。
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2020年12月01日

ガスとオイル

    どちらが良いか
 時代遅れだと言われるかも知れないが、私の友人の中にライDSCN2493.JPGターの蒐集家がいてコロナの中、寄るとさわると何時も論争を、他愛のない事だが本人たちは真剣、何の事と思いきや、ライターの燃料で論争であるが今の人には興味がなさそう。
 他の人達の迷惑を顧みず、コロナの中大きな声で論議を戦わせているが、酒も入っているから尚更たちが悪く、マスクはめて声も大きく言っている事が堂々巡り。
 本人たちはお互いに譲らず、何時ものとおりライターを持つての論議、仕方が無いから他の友人が中に割って入るのだが。
 しかし論争は納まるどころか白熱化、中に入った者までが論議に夢中、それでは仲裁の意味が無いが、そんな事はお構い無しに繰り広げる。
 その論争とは、燃料は「ガスかオイルか」と言う事だそうで、話を聞いていると実にくだらない話で、興味のない人にとっては、それこそどうでも良い話。
 両人、自慢のライターを手に握り締め、火をつけては消し、消しては又点け、益々激しくなる一方、仲裁に入った者はどっちつかず、話はこうだ「ガスライター支持派は、一回入れれば長く持ち、便利だ」と、一方は「オイルライターは何とも言えない、良い匂いだ」と言う。

 何だか話がかみ合っていないのだが、匂いの話と便利なことは別の事、焦点が合っていないSANY4402.JPGので、仲裁人が元の論議に戻そうとするが、もとの話はどちらのライターが便利なのかと言う事、ガスライターか、オイルライターか、どちらが使いやすいなのか、やっぱり他愛の無い話だ。
 そして仲裁人、どちらが便利なのかと言う話なら、此方が1番と100円ライターを差し出す。
 本人、論争なら「これが1番」、無駄な話は止めろといわんばかりだ、その言葉に2人とも即座に反論、「100円ライターの話なぞしていない、外部は黙っていろ」と喝を仲裁人に一言、これには仲裁人呆れ顔。
 2人はその後も喧々諤々と論争を繰り広げていたが、それ以来他者も口は出さず、勝手に論争をやっていればと、全くの無関心で後は酒を飲むことに、結局は2人とも妥協せず物別れ、どちらのライターが便利かは、使う人其々の用途によるもの、オイルライターは風には強く、ガスライターはガスが長持ちするが時代遅れの論争かも知れない。
 
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2020年11月30日

何処のこけし

   一目で分か
 最近こけしブームと呼ばれ、若い女性たちSANY5446.JPGにはこけしが人気のようだが、昔と少し違っているようとも言われている。
 このこけしブームは何回目、20年に一回来るとも言われ、ブームは再来するようである。
 そして最近のこけしブームは以前とは形態が異なるらしく、我々の世代とは集めるものが違い、彼女たちの好みも全く違っているようだ。
 我々は有名なこけし職人のものを集めて来たが彼女らは違うものを求めていると言われ、創作こけしが人気だと言う。
 以前のこけしブームは我々と同じであったが、今は違い自分の好きなこけしを求めているが、創作こけしとはそのようなもの。

 伝統に培SANY5428.JPGわれたものではなく、創作こけしはその人独特のもの、つまり何が出来るか分からないとも言えるこけし。
 中にはこれがこけしと言うような創作ものもあり、とても我々では理解しがたいこけし、それが現在のこけしブームと呼ばれたものだそうだ。
 伝統こけしの様に胴体の図柄を見れば何処で出来たものなのか、一目で分かるものではないと言う。
 写真の様にこけし好きな人なら一目で何処のものか分かるのも今までの愛好家、創作こけしは産地は全く分からないものだと言うのだ、それもまたブームであり仕方のない事かも知れない。
 しかし何処のこけしかハッキリと区別できるものがよいと思うが、それも時代なのか。
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2020年11月28日

思わぬ買い物

   ネットの楽しみ
 最近はネットオークションでの買い物がSANY0089.JPG主流、ネットで何でも買える世の中となってしまい、我々世代は戸惑うばかりになってしまった。
 若い人にとっては便利で使い勝手の良い買い物、しかし一歩間違えれば落とし穴も多い、何処からが信用して良いのか分からない。
 友人には「お前はネットは苦手だから落とし穴にはハマらないで良い」と言う、確かに自分ではやらないが、見る事だけはしている。
 自分で落とすことはしなくて、常に友人が落としてくれるのだが、商品を決めるのは自分で決め、後は友人任せ、最終値段だけを指示している。
 そんな事もあって、後一歩で買えるものも買えない事も多い、指定した値段よりも百円でも上がれば、友人はそれ以上は追わないからだ。
 電話の向うで「昨日は百円で他の人に取られてしまった」と言うばかり、「何で百円なのに追わないのか」と言えば、「お前が指定した値段があるからだ」と言うのだ。

 確かにその通り、「深追いはするな、指定値SANY0094.JPG段を超えたらそれで終わり」と指示しているから、それ以上は追えない事も分かっているが、しかし百円で取られてしまうのも惜しい。
 ネットとはそんなもので、絶対的に信用出来る事は無く、逆に言えばギャンブルに近い買い物かも知れないのだとも思う。
 写真でしか見えないから、相手を信用するしかないが、殆どの場合は信用して買うわけではなく、まず程々で良いからと考えての事だ。
 しかし、時として思わぬ買い物が出来る場合あり、それが楽しみでネットを見ているが、この水滴もその1つ、全く違ったジャンルに出ていたもの。
 陶器のジャンルに偶然出ていたものを見つけ、程度も良くなかったので、友人に「五百円で入札しておいて」とつげ、そのままの状態で忘れていた。
 普通は時計のジャンルに出ているのだが、偶々陶器のジャンルであったから、時計好きな人は見ていなかったようで、五百円で落札後日友人が現物を持ってあらわれた。







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2020年11月27日

こんなのあり

    むき出しです
SANY3044.JPG 趣味には限度が無いといわれるが、極端な物から程よい物まで様々、当の本人が良ければそれは列記とした趣味、人がどんな事を言おうが本人次第。
 元来趣味とはそう云うもの、喩え人が不思議そうに思っても、本人が真面目に取り組めば、それで良いと思う、どんな事でも突き詰めれば同じ事だ。
 物を集める人もいれば、物を観察する人、写真を取る人、運動をする人と人其々に楽しむのが趣味、私の周りにも変わった趣味の人が居て、食べ物の包み紙を集めている人が居る。
 食べ物であればどんな物でも良く、ラーメンの包み紙、ポテトチップスの袋、チュウインガムの包みといった様に、包み紙を次から次えと集めている。
 金の掛からない趣味で、兎に角集めているので、数が無限大にあるような気がするが、本人に言わせると無限にある物などないと言い切るのである。

 そんな物を集めてどうなるのかと思うが、それが趣SANY3049.JPG味だから人がとやかく言う事でもなく、本人は凄く真面目に突き進んでいるから、これからも止めるつもりが無いらしい。
 その友人が、私のこれを見て「お前が人のことを言えるのか」と、その友人が指摘したのが写真の物、腕時計の機械が丸出しのタイピンである。
 彼に言わせると「こんな物が何でタイピンになるのか」、これこそ悪趣味であると、言われてみればその通り、誰が見ても時計のガラクタでしかない。
 其れを真面目にネクタイピンとして、使っているお前こそ変人だと言い切るから面白いのだが、人の事は冷静に見えても、自分の事となると、見えないのも人らしい。
 このタイピンが人から見てどう思われるのか、やっぱり知りたいのが人情、自分ではそんなに変な物でないと思っているのだが、果たして他人の判断はどうだろうか。
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2020年11月26日

変った鍵

   個性があふれる
 時計を動かすのに必要なものがカギ、ゼンマイ仕掛けの時計はSANY0933.JPGネジを巻かないと動かないもの、その為に必要になるのがカギである。
 古時計はゼンマイ仕掛けで動くものが多く、そん分だけ鍵が存在する事になり、数多くの種類の鍵が現在まで存在している。
 一言で言えば時計の数だけ鍵も存在すると言う事、時計によっては特殊な鍵が必要になる事も、つまりそのカギでなければネジは巻けないと言う事だ。
 一品物の鍵と言う事になり、その時計の為だけに造られた鍵も存在しており、無くしてしまえば時計は動かない事になり、紛失をしないように心掛けなければイケない。
 古時計は色々な種類の時計製造会社が存在し、共通の鍵は存在していないから、その会社の鍵でなければネジも巻けないことに、また同じ会社の時計でも鍵は別々にある。
 つまり同じ会社の時計でも、機械が違えば当然鍵も違う事になり、指定の鍵でなければネジも巻けないのが古時計である。

 写真上の古時計の鍵、三木福助が発案した鍵であるが、このSANY8537.JPG鍵も又特定の時計にしかネジを巻く事の出来ない鍵、共通のネジ巻きではないのである。
 三木福助が何処の時計製造会社の時計の為に発案したものなのか、今では資料が無いために分からないが、この鍵で色々な時計製造所の時計に試してみたが、精工舎の時計に多く巻けるものがあった。
 偶然かも知れないが、機械の鍵穴にぴったりと合えば当然ネジを巻くことができるので、合う穴が多いと言う事は需要も多い事になる。
 逆に言えば三木福助はそれを見越して精工舎の時計の多く似合うような鍵を制作したと言えるのだが、それは推測でしかないのだ。
 それにしてもこの鍵実用新案の特許を取得している鍵、ネジを巻いた日付を表す仕掛けが施されたもの、鍵中央の穴が開いている部分に日付が出る仕組み。

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2020年11月25日

ライター

   火を付けるもの
SANY1857.JPG
 ライター、最近はライターで煙草を吸っている人をあまり見かけなくなってしまったようだ、やはりオリンピックのせいだが今でも使っている人はいる。
 勿論私は現在もライターを所持、ライターで煙草に火を付けているが、100円ライターではなく、列記としたライターで付けているのだ。
 最近はコンビニでもライターが少なくなっていて、以前に一番目に付く所に置いてあったが、今では何処にあるのか分からない位の場所に置いてある。
 それほど煙草を吸う人が少なく成ったしまったから、ライターも自然と姿を消しているように思え、自分でも煙草を吸うときには周りを気にしながら、それも喫煙可能の場所で吸ってはいるが、肩身の狭い思いをしている。
 それほど煙草を吸う人が居なくなった証、それに外で吸う場所もなくなり、殆ど禁煙になってしまったからだ。SANY2093.JPG
 オリンピック開催で尚更喫煙場所は亡くなり、喫煙者には地獄である見たいな状況、寂しい限りだ。
 だったら煙草を止めれば良いではないかと言われそうだが、全く止めるつもりはサラサラない、ジタバタしても煙草だけは吸い続ける。
 もう何年になるのか、ライターを集め出してから、自分で使っているライターが段々と増え、そのうちに古いライターを集め出した。
 勿論使うつもりで買い込んだのだから使わなければと思い、実際に使い込んでいたが、自分でも思わむ事にライターが増えた、毎日違うライターを持ち、とっかえ、ひっかえ、ライターを持ち出しては使っていたが、使い辛いライターも多かったものだ。
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2020年11月24日

バーコード

   間 違 い
 バーコードは色々な商品についている値段票、パソコDSCN2239.JPGンやコンピーュターの普及で何にでも張り付けてあるグラフみたいなもの、何でこんなものが張り付けてあるのか不思議であったが、これが値段票だと言われ、何とも納得が行かなかった事を思い出すのだ。
 それまでは値段が張り付けてあり、一目で値段が分かったがバーコードでは値段は分からず、幾らなのか聞かなければならない。
 勿論商品だから棚などに張り紙で値段が書いてあり、それを見ればわかるようにはなっているのが現状で、バーコードだけではない。
 しかしこのバーコード果たして本当に信用出来るものなのか、コンピューターだから的確に読み取り、間違いはないと言われているが、果たしてそうだろうか、前からそんな疑問を持っていた私は現実に、このバーコードで揉めた事があり、やはり予感は的中した。

 全国的に展開するホームセンターでの出来事、ベニヤ板DSCN2240.JPGの部品を買いに出かけ、前に買ったものと同じものを買い込んだ時、何時もの様にレッジに持って行くと、前買った値段と違う表示が倍の値段になっている、おかしいと思ったが何人も並んでいるので聞くのをやめた。
 しかしやはり値段が気になりカウンターで値段が違うのでわと、すると店員さんは間違いないと言い切るので、店員と二人で商品棚の所に行き、もう一度値段を調べた。
 結果は値段は前の値段と一緒、しかし払った値段は倍の値段、何でそんな事になるのかと問い詰めると、バーコードは正確で違いないと言い切る。
 納得が行かず、何時から値段が倍になったのだと聞くと、分からないが間違いはないと再度店員が主張するので、他の店員に調べて貰ったら、結果はバーコードの貼り付けが間違っていたと言う事らしい。
 コンピューターは正確だがバーコードは当てにならないと立証できた一例、人がバーコードを張り付け、その時張り間違えをすれば信用が出来ない事を改めてあてに出来ないものと感じた一例。
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2020年11月22日

友人はあり難い

    持つべきものは
 SANY4400.JPG昔から、友人は多いほど良いといわれるが、果たしてそうだろうか、余り多くても付き合いに大変なもの、多すぎても困るのではないだろうか。
 しかし、少なすぎても又困るもの、イザという時に助けとなるのも友人、ドチラがドチラとも言えないもの、そんな友人が「お前三脚を使っているか」と言う。
 何の話だと思っていたら、「お前の写真ピンボケだ」と言うのだが、確かにその通りであり、最近特にピンボケになってしまうもので実は困っている。
 友人いわく「三脚を使わないからだ」と言う、写真を撮るときには三脚が1番、ブレを防ぐのには確実なものと、いわれてみればその通りであるが、いちいち三脚を持って歩けない。
 其れもカメラはデジカメの小型、そんな三脚を持って写す写真ではないのだが、すると友人「お前が面倒だという問題ではない」と意気込む。
SANY4402.JPG
 友人は近頃のお前の写真は特に酷くなっているから気をつけろと、言われてみれば確かにその通りだが、之は三脚のせいではなく、カメラと自分の目のせいだ。
 最近特に乱視が入ってきたらしく、カメラのピントが合っていても、物体が二重に見えることもあり、そのせいでピントが合わないのだというと。
 最近のカメラは手振れ防止つきのもので、其れをセットしておけばぶれる事は無いと、しかし、それくらいは私でも知っているし、その様にセットしてあるのだが。
 そんなやり取りを何だかんだして、友人がくれたのがこの携帯用の三脚、コンパクトで持ち運びが簡単な代物だと、長々とお説教に様に言っていたが、何の事はない百均のショップで買い込んだものらしい。
 如何にも探し出して私のために買ってくれたものだと思ったが、何の事はない近くの百均で買って持参したもの、其れを大層な前振りをして渡してくれたのだ。

 
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2020年11月21日

染付け

   ゴスの違い
 瀬戸の染付、江戸から明治にかけてSANY4523.JPG製造された磁器、優れた染付が海外に輸出され、多くの支持を集めていた。
 有田と並び瀬戸では磁器の製造が盛んで、特に関東地方に出荷、瀬戸でつくられた陶器を瀬戸物と呼ばれ特に親しまれた。
 瀬戸物と言えは瀬戸の焼き物の事を指す、そんな瀬戸物、特に染付けは人気が高く、生産も多く関東地方に運ばれ瀬戸物の代名詞となった。
 瀬戸で製造される染付はゴスと呼ばれる釉薬の色が鮮やかで繊細な図案も喜ばれていた。
 磁器物は高級機で一般庶民の間でも憧れの器であったとされているもの、陶器よりも値段も高くて丈夫な器、高温で焼かれた器でもある。
SANY4505.JPG

 描かれている図は山水画、筆を巧みに使い深山幽谷を簡素化して描き、躍動感のある図に仕上げている技術は職人の腕が如何によかったことを表している。
 下の写真は馬上杯に描かれている山水であるが、小さな器にも拘らず器全体にゆったりとした描き方で、職人が手慣れた絵付けの技法を使っている事。
 瀬戸独特の白い生地とゴスの青色が絶妙なバランス、高級感を醸し出した逸品と言えよう、瀬戸の染付の技術の高さをしめした器と言え、この様な磁器が大量に製造されたのも江戸から明治にかけて、瀬戸の窯元が力を持っていた証拠。


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2020年11月20日

どちらもどちら

    意見が対立
 SANY7662.JPGある日、友人が2人我家を訪れてきたが、何やら様子がおかしいので、「どうしたのか」と尋ねると、2人が同時に喋りだす。
 同時に喋られても意味が分からないので、先ずは落着いて話せと部屋に、彼らは友人がネットで買い込んだランプを巡って論争したらしく。
 ネットでランプを買い込んだ友人が、もう一人の友人宅を訪れて自慢話をはじめたらしく、「今度買い込んだランプ掘り出し物だ」と、それを見た他の友人「何処が掘り出しものなのか」とケチを付けたらしい。
 そして2人で論争が始まり、結局堂々巡りで結論が出なく、我家に持ち込んで来たらしく、2人とも持論を主張しあったまま、我家を訪問。
 話をよく聞けば、2人の言っている事がかみ合わないので、焦点を絞れと忠告、話はこうだ「1人は古いか新しいか」と主張、もう1人は「安いか高いか」と主張、この様に主張して対立していたらしいのだ。

 話を聞いているうちに馬鹿らしくなり、「そんな話を我家に持ち込むな」だいのSANY7664.JPG大人が馬鹿らしいと一喝、2人の主張している事が違う問題だから、何処まで行っても交わる事はないのだ。
 問題のランプを折角持参したから、早速見ると新しい物だ、古いと主張している友人に「これは新しい物だ」と一喝、そしてもう1人の友人には「新しい物だが、お前の言う様に高くない」と、これも一喝する。
 要するに、1人は古いと思って買い込んだものが新しく、高い値段だといっている友人には安い買い物と、2人の意見を納得させて解決。
 2人とも酒を飲みながら「何処まで入っても平行線だった」と反省しきり、私から言わせれば古いと思い買い込んだ友人は安い物を買い込んだから正解だし、もう1人の友人の高いとの指摘は高くなく、安い買いもので、結果オーライと結論。
 写真がネットで買い込んだ問題のランプ、新しい物だが雰囲気の良いランプ、新しいからと言って悪い物ではないのも、こんなランプなら私も欲しいものだ、古いから良くて、新しいからダメと決め付けるのは止めたほうが良い、新しい物でも手の込んだ良い物であれば、それはそれで良いと思う。
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2020年11月19日

好きなもの

   時計の版画
 私は古時計を探し続けて40数年になるが、未DSCN2227.JPGだに目標を到達できず探し続けて迷い込んでいる始末、何処まで行くのやら。
 この迷い込んだ道は果てが無い道とも言われ、一生続くものだとも言われているそうな、だから到達点はないものだ、昔から歳をとれば悟りが開けるものと言うが、果たしてそうだろうか、それとも私が未熟なせいなのか、中々悟れないと思う、俗人だから。
 始めた時は直ぐに目標に到達すると思い込んでいた節があり、2、3年で目標到達と考えていたのだが、それが思いのほか時間がかかったようだ。
 未だ到達どころか目標の半分も行かず、今では暗礁に乗り上げ、行く事も、引く事も出来ず四苦八苦の状態である現実がある。
 古時計の世界は底なし沼、何処がそこだか計り知れないもの、行けば行くだけ深くなり、深みにハマってしまうものだと感じる。
 それは個々の人によって違いはあると思うが、大小は別にして底なし沼にハマるようだと、そんな風に思う今日この頃。

 何故かと言えば、古時計の何処の部分を目標に置くDSCN2228.JPGかと言う事、国産の古時計であればメーカーなのか、それとも形なのか、それとも好きなものだけとか、千差万別に目標がある。
 古時計を集めていると自然に時計に関するものは興味が湧き、それらもツイツイ手を出してしまい、道からそれて来るものでもある。
 私もその一人で古時計以外にツイツイ手を出してしまい、今では数々のものが増えているのが現実、時計の版画もその一つ、始めは堀田版の時計版画。
 しかしこれが集まると他の時計の版画に目が行き、それらも又手が出て買い込む事に、何処まで行っても関連するものが目に入るのだ。
 版画の良い所は場所を取らないと言う事、古時計みたいに嵩張らないので、ツイツイ手が出る事に、それもまた病気なのかもしれない、写真は笹川さんの版画だ。

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2020年11月18日

磁器の外側

   貯金箱
 私は貯金が出来ない男、子供の頃貯金箱2.jpgより親に何度も言われた言葉が貯金せよと言う言葉、兎に角貯金の出来ない性分。
 例えばお正月のお年玉、普通の子供は貯金していると聞く、私の子供の頃の友達も貯金していたと思う、だけど私は貰ったお金は全部使ってしまい、貯金と言う頭はなかった。
 その為に何時も親から何で貯金が出来ないのかと、帰ってくる言葉は貯金せと言う言葉しかなかった、そんな少年時代を過ごした。
 しかしその性分は今も変わっていなくて貯金は出来ず、今は後悔をしている始末、今更何ともならないのだと感じている。
 貯金と言えば貯金箱、貯金箱と言えば貯金、そんな合言葉みたいな貯金箱を何故かしら好きで、子供の頃より集めていた。
 貯金もしないのになぜか貯金箱を集めると言う矛盾、良く子供の頃友人に何で貯金箱を買うのかと厳しい言葉も貰った。

 親からも貯金せよと貯金箱を与えられ、少し貯金箱3.jpgは入れてみたが直ぐに取り返し、使い切ってしまう事の連続であった。
 その親からもらった貯金箱は今も健在、終ぞこの貯金箱が満タンになる事はなく、現在も空っぽである。
 自分で買い込んだ最初の貯金箱は陶器の招き猫の貯金箱、小さなもので高さ10センチそこそこのもの、その貯金箱も現在手元にあるが、相変わらず空のまま。
 貯金箱で一番気に入っているものは、苦労し手に入れたもの、磁器製の古い貯金箱、珍しいもので同じものを見た事が無い。
 普通招き猫の貯金箱は一杯になれば割ってお金を取り出すから、中々残っていないが、私の手元はに割れないでそのまま残っている。
 この貯金局と書かれた古い貯金箱で、横には逓信省のマークが入った珍しいものだ、無傷である事が有難く今では貴重な資料であると思う。




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2020年11月17日

廃物利用

    瀬戸の散歩
 SANY1044.JPG千年以上の陶器の里、愛知県瀬戸市には古い史跡が多く存在しているが、其れを探しながらの散策もまた楽しいもの、焼き物の町には焼き物にちなんだ色々の面白いものが存在する。
 昔、窯と呼ばれる陶器を焼く大きな窯の事であるが、新旧交代して古い窯は新しく作り変えると、其れに伴い窯で使用する道具も新しくするものだから、古い道具が多く出る。
 それらの道具を捨てることなく身近な物に再利用してきた瀬戸の窯元、例えば家の塀や石垣の変わりに使用したり、道路に埋めて舗装のような働きをしたりした。
 焼き物を燃焼する為に窯で使われてきた道具は、レンガと同じで丈夫なものとなり、石垣の変わりに充分な強度を持っており、それらを再利用することは当たり前に行われてきた。

 今残る窯の道具で出来た「石垣や塀」はその数を段々と減らしており、新しく塀や石垣に変えられて姿を消しつつあり、保存が急務となってきている実状だ。SANY1006.JPG
 焼き物の町、瀬戸らしい風景が少しずつ消えてゆくのは残念なこと、時代の流であると言えばそれで終わりだが、先人たちの知恵と努力で築かれたものを残してゆくのも我々の勤め。
 現在残されている窯道具で作られた美しい塀や石垣、写真の石垣や塀は今に残る瀬戸の史跡でもあると言えるもの、長年風雨に打ち勝ってきたこれ等のもの。
 今再びその存在を見るたびに、瀬戸物の里として千年の歴史がこれ等の石垣や塀に滲み出ているような、そんな気がする美しく積まれた石垣や塀であると思う。
 下の写真は瀬戸物に掛ける釉薬をつくるために使用された磁器の入れ物、縦70センチ横40センチ丈夫な入れ物を石垣のかわりとしたもの、今では珍しいものを美しく積まれている。
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2020年11月16日

止めねじ

   時代により
 和時計の止めねじ、製造開始されてかDSCN1651.JPGら約500年になるが、時代時代により時うち用の鐘のねじ、色々と変化を遂げている。
 止めねじとは和時計の一番大事な部分、一番上についている部品、時間が来れば時を打つ鐘がついているが、この鐘のねじ、500年の間にはどんどんと変化を遂げているもので、そのねじを見ただけでも時代測定が可能な部分と言われている。
 つまり止めねじを見れば製造された時代が測定できると言うもの、一見して時代を表している部分と言われている。
 勿論全部が全部それで図れるものではないが大方の和時計はこの仕来たりを守っているものである。

 和時計を製造した地域にもよるが、時代時代でSANY4016.JPG留め金の流行があり、その上時計によっては形式化された和時計もある。
 初期物の留め金は蕨手と言われる止めねじ、形がわらびの姿を真似て作られているもの、左右に渦巻き状の形をした止めねじ、これが初期型と言われるもの、殆どの和時計はこれにしたがっているが、復古調のものにも付いている事もある。
 例外は別として蕨手は古いものとして和時計につく、その後3つに分かれた蕨手のものになり、江戸中期には色々な蕨手以外の留め金がつくられる。
 別格として袴腰の和時計にはくちなし手と呼ばれる特殊な留め金が付く、これも袴腰には梔子手と決まりが、その後時うちの鐘も変化を遂げ平なものに変化、それに伴い止めねじも次第に小さくなり、末期には小さくて平田なねじになってしまう。
 写真と比べてみると和時計が製造された時代がおおよそであるが判断できるものとなっており、この法則が当てはまる事になる。
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2020年11月15日

真 実

   毎年この日
 坂本龍馬、言わずと知れた維新のDSCN2463.JPG英傑、坂本龍馬を知らない者は居ない位に有名な人物だが、彼ほど謎多き人物もまた稀で、詳しい事実は今なお謎である。
 土佐藩士であり、28歳土佐を脱藩し浪人となり、諸国を放浪し、維新の礎を築くことになるが、なぜ彼が成しえたのかそれも不思議であるが、明治維新を大きく引き寄せたことは彼の功績で、疑いのない事実。
 竜馬が実際に活躍したのは脱藩してからの約5年間、あっという間に時代の中心に躍り出て、あっけなく姿を消してしまうことになる。
 5年間の彼の行動はめまぐるしく、全国を歩き回ることになるが、何処からその活力が生まれてくるのか驚く限り、一介の浪人が果たしてそんな事が出来たのだろうか。
 坂本龍馬を評価しない人たちは、色々なことを上げ、その事実を認めようとしないが、それはそれで良い、色々な考え方があるから。

 しかし事実は彼によって維新がDSCN2464.JPG大きく近づいたことは確か、藩の後ろ盾もない彼が成しえた事は真実であり、決して小さな事ではない。
 人物の大きさがそれを成しえたと、また彼ほど頭の柔らかい男は居ないともいえるが、それが彼の武器であったことも事実、人を引き寄せる力があった。
 時代が人物を生むと言われるが、まさにその通り、新しい時代を作るために出現した人物、最近新たな事実が立証されつつあり、彼の業績が疑いのない真実であると明らかになると思う。
 今年は少し早く龍馬さんのお墓参りを済ませてきたが、今年は孫が連れて行けと言うので、孫とともに墓参りを済ませた。
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2020年11月13日

ジェームスディーン

   ポルシェ550
SANY7762.JPG
 ポルシェと言えばジェームスディーンと答える人はあの映画を見ていた人、若くして逝ってしまったディーンを知る人はポルシェを思い出すのだと言う。
 ジェームスディーン又の名をジミーディーンとも言う、1931年の生まれ、不幸な少年時代を過ごし、両親ともに別居、母は若くして亡くなり、母の姉に育てられる。
 カルホルニアでUCLA演劇を学び、映画の道に1951年の事、その後1955年にエデンの東で人気を博する事になり、スターの道に進むこととなる。
 この映画の印象が強くて、これを見た人はジェームスディーンの虜となって行った様、そして映画ジャイアンツで不動の一を得る。
 ジミーの愛称で呼ばれており、ポルシェを乗り回して絶大な人気を博したが、この車がもとで命を無くする事になる。
 友人と2人でポルシェ550のオープンカーで疾走中、交差点で対向車と激突、帰らぬ人となってしまったのだ。

 彼の死後この地点にモニメントが造られ、今SANY7771.JPGもこの地を訪れる人が後を絶たないと言われ、ジミーの人気を物語っている。
 また墓には何時も花が添えられているとの事で、若くして逝ったジェームスディーンを偲ぶ人が多く、今でも彼は人気者である。
 そのジミーを追悼してレコードが造られ、私の手元にも届いたので、古民家久米邸でのレコード鑑賞ではこのレコード掛けている、写真上。
 ジェームスディーンと言えばジイーンズ、Leeの101これが彼が履いていたもの、現在でもこの版は人気の型であると言う。
 亡くなって70年も経っているのにいまだに人気があると言う事は、如何に当時の印象が強かったと言う事だろう、私もその一人でいまだにLeeの101を愛用している一人。
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2020年11月12日

盛秀太郎

    津軽が生んだ名工
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 盛秀太郎、青森県津軽系のこけしの元祖とも言える人物、津軽こけしは秀太郎によって大きくなったとも言う。
 秀太郎は明治28年11月に生まれ、父元吉の手伝いをしてろくろ引きを覚えるが、この頃はまだ津軽のこけしは誕生していない。
 もともと盛家は木地師の家系、父元吉も木地師であったが養蚕を営んでいたが、木地師も並行して行っていた。
 秀太郎は16歳の頃より父の手伝いをしてこの道に入るが、まだこけしは製造していなくて、本格的に始めるのは大正三年である。
 津軽長おこぼと呼ばれる原型が存在、その発展形が秀太郎が造り出すが、直ぐにはこけしは売れなかったようだ、温泉場の土産物としてこけしを売り出してから、少しづつ人気が出始め、秀太郎の造るこけしが広がりを見せる事になる。SANY0964.JPG
 津軽のろくろは床おき式と呼ばれる形式のろくろ、津軽独特のろくろであると言われ、秀太郎もこれでこけしを製造した。
 次第に秀太郎のこけしは人気が出、製造が追いつかなくなるほどの人気となるが、律儀な秀太郎は多くを製造できない。

 人気が出る事により、こけしの製造が追いつかなくなり、次第にこけしの値段が上がる事に、そんな出来事を秀太郎は嘆いていたと言う。
 自分のこけしが人気出る事はありがたいが、忙しくて病気にもなれない位なり、それが気がかりで辛いのだと漏らしている。
 本人の意思とは違い、秀太郎の造り出すこけしはうなぎ登りの人気となり、一年も待たないと手に入れられない程となる。SANY0975.JPG
 こけし愛好家の間で秀太郎のこけしはひっぱりだこ、全国的にこけしの人気作家となり、ますます手に入らない様になる。
 それでも秀太郎は注文に応じようとこけし製造に邁進するも、やはり製造は追いつかなくて、本人も驚く人気になってしまう。
 秀太郎の造り出すこけしは個性的なもの、代表作の達磨が描かれている定番のこけしね一目見ただけで盛秀太郎のこけしと分かるものだ。
 写真は晩年に近い時のこけし、高さ30センチの普通サイズ、この手が秀太郎の代表作であるようだ、こけしの下に盛秀太郎木形師居士作とサインが入っている事から、やはり晩年に近い作品ではないだろうか。
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2020年11月11日

親父の趣味

    今 見 る と
 SANY3169.JPG実家にあった飾りだな、子供の頃は部屋の隅に置かれていた物で、別に気にも留めずに生活していたが、自分が家を建てた頃より少しづつ興味を持つように。
 私は次男であることもあり、兄よりも早く実家を出る事になり、同じ市内に家を建てたのだが、子供の頃より畳の上で育ったものだから、家を建てるときも畳の部屋を作る事にしていた。
 実家には親父の趣味で飾り棚が四つあり、そのうちで1番良いと思うものを持って来ようとしたが、部屋が狭いために母親が飾り棚が大きすぎると言い出した。
 確かにその通り、実家においてある部屋は十畳の広さ、私の部屋は六畳、母親の言うとおり狭すぎ、仕方なく1番小さな物を持って行くことにした。
 この飾り棚、四つの内1番シンプルな物、あまり気が進まなかったが、部屋に納まらない以上仕方なく、この小さな飾り棚になってしまった。

 その後30年我家の和室に鎮座していたが、誰もこの飾り棚に気も留めず月日は過ぎ去ったもの、部屋が古くなったので改築をする際に、大工さんがこの飾り棚を見て「これ黒柿のむく板で、こんなに大きく見事な物を見たことが無い」と言い出した。SANY3172.JPGSANY3171.JPG
 大工さんによると、45センチもの幅のある一枚板は珍しく、孔雀紋の入った黒柿は、今となっては貴重な物だそうで、絶賛され此方がビックリした。
 「板の厚さも1センチと厚く、立派な飾り棚で大事にしてください」と、今まで何とも思っていなかった飾り棚、他人から褒められると、何だか立派に見えてきたようだ。
 人間と言うものは勝手な動物、自分ではあまり乗り気でなかったものが、褒められて良くなってしまうとは、やっぱりマダマダ悟りが無い未熟者である。
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2020年11月10日

木曽の大橋

    道 の 駅
 SANY2908.JPG国道19号線木曽街道奈良井宿の道の駅、全国に道の駅は沢山有るが、売店や建物がない道の駅は珍しいもの、そして駐車場も大きくはない。
 休憩しようと思って入った人は先ず驚く、売店も何もないからだ、そして目の前に大きな橋が目に入ってくるが、この橋思ったよりも大きいもの。
 奈良井川に架かる木造の橋、この木造の橋は1991年に造られたもの、その長さは33メートル、幅6.5メートル、高さ7メートルと木造の橋としては日本国内有数の大きさを誇る。
 木曽街道奈良井宿の前に架かる橋、木曽街道江戸から数えて34番目の宿場町、今も江戸時代さながらの町並みを残しており、観光客で賑わっている宿場。
 その宿場に行くに一番の近道にある橋、橋脚を持たない橋としても有名であり、岩国の錦帯橋と同じ造りの構造として造られた橋、この橋下から見目とその構造が良く分かり、実に美しい姿をしている橋だ。
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 300年以上の木曽檜で造られており、宿からは20段の階段があり、国道側には21段の階段になっているが、これは20世紀から21世紀にかける橋と言う意味もあるらしい。
 この橋、工費は2億円といわれ、木曽の檜木を使った高級品、しかも300年以上の檜木しか使って居ない橋、橋にこれだけの木曽檜木を使った橋は全国にない。
 古い歴史を秘めた木曽街道、宿場町の未来を橋にかけた思い、実にロマンチックな事をする町でもあり、そんな思いを乗せた橋を今日も観光客が訪れる。
 4月から11月の夜にはライトアップされ、この総檜造りの橋が闇に浮かんでいる姿は、実に幻想的な世界であり、一足飛びに江戸時代にタイムスリップしたようである。

 

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