2019年12月16日

友人を偲び

   若かりし頃
 木曽路は私にとっては思いで深い土地、たじまや.jpgはじめてここを訪れたのは高校時代、夏休みに友人と出掛け妻籠と馬籠に泊ったが、それ以来何度となく訪れた場所。
 その友人との思い出の宿が但馬屋、前の日に妻籠の生駒屋で泊まり、馬籠峠を越えてこの但馬屋に泊った。
 その時はまだ街道ブームでもなかったから、泊り客は少なく我々と別のグループだけ、確か7、8人の泊り客であったと思う。
 当時は馬籠宿も静かな所で、特に夜になると人の声が遠くからでも聞こえて来る静けさ、そんな状態であった。
 今では考えられない位の静けさで、表を歩く下駄の音が遠くから聞こえてもしたが、宿は賑やかであった。
 それは夕食後、但馬屋のご主人が炉端で木曽節を教えてくれたから、それも政調木曽節、今詠われているものとは少し違い、テンポも遅く哀愁に満ちた歌い方。
 それを懐かしい炉端で聞くから、一層の旅心を誘い、今でもあの時の木曽節は頭の中にこびりついている。

 その後、この但馬屋は何度となく通い、特に思い出のある部屋は街道に面した西の角部屋、ここ部屋で友人3人とよく泊まった。
 角部屋であるから西の窓から下に伸びる街道が良く見え、秋などは夕日の落ちるのをジックリと眺めていたのを思い出す。
 そんな友人の一人が若くして癌で逝ってしまい、彼が生前病が治ったらまた旅をしようと言っていたが実現しなかった。
 彼がこの宿に来たかったのだと、そんな思いで12月には彼を偲びこの宿に泊まる事にしているのだが、この所少し遠退いているから、今年こそ行く事にしている。
 12月は暇な時期だから、角部屋も予約すれば取れると思う、あの部屋から彼を偲び夕日を見たいと思っている。



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2019年12月15日

茅葺き

   厚みがすごい
 日本家屋であった茅葺きの家、以前いしぐみ.jpgは田舎へ行けばそこそこみられた民家、しかし現在では見る事が稀で、姿を消してしまった。
 現存している建物は白川郷や指定された公園などで移築され、それを見ることは出来るが、日常では見かける事もないのだ。
 そんな茅葺きの家屋、何となしに分かったつもりでいるが、実際にどの様にような建物なのかと聞かれれば答えられたなと思う。
 然しか我々の周りから消えたしまった茅葺きの家屋、何故姿を消しているものなのか、それは維持する事が大変だから、消えて行く運命なのだと思う。
 では茅とは何ぞやと説明しろと言われれば説明する事は出来ないと思うが、ただ何となく分かったつもりでいるから不思議である。
 それは見た事があるから分かったつもりでいるだけの事、茅がどんな物かも知らず、おぼろげに分かっているだけで、これだと言うこと出来ない、昔は目にしたことがある茅のある風景、それが現代では見る機会はなく、見ていたもそれが茅だとは気付いていない。
 茅とはイネ科の植物で、ススキやスゲ、茅を指すが以前は専用に栽培していたが、現在は栽培も下火になり、必要な分だけ栽培している。かや.jpg

 日本全国に生えている植物で手に入り易かったが、今では中々難しくなってしまった。
 茅科の植物で特に屋根の素材として用いられ、大量にいる事が毎年刈り取り屋根をふくために溜めておき、その材料で屋根を葺く事になる、何気なしに茅葺きの屋根を見ているが、実際に屋根をじっくりと見れば茅の厚さに驚かされ、これだけ厚く葺かないといけないと感心する。
 屋根の厚さは1メイトル位も厚く、大量の茅が必要である事に改めて気付かされ、何処から調達するのかと逆に心配となるものだ。
 今はこんなに茅がなく、これを葺く為には技術と共に多くの人材が必要、その為に現在では茅葺きの家屋が姿を消した最大の原因であると言う、やはり改めて見て日本家屋は土地のものを利用して造られている事に気付き、保存が大変であると再度認識されるのだ。
 それにしてもあの厚さは凄く、あれだけ厚くないと屋根も持たないと教えられる事に、やはり日本家屋は凄いと感心する事しきり。


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2019年12月14日

忠臣蔵真実は

   忠臣蔵始末記
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 映画47人の刺客、これは忠臣蔵を現代的に解釈したもの、衣装は忠実に再現、昔の伝えられた姿とは違う、真実らしく見え、この方が史実に忠実といえ、やはり芝居の姿とは違いがある。
 元禄15年12月14日赤穂浪士47士吉良邸に討ち入り、世に言う赤穂事件であり、忠臣蔵討ち入りの事実、日本人好みの仇うちである。
 時は元禄、武士の世も平穏無事で戦はなく、武家社会もマンネリ化を来たしていた時期、突如として起こった仇うち事件、日本中が大騒ぎ。
 300年を経過した今でも忠臣蔵として語りつくされて来たもの、日本人の好きな、艱難辛苦に耐え、主君の仇討ちをしたこの事件であるが、しかし、この事件の真相は藪の中、果たして浅野内匠頭が人情に出た真相、何故吉良上野介に切りかかったのか、しかも殿中での事、ご法度を無視して。SANY0441.JPG
 この真相が明らかになっていないのは、当時素早く処理をしたので、事実確認が疎かであったのと、幕府が処理を誤った事に由来するとも言われている。
 実際に事件のあった松の廊下は、昼間でも薄暗くて、相手をハッキリと定められるのは近距離でしか発見できない状態であったから、浅野が吉良に切りつけたのは至近距離であった。
 にも拘らず短刀で切りつけるとは武士としておかしい、本来なら刺すのが当たり前、切りつけても命は取れず、武士として聊かの疑問が残る。

 浅野が武道に対して素養がなかったのか、それとも吉良が逃げ回った為、刺せれなかったのか、疑問だらけでもあるのだが、事実は切りかかったようだ。
 殿中での抜刀は御法度、しかしこれ以前にも似たような事件は起こっており、首謀者も切腹はしていないようで、何故浅野だけが即日切腹されられたのか。
 ここにも当時の定に疑問だらけ、それは兎も角、忠臣蔵では赤穂浪士が主君の仇討SANY1303.JPGちを遂げることが出来たが、何故襲撃が成功したのかも疑問でもある。
 当時は夜半ろとうを組むこと事態不可能、夜間は大勢で武器を持って歩くことすら難しい情勢であったので、ここら当たりも何故吉良邸まで見つからなかったのか。
 浪人が武装して夜半団体で行動すれば、検問に引っ掛かるはず、まして武装集団であり、取締りがあっても不思議ではないのだが、如何して網の目を潜る事が出来たのか。
 そして吉良邸へ討ち入りした時にも、当然物音もして近隣に聴こえるはず、ましてや討ち入った人数が大勢、騒ぎが大きくて近隣から番所に通報が行くはず。
 しかも明け方まで死闘が繰り返されており、長時間の騒ぎが番所や奉行所に伝えられなかったとは不思議なことであり、ここら当たりも疑問の事件。
 赤穂浪士は吉良を討ち取り、主君の菩提寺泉岳寺までろとうを組んで行動、この間も何の取締りもないまま、泉岳寺に到着、全く不思議だらけの事件であった。

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2019年12月13日

からくり

   簡単な

 時計の中でからくりが付いているものは人気が高SANY2815.JPGく、同じ時計でもからくりが付いている物が売れると言う事、付加価値が高くなると言う。
 当然であるが付加価値を付ければその分コストは高く付き、コストの高い分値段も高くなることに、それを補う売り上げがあるのか。
 もともとカラクリは普通の時計より付加価値を高めるために造られたものだから、当然値段が高くなっている。
 勿論時計の価値を高めることは確かだが、高級品の時計にカラクリが付くよりも、普及品の時計にカラクリが付く方が多い。
 それはより販売を上げるために少しの手間でカラクリを付け、売り上げ効用を狙った時計が多く存在している。
 そんなカラクリ時計、如何に簡単なカラクリを作る出すのに研究され、他社との価値観を付加価値として造り上げられたものだ。

 一つは普通の目覚まし時計にカラクリを付けたSANY2920.JPGもの、目覚まし時計は通称へそ時計と言われ、各家庭に浸透している時計、何処の家にもあった時計だ。
 そのへそ時計にカラクリを付けたもの、肉屋が肉を包丁で切っている所、腕が上下に動くもの、片方の時計は夫人の目玉が左右に動くもの、これも簡単な時計に写真を付け、その目が動くようにしているもの、これも装置は簡単な仕掛け、両方とも動く事で普通の時計と差別化を図っている。
 コスト面も高くならない様に、最少の部品でカラクリ仕掛けを完成させている事が、2つの時計に共通している事だ。
 手間もあまりかけず、部品も多くせず、それでもってカラクリ仕掛けを完成させる、苦労が見えて取れる時計だと思う。
 しかしどけだけ売上向上に繋がったのかは分からない、それが現存している時計が少ないので、あまり売れなかったのか。
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2019年12月12日

鬼門

   風水開運SANY7693.JPG
 我が家の鬼門は北東、昔から鬼門から邪気が入ると言われ、以来北東は鬼門の方角、邪気が入らない様にお祓いをするのが習わし。
 日本人は古来より風水や陰陽道に従い色々な災いごとが入らない様にお祓いをして来た民族と言われているが、もともとは中国より渡来の風習とも言われる。
 鬼門には表鬼門と裏鬼門とがあり、北東の反対に南西の方角がそれにあたるらしい。
 その為に鬼門には玄関やトイレなどを作らない様にする事らしいが、住宅事情によりどうしてもそこに水回りが来ることがある。

 特に日本では土地が狭く、現代の住宅事情SANY7700.JPGでは中々避けられないもので、鬼門に玄関が来ることになり、そんな折には魔除けとしてお札を張り、邪気が入らない様にお祓いをするのも日本人らしい。
 そもそも鬼門とは陰陽道から来ているらしく、京都では平安時代には盛んに陰陽道により鬼門にはお寺や神社を置き、邪気が入らない様にしていた。
 現在の京都でも鬼門は避けて家を建築しているとの事、我が家も鬼門にトイレがあり、あまり良くないからお札を張って邪気を払っている。
 そんな折に友人が魔除けとして鬼の面を持って来てくれ、玄関においておけば邪気が入らないようになると言うので、玄関にドッカリと鎮座している。
 有難い事に友人は我が家の事を考えてくれ、わざわざ自分で造り上げたと言う、力作が現在邪気を払ってくれている。

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2019年12月11日

磁器製ロボット

   ある訳ない
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 ずいぶん前に書いたロボットの記事、自分でも忘れていたのだが質問を受けて思い出すことに、それは思いもよらぬ質問だ。
 何故かと言えば磁器製のロボットなどある筈がないとの指摘、意外な質問なのでこちらが驚くことに、何故質問されたか不思議だから。
 私自身当たり前とらえていたものが何故と疑問を持たれた事、当たり前と思っているから何故と、そんな事で前の記事を見てみた。
 確かに自分の書いた記事だからブログにあがってはいるが、記事が多くて記憶が曖昧、その上否定されると何故否定されるものなのか分からないのだ。
 逆に質問された方は当たり前に質問されているから、それに答えないと、そんな思いで前の記事を再度読んでみると、磁器のロボットが動くはずないとの質問だ。
 確かに磁器製のロボットが動く筈ないと思っても仕方がないので、実際にどのように動くのか説明する必要があると思った。

 質問者は磁器製のロボットがブリキの玩具同様に歩くもSANY0609.JPGのだと思われている事、前の記事では歩くとは書いていないものだが誤解を生んだよう。
 読者にしてみれば動くと聞けば歩くものと思われても仕方なく、こちらの説明不足でと思い、改めてどの様に動くものなのか説明しなくては。
 このロボット、手は前後に動き、頭も左右に動くが、歩いたりはしなくて本体は不動で、手と頭がゆっくり動くだけの事、歩いたりはしない。
 機構的には足で動く事も出来そう、今はその仕組みは付いていないもの、只付けることは可能だと思うが、やってみないと何とも言えない。
 理論的にはそんなに難しくはないが、コスト面でどうかとの疑問があり、値段が高くなり販売しても買い手が付くかどうかは疑問。
 そんな事で頭と手だけ動くようになっていると推測させるが、真意は分からないし、高くても売れるかもしれない。
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2019年12月10日

受け継ぐ物

   古くはあるが
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 親父が亡くなって久しい、色々な物を受け継いだが、身につける物も少なくない、その中の1つにカフスがあり、種類も色々と、母親と使える物を選んで家に持ち帰ったが、妻は時代が違うから使うのは難しいのではと言う、しかし私はそんな事は思わない。
 確かに親父の物は大正時代の物が多く、昭和初期のものもあったが、時代が幾ら変わっても良い物は何時まで経っても良い、だから何時でも使えると思う。
 もちろん流行の先端と比較すれば、あきらかに時代遅れ、しかしアンティークのカフスとしてみれば、当たり前の物だ、時代がいい味を出している、最近はカフスをする人が少なくなっているようで、余り見かけなくなったが、我々はカフスをこよなく愛する人物、カフスで自己主張をしているのだ。
 若い人たちは面倒でカフスを余りやらないとの事、たしかにはめるのはに少しSANY1170.JPG時間がいるが、そんなにたいしているもので無いもの、それが面倒だと言う事か。
 自己主張するなら是非とも袖元をハッキリさせ、自分なりの主張をして欲しいものだと思うが、そんな所よりモット主張できるところがあるのか。

 それはさて置きこのカフス、2つは銀製の物、1つはオニキスの入った細かな細工がされた物、このカフスが一番手の込んだ物と思う。
 たぶん親父もこのカフスを気に入っていたようで、ケースの中にしまってあったものだから、余程気に入っていたらしく、アンティークな香りがする。
 何時の時代の物かは知らないが、おそらく若いときの物ではないとか思うが、はたして私の推測があっているのか、もう1つのカフスも銀製のシンプルな物だ。
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  このカフスはどんな時にも合う、何時でも使える便利なカフス、自己主張も控えめな姿のカフス、ただ銀製のカフス使わないと直ぐに黒くなる。
 銀製品の悪いところであり、嫌いな人も多いと聞く、だから金のカフスの方が扱いやすいと、確かにそうだが銀には銀の良いところがある。
 あとの2つはガラスと鼈甲、最近は滅多に見ない鼈甲であるが、昔は流行った物の1つ、鼈甲は優しいカフスのようだと思うが、これも好き好き。
 そしてもう1つがガラス、ガラスと思うが水晶かもしれないが、このカフスは昔親父が夏にしていた事を思い出す、だから夏用に使用した物なのか。
 沢山あったカフスの中から選んだ物、これからも長く使えると思うし、親父の形見だと思い、大事に使って行きたいものだ、これからも手入れしなければいけない。











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2019年12月09日

今年の紅葉

    晩秋から初冬

3g.jpg 秋が通り過ぎて行き冬到来であるが、まだ秋の名残を見ることが出来、行く秋を惜しむ姿が見受けられ、其れを探して見学をしている人がいる。
 その人たちは、何処の紅葉が早く色好き、そして美しいものかなのかも良く知っていて、好きな物同士その景色を愛でているから、兎に角良い場所を知っているのだ。
 もう紅葉は時期を過ぎてしまったと思っていたら、「まだまだ今盛りの紅葉はあちらこちらにあります」と教えられ、遠くの所は敬遠して近くのところを教えてもらった。
 教えてもらったのは何時も行く瀬戸市内の公園、私の頭の中では既にそこの紅葉は見所を過ぎ、枯葉の状態であると思っていた。
 しかし、話を聞けば今が最高に美しいとの情報、確かにその場所は日当たりが良く、暖かい場所であるから紅葉も遅いのか、今が見所といわれてもピンと来ない。

 その上、満天星つつじの紅葉と同時に見えるとの事、言われてみればそうで満天星は垣根としてあった事は知っていたが、それと紅葉と同じ時期に紅葉するとは思ってもいなかった事、誘われて見に行き改めて納得したものだ。
 普段何気なしに見ている風景、さして考えずに見ているのであるが、四季によって色が変化する事に気が回らなかった。
 身近な見慣れたところにも思わぬ景色が存在することを改めて感じ、忙しさにツイツイ忘れてしまう四季の移ろい、現代人にありがちな自然を観察する心のゆとり、家庭と職場の往復ばかりの毎日、そんな習慣に慣れてしまい、自然に接する機会を避けていた現実。
 今一度身近なところにも、心の洗濯が出来ることに気が付く次第、やはり我々は自然の中で生かされている事を実感した日でもあった。
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2019年12月07日

壊れて

   毎日だから
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 ブログをやり始めてから必需品としてデジカメが要る事になり、安くて使いやすいものをと探しに出かけたが、中々良いものは見つからない。
 良いデジカメを見つけたいと思ったが、これはと思うと値段が高くて、結果は見つけることが出来ず出戻ってしまったので、友人が「ネットで見つけろ」と言うのだ。
 確かにネットでは多くのデジカメが出ているから、自分に合ったものを選べ良いが、どれが良いのかやっぱり悩んでいた。
 すると友人「ただ写すだけのデジカメだろう」、何で悩むことがある、要るのだから早く買えば、そんな言葉に追い立てられた。
 確かに奴の言う通り単に時計を写すだけのも、何も悩むこともないと決め、買い込んだカメラは一年半持ったが、やはり写りが悪かった。
 2つ目のカメラは一応メーカー品のカメラ、色々な操作が付いており、始めのものより高かったものだが、やはり多くの機能は使わなかった。

 そんな訳で3台目のカメラは安くて使いやすDSCN1970.JPGいものに、するとそのカメラを見て友人が「お前安いカメラを使っているな」とひやかすのだ、安が使いやすいぞと答えたが帰って来た答えが「何でお前の写真はピントが合っていないか分かった」と言い出し、この安いカメラだからダメなんだと。
 確かに自分でも安いカメラだとは思っていたが、奴に言われると腹が立つ、しかし事実ピントが甘いと指摘はあったのだ。
 ブログで載せる写真、ピントがときどき甘くてハッキリしないものも、自分でも分かっていたので、カメラのせいかなと。
 しかし娘が「今時のカメラは誰でも取れるもの」安くても良い写真は撮れる、それに手振れ防止の装置が付いているバズだと言うのだ、そんなカメラも又使い過ぎで壊れてしまった。
 結局ブログをはじめて4台のカメラを壊したことになり、何で早く壊れるのか原因が分からないが、人は使い方が悪いからだと言うのだ、しかしカメラも消耗品だと思う。


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2019年12月06日

どれが珍品

   種類による
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 古時計愛好家からよく質問されるのが、どれが珍品時計かと言うこと、この質問が1番多いように思う、誰しも珍品時計は欲しいもの、
 そんな珍品時計の定義はと言う事だと思うが、珍品の定義等無いと思うし、珍品時計は個人によって違うものだとも思うので、一概に言えないと答える。
 つまり、その人が何を求めているものによって違う、それが製造メーカーなのか、形が珍しい物なのか、数が少ないものなのか、歴史的に重要か様々な要素によって分けられる。
 得てして、八角型の時計、同じ形なので何処が珍品時計なのかと聞かれるが、それは製造メーカが珍しいからなのだが、知らない人には単なる八角型だと思う。
 この種類の珍品時計は時計製造会社が珍しいか、その時計会社の製造した物が少ないことだが、現存数が少ないことなどの要素だから、八角型の形ではない。
 私の体験上から話をすると、単なる八角型の時計を展示会で展示、すSANY0122.JPGるとある業者がこんな話をして来た、「この時計と同じものを持って来れば高く買って貰えるか」と言う事だ。
 勿論、同じ時計であれば欲しいと伝えると、その業者「市場で幾らでも出るから、直ぐに持ってくる」といって帰ったが、そんなに簡単に見つかるものではないと思っていた。

 案の定、20年経った今でもその業者とはよく会うが、「あんな時計ある筈が無い、これだけ探しても見つからない」と今は非常に弱気、あたり前の事、40数年私が全国を探し回っても2台しか見つけられなかったのだから簡単に見つからない。
 それは例外の話だが、形が同じでもメーカーが違う、そして珍品といわれる物は数が少ないもの、多ければ珍品とはならないのだ。
 これは単なる八角の時計の話し、珍品となるにはそれなりの理由があり、史料的に重要でしかも数が極端に少ないものを指す、それゆえに珍品時計となるのだ。
 その一方、形が珍しい時計もまた珍品時計と言うが、この時計は相当数の数は存在している物、しかし愛好家から支持を多く受けている為、珍品時計となる。SANY0380.JPG
 当時、数は相当数製造されたものであるが、現存数が極めて少ないものを珍品と云い、数が少ないからやっぱり求める人が居る事が珍品時計とされてしまう。

 そもそも珍品時計とは珍しい時計の意味、時計の数が少ないとか、形が変わっているとか、製造メーカーが珍しいとかの要素を備えた時計がその様に呼ばれる筈。
 精工舎の姫ダルマみたいに、当初は数が少ないことから珍品時計と呼ばれたが、愛好家が数が多いことに気が付き、珍品時計から外させた例もある。
 この様に珍品時計は主観で決まることも、人によっては珍品時計の意味が違うものでも、定義は無いといえるが、その人が珍しいと思えば珍品時計だ。
 そんなものと思えば良いが、珍しく数の少ない時計はやっぱり珍品時計と呼ぶ、呼び方は違っても珍しいことに違いなければ珍品時計と言える。人によってその判断が分かれるのもこの問題である。







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2019年12月05日

今年の菊

   夏が暑かった
 今年も異常気象で色々と弊害が出ているが、その中SANY0197.JPGでも植物には変化が生じており、作物にも影響を及ぼしているようだ。
 生鮮食品は異常気象により出来が悪くて、全滅の状態のものも多いと聞く、やはり温暖化が影響している事は確かなようだ。
 我々の生活を徐々に脅かす地球温暖化、統計によると去年よりもひどくなっており、世界的に広がりを見せている。
 その上台風被害も相まって、より一層の被害拡大農家にとっては踏んだり蹴ったり、何処に捌け口を求めたら良いのか深刻な状況だ。
 例年なら我が家の菊も真っ盛りであるはずが、今年は勢いがなく、細々と生育している状態、これでは良い花も咲かないのは当たり前の事。
 夏の水不足で枯れた菊もあり、持ちこたえた菊も力なく咲いている状態、植物にも厳しい夏であったことは今の状態が物語っている。
 我が家のバラもそうであったが、去年は良く咲き、近所の人から欲しいと言われていたが、今年は全然咲いていないねと言われてしまった。SANY1389.JPG

 水不足で植物も体力がなく、例年のように咲く事が出来ないらしく、細々と生きながらえたと言った感じ、来年はこの様な状態では心配、バラなどは我が家が新築して以来共に生きて来た戦友みたいなもの、何とか持って欲しいものだと思っている。
 菊も又仏壇用に植えたものだから、その目的が今年は果たせなくて、買ってくる事になり、これも異常気象の影響が出ている。
 それにしても植物は正直、ハッキリと態度で示すから分かりやすく、花が咲かない事がそれを物語っている。
 菊だけではなく、本来はジンジャーもまたそれに当たり、何時もなら花が盛んな時期だが、蕾すら少なく、この先咲くか心配、当たり前のように咲くと思っていた植物が咲かないと、何だか拍子抜け気分である。
 何時ものように変わりなく咲いてくれることが一番、そんな簡単の事も出来なくなっている今の状態である、果たして温暖化は止まるものなのか、疑問で不安でもある。
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2019年12月04日

確認事項

   浜松ミーティング開催
 日時、12月8日 日曜日
 場所、浜松市東区小池町2543−4
    NKトレーディング事務
    053−465−3666
 時間、11時30分開始
 会費、1500円 昼食代含む
 尚、オークションを開催します。
  日本古時計保存 事 務 局
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2019年12月03日

1ヶ月を切り

    早いものだ

 SANY3316.JPG月日の流れるのは早いもの、暑い暑いと騒いでいたのが昨日の様、気が付いてみれば12月に入っており、1年の経つのを早く感じる。
 これは私が歳を取った証拠であろうか、昔から月日の喩えを川の流れに喩えたものだが、「川の流れは絶えずして、然ももとの水にあらず」とか、絶え間なく流れるものだ。
 また、月日を旅人に喩えたものも、「月日は萬代の過客にして」などともの言う、今年の夏は暑かったからこそ、昨今の冷え込みは身にしみるものだが。
 絶え間なく流れて行く年月、終わりのない月日はこれからも次から次えとやって来るが、其れを迎える勇気が段々と減ってきているように感じる今日この頃。

 しかし、植物はそんな感情など微塵も持っていなくて、その場を如何に生き抜くかを必死で考えていると察するが、その証しを少し見たような気がした。SANY3317.JPG
 流石に12月風は冷たく吹き、植物の葉枝を揺らしてゆく、その寒い風に敢然と立ち向かうかのように、寒椿の蕾が大きくなっているのを発見。
 我家の小さな庭に新築当時に植えた寒椿、この所の寒さで目覚めたのか、蕾が大きくなりだし例年の状況に近づいたような気がするが、何時もよりは少し遅い。
 その反面、隣に植えてある南天が今年は出来が良く、例年だとまだ少し青くて、霜が降りたからより赤くなるはずだが、今年は既に赤色を増しだしたようだ。
 植物の性格によって其々なのか、しかし季節を確実に感じて例年の動きを、やはり人間と違って植物は粘り強く、自分の生き方を変えることはないようだ。
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2019年12月02日

どちらが好きか

      インテリア
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 前にも述べた話であるが、現在の部屋の雰囲気を何とかしたいが、とうしたら良いのか中々手が着かない方に、お金も余りかけたくないが、アンティークも欲しいと云う人。
 そんな悩みも解決するのは、そんなに難しくないもの、値段のはるアンティークランプ、ピンから切りまで色々な種類が存在し、当然の事値段も高くなる。
 そんな高いアンティークものを目指さなくても、雰囲気が出れば良いと云う人に、リプロダクションのランプシェードをお勧め、本物ではないが雰囲気は良いものが沢山ある。
 無理してアンティークのランプシェードを購入しなくても、リプロで良いものを安く買った方が、私はお勧めしたいと思う、リプロで最近は良い物が沢山出回っているから、其れを見つけること。
 ネットでも沢山出品されているから、其処で探すのも手であるが、ネットはディスクがあるから、出来れば直接店で見るのが1番良いが近くになければネットでも。
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 その時は、絶対と言って良いほど慎重に物を見る事が必要、写真が掲載されているから良く見て、直ぐに買わない事が先ず第一、リプロは数が多いから、1度見逃しても直ぐに又手に入れることは出来る。
 慎重に選ぶ事と、もう1つは値段であるが、その時によって同じ物でも値段がマチマチ、安いもので良いものを吟味して、やっぱり慎重に選ぶと良い。
 私も何度か失敗をしているから、直ぐに飛びつかない事が鉄則、そして後は好みの問題、和物にするか、洋物にするかは本人次第であるから何とも言えない。
 洋物でも和室にあうランプシェードも沢山あり、和室だから絶対に和物と決め付けないで、幾つか選択肢の中から選ぶと良い、リプロは案外値打ちな物が多い。
 洋物、和物どちらが良いのかはやっぱり本人次第、言えることはランプシェードを変えるだけで、部屋の雰囲気がガラリと変わる事だけは保障したい。
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2019年12月01日

麺めぐり

      蕎麦の中の蕎麦

おきなな.jpg これから新蕎麦の季節、少し緑色の掛かった新しい蕎麦、蕎麦通の人ならまちどうしいかぎり、待ちに待った蕎麦がたべられる時期となるから。
 その新蕎麦、一年を通じて蕎麦は食べられるが、やっぱりこの時期の蕎麦が1番、取立ての蕎麦の実を挽き、打ち立ての蕎麦を食するのが蕎麦の愛好家。
 蕎麦の愛好家は全国に多く、蕎麦なら何でも良い人から、国産の材料で打った蕎麦を求める人、地元の蕎麦しか食べない人、人其々に拘りがあるのも蕎麦。
 そしてもう1つが蕎麦の種類、十割蕎麦から六割蕎麦まで、また田舎蕎麦、藪蕎麦、更科蕎麦など色々な種類があり、これも人其々で好き好き。
 素朴の蕎麦から洗練された蕎麦までと様々な蕎麦を人は求めるもの、古くからの蕎麦は田舎蕎麦なのか、歴史的に見ると蕎麦は奥深いものになっているようだ。
 そんな蕎麦、私は「翁」の蕎麦に出会ってからは、ここの蕎麦が一番と思っているが、それは山梨の長坂「翁」、高橋邦弘氏の蕎麦を食べてからの事。
 其れ以来蕎麦は翁と決めたもの、しかし高橋氏は広島に移住、中々食べれなくなってしまったが、弟子がその味を継いでおり、其処に食べに行く。

 長野の豊科にその店はあり、「翁」の看板を掲げているから、もちろん高橋氏の弟子、「安曇野翁」がその店、長坂の翁と同じで、少し分かりずらい山間に、風情は長坂の翁と同じだ。
 国道に小さな看板しかなく、入り口を間違えると大変な事に、道が分かりずらく苦労する人も多いが、常連客は良く知っており、迷わず店にたどり着くようだ。おきな.jpgおきなあ.jpg
 この翁の主人、若月氏は師匠の味を忠実に伝える人物、中々食べれない高橋氏の蕎麦を、ここに行けば食べれ、私は良くこの店まで通う。
 以前に食べた高橋氏の蕎麦を、ここで出してくれるから、広島まで行かずに済んでいるかも知れないが、翁の蕎麦は翁の蕎麦であるに違いない。
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2019年11月30日

干し柿4

    我家の干し柿

 SANY9472.JPG隣の蜂屋柿を面倒見ることになってから、収穫できて直ぐに干し柿を作る事にしたが、何せ素人の事上手く行くものかどうか。
 そして2週間、柿色の鮮やかさはスッカリ抜け、黒光りがしてきたようで、これ以上干しておくと硬くなると思い今日収穫する。
 今年は暖かくて干し柿が腐ってしまう恐れがあり、天気が良いものの気温がさがることが条件、幸いにも急に寒くなり、何とか腐るのだけは回避。
 友人たちはこんな時期に干し柿等出来る訳が無いと冷ややか、彼らに言わせると「食いしんぼのお前らしいが、干し柿は寒くなければ」とケチを付けた。
 そんな彼らの予想に反して、この一週間寒さが来て、干し柿にとっては絶好の機会、あれだけ柿色だったものが、今は飴色になっている。
 隣の人に言わせるともっと寒くならないとダメ、風も吹かないと乾かないし、温度も下がらないと腐ってしまうと、皆が心配してくれた御かげで干し柿となった。
 最初は16センチもあった大きな柿、干している間に段々と細くなり、其れと同時に縮んで行き、見ていても急速に縮むので大丈夫なのかと不安であった。
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 蜂屋柿の干し柿が高価である事は知っているが、自分が作って見ると、値段が高いことが改めて分かったような気がして、何故ならばあの売られている大きな干し柿は、今回の蜂屋柿よりももっと大きなもの。
 16センチの柿がこんなに小さくなるとは思っても見なかったし、出来上がったものと市販されているものと比べて見ると、ヤッパリ大きさが違う。
 あんな大きな柿でもこんなに小さくなるのだから、特別に大きなもので無いと市販されている蜂谷柿の干し柿の大きさにならない。
 蜂屋柿の干し柿が何故高いのかが、自分で製作して見ると、たしかに実感がわくもの、製造者が自慢するだけの事はあると、実感したものだ。
 それにしても二週間で干し柿が出来る事が分かり、市販されているあの大きさにするのはどうしたら良いのか、まずは柿を選定して数を少なくしないと、果たして来年は柿の実がなるのかも分からないが、今度は上手く出来るようにと思っている。
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2019年11月29日

弘法市

   大小さまざま
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 全国の弘法市、毎月21日に開催される蚤の市の事、規模の大小にかかわらず蚤の市がたつ、様々な種類の露店が店を出す。
 誰が言っても実に楽しい場所の一つだと思うが、若い頃は歳より臭い市であると思っていた時、古時計に興味を持ち始めた。
 最初は知り合いの店に出入りしていたが、そこだけでは中々集まらず、次第に捜索範囲を広げていった。
 勿論駆け出しの頃は恥もなくいっぱしの蒐集家気どり、店に入っても知ったようなそぶりで古時計を探していた。
 傍から見れば駆け出しに見えているものを、自分では蒐集家気どり、店に入っても古時計専門家の気取りでいた。
 ある時行き付けの店に業者らしき人物が入って来て、私が親父と話している間に入り、明日は弘法市だから何かないのと言うのだ。
 親父はその業者と何やら専門用語で話をしているが、こちらは全く気にせず古時計を眺めていたが、暫くしてその業者は帰って行った。

 業者が帰った後、店の親父が「あんた弘法市は行くSANY0592.JPGのか」と聞いて来たので、何の市か分からず「何処の市と聞き直した、親父「知立の弘法市だよ」と言うのだ。
 いっぱしの蒐集家気取りでいた私は、「市などには行かない」と答えてから、「何で弘法市などに行くのか」と再度聞いてみた。
 私の頭の中では歳より臭い市など言って何になるのかと思っていたから、親父にそんな返事をしたが、親父ニコっと笑い、あんた蚤の市に行った事ないなと、私の顔を見た。
 その時の親父の顔は、こいつはド素人な奴と思っていたに違いなく、笑っていたのだと思うが、その時はまったく分からなかった。
 この時話していた弘法市は知立の弘法さんの市、その後私も何度となく通った市で店は少ないが面白いものを買い込んだ市でもある。
 この様に各地の弘法市はそんなに大きなものではなく、こじんまりとした素朴な市、だから面白いものが出るのだと思う、しかし今はネットの時代、パソコンの画面をにらめっこして居る様だ。

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2019年11月28日

たい焼き

   しっぽまで

 この時期になると無性に食べたくなるのがたSANY1321.JPGい焼き、炊きたての熱々ものを紙に包んで食べる醍醐味が堪らない。
 たい焼きと言えばあんこ、しっぽまで餡子が入ったたい焼き、これが堪らなく旨いが、何故かしっぽまで餡子が無いと旨くない。
 特にしっぽの部分は良く焼けているからパリパリ、外は良く焼けているが中は餡子でしっとり、これこそたい焼きの極致。
 然しお土産に貰ったたい焼きに手に取るとくの字に曲がってしまう、焼き立てを包むため蒸気で軟らかくなってしまうのだ。
 たい焼きの軟らかいものはいただけない、やはりパリパリ出なくては、そんな時は石油ストーブの上で温めるのだ。
 勿論時間が経っているから冷たくて、軟らかいものになっているのだが、ストーブの上で圧詰めればカリカリに戻り、焼き立て以上にカリカリになる。
 勿論トースターでもたい焼きはやけるが、私はストーブの上で焼くのが普通、目で見ながら焼き上げるから楽しさも加わる事になるからだ。
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 トースターでは機械任せでは楽しくないもので、ストーブの上ならやける匂いと共に見ていても楽しく、辺りに香ばしい匂いを振りまくから良い。
 最近のたい焼き、実は中身も進化して色々なものが中に入っているから、昔ながらの餡子だけではないと言う、これも時代の進化なのかと思う。
 私はあまり高級なたい焼きは好きでなく、シンプルに食べたいだけ、屋台で販売されているシンプルなたい焼き、それと外側生地もフワフワのものではなく、少し硬めのものが良いと思う。
 今のたい焼きは外側もフワフワ、中身は生クリームや餡以外のものが入って、若い人には人気、現代的なたい焼きが人気だと言う。
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2019年11月27日

連絡事項

   浜松ミーティング開催の件
 日時、12月8日 日曜日
 場所、浜松市東区小池町2543-4
    NKトレーディング事務 
    053−465−3666
 時間、11時半 開始
 会費、1500円 昼食代含む
 オークションを開催します、参加ください。
 日本古時計保存協会 事 務 局
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2019年11月26日

柿の差し入れ

      我家に来る柿

 SANY9950.JPG毎年の事、我家に柿が大量にやって来るが、これは私が柿好きだから、それを知っている人から差し入れがやってくるもの。
 この時期、我家では柿を買った事がないのだ、時としてそれが有り過ぎて困る事も、何故かと言えば食べだしたら止まらないのだ。
 柿が好きで一日に何個も食べることになり、食べ過ぎて胃を悪くしてしまう事がしばしば、それでも食べたいのでツイツイ食べることに。
 それを知っている妻は近所におすそ分け、柿の在庫が減ったと思ったら、何処からとも無く柿がやって来るくので、また増えてしまうのだ。
 好きなものはどれだけあっても食べるのが常、どの柿も美味しいがヤッパリ1番美味しいと思うものは富有柿、この柿が柿の王様。
 岐阜県が誇る柿、その旨さもさることながら、その大きさ、1番大きなものは18センチにもなるもの、是だけの柿となると一本に一個も無いといわれる。

 その柿を手に取ると手にずっしりと来る重さ、大きいから大味だと思うと、さにあらずこくがある甘さが口いっぱいに広がり、其れは天国の美味しさ。
SANY9952.JPG この柿に勝る柿は無いと思うが、其れを栽培する苦労は並大抵のものではなく、生産者の苦労が偲ばれるもの、それだけに美味しさも一入。
 この柿は別格として素朴な柿も多く、次郎柿も其れに相当する柿、大きさは富勇柿に劣るが、旨さではそんなに開きの無いもの。
 次郎柿ならではの甘さとこく、本来の柿の旨さを持った柿、優等生の富勇柿とは違って、努力家の次郎柿、
 次郎柿の特徴は柿の表面に十字の筋が入っていること、この筋が次郎柿。
 次郎柿も全国で栽培されていると聞く、一般的な柿の品種、富勇柿の栽培方式とは少し異なるらしいが、基本的には同じ柿の栽培。
 全国的に有名なのは愛知県豊橋、此処の次郎柿が全国一、この次郎柿は元は静岡県森町、この地が次郎柿の発祥地であり、原木は今でも残っていると言う事だ。
 次郎柿は愛知と静岡で全国の生産量の80パーセントを生産しているといわれ、特に豊橋がその大半を占めているようである。
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