2018年07月20日

ジュモー

     一 番 人 気

  SANY7229.JPG前にも取り上げたが10年位前に友人が我が家に訪れたが、その時の友人の姿か兎に角異様であったことを覚えている。
 何故ならば彼が人形を抱いて現れたから、その姿が如何にも異様な雰囲気で、只ならぬ雰囲気を醸し出していたからだ。
 それも我が家に夜訪れた事も原因の一部、異様な姿に今まで見た事のない雰囲気、大の男が人形を2体も抱いているからだ。
 どうしたとの問い掛けに「人形を買い困っている」と一言、それとなしに事情を聴くとイギリスで買わされたと言う、よく話を聞けばイギリスの行き付けの店で人形を無理やり買わされたと言う、何でも先方が金が要るから安くするから買って欲しいと頼まれたと言うのだ。
 それだけでは無いだろうと突っ込んで聞くと「鋭いな、実はオルゴールを飛びっきり安くするから」と言われ、その後人形を2体買ってくれと頼まれたと言うのだ。
 要らないと再度断ったが根負けして、店主の迫力に負け仕方なく買い込んだと言う、彼はその人形が高くて有名なジュモーの作品とは全く知らず、とんでもなく安い値段を提示したら、先方は仕方なく承諾して売買成立してしまったらしい。
SANY3168.JPG
 日本に帰ってきてから、我家にその嫌々買ったジュモーを持ってきたと云う、見れば確かにジュモーの人形に間違いなく、程度はまあまあで少し手が入ったいるがオリジナルのようだと思う。
 すると友人、「お前に買ってもらいたい、言い値でよい」と、切り出してきたのだが私も欲しくないから「要らない、お前が買って来たのだから自分で処理しろ」と断った。
 しかし尚も友人、「じゃあ、置いてゆくからお前が買い主を見つけてくれ」と言い出す始末、こんな人形を置いて行かれても困るが、仕方なく「分かった幾らだ」と云えば、お前が売ってくれれば助かるから値段は任すから頼むと再度頭を下げられた。
 そんなやり取りの末、結局一体は我家の住人となり、一体は知り合いの人に安く買ってもらったが、友人「やっぱりお前に頼んでよかった」と礼を言われる始末、まったく有難くない事だ。
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2018年07月19日

やっぱり

   早すぎた

SANY7222.JPG 緑のカーテン、エコ対策として毎年行っている緑のカーテン、今年もプランタ―に植えたが少し早かったようである。
 毎年、毎年、気象状態がかわり先が読めないので、何時から植えて良いものなのか悩んでいたが、今年も例年の如く植え付けた。
 しかし現在は下の方が葉っぱがない状態になり、今の時期でこれではとても9月まで持たないと思われ、どうしたものか。
 もちろん先の事など分からないが、例年であればまだ葉っぱは茂った状態であるはず、それがどうだろう今年はこんな状態だ。
 すでに下の方は葉っぱもなくなってしまい、寂しい状態となり、これではこの先日差しを遮ってカーテンの役目を果たさない。
 やっぱり異常気象なのであろうか、それとも植え付けが早かったのか、現実は既に葉っぱが無くなっていて、とても9月までは持たないと思う。
SANY7212.JPG
 さてどうするのか、新しく苗を買って来て植えるのか、それとも其の儘にしておくものなのか、思案のしどころであるが、さてさてどうするのか。
 新しく植えるにしてもまだ今あるものは活動中、抜く訳にも行かないし、もっと後からにするにしても後はどんな苗があるのか。
 アサガオをこれから植えるにしても苗が手に入るものなのか、早く植えすぎての後悔だらけ、こんな事になるとは思ってもみなかった。
 生き物とは難しいもので、こちらの意思とは関係なく、彼らの意思で成長するものであり、自然とはやっぱり操縦不能なのである。
 
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2018年07月18日

かき氷

      あつい、あつい

 SANY2468.JPGこの所の暑さは身にしみるが、皆さんはどの様にお過ごしでしょうか、暑い、暑いと言葉に出しても暑いには変わりなく、さりとて黙ってはいられない。
 夏は暑いものと昔から決まっているが、それにしても暑い日が続き、この暑さは尋常な暑さではないもの、地球温暖化のせいである事は間違いない。
 しかし我々には、この暑さを止め様が出来ないのも事実、エアコンの利いた部屋で一日過ごしている事も出来ず、暑さ対策に四苦八苦の状態だ。
 我家のエコ対策、アサガオの緑のカーテンも、この暑さではどうしようもないもの、日本列島異常気象で、あちらこちらでは集中豪雨が、全くどうなっているのか。
 被害に合われた方々も大変、この暑さは耐えきれないがやるしかない、体だけは大切にして欲しいと思う、またそれを願っている。
 そんな事を愚痴っても暑さは何ともならないが、こんな時に目の中に飛び込んで来るのが、あの印で誰もが之を見ると何時、何時つられて店の中に。

SANY7207.JPG 何時ごろよりあるものなのか、かき氷の印旗、水の流れとちどり、そして氷の文字、一目で其れと気付く印旗、白地に赤色の氷、水色の流に緑のちどり。
 デザイン的に見ても傑作ではないかと思う、何故あんなデザインをしているのか分からないが、我々の心に働きかけてくる何かがある様に思われる。
 かき氷が売り出されたのは明治2年(1869年)、横浜の馬車道通りの店で出されたのが最初らしく、瞬く間に全国に広がって行ったもの、其れ以来夏には欠かせない食べ物となった由。
 さてさて、今日は何を食べようか、宇治金時か、それともイチゴミルクか、シンプルにせんじと行きますか、これを食べれば少しは暑さも和らぐ事だ。
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2018年07月17日

金魚始末記

   我が家の金魚

 DSCN0225.JPG玄関先で飼っていた我が家の金魚、何回か入れ替わってきた金魚、はじめの頃の金魚は何度も盗難にあい、何代かわったか分からないくらい。
 原因は外敵あらい熊の襲撃にあったのだが、それを突き止めるまでに時間がかかり、結果的に何代かになってしまったので心が痛む。
 まさか金魚が狙われているとは気にもせず、突如として居なくなってしまった事にウロウロした事も、そんな金魚。
 ホームセンターで夏の終わりに売れ残った金魚を買い込み、現在まで育ってきたもので、買い物求めてから5年になり、順調に成長したのであった。
 もともと売れ残った金魚だから丈夫で生命力にあふれていると、そんな思いで買い込んだもので、事実彼らはたくましかった。DSCN0228.JPG
 今までの金魚と違いやわではなく、たくましさがあふれており、幾多の条件悪化も難なく乗り越えて来た強者たちである。

 そんな金魚に突然の異変、昨日まで元気であったのに突如として死んでしまい、原因が分からず何でこうなるのかと不思議に思う。
 昨日まで元気であったのにと、しかし今日の朝は全滅、折角5年も生き延びて来たものを一夜にして死んでしまうとは解せない。
SANY7201.JPG 原因を究明したが分からず、自分としては不思議でならないが、ある人が「消毒のせいではないのか」と言うのだが、言われてみれば心当たりがある。
 金魚の脇にある棒がしの木に害虫が発生したので消毒をしたが、その際に風で消毒の霧が金魚に降りかかってしまったのか、今は器が残るだけ。
 思い当たるのはそれだけ、慎重に風向きも選んで消毒をしたのに、結果は残念なものになってしまい後悔しきりである。
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2018年07月16日

恥ずかしかった

    誰でもあるもの

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 思い出の品、其れが良いものでも、良くない物でも思い出はあるもので、その人の単なる思いでもあるのもだ。
 勿論良いものの方が良いが、決してそれだけではなく、逆に何処にでもあるのもだが、思い出深い物もあり、 人それぞれにそんなものを持っていると思うが、私もそなん思い出深い物を持っているが、人がそれを見ると何でこんなものと言う。
 その人にとっては其れが印象深いものであり、単なる普通のものであっても構わないもの、得てして人から見れば我楽多かも知れない。
 京都東寺の蚤の市、まだ若い頃良く東寺の蚤の市に出かけ、時計を求めさがし歩いていたが、知識が少ないために中々見つけられなかった。
 時計を見る目がなかったので手当たり次第に時計をあさっていた時、露店の店主から「この鍵は何の時計の物か」と聞かれた。
 店主が指し出した鍵は見た事もないもの、よせば良いのに知ったかぶりをして、「この鍵は時計の物ではなく家具の鍵だと答えた。

SANY0071.JPG まだ時計を集め出して間もないくせに、知ったかぶりをし、家具の鍵に良く似ていたからそのように答えたのだ。 すると店主「この鍵はフランスの置時計の鍵だよ」と逆に言われてしまったが、それでも私は家具の鍵と言い張った。
 すると主人、フランスの時計を持ち出して来て、良く見て見ろ「この時計の鍵を」と、確かにフランスの時計の鍵であった。
 店主は私が如何にも時計を知っているような素振りをするので、少しからかったようだが、それを見抜けなかった。
 そんな事があった時計の鍵と同じものが写真の鍵、鉄製の手作りの鍵、時代の古い時計に付いているものだ。

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2018年07月15日

やっぱりナポレオン

      ウイスキーボトル
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 何回も取りあげているウイスキーボトル、色々なウイスキーボトルを集めてきたが、やっぱりナポレオンのボトルが1番、メーカーは色々あるが何処のが良いか、其れも好き好きである。
 中味の問題と言う人も居れば、中味は皆同じ様なもの、外味の方が大事だと言う人、様々な人に愛されているのもナポレオン、フランスと言えばナポレオン。
 当たり前の事だが、フランスの英雄ナポレオンを知らない人はいない位に有名な人物、良くも悪くもナポレオンであり、その名を利用して作られたボトルがこれ。
 今回も取り上げたのは、このボトルが1番ナポレオンにあっていると私は思うもの、緑色の帽子をかぶったナポレオンのボトル、本来の色は紺色の帽子、しかし白のボトルには緑の帽子が良く似合う。
 本来のままのボトルも存在しているが、何故かしらこのボトルが1番気に入ったもの、口の悪い友人に言わせると、このメーカの物より、もっと良いボトルがあるとの事。

 人其々の感覚の違い、中味の拘れば最良い物は幾つかあり、値段の問題もあるから、別に高い物でなくても良いのだと、SANY2942.JPGSANY2944.JPG友人に負け惜しみを言う。
 確かに、フランスの酒は高級品にはナポレオンの名がつけられており、XOのほかはエクストラなどとも呼ばれ、ブランディーの最高を示すもの。
 高いブランディーをナポレオンと言う、だからナポレオンは幾つも存在しており、1つのメーカーの物ではなく、クラスを表す物の代名詞と考えればよい。
 いわれは兎も角もボトルを集めている人にとっても、ナポレオンは1つや2つは持っていないと、サマにならないのも事実、誰でもナポレオンだ。
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2018年07月14日

鳥に狙われる

   食べ頃

 SANY7166.JPG我が家のエコ対策の一環プランターでの栽培、毎年簡単にできる栽培としてトマトを植えているが、成果は上々である。
 毎朝新鮮な完熟したトマトを食卓にあげ美味しく食べているが贅沢な話、よくなり過ぎて食べるのに大変で、困っているのも確か。
 毎日、毎日食卓にトマトが出て来ると、流石に飽きてくるもので贅沢と思っていても、ツイツイ愚痴が出て来るものである。
 人間は贅沢な生き物、同じものが毎日、毎日出て来ると飽きて来るもので、美味しいものでも食べたくなくなるのである。
 はじめの内は美味しくて喜んで食べたが、それが毎日となると嫌気がさし、幾ら新鮮で美味しいものでも食べたくないのだ。
 そんな我が家のトマト栽培、たかがプランターに2本植えてあるだけ、しかし2本だけであるが良く実り、妻と2人では食べきれない。
 
SANY7169.JPG 食べ切れなくなるほどなら2本も植えなくても良いのにと、そんな風に思う人もいるだろうが上手く育たない時もあるから2本植えてある。
 しかし実際には失敗はしなくて、何時も大量に美味しいものが取れ、食卓に上る事になるがそれは結果論であると思っている。
 そのトマトが最近鳥たちに狙われ、明日には完熟したものが食べれると思っていると、その朝鳥たちに横取りされている。
 鳥たちは食べ頃のトマトをよく知っており、人間より先に食べてしまい、折角完熟したものを横取り、ネットをかぶせているがそれをかいくぐって食べ、その為食べられる前に取るので完熟トマトが食べれなくなってしまった。
 







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2018年07月13日

お盆

   先祖がやって来る

SANY7190.JPG 今日からお盆、昨日から慌ただしく先祖を迎えるための準備を開始、毎年の事だから手順は分かっているのだが、作業が中々進まない。
 別に難しい作業ではないのだが、暑くて作業を進める意欲がわかないだけの事、力仕事もないので気持ちだけの事であるが。
 先祖が帰って来るから大切な行事、昔からの手順で進めればよく、知らない事もないから気力だけの事だが暑い事には変わりない。
 今年の夏は一気に熱くなり、体が準備しないうちに猛暑、梅雨明けと同時に酷暑と来るからついて行けず、気力もやっぱり湧いてない。SANY7196.JPG
 しかし急がないといけないと思い仏壇の掃除から始めるが、これが又面倒な作業、一つ一つ綺麗な布で吹き清めるのだが、数が多い。
 その上、急いでいるからと言って乱暴に扱えなくて慎重にしないと、特に漆塗りのものは気を使わないと傷つけてしまう事にもなる。

 昔からある仏具だけに慎重に扱わなければ、しかしやっぱり部品が多くて作業が思うように進まず、焦り始めるが進めなければ。SANY7172.JPG
 最近の仏壇は部品も少なくなっていると言うが、我が家の仏壇は昔からのもので部品も多く、塗りものも多いようだ。
 金箔の部分は余り磨くと剥げる恐れがあるから慎重を期し、丁寧に磨かないと思いつつ早く仕上げないと作業は終わらない。
 何だ、かんだと言い訳をしながら作業を進め、やっぱり時間はかかったが作業は完了、さて飾りつけをしないと完成しない。
 以前よりは飾りつけも簡素化して、前よりは数も少なくなっているが、やっぱり手を抜くところはそこそこにしてもいい。
 そんな思いをしているが先祖はなんと感じている事やら、「しっかりとせい」と気合を掛けているかも知れないと思う。
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2018年07月12日

ビクター犬

    ニッパ君の置物

DSCN1108.JPG ビクター犬、勿論有名なロゴとして全国に知られたもの、レコード店の店頭でよく見かけたあの犬である。
 このビクター犬何故かしら人気が高くて、出れば引っ張りだこだと言うが、何でそんなに人気なのか不思議だと思う。
 少し前まではレコード店の前には看板として大きな置物があったが、現在はあまり見ないのだが、勿論レコード店がないから。
 ビクター犬としてロゴマークに指定され、長年に渡って店頭で活躍して来たが、レコード店が少なくなるに連れ、姿がきえて行ったようだ。
 この犬、実在の犬であり、イギリス生まれだと言うが、1884生まれのフォックステリア、雄の犬である。
 飼い主はイギリス人のフランシス、マークで、84年から飼い出したが病気で突然亡くなってしまう事になる。
 可愛がられていた犬は弟に引き取られることになり、弟宅に移るがある日マークの声を録音したレコード掛けたところ、犬が蓄音機の前で不思議そうに声を聴いているのを見る。
 そしてその姿を絵にしたが、ある時に蓄音機製造会社にその絵を売り込みに行く、しかしその時は商談は成立しなかった。

 その後グラモホンがその絵を買い取り自社のロゴとして使用、それがビクター犬のはじまり、当の犬は1895年に亡くなる。
 その後アメリカのビクター社がロゴを買い取り、自社のロゴとして世界中に知れる事になり、人気を博する事になる。DSCN0279.JPG
 ビクター社はビクター犬として置物を製造し、店頭に置きピーアールに努めたので、さらにこの犬の置物が有名になる。
 写真のビクター犬、昭和初期に製造されたと思われるもの、背中にレコード店の名前が金でプリントされている。
 この様にビクター社が販売店に宣伝用として配布した物は古いもの、証として販売店の名がある事が証だ、ビクター犬は人気があるが故に、その後多く製造されており、現在でも新品が売りに出されているもの。
 古いビクター犬は全体の彫が深くて、特に背中から胴体にかけて波状になっている部分が、新しいものはその波状のものがない。
 やはり集めるのには古いビクター犬を探す事、彫が深いものを見つける事、価値としては古いものでなければならない。
 数は多くあり、その中から本当に古い物を探して見る事、そんなの難しい事ではないから、頑張ってください。 
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2018年07月11日

東西冷戦

   歴史の中で
DSCN0316.JPG 東西冷戦、最近はあまり聞く事のないセリフ、東西冷戦とは何ぞやと言う人も多くなってしまった様で、特に若い人に多い。
 以前は東西冷戦と何かにつけて話題となり、第二次世界大戦以来資本主義と社会主義のぶつかり合いが原因のテイマ。
 1945年にヨーロッパで戦争が終結すると、一気に表に出て来た問題、アメリカを中心とする資本主義とソ連を中心とする社会主義。
 二つの勢力のぶつかりにより、東西冷戦と呼ばれる様に、現実には武器を持って戦いはしないが、思想により戦争をする。
 いわゆる主義主張の違い、資本主義と社会主義、その流れは今も続いており、世界でも問題視されているから、過去の事ではない。
 1948年ベルリンが封鎖され、東西冷戦の象徴的分裂、同じドイツ国内が資本主義と社会主義とで分断された。DSCN0322.JPG

 これがベルリンの壁、東西冷戦の最も目で確かめられる壁の重さ、同じ民族が分断され戦争の産物である。
 そんな時期が1945年代から1980年代まで続き、其処には数々の危機が存在しており、核戦争の一歩手前まで激化した事もある。
 キューバ紛争がそれ、米ソの対立がキューバ紛争により、両陣営の対立が表目に出、あわや核戦争かとまで言われた。 そんな時期からソ連ではゴルバチョフ氏が台頭し、へレストロイカなる改革を実現させ、民主主義を育てる事になる。

 1989年マルタ会談で冷戦が終結、これを機会にブッシュ、アメリカ大統領とソ連のゴルバチョフによる歴史的会談が実現、ここに東西冷戦が終結した。
DSCN0320.JPG
 写真の時計、ブッシュとゴルバチョフの2人の顔が印刷された、世界的に珍しい時計が売りに出された。 アメリカの国旗とソ連の国旗が並んで描かれ、ブッシュとゴルバチョフの顔が描かれているソ連製の腕時計。
 当時は珍品時計として注目を浴びたが、最近では全くと言って良いくらいに、サッパリと知名度がない時計となってしまった。
 ソ連製の時計も珍しいが、2人の顔が描かれている時計もまた珍しく、確か値も跳ね上がるはずであったが、今のところそれらの気配が全くないのだ。
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2018年07月10日

思い出

    それぞれに
SANY7145.JPG  誰しも思い出の品はあるもので、私も数多くの思い出の品があるが、一つ一つ今でも直ぐに頭の中に浮かんで来るのだ。
 そのものは苦労して手に入れたものであると言う事だと思うもの、簡単に手に入った物ではないものだからこそ思いで深いものだ。
 簡単に手に入っていたなら、これほど印象深いものにはならないから、苦労した甲斐があればこその記念品とも言える。
 それが高価な物ではなく、自分として欲しいと思ったもの、だから宝物と言っても過言でないと自負しているが、人から見れば何でこんなものにと言う人も、確かにその通りかも知れないが、私にとってはヤッパリ大切なものだ。
 一つ目は東京オリンピックのポスター、学生時代オリンピックが開催され、オリンピックの公式ポスターが気に入り、近くの電気店に貼られているものに眼を付ける。
 店主に交渉したが断られ、幾度となく通ったが断られてばかりだったが、遂に店主も折れて手に入れたものだ。
 千歳船橋の駅近くの電気店であった事を、今でも忘れられないが、あの店は今どうなったのか気になるところSANY2481.JPGだ。
 二つ目はトヨタの2000GTの置物、これを見つけたのはトヨタの販売店、しかし売り物ではないと断られ、あちこちのトヨタの店を回ったが手に入らなかった。
 得意先にプレゼントするもので、我々みたいな者に提供してくれなかったので、結局これも苦労して手に入れたものだ。
 それも10年も経ってから、自分がトヨタの車を買う時にセールスに懇願して手に入れられたもの、時間がかかったが、やっと手に入れた品。
 2つのものは非常に印象深いものばかりで、苦労して手に入れたものだけに、愛着も一番強いものとなった品。
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2018年07月09日

万歳招き猫

      新しい形
 
 SANY9267.JPG招き猫、商売繁盛として商売人には人気が高い、昔から縁起の良い置物として店に1つは置いてあるもの、それが招き猫の置物、では何でそうなのか。
 もともと招き猫は幸運を呼ぶものとして作られもの、色々な説はあるが、その説一つ一つ手前味噌の自論説、そもそも豪徳寺説によると、彦根藩主が豪徳寺近くの木の下で雨宿り。
 すると豪徳寺山門の前で猫が手招きをしたらしい、それを見た彦根藩主は猫に導かれて山門の入ると、今まで居た木に雷が落ちたと言うことらしい。
 もしもあの時猫が手招きをしなかったら彦根藩主は死んでいたかも知れないと、そんな訳で彦根藩主は当時荒れ果てていた豪徳寺を再建菩提寺としたと言う。
 この話は寺の住職が捨て猫を可愛がり、餌を与えていたとの事、その猫が彦根藩主の命を救い、和尚に恩返しをしたと言う事になっている。
 つまり、この話の猫は、豪徳寺の和尚に恩返したもの、その猫をモデルとしたことは幸運を齎す猫として語られたもの、商売繁盛などではない話のものだ。

 江戸時代末期に浅草で老婆が猫を飼っていたが食べ物に困り、その猫を手放したが夢枕に猫が現れて、自分の姿をした置物を作れと言ったとか、そして猫の姿をした置物を作り店で売り出したところ評判となり、店は繁盛した。SANY9255.JPG
 これが招き猫の始まりと言うが、これも逸話の1つ、発祥地説の1つに過ぎないと思うが、しかしこれは商売繁盛に結びついた話でもある。
 その後商売繁盛のご利益があると信じられ、招き猫が広まったといわれ、現在まで様々な産地で招き猫が作られているのだが、その形となると様々。
 勿論当初は伏見人形を真似て作られているもの、それが変化して、それぞれの持ち味のある招き猫が誕生する事に、これも1つの流行とも言え、産地で競い合うことに。
 素朴なものから現代的なものまで様々、そんな中、両手を上げた招き猫も登場、今までの概念を覆して両手を挙げた姿、昔はお手上げの状態を示す姿。
 商売上万歳した姿は縁起が悪いとされていたが、今は金運と人招きを両方獲得したいと言う欲深さ、1つの招き猫で両方獲得できる猫だと言う。
 勿論洒落で造り上げたものだが、可愛らしい姿である事から、意外と評判が良く、若い人達に受け入れられているようだが、年配者にはやはり不人気なようだ。
 
 
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2018年07月08日

変わり者

      自分では気が付かない

SANY7038.JPG 古時計好きが集まると話題に上るのは時計の事ばかり、何時、誰が、何処で、何を、見つけてのかと言うことばかり、寄って集まるとこの話。
 古時計の好きな人ばかりだから時計の話しかしないと思われがち、確かに時計の話しに集中することは確か、何処で見つけたのかと色々。
 ましてや珍しい時計を手に入れた人などは、自分がどの様にして手に入れたかを話たがっている事は確か、この話になると止まらない人も居る。
 自分がどの様にして時計を手にしたか、其れと値段の事、そして自慢話にと、ここまで来ると他の人がひがみ出す事になりかねない。
 其れを見越して程々にしておかないとイケナイ、特に珍しい古時計は貴重品扱い、其れを手に入れ、得意気に自慢されては聞く方は面白くない。
 誰しも欲しいと願う反面、それを他人が手に入れたとなると、ひがむ事も当たり前、その上、数の少ない珍品時計だとたちが悪くなる。
 手に入れた人は自慢したいが、聞く方は面白くないが、これを無視して自慢げに話をする人も中には居て、人の事など気にもせず話を続ける。
SANY0379.JPG
 人の迷惑等考えない人、自分が欲しいから譲れと迫ってくる人、確かに欲しい事は分かるが、持っている人が拒否しているのに構わず譲れとせがむ。
 断わっても、断わっても電話で交渉してくるし、譲らないと何度も言っているのに其れを無視、相手の事などヤッパリ考えないで交渉して来る。
 こんな利己主義の人も居るのだから、時計愛好家と言っても変わり者と言うよりは常識外れの厄介者、自分で気が付いていないだけに始末が悪い。
 こんな状態の人にはならないように、自分でも気を付けないと知らないうちに、この様になって居るかも知れないのだから、変わり者で済まされるうちに止めておかないと。
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2018年07月07日

旨いものあり

    地下街の食べ物
SANY1517.JPG 瀬戸市には地下街という地上の店舗が存在し、他から来た人は何の事か分からない様子、それも無理のないことだ。 何故かといえば地下ではないからだが、なぜ地下街というのかは面白い事、ここの地形は谷間になっており、崖の下に商店街がある。
 崖にへばりついて商店街があるために、上の駐車場となっている所からすれば、地下になるわけで、誰ともなしに地下街と言うようになったらしいが、確かに上に広場があり、その下に商店街があるから、見ようによっては地下と言えない事もないが、地下ではない。
 そんな商店街は昔から旨い店屋が集中していたところで、以前は市内の繁華街でもあったところだが、今はその姿はない。SANY1191.JPG

 この商店街は食べ物屋が多くあったが、現在ではうなぎ屋と焼きそばや、それに飲み屋が二軒、寂しくなってしまった。
 どこの町にもある商店街であるが、昔は大勢の人で賑わったところ、その中にうなぎ屋と焼きソバ屋の二軒が好きなところで、二軒とも小さな店であり、14、5、人も入れば一杯になるくらいの店、しかしこれが繁盛しており、何時でも行列のできる店。
 遠方から個々の店の人気を聞きつけて、大勢の人がやってくるから、昼時はいつも満員状態になるのだ面白いことに、二軒とも持ち帰りが多く、予約でいっぱい状態で、店の中がすいていても、なかなか順番がやってこない。
SANY1512.JPG
 
 何故かと言えば、電話で予約している客が多くて、時間になれば受け取りにやって来るために、好いていても満員状態だ。
 遠方から来た人はそれが分からずに、すいていると思い待って居ても中々順番が来ないから、イライラしている人もある。
 常連客は電話で予約、すいすいとモノを受け取って帰って行くのを、恨めしそうに見ている客もあり、知らないと大分待たされてしまうことに。
 それでも辛抱強く待っている人も多く、やっぱり行列は出来ているが、これが二つの店の日常でもあり、空いている時は1時過ぎ、これを狙って行けば、そんなに待つことはなく店にも入れるから、その方が賢いと思うが。
 二つの店の匂いが外に充満するくらい、煙と匂い、お腹が空いている時などは、堪らない匂いで、並んでも食べたくなるのだ。
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2018年07月06日

日常のあかり

    白熱灯

SANY7100.JPG 我が家では灯りは極力蛍光灯を使用しないと決めており、殆どの灯りが白熱灯であり、蛍光灯は限られている。
 良く何故LEDを使用しないのかと聞かれるが、あの白々しい明るさが嫌なだけ、電気代が嵩むでしょうとも言われるが。
 確かに電気代もいる事は理解しているが、そんなに明々とつけている訳ではないから、それほどの事はないが、 ある人が我が家に来て、「戸田さん、暗くないですか」と言われ、はじめて我が家が他の家と比べて暗いと知った。
 その人に言わせれば何時もLEDの下で生活しているから、白熱灯は暗いと思えるらしいが、それは確かである。
 部屋全体を明るくするLED、それが嫌で白熱灯にしているが、慣れてしまえば当たり前の事となるのだが、やはり馴れとは恐ろしいもので、私は暗いと思えないが他の人はやっぱり暗いと思うらしいのだ。SANY7106.JPG

 そんな白熱灯、政府が省エネを掲げて、白熱灯の製造を打ち切ると打ち出し、我が家に打撃を与えているのは確か、生産中止と言われ、そんな馬鹿なと思っていても、これを曲げられる訳でもなく、今は白熱灯を買い溜めしているのだ。
 しかしホームセンターでもすでに白熱灯は姿を消した所も多く、買い溜めするには難しい状況、その上蛍光灯までも近いうちに製造中止と聞く、すべての灯りはLEDに取って代わられる世の中となった。 
確かに震災以来、電気の需要に関心が高まり、省エネが叫ばれている事は承知しているが、それも時の流れなのか。
 我々みたいに古い灯りを利用しているものにとっては耳の痛い話、それよりも実際に困ることになるかも、直ぐにLEDに切り替えよと言われても、それをするつもりは無いのだが。
SANY7112.JPG
 別に時代に逆行しているつもりはなく、たんに灯りの問題だけの事、LEDでも白熱灯の様なものに仕上げてくれるなら。
 LEDでは白熱灯の代わりにはならなかったので、近い将来、同じような明るさのものを開発してくれることを望むだけ、其れまではセッセと白熱灯を探し回る。
 もちろん我が家の照明器具は白熱灯用のもの、現在の在庫が無くなれば当然照明器具も取り替えなくてはならないが、そんな事態になる事は極力遅くなってほしいもの、在庫を出来るだけ多く貯め込んで、長く使えるように奮闘中で、他の人からは時代に逆らっているように見えるかも知れないが、単なる拘りであると思っている。
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2018年07月05日

インテリアとして

   雰囲気に合うか

SANY1113.JPG
 部屋のインテリア、どんな物を置けばその部屋に合うのか、何が部屋合うのか、難しい問題だ。
 部屋のインテリアとは、その人の主張、その人の生き方、その人の人間性、そんな事を思うのだが、逆な言い方をすればインテリア次第で部屋のイメージが悪くなることも、良くなるインテリアとは。
 確かに部屋のインテリアはその人の個性であることは間違いのない事実、その人の人間性でもあると思える。
SANY1105.JPG しかし物によっては部屋の雰囲気を台無しにしてしまう事も、インタリアとはそんなもので、部屋自体は同じでも、その中身によって雰囲気はがらりと変化、ただ一個の個体が浮いてしまう事も。
 その個体自身は良くても、部屋に馴染まなくてはならないので、其れだけが浮いてしまっては台無し、部屋に溶け込まないと浮いてしまう事にもなり兼ねないので、なじまない物は避けた方が良いのだと思う。
 インテリアとは自然でありたいもの、変な主張もいらず、奇抜なものも部屋に合わないものだ。
 
 そこに置いてあっても威圧感も違和感もなく、自然体でありたいのだが、それが中々難しい問題、よく言われるのはセンスの問題であり、いくら良い物を並べてもセンスがなければ台無しになる。
 別に高価なものでなくても構わなく、むしろ高価で無い方が良いと思うが、さりげない物が効果を生む、好き好きのものを部屋のインテリアとして置くことは自由、変に意気込まないことが良いと思う。
 一番良いのはごく自然に其処においてあり、されど主張もせず、自然体であるものが一番、それが一番良いインテリアであると思うが、果たしてそれが一番良いかは、本人次第でもある。
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2018年07月04日

旅の土産

      流    行

 SANY1960.JPG旅の思い出にも色々あるが、思っても見ない出会いが、思い出となる事もあり、だからこそ旅はやめられないのかもしれないが、それは自分では分からないもの。
 出会いとは予期していなかった時に起こるもの、どうかしてやろうとして出来るものではないのだから、だからこそ出会ったときの感動が大きく、忘れ難いものとなる。
 もう大分前になるが、ロンドンに向け飛行機に乗っていた時、やる事もないしテレビを見るか、其れとも寝るか、ハタマタ読書をするしか選択肢は少ない。
 仕方なくテレビを見ることに、しかし目的地まで13時間、先は長いのが悩みの種、ロンドンまでは遠い、まさか機内を歩き回るわけには行かず、席でテレビを見るしかない。
SANY7131.JPG そんな状況の中映画を見ることに、映画は洋画を選択、色々やっていた中、「ノッティングヒルの恋人」と言う、題名の映画をやっていたので其れを見た。

 何気なしに見ていたが、風景が見たことのある町並みである事に気づいたが、気にも留めずに見て終わり、そのまま寝てヒースロー空港に到着。
 ついて直ぐにポートベローに急行、蚤の市をオルゴール求めて歩き回るが、何故か人々が集まっている本屋があり、何気なく見てはたと思いつく、「あの映画で出てきた本屋と同じだ」と、友人が話を聞きに行き、「やっぱりそうらしい」との返事。
 そんな出会いで、予期していない本屋に出会い、探してきたわけでもないのに此処に来るとはと、友人と2人顔を見合わせてニヤリと、その近くで記念にと買った物が之、ウエッジ、ウッドの少し古いペンダント、娘にと買ったが、本人曰く「こんな古く欠けて汚いものは要らない」と記念の品なのに残念。
 折角買ってきたので、今でも飾り棚においてあるが、之を見るとノッティングヒルのあの本屋を思い出すのと、映画のシイーンが目に浮かぶようだ。
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2018年07月03日

楽しみ方色々

           同じもの

 SANY1483.JPG古時計愛好家の楽しみ方は色々、珍しい時計を集めている人、精工舎ばかりを集めている人、スリゲル型だけの人、四ツ丸だけの人と、人其々である。
 同じ古時計を集めていると言えども、その中身はバラバラなもの、人によって様々、兎に角数を集める人も居るが、場所があればよいのだが、そんな人は少なく、やっぱり限られた中で楽しんでいる。
 特に掛時計は場所を取り、掛ける所がなくなってしまい、欲しくても買えない人も多く、それが悩みの種でもあると言う人も少なくない。
 やっぱり掛時計は場所を取る、それが故に壁の隙間が欲しくなり、ツイツイ掛ける所を探してウロウロ、私の知り合いはトイレにもびっしりと掛けてある。
 こんな事をすると家族からは大ブーイング、早速取り外し命令がでる事になり、結局は大反対されて下げざろう得なくなってしまうものだ。
 SANY6982.JPGそんな悩みの多い古時計愛好家、ではどうしたら良いのかと思案の末、同じものをビッシリと隙間無く掛けて楽しむ、こんな方法を取る人も居る。
 隙間なく釘を打ち、そこに掛けれるだけ掛けるが、これとて当然埋め尽くしてしまえば、それで終わり、後は同じ事掛ける場所がなくなるだけ。
 結果はスペースが無くなってしまえば同じ事、それでも時計愛好家は諦めずに、獅子奮迅の戦いを始めているもの、私もその部類に入る。
 こんな涙ぐましい努力を家族は分かって欲しいと願うが、大抵の場合は冷たい顔をされ、無視されるのが普通、愛好家は小さくなっているようだ。
 そんな古時計愛好家の1人、時計は四ツ丸に絞って蒐集しており、他のものは欲しくとも手を出さない主義、四ツ丸だけを集めている。
 他の人が同じものばかり集めて何が面白いのかと聞く、すると本人「何処が同じものなのか良く見ろ」と、壁一面の四ツ丸を指差す。SANY1492.JPG
 彼に言わせると「メーカーが違うし、サイズが違う、それに形が違うから良く見ろ」と、しかし他の人は四ツマルは同じだと主張するのだ。
 彼に言わせると「1つとして同じ四ツ丸なく、お前たちの目は節穴か」と息巻く、確かに云われてみれば細部は違っているようだ。
 しかし普通の人はそなんところはどうでも良く、モット変わった所がなければ面白くなく、三つとして同じものは欲しくないと言う、これも拘りの差でもある。
 
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2018年07月02日

芝生の手入れ

    さぼった報い
 SANY7094.JPG我が家の小さな庭の芝生、それでも毎年手入れはしていたが、去年から腰を痛めて手入れをしないままである。
 一年位はどおって事ないと思っていたが、現実はそんなに甘くは無かったもので、雑草がびっしりと生えてきた。
 毎年のことだが芝生と雑草はつきもの、何処から飛んでくるものなのか、知らないうちに辺りかまわず生えてくる。
 それが芝生であると言われており、セッセと雑草取りをしないと、綺麗な芝生にならないとも言われているが、まさにその通りである。
 少し手を抜くと、その代償が回ってくるもので、去年は適当にあしらっていたお陰で、今年は無残な結果になってしまた。
 近頃では雑草の方が我が物顔で元気に育っているので、去年の春と思うと全くの別物になっており、一年でこんなになるものなのかと驚く。
 小さな雑草から大きなものまで色々な種類のものが生えており、少し手抜きをするとこんな事になるものかと感心するやら。SANY7091.JPG
 感心していては解決にならないので、雑草を取り除くことに、一つ、一つ、雑草を取りだしたが驚くほど多くて。
 取っても、取っても追いつかないあり様、こんな事をしていてもらちが明かないと、芝生を取り変えることにした。
 いちいち雑草を取り除いていても、一向に進まないもので芝生をはぎ取り、新しい芝生と植え替えを決め、早速作業に入る。
芝生をはぎ取り直ぐに植え替えが完了すると思っていたが、それが甘かったもので、雑草の生えた芝生をはぎ取ろうとしても、中々はぎ取る事が出来ないのだ。
 はぎ取ろうとした芝生は以外にも根が強く張り、簡単にはぎ取れない状態、この雑草の生えた芝生の取り除きに苦労する事に。
 以前にも雑草が生えすぎて、芝生をはぎ取り植え替えをした事があったが、今回みたいに中々取れないと言う事はなかった。
 今の芝生は、その時よりもより強く根を張ったと言う事、元気な芝生であると言う事、もう少し手入れをしていれば、はぎ取らずに済んだのだろう。
SANY7084.JPG これだけ根を強く張っていれば、今まで手入れさえしてやれば今年も良い芝生になったはずであると、改めて後悔する。
 頭の中では簡単に植え替えれば済むと、たかをくぐっていた自分も情けないが、この作業を完成させないと前に進まないのだ。
 作業を進めなければ前に行かないが、去年痛めた腰が言う事を聞かないもので、だまし、だましの作業しかできない。
 元気な時には考えもしなかったが、これほど腰が大事てあるとは、今になって初めて気が付いたと言う事、情けない話だ。
 そんな事を思いながらの作業は中々進まず、休憩の時間が多くなって行くが、これをしないと又腰を痛めたしまう事になる。
 簡単な芝生の作業ですら出来ない、今の自分の体と思いつつ、やはり健康が一番大切だと、つくづく思うようになってしまった今日この頃。
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2018年06月30日

この時期に

   梅雨です

 SANY7116.JPG毎日うっとうしい雨、勿論梅雨だから仕方がないがヤッパリうっとうしいのは仕方がないか、気分だけでも晴れにしたい。
 今年の梅雨は男性的と言われ、集中的に雨が降るパターンらしいが局地的に豪雨、同じ場所で一気に降ると言うスタイル。
 以前までのシトシトと降る梅雨とは明らかに違い、何処で豪雨があるか分からない状況、こんな梅雨は過去にないものだ。
 以前の梅雨はここまで急激に雨を降らせる事は無かったと思う、シトシトと降る事はあってもスコールみたいに激しくはなかった。SANY7123.JPG
 それがどうだろう今は一度雨が降れば災害が心配される位に豪雨、全く違った雨の降り方をする現実、明らかな違いである。
 日本の気候も以前とは全く違ったものになってしまったので、先が全く読めない状況、何処で豪雨になるかも分からない事になったしまった。
 そんな梅雨、ヤッパリうっとうしい事に違いはなく気分も湿りがち、気持ちだけでも晴れ晴れとしたいと思うのも人である。
 何か気持ちも晴れやかになるものは無いのかと妻がつくったのが折り紙、別に難しいものではないが少しは気持ちも晴れるようSANY7126.JPG
 こうもり傘とカエル、そして可愛い長靴、一寸した折り紙であるが気分が晴れたような、そんな思いになれたのも折り紙。
 湿った気分転換には実に効果的、他愛もない折り紙であるがそれが又良い、チョットしたものでも気分は晴れ晴れだ。 
 








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