2020年09月24日

象嵌

   木象嵌
 古時計にはいろいろな種類が存在しており、それが又古時計を蒐集しようとすDSCN1330.JPGる人が増える要因、好き好きにより集めるものが違う事になる。
 その人の好みにより当然集めるものが違い、同じ掛時計を集めていても、八角型の時計、達磨型の時計、スリゲル型の時計、大型の時計、小型な時計、と種類は様々。
 同じ掛時計でもこれだけ分かれる事になり、種類が多い事が実感できると思うが、これはまだほんの一部分、製造メーカーの違いと国産か外国産かに分かれる事に、またまた細かく分かれる。
 ある人は精工舎しか集めない人も、その中には6インチの琺瑯文字盤しか集めない人も居て、同じ成功者を集めていても又分かれる事になる。
 古時計が奥が深いと言う事はこの事、6インチだけ集めようとしても、数が多くて中々全部集める事は難しく、集めれば集めるだけ奥の深さをつくづくと感じる事にもなる。

 ある人が古時計を見て論議が始まっている所に出DSCN1311.JPG会い、仲間に入れられ、意見を聞きたいとの事だが、何の事やらと思いつつ話の中に入る事に。
 よくよく聞けば古時計の模様にある事に気が付き、彼らの意見が2つに分かれている事も分かったので、うかつに意見を言えないと思った。
 目の前に置いてある古時計の模様に論議が集中、それは描いている模様だと言う人と、木が埋め込まれているのだと言う人、2つの意見が論議のもと、私にどちらが正解かと意見が聴いているのだ。
 その時計はアメリカ製の象嵌が施されている時計、明治以前に製造されたアメリカ製の時計、時計本体に木象嵌が入れてある。
 間違いなく木の部品を嵌め込まれているもので、木象嵌と言い手間のかかる模様つくりをしたもの、描いている模様ではないが、あまり強く否定しても間違っている人に失礼だから、やんわりと説明する事にした。
posted by kodokei at 00:00| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記

2020年09月21日

侵入者

   何者かが
SANY6425.JPG コロナ騒ぎが収まらない中、我が家の近くで最近物騒な事件が多発、空き巣が多くて被害にあったところが続出しているのだ。
 我が家も以前に空き巣に入られたが、周りで特に多くなっていると言う、その手口は千差万別。
 家に住人がいない事を確認しから空き巣に入ると言うもの、住人を確認する為にたちが悪い。
 家の者が居ない事を確認して空き巣に入るから、これでは防ぎようがないとも言われ、頭を悩ましている。
 勿論我が家ではセンサーを取り付け、簡単には入れないようにしているのだが、それとても何時入られるかしれない。
 専門家に相談したら音の出るものが良いと言われ、色々なセンサーも取り付けたが逆に近所からうるさいとの苦情も、自己防衛も大変で度を過ぎると失敗をする事にもなりかねないが、何もしないでは安心できない。

 近所でも色々な対策をしているみたいでSANY6418.JPGあるが、これが一番と言う対策もないのが実情、用心するしかない。
 それともう一つが野良猫で、折角空き巣防止に取り付けたセンサーに野良猫が反応、それも幾度となく。
 我が家の飼い猫が居なくなってから久しく、その間出入りしなかった野良猫が今では我がもの顔でいる。
 動物とは敏感なもので敵対する猫が居なくなったことを知り、我がもの顔で出入りする事になってしまった。
 出入りだけならまだしも芝生の上で排泄をして行くからたちが悪く、その対策にも頭が痛いのだ。
 センサーに反応するやら、排泄して行くやらで、やりたい放題の現状、困ってものでネットを付けてみた。
 簡単なネットを出入り口に設置して、野良猫が入れないようにしたがその効果はあまりなかった。
 ネットが低すぎて野良猫は簡単に飛び越して行く事に、目の前で飛び越されてしまい頭にきた。
 それでネットを高くして飛び越せないようにしたが、敵もさるもので今度は他から侵入しているようだ。
 その対策に乗り出さなければ、空き巣と野良猫、頭の痛い事ばかり発生するとは、今の世の中忙しい事だと思う。



posted by kodokei at 00:00| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記

2020年09月20日

季節は移り行く

    異常の暑さだが
 SANY6779.JPG今年の夏、異常な暑さ、記録的な猛暑と何度も報道されているが、全国各地で最高気温も更新され、確かに暑い。
 幾ら暑くてもお盆を過ぎれば例年は少しは涼しくなるが、今年はまったくと言ってその気配が無く、マダマダ太平洋高気圧は元気だ。
 これからも当分暑い、暑いと言わなければすまないようだが、果たして何時まで続くことやら、そんな事を思うこの頃。
 近所の庭に秋を見つけ、こんなに暑いのに如何して秋が来ているのか不思議、まだ35度を下らない気温、そんな中植物は秋を伝えに来ている。
 自然界とは不思議のもの、我々人間の営みとは別に、彼等は彼等なりの生き方が存在している事は確か、敏感に季節の変わり目を感じているようだ、巷ではコロナが蔓延している現実、秋が来たかと思えば少しは気が休むもの。
SANY6866.JPG
 秋を代表する花コスモス、漢字でも秋桜と書く、その字の通り秋に咲く花、そのコスモスが近くの庭で咲いているのを見つけた。
 このコスモスが暑いのに咲きかけているとは、そんな思いで眺めていると、その庭に別の花を又見つけてしまった。
 これも秋の七草の1つ萩、コスモスは秋の七草ではないが、萩は秋の代表的花、この2つの花がチラホラと咲き始めている。
 自然とは素晴らしいもの、我々の様に暑いと言って部屋でエアコンを効かせて居るのに、片方は暑いのに花を咲かせ始めているとは。
 彼等は暑さにめげず、健気に花をつけ、人間に季節が変わり始めた事を告げているようだ。
posted by kodokei at 00:00| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記

2020年09月19日

テーマはノリタケ

      放送なので

 地元FMラジオ、ラジオサンキュウ、ここの放送に出るようになって10年になるが、SANY9651.JPGあっという間に過ぎてしまったが、今でも新鮮な気持ちでやっている。
 始めの頃は余り多くを語らなかったが、最近では時間が足りないように思いだし、時には時間を超過し、ディレクターが手でグルグルと合図。
 そんな事がしばしば、はじめと違って次から次へと云いたいことが出てくるから、止まらなくなり時間だ、時間だとディレクターを慌てさせる。
 はじめはアナウンサーの質問にしか応じず、アナウンサーもやりにくそうであったが、今は逆に私が喋りすぎ、全く逆な事になっている。
 そんな事で、今日のテーマはオールドノリタケ、何回もこのテーマはやっているが、何回やっても言い尽くせないもの、今日もまたディレクター泣かせ。

 今日もダブル高橋、2人の高橋アナウンサーとノリタケ談義、私からざっと、オールドノリタケの歴史について述べ、その中で明治期森村組に瀬戸の陶器業SANY9736.JPG者が大きく関わった話をする。
 すると両高橋アナ、パクリと食いつき、瀬戸の窯元の話になり、盛り上がりを見せだしたので、また話が長くなると思い、他の話題に変えると、2人とも私の顔を見て何故と言うような素振り。
 是も何時もの事だが、これ以上話が進むとノリタケの詳しい話ができなくなり、時間がなくなる恐れがあるためだが、2人の目はまだ話が途中と言いたげだった。
 オールドノリタケの話に無理やり引き込み、ノリタケのウンチクを話し始め、軽く流して説明をする。
 慌てて早く話を済ませたもので少し時間があまってしまい、そこからはオールドノリタケの品評会開始である。
 結果はそれぞれが好みのカップを持つ事に、自分好みのカップを手に、人の持っているものを何で選んだか、お互いに聞いている内に時間となった。
 何時もぶっつけ本番の放送、殆どがアドリブと出たとこ勝負、だから他の人がどんな話をするのか、その探りあいで非常に面白いトークとなる。
posted by kodokei at 00:00| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記

2020年09月18日

久し振りの市

   血が騒ぐ
SANY3056.JPG
 久し振りに蚤の市に出かけたが、ヤッパリ何処かそわそわとして、何か良い物がありはしないかと、そんな思いが湧いて来るのだ。
 別に大したものがあるとは思わないが、それでも何か良い物があるのではと、期待してしまうのも蚤の市である。
 幾度となく訪れてはいるが、それでも何時も思うのは何かあるのではと、誰しも思う期待が表に現れるものだと思う。
 そんなに大きな蚤の市ではないが、期待は何時も大きくて、現場に入るまでが一番、入ってしまえば思いよりも、早く良い物を見つけたいと。
 そんなものが有るわけないと思いつつも、その気になってしまうのが蚤の市、大抵は期待を裏切るものなのだが。SANY3074.JPG

 若い頃は余りにも荷物が多くて、一つ一つの店を順に見ていたので、時間ばかり過ぎて先に進めず、良い物を人に取られてしまった事も。
 一つの店を見過ぎてしまい、早く次の店に行く事が出来ないのだ、それほど時間がかかっていたが、次第に店の商品が分かるようになる。
 そもそも何が専門なのか、店、店によって違いがあり、それを早く把握しない事には早く回れないと、それに気が付くまで時間がかかった。
 慣れて来ると店主の好が分かるようになると共に、自分好みの店を覚えるようになり、数段に時間が短縮され、一点集中して見れるように。

 そして店主とも顔見知りになるSANY2955.JPGと、向こうから話かけてくれるようになり、情報もくれる様に、それまでに時間が過ぎた。
 今は逆に久し振りではないのかと、向こうから呼びかけてくれ、顔見知りとは良いものだが、少しご無沙汰でもある。
 そんな蚤の市、今日も何かあるのではと、気持ちも高ぶっているのも久し振りである証拠、蚤の市に呑まれているかも知れないのだ。
 しかし、何時もの空気が漂っているのも蚤の市、時間が止まったような雰囲気、昔に遡って行くような、そんな雰囲気が漂う、さてさて今日は何を探せるものなのかと、足早に進む事になってしまったのも、やっぱり久し振りの証拠である。
 こんな日は何にも手に入らない事は、今までの経験で分かってはいるが、ひょっとして良いものに出会うかもと。
posted by kodokei at 00:00| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記

2020年09月17日

材質の違い

   普通の材質と異物
SANY2036.JPG 古時計、色々な種類が存在しており、種類の多さが古時計でもあるのだが、それが蒐集に意欲を与えている。
 色々なものがあるから面白いもの、数が少なければ蒐集は簡単に出来、あまり時間も係らず値やはり面白味がないのだ、集めても、集めても、尚且つまだ集まらない、だから集めてやると意欲が湧くのも、数の多さが原因とも言える。
 種類の多さが原動力ともなるのだが、的が絞り難いのも古時計の世界、探す興味を持てるのも古時計の多さ、そんな古時計、的を絞れば集めるのも目標が出来、その目標に向かって進めるので、蒐集のめども立つと思う。
 逆に人とは違った蒐集の仕方をすれば、変わったものが集まる事も、人の手を出さない物であれば、集めるのも楽かもしれない。
SANY2033.JPG
 そんな思いで、人と違った道を進むが、之もまた簡単な事でない事に気が付くことに、それは逆にかすが少なすもの。

 例えば変わった時計を集めようと決めても、数の少ないものはなかなか集まらず、探しても、探しても見つからない事も、中々古時計が手に入らないと、自然に気がめいって来るもので、何時になったら手に入れられるのかと不安が先に立つことになる。 
 それがドンドンと大きくなり、のしかかって来るとは思っても見ない事に、イライラが募る事にもなりかねないのだ。
 私の知り合いが、人と違ったものを集めたいと、コツコツと集めだし、何を集めているのかと聞けば、形よりも材質の違ったものを集めているのだと。

 何かと聞けば「例えば振り子であったり、飾りボタンでSANY2058.JPGあったり」と言うので、もう少し詳しく聞くと、八角型でも振り子の違ったものがあり、材質も違ったものに的を絞ると。
 写真の振り子と渦巻きりんの台、普通は金属であるが値素材がガラスだと言う、ガラスの振り子や渦巻きりんの台など、ガラス物は珍しいと。
 素材が違えば、違ったで面白く、形が違えばもっと楽しいのだと、見つけた時の喜びが堪らないのだと言うのだ。
 少し違った視線で古時計を見ると、また視野も開けるもので、人と違った道が見えて来るから、進むのも楽しいらしい。
 自分の道を探し、簡単な事から集め出せば、楽しく先に進める意欲も湧くもの、それが古時計の世界かも。
posted by kodokei at 00:00| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記

2020年09月16日

使い慣れたもの

    之がないと
 SANY4626.JPG車を運転して47年、この年まで幾つものサングラスのお世話になったが、レイバーンのサングラスほど付き合いの長いものはない。
 どう言う訳か運転するのにサングラスがないとダメ、路面が光って目に痛く感じ、サングラスをかけないで運転は出来ないのだ。
 その為に之までにどれ位のサングラスを買い込んだことか、はじめの頃はまぶしさを避けられれば、どれでも良かったと思っていたが。
 ある時、マックイーンが掛けていたサングラスが気に入り、そのサングラスを探して買い込んだのだ、其れ以来レイバーンのサングラス一途。
 次から次にとサングラスを買い込んで、今では10個以上のレイバーンのサングラスを持つ事になってしまい、どのサングラスを使うのか困る時も。
 友人が「1人で1つのサングラスしか掛けれないのに、幾つあっても無駄」と手厳しい、「お前は2つのサングラスをどの様に掛けるのか」と、またまた嫌味。
SANY2848.JPG
 言われてみれば確かにその通り、1つしかサングラスは掛けれないが、使用場所によってサングラスを掛けかえるものだから、違ったサングラスが欲しい。
 晴れた日と雨の日とは違ったもの、曇りの日と雪の日とも違ったサングラスが必要、用途によってサングラスを掛けかえるのが通。
 写真のサングラス、1番気に入っているもので20数年使い続けているものだが、今ではなくてはならないサングラスと成っているもの。
 偏光レンズが付いている為に、利用度は高くて便利なサングラス、何処に行くのも手放せない1つ、多くのサングラスがあるが、やっぱり之が1番使い易いサングラスだ。
 そんな私に友人、「日本人には合わないサングラスだ」と嫌味、確かにその通りかもしれないが、好きなものは好きで、人に言われたくもないのだ。
 このサングラスを使い出してから20数年、好きなサングラスをとっかえ、ひっかえて使っているが、これが一番お気に入りのものだ。
posted by kodokei at 00:00| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記

2020年09月15日

洋館の明かり

      シンプルが良いSANY2874.JPG
 明治期、西洋から入ってきたランプ、日本の生活の中に溶け込んで久しいが、その種類は様々なもの、その建物にあったものもあれば、場違いなものも多い。
 日本の建築にあったものが輸入された訳ではなく、そのランプに合わせるかのようにランプが流入、其れを選ぶのも購入者の好み、派手なランプを欲しがる人、シンプルなランプを好む人。
 そんな西洋ランプ、電燈が使用されるようになってから、急速にその姿が増したのは言うまでもなく、電気の普及と共に西洋ランプも増えて行く。
 そして、日本建築その物に付けるのではなく、西洋館を建築して、日本の住まいとした建物が増え、其処には西洋ランプが当然の如く使用された。
 明治期も中期を過ぎると、日本人も西洋ものに少しづつ馴れ、その好みも多少変わってきたのか、やっぱり建築に合ったランプを選ぶようになった。

 写真のランプ、明治当時建てられた西洋建築、シンプルな造り方であるが、西洋館には違いなくランプが使われているが、思ったよりもシンプルなものが付けられている。
 形こそは色々な種類があるが、その物は派手なランプではなく、SANY2877.JPG部屋部屋にランプの形や大きさは違うもの、シンプルである事には違いなく、センスの良さが伺える。
 写真のように、乳白色系のランプであり、殆ど色は入っておらず、白色で統一されているかのようだが、当初からこの様なスタイルであったかは不明だ。
 しかし、現在使われているランプを見た限りでは、この建物にピッタリのものが付いていて、非常に好感が持てるものとなっており、見る人も落着いて見える。
 生活のなのランプ、毎日見るものであり、余り派手なものは見ていると飽きるもの、シンプルなものは何時までも飽き無いもの、しかし、少しは色の入ったものも変化があって良いのか。
 この様なランプ、建物によっても違うが、色とりどりの色の付いた派手なものばかりではくど過ぎると思う。
 その雰囲気に合ったものを付けるのが良く、派手なものは避けた方が良い、西洋ランプも適材適所で、その建物の雰囲気を壊さないようなものが良いと思う。
posted by kodokei at 00:00| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記

2020年09月14日

ガラス絵で分かる事

   各社の違いが
SANY2861.JPG 明治期、日本の時計製造会社は西洋時計をモデルに、盛んにコピー商品を造り、市場に供給していたが、今で言う違反であるが当時はお構いなしに行われた。
 アメリカ製の時計をそっくり真似て西洋時計を製造、今で言うコピー商品、商法違反である事は明らか、しかし当時は気にせず造り続けた。
 兎に角そっくりに造り上げる事を目指しており、その完成度は高いもの、本家の時計と瓜二つの時計が製造された。
 そんな事で本物そっくりに造る事が当時の時計製造会社が目指していた事、そっくりに造り上げ安価な値段で提供する事に生き甲斐すら目指していた。
 現在の中国と同じ状況で、コピー商品をとやかく言う現代人も、昔は日本も盛んに造り続けていたのだから、今にして思えば恥ずかしい。
 しかし当時は恥かしいとは違い、逆に誇らしく思っていたのだから、考えもしない事、とにかく一生懸命にコピーした時代。

 現存している古時計がその証拠である事は確か、より本物に近い物を造る、その意気込みが健在に伝わって来るのだ、今そんな古時計を並べてみると、面白い事が見えて来るもので、会社が何処の時計をモデルにしたか、そして同じ時計をモデルにしても、その出来の違いSANY2855.JPGが。
 大手の時計製造会社と中小の時計製造会社とでも、その違いが表れているが、個人の時計製造所もまた競い合っていた。
 ある意味、個人の時計製造所の方が、より本物に近い商品を製造しており、大手の時計製造会社よりも精度の高い時計を製造。
 何処にそんな力があったのか、個人の時計製造所が大手の製造した物よりも良いものを造る、おかしなことであるが、事実それが残っているから、ある人に言わせれば大手の製造会社はコストと利益を重要視したために、個人の製造所よりも程度の落ちる時計を製造したと。
 プライドを持って造り上げた個人の製造所、大手に負けまいとする心意気は、明治の職人魂を見る思い、意地とプライド、職人気質、個人の製造所の職人の腕が良かった事の裏返しとも言える事、その証がしっかりと残っているのも面白い事だ。
posted by kodokei at 00:00| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記

2020年09月13日

招き猫の由来

    由来です
 招き猫の発祥とは、古来中国の逸話に由来SANY0900.JPGするものであるらしいが、今の招き猫の形が出来上がるのは江戸時代に入ってからだと言われる。
  何故、猫が人を招くのか、猫の顔を洗う仕草がいかにも「おいでおいで」と人を招いているように見える事からとか、色々な説が存在する。

 800年代の唐時代にこんな諺が、 「猫面を洗いて 耳過ぎれば 即ち客到る」と、これは猫が顔を洗うと雨が降る、雨が降れば雨宿りの客が店に入って来るとの例えである。
 もちろん猫が顔を洗ったからと言って雨が降るとは限らないが、雨が降れば人は雨宿りをしなければならないから、店に入って来ることもある。
 商売人にとっては願ったり叶ったり、雨が降れば客が来る、そんな事の繰り返しが猫の顔を洗う仕草と相まったともいえ、当時も今も、雨が降りば人は雨宿りを求めてつい店に入ってしまうが、この事が客を呼んでくれる縁起の良い仕草であると喜ばれていた。
 日本で言う、 「風が吹けば桶屋が儲かる」の例えと同じ、間接的に繋がっているが縁起の良い事の教えである。

 日本では色々な説がある中、1400年後半、太田道灌が負け戦で道に迷い、自性院の飼い猫が手招きした方角に逃れ、窮地を切り抜けた故事にちなんだもので、これが招き猫の始まりであるとされている。 

 豪徳寺説、 1600年後半2代彦根藩主が鷹狩の帰り、豪徳寺近くの大きな木の下で雨宿りをしていたが、豪徳寺の飼い猫がしきりに手招きをするので、それにつられて豪徳寺の境内に入ったら、今まで雨宿りをしていた木に落雷して命拾いしたとの故事にちなんだもの。
 西方寺説、SANY2926.JPG今戸神社説、など諸説がいくつか存在しているが、いずれも確証がなく、どれが正しいかは本人の考え次第、諸説ある中、1番信憑性のあるのは、京都伏見の伏見人形が1番初めではないかと私は思うが、ここで製造された伏見人形が江戸時代初期から、全国に普及し、この人形を手本に土人形が作られるようになる。
 その中に招き猫風の猫の土人形が存在し、これが元となっている事は確かで、諸説ある招き猫も伏見人形の発展系であると思われる。
 中国の故事をヒントに、みやげ物や商売繁盛の縁起の良い置物として、あちらこちらで製造が始まり、その内に元祖や本家などと後から付け加えたようだ、何れにせよ商売人には客引きの縁起の良い置物には違いは無く、また郷土玩具の愛好家には是非とも手にしたい土人形でもあり、招き猫は愛玩用としても人気がある。

  現在でも招き猫ブームがあり、新しい招き猫も続々とつくり出されているようで、現在では我々が驚くような招き猫も出現しているとのこと、いずれにせよ招き猫は幸福を齎す縁起の良い置物であることには変わりなく、全国各地で色々な招き猫が製造されているようだ。
posted by kodokei at 00:00| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記

2020年09月11日

ブリキリ玩具

SANY0283.JPG   ロボット
ブリキの玩具と言えばロボットと帰って来るのは男の子、男の子にとってはロボットは憧れのオモチャと言って良いと思う。
 勿論私も即座にロボットと答えるだろうし、他の人もその様に答えると思われるが果たして全部が答えるのか、それもまた疑問でもある。
 そんなロボット、勿論年代順にロボットの種類が違う事は明らかだ、私の頃は鉄腕アトム、鉄人28号、この2つに限ると言って良いと思う、しかし世代が違うとロボットもまた違う。
 それなのにブリキから連想するのにロボットが出て来るのはやはり男の子だからと思う。
 勿論その他の答えをする人も居るだろうと思うが、ほぼ全体が支持するオモチャだと思われ、今も昔もロボットの人気は高いのだ。SANY2042.JPG

 当然の事だが現代のロボットはブリキではないため、今の男の子に問いかけても無意味であるが、私は今でも男の子はロボットが好きだと信じている。
 その筆頭がガンダムと言えようが、他のロボットも出ると思う、しかしロボットに違いなく、男のロマンみたいなもの。
 しかしブリキのロボットは高い、特にアトムや鉄人などは復刻版でも高くて、買う気にはならないが好きには違いない。
 高くなければ直ぐにでも買いたいと思う心理は幾つになっても持っているのも男だからと言えるのではなかろうか、それこそ動かなくとも安いアトムや鉄人のブリキの玩具があったなら、絶対に欲しいと思うし、買い込むかもしれない。
posted by kodokei at 00:00| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記

2020年09月10日

郷土玩具

   小さな蕾DSCN2362.JPG
 郷土玩具、日本全国に伝わる素朴な人形郷土玩具、昔から愛好家が多く、今尚人気が高く愛され続けている人形の一つでもある。
 全国に伝わる郷土玩具は人形だけではなく色々な物があり、その土地、土地でつくられ続けている素朴な玩具を指して言う言葉だと思う。
 それは様々な素材でつくられたもの、土であったり、木であったり、鉄であったりと、その土地にあった色々な材料を利用してつくられたものだ。
 それらは本職の人達が造り出すものではなく、農耕の合間につくり出したもの、だから素朴でその土地に溶け込んだもの達だと言う。
 土地に伝わった伝説がもととなったものや、話からヒントを得てつくられた玩具、また土地に合った素材でつくられたものと様々、その中の一つが土人形である。

 土人形の歴史は古く、全国でつくられてDSCN2363.JPGいるが、もとは京都の伏見人形であると言われており、その伏見人形が伝わり、各地でつくられるようになったようだ。
 今回の小さな蕾はかって私も集めていた三春人形や堤人形、それに相良人形、花巻人形など素朴なものが取り上げられている。
 土人形は簡単な絵の具で彩色されているから、長年の汚れや煤で傷んでいるものが多く、程度の良いものを探すのは大変。
 あちらこちらを探し回って、程度の良い人形を見つけることが愛好家にとっては何よりな事、だから張り合いが出ると思う、特に古い江戸時代の土人形を見つけた時は何よりの喜び、それが愛好家だと思う。




posted by kodokei at 00:00| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記

2020年09月09日

階段ダンス

    便利な階段
SANY5205.JPG 前にも紹介した建物の二階に上がるのには、登る道具が必要になるもの、古くから建物の上に上がるには梯子を利用して上がっていたのだ。
 古墳時代の建物にも、梯子の階段が使われていることは知られているが、その梯子から二階に上がる階段になるには時間がかかったようだ。
 神社仏閣は別として、一般の住居に二階が誕生するのは凄く後の事、庶民が二階建ての家に住むようになったのは江戸時代其れも後期の事。
 町屋でも大店と呼ばれる商家は別として、庶民の家はヤッパリ幕末から明治頃の事、この様に階段の歴史もそんなに古くないようだ。
 そんな階段、時代が下がると梯子下に扉などが付くようになり、次第にその形態が進化してゆくことに、はじめは扉を付けただけの物が、段々と進化する。
SANY5211.JPG
 写真の階段ダンス、何時も日本古時計保存協会の時計展の準備に古民家久米邸の蔵の二階に上がる為のもの、明治中頃に作造られた階段ダンス、素材は一般的なもので高級な物ではなく、実用一点ばりのもの。
 階段の幅も狭くて急な傾斜をした階段ダンス、この様な階段ダンスは造り付けで移動できない物であるが、他にも移動できる階段ダンスもある。
 用途により階段ダンスは造られたものであり、その建物にあった階段ダンスが製造されたもの、同じ様な形態ではあるが、それぞれに違ったものだ。
 この階段ダンス、扉部分が大きくて、大きな物が入れられるようになっており、引き出し部分が少ない物、この逆に引き出し部分が多くつけてあるものもある。
 この様な階段ダンス、狭い部屋を広く使いたい為に、階段部分の面積を小さくしたもの、結果的に急勾配の階段ダンスとなったようだ。

 
posted by kodokei at 00:00| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記

2020年09月08日

確認事項

   浜松ミーティング開催の件

 日時、9月13日、日曜日
 場所、浜松市東区小池町2543−4
    NKトレーディング事務所 053.465.3666
 時間、11時半開始
 会費、1500円、昼食代含む
 尚、オークションを開催します。

 日本古時計保存協会 事 務 局
posted by kodokei at 00:00| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記

2020年09月07日

この時期になると

   招き猫
DSCN1117.JPG 9月何時もの招き猫祭りがやって来るが、今年はコロナの影響で開催中止、しかし自分の展示は行う事に、その準備に振り回される事に、毎年の事であり勝手が分かっているから、別に慌てないでしょうと人は言うけれども、そんな事は無い。
 人から見れば、毎年やっている事だから経験があり、別に今更慌てなくても簡単に行われるのではないかと言うのだ、しかし現実はそんなに甘くなく、コロナの影響で展示内容も難しことに、そなん思いがこちらにもあるから、展示前から大変、今年はどんな変化をして楽しませるのかと、毎日考えていたのだ。
 それと言うのも、私がそんなに多く招き猫を持っている訳ではなく、人からも貸して貰う事にしているのだ、色々な人からの協力が無ければ毎年物を変える事は出来なくて、何時も協力を求めているのでこれも大変だ。DSCN1123.JPG

 その人達も同じ事で、毎年同じではと考えているのではと、この時期になると大変だと思うので、それも気がかりである。
 展示とは自分だけで行えるものでは無く、多くの人の協力なくして実現できないものであり、感謝に耐えないのだ。
 この招き猫祭り、私が参加してから11年になるが、その間色々な事があり、はじめの頃はただ忙しいだけ、しかし途中から考えが変わり何処の招き猫でも良いと言う事は無く、やはり瀬戸で製造された招き猫でないと意味がない。
 そんな考えが芽生え、それからが大変な事になり、それは瀬戸の招き猫だけに絞ると、数を集められないのだ、招き猫と言う事であれば、伊万里でも常滑でも、そして九谷でもと言う事だが、瀬戸に限るとこれがまた大変である。
 限定された中で招き猫を集める事は難しく、その上数を集めるとなると苦労をする事になり、先に進まにくなることも。

 前にも言った通り、何時も同じ物では面白くSANY8441.JPGないと、そんな事でそれを実行するとなると、難しいことになるのだ、その招き猫は前に展示をしたものと、この招き猫も以前に展示したもの、そんな作業をしているとお先真っ暗になる。
 展示する招き猫が無くなるので、関係者から「そんな事を言っていたら前に進めません」と、少し位同じ招き猫があっても良いと、もっと過激な発言は「誰が去年の招き猫でと分かるのですか」、「同じ物で十分目的は果たせるのでは」との意見が出始める。
 要するに拘っていては先に進めなくなり、結果は行き詰まってしまう事になるのではと、確かにその意見も現実である。
 現実と言うよりも、今おこっている事だと再認識させられ、コロナの中長年の展示は大変な事であると改めて実感する事になった。



posted by kodokei at 00:00| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記

2020年09月05日

やはり運

   結論は
 古時計を集め出してDSCN2364.JPGから50年、未だに手に入らない時計が数々あるが、この先もこれ等の時計は手に入らない様に思う、それは何だろうか。
 長年古時計と向き合っていると相性みたいなものを感じる事があり、それが今までに何度となくあったように思うが、それは何なのか分からない。
 古時計は何処に行ったらあると言うものでもなく、何処から出て来るものなのか、それも出合い次第、出会いが無ければ古時計は手に入らない。
 しかし出会ったとしても、それが自分の手元に入るかはまた別問題、手に入るかは分からないし、自分では欲しくとも逃げられるかも知れない。
 古時計とはそんなもの、目の前にあったとしても必ず手に入いるとは限らず、得てして目の前から消えてしまう事もあるのだ。

 謎かけみたいになったが、今までの経験上感じたFSCN2368.JPG事、やはり相性があると思もわざろう得ない出来ごとが多々あるのだ。
 その古時計は金元舎の時計、この時計は今までに2度出くわしているが、何れも手に入らず、目の前で逃している時計。
 値段も安くて、程度も良かったが、幾ら交渉しても譲っては貰えず、倍の値段で買い取りたいと申し出るも断られる。
 2度目に見つけた時には既に買い手が付いており、今一歩遅くて取り逃がしたもの、それ以来ニュースも情報も入ってはいない。
 あれ以来30年お目にかかった事もなく、噂さえも聞いたことが無く、未だに追い続けているが捕まっていない時計だ。

posted by kodokei at 00:00| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記

2020年09月04日

コピー商品

    古いか新しいか
 近年、中国製の複製が幅を利かSANY3848.JPGせている状態、殆どのものがコピーされている現実、知らないで高く買い求めると失敗する事になる。
 最近は特に巧妙になり、機械をジックリ見てみないと外形だけでは分からず、初心者には到底分からないと思う位良く出来ている。
 これは業者が情報を提供して、より精密なコピーを作り上げている為、簡単には見分けられないように精度を上げている事にある。
 初期の中国製の物は明らかにコピーと分かる代物であったが、買い込んだ人達が多くなり、其の結果コピーも上手く仕上げるようになってしまった。
 外形もさることながら、最近は機械も中国製の物ではなく、外国製のものを利用している事も、その真贋を見分けるのに難しくなっている。
 この様な代物を買う人がいるために、何時まで経ってもなくならないのだが、どんなものにもコピーは現実化している。
 だから古度計だけが聖域ではなく、常にコピー商品がある事と、頭を切り替えないといけない状態となってしまった。

 さて今回の置時計、友人が持ち込んだものだが、明らかにコSANY3863.JPGピー商品、しかし友人はこれがコピー商品とは気が付かずに買い込んだ。
 外形も機械も其れらしき様に作られており、普通に見てもコピー商品とは分からないもの、初心者には難しいものの1つ。
 友人は初心者ではないが、彼は掘り出し物を見つけるのが趣味、だから本物よりも安い値段で売られていると、ツイツイ手が出てしまう。
 程度もまあまあな代物で、値段が3分の1くらいであれば、彼ならずとも私もツイ手が出てしまうもの、だから彼を責められないのだ。
 隅々まで開け、友人を納得させたが、機械もユーハンスのコピー商品、非常に良くできた物が入っており、本物と見比べないと分からない位の出来。
 文字盤はホーロー、ユーハンスのマークが入ったものが付いている、しかし、最初にこれを見た時に違和感を覚えたのは、長年の感とも言うべきもの、初対面でオカシイと思った時は止めておいた方が良い。
 値段が普通の半額以下のものや、3分の1ほどの場合は考えるべき、助平根性を出して後で後悔する事になるから、手を出さないのが1番良いが、人間そんなに聖人にはならないもの、私も何度も騙されているから。
posted by kodokei at 00:00| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記

2020年09月03日

かお

DSCN1124.JPG    土人形
 商売繁盛の守り神としての土人形福助、福助は伝説の人物と言われ、実在した人物とも言われるが定かでない、苦労の末商売に成功した人物であるとも言われるが、その証拠もなく言い伝えの人物。
 ある説にはその風貌から見世物小屋で人気を博していた人物とも言われ、その後成功者となり、財を成したともいう人物だと、色々な説が登場して居る。
 裃姿の置物である事で、享保年間以後の人物であるらしく、吉宗が裃姿を制定したと言われているから、時代的には享保以後と言う事になる。
 裃姿はそれ以前には存在しないと言われ、やはり享保以後の姿で元禄説を否定している。
 元禄説も根強くあり、もっと古いと言う人も居るが時代考証的にはやはり享保以後が正しい事になる。

 この福助人形、発祥は関西と言われ、それも商売繁盛と結びSANY3224.JPG付いたのも関西ならではの風土が影響していると言われている。
 福助人形の特徴は頭がデカい事、裃を着ている事、どんぐり眼である事、そして耳たぶが大きくふっくらとしている事など、色々な部分で特徴が際立っている事だ。
 その上扇子を片手に握っているのも共通点、全国各地でつくられている事も人気の高さを示すもの。
 時代的にも古い福助の人形は特に顔が大きくて、全体の半分ほどを占めている大きさ、つまり二頭身位の比率、兎に角顔が大きい、これが古い部類の福助の姿。
 現在の福助は顔も小さくなり、優して現代的な顔をしている姿が一般的、現在でも福助は高い人気があり、各地でつくられているから種類も多く、顔も違っているから面白い。
posted by kodokei at 00:00| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記

2020年09月02日

水滴と花生け

   明治の香り
IMG_0013.JPG
 文明開化の申し子と呼ばれた西洋時計、明治初期外国から齎された西洋機械、日本人には憧れのものとなる。
 日本の庶民がはじめて手に出来る機械式の西洋時計、外国へのあこがれも強く、我先にと手に入れようとしたのだ。
 しかし当時の西洋時計は高価ですぐに手に入れる事は一部の人間だけ、一般庶民には高根の花でもあった時計。
 それを敏感に感じ、違った形で庶民に提供しようと思い立つ人物が現れ、庶民的なものに作り替える事にした。
 生活の一部として使われていた水滴と花生け、この二つを当時流行っていた西洋時計の形を模し、水滴と花生けを製造する。IMG_0007.JPG

 実際の西洋時計は手に入れる事は難しくても、流行の先端をこの二つであれば手に出来、子供たちでも手にすることが可能。
 当時の陶器の産地から市場に向けて送り出され、瞬く間に一般庶民の指示を受け、大々的に流行となる。
 文明開化の香りがする時計の形をしたものは飛ぶように売れれたと言われ、産地では製造数を上げるために懸命であった。
 子供たちが使う水滴は格好の教材としても活躍、時計の読み方を勉強する道具としても使われたと言われている。
 写真の水滴や花生けはそのような時代の中造られたもの、明治から大正にかけて数多く製造されたものたちだ。
 造られたものを見ると実にカラフルで、今までの地味な物とは違い、いかにも文明開化の申し子としてとらえられた事が伺える。
 明治期の水滴と花生け、それ以後作られた花生け、その違いは色付けから形に至るまで時代を繁栄して居るとも言える。
 写真の中にそれらがあるが、さてどれが明治期の製造物で、取れが大正期の物なのか、お分かり頂けるであろうか。
 明治と大正期ははっきりと時代が現れているから、よく観察すると分かると思うが、少し焼き物を研究するのもよいかも。


posted by kodokei at 00:00| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記

2020年09月01日

やっぱりこれ

   使い易い
 煙草に火を付ける道具、ライターが一番SANY0654.JPG使い易い道具だが、このライター種類が多くてその数も多い、それだけ好みがあったと言う事だと思う。
 ライターと言えば煙草に火を付けるだけのものではなく、その人を語ると言う事、ライターの持ち物でその人が分かると言われ、昔から人を見る基準みたいなものがあると言う。
 その人が何を持っているかでその人のセンスが伺われ、センスの有り無しまで分かると言う、それがライターであるとの事。
 だから愛煙家は昔からこれに拘って来たと言い、その為には金もかけたと、言われてみれば確かに歴史が物語っているのだと思う。
 人それぞれのたばこグッズ、手の込んだものが多くつくられて現在に残っており、如何に拘っていたかが伺えるもの、素晴らしいものがある。
 それだけ拘って作らせ、自分を主張していたと言う事、持ち物も大事な自己主張の現れたもの、本人が一番良く出ている。

 そんなライターを幾つか持っているが、使いSANY2590.JPG易さが一番だと思っていて、ライターは良いものだが使いかっで良くないものも多く、好きだけど使い難いものもある。
 余り凝り過ぎて使う事を忘れ、芸術品みたいなライターも、しかし使い勝手は良くないものに、高いから良い物とは限らない。
 その点、ダンヒルのこのライターは使いやすく、少々の風でも消えないもの、この消えないと言う事も大事な要素、直ぐに消えてしまっては台無しである。
 風に強いのもそのライターの実力と言った良いもの、タバコに火を付けるためのものが直ぐに消えては用をなさないのだと思う。
 私はオイルライターが一番好きで、風に強くて、匂いが良く、その上軽いもの、三拍子揃っているライターと思っている。
 ガスライターも良いが匂いが今一、それに対抗するかのようなライターがオイルライター、付ける瞬間あの匂いがする、これが良いので一番好きなもの、個人差はあるがオイルが一番だ。
posted by kodokei at 00:00| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記