2018年05月22日

本当なのか

      信頼できる物

 SANY6873.JPG朝日は東から昇るものと昔から決まっており、西に沈んでゆくもの、北斗七星は北の空で何時も輝いているもの、月は東から昇るものと不変である。
 しかし人間の作り出した物は不変ではなく、常に狂いを生じるものなのだが、その狂いを如何にしてちじめるのも、人間は挑戦してきた。
 昔の旅人は方角を知る上で、この様な不変のものを信じて旅をしてきたものであり、常に身近にあったものを利用してきたのだ。
 しかし、これ等は天候が良い時にしか役に立たないもの、雨の日や曇りの日、闇夜や雪の日などは役に立たない事も承知していた。
 その為に不変に近い物で方角を知るものを求めていたもので、それが方位磁石であり、この磁石の出現で旅人は大いに楽になったと言われる。

 方位磁石は11世紀に中国で作られた物、中国の沈括の「真貝日誌送」にはじめて記されており、之が世界で1番早い時期の方位磁石SANY4900.JPG
 その後改良がなされ、現在のような形になったと言われ、シンプルながら便利な物、しかし全てが同じ方向を向いているとは限らず、時にはとんでもない方候補向くものもある。
 色々な方位磁石、他の物とは明らかに違った方向を向いているものもある、こんな方位磁石を持って旅をしたら大変な事になる恐れもある。
 山道で方角が分からなくなった時、磁石が目当てだが、こんな磁石では信用なら無いもの、信頼できる方位磁石を持って出ないと、とんでもない事になる。
 旅に出る前に方位磁石の点検も忘れずに行う事をお勧めしますが、人間の作った物も信頼しすぎてはイケないものなのか。
 そんなはずは無く、時には狂う事もあることを頭に入れておき、点検する事が一番大事なこと、何事もチェックが大事である。
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2018年05月20日

実用新案

      ヤッパリ古いものだ

SANY5487.JPG 今でもよく見かける明治期に製造された時計の花入れ、尾張瀬戸で多く製造されたが、その後岐阜県でも製造される事になるのだが、その花入れは少し違っていた。
 明治期の花入れは時計の形をした物、色々な形のものが製造されて人気を博したものだが、その時の物はカレンダーは付いていない。
 
 この花入れはカレンダー付きの花入れ、花入れ以前に紹介して色々な物も上げて説明したが、その時にはそんなに古いとは思わないとの異議も出た
 確かに見たところ明治時代と言われても、そんなに古いようには見えないとか、何処に証拠があるのかとか、質問も多くあった。
 確かに言われるとおり、証拠が欲しいと言われるのももっともな事、事実特許庁にその資料があることは分かっていたが、其処までやらなくても良いと思っていたが。
 しかし、度重なる疑問を投げかけられると、やはりこれはハッキリさせておくべきとの思いに駆られ、特許庁の登録を調べる事になった。SANY5498.JPG
 現在の特許庁のシステムはコンピーター化が進んでおり、特許番号が分かっていれば直ぐに資料が出てくる仕組みになっている。

 今回の実用新案第37259号の番号がハッキリしている事から、時計の分類から探さなくてもスムーズにデーターを提出してもらえた。
 番号どおり、第37259が花入れの後ろに印刷されている為に簡単に分かってしまったもの、特許番号さえ分かれば今は簡単な手続きで調査できる。
 以前は分類の台帳を閲覧してから、番号が分からないもの等は時計の部門を一枚一枚めくって、当該の資料が出てくるまで見なければデーターは貰えなかったのだ。
 その為に一日がかりの時もザラであり、結局分からない時もあったもの、実用新案や特許を調べるのは躊躇した事も度々あった。
 今回の花入れ、大正4年、4月に出願して登録認可が下りたのが10月、結局半SANY5505.JPG年はかかっていたのであるが、現在でもこれはあまり進歩していないようだ。
 正式名は「陶磁器製時計形花立」、出願者は岐阜県土岐郡下石村百十一番の「加藤勝太郎」なる人物、現在の土岐市下石町である。
 この花入れは出願以前に製造されていたことは確かで、明治時代のは製造されていたと思われ、実際には古い花入れであると思われる。
 一見新しいものと思えるものでも、この様に特許番号さえあれば、その証拠たる書類が手に入れられる便利な世の中でもあるのだ。
 特許番号が分かれば、特許庁に行って閲覧を願がい入れ、パソコンで直ぐに出て来るが、資料一件1000円かかることになる。
 
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2018年05月19日

今回はヒット

      何時もガラクタ
SANY7080.JPG
 私の友人の中で1番やっかいな男、それが何時も登場してくる機械オンチの男、兎に角自分では機械は全くのダメと知りながら、機械物を買い込んでは失敗ばかりの男。
 それなのに全く懲りない男、プロの商売人でありながら、とびっきりの機械オンチ、分からなければ買わなければ良いと思うが、それでも買い込む男。
   彼に言わせると「機械は分からないけど、何故か好き」と、普通好きなものなら研究するはず、しかし彼は研究なんかしない男なのだ。
 それに機械は分からなくても良いとの事、何とも理解出来ない男だが、それでも彼はプロ中のプロの商売人、そんな男が今度はカメラを持ち込んで来たのだ。
 今までは何とも分からない物ばかりを持って現れたが、今回は初めからカメラと分かるもの、今までにない事で此方が逆に戸惑う。

 SANY7084.JPGそのカメラ一目見て、私が前から欲しくてたまらないものであったからビックリ、そのカメラは「ニコンF」、若い時に憧れたカメラであった。
 しかし、このカメラ高くてとても我々には買える代物ではなく、憧れはしたが手に入らないもので、只憧れていただけのカメラ。
 そのカメラを持って現れたのだから、ビックリもするはず、それを見た彼は「やっぱりビックリしたな」と何時もの得意顔である。
 今回はこちらから手を出して迎える事に、その態度を見て「単純だなあ〜、お前は」と、今日は何時もと違うのではないかと彼の言葉、そんな事はどうでも良いから、早く見せろとカメラを奪い取る事に、ジックリとカメラを検査する。

 私が「このカメラ如何して手に入れた」と聞けば、業者が持っていたので安く手に入れた、お前が欲しがっていた事を思い出したからだと言う。SANY7087.JPG
 確かにその通りで前から彼に、このカメラの事は話していたし、見つけたら買えとも言った。
 写真がそのカメラ、程度はまあまあだが、状態はよく、レンズのカビも無く、シャッターの切れも良いもの、肝心のファインダーの状態だが、其れも良い状態であった。
 機械オンチの彼が何故こんな良い物を手に入れられたのか、機械が分からないのに、今度ばかりは感謝しなくてはならないと思い、彼に「幾らだと聞く」、すると「お前が頭を下げる所を見たかったからだ」と言い、値段は飛びっきり安いと言う。
 そんな事なら何度でも頭を下げても良い、憧れのカメラが出現したのだから何時でも頭を下げさせて貰うし、毎度こんな事が起これば、彼は何時でも大歓迎だが、世の中そんなに甘くも無いのだ。
 
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2018年05月18日

何処かおかしい

      見た事が無い
SANY3917.JPG
 江戸時代は見たことも無いものを描いてみせる絵師が存在、江戸時代と言うよりも古来からといった方が良いかもしれない、何故ならば架空のものが昔から描かれているからだ。
 有名な絵師が描いた物の中には、架空のものが描かれている実例も多く、江戸時代だけの事でもないようだが、実例を揚げれば切が無いが、虎や豹などが其れにあてはまり、見たこともない動物を描いている。
 襖絵や屏風絵には、これ等の動物が描かれたものがあり、実物とはかけ離れた想像の動物として描かれ、其れを見た人も何のためらいもなく受け入れたようだ。
 豹などは日本に生息して居らず、ましてや明治以前には架空の動物であった事は当たり前、当時いた外国人の話等から想像して描いたものと云われている。
 雪舟の描いた虎の絵も、実際に雪舟が虎を見て描いたものにあらず、聞いた話から想像して描いたもの、実物とかけ離れていても当たり前の事だ。

 今の人がその絵を見て滑稽に思うのも無理からぬ事、SANY3921.JPG雪舟にしてもそれが間違いであると思って描いたものでなく、彼自身が想像して描いたのだ。
 ここにあげる浮世絵もまた、そのような想像して描いた物の1つ、題名にはフランス人となっており、当時の外国人を描いた浮世絵であるが、之がフランス人かと思えるもの。
 実際に西洋人に会って描いたとしても、何処の国の人物を分かって描く事等できず、想像の域の範疇である事は疑いの無いもの、この中でも面白いのは、そのフランス人が持っている時計だ。
 幕末時おそらく絵師は、懐中時計として描いたものであるが、懐中時計に大きな振り子が付いていることに驚く、懐中時計等に振り子はつかないが、当時の人は時計は振り子が付いていると思っていたようだ。
 これも、雪舟が描いた虎と同じであり、実物を見て描いたものでない事の証し、幕末当時の絵師が懐中時計を見る機会など中々なく、ヤッパリ想像して描く以外になかったと思われる。
 今この浮世絵を見ると、不思議と言うよりも滑稽で、笑はざろうえないものだが、当時の人はいたって真剣に懐中時計を描いたもので、それを笑われる事は好まないと思う。
 
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2018年05月17日

捨てられない

      リサイクルだが

 SANY6849.JPG携帯電話、今では無くては成らない物となったが、その進化はすさまじく、我々みたいな者には付いて行けない位に進化している。
 今はアイホン、全てがタッチタイプの物になってしまい、やっぱり我々には使い辛く、その進化に付いて行けないが、一方使い慣れたいままでの物は親しみがある。
 何だか進歩すればするほど親しみが薄れるみたいだが、其れも私の年のせいなのかも知れず、進歩について行けないのだ。
 タッチパネルは操作が簡単だというが、逆で我々には使い辛いもの、今まで使っていた物に使いやすさを感じてしまい、ツイツイ買い換えても手元に残しておく。
 リサイクルの時代、手元に残さず返しすのが当たり前なのかも、しかし今までに使ってきた物への愛着心が、其れを許さないらしい。
 リサイクルに出せば良いのだが、其れが出来ないでいる自分、勿体ないとか、懐かしいとか、そんな感情も少しはあるが、其れとは違って戦友みたいな感SANY6853.JPG覚。

 仕事で色々使ってきた仲間みたいな感覚、可笑しいかも知れないが、リサイクルに出したくないと思ってしまい、机の引き出しにしまっておく。
 今まで使ってきた携帯電話4台とも残しているし、今のをあわせれば5台となり、人から見れば何でと云われそうな、そんな状態。
 別に其れを蒐集しようと言う事はなく、自然に残しておきたいだけの事、その携帯を見ていると、あの時は忙しくて大変だったとか、あの時の知らせは良かったとか、色々思ってしまう。
 単なる感傷的なだけなのかもしれないが、やっぱり捨てられないのだが、其れって貧乏性なのか、それとも勿体ないと思う心なのか。
 オカシイと思う人もいるだろうが、我々の世代は勿体ないとツイツイ思ってしまう、だから捨てられないのだが、リサイクルすれば勿体なくはないのだ。
 資源を大切にするならば、リサイクルに回すのが一番なのか、そんな格闘をしている自分が変なのかもしれないが、やっぱりリサイクルには出したくない。
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2018年05月16日

廃物利用

      瀬戸の散歩

 いしぐぐ.jpg千参百年以上の陶器の里、愛知県瀬戸市には古い史跡が多く存在しているが、其れを探しながらの散策もまた楽しいもの、焼き物の町には焼き物にちなんだ色々の面白いものが存在する。
 昔、窯と呼ばれる陶器を焼く大きな窯の事であるが、新旧交代して古い窯は新しく作り変えると、其れに伴い窯で使用する道具も新しくするものだから、古い道具が多く出る。
 それらの道具を捨てることなく身近な物に再利用してきた瀬戸の窯元、例えば家の塀や石垣の変わりに使用したり、道路に埋めて舗装のような働きをしたりした。
 焼き物を燃焼する為に窯で使われてきた道具は、レンガと同じで丈夫なものとなり、石垣の変わりに充分な強度を持っており、それらを再利用することは当たり前に行われてきた。

 今残る窯の道具で出来た「石垣や塀」はその数を段々と減らしており、新しく塀や石垣に変えられて姿を消しつつあり、保存が急務となってきている実状だ。
 焼き物の町、瀬戸らしい風景が少しずつ消えてゆくのは残念なこと、時代の流であると言えばそれで終わりだが、先人たちの知恵と努力で築かれたものを残してゆくのも我々の勤め。
 現在残されている窯道具で作られた美しい塀や石垣、SANY1006.JPG写真の石垣や塀は今に残る瀬戸の史跡でもあると言えるもの、長年風雨に打ち勝ってきたこれ等のもの。
 今再びその存在を見るたびに、瀬戸物の里として千年の歴史がこれ等の石垣や塀に滲み出ているような、そんな気がする美しく積まれた石垣や塀であると思う。
 下の写真は瀬戸物に掛ける釉薬をつくるために使用された磁器の入れ物、縦70センチ横40センチ丈夫な入れ物を石垣のかわりとしたもの、今では珍しいものを美しく積まれている。
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2018年05月15日

折り紙

      立体感あり

SANY6842.JPG 日本人なら誰しも出来る折り紙、幼い日の記憶を頼りに折り紙を折ってはとあるが、果たして誰しもが折り紙を折れるものなのか。
 答えはノーであると思うが、現代人のどれだけが折り紙を折れるであろうか、日本人である為の折り紙なのかと疑問にも思う。
 何故ならば、私も今折り紙で何か作ってと云われると、直ぐに折れるものなのか自信が無く、ましてや若い人はもっと出来ないと思う。
 この折り紙、私も経験した事があるが、海外で折り紙をおって見せると、必ずや皆が驚くのだと思う、実際にやってみた。
 彼らには不思議であるようで、ミラクルとまで云うが、日本人はマジシャンなのかとも言う、そんな折り紙、何時ごろからあったものなのか。
 折り紙は日本だけのものかと思っていたが、中国やスペインにもあるよう、日本のような折り紙ではなさそうであるが、しかし歴史はあるようだ。SANY6846.JPG

 日本の折り紙は平安時代には既にあった事が記録されているが、文献ではカエルの折り紙を作ったことが書かれているらしい。
 その後時代は下がり折り紙は江戸時代になって発達したと言われ、手拭を折って色々な形を楽しんだといわれるもので、色々な形が出来上がったらしく。
 江戸時代は千代紙と云い、色とりどりの模様の入った紙をベースにそれぞれの形を折り、楽しんだようで、今でも千代紙と呼ぶ。
 この折り紙、2種類に分けられると言われ、1つは折り鶴などの折り紙、これを遊戯折と云い、もう1つは儀礼用の熨斗などの折り紙の2種類と言う。
 前者の折り紙は、今でも子供たちが行っている遊戯折り、鶴、亀、カエル、船、奴さん、風船、など色々な形が受け継がれている。
 伝統の折り方とは違って、現在では立体的な折り紙が出来、そのスタイルも如何にも現代であると思うもの、作り方が幾何学的だ。
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2018年05月14日

ブリキの玩具

      今は少なくなって

 SANY6830.JPGブリキの玩具、我々子供の頃はブリキの玩具が欲しくても、中々手に入らなかった時代、おもちゃは自分で作るものであった。
 今時の子供は可哀そうだと思うが、何でも買い与えてしまい、自分で作ろうとする意思を摘み取っているかのよう、親がそうしているのだ。
 危ない遊びはさせない、刃物は持たせない、まして自分で玩具を作くろううとはしないし、ないない尽くしの状態ではなかろうか。
 だから今の子供は発想力に欠けていると言われ、勉強が出来ても応用が出来ない子供になってしまった様、元々子供は無いものから自分で生み出す力を持っている。
 其れを親たちがその芽を摘んでいるようだが、それでは応用が出来ないマニアル人間になってしまうのだと私は思うが、さてさてこの先どうなるのか。
 それにしても昨今の玩具は馬鹿高い、何であんなに高いのかと思うが、其れを買い与える親もまた考えもの、豊になった証しなのか、それとも何も考えない人間になってしまったのか。
SANY4801.JPG
 そう言えば、ブリキのおもちゃが目の敵にされた時代もあったと思うが、子供がブリキの玩具で怪我をしたと訴えがあり、其れ以来ブリキのおもちゃが目の敵にされた。
 普通は何にでも気をつけて遊ぶのだが、一寸したことで怪我をすると、ブリキのおもちゃが悪いと親たちが騒ぎ、喧々諤々の論争に発展。
 以前からブリキの玩具で遊んで来たのに、子供からブリキの玩具を取り上げ、危険な玩具として指名手配、一寸おかしな事になってしまった。
 振りきりの玩具は危ないものとして母親たちに嫌われ、次第に子供から遠避けられ、姿をけしてしまったもので、其れに変わってプラスチックのおもちゃが全盛になる。
 私に言わせれば何にでも危険は潜んでいるから、其れを体験して次第に子供たちは危険を回避する能力を身に付けて行くと思うが。
 そんな母親たちがブリキの玩具を避けだした頃の物、今となっては懐かしいブリキの玩具とかしてしまったが、まだまだ探せば沢山あると思う。
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2018年05月13日

チャリティー

      復興支援

 SANY6821.JPG最近の災害、復興支援のチャリティーがあるとの連絡、何も支援が出来ない我々にとって、何かの支援がしたいとの思いは一杯だが、間接的にでも出来ればと。
 そんな時に舞い込んできたチャリティー、早速出かけた会場、大勢の人で一杯の会場、何が展示してあるのかとまずは見学。
 確かにチャリティーだと言うので、色々な物が展示してあり、見るのにも一苦労しそうな一杯のもの、各コーナーには作者自ら説明しているブースもあった。
 覗きこむとそこは絵が一杯置いてある場所、自分の書いた絵の説明をされていたが、何気なしに覗き込み話を聞いていると、作家さんが突然私に質問してきた。
 「どんなものを探しているのですか」と聞かれたが、別に探しものをしている訳ではなく、何気なしに覗き込んだと言えば、作家さん「それは有難う御座います、宜しければ見ていって下さい」と別の人に質問。
 そんなやり取りをして見ていたら、作家さん自分の気にいっている絵を1つ取り出し、説明をしだしたので其れを聞く事に、その絵はパリで修業時に描いた一枚だそうだ
 チャリティーに出されていた絵はSANY6816.JPG普通の大きさのものが殆どであったが、この絵は小さな額に収まった風景を描いた可愛いもの。
 その絵を見たときに、これだと思いに駆られ、しかし値段を聞いてみないと自分で買える物であれば良いのだが、高くては手が出せない。
 すると作家さん私の様子を見ていたらしく、「その絵が気に入りましたか」と言いながら近づいて来て、「チャリティーなので4万円で如何ですか」と言われた。
 値段を聞いて安心するやら、慌てるやら、私は絵を直に作家さんから買った事がないので、ツイツイ焦ってしまったのだが、作家さんが「高いですか、幾らなら良いのですか」と逆に聞かれてしまった。
 何か支援が出来ればとの想いで来たこの会場、気に入ったものが目の前に、焦ってしまったが買うことにして、作家さんに「4万円ですか」と聞いたところ、向うから「3万円で良いですよ」と安くしてくれた。
 何だか値切ってしまったように思ったが、作家さんも「今日初めてのお客さんだから嬉しいです」とニコニコ顔で絵を渡してくれたが、他のもう一つの絵も欲しかった。
 
 
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2018年05月11日

今盛り

  気付かなかった
SANY5519.JPG
 この所の雨で木々の芽が一気に噴出したようで、あちらこちらの木々は薄緑になっている中、家の前の道路脇の空き地に花が咲いている。
 今まで何度となく見ているが、こんなに大きな花が植わっているとは気が付かず、花が咲いて気が付く始末、誰かが毎日手入れをしていたのだろうが。
 町の中の道路脇、街路樹の根元の隙間に良く草が生えているのを見かけるが、ここは近所の花好きな人が、その空き地に花を植えたのだろう。
 冬のうちは全く其処に花が植えてあるとも知らず、何度も行き来しているのに終ぞ気が付かないまま、何気なしに見ていると思うのだが記憶にない。
 何時も思うのだが誰かがやらなければ花が沢山咲くわけがなく、其れを普段は気が付かずに通り越しているのだと思うと、何だか情け無い。
 自分も単なる無関心の人となってしまったのかと今日気付く、其れなのに花の美しさに足が止まったのは、ヤッパリ花の力なのか。
SANY5532.JPG
 其処まで育てている人が居るのに日々気が付かず、花が咲いて誰かが植えたのだと気がが付くとは、何時も何処を見ていたのか。
 それにしても見事な花だと思い、早速家からカメラを持ってきて、写真に収めたのであるが、道路脇にこれだけの花が咲くとは感心するやら。
 この所の雨で花も一気に力を貰い、一斉に咲き出したと思うが、他の人はこの花を見てどう思うのか興味が湧いて、暫くその場で見ていた。
 買い物帰りのおば様達が現れ、花のそばにより何やら雑談をし始め、あちらの花はどうとか、こちらの花はどうとか言っている様子だ。
 暫く聞いていると、やはり花の名前を話している様子、ジャーマンアイリスとか言っているようだが、私には何の事やら分からず、もう少し聞いて見ることにした。
 すると他の人があやめとは違うのかと言い出したが、別の人が日本のあやめではなく、ドイツのあやめだと説明しているのだ。

 
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2018年05月07日

連絡事項

   日本古時計保存協会時計展の件

 毎年恒例の保存協会の時の記念日展を開催いたします。
 日時、5月18日より6月17日まで
 場所、愛知県瀬戸市朝日町49−3 古民家久米邸
    0561-84-5396 常時展示 母屋
 時間、10時より午後5時まで
    入場無料
 展示物、和時計から明治大正の古時計を100台以上展示

 金土日には古民家の蔵にて古時計の説明会を開催します。
 問い合わせは事務局または久米邸まで。(蔵での展示)

   日本古時計保存協会 事 務 局
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2018年05月06日

缶ピース

      今も昔も

 SANY6632.JPG私は今も煙草を止めずに吸い続けている一人、友人は何人か煙草を止め仲間も年々少なくなってゆくが、煙草を止めようと思ったことは今までにない。
 学生時代に吸い出したが、別にヘビースモーカーではなく1日に1箱程度、煙草を吸う者にとっては平均的な量、だからと言って体に良いとも思っていない。
 学生以来吸い続けていて良いとは思わないが、止めるつもりもない愛煙家、学生時代に吸い出したのは安い煙草の「朝日」、この煙草が1番長く吸っていたもの。
 朝日は安くてキツイ煙草、バットや朝日の煙草を吸いだすと周りの人が嫌な顔をするのだ、匂いが他のタバコより臭いらしく、吸っている本人は気にしないのであるが。

 この朝日の煙草、一本のうち半分くらいしかタバコの葉がなく、後は空洞の筒状になっており、その筒を指でつSANY1181.JPGぶして吸うのが粋、左手と右手で十字になるように潰す。
 つまりフィルターの役割をしている様に潰さなくてはいけないのだが、馴れないと上手く潰せないもの、之を潰して吸うのが粋であると信じて学生時代は通した。
 その後色々な煙草を吸ったがやっぱり落着く所に落着いたのがビー缶、決して体に良い選択ではなかった様で、周りからは世の中の流に逆行しているといわれる。
 今でも缶ピースの愛煙家、フィルターの無い両切りと言われる煙草、缶を開けた時のあの匂い、ピース独特の甘い香りが鼻から入ってくる瞬間が実に良い。
 しかし今は私がタバコを吸い出すと一斉に私を見る、やっぱり直ぐにきついタバコと分かるらしい。
 その目は私に向けられ、どんな煙草を吸っているのかと、そして匂いがきついと感じているらしく、迷惑そうな態度、これには恐縮する。
 しかしこれぞ誠の煙草、タールやニコチンなんぞ知らないし、これからもこのピー缶を吸い続けるものと確信している今日この頃、人様は体に良くない邪道だというが、これに勝るタバコはないと思う。
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2018年05月05日

端午の節句

      室  内  用     
SANY1831.JPG
 5月5日は子供の日、あちらこちらで鯉幟を見る機会が増えているが、大きな物は最近では少なくなってしまったようで、其れも時代なのかと思うこの頃ろ。
 我家に伝わる幟、明治時代と思われるが親父の物なのか、それとも爺さんのものか分からず、我々の5月人形は今でも家にあり、毎年飾っていないが保管箱の中で眠っている。
 母親にこの幟旗について聞いたことが無く、子供の頃に我々の5月人形を出す時に、何時も目にしていたが、そのいわれについて聞くのを忘れ、現在も分からずじまいだ。
 この幟旗はそんなに大きくなくて、長さが2.3メートル位の長さしかないもの、小さい時の記憶だが、おぼろげながら飾ってあるのを見た記憶もあるような、そんな程度。
 我家を新築する時に、母親がこの幟旗を持って行くようにと渡され、我家にやってきたが、その後1、2度飾ったきりで後は保管箱の中、久し振りに出してみた。

 SANY6363.JPGSANY1835.JPG今の幟旗みたいに大きな物ではなく、もちろん手描きの質素な物、横幅40センチ位の大きさ、天井からぎりぎりで床までの長さ、描かれているのは鍾鬼ではない。
 描かれているのが、どう言う人物であるのか分からないが、上には松の枝が描かれ、一番下には龍の絵、なぜこの様な構図なのか知る良しもないが、やっぱりお袋にいわれを聞いておけばよかったと後悔している。
 今の幟の図と大きく違い、あまり古い幟旗を研究したことが無いので、比較にならないと思うが、現在の幟は良く目にするが、松の枝が描かれている物は無いと思う。
 図柄は兎も角も、我家に伝わってきたものは確か、今後は節句には出して、飾ってやらねばと思っているが、この幟と鎧兜とは何だか昔に返ったような気もする。

 
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2018年05月03日

ハクトウワシ

      巨 大 で す
 SANY1333.JPG時計上部に付いている飾り、この飾りは時計の種類により色々なものがつけられているが、1つには装飾的なものが殆どであるが、その中には国のシンボルがつけられていることもある。
 世界の時計を観察すると、国にまつわる物がさり気なくつけられている事もあり、それとは気づく事の無いのが多いが、明らかに之は国をあらわしていると思われるものもある。
 その代表的なものが、アメリカ製のバンジョン時計の頭部につけられている飾りが其れ、鳥の飾りがつけられているが、この鳥アメリカの国鳥、ハクトウワシが頭部につけられている。

 私もよくバンジョン時計を目にしていたが、はじめは単なる飾りとしか思っていなかったが、ふとした切っ掛けでハクトウワシと気づき、時計にもアメリカらしい物が付いていると思う様になった。SANY4442.JPG
 その点日本の時計には、こうした飾りは付いていなくて、別の飾りがつけられており、国をあらわすものは付いていない事に気づく、之もお国柄の違いなのか。
 写真の飾り、バンジョン時計の上部に付けられているハクトウワシの飾り、殆どのバンジョン時計には、このハクトウワシの飾りが付くのも何故であろうか。
 詳しいことは知らないが、他の時計上部にはあからさまにハクトウワシが付いていなくて、少しシンプルに付けられている物が多いのも、何故であろうか。
 意図的にバンジョン時計だけに多くつけたのか、偶々その様なデザインになってしまったのか、真実を知ることは出来ないが、この時計にはハクトウワシの飾りが1番よく似合っていると思う。
 下の写真は掛時計の振り子室のラベル、ここにもハクトウ鷲の図柄が付いている。
 日本の時計に、このハクトウワシを真似て飾りにつけられている時計は、精工舎製のスリゲル型、通称「小鷹」と呼ばれる時計の上部に鷲が付けられている。 
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2018年05月02日

リモージュ

      ブルー焼き物

SANY6501.JPG 中国の焼き物がヨーロッパの貴族を魅了したことは有名な話、当時の貴族はこぞって中国の焼き物を買い入れて城に飾り、自分の富と権力を誇示した。
 当時はヨーロッパでは透き通った白い焼き物は作れなかったので、貴族たちは中国の白い透き通った焼き物に魅せれら、誰もが其の焼き物を買い入れた。
 ある貴族の城には、現在でも当時買いこんだ中国の焼き物が、城一杯に飾られている処があると言う、それほどまでに当時のヨーロッパ貴族を魅了した焼き物、中国景徳鎮で製造された焼き物である。
 その後ヨーロッパの貴族は自分たちで透き通った白い焼き物を製造しようと、お抱えの職人に白い焼き物を作る事を命じ、多くの職人が其れを作り出すことに専念する。
 しかし、何れの職人も当時の中国の焼き物を再現することは中々出来ず、長い年月を要して白い透き通った焼き物を作り出すために東奔西走する事となる。
SANY1441.JPG
 そしてフランスやドイツが其の白い焼き物を製造することに成功、一方はマイセンであり、もう片方はリモージュで、この両者がその後のヨーロッパ市場を独占する。
 写真の焼き物はリモージュ焼きのウイスキーボトル、鮮やかな色ブルーの釉薬のかかった物、前からこのボトルが欲しくて手に入れたもの、何とも言えないブールの焼き物がよい。
 フランスらしい洗練された色、ギリシャ神話のケンタウロスをデザインしたウイスキーボトル、もちろん中身も美味しいが其れよりもこの焼き物自体が美味しいのだ。
 ちなみに現在は瀬戸とリモージュは、焼き物を通じての共通の生産地として、両市は姉妹都市として提携を結んでいる。
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2018年05月01日

恵比寿さん

      福の神とも

 SANY3652.JPG七福神の柱的存在の恵比寿、日本の神様の代表格としても知られているが、この恵比寿、実は渡来人の神様である事はあまり知られていない。
 そもそも、「夷」とは渡来人を指す言葉や外国を指す言葉、日本以外の土地をさすものとされているが、日本の神様の仲間入りをしている。
 狩衣姿をして、右手には釣竿を持ち、左手には鯛を抱きかかえた姿をした神様、七福神の中、大黒天とは親子とされている。
 この恵比寿さん、馴染み深い神様で「客神」、「門客神」、「蕃神」とも呼ばれいるが、漁業の神様として奉られている事が多い。
 えびすには海の鯨やいるか等の大きな魚の事を指すもの、その為に海に従事する者にとっての漁業の神様であり、海の恵みを授けてくれる神である。

 また、古くは平安時代から既に商売の神様としても信仰され、鎌倉時代には市場の守り神とされ、奉られていたようである。
 関西では「えびっさん、えべっさんSANY6627.JPG」とか呼ばれて、親しみ深い商売の神様として庶民に信仰されている神様でもある。
 日本全国形としてはどうあれ、親しみやすくて身近な神様である事には変わりなく、一般庶民に絶大な人気のある神様であるようだ。
 その恵比寿さんを模った土人形、福の神として飾られるもの、恵比寿と言えば鯛と付きものであるが、この土人形、海老を持った恵比寿さん。
 海の恵みの神様であるから、海のものなら何でもよい筈であるが、恵比寿さんと言えば鯛とのイメージが強くて、海老を持っていると何だか違うのかと思ってしまうが、お目出度い福の神である。
 この様な土人形もまた、一般庶民が恵比寿に対する親しみのある信仰心から生まれたもの、お目出度い縁起物である。
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2018年04月30日

でごいち

      真っ黒です

 今日はSANY3187.JPG今尚絶大な人気を誇っている磁器で製造されたデゴイチ、蒸気機関車D51、「通称でごいち」鉄道ファンならずとも、この機関車は馴染み深いもの、幼い日の郷愁を感じる人、逞しい息使いを思い起こす人、新鮮な気持ちで見る人」など様々であるが、今尚高い支持を受けている。
 昔この蒸気機関車に乗った人は、その時の感動を感じさせるものに会った思い、あの日の事がよみがえってくるような気持ちに、そんな思いにしてくれる蒸気機関車「D51(でごいち)」。
 全国各地で今は観光用として僅かにその勇姿を留めるに過ぎず、殆どがスクラップ化されてしまったようだが、公園の片隅でひっそりと余生を送っているものもある。
 我々の年代は蒸気機関車のお世話になったもの、遠足や家族旅行などで蒸気機関車の引く列車で旅をし、顔を黒く染められた思い出の機関車だ。
 愛知県瀬戸市で製造されたD51がデザインされた灰皿、この灰皿SANY6600.JPGの特徴は煙突から煙草の煙が出るような設計になっている事、灰皿と言っても皿状にはなっていなくて、SLの形をしている。

 全体が真っ黒な上薬が掛けられ、如何にもD51の風貌を上手く引き出してるが、残念な事に黒1色であり、もう少しコントラストがあれば、もっとリアルに表現できたのではないだろうか。
 このような形状の物を成型するには、腕の良い鋳型師が居なくては石膏型は出来ないもの、デザインをそのまま石膏型にしようとしても、中々思うようにならない。
 石膏型から出来上がったSLの形をした物を取り出すのは難しく、泥上になった土を均一の厚さで鋳込まなければならず、薄い物を鋳込むことが重要になる。
 そんな難しい事を実現させて出来上がったものが、このデゴイチであり、写真で見るより現物のSLの方がよりリアルに表現できているものだ。
 後ろの部分に煙草を置くと、前方の機関車の煙突から煙草の煙が出てくるように設計されている灰皿、この形にして製造するには凄い努力があったものと思う。
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2018年04月29日

階段ダンス

      便利な階段
SANY5205.JPG 前にも紹介した建物の二階に上がるのには、登る道具が必要になるもの、古くから建物の上に上がるには梯子を利用して上がっていたのだ。
 古墳時代の建物にも、梯子の階段が使われていることは知られているが、その梯子から二階に上がる階段になるには時間がかかったようだ。
 神社仏閣は別として、一般の住居に二階が誕生するのは凄く後の事、庶民が二階建ての家に住むようになったのは江戸時代其れも後期の事。
 町屋でも大店と呼ばれる商家は別として、庶民の家はヤッパリ幕末から明治頃の事、この様に階段の歴史もそんなに古くないようだ。
 そんな階段、時代が下がると梯子下に扉などが付くようになり、次第にその形態が進化してゆくことに、はじめは扉を付けただけの物が、段々と進化する。
SANY5211.JPGSANY5214.JPG
 写真の階段ダンス、来月日本古時計保存協会の時計展の準備中の古民家久米邸の蔵の二階に上がる為のもの、明治中頃に作造られた階段ダンス、素材は一般的なもので高級な物ではなく、実用一点ばりのもの。
 階段の幅も狭くて急な傾斜をした階段ダンス、この様な階段ダンスは造り付けで移動できない物であるが、他にも移動できる階段ダンスもある。
 用途により階段ダンスは造られたものであり、その建物にあった階段ダンスが製造されたもの、同じ様な形態ではあるが、それぞれに違ったものだ。
 この階段ダンス、扉部分が大きくて、大きな物が入れられるようになっており、引き出し部分が少ない物、この逆に引き出し部分が多くつけてあるものもある。
 この様な階段ダンス、狭い部屋を広く使いたい為に、階段部分の面積を小さくしたもの、結果的に急勾配の階段ダンスとなったようだ。

 
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2018年04月27日

今は懐かしい

      ブキリノ玩具

 SANY6587.JPGブリキの玩具は明治時代に海外から入ってきたが、その後日本でも製造されるようになり、昭和20年から30年頃がピーク、その後は海外に多く輸出された。
 特に日本のブリキの玩具は製品としても優秀な出来であり、その製品は海外で高く評価されドイツと肩を並べるようになり、特にアメリカで持て囃された。
 日本製のブリキの玩具、精密で丈夫カラフルなデザインとアメリカ人に好まれ、ドイツものを凌ぐ勢いでアメリカ市場を駆逐して行くことに、しかしその後は安い中国製品に取って代わられ、昭和40年代からは減少の一途を辿る事となる。
 写真の玩具、そのような状況の中で製造されたもの、今見ても当時の様子が伺える歴史の証人みたいな物、ブリキの玩具としては最後となる過度期の物だ。

 この玩具より後はプラスチックが取り入れられ、今までの雰囲気とは違ったものが製造されるようになるが、中国で製造される安いブリキの玩具に対抗する為、コスト重視の製造が始まるのだ。
 海外の市場を確保する為には仕方のない事だが、結局はSANY3423.JPG自分の首を自分で締める結果となり、ブリキの玩具は市場から消えて行ったようだ。
 写真の玩具、今見ると懐かしい車の形、JAFのマークや車に施された色彩、当時の状況が思い出されるようなもの、車の側面のドアーに書かれた日本自動車連盟の文字、今の書体とは違ったものだ。
 タクシーも同じ様に今のものとは一味も違った車、時代の流れが刻まれている姿だが、ゼンマイ仕掛けの仕組みも、これ以後簡素化されたものとなる。
 時代の生き証人とは、後世にその当時の姿をそのまま伝えてゆくのが使命、そのような宿命を持たされたブリキの玩具、懐かしさと同時に歴史を伝えて行って欲しいものだ。
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2018年04月26日

小いが迫力が

      バランスが

SANY6504.JPG 以前にも紹介した置物の人形改めて見ると、人形と言っても片方はお地蔵さん、もう1つは仙人みたいな人、俗に言う手びねりと呼ばれる作り方のもの、普通の大きさではない。
 後ろのコインと比較した貰うと、小さな事がおわかりだろうと思うが、兎に角小さなもの、置物と言うよりも豆人形のような小ささ。
 しかし、この2つ何故比較して出したのか、それは全く違った個性が出ていると思い、比較の対象として写真に収めたもの、写真で見てもその特徴が表面に出ている。
 左のお地蔵さんは2頭身、右の仙人は9頭身と、全く違うタイプのもの、見てもその作り方の違いは歴然、お地蔵さんは実に豊かなもの。
 見ていても心が洗われるような楽しいもの、2頭身の姿にしては迫力があり、みていても小ささがまったく感じられず、逆に大きく見えてしまう。

 こんな小さなSANY6518.JPGお地蔵さんが大きく見える作り方は、それが力強い造であることの証し、衣の部分に黒柚がかけられているだけのものだが、それがかえって迫力を生み出しているのだ。
 もう1つの仙人の方は、9頭身とすらりとした身体つきに作り上げ、ゆったりとした姿が何とも言えず、こちらは見ていると、その溢れる気迫に満ちており、実に豊かな姿だ。
 仙人は緑柚が全体にかけられているもの、しかし、全体に緑柚を掛けてしまうと迫力に欠けるはずだが、この作品はそんな事は見受けられず、より風情のあるものとなっているのだ。
 この2つ時代的にはお地蔵さんは昭和、仙人は300年前のもの、時代も全く違うが、之を造った人達は並々ならぬ力量の持ち主であると思う。
 普通の人が造っても、この様な雰囲気と迫力が出ないもの、之だけのものが作れる職人なのか、作家なのかは分からないが、実に良い作品となっている。
 もう1度、後ろの十円玉と比較して下さい、十円玉が少し後ろだから小さく見えるが、仙人の姿は皆さんの目にはどの様に映っているでしょうか、迫力のあるものに見えているのでしょうか。
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