2018年09月23日

定番

    古時計の定番

 SANY6556.JPG古時計と言えば八角型の時計と四つ丸達磨、言わずと知れた定番の古時計だ、古時計を始める人は誰しもこの道を通る。
 八角の古時計、日本人には古時計と言えば八角型の時計と決まっていたもの、何処の家にもあった時計であり、頭の中に摺り込まれているのだ。
 何故だか知らないが、知らないうちに染み込んでいるから、古時計と聞けば八角型の時計が頭に浮かぶ、これが一般的な人。
 殆どの人が古時計と聞かれれば、躊躇なく八角と口にするもの、考えなくても直ぐに答えが出て来るから面白い。
 これは年配者になればなるほど高くなり、最近の若い人に聞いても、その答えは八角と答えが返って来るが年配者のパーセントよりは遥かに少ない。
この差は何かと言えば、最近の時計事情に原因があり、今時の時計は八角型のものは少ないのが影響しているのだ。DSCN0670.JPG
 今はクオーツの時代、電池で動く時計が主流、その形はいろいろなものがあり、八角とは限らないからであり、摺り込まれる形が其々だから。
 だから今時の若い人は古時計と聞かれても、中々八角型とは言わないもの、それ位現代の時計事情は変わって来ているのだと思う。
 年配者と若者、それぞれの時代に合った答えが返って来るから、人の頭の中に摺り込まれるものは時代によって変わるものだ。
 その古時計、八角型の時計に付いているガラスの模様、之もまた定番の柄が存在しており、年配者に聞いてみるとやはり同じ答えが。
 どんな物なのか具体的に書いて貰うと、殆どの人が菱形のような絵を描く、細かな所は多少違うものであるが、全体像は大体同じだDSCN0766.JPG
 それも簡単に描く人も居るから驚くもので、八角型の時計にハマっている模様を描かれるのだが、これもやはり記憶の中にあると言えよう。
 何げなく見て居た古時計の形は確実に頭の中に摺り込まれ、それが一気に出て来るから不思議、それは八角の時計に限った事ではない。
 人気の四つ丸達磨も同じような状態の答えが、先ず達磨時計の形はと聞けば、四つ丸達磨を描くから驚くのだ。
 勿論年配者に多いが、若い人でも達磨時計は知っているらしく、四つ丸達磨を描く、細部的に少しは違うが、殆ど四つ丸達磨だ。

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2018年09月22日

電笠は好きかと

    友人からの電話

SANY2874.JPG 携帯に友人から電話で突然電笠はは好きかと言う、「何の話だと聞けば、後で話す」とだけ、突然に電話して来てこれだ。この友人は何時でもこのスタイルで電話して来るから、別に驚きはしないが、セッカチな性格の男だと思う。人の事は言えない、私もそちらの部類、セッカチではないが早く知りたいと思うのは同じ、だから奴の事も理解できる。
 後日彼がやって来て、電笠を持参、如何したのかと聞けば、彼の友人家が取り壊しに合い、そこにあった電笠を貰って来たのだと言う。
 聞けば旧家であったが、長年空き家であったが取り壊す事に、その際電笠を外して取っていたとの事らしく、それを見つけた友人が貰って来たらしい。
 私の家に付いている電笠を何時も見ているから、そこで見た電笠を気に掛けて、その人から貰ってきたと言うのだ。
 一時期電笠はブームとなり、高い値段で売買されていた事も、しかし最近では電笠も下火になり、値段も下がった。

 別に電笠を欲しくて買うのではなく、インテリアとして使うのが目的、しかし良いものは高くて買えないから、そこそこで良い。
SANY2877.JPG 新しい物もアンティーク調のものが多く出回っているから、そちらの方を使えば使えるのだが、やっぱり古い物が良い。
 新しい物は綺麗すぎて趣が無く、気泡の入った少しくすんだガラスが良いので、新しい物は買うつもりもないのだ。
 古くて安い物でも良いものもあり、それを見つけて買い込み、家で使うくらいで、集めるつもりはないのだが。
 友人たちは何時も「お前の家は暗い」と言うのだが、彼らにしてみれば我が家は暗いと思う、蛍光灯は余り使わないから。
 白熱灯を使っているために、彼らからすれば暗いと、そして古い電笠を使っているから尚更の事、彼らの指摘は正しい。
 私に言わせれば、今の家は全体が明るすぎ、そんなに明るくしなくても良いと思うのだが、今の人は明るい方が良いらしい。
 ある人に言わせれば、今の若い人は暗いと落ち着かないとも言う事らしく、暗いのは苦手らしいとも言うのだが。 
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2018年09月21日

ノベルティー

    リアルな表現

DSCN1839.JPG 戦前戦後、瀬戸で製造された陶器、外貨獲得に大いに貢献したが、特に戦後日本の経済を引っ張り上げた事は事実。アメリカ向けの輸出が拡大して行き、その中にノベルティーと呼ばれる焼き物が大いに活躍、一躍表舞台に躍り出る事に。元々瀬戸の置物は鎌倉以前から造られていたと言われ、狛犬や人形などが手び練りで造られていたようだ。
 特に狛犬は多くの社寺に収められており、全国に残っているもので、瀬戸の焼き物を広める役割を果たしていた。 この狛犬、時代によって形を変えて造られ、どの時代に造られたものかを知る上でも役に立っている。

DSCN1843.JPG 狛犬の姿は非常に多種多様で、勿論作者の意向によるもの、独特の姿をした狛犬もあり、狛犬愛好家も多いと言う。特に古い狛犬は表情も豊かで、面白い顔をした狛犬に人気が集中していると言う、これも瀬戸ならでは。そんな狛犬も江戸時代中に入ると、さらに需要が増して社寺に多く収められ、人々の信仰の深さと結び付くことになる。
 この様にして瀬戸の置物は発達を遂げて行き、幕末になると招き猫や、福助、オカメなどの置物に変わって行く。その上、郷土人形や招き猫などが人気となり、製造するとこも多く、それだけ需要があったと言う事だと思う。

 DSCN1841.JPGそんなころ明治6年ウイーンで開催された万国博で、石膏型から置物を造り出す技術を日本の持って帰る これが切っ掛けで瀬戸のノベルティーは飛躍的に進歩することになり、石膏型が一気に導入され、今までのものよりも優れた人形や置物が出来るようになる。 この頃になるとドイツの優れた人形を研究し、瀬戸の石膏型はより細密的なものが出来るようになり、マイセンに近づいていた 明治後期には万国博に出品され、海外から高い評価を得る事となり、輸出にも拍車がかかるが小規模の生産であった 生産が大きくなるのは昭和に入ってからの事、其のころには石膏型の技術もマイセンに劣る事のないものであった。
 第二次世界大戦後、アメリカから大量の注文が入り、生産も急速に発展、工場も大型化し、海外からの注文に応じるようになる。

DSCN1842.JPG
 次第に置物や人形もより細密化し、何よりも大型化して行く事になるのだが、大型化すればするほど問題も大きくなる。 当然の事ロスも多くなり、焼き物がゆえに焼いて見なければ分からない事も、窯から出して見ないと何とも言えないのだ。 写真の置物、高さはさほど高くはなく、何処が難しいかと言えば、尻尾の部分であり、その長さ40センチ以上。 この尻尾が難題で、焼くまでに乾燥段階で垂れてしまう事に、そして窯に入れて焼くのだが、焼いてみると尻尾が垂れたり、ヒビが入ったりと難題であった 全体のクジャクの大きさは70センチと大きく、これだけの置物を焼くには技術的にも難しく、ロスも出るのである。
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2018年09月20日

風鎮

      掛軸には必要

SANY6615.JPG 床の間に掛かる掛軸、その掛軸に必要とされる物に「風鎮」があり、掛軸を風などから痛まないように、掛軸の軸にぶらされて使用するもの。
 風鎮とは、現代人には馴染みの薄い物かもしれないが、床の間に掛ける軸には必要な錘、風やしわから守る為に考え出された錘とも言うべき物である。
 掛軸が中国より渡来するのは、平安時代とされているが、当時は仏教の曼荼羅図を床の間に掛け、儀式用に使用されていたようで、一般庶民には遠い物であった。
 室町時代に入ると、建築様式が変わり、床の間が出来るようになり、この様な形式の建物が多く作られる様になり、床の間に飾る掛軸が必要になる。

 この掛軸の普及により、掛軸を風から守る為に風鎮が作られ、徐々に広まり、やがて掛軸を飾るときには必ず風鎮を下げるようになり、需要とSANY1728.JPG共に風鎮も発達する。
 初めは単に風から掛軸を守る為に作られた、シンプルな風鎮であったが、やがてあちこちで造られるうちに、装飾性の高い物ができるようになる。
 この風鎮、風やしわを伸ばす為に考え出された物だが、その後装飾性の高い物となって行き、季節感のある題材を取り入れ、また其処の主人の趣味や美意識まで敏感に反応する物となって行く。
 風鎮1つ取り上げても、その人の美的感覚が試されると同時に、その場の来客者の心を慰める役目も果たす、重要な演出する物であり、様々な衣装が施され、派手になったのであった。
 写真は、今頃の季節に合わせて使用される風鎮、形も図柄も色々とあり、又産地によっても材質や色彩の違いがあり、季節感と合間って種類が豊富である。
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2018年09月19日

明治の時計店

    今欲しいものが
 SANY6663_1.JPG明治時代の時計店、どの様な状態であったのか知りたいのは誰しも同じ、しかし中々当時の資料が少ない。
 外形は写真などでも紹介されているから、探そうと思えば探せない事はないが、店内の様子は中々難しい。
 当時の時計商はどの様に時計を販売していたのか、興味のある人が多いと思うが、実態はやぶの中である。
 少ない資料の中、店内の写真もあるにはあるが、小さくて全体の様子が分からなくて、漠然として映っているだけのもの。
 今回の写真はそんな中、興味の多い資料と思われ、今でも欲しいと思う時計が多く写っているもの、よだれが出そうである。 そんな時計商、我々が想像していた以上に外国製の時計も多く、ビックリする内容、流石に明治の時計商だ。
 当時の時計商は莫大な利益を得ていた事はよく知られており、服部金太郎の様に成金の店主が多く存在したのだ。
 
 当時の時計商と一口に言うが、現在で言う商社的存在であったようで、西洋時計だけを扱うのではなく、勿論大小の違いはあるが、総合的な商品を扱い、幅広い消費者の要求に答えて、数多くの商品を扱っていたのだ。
 そんな店内の写真を良く見ると、こんな物までと思うものが扱っていたのかと感じられ、興味深い事実である。
SANY6658.JPG 我々がえがく時計商は想像以上時計の種類を多く扱っていたものと思う、例えば掛時計や置時計、懐中時計、日時計など種類も様々な時計。
 それが当時の時計商と言うイメージであるが、実際の写真を見るに、その思いは砕かれてしまう事になる。
 確かに壁いっぱいに掛け時計が陳列されている事は確か、頭に描いていた通りの光景、これぞ時計商と思う。
 しかしよく見ると、手前に自転車が写っているのにビックリ、時計とどんな関係があるのかと思ってしまうのだ。
それだけではない、陳列台の上には蓄音機が並んでいる事だ、楽器屋では無い筈であり、何で蓄音機なのかと。
 見れば見るほど不思議な光景であるのだ、テーブルの上には扇風機らしきものが、その光景はヤッパリ意外で壁の時計の中には今欲しい時計が数々あり、大きな時計商は思っていた以上に商品が多い事に驚くほかはない。



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2018年09月18日

灯りの個性

    色々なタイプの灯り

SANY8266.JPG アンティークなランプシェードが人気、少し前から盛んになって来たようだが、それは若い女性たちが仕掛け人。
 現代の灯りでは物足りなくて、アンティークな灯りに魅せられたと言う事、彼女たちは自分好みの灯りを探している。
 日本の灯りは部屋全体を明るくするタイプ、外国人に言わせれば「日本人は何で工場みたいな灯りを使うのか」と言うのだ。
 私もそんな話を直接聞いたこともあるのだが、日本の人は明るい事が良い事と思っているが、外国の人は部分照明に慣れている。
 部屋全体を明るくするのではなく、必要な所に灯りを付ける、そんな灯りの付け方が普通に行われているのだ。SANY8265.JPG
 やはり彼らに言わせれば工場みたいの所で生活したくないと、自分の家までそんなに明るくする必要はなく、いる処だけあればよいと。
 部屋全体が明るい場所に慣れてしまった日本人、どの家も明るく生活はしやすいが、ムード的には今一であると思う。
 そんな事に気が付いた若い女性たちは、自分に合った個性的に灯りを探して、そんな事でアンティークな灯りに目が向く。
 少し前に流行ったアンティークブーム、しかし今回のブームはそれと少し違っているようで、我も我もと言う事ではなく、静かなブームである。
 それは安くて良いものを、そして何よりも自分好みの物をと言う、以前は良いものをより豪華に、それが全くの違いだ。SANY7664.JPG
 豪華なものではなく、良いものを探す楽しみも、自分好みの灯りを探す楽しみも含めてのブームであるのだと思う。
 だから彼女たちの目は確か、じっくりと見極めた上でないと買わないし、高くても買わないので、中々難しいのだ。
 写真のアンティークランプ、実用的なもので、以前のような豪華なものではなく、大衆的なランプばかり。 しかも安いものが多い、自分の部屋に合うものを探す、部屋に合わないものは買わない、堅実派の彼女たちである。
 今日も何処かのアンティークショップを、探し続けているのだろうと、そんな気がする今日この頃の動きだ。
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2018年09月17日

瀬戸の招き猫31

    どれが古いのか  

 招き猫、古くから造られて来た招き猫だが、実際に手に取ってみるにどれが一番古いのか分からないのだ。DSCN1121.JPG 勿論色々な形の招き猫が存在しており、形で古い物なのか、新しいものなのかは判別しにくい、製造された年代を知るにはどうしたら良いのか、何時の時代に造られたものなのか知りたい。
 招き猫はそれぞれに時代の特徴も見えて来るものなのだが、それには多くのものを比較しないと判別に苦しむ。
  実際にどれが古い物なのかは手に取ってみるのが一番、よく言われるのが古い時代の招き猫はキツネみたいな顔をしていると。
  新しくなるにつれて、段々と招き猫の顔も丸くなってくると言われている、確かに古い物は動物的な顔をしており、現代の招き猫は優しい顔をしているものだ。
SANY0893.JPG しかしそれだけでは古い物だと言う確証はなく、他に判別できるものは何か、その一つが三毛猫の模様にあると言うが、古い物と新しいものの区別が分かり易いとも言うのだが、それが何んなのか。  
 実は三毛猫の模様が古い物は白黒で、三毛猫の模様になっていないと言う、一番古い形の招き猫は、伏見人形の猫と同じで、白と黒の猫と決まっているのだ。
 それが何時の時代か知らないが、三毛猫の模様になり、今では三毛猫が当たり前になって、そして新しい三毛猫の模様は図案化したようなハッキリと判で押した様な模様となっているが、古い招き猫の模様は刷毛で描いている様な模様だから、違いが分かり易い。
 DSCN0141.JPG一番下の写真は新しいもので、三毛猫の模様が判で押したようにはっきりとした模様となっているもの、古い招き猫の彩色の仕方は筆で描いたものであるが、新しい招き猫の模様は判で押したように見えるもの。
 勿論ほかの所も違いはあるが、一見して判断できるところがそれ、知らない人でも判別できると思う、専門的な事を言えば磁器の素材が全く違うから、生地の色の違いが明らかになっているが、それを見るのも判断の材料だと言う。
 やっぱりよく観察しないと、新旧のものは判別できないと言う事なのか、数多くの古い招き猫を見る事だと言う。
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2018年09月15日

蕎麦屋の顔3

    やっぱり木の看板
 
 SANY2854.JPG蕎麦屋の看板、その店の命とも言える看板、外から眺めて店のイメージが湧いてくる看板、食べたくなる看板だ。
 蕎麦通ならずとも蕎麦屋の看板は目につく、自然と目に入ってくれば食べたくなるもの、それが看板かも知れない。
 その店を知らない人でも看板が掲げられ、雰囲気がよさそうと思えば店に入ったしまうもの、私もその一人だ。
 その店を知らなくても、そこが有名店と知らなくとも、ツイツイ看板に引き寄せられて、店の中に入ってしまう。
 いってみれば看板とは人を引き付けなければならないと思うが、それぞれにその趣向もまちまちの蕎麦屋の看板
 木の大きな看板を掲げる店、蕎麦屋の看板は木の看板と暖簾とがあり、何方も蕎麦屋で使われている趣向。
 SANY2900.JPG木の看板を掲げる店は老舗や新しい店との区別はないが、そこに見えて来るのは時代を経てきた店の意地。
 新しい店にも大きな立派な木の看板が上がっているところも、もちろん歴史はない店、それでも木の看板が上がっていることも。
 老舗と新しい店、看板だけでは区別がつかない人、蕎麦通ならば名前でピンと来るものがあるはずだが、はたして。
 この看板、店の軒下に掲げられているものと、店の外に掲げられているものとあり、何方が目を引くかはその人次第。
 店屋には、その店その店の流儀があり、それを大切に守っているのも老舗、それを感じられるかも蕎麦好きSANY2899.JPGには求められるのだ。
 そんな木の看板、昔ながらの伝統にのっとった看板もあれば、現代的な看板もあり、それを見るのも楽しみの一つ。
 その店が何を求めているのか、感じ取れれば蕎麦通の力量か、それを分かって店屋も看板を掲げているのか。
 写真は二通りの看板の出し方、軒先に掲げているものと、店の外に掲げている看板とが、何方が蕎麦通を引き付けるのか。
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2018年09月14日

ヤッパリ蚤の市

    見るだけでもSANY3056.JPG
 古時計愛好家にとって蚤の市ほど楽しいものはなく、行く前から何が出ているのかと想像してしまう。
 行く前から何かあったらどうしようか、あまり高くては買えないとか、値段は安いだろうかとか、勝手に考えてしまう。
 何が在るのか分からないうちに、勝手に想像、行ってもないのに想像ばかりが先に立つ。
 こんな経験をされた事があるのでは、私なんぞは何時もこんな状態、行く前から勝手に想像するのだ。
 蚤の市とはそんなもので、実際に現場に行くと何もない時が多いが、それでも楽しい事には変わりない。
 逆に珍しいものがあった時などは焦ってしまい、鐘の計算が先に立つ、いくらなら買えるのかと。
 SANY2964.JPG
 実際に良い物が目の前にあった時は、そわそわして行く前と別人のように、こんな事も日常茶飯事だ。
 良い物があけば、あったで大騒ぎ、実にだらしないもの、我ながら反省しきりだが、良い物は良い。
 この様な事は蚤の市ではそんなにある事ではないが、ある時にはあるもので、続けてあるときも。
 そなん時に金がない時もあり、さみしい思いをする事に、しかしそれが現実で、何ともしがたい時も。
 何時でもお金があるわけでもないので、むしろお金がない方が多く、良い物があっても手が出ないのが普通。
 
 しかし蚤の市は見て回るだけでも楽しい事には変わりなく、どんな物があるのかと期待して行くのだ。
 そしてもう一つが店主との出会い、偶然に出会った人も、古時計を通して仲良くなり、長い付き合いも。
 SANY2970.JPGなんだか馬が合い、長年の付き合いをしているのも蚤の市の店主、私も当時の蚤の市に出している店主と30年も付き合いをしている。
 気楽な付き合いであり、縁日のたびに合う事に、そして古時計の情報を詳しく知らせてもくれる仲。
 蚤の市ならではの付き合い、変な気づかいをすることもなく、自然な買い手と売り手、あくまでもシビアな仲だ。
 それがたまらなく良いもの、気楽が一番長続きするのだが、蚤の市ならではと思うし、それが一番だ。



















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2018年09月13日

ネットの落とし穴

      またやられた

 マタマタやられましたネットで、前にも話したかと思いますがネットでの買い物、友人が買ってくれたフランス枕の時計、中国製の安物で友人に怒ったが、今度もまたやられてしまった。
 SANY3140.JPG最近の事ネットを見ていたら、偶然にもカフスボタンが画面に出てきてしまったので、何気なしにカフスボタンを見れば、写真のできが良く、如何にも高級品に見えてしまった。
 早速、内容をチェックしてみたら、文面にカナダにて25.000円で購入したが、使わないので格安にとの文字が目に飛び込こみ、ツイツイ入札してもらった。
 スタート500円とやはり格安の出品、何処まで上がるか知れず、一先ず入札して置けばよいと、友人に1000円で入札して貰う、その後このカフスボタンの事も、入札した事も忘れていたが、先方より連絡メールが入っていたらしい。
 後日、友人がカフスを持って現れ、「550円で落ちたが何でこんな物を入札したのだ」と云う、カフスの事などすっかり忘れていたので、「落ちたんだ」と言うと。

 早速、包装を解き中身を調べるが、出てきたカフスはうすっぺらな物、如何にも安物といった感じ、其れを見た友人「この前俺が買ってやった物より最悪だなぁー」と嫌味。
 確かにその通りで、如何にも安物と見える代物、黒い部分はオニキスと自分で勝手に理解していたのが、プラスチックのカバーであり、友人其れを見て「これがオニキスとはお前の目は確かか」とマタマタ嫌味。
 SANY3141.JPGSANY3143.JPGそれにしても、又やってしまったと自分でも情けない思い、カナダコインとは以前にも時計で失敗、余程カナダコインは私にとって縁起が悪いらしく、2度3度と祟るらしい。
 ネットの説明にツイツイ25.000円のものなら大丈夫と、良く写真を見なかった自分が悪いが、ネットの落とし穴にズッポリと落ちた思い。
 友人いわく、「自分で深く反省するように」と言って、カフスボタンを置いて帰っていったが、その嫌味を教訓として今度は騙されまいと反省しきり。
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2018年09月12日

クルミ

    国産はごくわずか

DSCN1165.JPG くるみ、食用として使用されているものは殆ど外国産のもの、国産のクルミは全体の極わずかなものしかないと言われている。
 今や外国産のクルミが殆ど使用されており、菓子や油などに使われているのが実状であるが、国産のクルミも存在している。
 日本で一番多く栽培されているのが長野県であり、東卸町がその生産地、他にも全国で栽培されてはいるが量的には少ない。
 近年クルミの使用量は大きくなってきたが、外国から輸入されてものが使用されているようで、主にアメリカなどから入って来ている。
 クルミはビタミンを多く持っている食べ物で、栄養価の高い食べ物であり、油としても利用価値が高いものである。
 現代人は菓子などにして食べているが、古代においては食料として食べていたようで、縄文時代には既に食用であった。DSCN1167.JPG
 クルミの種類は多くあるが、食用となるものはカシクルミ、鬼クルミ、姫クルミ、シナノクルミなどであると言われている。
 クルミはどんな風に生っているものなのか、良く知らない人が多いが、市場に出ているものは種子の部分であるのだ。
 形としては梅干しの種に良く似たもの、勿論もっと大きなものであるが、梅干しの種同様に硬いからで覆われている。
 鬼クルミと呼ばれているクルミは、表面がごつごつしており、側も硬いものであるが、中身は大きくて取り出しやすい。
 もともとは梅と良く似た実となるが、外側を食べれないもので、水に漬けたりして外の側を取り除き、綺麗にしてからでないと食べれない。
 勿論乾燥させてから食べるものなのだが、食べる際は硬い殻を割らなくてはならず、一つ一つ割って中身を取り出すのだ。DSCN1169.JPG
 よくカラスが道路上に置いて、車に押しつぶされたものを食べているのを見るが、カラスの賢い食べ方でもある。
 自分では取り出せない事を知っており、車にひかせるのだが、実に効率よく食べている事が分かり、頭のいい証拠でもある。
 我々は金槌などでたたいて殻を割り、中身を取り出しているが、もう一つは2、3個手の中に握り、コリコリと回す事により、握力や頭脳低下を防ぐ働きがあるらしい。
 写真のクルミ、手の中でコリコリしている間に、角が取れ黒く艶のあるものに変化し、はじめのものと比べると輝きも増している。
 上がコリコリとしたもの、下はそのままの状態のもの、色の違いが歴然としている事が分かるだろうか。

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2018年09月09日

豆ランプ

      小さな灯り

 SANY3470.JPG昔、まだ電気が普及していない頃、部屋の明かりはランプに頼っていたが、風呂場とかトイレのような小さな部屋の明かりは、専用のランプがあった。
 普通の部屋の明かりは、普及品のランプが主体、石油ランプ使用したもの、各部屋の明かりは主にこのランプが活躍していたのだ。
 何処の家にも石油ランプは1個や2個は必需品として存在したものだが、トイレとか風呂場とかは専用のランプを置くところは余り多くなかったと聞く。
 狭い部屋までランプを置く余裕はなく、蝋燭の明かりで用をたしていたもの、生活に余裕があれば小型のランプも買えるが、余裕の無い家庭は買えなかったようだ。
 この小さなランプを豆ランプと呼ぶ、このランプ本来は携帯用として、何処にでも持って行けるように作られたもの、その為に取っ手がつけられ持ちやすくなっている。
 明かりの無いところに行くときは、この取っ手を持って移動でき、其処に常時置いておかなくても、何処にでも持ち歩き出来たから、家庭にそんなに多くのランプを持つことも無い。

 SANY3466.JPG豆ランプの種類は実に多く存在しており、小さいがゆえに種類も多かったのか、そして形や色々な彩色も施された、特殊な豆ランプも存在する。
 例えば、灯明用に作られた豆ランプには、狐の形をした物が存在しているが、其れだけではなく狛犬や招き猫等も多く作られたようだ。
 それらのランプは特注で製造されたもの、色ガラスが施された豪華な豆ランプあり、雛人形用に作られた卓上用のランプあり、恵比寿大黒のランプなど、珍しい物まで数多く存在する。
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2018年09月08日

古いライター

      意外にも古い

SANY0393.JPG
 日本のライターの歴史は意外と古くて、もともと西洋のものと思っていたが、日本でも既にライターは発明されていたとは驚き、しかも江戸時代である。
 西洋では17世紀にライターが発明されたというが、その原理はフリントロック式銃の火口、ここからヒントを得て火薬に着火されるという方式であった。
 これはハンマーが落ちる時火打石を撃ち、火花を飛ばして着火させる方式でフリントロック式と呼ばれ、これが着火式ライターの起源とされている。
 そして日本でもあの平賀源内が火縄銃の着火装置からヒントを得て、ライター輪発明するのであるが、これは西洋のフリントロック式と同じもの。
 平賀源内がこの方式を知っていたかどうかは不明だが、1772年(安永元年)火打石にばねの力で動く小さなハンマーをつけ、これを打ち下ろす時に火花が飛び、もぐさに点火される方式を取る。
 現物を私は見たことが無いので何とも表現し難いが、文献に描いてある事はフリントロック式と同じ様な形式と思われ、大きさもどれ位の物かも分からない。 SANY0417.JPGしかし当時の好者には感嘆も思いで迎えられたようで、ソコソコの数が作られたと言われるが、果たして量産までになっていたのか不明である。

 平賀源内が造ったとされるライター、名前を「刻み煙草用点火器」と呼ばれていたようで、記録として存在しているが、果たして性能はどうであったのか。
 それにしても江戸時代に既に平賀源内がライターを発明していたとは驚き、西洋のものと思っていた物が日本でも造られていたとは、平賀源内はやっぱり大物だ。 その後現代のような方式のライターが発明されるのは1895年にロンソン社が合金による火打石を利用したライターを作る事になる。
 セリウム70パーセント、鉄30パーセントの合金を発明(オーエルメタル)、これをロウター式のやすりで回転させ、火花を飛ばせて点火する画期的な装置を作る。
 この合金の発明はライターを飛躍的に発達させ、世界中でライター製造が始まるが、逸早く手懸けたのが良く知られているメーカーのロンソン社。
 ライターと言えばロンソンと言われる様に、ライターの世界では先駆者、その後1913年アメリカのジッポー社が気軽に使えるライターをSANY0514.JPG製造。
 ロンソンよりも安価で丈夫と銘打って、一般大衆をターゲットにジッポー社の製品は広く大衆に支持され、世界中に広まって行った様だ。
 私はマッチの方が早く販売されたのかと思っていたが、マッチは1827年から発売されたようで、それよりも遥かに古い時代からライターが存在していたとは驚きである。
 平賀源内が造ったライターを1度見てみたいと思うが、江戸時代の人は、このライター(刻み煙草用点火器)をどんな思いで見ていたのか、それが知りたいと思うが。
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2018年09月07日

個性の表し方

    それぞれに違うもの

 SANY7222.JPG古時計には個性を強くあらわしたものが存在しており、それを変形型と呼んでいるようだが、製造者の意図も存在している。
 過当競争を勝ち抜くために、色々な形で個性を前面に打ち出す事によって、他社との違いを際立たせるために作られたと思う。
 普通のものと違う時計を求めようとする人たちに向け、製造者は思案した上、個性をどの様に表現するか、やはり苦労したと思うが。
 現在残っている古時計を見て、当時の担当者が如何に考えた末に、商品として造り出したものと思えるが、そこには切羽詰まった事情もあった。
 今の世の中でも同じように、他社との住み分けを如何にして表すか、それが販売に役立つのか、市場の動向如何である。
 売れるか、売れないか、販売を拡大するために新たな物を造り出したが、売れなければ自分の首を絞める事になる。
 良いものを開発して市場に提供する事が、新たな物を造ったが故に失敗、それが即経営に響く事は十分理解している。
 
 DSCN2125.JPGしかし、新たなものを提供する事は博打に近い、当たらなければならないものが、思い通りになるかは未知数である。
 当時のカタログを見ても、変形時計は数か少なく、一種独特のものだと感じるが、それを得意とした製造会社も存在した。
 あえて他社が造り出さないものを、果敢に製造する逆手商売、その為に市場の動向を見極めて、売り出したのだ。
 大量生産ではなく、少量で変化の大きなものを製造、種類を増やす事により、職人の力量が前面に出る。  少しの改造で全く違った時計を生み出すこと、コスト面も重要な要素であり、手間のかかる仕事は禁物でもあったようだ。
 コスト高では市場に打ち勝つ事は出来ないから、材質にしても、手間のかからなくて、それでいて個性を出すのは大変。
 写真の様に他とは少し違ったものを、簡単に製造できるように工夫、職人の意地と力量が表れているもの、普通の物と少し違うものに変化する、こんな小さな事も他社との違いを表したものなのだと思う。
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おもしろい

      あ そ び 心
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 時計は時間を計るもの、正確でなければ意味をなさないもの、機械的で正確無比なものと、時計に対する認識は人様々であるが、時を計るものである事には違いない。
 時計は機械仕掛けの冷たい物であり、血が通う物ではなく歯車のかたまり、意思も無くただひたすら時を計り、正確である事が要求される物と皆思っている。
 古来より素材が辰で出来ているから、冷たくて無機質な冷たい感じがして、温かみの無いものであり、それが時計のイメージで出来上がっているからこそ、時計でもあると言う人も居る。
 やっぱり時計のイメージは硬くて、冷たくて、其れでいて正確無比、これが時計の全体的イメージであり、温かみのある時計は要求されていないのか。

 嫌々そうではなく、温かみがあり尚且つ面白い時計があるが、其れは玩具の時計、少し前の20数年のもの、写真の時計が其の1つであり、実に面白いもの。SANY1407.JPGSANY1414.JPG
 プラスチック製のチャチな玩具の時計だけど、この時計遊び心が一杯で実に面白い仕掛けが、本体が棺おけと時計の常識を覆して、子供の玩具とも思えないもの。
 本体左下の止めボタンを外すと、ドラキュラーが飛び出してくる仕掛け、バカバカしい仕掛けであるが、これが面白い物に出来ており、時計の概念を根底から覆している。
 時計と棺おけ、この2つが結びつく事こそ実に愉快、普通の考え方ではマッチングしないもの、子供の玩具にしても頭が軟らかくなければ、こんな時計は作れない。
 発想もユニークなら、仕掛けもユニーク、ドラキュラーが生き返る仕組みは面白くて、傑作であり時計を遊びとして取り入れた新しい感覚のものである。
 やっぱり時計は遊び心が無ければ面白くなく、又時間だけを計る道具であっては勿体なく、其処に遊び心が無ければ、持ち歩く楽しみに欠ける。
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2018年09月06日

こだわり

      ハートH精工所

 SANY6124.JPG明治期の時計製造所の中で特異な体質を持っていた会社、ハートH精工所がそれであり、この会社、時計業界でも特殊な位置に居た時計製造会社だ。
 名古屋地域の時計激戦区で、その存在感を示した時計製造会社だが、何が特殊だと言うと、デザイン性と先見性、この2つを持ち合わせた会社であった事。
 時計製造の激戦区名古屋で生き残ってゆく為に、進んで新しい事をやってのけた時計製造会社であり、経営者長谷川与吉の拘りかもしれない。
 彼、長谷川与吉はハートH精工所を立ち上げてから、先行する時計製造会社に追いつく為、数々の政策を打ち出しているのだが。

 1番の拘りは会社のトレードマーク、当時ハイカラであったと思われるハート、このハートを自社のロゴマークとした事、これだけでも意気込みが違うと思う。
 ハートは心臓とも言われ、真心として偽りの無いものを造るとの信念、それを形としたのがハートのトレードマーク、以後文字盤にはハートH精工所の証しとして付けられている。
 このハートH精工所、数々の変わった時計を製造し事でも有名な会社、古時計愛好家にとっては是非一台は手に入れたい時計の1つ。
 普通の時計もさることながら、変形型で有名な時計製造会社の筆頭格、1番有名なのは有栖川宮家お買い上げのバイオリン型の時計。
 この時計、欅の一枚板を使用、美しい木目を表面に出し、時計ではタブーとされた一枚板、それをあえて使用したもの、随所に拘りの造りを出している時計でもある。
 全体に美しいラインをまとい、バイオリンの形を上手く時計にしたもの、デザインもさることながら、やっぱり欅の木目、この美しさが光る時計だ。

 SANY4458.JPGそこがハートH精工所の拘り、他の時計会社がやらない事を実行、コストがかかる事を承知の上で欅の板を使用する事、これが拘りだ。
 同時期に製造された富士山型の時計、これも欅の一枚板を使用している点もバイオリン型と同じ、あえて一枚板に拘ったものだ。
 その他にも連続ハート型の時計、この時計も自社のトレードマークをデザイン、欅の板を使用して自社のハートを造り出して時計としている。
 あくまでも他社との差別化を計る事に専念した、長谷川与吉の拘りと言えようが、製造した職人たちにもその拘りが見て取れる時計でもある。
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2018年09月04日

確認事項

   浜松ミーティング開催

 日時、9月9日 日曜日
 場所、浜松市東区小池町2543−4
    NKトレーディング事務 053−465−3666
 時間、11時半開始
 会費、1500円 昼食含む
 尚、今回もオークションを開催いたします、参加ください。

   日本古時計保存協会 事 務 局
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2018年09月02日

瓢箪

      かたちが面白い
SANY8999.JPG瓢箪、うり科の植物、別名胡慮(ころ)とかひさご呼ばれ、この時期1番成長するが、収穫時期はもう少し後の事、今は黄緑色の姿でつるにぶら下がった状態にあるが、次第につるも枯れてくる。
 この瓢箪、古来より栽培されているが食用としてのものではなく、殆どが器として利用する為のもの、世界各地で多く栽培されている植物である。
 種類も色々あるそうだが、日本には小型なものが多いようで愛好家も多いと聞く、その栽培方法は簡単であり、誰でも容易に栽培出来るようだ。
 つる状になって伸びるので、それをうまく誘導してやれば簡単にひょうたんが育つというが、私も子供の頃瓢箪の苗を貰ってきて植えた覚えがある。
 簡単に栽培出来ると言われてやってみたが、結果は確かに生るにはなったが、形の良いものは出来なくて、あちらこちらに傷が出来たものになってしまった。

 要するに実がなり出した時に、他の葉っぱや障害物に当たらないようにしないと、傷物が出来てしまうという事を知らなかったので、出来たものは不恰好の瓢箪であった。
言葉の上では簡単に栽培出来ると言うが、実際にやってみればそんなに簡単なものではなく、形の良い瓢箪を作るのは中々難しいようだ。 良い形の見栄えする瓢箪を収穫するのは大変、多く実っているものの中から形の良いものを選別、そして商品にするまでには手間が掛かるもの。
 まず瓢箪を水に下して暫くすると中のみが腐り、ドロドロの状態になるので、それを取り出して乾燥されるが、成熟してない瓢箪は腐ってしまう。
 また乾燥させるときにしみ等が発生したりと、様々な障害が出て来るので注意して乾燥させ、表面を磨いて成型してゆく、この様にして手間のかかる作業を行う。

 この瓢箪、形から先に広がる末広がりとして古くから縁起の良いものとなり、縁起物とか幸運を齎す物として親しまれたり、無病(六つの瓢箪)と重なり合わせて福を齎すものと喜ばれた。
 戦国の勇、豊臣秀吉がまだ駆け出しの頃、岐阜城攻めのさい瓢箪を竿の先につけて味方に合図、結果岐阜城攻略に成功、織田信長から金の瓢箪を拝領。
 その後戦のたびに手柄を立て、金の瓢箪を増やして行き、千成瓢箪の馬印としたことは有名な話、縁起の良い瓢箪を馬印にした御かげで出世。
 瓢箪のまつわる逸話の最たるものとして出世瓢箪と言われる由縁、この様に瓢箪は縁起のよいものとして人々に愛されてものだ。
 写真瓢箪、我家にあった古いもの、左の瓢箪は親父の形見の瓢箪、右はもう少し古いもので酒を入れて持ち歩いたもの、いずれにしても利用した瓢箪である。
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2018年08月31日

ちびまる子ちゃん

   追 悼

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 ちびまる子ちゃん、テレビアニメの主人公、人気を保って早28年、未だに衰えない人気を持っている漫画の主人公、小学生である。
 小学生のタレントさんが大人気、テレビで大活躍しており、何処のチャンネルをつけても顔を見ることが、そんな大人気のタレントさん達。
 果たして28年後はどうなっているのだろうか、甚だ興味の湧くところでもあるが、そんなタレントさんに対抗するかのように、未だに現役で張り切っている女の子。
 独特のキャラクターの持ち主「ちびまる子」、このアニメがテレビで放送された時は兎に角うるさい音楽で、こんな歌など流行るのかと思ったものだ。
 しかしあの独特な音楽に乗って歌われる歌も、直ぐに子供達に受け入れられ、一役スターにのし上がってしまい、大人まであの歌を歌うようになる。
 あのあくのある描き方、普通なら余りトッピな描き方なので人気が出ないのが当たり前、ところがそのあくが人気となるから不思議な事と思う。

 このチビまる子ちゃん、デビューは1990年、この年にテレビ界に参入、突如として大人気を博する事に、この物語作者の小学生の頃事と云われ、原作者さくらももこさんは静岡県清水の生まれ。
 自分の子供の頃の事をアニメに描いたらしいが、このアニメ「平成のサザエさん」と云われ、家庭生活を面SANY7713.JPG白く描いたものだが、ちびまる子ちゃんの面白さがトッピな事、しかし原作者のさくらさんは残念な事で亡くなってしまった。
 このちびまる子ちゃん、色々なグッツに取り入れられ、幅広い年齢層に受け入れられ人気となり、引っ張りだこの状態であった時。
 娘が面白い時計を持って来たので、「どうしたのだ」と聞くと、他の腕時計は面白くないが、この腕時計変わっていて面白いから買ってきたというのだ。
 確かに変わっている時計、子供の腕では大き過ぎてはまらない大きさ、半円形上のドーム型、こんもりとしたおわん型の腕時計で、勿論クオーツ式の中国製。
 こんな大きな時計を子供の腕ではハマらないもの、只話題としては人気のちびまる子、こんなものをはめてていれば嫌でも目に付くもの。
 それが狙いで買い込んだのなら良いが、実用的な腕時計ではなく、ちびまる子ちゃんの人気にあやかった商品、しかし買う人が居るから売れるのだと思うが。
 写真がそのちびまる子ちゃんの腕時計、兎は秒針のようにくるくると回り、時計は下の枠に表示されるクオーツ式の時計、今では当時の人気が良く分かるものとなってしまった。
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2018年08月30日

如何しても欲しい

      気にいったから
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 古時計を展示していると色々な事に出くわすが、1番困るのは展示品を譲れという事、それもこちらが大変気に入っているものを欲しいと。
 確かに古時計愛好家なら、珍しい時計は欲しいが、展示してあるものを欲しいと言われても迷惑な話、それも珍品となると尚更の事。
 誰しも経験があると思うが、珍しい時計は中々手に入らないもので、それを手に入れるには苦労をしているはず、だからこそ愛着が湧くものだ。
 展示品にはその様な時計も幾つか展示してあるが、それを欲しいと言われても、はいそうですかと簡単に渡すわけには行かないのが人情。
 誰しも同じ心境だと思うが、しかし中にはそなん事はお構いなしに、自分が気に入ったから譲って欲しいと、申し出る人も多いものだ。

 今年の展示場でもそんな人が訪れ、是非とも時計を譲って欲しいと言われ、何度か見学に来られて、私の留守の間に係りのものに懇願された由。SANY7269.JPGSANY7274.JPG
 係りの人の話では、何度もみえて時計が欲しいと言われているそうな、そこでどの時計と聞けば、黒柿の小型バイオリンだという事だ。
 この時計は私が散々探し回って、ツイに気に入ったものを見つけたもの、譲るわけには行かない代物、今までにも幾度となく譲れと言われて来た時計だ。
 そして、どんな人だと聞けば、老人で何回か来られて譲れと言われるそうだが、私の居ない時ばかり来るそうで、係りの人も困っているとの事。SANY7268.JPG
 そんな事で私の居るときに来て欲しいと伝えて暫く後、その老人が再来してユーハンスの小型バイオリンを譲れと言われるが、その発想がこうだ、「黒柿が気に入ったからこの時計が欲しい」との事。
 しかしこの老人、古時計には興味はなく、黒柿だから欲しいという事だ、そしてモット驚く事には、1万円で譲れという事らしいが、老人曰く「それ位が相場だ」と、これにはこちらが驚く他はない。
 その老人、私に向って是非譲れと強引な態度、仕方なく「この時計はそんな低い評価の時計ではありません、非常に珍しい時計で、愛好家なら誰しも欲しい時計の1つです」と詳しく説明する。
 すると老人、「時計は要らないから枠だけなら譲れ」と、とんでもない事を言い出し、此方も開いた口がふさがらないが、キッパリとお断りした。
  すると、「では1万5千円でどうだ」と、こちらの事など聞いていない様子、こんな事で押し問答をしても仕方がないので、丁重にお断りをした。
 
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