2019年06月21日

またまた

   見つけて来た

SANY9065.JPG 何時も色々なものを探し出してくる我が家の孫、私が何処に仕舞い込んだか忘れているものを見つけて来る。
 自分では何処にしまったか記憶にないものを見つけて来るから不思議、しかし只私が忘れているだけの事か。
 そんなものを何処となく探してくるから面白く、こちらがそんな所にあったのかとビックリする事もある。
 何処に仕舞い込んだか忘れてしまい、それ自体あった事すら忘れて失われていたもの、それが見つかればうれしい。
 最近は特に物忘れがひどくなったような、つい先ほどまで手元に持っていたものまでも何処に置いたか忘れる。
 歳をとると言う事はそんなもの、誰しも経験する事と思うが、情けない気もする自分でも、さてさて記憶とは歳をとると段々と薄れるものと言う、これからもモット進むと思うが、それも仕方がない事。
 そんなおりに孫が又忘れていてものを見つけて私のもとに持って来て、「これは何だ」と言うのだが私の物でないと答えた。SANY9066.JPG

 実は見て妻のものと間違えてしまい、自分の物ではないとつい口から出てしまい、孫に告げてしまった。
 パッと見にはリップスティックと勘違いして、自分の物ではないと思ってしまったが、孫がそのキャップ外して不思議そうな顔をしている。
 その様子が気になりもう一度手に取ってみると、昔偶然見つけたライターであることを思い出した。
 長い事しまってあったのでつい忘れてしまい、孫には知らないと答えたが紛れもないあのライターであった。
 珍しい変わった色の漆塗りのライター、一見するとリップスティックのような形のもの、それも綺麗な色のものだ。
 漆塗りで細くて、小さいライターであり、ポケットに入れても嵩にならず使い勝手が良かったもの、気に入って購入し使っていたが、その後何処に行けたか忘れてしまい現在まで行方知らずであったもの。
 探してくれ孫には感謝しなければならず、忘れないように目の前の入れ物に入れたが、果たして忘れないのか不安でもある。


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2019年06月20日

再生して欲しい

    知人の要請

SANY9798.JPG
 古時計を集めていると色々な人が相談に来るのだが、こちらが困ってしまう相談も多いもの、本人達は真剣であり、何時もそれに答えようとはする。
 中には無理難題を持ちかけて来る人も居て迷惑な話だが、むげに断われないから、それ相当の答え方をするのだ、そんな中、買い取って欲しいと言う人も多くいる。
 私は骨董商でもなければ、仲介屋でもなく只の蒐集家、友人ならまだしも、少しの伝手をたどってやって来る人も多く、断わりきれない時もある。
 やっかいな話であるが、これも仕方がないと思って対応するが、買取だけは勘弁して欲しいものだ、何時も言うセリフ、しかしこれが又大変。
 そんな時に断わると怒り出す人も居て、「何でワザワザ持って来たのに」と言うが、それはこちらが頼んだわけでもなく、自分たちの考えた事だ。
 腹でその様に思っても声には出せないので、沈黙するしか仕方がないと、そのようにすることにしているが、ストレスが溜まる事にもなる。

 SANY9823.JPG写真の時計、知り合いが持って来たもので、風呂敷包みからとり出して「何とか再製して欲しい」と言い出すが、見ても分かるように部品がなくてバラバラな状態。
 普通は見て断わることにしているが、知らない人でもないし、彼の熱意も伝わってくるので、仕方なくジックリと見ることにして、細部の部品の無いものをチェック。
 針は無いし、本体に付いている花ボタンは殆どと言って無いもの、振り子室のガラスもないし、枠もまたないものだから、相当の部品が必要になる。
 本人は「何とかして欲しいと」の一点張り、何でそんなに再生したいのだと聞き直すと、「我家の爺さんが買った時計で、親父も前から直したいと言っていたものだ」と言うのだ。
 古時計について知らない人だからハッキリと説明しなくてはと、「直すと費用がかかっしまい、それほど価値のある時計ではないので」と言うと、「そうかSANY9817.JPGも知れないが親父の思いがあるから」と是非直して欲しいと言う。

 再生するのは難しいことではなく、この種類の時計であれば、部品調達もそんなに難しくは無いもの、しかし高く付く事だけは確か、同じ物を探して程度の良いものを手にした方が良いとは思うが。
 この様な時のために部品のストックは常に常備しているが、それは自分の為のもの、イザと言う時のために、平常からコツコツと部品を集めており、その場所も馬鹿にならない位いになるのだ。
 仕方なく頼まれたものを再生する事になり、早速部品を探すことにして、在庫の部品を調べるが、中々ピッタリと合う物が少なく、特に振り子室のガラス絵、やっぱり時計一つ一つ違うので、ピッタリと合う部品がないから見つからない事が多いが、今回は偶々ほぼ合う物があり、再生は簡単に完了した。




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2019年06月19日

なつかしの味

    イタリアンスパ

SANY3996.JPG イタリアン、スパゲティーは今では一般的な食べ物となっているが、少し前は特別な料理であったようで、何時でも食べられたものではなかった。
 スパゲティーとくればイタリアンと来るのが当たり前と思っている人、随分と多いと思うのだが、チョット前までスパゲティーの種類をと聞かれれば、イタリアンと答える人が。
 我々の年代ではスパゲティーはそんなに種類はなく、イタリアンとミート位しか知らなかったものだが、現在は種類が多くてとても覚えきれないほどだ。
 本場イタリアでは、スパゲティーにイタリアンと名の付くものはないそうで、イタリアのレストランで注文したら、そんなものは無いと言われ、慌てた事のある人も多いのでは。
 事実イタリアではイタリアンと呼ぶ料理は存在せず、日本独自のものであるそうな、その昔スパゲティーはイタリアと言うイメージが植えつけられ、イタリアンと名前が付けられたとか。
SANY3997.JPG
 そしてこのスパゲティー、トマトケチャプで味をつけるもの、たまねぎとハムかベーコンを入れて炒める物がイタリアンスパゲティー、その味がイタリアでも同じだと思っていたものだ。
 名古屋地域では、このイタリアンスパゲティーは鉄板で出てくるもの、熱い鉄板の上にスパゲティーをトマトケチャップで味付けて、その下に卵を敷いて、その上にスパゲティーを載せて出るのが普通。
 それに一番大事なことは、ウインナー、ソーセイジを2つ乗せること、之が無いとイタリアンとは言わないのだが、何故ウインナー、ソーセイジかは知らない。
 昔からこのスタイルが名古屋のスパゲティーの常識、下に卵が入っていなければならず、その卵を焦げないうちにかき混ぜて食べるのが名古屋流。
 写真は名古屋のイタリアンスパゲティー、このスタイルでなければイタリアン、スパゲティーとは言わない、他の地域の人が之を見て不思議に思うらしい。
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2019年06月18日

さわがに

   雨が降ると

 現在時計展を開催している瀬戸市SANY0291.JPGの古民家久米邸、その蔵の横に小さな溝があり、以前からサワガニが住み着いていた。
 何とも不思議な事で、普段は見ないが雨が降ると何処からともなくサワガニが現われ、歩き回っているのを目撃し、何故ここにいるのかやっぱり不思議であった。
 初めてサワガニを見たのはもう10年も前の事、時計展を開催して間もない頃、何気なしに蔵の横の溝に目が行き、動く物体を発見。
 しかしそれがサワガニであるとは思わなかったが、主に聞けば知らないと言うのでそのままになっていた時、時計展を見学しに来た人が「溝に何かいるのでは」と言うのだ、私も何かいるとは思っていたので、「やっぱり何かいましたか」と逆に聴いてみると、「何か分からなかったが何かいる」と言うのだ。
 それで二人で溝を見張っていると、暫くして石の隙間から何やら出て来たがハッキリと分からず、近づこうとすると直ぐに隠れてしまった。
 少しの音でも敏感に反応する生き物、今度は2人音を立てずにじっとしていると再び顔を出し歩き出し、水たまりに入っ行った。

 カニだと期せずして2人が同じ声を上げ、慌てSANY0296.JPGて口をふさいだが、カニはすぐに隠れて見えなくなって、後は中々出てこなかったが、しかし動くものがカニであることを確認、2人して「何でこんな所にカニがいる」と顔を見合わせて同じ言葉を発していた。
 久米邸の奥さんによると昔から、この溝にカニが住んでいたが最近は見た事が無かったとも言う、ヤッパリ此処にいたんだと、それ以来時計展を開催中足音を立てずに溝を張り込んで見たのだ。
 天気の良い日は探しても見つからず、雨が降った後でないと出てこない事も分かり、その後は雨の降るたびに溝で見張った。
 この溝は高い石垣に囲まれ、普段は水はなく乾いた状態、しかし石垣の下には地下水がしみだしているようで、水気はあるようだ。
 少し雨が降ると水がしみ出してくるので、カニも外とに出てくるようであるが、敏感で物音を立てると直ぐに石垣の中に隠れてしまう、上の写真左下にサワガニが横向きになり鋏が写っている。

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2019年06月17日

色々な見学者

   毎年恒例

SANY1398.JPG 時の記念日に合わせて毎年展示している時計展、今年も5月末から開催しているが、有難い事に遠方から見学に訪れ貰っている。
 開催日には大阪から3人組が開館してすぐに訪れ、こちらの準備か出来ないうちから入場、熱心な方々、毎年この様な開催日当日訪れて貰っている。
 遠方より来られているから展示物にも関心が高くて、色々と質問も多くあり、有難い事だと思っていると、別の見学者から「この時計を説明してください」との声、すると3人組の方は「我々は急いでいないからあちらへ」と言ったくれた。
 その見学者は小さな子供連れ、3歳位の男の子を抱えている様子、そちらの方へ行くとお父さんが「すいませんこの子がこの時計を見たいと言うので」と言われる。
 男の子は梟の時計が見たくて、その上手に取って触りたいとの意思が見え、お父さんは触らない様に手を抑えておられた。
 子供は梟の目が動くのを触れたくて、目に手を出しているのでそれを止めている様子、他の見学者の人達も笑って見ているようだ。

 そのお父さんに話を聞くと「この子が時計が好きで今SANY0149.JPG日見に来た」と言われ、梟の仕組みを説明して欲しいと言われるのだが、それは子供が知りたいと言う事らしい。
 それにはこちらがビックリ、3歳の子供がフクロウ時計の仕組みを知りたいとは、大人でも知りたいと思う人は少ないのに。  
 結局、その親子は梟の時計をジックリと見て、満足したのか帰って行かれたが、3歳の子供が時計に興味があるとは頼もしい限り、これからが楽しみな時計ファンである。
 そおかと思えばおば様達のグループ、どかどかと入って来て大きな声で「あの時計が良いとか、この時計が良いとか」兎に角大きな声で見学、嵐のように去って行ったが、色々な見学者が訪れるもので、先に来た3人のグループまだ見学されている。
 その人たちに「どれが興味がありますか」と再び問いかけると、和時計の中が見たいと言われるので和時計を分解、ジックリと見て貰う事にした。
 他では中が見たいと言っても中々見せて貰えないが、ここは分解して見せてもらえるので、遠くから来てよかったと、そして結局3台の和時計を分解して3時間余りいて納得されたようだ。
 保存協会としては古時計に興味を持って貰うための展示、それが少しは生かされたのではないかと、少しでも見学して古時計に興味を持って貰いたいものだ。





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2019年06月16日

今年も

   暑さ除け

 SANY0267.JPG梅雨だと言うのに暑い日が続き、今年も暑い夏になるのかと思うと早くもグッタリとしてしまいそうな時期、葦簀の出番。
 我が家の雨よけ、今年も暑くなってきたので上に葦簀を上げる事に、毎年やっている事だが今年は少し遅くなってしまった。
 やってしまえば簡単な事、しかしそれをやる前にしなくてはならない事が、古くなった簾を取り外して新しいものと交換しなければ。
 以前にもブログで上げた後、色々なご意見を頂戴し、私がやっている事が珍しいと言われてしまったが、何処が珍しいのか不思議であった。
 ある人は簾が古くなったら使い物にならないのではと、確かにその通りでそこまで古いものを使っている訳ではない。
 我が家ではすだれは常時かけており、1年に2回取り換えるようにしており、その取り換えたものをバルコニーの上にのせる。

 夏はこれを載せないと温室効果が高まり、SANY0279.JPG逆に温度が高くなってしまうので、簾を載せ日差しを少しでもさえ切っている。
 載せると載せないとでは確かに温度が違う、直射日光をまともに受けるとグングン温度が上昇、サウナ状態となってしまうから。
 以前は上に載せただけであったが、風の力でめくれてしまうので今は紐で固定をしているが台風などに当たるとめくれる事も。
 あまり暑い時はホースで水をかけ、簾に水を含ませるがこれが案外効果があり、意外と涼しくなるものである。
 そんな事で夏の盛りには何度も水を掛けた事もあるが、今では節水に協力して止めており、1、2度かける位にしている。
 たかが簾一つでそんなに効果があるのかという人もいるが、案外効率の良いもので手軽に日よけ効果が上がると思う。

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2019年06月15日

何でこうなる

   貰ったもの

 知人から貰い受けたHOゲージの気SANY0096.JPG動車、全く知らなかったがドイツ製メルクリン社のもの、友人が動かすのは大変な事だぞと忠告してくれたが、このままでは仕方がないので買い揃えないと。
 日本のものならまだ沢山あると言うが、ドイツ製のメルクリンとなると高くてあまり勧められないと友人、しかしネットで調べてくれ中古の安いものを手に入れる事にした。
 もちろん私では分からないので結局は友人が全部引き受けてくれ、先ずは動力車を手に入れないとどうしようもないと言うので、動力車をネットで検索、丁度良いのを発見してくれた。
 只中古車だから「調子が良いのか分からないぞ」と言いつつ、値段も安いからこれなら大丈夫かなと落札してくれた。
 彼曰く、「お前はのめり込むから程程にしとけよ」と言い、「動力車はこの一台だけにしとけ」と忠告してくれたが、確かに言われてみれば彼の言う通り、一つ乗り越えると次に進みたくなる性格、古時計やその他のアンティークも同じように進んで来たので、これも次から次へと買い込むなとの忠告だ。

 家に落札した動力車が届き、コントローラも彼が手配してくれたのSANY0081.JPGで線路と車両はそろったので早速走らせる事にしたが、ピクリとも動かないのだ。
 何処がとうなっているものか、通電しているものなのかも分からず、またまた友人に電話、すると友人「忙しいのだ、お前の趣味に付き合っておれない」とつれない返事。
 自分で解決をしろと言う事だと思うが、私が電気は全く無知な事も知っての事、嫌みで言っていると思う。
 そんな事は百も承知しているが「動かないから何とかしてくれ」と彼に言うと、自分で解決できないものを買うなと手厳しい。
 しかし自分で出来れば彼に頭を下げて頼まないと思いつつ、解決できないから又電話してやり、友人はブツブツ言いながら家に来て詳しく調べてくれた。


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2019年06月14日

まさか

   全滅です

SANY0234.JPG 2日前にブログにあげたばかりのキュウリの話題、収穫を楽しみにして今年は路地植えにして成長を楽しみにしていた。
 育ちも順調に来ていたので今年もキュウリが沢山食べれるものと、そんな楽しみを一瞬にして奪われてしまった。
 折角実の付いたキュウリを2、3日で初めて食べられると思って写真にも載せたもの、それが一瞬で藻屑と消えてしまったのだ。
 昨日夕方突然の嵐、天気予報でも夕方近くにはにわか雨が降ると予想していたし、そんな予感もしていた空模様、それがまさかの事態になるとは大粒のヒョウのせい。
 前日までは初めて実を付けたキュウリを早く食べれるのではと心待ちに、例年よりも少し遅いように思っていた矢先の事。
 毎年キュウリを植えて朝の食卓に、野菜サラダにして何時も食べさせられていたもので、毎日キュウリが食卓に上がっていた。
 新鮮さはこの上もないもの、庭のプラSANY0251.JPGンターから取り上げたものであるかに、新鮮に決まっているが、トゲトゲが付いており触ると痛い。
 スーパーで売っているキュウリは、このトゲトゲは全くなく、その上真っすぐ伸びたスタイルの良いもの、企画品通りの代物だ。

 しかし我が家のキュウリは少し行儀が悪い、真っすぐ伸びるものもあれば曲がったものも、それが普通のキュウリの伸び方。
 そんなキュウリが今年も食べられると思っていたが、午後4時過ぎ家に帰る途中突然の嵐、雷と共に豪雨、車を運転していても先が見づらく、路肩に止めて退避した。
 兎に角雨がすごくて前が見えない状態、多くの車が路肩に退避してやり過ごす事に、すると突然大粒の雨が、しかし音がすごい。SANY0248.JPG
 よく見ると白いものが、驚いてよく見ると1センチ位のヒョウの塊、それも物凄い勢いで振った来たて30分近く降り続いたが、後は嘘のように通り過ぎた。
 家に帰ると妻がキュウリが全滅したと言うので見ると、朝まであれほど元気だったキュウリが無残な姿でそこにあった。
 枝は折れてしまい、少し大きくなったキュウリは穴だらけ、もとの形が無い位な姿、そして葉っぱは穴だらけでひどい状態。
 まさか一瞬で二本のキュウリは全滅、たぶん回復は無理だと思う位、朝まで順調だったものがこの有様、これが天災と言うものなのか、昨日までのキュウリと今の状態、写真でも良く分かると思う、上が昨日まで、下が今の状態で残念だ。
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2019年06月13日

旅のお土産

    長く使える  

 旅のお土産と言っても様々、食べ物が多いが、食べ物以外もやっぱり多いものは、何が良いSANY2162.JPGのかは本人次第、食い気ばかりの人は食べ物以外考えてない。
 その反対に、物ばかり買う人もまた多い様で、旅の土産と言ってもやっぱり様々、俗に「土産物に旨いものなし」とよく言われるが、果たしてどうであろうか。
 食べ物は当たりハズレがあったりするが、土産物はそおであってはならないが、それも物を見る目が無いといけない、良し悪しを見抜ける目もまた必要であると思う。
 特に地方に行くと伝統工芸品も多く存在しているが、昔ながらの手法で造られたものだ。
 職人の伝統技術が脈々と受け継がれて来たもの、土地土地によってものは違うが、手間暇のかかる逸品である事は確か。
 そんな伝統工芸品を目で見て、その技術の高さを知る事が目を肥やすものだと思う、ただ何となく見るのではなく、如何にして造られたものなのかを知る事だと思う。SANY2166.JPG
 もう40数年になるが良く行く秋田角館、武家屋敷の面影が色濃く残る東北の小京都、ここ角館は食べ物も美味しいところ、春の山菜は又格別だ。
 はじめて角館に行った時、お腹が空いたので看板に引き付けられて「東海林」に偶然入った。

 そこで出て来たのが山菜料理だが、思わぬ野趣あふれる料理に舌鼓を打ったもの、実に美味しかった事は忘れられない。
 そんな角館の名物が「樺細工」、伝統工芸の最たる物で、伝統に培われた技術が冴え、色々な樺細工が有名、いろいろあって目移りするばかりだが、東海林の女将が進めてくれたものがある。SANY2168.JPG
 近くに樺細工を造っている店があるから紹介してあげると、紹介された店に行く事に。
 思っていたよりも大きな店、そこで造られているものを見て買いたくなった。
 実に細かな細工で、職人さんの仕事を見ている内に、こんなに手間暇かけて造られるものならばと、ツイツイ心が動いてしまった。
 それが茶筒、ここ角館の茶筒は天下一品、繊細に造られた茶筒は何年経っても狂いが無く、使えば使うほど良くなる代物、買い求めて40数年になるがビクともしていない。
 今も益々綺麗な姿をしており、使えば使うほど味わい深い物となるようで、湿気などは受け付けない、やっぱり女将に勧められて買ってよかった。



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2019年06月12日

今年のキュウリ

   プランターではなく

 SANY0234.JPG毎年植えているキュウリ、今年はフランターではなく路地植えにし、収穫を求める事にしたがどうなる事か分からない。
 路地植えの連作はあまり良くないと言う事で、去年とその前はプランターでの栽培をして連作を回避した。
 然しながらプランターでの栽培も順調に収穫でき、路地ものとあまり変わりなく味もそこそこであった様に思う。
 プランターと路地栽培、どちらが効率が良いものなのか、そして味が違うものなのか、それぞれ今まで食べて来たが路地ものが少し勝ると思う。
 勿論スパーで売られているキュウリとは一味違い、本来のキュウリらしさが出ている事は確かで、孫たちも食べて美味しいと言うのだ。
 やっぱり取り立てのキュウリは格別、味も濃いのが特徴と思うが食べてみないと分からないもので、自分が育てたと思う気持ちが美味しくさせるとも思う。

 何でもそおだと思うが自分の手でつくり出したものは愛おしいと思うに違いなく、それをいただくからこそ美味しく思えると思う。SANY0240.JPG
 そんな事で今年のキュウリはまだ始まったばかり、昨年のプランターでの栽培は大成功で、毎日食べるに忙しかったことを覚えているが。
 果たして今年の路地もの、どけだけ収穫できるものなのか楽しみでもあり、期待もしているのだが、果たしてプランター栽培より美味しいものなのか不安も。
 土から改造してキュウリのために土壌を整備し、美味しいキュウリが出来るようにと作れり上げた土壌、美味しくなくては報われない。
 然しながら生き物を育てると言う事は難しいもの、如何に農家苦労が分かると言うもので、簡単に食べている野菜も手間暇かけてつくられている事を実感する一時でもある。
 手間暇かけてやらないと野菜は答えてはくれないとプランター栽培をして初めて味わったことかも知れない。
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2019年06月11日

招き猫のしっぽ

    見落としている
SANY8460.JPG
 招き猫、古くから愛されて来たもの、特に商売をしている方にとっては福の神、客を呼び込んでくれる大切なもの、古来より可愛がられてきたもの。
 全国各地で作られてきた招き猫、産地、産地で色々な素材があり、陶器であったり、磁器であったり、ハタマタ張子であったりと、色々なもので作られる。
 発祥についても色々、おらが町が元祖とか発祥地とか、名乗り出るところは多いが、ハッキリとした証拠も無く、持論の展開ばかりが目立つ。
 それはそれで面白いと思うが、度が過ぎると面白くも無くなり、嫌味にも見えてくるものだから、ソコソコにしたいものである。
 そんな招き猫、形も色々と作られ、一般的な招き猫は三毛猫がSANY8601.JPG主流、招き猫の元祖が三毛猫であったからと言われるが、果たしてそうだろうか。
 三毛猫は猫の中でも珍しい猫で、数が少ない事からの単なるこじ付けではないのかと思うが、三毛猫が定着しているのも現実。
 招き猫は三毛猫、これが定説としておき、猫は正面を向いて座っている形がこれまた定番、どんな招き猫でも座っているものが多い。

 そして猫の手は左か右の手を上に挙げて、招く仕草をしている事、これまた定番の形、全国的にこの形のものが招き猫の形。
 では尻尾はどちら向きに巻いているものなのか、こんな疑問を持ったことは無いだろうか、私も幾つかの招き猫を持っているが、今までに尻尾を観察したことが無かった。SANY8592.JPG
 たまたま第十八来る福招き猫祭りの展示会場で、見学者から質問されて初めて確認をしたもの、それまでは気にも留めなかったのだ。
 普段の質問は右手か何でお金だとか、左手は人招きなのは何故とかの質問ばかりだが、この時の質問に自分も一瞬答えにつまり、どう答えるのか頭の中で考えもした。
 その後、自分の持っている招き猫を全部調べる事に、一つ一つ見るたびに新しい発見が幾つかあり、今まで手の位置以外、如何に他のことは関心がなかったのだと改めて気が付く。
 100数個のコレクションを調べた結果、尻尾が左にあるものが63個、右にあるもの32個、真ん中にあるもの21個と言う結果になった。
 この事実では左に尻尾があるものの方が多いと言うことになったが、果たしてこの結果が全体の割合と合うのかどうかは分からないが、私の出した結果と違うものが出るやに思うが、手持ちの招き猫の尻尾、是非調べてみて、自分自身に確認されると面白いと思います。
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2019年06月10日

時の記念日

   6月10日
 時の記念日、今日10日は時の記念日であるが休日にはなっていない、普通記念日は休日になるのだが時の記念日はなっていないのだ。
 以前から国にSANY0216.JPG働き掛けているそうだがまだなっていない、記念日だから休日で良いと思うが中々ならないらしい。
 そんな時の記念日、何時から記念日になったのかと言えば1920年、大正9年に当時の文部省の外郭団体生活改善同盟会が推奨して決められたと言う事。
 時間の大切さと、時間を守る事、それによる生活の改善が目的であったと言うが、当時の世相と相まってつくられた感じがする。
 時間の大切さと生活改善、大正期のデモクラッシ―、農村の改革や労働者の権利を守る戦いも同時に始まったようだ。
 そんな世相を反映してつくられた感がある時の記念日、いわれは兎も角時間の大切さに変わりはないと思う。
 もともと古く飛鳥の時代に遡るから、時間管理は古くからの目的でもあったようで、660年飛鳥の時代中大兄皇子が宮中に漏刻を造ったのが最初。

 当時の役人が時間にルーズで時の大切さを感じていた中大兄皇子が中国の水時計を真似て宮中に設置したものと言う。
 水時計、漏刻と呼ばれたもの、四段になった水槽に上から順に一定水を流して、一番下の水槽に水が溜まり、そこにウキを浮かべて目盛りを刻む、水が上昇する事により浮きも上がり、浮きに目盛りが刻まれており、時を刻む仕組みである。
 非常に原始的な仕組みであるが、一定の量を流す事により精度は大体刻まれたもの、現代みたいに秒単位は必要なく、当時はこれが正確であった。
 もともと日の出、日の入りで仕事を始めたもので、それに比べれば遥かに正確、役人の管理にはうってつけであったと言われてる。
 当時の役人が如何に時間にルーズであったかの裏返しでもあるが、今も昔も時間管理は支配者にとっては重要に要素である事に変わりはないのだ。
 時の記念日は671年の4月25日が記録としてハッキリしているので、此方の説をとっているが実際はもっと古く、飛鳥の宮で漏刻が造られている。
 セセコマシイ現代社会だが、時間に追われる生活はこれからも続きそうで、もう少しゆとりある生活を望みたいものだと思うが。
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2019年06月09日

西部劇

   最近西部劇

 たまたまSANY0220.JPGネットで見かけた西部劇の映画、暇も手伝ってツイツイ見る事にしたが懐かしさも手伝って、その後色々と見ることになってしまった。
 若い頃より西部劇は好きで、どちらかと言えば洋画の方が良く見ていたと思う、特に西部劇映画は好きであったから良く見た。
 一番好きであったのが「拳銃無宿」、言わずと知れたマックイーンの出世作、これにのめり込み西部劇は拳銃無宿しかないとも思っていたものだ。
 それ以来マックイーンの映画は全部見たと思うが、結局西部劇でもなくてもマックイーンの映画であれば見ていたと思う。
 当時モデルガンが流行り出し、本物により近いものを求めて、あちらこちらのショップ巡り歩いたことを思い出す。
 勿論マックイーンの持っていたランドル銃も手に入れ、現在も所有しており、時々出してはマックイーンを思い出すが、この銃は印象深いものだ。
 まだ中学生だった頃の事、モデルガンは高くて中々手に入らず、小遣いを溜めて必死の思いで買い込んだことが思い出される。
 西部劇映画と言えばジョン、ウエーンと決まっていたように思うが、私は余り好きではなく、やっぱりマックイーンオンリーであった。

 そんな事で最近マックイーンの拳銃無宿のDVSANY0224.JPGDを手に入れ、見ているうちに今買っておかないと無くなってしまうのではと想い出した。
 するとネットで探せば早く見つかるのではと思ったのが運の尽き、見る見るうちにDVDが溜まり出し、安いのも手伝って買い過ぎてしまい、今後悔しているのだ。
 幾ら安いと言っても数が多くなれば値も張る事になり、妻からこんなに買ってどおするのかと嫌みまで言われてしまった。
 確かに言われる通りで、同じものも2、3枚重なって買い込んだもののあり、嫌みの元ともなって、自分でも反省はしている。
 買い込んだものは見なければ勿体ないので、暇があれば見る事にしているが、見ているとまたまた嫌味を言われてしまう事になる。
 同じ西部劇ばかり見て良く嫌にならないものだと、確かにその通りで多くのDVDがあるが結局拳銃無宿の映画ばかり見ているのだ。
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2019年06月08日

電機は弱い

   貰い受けたが

 知人が持ってきたHOゲージの気動車、SANY0070.JPG40年も前のものだと言う代物、私も記憶がある気動車でもあるので懐かしく見た。
 知人は物を整理していたらこれが出てきたが要らないから持ってきたと言う、しかし動くかどうか分からないとも付け加えた、そもそも何年も使わずにお蔵入りしていたものが、直ぐに動くとは思えないものである事は承知しているが懐かしさが先にたった。
 以前自分も持っていたから懐かしく、それを見た時に動くかどうかよりも昔に帰ったような気になっていたのでつい手が出、貰ってしまったのだ。
 妻から何でそんな古いものを貰うのかと嫌みを言われたが、確かに動くかどうかも分からないもの、しかし頭の中は懐かしいと、そして動かしてみたいとそんな思いが。
 知人が帰った後ジックリと現物を見ると、やっぱり部品が足りないようで、どれが足りないか検査をしつつ並べてみる事にした。
 すると直ぐに動力車がない事に気が付き、貰ったものを再度検査したが何処にも動力車がないので、これはやばいと心で思う。
 しかし気楽に貰った手前妻にも言えず、他の部品も慌てて探すが、やはりその他の部品もない事が分かり、改めてガッカリする事になる。

 貰ったは良いが部品は足らないし、動力車SANY0077.JPGもなく、その上コントローラーもない事に気が付き、これは大変だと改めて思う事に。
 HOゲージに詳しい友人に見て貰うために友人宅にゆくも、友人曰く「古いドイツ物のゲージ、難しいぞ」と開口一番言われてしまった。
 その上、「あんたは電気に弱いだろ」とも言われ、電気製品は長年使わなかったものは危なくて、尚且つ危険でもあるのだと言う。
 確かに私は電気に弱く理屈も分からず、修理も出来ず、そんな者が古い電気製品を貰うとはと、あきれ顔で現物を検査してくれた。
 結果は使うのは大変な事で、先ずは錆を落として通電するかを検査し、危ない所を見つけないと危険だとも付け加えた、流石にこの時大変な事だとはじめて気が付く事になる。
 友人、早速ネットでドイツ製のメルクリンを調べてくれ、「部品は手に入るが高いものに付くぞ」と忠告してくれたが仕方がない、この状態では動かす事も出来ず線路やコントローラーを手に入れる事にした。
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2019年06月07日

何ともならない

      恥の上塗り

 SANY3908.JPG古時計を集めだして間もない駆け出しの頃、今では考えられないほどのミスを犯していたもの、忘れもしないが東寺の市での事、今までに見たことのない時計に出くわした。
 京都の東寺の市に顔を出し始めて間もないころ、以前に古時計を買った露天商の親父に呼び止められ、その店の品を見ることになったが、親父「あんたの為に面白い時計を持ってきた」と自慢げに時計を取り出した。
 あんたの為にと言われると弱い、早速見せてもらう事に、見れば今まで見たことのない形の時計、之がその時計だと「珍しい物で、自分も今までに扱ったことがない」と親父。
 確かに珍しい時計だ、すると親父「こんな時計滅多に出ない、あんたは運が良い人だ」とまくし立てられ、ツイツイ良い気持ちになってしまい、値段も聞かずに「その時計貰ってゆく」と即座に返事をしてしまった。
 何せ今まで見たことのない形で、その上親父が「あんたの為に」と言われると、そんなに悪い気にはならないし、逆に「俺が買わなきゃー誰が買う」と天狗になったものだ。

 今なら、そんな煽てに乗せられないし、時計をじっくりと見る事にしているが、こSANY3911.JPGの時は兎に角早く自分の手元に置かねばと、そんな気持ちが先にたってしまったものだ。
 写真の時計が其れ、今だに何ともならず30数年我家でそのままの状態、まずイケない所はガラス枠、この時計どお言う訳か7インチ文字盤の時計。
 今までに7インチ文字盤の時計に出会った事はなく、「何だか変だなあ」とは思っていたのが、その上したのガラス枠もない状態、本来の物は此処に木枠のガラス枠が入っていたと思われる。
 その時は8インチのガラス枠は直ぐに手に入るから、簡単に復元できると思っていたし、売り手の親父も「この市の何処かで見つけられるよ」と軽く云うので、其れを信用もしたのだ。
 今ならこんなものは絶対に買わないし、買った値段も今思うとべらぼうに高い、あの親父にしてやられたが、自分の知識のなさも反省すべきである。
 その日から、この時計の付属品探しをはじめる事になり、セッセと骨董屋巡りを繰り返してきたが、結局今日まで時が過ぎてしまい、現在もまだ買ったままの状態である。

 

 
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2019年06月06日

元気がない

    やっぱり赤
SANY2023.JPG
 家を建ててから、庭にはバラを植えたいと思っていたが、実際にバラを植えたのは大分経ってからの事、あちこちのバラを見学に行き、どの花が良いのか探した。
 あちらこちらのバラを見ていると、どれも良いバラに見えてみんな植えたいと、はじめはそんなことを思ってバラ選びをしていたが、園芸店で良いのを見つけた。
 店で話を聞けば簡単に育つとの事、それなら気に入った物が見つかり喜んで買い込み、庭に植えて咲くのを待ち続けたが、さっぱり花が咲かない。
 その内に虫に食われて苗はダメになってしまい、再び園芸店で話を聞くことに、すると「あのバラは病気に弱く、消毒をこまめにしなくては」と、はじめに言ってた事と違い、手間がかかると言う。

 簡単に花が咲くと言っていたのにと話せばSANY0062.JPG、「バラは消毒をやらないとダメです、常識ですが」と、そんな事ははじめて知ったし、簡単だと思ったのが甘かった。
 その後色々やったが、最後に残ったのがこのバラ、今も狭い庭で生き延びて40数年になり、今では我家の古株、他のバラも少しあるが、このバラが1番好きな花だ。
 このバラのためにアーチをこしらえたが、思うように誘引できず、アーチとは逆な方に伸びてしまい、屋根伝いに先を伸ばしたしまったから大変。
 結局バラの意志に任せて、伸びるほうに伸ばした結果、この様な状態で今盛りに花をつけて、こちらの思惑とは違った格好になったが、元気に咲いていてくれたが今年はおかしい。
 害虫には気おつけているが、敵もさるもの、綺麗に咲いた枝が下を向き、ダメになるのもしばしば、害虫との戦い中でもある、何時もなら上の写真みたいだが今年は下の写真みたいに元気がなく花もない状態である。
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2019年06月05日

老舗の味

    四角い蒸篭

 何時の時代から笊で蕎麦を出すようになったのか、「ざる蕎麦」と言われるからにはその昔笊で蕎麦を出していたもの、現在でも笊で出している蕎麦屋は多い。SANY2895.JPG
 竹で出来たざるを使用している所もあり、如何にもざる蕎麦と呼ばれるに相応しく、食べる方でも雰囲気も味のうちであるから、こうした演出は大事だ。
 もう1つは蒸篭、蒸篭で出てくる蕎麦もざる蕎麦と呼ぶところも、同じざるでも蒸篭で出てくると一味違う、人間の味覚とは不思議なもの、出てくる器でも変わるもの。
 日本食は器で楽しむ、食の世界であるから難しいものなのか、そんな事はない蕎麦の世界に難しさはないが、その分楽しさは無限に広がる。
 それは、日本全国ところにより蕎麦が違うからで、打ち方も違えばつなぎも違う、出される器もまた違う、だからこそ土地土地の蕎麦が食べたくなるのだ。

 信州松本、繩手通りの蕎麦処「弁天本店」、女鳥羽川の辺にあり、創業明治10年松本でも老舗の蕎麦屋、建物もどっしりとした日本建築、これぞ明治の蕎麦屋と思える構え。
 店の中は残念な事に昭和に改造されているから、明治の雰囲気はないが、普通の蕎麦屋と同じ、しかし出てくる器は昔のもの、真四角の蒸篭に、赤く縁取りされた器に乗って出てくる。
 如何にも老舗らしい雰囲気のある器、出し汁も昔ながらのものと思え、少し黒っぽい蕎麦、だが腰があって程よい硬さの蕎麦、一気にかきくむと蕎麦の香りがする。
 さすが老舗の蕎麦、長年培われた蕎麦、現代的な味ではなく、昔懐かしい味であると共に蒸籠が雰囲気を出している。
 現代の蕎麦屋で食べるものとは、一味も二味も違う蕎麦、派手ではないが地味でもない、其処には伝統に培われた蕎麦そのものが、一度は食べてその味を確かめて。

 
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2019年06月04日

確認事項

   日本古時計保存協会の浜松ミーティング開催の件
 時、 6月9日 日曜日
 場所、浜松市東区小池町2543−4
     NKトレーディング事務 053 465 3666
 時間、11時30分開始
 会費、1500円 昼食代含む
 蛎殻町製造時計が新しく入りました、その説明をします。
 尚、オークションを開催いたします、参加ください。
   日本古時計保存協会  事 務 局
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2019年06月03日

HOゲージ

   懐かしい
SANY0021.JPG 知人から、「こんなものが出て来た」と持って来られたのがHOゲージの玩具、昔懐かしいものだった。
 何でも家を整理していたら、押し入れの奥から出て来たが要らないから貰ってくれと言う、見れば見覚えのあるものであった。
 自分も昔遊んだことのあるもので、見たとたんに欲しいと思ってしまい、その場で見る事にしたのだが、何だか部品が少くないと思った。
 一つ一つ部品のチェックを始めると、「動くかどうかも分からないぞ」と言い、40数年も使ってないからなと言うのだ。
 確かに持って来たものは時代物のH0ゲージ、それもドイツ物のメルクリン製のもの、当時は高かったものだと思う、私も欲しかったが値段が高くて手が出せなくて、国産のものを持っていたが、やっぱりドイツ物は良いものだ、迫力があると思う。

 私の顔を見て知人、「あまり期待するな、動かなSANY0027.JPGいかも知れないから」と念を押すが、始めから動くとも思っていないし、期待もしていないと答えたが、腹ではひょっとして動くかも知れないと、そんな気持ちで並べてみたら、動力車がまずないの気付き、「先頭車両がないぞ」と言えば、「壊れてしまい前からナイ」と即座に答える。
 やっぱりかと腹で思い、尚も他を検査すると思っていたよりも部品が足りない、足りないと言うよりも無くなってしまったのだと言う、期待が段々とすぼみ現実につれ戻される。
 結果はコントローラーも壊れており、線路も全部はなく、先頭車もない状態、知人「完全なものでない筈」当時から無くなっていたとも付け加え、揃っている方がおかしいと。
 確かにその通りで、完全に揃っていたら奴が持って来ない筈、持ってきたと言う事は要らないから持ってきたのだ、要らなければ捨てろと知人、その様に言われると捨てる訳にも行かず、何とかして動かせればよいと思ってしまった。
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2019年06月02日

信長死す

    本能寺の変

SANY9611.JPG 戦国の世、尾張の地にて生を受けし風雲児織田信長、日本の歴史上最も鮮烈なイメージを、人々に植えつけた人物、其の人となりは様々に評価されている。
 ある人は、「人間味の無い奇人である」とか、ある人は「天才的策略者」だとか、ある人は「殺人鬼」だとか、様々な呼び方をされているのも信長らしい表現である。
 しかし、実際の人物像は正に闇の中、歴史の事実のみが其の姿を浮き彫りとしているが、彼自身戦国の世に、尾張の小国の家に生まれ、侵略されるのは風前の灯とも云われて育ち、奇行に走ったようだ。
 しかし、本当に其れが奇行であったのか、それとも信長自信の演出でもあったのか、其れも又闇の中で今知る人は居ろうはずも無いのである。
 信長の鮮烈なイメージの1つに、あの桶狭間の戦いがあるが、歴史学者が色々な説を唱えて、信長の行動を研究をしているが、現地桶狭間に立つと、学者さんの言うことが信じられない事もある。

 信長の奇襲攻撃により、今SANY9614.JPG川義元は桶狭間の露と消えたが、これも信長の用意周到な作戦計画であったのではないのかと、思われてならない。
 万に一つの勝ち目もないと、戦前から言われ、家臣達も討ち死に覚悟での戦いであったとされているが、戦国の世戦いは死を意味しており、常に隣り合わせていたから、彼らはさほど動揺はしていなかったと思う。
 それを上手く状況判断の末、戦の作戦を練っていた信長であり、偶然に勝利したものでなく、戦略家らしい信長の技量で、運が良かったとは言い切れない。
 その後の信長の戦いを見ても分かるように、偶然で戦に勝利したのではなく、用意周到準備された作戦にもとずいた勝利、長篠の戦ほど信長の真髄を見せ付けられたもので、当時の世界で3000丁の鉄砲を戦に使用したのは、世界で信長が始めてである。
 そんな天才的戦略家の信長が何故、無防備で本能寺に入ったかは不思議でならないが、それも歴史の謎であるのか、今日戦国の勇織田信長が49才の幕を閉じた日である。











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