2019年03月27日

時計仲間

    古時計愛好家
 あや.jpg
 古時計愛好家のコレクションを見ていると、その人の個性がみえて面白く、どの愛好家も時計好きである。
 勿論時計が好きだから古時計を集めるのだが、その集める時計が人それぞれ、大きな時計が好きな人、逆に小さな時計の好きな人と分かれる。
 大きな時計の好きな人は数は少なく、一点趣向の人が多く、そんなに台数を持たない人が殆どと言ってよい。
 勿論、例外な人も居るが、大抵は数は少ないもの、当然であるが大型の古時計は場所を取る、当たり前だがそれが問題だ。
 大型の時計を数多く所有は出来ない、今までに出会った人の殆どは数台の古時計で、置き場所に困るからとも言う。
   確かに大型の古時計は置き場所に困る事は必定、何台か欲しくても場所の問題もあり、そうは行かないのだと思う。
 人間の心理としては目の前の古時計が欲しくなるのは当然の事、ツイツイ買ってしまうが、その後がいけない。
 家に持ち帰ってきてからが大変、家の者には嫌な顔をされ、置き場所はないし、思案するしかないのだ。あさかい.jpg

 そんな事は買う時から分かっているが、古時計愛好家の心理りでは、目先が事が先で後の事は二の次だ。
 それで何時も失敗を繰り返すが、全くと言って反省の色がなく、同じことをくりかえりているのだと思う。
 御多分に漏れず私もその一人、何時も家族に嫌な顔をされているが、こればかりは止められない。
 逆に小さいのを好む古時計愛好家も、場所が取らないことを良い事につい買い込んでくる。
 結果は大型の愛好家と同じ道を辿り、やはり家族からはソッポを向かれて、ションボリとする事に。
 いずこも同じことの繰り返しをしているが、両方とも反省がないのも古時計愛好家の人達と思うが、私だけだろうか。
 好きな物にはツイツイ手が出、家族に受け入れられなくて四苦八苦するが、それでも止められないのだから仕方がない。







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2019年03月26日

カフスボタン

    個性を主張

SANY9433.JPG カフスボタン、それは男の主張を表に出すもの、袖口のちらりと光る一つのボタン、それが個性でもともとカフスボタンは今までの単なるとめ道具の一つとしてのもの、何の飾りもないボタンであった。
 そこには男の個性は発揮出来ず、単純な飾り気のないものは満足することなく、個性を主張し出す事に、袖口を単純にとめるものから、ちらりと見える美しさを備えたものにと変化を遂げて行く。
 初期のカフスボタンはシンプルなものが多かったようで、今までのボタンよりは個性のあるものではあった。
 しかしながら、今までのものよりは男を主張、やはり単なるボタンではなかったものであり、飾りものであった。
 そんなシンプルなカフスボタン、それが徐々に進化を遂げて行く事になり、その素材からも変化を遂げ、金属製のカフスがつくられる様に、例えば金で出来ているもの、または銀で出来ているものと進化を続ける事になる。

  SANY0536.JPGはじめはやはり貴族の男たちからかカフスボタンは始まりを見せ、金や銀のカフスが流行ることに。
 当時は金銀が高価な物であり、貴族としてのシンボル的要素の高いものであった事は確かだ。
 その素材から抜け出して、人とは違う個性を出すために、変わった素材が求められ、七宝であったり、貝殻であったり、石であったりと進化する。
 金銀に次ぐ素材は宝石、ヒスイであれ、ダイヤであれ、ルビーあれと目立つものへと進む。
 その後のカフスボタンは次々と進化、ありとあらゆる種類のものに移ることになり、個性の塊となる。
 そのカフスボタン、現在では少し下火になってしまった様で、余り見かけなくなったようだ。






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2019年03月25日

幻の陶貨

    こんなものまで

 陶貨、聞きなれない言葉の響き、戦時中日本で製造された陶器の貨幣、第二次大戦末期、日本は物資が不足、特に金属がなかった。
 この時代色々なものが金属の代用品として造られたが、最後は貨幣まで代用品で造るとは、日本も底をついた状態であった。
 金属不足は資源のない日本にとって一番の痛手、金属で無いものだ代用しても戦には勝てないことは分かっていた。
 しかし最後まで抵抗した日本、国民に大きな犠牲を押し付け、なお戦争を維持しようと画策していたのだ。
 最後に画策したのは貨幣、金属で製造していた貨幣を代用品で製造する事、奇想天外の発想であった。SANY0512.JPG
 そのお手本となったのがドイツ、1920年第一次世界大戦時に陶器で貨幣を製造していたことを知り、それを再現。
 昭和18年に陶貨製造準備委員会がつくられ、ドイツの真似をして陶貨を造ることを計画、準備に入る。
 それを進言したのが瀬戸の陶器会社、一銭、五銭、10銭の三種類を製造することを提案、検討に入ることになる。

 製造産地としては瀬戸、京都、佐賀の陶器の産地、それぞれの産地で一銭、五銭、10銭を別々に造られる。
 特に多く製造されたのが一銭と五銭、目標は一銭は200万枚、五銭は100万枚それぞれに製造することである。
 昭和20年、瀬戸は一銭を製造することを求められ、当時鐘大陶業株式会社の民間の窯元に発注、大井省造幣局、瀬戸製造出張所として陶貨を製造する。
 一銭は表に富士山を描き、裏側には桜の花を二つ重ねた図柄、同課に似せて赤い土で製造すること。
 目標、200万枚を製造すべく大量生産に入ったが、完成まじかで終戦となり、廃棄処分となったが、何故かしら現存している。
 いつの時代も、こっそりと手に入れている者が、廃棄処分であったものが現存、数的には多くはないが蒐集家の手に。











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2019年03月24日

夢二の真贋

    やっぱり好き

DSCN1850.JPG 竹下夢二、言わずと知れた有名画家であるが、実際の人物は少し破天荒な所があり、そこが又魅力と言う人も居る。
 しかし好き勝手に生きた人物でもあると言う人も、色々な評価があり、様々な事を言う人も多いようである。
 人物評価はそれぞれで、個人の主観であるから何とも言えないが、作品については文句の付け様がないと思う。
 確かに破天荒な生き方をした人物のようであるが、描いた絵は素晴らしいものと、それが大勢の意見である。
 竹下夢二の描いた絵は実にロマンチックなもの、世に言う大正ロマンそのもの、一目見て夢二と分かる作風である。
 兎に角人気の画家であったようで、色々な物に作品が描かれており、現存数も多いと聞くが、偽物もまた多いと言う。
 人気があるから偽物も多いらしく、中々素人には分かり辛く、良いと思って買っている人もまた多いと聞く。DSCN1851.JPG
 しかし偽物でガッカリ、やはり素人には真贋は分からず、相手を信用するしかないが、何処まで信用するかである。
 良く本物保障と書いてあるものを見るが、ある人がそれを信用して買い込み、良く調べてみたら何だか変、そこで鑑定して貰った所偽物と判明。
 早速相手方に抗議したが埒が明かず、結果は泣き寝入りとなってしまい、何処が保障なのかと怒りだけが残ってしまったようだ。

 これも良くある事で、余程信用のおける処から買わないと残念な事になる一例、保障の文字も信用できないのだ。
 このリトグラフ、勿論信用のある所から買い込んだもの、偽物であれば返却自在、何時でも引き取るとの事、前にも同じDSCN1852.JPGようなリトグラフを買い込んだが、専門家に見て貰った結果、本物であるとお墨付きを、そんな信用のある所だから、何時でも返却に応じてくれるから、今でもここから買い込んでいるの。
夢二のリトグラフは数も多く出回っているから、手ごろな値段で買う事が出来、その上美しいから私は良いと思う、チョットした所に掛けても、ピッタリと収まり、それでいて華やかな雰囲気に、それが夢二の良い所。
 あの独特な色使い、そしてやっぱり女性の柳腰、夢二独特のあのスタイル、如何にも大正ロマンそのものである。
 このリトグラフ一つで掛けてある壁が一気に華やかとなり、それでいて何だか落ち着いた気持ちになるのだ、他のものではこの雰囲気は出せないと思う、夢二だからこそ出来るものと思うが、私の贔屓目かも知れないが。

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2019年03月23日

何故遅れを取った

   京都千年の
 明治初期、日本の近代産業は飛躍的発展をとげ、先進国の仲間入りを果たSANY0409.JPGすべき国を上げての政策を取っていた頃、京都は近代化の遅れを取っていた。
 今まで都が置かれて来たこの地、日本の最先端であった土地、しかし東京に都が移り、この地は生甲斐をなくしていた時、近代化の波に乗り遅れる。
 一番の原因は喪失感ではないかと思われ、都が移り張り合いがなくなってしまい、前向きに時代の流を取り込めずに、ただ脱力感だけであったようだ。
 大都市の東京、名古屋、大阪は文明開化の名のもと、まっしぐらに近代化を推し進めていた時、京都はまだ時代に背を向け江戸時代のままであった。
 新政府の推し進める近代化にも目を向けず、昔の栄華を懐かしく思い、その余韻に慕っていたのだが、時代は一気に変化を遂げていた。
 逸早く東京と名古屋で西洋時計が製造されるようになるが、京都はその流れをつかもうともせず、江戸の余韻に浸っていたのだ。

 その後大阪も西洋時計製造に邁進、大都市での時計製造が発展して行くSANY0402.JPG、当時の京都は時計商も多い居て、財力も他の都市に遅れを取ることはなく、力はあったのだが、では何故乗り遅れてしまったのかとの疑問が湧く、京都は江戸時代にも和時計の製造をしていたところ、技術的にも財力的にも申し分のない土地であった筈。
 むしろ他の都市よりも財力、技術力共に先を行く土地、なのに西洋時計製造に遅れを取り、この遅れが後々に幾ら頑張っても、他の都市には太刀打ち出来なくなってしまった。
 大量生産を掲げる西洋時計製造、近代化の名のもと、国産時計普及にヤッキとなっていた他の都市、それに比べ京都は昔ながらの気風が原因か。
 後発の京都時計製造会社は名古屋から職人を雇い入れ、西洋時計製造に邁進するも、価格的に他の時計産地との競争にも負けた。
 大量製造と市場の把握、コストダウンと販売販路、このように近代的な商売に乗りおくれたのも要因、色々な条件が京都に不利に働いたのだ。




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2019年03月22日

初音

      ようやく聞く
SANY0285.JPG
 近頃春めいて来て、ようやく春が来たと思えるようになったと思っていたら、今日朝のこと、妻が鶯の声がすると言い出した。
 早速窓を開けてその声を聞くことに、すると彼方から鶯の声が、まだ拙い声で鳴いているようだが、まさしく鶯の声。
 やっと鳴き出したかと感激するが、なぜかと言えば、最近今まであった雑木林に、建売住宅が建ち、雑木林が半分以下になったしまったからだ。
 以前は100メートル四方の雑木林が存在、そこには親子何代に渡って狸が住みついていたが、その雑木林が開発されてしまったのだ。
 ここには狸のほか、野鳥たちの住処として長く続いてきたもので、色々な野鳥たちが飛来して、賑やかな鳴き声を立てていたものだが。
 特に狸は近所の人たちの心の支え、まだ自然が残っていると感じて、狸たちを可愛がったていたで、狸もそれを知SANY0297.JPGっていて、他に住み移ることはなく、代々住み続けてきた。
 徐々に小さくなり、結果は今のような25メートル四方の小さなものになってしまった。
 それでも近くでは雑木林は此処だけ、小さくとも野鳥にとっては住みか、しかし狸たちにとっては住めなくなってしまったようだ。

 我家の猫の散歩時、決まった時間に狸と出くわし、我家の猫と狸の睨めっこが、狸たちも猫がリードで繋がれている事を知っているので逃げない。
 私もよく少しの食べ物を持って狸に与えていたので、その事を良く知っており、私と猫が散歩していると必ず出てきて、猫と睨めっこをしていた。
 そなん狸、建売住宅が出来、どこぞに姿を消してしまい、その後散歩の時点で出くわすことはなくなってしまったのだ。
 そんな事で、狸の姿や野鳥たちの姿もめっきりと少なくなり、ただ鶯だけは毎年、この時期になると初音を齎している。
 あんな小さな雑木林に、まだ住みついているのかと思うと、愛おしくさえ思う、今日はじめてその鶯が初めての声を発した。
 ぎこちない声で鳴いているが、間違いなく鶯の声、毎年恒例の初音、やっぱりこの声を聞かないと春が来たと思えない。









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2019年03月21日

瀬戸焼きそば2

    独特の味
SANY1516.JPG
 全国で色々な焼きそばが作られているが、ヤッパリ地元の焼きそばが一番、幼い頃より食べている味。
 焼きそば、その作り方は色々、勿論味も色々な味があり、ソース焼きそば、しょうゆ焼きそばと区別が。
 瀬戸焼きそばは醤油味、それも豚肉を炒めて出汁醤油で煮詰めて、スープを作る事から始まり、大量のキャベツとともに炒める。
 この出し汁が決めて、店店で色々な味があり、独特の味を作り出し、自分の好みの味を求めて店を回るのだ。
 私は幼い頃より自分好みの店は、深川神社の門前にある「福助」、この店の味が大好きであった。
 通称地下街と呼ばれる商店街の一角にある店、昔から行列のできる店として話題の店、並んでも食べたくなる味だ。
 ここの出汁は少し甘めの出汁、鉄板に麺とキャベツを大量にいれ、炒めるのだが、途中からこの豚肉で煮詰めた出汁をかける。

 麺とキャベツが炒まったところに大量に出汁を上からかけ、黙々と出る湯気と共に炒めるのだが、この時出る香ばしい匂いがまた独特。SANY1514.JPG
 遠くからでも匂う瀬戸焼きそばの匂い、この匂いにつられて客が寄って来ると言ってもよい、それが福助の味だ。
 店の間口は一間半ほどの狭い間口、狭い店内にビッシリとテーブルが置かれているが、何時も満席。
 満席と言っても20人も入れない位の狭さ、客は狭い店内も何のその、焼きそばを食べているのだ。
 そしてもう一つが「おでん」、出汁の利いた汁でしっかりと煮、少し黒くなっている位が食べ頃、これが又旨い。
 焼きそばが出来るまで、私はちくわとはんぺんを食べて待つのが何時ものスタイルだが、このおでんも良く煮たものが早くなくなる。
 おでんが無くなるまえに焼きそばが来る、このタイミングが一番最高だが、そんな時ばかりではなく、待つ事もしばしばだ。

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キューピー

    かわいらしい
 SANY9281.JPGクリクリ目玉のキューピー、今も絶大なる人気を博して子供たちに受け入れられ、親も子供も一緒になって遊べる玩具、何処の家にも一個はあったように思う。
 そんなキューピー、何時ごろ生まれたのであろうか、生まれはアメリカ合衆国、1909年当時イラストレーターの「ローズ、オニール」(1874−1944)が、キューピットをもでるに描いたもの。
 このイラストをもとに作られた玩具がキューピーであるが、その後色々有って1913年(大正2年)、アメリカ合衆国連邦特許庁に意匠登録がされキューピーが世に出ることになる。
 この特許庁にはキューピーの仕様が細かく記載されており、例えば目玉は左右ドチラかを向いている事、背中には小さな羽根が付いている事、2.5から3頭身である事等記載されている。

 アメリカ本土にて製造されていたが、やがてドイツSANY9262.JPGに製造を委託するようになり、殆どのキューピーがドイツで製造され、アメリカ本土に輸出されていた。
 これは当時のドイツの方がコストも安く、出来も良かった事から殆どがドイツに製造が移されてしまい、アメリカ本土では製造しなくなったようだが、第一次世界大戦が勃発、それ以後ドイツが製造国であったキューピー、その矛先が日本となる。
 ドイツに変わりキューピーの生産が日本になり、増産が相次ぐ、当時統治下の台湾で樟脳の原料となる楠が豊富であった事もあり、セルロイドが多く造られるようになった。1954年アメリカはセルロイド製の玩具を輸入禁止に、その為日本で生産されたセルロイドのキューピーは輸出できなくなり、やがて製造を中止する事になる。
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2019年03月20日

続ワイアットアープ

   意外と新しい

SANY0317.JPG またまたワイアット、アープ、言わずと知れた西部のガンマン、実在の人物であり西部で名を馳せた人物、その上生涯弾丸に当たらなかった人物でもある。
 最も有名な語り草となった事件はOK牧場の決闘、アメリカ西部の片田舎で起きた殺傷沙汰、映画にもなり世界に名を馳せた人物となる。
 映画監督ジョン、フォードが生前のアープと対面し、彼から聞いた実際の事を信用して崇拝したと言われている。
 西部一のガンマンで、尚且つ正義の味方保安官、ジョン、フォードはアープを英雄として信じていたとも言われている。
 しかし本当にアープが話したことが事実であったのか疑問でもあるが、彼は疑うことなく話を信用したようだ。
 事実話をもとに幾つかの映画が製作され、どれもヒットしワイアット、アープは正義の味方、保安官として世界の人々に受け入れられた。

 私がワイアット、アープに憧れたのは子供の頃テレビで見た映画、テレビの中のアープは実に格好よく、これぞ西部のガンマンと憧れたものだ。SANY0367.JPG
 その頃は日本の江戸時代の話であると思っていたが、後で知ったのは明治時代の話である事を知り、そんな頃アメリカでは拳銃をぶっ放して決闘していたとは信じられなかった。
 日本ではすでに新政府により武士の帯刀は禁じられており、アメリカは其れよりも後でもこんな事が起こっていたのかと、逆な意味で驚きでもあった。
 映画の西部劇は明治時代の話と知ってからはある意味ピンと来ず、江戸時代の方がピッタリすると思っていた。
 それにしてもアメリカの西部は日本と同様に時代に遅れていたとも言えるが、ほんの少し前までアメリカで行われていたとは不思議でもある。
 しかもワイアット、アープが昭和まで生きていたとは信じられないが、やはり彼は不死身であったのか、伝説になる人物の素養は十分備えていたと思う。
 上の写真は本物のワイアット、アープ、下の写真は私のイメージぴったりのアープ役のヒュー、オブライエン、彼は当時私がえがいたワイアット、アープそのものであった。







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2019年03月19日

ネットの落とし穴

   色々な手口

 ネットは便利なもので使い方次第ではなくてはならないものになってしまった今、その使い方が問われている。SANY9236.JPG
 家庭に居ながら世界とつながり、誰とでもネットを通じて連絡できる便利なもの、使わない手はないものになっている現代。
 特に若い世代では何の躊躇いもなくネットを使いこなしている今、無くてはならないものとかしているが、使い方を誤ると取り返しのつかない事になるのもネットであると思う。
 便利なものとして使いこなすのは良い事、使い方次第では家に居ながら仕事も出来るのがネットで、それをどう使いこなすかである。
 私もネットを使い出してから、色々なものに利用してきたが、最近その便利さが故に落とし穴にはまっているのも現実。
 自分の欲しいものをネットで検索し、良いものを安く買い入れて生活に利用しているが、時として失敗する事もあるのだ。
 自分が欲しいものが安くネットに出ていると、ツイツイ手を出してしまい、余分なものまで買い込んでしまい、後で何でこんなものを買ってしまったのか後悔する事もある。

 暇な時にと見たいDVDをネットで検索し、良いSANY9243.JPGと思うものを落札しているが、そこに落とし穴があったと気づく事になる。
 気に入った映画のDVDを見つけたので、それを入札する事に、タイトルには新品と表示されており、多くのDVDが出品されていたので信用し入札。
 複数の人が入札していたが結果は私が落札、楽しみにしてDVDの届くのを待ち、届いたものを取り出して驚いた。
 中から出て来たものはケースに入ったDVDとパンフレットだけ、それも真っ白なDVDだけ、これが新品かと疑いたく成る代物、海賊版のDVDである事に違いない。
 写真ではタイトルのケースに入っていたのだが、届いたものは別のもの、早速試しに見てみたが酷いピンボケの状態、やられたと思ったが後の祭り。
 写真と違うものを送って来て、詐欺まがいのものを買わされ、ガッカリするやら、怒れるやらだが、これもネットの落とし穴かも知れない。
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2019年03月18日

反射式ストーブ

   これの方が便利だ
SANY1326.JPG
 今年も古いストーブ、暖房器具がフル回転で使用していたのだが、昨今はエアコンばかり、確かに便利で快適に暖まるよう、しかしやっぱり寒い、エアコンは暖かい風を噴出して部屋を暖める仕組み、確かに暖かくなるが何処となく寒いと感じるのは私だけか、早く温まり電気代も安くなった。
 しかしエアコンだけではやっぱり寒い、そんな事で我家は石油ファンヒーターは欠かせないので、常につけてあるのだが、石油を補充するのが面倒だ。
 寒い外でやらないと部屋で補給すると臭くなり、時にはこぼす事もあり、やっぱり寒い外で補給する事になるが、これがめんどくさいと思っている。
 その点エアコンは便利、スイッチ1つで動かなくても付けられ、石油ストーブみたいに火を付けなければならないものではないから、現代人好み、最近のエアコンは人を感知してその場所を暖めると聞く、エアコンも日夜進化しているが、石油ストーブは余り進化していないものが多くある。

 特に反射式のタイプは昔ながらの方式で製造されているが、最近このストーブが人気だそうでSANY1321.JPG、ホームセンターでよく見かけるようになったが、それは震災以後、電気が付かない為にエアコンや石油ファンヒーターは使用できず、目の前にあっても使えなかったと、そんな話題が出てからだ。
 停電であれば電気製品は使えず、何時普及するか分からない時には、昔ながらの反射式ストーブが非常に便利、一寸着火するのに時間が掛かるが。
 専用のライターか電池が入っていれば直ぐにも着火できるが、無い時はマッチ等で着火も出来るので便利だと思うし、あの灯が見えて赤々としたのが見えよいと思う。
 エアコン等は確かに暖かいが、目で見て実感がわかないものだと思のと、やっぱり火が見えないので暖かさも違った感覚であるようだ。
 人間は眼から暖かさも感じるもの、赤々と燃える火を見ると体の芯から暖かさを感じ、それだけでも違ったものとなるのだと思うのだが。
 差し入れのたい焼きが届き、そのおすそ分けを貰い、ストーブの上で温めることに、反射式のストーブは上で色々な物を乗せ、お湯を沸かしたり、もちを焼いたりする事も出来、暖まるだけの物ではないが、本来はこの様なやり方はしてはいけない。
 そんな意味で石油ストーブの反射式、利用価値は高く、時代遅れと言う人もいるが、決して時代遅れではないものだと思うし、イザという時にも役立つ代物だと思うが。
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2019年03月17日

古時計巡り

   大きな変化が

 若い頃より続けてきた古時計巡り、今もって卒業できず続けいてるが、前とは少し様子が違う事になっており、現役SANY9189.JPG時代の様には毎週飛び回ることは出来ず、今は出来る限り出掛けたいと思って挑戦している。
 今までの様には行かない事は頭の中では理解しているが、片方の自分がそれを良しとしなくて困っているのも現実。
 勿論、今は年金生活で当り前みたいに自由に資金を使うことは出来なくて、隠し金を頼りにしているのだが、こっそりと「へそくり」を少しづつ取り壊して古時計購入に充てているが、貯めたものは直ぐに減って行く事に、当然の事友人もまた同じ事、それでも2人して古時計巡りに出かけ、今もって現役時代と同じ心持に居るからどうしようもないが、しかし、資金が続かなくなることに、当り前の事だがお互い分かっていて、そこは自重しているつもりだが。

 とまあ分かったような事を言っているが現実は厳しく、今までみたいには行かず良いものに出くわしても2の足を踏むことに、現役時代は直ぐに買い求めて友人に「そんなに買ってどうする」と良く注意されたが、今は其れはない。SANY9203.JPG
 ないと言うよりは出来ないので、今まで買った中で処分しても良いものを手放して、資金に充てている始末、なにしろ持っている古時計の数が多いからダブっているものを処分、資金をつくらなければ買い求められない現実。
 それともう一つ問題のものは雛人形だ、瀬戸の雛巡りを毎年やっている事もあり、享保雛だけは展示のため買う事に古時計と享保雛、今以て2つ追いかけているから厄介で、特に雛巡りの展示のため大型の享保雛を狙っているが値段が高くて、良いものは和時計よりも高額。
 去年の暮れにその大型の享保雛の良いものを手に入れたが、その為に多くの古時計が犠牲となってしまったがそれも仕方がない事、今も雛巡り展示用の享保雛を探すため進行中、資金がないからどちらかを優先しなくてはならず、それが現役時代と大きく違う点、しかし毎は2つとも止めるつもりは全くない。
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2019年03月16日

こけしの模様

    見ただけで分かる

SANY5422.JPG
 最近のこけしブーム、若い女性が多いと聞く、それも現代的なこけしを好むと言うが、つまり創作こけし。
 その一方で従来からの伝統こけしも人気だと言う事だが、どんな人が集めているのだろう。
 私もこけしは好きで多少は集めているが、好きな物だけしかなく、特に作家に集中しているのだ。
 それも小椋久太郎のものしか興味がないとも言えるが、その他の作家もあるにはある、しかしやっぱり久太郎。
 先代の久四郎のこけしがします。欲しくて探し回ったが、中々手に入らず、やっと一つ手にしたもの、拝み倒してやっとだ。
 しかし程度はあまり良くはないもの、仕方がない事だが数が少なく、ましてや譲ってくれる人もないのだ。
 そんな先代の久四郎のこけし、今や幻と化し何処に姿を消したやら、愛好家にとっては宝物、それが久四郎のこけし。SANY5442.JPG
 こけしと言えば産地、何処で作られたこけしなのか、一目見てすぐにとどこの産地か分かる人はこけし通。
 胴体に描かれた図柄で産地が分かるらしいが、私はとてもそれを見て産地が分からないが、愛好家は分かる。
 産地、遠刈田がはじめとする説があり、そこから東北全土に広がったとするもの、産地により少しづつ絵柄や作り方が違う。
 カラフルな筋だけで彩色されたもの、菊を図案化して胴全体に描いたもの、それぞれに特徴がある。
 あとは胴体の形、これも産地独特らしくて、胴体を見れば産地も分かるとも、しかし私は分からないのだ。
 一つだけ分かるのは小椋久太郎のこけし、このこけしだけはすぐに久太郎と分かるもの、独特のあの顔。
 憂いを込めたあの顔、そして胴に描かれた前垂れと呼ばれる独特のスタイル、その中央に描かれる菊。
 これらが相まって久太郎独自のこけしが完成、このこけしだけは私にも一目で分かるもの、後のこけしは分からないのだ。




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2019年03月15日

蚤の市紀行

   楽しい市
SANY8013.JPG

 全国に蚤の市は多く開かれているが、有名なものは少なく、こじんまりとして開催されている蚤の市もあり、市の大小に関わらず楽しい場所だ。
 我々古時計愛好家にとっては蚤の市こそ楽しみなものはないのもで、何かあるのではと期待に胸膨らまして蚤の市に向うものだ。
 市の大小よりも、先ずはあの雰囲気、乱雑に出してある商品、何処から見て良いやら分からず、手当たり次第に見て回る楽しさは格別。
 どこかに何かが隠れているのではないかと、目を皿のようにして見て回り、人よりも早くそのものを探しださうと、焦る気持ちが又楽しい。
 早く見つけてやらないと、人に持って行かれてしまうからと、目はグルグルと回りっぱなしの状態、人から見たらさぞかし滑稽な表情だろうと思う。
 そんな事はお構いなしに、目ぼしい物を早く見つけ出さないと、焦る事、焦る事、そんな時ほど見逃してしまう事になるのだが、それでも止められないのだ。

 SANY8001.JPG今までにどれだけの蚤の市に行った事だろう、全国の蚤の市を尋ねてみて回り、北は北海道から、南は沖縄までと回ったものだ。
 蚤の市の楽しさは、何処に何が在るのか分からない所にあると思うし、人によって違いはあるが、良いものから粗雑なものまで様々な物が出る。
 だから楽しいものなので、蚤の市の嫌いな人は、何であんなごみごみした所に行くのか気が知れないと云うが、それが蚤の市だと思う。
 逆に綺麗に商品が並べられ、手に取るのにも気を使わなければならない様な、そんな状態の蚤の市では嬉しくも無いものなのだ。
 目的の物に近づく為に、手前の商品をどけ、前へと進むのも蚤の市の仕事、これがなければやっぱり面白くも無いものなのだと思う。
 これが又蚤の市の醍醐味でもあり、店主に了解を得てあちこち探す楽しさ、蚤の市好きの人にとっては、この時が1番良い時間でもある。
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2019年03月14日

今また万年筆

    ブームと言うが
 今また万年筆がブームであるらしいが、どんな世代が中心であるのか興DSCN1669.JPG味のある所、何故万年筆なのか、最近は万年筆を使う人を見かけなくなり、未だに使っている人が居るのだろうか、ボールペン世代の人には分からないと思う。
 万年筆と言えば頭に浮かぶのは小説家、頭を抱えながら執筆をしている姿が浮かぶ、勿論万年筆を握っての事。
 小説家と言えば万年筆、万年筆と言えば小説家と言うイメージ、最もピッタリとあっていると思うのは何故だろうか。
 物書きにはボールペンは似合わないと思うが、それは単なる妄想か、それともそうでありたいと思うか、人によりけりかも知れない。
 そんな万年筆だが、ブームが何故来たのかは知らないが、確かにブームであると言うから不思議な事であると思っている。
 不思議であると思うのは私だけかも知れないが、万年筆は殆ど市場から消えてしまったと思っていたが、そんな事はなかったようだ。
 私みたいに昔の万年筆を集めているから、過去のものであると言う認識、それに何より私は万年筆が苦手。DSCN1670.JPG
 若い頃に万年筆で失敗しているからだが、万年筆は書き辛いものだと思っているから、現にペン先が折れてしまい、何度となく変えた経験があるから。
 少し力を入れて書くと、ペン先が割れてしまい、上手く書けないようになってしまうので、万年筆は苦手である。

 万年筆愛好家に言わせると、ボールペンよりも書き易くて、楽に字がかけると言うが、本当なのかと思ってしまう。
 やっぱり万年筆は苦手、そんな万年筆が何でブームか、それも高級品が人気だと言うから、尚更不思議であるのだ。
 今は手作りの、それも高級なものが持て囃されていると、そして昔ながらのエボナイト出て来た万年筆だと言うのだ。
 エボナイトで造る万年筆など、とっくに無くなってしまったと思っDSCN1664.JPGていたが、そうでは無さそうで、注文が殺到していると言う。
 以前に万年筆を修理している人が居ると書いたが、新しく万年筆を造る人が居るとは、それも注文が多すぎて造れないと。
 その上、自分好みの万年筆を造って貰うために、一年以上も待っている人も多いと聞く、それも驚きである。
 今時一年以上も手に入らないものを待つ人が居ると言う事も、私には信じがたくて、本当なのかと思ってしまう。
 少しネットで調べてみたら、聞いていたように今注文しても一年待ちの状況と出た、そんな馬鹿な話があるのかと、やはりどんな人が一年も待っても注文しているのか知りたいと思うが、それも超高級品の手作り万年筆を。


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2019年03月13日

親子招き猫

      子供が可愛い
SANY8425.JPG
 今回も招き猫、発祥地については様々な説があり、どれがどうとは言えないもの、我が方が元祖とか発祥地とか、自分本位で勝手に決め付けている所が多い。
 しかし、実際には歴史的根拠も無く、又立証もされていないので、どちらが正しいかもハッキリしないから、益々勝手に唱えている。
 歴史的事実に基づいて言えば、やっぱり、京都伏見の門前で売られていた伏見人形が1番ハッキリしているもの、この土産物の伏見人形が母体であると言われている。
 色々な説をまとめても、結果は古い現物が発見されていない事と、文献だけで主張しているもの、その点伏見人形は全国に散らばり、それが手本となった。
 全国の郷土玩具も殆どが、伏見人形をモデルとしているもの、そこから独自の土人形が発展して行く、当然招き猫もその範疇にあったものと思われる。

 SANY8435.JPGあの独特の形の招き猫は幕末に出来上がったようだが、古い現物は少なく、それが又謎めいており、論争を巻き起こしてもいる元に。
 古い浮世絵や版画に描かれている招き猫、現在の正面を向いた形ではなく、横を向いた招き猫、昔の形は横向きだったことがうかがえる。
 写真の招き猫、その古い形をした招き猫、伊万里で作られた招き猫だが、明治中期に作られたもので、可愛らしい子猫を2匹連れている。
 本来の招き猫の形とは少し違っているが、古い形式を採用している事と子猫を連れている為に、一味違った招き猫となったもの。
 これは京都伏見人形の流れをくむ証拠のもの、伊万里だけで作られたものではなく、他の産地でも同じ様な形の招き猫は存在している。
 ご覧になってどうだろうか、この招き猫のように子供連れの猫は可愛らしく、如何にも郷土玩具らしいもので、親しみやすい招き猫となっていることが嬉しい。

 
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2019年03月12日

何も出てこない

      毎日の事

 SANY9540.JPG今日は全く何も出てこない日、何時ものようにパソコンの前に座り、記事を書こうとするが、まったく何も思い出てこないのだ。
 何時も直ぐに記事にする事が出るかと言えば、そうではないので、パソコンの前に座り、頭の中に浮かんだ事を書こうとするもの。
 何がしかの事が浮かんでくればしめたもの、其れを拡大してゆけば記事が出来てくるものなのだが、やっぱり今日は何も出ない。
 こんな日もたまにはあるが、それでもパソコンを叩いている内に文章になるもの、友人に言わせれば「お前の文章は喋っているのと同じだ」と言う。
 確かにその通りかもしれないのだが、其れはそれで仕方がないものだと自分で分かっている事、小、中、高と先生に良く言われたものだ。
 「お前は本を読むことが嫌いだな」と、そして「もっと本を読め」と何時も言われていたのだ、其れがトラウマとなって今でも夢に出てくる事もある。
SANY9547.JPG
 そのな自分が文章を書いているのだから、上手く書けるはずが無いが、其れを克服する為にも書いているのだと、自分自身に言い聞かせている。
 プロでもないのに良く文章を書くものだという人も、確かにその通りでプロではなく、只の素人だから文章が下手で当たり前。
 そんな事を思いつつ今日は文章が出てこないので、何時も文章を打つパソコンを紹介する事に、友人の勧めで安いパソコンを買い、毎日このパソコンを叩いているので、キーボードが磨り減ってしまった。
 人に言わせれば、「何でそんなに力を入れて打つのだ」と、ピアノを引くように優しく打てばよいと言うが、パソコン教室にも行かず、自分で叩いて覚えたのだから。
 我流で叩くパソコンだからと友人は安いのを勧めてくれたが、早くも3年半叩いているから、そろそろ壊れるのではないかと内心はヒヤヒヤだ。
 それにしても、今日は何も浮かんでこない日、パソコンも今日は叩かれないで済むと喜んでいるかも知れず、其れでよいかも知れない。
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2019年03月11日

後片付けが大変

    終わってしまえば
SANY1491.JPG
 第18回瀬戸の雛めぐりも終了、一ヶ月間の雛めぐりに見学に訪れた人は、1日最高4,000人を越し長い行列ができ、見学者には迷惑をかけてしまった。
 様々な課題を残して好評のうちに閉幕となったが、それからが大変であり、今日もかたずけに奔走、出すのも大変であるが、しまうのももっと大変な作業。
 出した物はかたずけるのは当たり前だが、出すよりもかたずける方が面倒な作業、来年の事もあり、簡単にはかたずけれなく、キッチリと整理した後にかたずけ無ければならない。
 何時もの事だが、早く終わらせたいので少し位省略して作業を進めようと急ぐ、結果何時でも失敗して道具を壊したりするが、それでもやっぱり早くやりたい。
SANY1494.JPG
 何しろ今回展示した雛人形は約2000体、御殿雛だけで30セット、其の他のセットは10セット、そして瀬戸の磁器雛や土雛など、総勢2500体にもなる。
 それをかたずけ無ければならず、終わった後何時も四苦八苦するが、これも定めと諦めて作業を続け、来年のためにと選別作業開始、これまた何時もの事だが、やっぱり途中で嫌気が差し、中途半端で作業を打ち切ってしまう。
 頭の中では来年のことを思い、来年こそは慌てずに前もって選別してからと思いつつ、気力と体力が続かず、途中で嫌気が先行、マタマタ挫折を余儀なくさせられ、バタバタとかたずけてしまった。
 何時になったら計画どうりに作業が続けられるのか、そんな課題を残して今年の雛巡りの幕を引く、歳は取りたくないものだが、こればかりは何ともならない。






 
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2019年03月10日

写真なのに

      ガラス絵あれこれ

SANY2861.JPG 古時計には色々な型が存在していて、明治期人気のあった時計は八角のガラス絵の付いたものが特に人気であったようだ。
 八角の時計でも、振り子室にガラスの絵が嵌めてある時計は、当時人気を博していたもので、その中でも貴婦人のガラス絵が一番人気、明治期の日本人は舶来信仰が出来上がり、見るもの聞くもの全てが憧れ、西洋の物に異常なまでに憧れ、求め様としていた。
 時計もその1つであり、西洋人が描かれているこれ等の時計にも憧れが、現在の我々が見ても異国情緒が見て取れる。
 明治の人々であれば尚更の事、西洋の貴婦人に憧れたのも無理ない事、文明開化の象徴みたいな洋服を着込んだ貴婦人は西洋そのもの。
 最先端の時計には和服姿の夫人の絵では決まらないもの、洋服姿の其れも若い貴婦人が1番、今も昔も美人には皆弱いものだ。
 この時計に付いているガラス絵、しかしこの種のものには2種類のものがあり、実際に金や銀で描かれたものと、写真が張られている物との2種類が存在する。

 今ではこれ等をまとめてガラス絵と呼んでいるものでSANY2850.JPG、貴婦人の人気ガラスを写真だからガラス絵と違うという人もいないのだ。
 本来から行けば写真を貼り付けたものはガラス絵とは呼べ無いもの、実際にか書けたものと区別するべきだが、まとめているのも現実。
 実際に現存しているガラス絵の付いて時計を見ると、描かれたものは少なく、写真が張られているものの方が多いのも現実。
 見慣れたガラス絵を、実は写真だからガラス絵じゃないと言う人はなく、ガラス絵つきの時計と呼び、売り買いがなされている。
 それに対して異存を唱える人もなく、自然に写真のものもガラス絵として扱われてきたものであり、今更区別をしても意味の無いものなのか。
 余り神経質にとらわれなくとも、写真であれ手描きであれ、ガラス絵には間違いはなく、細かい事に拘っているより、大らかに行きたいものだ。
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2019年03月09日

福助大小

    商売繁盛

DSCN1124.JPG
 招き猫と共に商売繁盛のお守りとして人気があるのが福助、愛嬌のある顔とデッカイ頭が印象深い置物である。
 招き猫と共に商家の守り神として店頭で客を迎えているもの、この福助には色々な逸話が存在しているが、儲けの守り神としての福助が定着している。
 逸話はそれとして、この福助古くから店頭で客を招き入れているのは事実、特に古くて大きなものは数が少ない。
 勿論全国的に造られているもので、何処の福助が如何と言う事は無く、色々な福助が造られているのだ。
 福助と言えばお多福と比較され、もしくは福助とお多福が隣り合わせで座っている光景も見れる事もある。
 やはり縁起物として人気な置物である事に証、私も小さな頃から福助の置物を買った記憶があり、現在も一つ持っている。
 中学時代に買い込んだもので、別に商売繁盛を願ったものではなく、当然だが可愛らしい置物として買ったと思う。

 そんな福助、今の福助と昔の福助と比較すれば、その時代が見えて来るもの、勿論色々な所で製造されているから違いはあるが。DSCN1126.JPG
 産地の違いではなく、今のものとの違いはやはり頭と顔、新しいものは可愛らしい顔をしているものが多い。
 しかし古い物は愛嬌があるものが殆ど、その表情は非常に豊かで、人々を引き付ける魅力を秘めていると言える。
 当然の事だが人招きとして造られたものだから、当たり前と言ってしまえば其れまでだが、それだけではない面白さがある。
 写真の福助、土物の福助としては非常に大きなもの、60センチ以上ある大きさ、これが店頭で客を招き入れる役目を、その顔を見れば独特の顔をしているもので、現代の表現と少し違う形、福々しさと優しさを兼ね備えた笑顔。
 今の物にはない顔立ちで、特にたれ目が何とも言えない表情を出しているのが面白く、愛嬌のあるしぐさは福助、やはり時代を感じさせるものだと思う。


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