2020年01月18日

二週間の戦い

   追い込みに
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 瀬戸の雛巡り、今年も始まるが準備が大変な事に、毎年の事であるから慣れてはいるものの、そんなに簡単な事ではない。
 毎年毎年、違う展示方法を取ってはいるが、中々変化を付けるのは難しいもの、しかしこれがまた難しい問題。
 どのように変化をつけるのかは頭の中、実際に行うは大変な事になり準備が必要、例えば毛氈一つとっても寸法が違う。
 準備段階ではぴたりと収まるはずが、イザやってみるとこれがはまらないので、四苦八苦して収めようとする。
 そんな事で時間が費やされ、計画通りに進む事はなく、焦りの状態が続く事に、焦っても仕方がないとは思っているが、思う通りにはならないのだ。
 展示場所も多くある事が問題を大きくするし、事がうまく運ばないと尚更の事進まない事に、そんな事の繰り返しで一日が過ぎ、日は一日、一日と迫って来、展示物もなかなか決まらず、これまた四苦八苦の状態。
 何でこんな事になるのかと考えるが、当初計画した通りに進まないのも何時もの事、誰かの一言でまたまた焦る事に。
 「何時もの事だから、上手く行かなくて当然、それで良いのだ」と、その上「上手く行く方が怖い」ともスタッフは言うのだ、毎年、展示したものは写真に収めているから、それを見て変化を付けているのだが、展示箇所が多くともなると中々の事難しい。SANY1914.JPG

 私がヘルニアであまり動けず、昨年展示物を片付ける事が出来ず、人にお願いしたから尚更の事、何処に何が在るのかサッパリ分からない状態。 普通は御殿飾りはセットにして自分で片づけるのだが、それがなされていないから、今年は一つ一つ探しては展示する事になり、時間ばかりが掛かってしまった。
 その上、違う部品が紛れ込み、御殿が組み立てられない始末、その部品を探して他の御殿飾りを調べなけれはならない。
 今までにこんな事はなかったもので、自分で片付けなかった事を後悔して、作業が中断する事に、その都度イライラがたまる。
 こんな事をしていて果たして期日までに展示が出来るものなのか心配で頭が一杯、そのせいか間違いをしでかす事も屡々。
 踏んだり蹴ったりの毎日、しかし時間はないので後戻りも出来ず、前に進むしか方法はなく、厄介な事がまだまだヤマズミ状態、厄介な御殿の部品探しもはじまり、何処に行った事やら、程々嫌になったりもする始末。
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2020年01月16日

瀬戸の磁器雛

    射的雛とも言SANY1083.JPG
 瀬戸の磁器雛、小型で小さな雛人形だから、温泉場などにある射的場の的と良く似ているから、こんな呼び名もある、しかし実際に射的で使われているものではなく、呼び名としてそのように言われているだけ、確かに小さな雛人形だ。
 大正時代から昭和にかけて製造されたもの、射的の人形と同じように製造されたものであり、安価な人形である。
 高さは大体5、6センチの大きさ、あまり大きなものではなく、可愛らしいものだからこそ愛された雛人形である。
 今時で言うならばミニ雛と呼ばれるもの、かなり小さいものでコンパクトに置け、それでいて迫力はある雛人形である。
 小さいが派手な装飾は土雛と同じような彩色にあり、磁器ではない彩色がこの雛人形の特徴でもあるのだがそれは安価に造る事だ、普通磁器であれば2度焼く事になるが、これは一回しか焼かれておらず、彩色されたものは色落ちもするのだ、2度焼く事によって彩色されたものは下地に焼き付く事により、光沢と色落ちしない丈夫なものとなるのだ。

 それとは違い土雛は安価に造るためと、低い温度でも焼けるような窯で造られているからだが、この時期雛は高温で焼かれている。
 だから丈夫に出来ており、土雛よりもはるかに硬く、欠ける事も少ないように高温で焼きしめているから、土雛と比べ物にならない。SANY1432.JPG
 今回の磁器雛は小さいが派手、色々な磁器雛が製造されたが、この磁器雛は綺麗な彩色が施されており、色目も艶やかなものとなっている。
 プルーと赤色の彩色、黄色と赤、そして青色の3色に、茶色や黒といった地味な色も使われている事も、この磁器雛の特徴でもある。
 普通の5人囃子に比べると、非常に可愛らしく、出来も良いもので、全体の雛人形のバランスを考えられている。
 五人囃子だけが全体から浮いてしまっては台無し、15人セットであるから、この5人囃子が目立ち過ぎては困る。
 随身、昔は右大臣、左大臣と呼ばれた雛人形、これも特徴のある形として造られ、台に腰かけているのも珍しい造りである。
 その彩色も又、5人囃子に負けない様に艶やかに彩られており、やはり磁器雛らしい出来を誇っているようである。
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2020年01月15日

どんど焼き

    無病息災
 1月15日、小正月とも云う日、正月も終わり年かみさま.jpg神様を迎えた飾り物を焼くどんど焼きの日、全国的に見ればこの日がどんど焼きの日である。
 このどんど焼き、左義長と呼ばれ古くから宮中で執り行われる儀式、平安時代には既にこの儀式が行われていたようで、清涼殿の東庭に3本の青竹を立てて、其れを束ね扇子を飾り短冊を燃やしたと言われる。
 これは、毬杖(ぎっちょう)と言う杖を持ち、馬に乗ってこの杖で玉を転がして遊んだ事に由来、その毬杖を3本立てて青竹の先に扇子を飾り、短冊を燃やした。
 3本の毬杖(さんぎっちょう)から、左義長となったといわれるが、その他の説もあるが、何時の頃より左義長の字が当てられたのかは不明。
 鎌倉時代にはこの様な儀式は庶民に伝わり、吉凶を占う儀式とした定着、江戸時代に入り現在のような正月の飾り物を持ち寄り、青竹で3本の柱を立てて燃やした。
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 全国にこの左義長の儀式は存在するが、所により様々な風習が生まれ、現在に至っており、日にちも1月ではなく、2月や3月に行う所もあり、違った儀式となったようだ。
 私の居る尾張地区は1月15日に行われていたが、最近では其れに近い日曜日に行われるようになったが、左義長の風習は子供たちにも伝え、地元の伝統を守っている。
 当日は地区地区で色んな物を持ち寄ったり、主催者側からの提供で餅以外の食べ物も提供され、子供たちの正月の楽しみとなってもいる。
 地域の集いとして、余興が行われるように、大きな舞台も作り上げ、この日一日地域住民の交流の場所ともなり、本来の吉凶を占う儀式から少し変化をきたしているがこれも流れであろう。
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2020年01月14日

雛御殿

   部品が無い
 友人が白木の雛御殿を持ち込んで来たSANY1872.JPGが何で彼が持ち込んだのか分からず、何処から持ってきたのかと聞けば、ある所の知り合いが捨てると言うので貰って来てやったと言うのだ。
 この友人雛御殿など分かるはずもないが、私が雛巡りに参加している事は知っており、お前のために貰って来たと言う、以前にもこの友人に白木の雛御殿の話はしたことがあり、その事を彼は覚えていたらしく、白木の御殿と聞き貰って来たと言うのだ。
 私の為に貰って来たと言われれば、怒る訳にも行かずその場で箱を開けて見ずたが、中身を調べてみたら、多くの部品が足らないかも。
 当然持ち主もその事は知っている筈、だから捨てると言ったのだと思うが、そんな事は知る由もないのが友人である。
 折角彼が持って来たものを捨てる訳にも行かず、詳しく部品を調べてみたら、やはり重要な部品が無い事に気が付き、暫し考えたが仕方がない面倒だが作るしかない。
 何故ならば折角彼が良かれと思って貰っSANY1880.JPGて来たもの、むやみに捨てる訳にも行かないからだが、部品を作るとなると一苦労する。

 今までに多くの雛御殿を見て来たから、大体の部品は想像がつくが、組み立て式の為サイズを合わせないといけないが、中々合わせるのに苦労するのだ。
 今までにもいくつかの白木の御殿の部品は作ったが、やっぱり馴染むのには時間がかかり、そこだけ吐出して見えてしまうから、それが問題になる。
 よく似た色で塗る事になるが、素人のやる事中々色が合わず、失敗もしたりして苦労する事に、結果は余り褒めたものにならない。
 しかし出来上がった部品を組み立ててみると、少しは馴染んだのかと思えてしまい、これで良いのかと妥協してしまう。
 展示してから見学者にその部分を指摘される事もあり、そんな時はバツが悪い思いもするが、これも又仕方がないと思っている。


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2020年01月13日

毎日

   同じものは
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 毎日朝はコーヒーを飲むことにしているが、豆から挽くために時間が少しかかる事になり、急いでいる時に早く飲めないのが難点。
 一つの拘りだが豆も専門店から買い込んおり、焙煎したてのものを買う事にしているが、目の前で焙煎したてのものを貰ってくる。
 やはり焙煎したてのものは香りも良く、少し経つと香りが抜けるように思う、気のせいかも知れないが拘りでもある。
 行き付けの専門店で焙煎して貰っているが、ここで買うようになってから25年は過ぎていると思う、信頼のおける店である。
 友人が喫茶店を経営していたのでその取引先の豆を買っているが、自分の好みにブレンドして貰って、酸味の少ない豆にしている。
 豆にはそんなに拘りはないが、余り酸味のあるものは好きでなく、まろやかな味のものが好き、人はコーヒー通ではないのだと言うのだ。
 少し酸味があった方が旨いと言う、だからコーヒーを知らないのだとも言われるが、好きなもので飲みたいから通と呼ばれなくとも良い。DSCN1535.JPG

 友人の指導でコーヒーを入れるのを何回となく行ったが、それでも毎日味か違う、教えられた通りに真面目に温度もはかり、速度もゆっくりと湯をたらし、一点に集中しない様に注いでいる。
 しかし同じ味が出ず、何度やっても安定しなくて、何処に原因があるものなのか、友人に見て貰ったが、ダメ出しばかりである。
 はじめにゆっくり湯を注ぎ、少し蒸らしてから湯を注ぐのだが、一定の量で回しながらゆっくりと入れろと言われているが、その安定さが無いと言うのだ。
 自分では教えられた通りに入れているつもりだが、やはり味が違うので、何でそうなるのか分からず、また友人の指導を受けるが、それでも上手く出ない。
 豆の量も、湯の温度も、注ぐ速さも、全部教えられた通りにやっているが、それでも上手く出ないもの、プロとは大したものだと改めて感心する。
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2020年01月12日

暖かい

   時代遅れ
 寒の入り、一年で一番寒い時期になった今、寒さ対策の一環とDSCN2036.JPGして湯たんぽを利用しているが、人は時代遅れと言う。
 確かに今は電化製品、電気毛布もあれば、電気足温器もあり、他にも色々と足温器が発売されており、湯たんぽは過去のもの。
 現在はハイテクな足温器も多く、電子レンジで温めれば直ぐに使える優れものもあり、時代は進んでいる。
 娘たちも時代遅れの湯たんぽを使わなくても、もっと便利なものがあるから、そちらを使えば良いのにと言うのだが。
 確かに色々なものが販売されているから、一番便利なものを使えば良い、簡単で手間要らずな足温器、何回でも使用出来、コンパクトで安いと言う足温器。
 カタログを見せられ、これを買い込めば良いと勧められるが、確かにそれも良いと思う、しかし私はとこの湯たんぽが良いと思う。

 少し面倒な事は湯たんぽは湯を沸かして使用するために、熱湯を入れなければならない、それが面倒だと言うのだと思うDSCN2035.JPG
 スイッチ一つで利用できる電気毛布、確かに便利なものだと思うが、温か過ぎてなかなか眠れないのだ。
 以前に少し使用したことはあるが、やっぱり湯たんぽの方が良いと私は思う、それは全体ではなく部分的な所だけ温めれば良い。
 そんなことで今でも湯たんぽを使っており、時代遅れと言われてもピンと来なくて、少しくらいは面倒でも湯を沸かして従来の湯たんぽを使う。
 昔の形そのままな湯たんぽ、ブリキで出来ていた昔のものではなく、樹脂製の湯たんぽがそれ、これを愛用している。
 ハイテクなものを使わなくとも、暖かくて安全、熱くてそれを避けるためにカバーをつくり、その中に入れて使用しているのだ。
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2020年01月11日

鏡開き

   ぜんざい

 鏡開きと言えばぜんざいと連想するのは食い意地SANY1855.JPGが張っているからか、子供の頃よりこの日はぜんざいが食べれる日と思っていた。
 事実我が家ではお供えの鏡餅を崩してぜんざいの中に入れ、そのお餅を食べるのかこの日の行事みたいなものであった。
 母親が鏡餅を割るようにと私に金槌渡し、包丁では切ってはいけないと言うのだが、その意味が分かったのは少し大人になってからの事、その時は分からなかったのだ。
 そもそも御鏡さんは神様にお供えをしたもの、それを包丁では切らず、固くなったお餅を金槌で割ると言う作業をするのだ。
 これは切る事は縁起が良くないから、開くとか割るとかに言い換えるので、子供の頃は何でだろうと不思議に思ったものだ。
 その意味が分かってからは自然に身に付いたもので、鏡開きの言葉もしっくりと聞こえるようになったことを覚えているのだ。
 我が家の子供の頃、鏡餅はでっかくて分厚いものであったから、当然の事硬くて中々割れず、苦労した事を覚えているが、今はそんなに大きくはない。SANY1862.JPG

 実は我が家の鏡餅も現代的になったのだが、それは震災以後の事、エコが囁かれてから鏡餅もパック式のお餅になってしまった。
 然し神棚やその他にお供えする鏡餅は昔ながらのお餅、そんな鏡餅を子供に金槌で叩いて割るように教え、この日に現在も行っている。
 昔みたいに大きくはないので割るのに苦労かる事はなく、簡単に割れるが、あまり力を入れ過ぎるとバラバラになってしまうので気を付けて割るように教えた。
 ただしカビが生えた鏡餅は食べない様にして、綺麗なものだけを食べる事にしているが、カビは待ってはくれないのですぐに生えて来るから、選別をするのにも気を遣う事になる。
 何にしても今日は鏡開き、ぜんざいが沢山作ってあるから、昔ながらの食べ方で鏡餅のお下がりを頂く事になる。
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2020年01月10日

どちらが良いか

          綺麗が良い
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 古時計愛好家にとって時計の状態が1番の関心事、その時計が状態が良ければ、良い事はありがたい事、良ければよいほど望ましいのだ。
 古時計は当然時代が経っているのが普通、時代が古ければ状態も良く無いものが多く、状態の良い物はすくないものだと思う、あたり前の事で時代が経っていれば当然痛んでいるのが当たり前、当時の状態のままあるのがあり得ないので、それ相当痛みがある。
 この古時計、発見されたままの状態ものは少なく、なんらかの手が加えられているのが普通、埃を払いのけただけではなく、再塗装したり、磨いたりと手が加わっている。
 良くピカピカの古時計が売りに出されている事も、売り文句としては直ぐに使える状態とうたわれているのだが、その古時計を見ると真鍮部分や扉まで磨かれている。
 確かに綺麗である事は認めるが、全く時代が無くなってしまっている物が多く、手が加えすぎで古時計の雰囲気がなくなってしまう。

 ここで2つに分かれるのだが、綺麗な物の方が良いと言う人、元の状態のままで良いと思う人、この2つに分かれるが、何処まで綺麗にすれば良いのかだ、もともと古時計は時代が経っているものだから、それなりの古さがあって当たり前、それを製造当時の状態に近づけ様としても、それは出来ない相談だ。SANY0147.JPG
 しかし綺麗だからと手を出す人も多いのが現実、綺麗な時計から売れて行くのも事実、ではどの様にしたら良いのかであるが、これまた難しい事。
 出てきた当時のまま保存するのが1番良い事、汚いから綺麗にするのではなく、少なくとも現状維持の形で残すこと、これが大事な事だ。
 表面の埃だけは取り除き、あくまでも現状維持、これが古時計の保存の鉄則、時代を経た痛みも極力少なく修理する事、それも出来れば昔の手法で行いたい。
 ニカワが劣化して剥がれていれば、ニカワで又接着する事が望ましいが、難しければボンドでも仕方がない、表面にはみ出さない様にする事。
 真鍮類はピカピカに磨かない事、ガラスも変えないこと、ラベル等の紙物は極力保護をして維持する事が大切、できれば表面をプラスチックのカバーをしたいものだ。
 自分が手に入れた物だから、別に好きなようにしたいと思う気持ちは同じ、しかし古時計を後世に伝えるつもりでなければ、古時計愛好家とは言えない。
 今まで生き残ってきたから、尚更の事後世に伝える義務があると思って欲しいもの、それが古時計愛好家だと私は思う。






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2020年01月09日

展示の準備

    部品が足りない
 今年も尾張瀬戸のSANY2455.JPG雛めぐりがやって来るが、昨年新たに手に入れた白木御殿、点検したところ展示前に部品の足りない事が分かった。
 良くある事だが買い込む時には完成品を見ることは出来ないので、売り手が完品だと言えばそれを信じるしかないのだ。
 この御殿もその様な状況で買い込んだが、点検したら部品が足りない事が分かり、このままでは組み立てての展示は不可能。
 そこで足りない部品を造るしかなく、良く似た御殿を参考に部品造りに入る、しかし簡単には行かないもので、寸法が全く分からず四苦八苦。
 それと言うのも、このような御殿、製造しているところにより大分違いがあり、完成図もないから尚更難しい状況に陥った。
 御殿は白木造りの京御殿飾り、明治期に製造された物で、特注品らしく横幅140センチ、高さ53センチ、奥行き42センチの大型御殿。
 参考にした御殿も同じ明治時代の御殿であるが、中京製の白木御殿、京都製と少し違いがあるようで、細かい所が不明で、後は良く似たものを造るしかなく、適当にアレンジをして部品造りに入るが、当然のこと釘を一本も使わないものなので、切込みを入れて接合されるが、その切り込み具合が微妙に合わない。

 材料の木材だがホームセンターで予想した寸法でカッSANY4286.JPGトしてもらい、御殿の組み立てに入ったが接合部分がやっぱり違い、組み合わない。
 原因は時代による歪、古い木材はねじりが入り、少しづつ曲がってくるために、キッチリと測った寸法では合わないのだ、曲がった部分は真っ直ぐにする事は難しく、曲がったままで接合するしかないのだが、其れが簡単には行かないのだ。
 写真はその御殿、四苦八苦して部品を造り組み立て、合わないところを微調整し、再度部品を造り直しては組み立てる。
 そんな繰り返しを何度もしなければならないのだが、造る方が素人だから尚更合わなくて、四苦八苦やるしかないので無理やり組み合わせて終了。
 部品は美しい造ではないが組み立てるのには不足は無い、その上後ろ部分でもあり、妥協して完成とし、展示にどうにか間に合った。
 それにしても簡単な造りだが、そこは職人の作業、図面通りに仕上がっているからピッタリと接合できるが、後から適当に造った物は、やはり不格好である。

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2020年01月08日

餡子か皮か

   たい焼き

 この時期になると無性に食べたくなるものにSANY1321.JPGたい焼きがあるが、焼き立てを食べるのが一番、寒い時などは焼き立てで熱々のたい焼きを冷ましながら食べるのが最高。
 寒いから尚更の事たい焼きの熱いものが身にしみ、手に持っていても熱いたい焼きが匂いと共に体に伝わってくる。
 特に屋台で食べるたい焼きは一味違う、特に旨いと言う味ではなく、あの熱さと匂いに完全に虜になっているのだ。
 寒さも勿論味の内、寒いから味も美味しく感じるのは暖かいものが持つ力,やはり屋台で食べるたい焼きは特別なものだ。
 それは味自体が美味しい訳ではなく、雰囲気と場所が大いに関係している事は確か、食べ物は雰囲気が一番大事、幾ら旨いものでも雰囲気が台無しでは美味しく感じられない。
 食べると言う事は目で見て感じ、舌で味わい、鼻で感じるものだと誰かが言っていたが、確かにその通りだと感じる。

 そしてたい焼きには2つの要素が必要、DSCN0375.JPG餡子と皮の状態を指し、一番は餡子、最も上質の餡子ではなく、たい焼きに相応しい餡子後あると信じるが、それも好き好きである事は言うまでもない、とびっきりの上質ではなく、そこそこの甘さ。
 この程度の甘さが重要なポイント、そして尻尾まで餡子が入っているかどうか、それも重要なポイント、やっぱり尻尾まで餡子は入っていないとダメ。
 2つ目のポイントは皮、皮がパリパリの状態がベスト、焼き立てのものは大抵はパリパリ感があるが、少し経てば柔らかくなってしまうが、中々柔らかくならないものもあり、そこも大事な要素である。
 柔らかくなってしまったたい焼きはストーブの上やオーブンで温めれば表面はパリパリ感を取り戻す、柔らかなまま食べずに温めて食べるのが旨い。
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2020年01月07日

七草粥

   もう七日
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 令和2年が明けたと思ったらもう七日、早いもので遊んでいると特に早く感じるのは歳のせいか、正月の不摂生がたたり胃があまり調子よくない。
 当然暴飲暴食のお陰であることは明白、正月3ヶ日何もしないで食べてばかりしていたから、体重も増えてしまったもので情け無いことに。
 食べては寝、寝ては又食べるといった3日間、訪問者も多くて呑むは食べるはでは当たり前に太る事に、それでもお構いなしに食べた。
 そんな日が続けば体に良くない事は目に見えているが、訪問者と一緒になって食べればツイツイ呑、この繰り返しで今日まで来てしまった。
 酷い時に家から一歩も出ず、ひたすら食べて呑む、正月とは何時もこんな状態で過ぎて行く、歳を重ねてもこの癖は良くならないのだ。
 そんな事で今日は胃を休めてやらないと、昔の人は良くしたもの、ちゃんと分かって行動しているから流石、体のために良い食事をする仕来りをつくった。
 今日は七草粥の日、胃に優しい食事を取る風習をこしらえているのだが、この時期に七草粥を食べる事はチャンと理に叶っているから昔の人は流石。

 そもそもこの風習が伝わったのは平安時代と言われているがハッキリしSANY2005.JPGなくて、それ以前から食べていたとも言われているから不明。
 この七草粥、本来は薬草で無病息災を願ってつくられたもの、野にある薬草を摘んで胃に良い食べ物として食していたのだと言う。
 この七草のうち、ホトケノザとは本来毒草、本当のホトケノザは有毒のある植物、食べてはならない物だと言うが、今食べているのはキク科の植物で毒はない。
 本来のホトケノザでは無いもの、薬草にも毒があるものも多く、それを見極めて食べていた昔の人は、生活の中からの経験がものを言う。
 江戸時代に入ってからは一般庶民もこの日に七草粥を食べていたと言われ、現代と同じ様な食べ方であった様、しかし最近では七草粥を食べる人は極端に減っている。
 食生活の変化や風習自体を知らない人も多くなり、この七草粥も食べなくなってしまった様、以前はスパーでも良く見かけたが、最近では余り派手ではない様少なくなったのだ。
 この七日に全国的に七草粥が食べられるが、地方によっては雑煮やぜんざいと言ったものが食べられ、土地土地の風習も違いを見せている。

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2020年01月04日

今年も自然薯

   正月は自然薯
 今年も恒例の親戚一同我が家に集合、正月恒例の食事会、毎年正月DSCN0345.JPGには親戚が集まり、わが家で食事をするのがきまり。
 決まりと言うよりは恒例の行事、1日、2日の2日間で約60人集まって来るから大変、狭い我が家は人で一杯だ。
 よく人に聞かれるのが、そんなに人が一杯集まって何処で食事をするのかと、確かに人から見れば不思議でならない。
 そんなに大きな家でもないのに、何処で集まるかと言う事だ、確かに我が家は狭いが、別に知らない人ではないので窮屈だが座る事は出来る。
 2部屋に一杯の人で埋まる事になるが、それもまた楽しいもの、子供達も狭いがゆえに楽しんでいるようだ、そんな状態でも子供たちは遊ぶ所を見つけて、自由に飛び回っているから面白いもの、より親密感がでて之はこれで良い。
 狭い部屋だから逆に親密感があると思うが、あまり隔たっていると話もし辛いのでは、狭いから良いと思う、これだけ人が集まると食事も大変、見る見る出した料理が無くなってしまい、慌てる事になるのも毎年の事。
 そんな事はお構いなしに食事は進むもので、出したものがあっという間に胃袋に消えて行くが、それにしても若い人は良く食べる。
 普段2合のご飯が3日はあるのに、今日は1升5合を炊いても足らない位、あっと言う間に胃袋に消えて行くから凄い。

 正月といえば、この地方の風習で自然薯を食べること、2日間で3キロの自然薯が胃袋に消えるのだ、これを楽しみにしてくる親戚ばかりで、お節料理よりも自然薯が優先、今年の味はどうかと、厳しい意見も出てくる。DSCN0346.JPG
 小さい時から食べなれているから、味にはうるさい連中ばかりで、今年の自然薯は香りが薄いとか、粘りがないとか、それはうるさいのだ、孫たちも小さい時から食べているから、全く抵抗もせずに食べるが、初めて連れられてくる人は最初自然薯を見て躊躇する。
 何だか知らないヌルヌルとした汁状のもの、美味しとは思えないらしく、どのようにして食べたらよいか戸惑う。
 この自然薯の作りは私の担当、子供のころより親父に仕込まれたから、普通の人よりは作りにはうるさいのだ。
 陶器の卸板であらずりをした後、すり鉢で約2時間以上すらなければならず、これが一苦労であるが、怠ると味が落ちる、味にうるさい連中だから手を抜くことはできず、2日間は自然薯制作で疲れ果てることもあるのだが、恒例行事だから仕方がない。


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2020年01月03日

一富士

   何故だ
 一富士、二鷹、三なすびと言われ、良いものの例えとされている言葉、一DSCN1978.JPGつは目出度いものとしても扱われている言葉である。
 一般的には初夢にみると目出度いとされる言葉、昔から正月の初夢は目出度いものを見ると縁起が良いと言われ、その代表が富士山、日本一の高い山であり、誰もが憧れる富士の山。
 もともと初夢は大晦日から元旦にかけての夜に見る夢の事、それが一年で一番最初に見芽夢とされているが、諸説あり、2日から3日の夜にかけてみる夢とも言われている。
 一日か二日かと言う事なのか、所によって違いがあり、現在では2日から3日にかけてが初夢だと言われているが、これもまた処によりである。
 では一富士は誰もが納得する意味で良い、つまり日本一だから異存はないと言われるが、では2番の鷹はどうだろう、鷹は高い所を飛ぶから、これも高いに由来すると言う、そして3なすびはどうか、駿河の初物なすびは高値で取引され、これも高いものとしての意味と言う。
 そもそも江戸時代の事、駿河の国に徳川家康がおり、神君家康自身が好きなものとされていたのが、鷹雁りと初茄子と言われ、勿論駿河の国の富士山は日本一、この家康の好きなものを並べたものだとされている事から、一富士、2鷹、3茄子と例えたとの事。
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 いわれは兎も角初夢は縁起が良いものかよい、この3つを題材に色々デザインされているから、探してみるのも面白いと思う、私もいわれは兎も角富士山をデザインした皿を探してみたら、あるはあるは、どんどん見つかり、如何に富士山が本当に愛されていたと言う事が肌で感じられた。
 富士山だけ描かれたものは非常に多く、その殆どが三保の松原から見た富士山、ここから見る富士山が昔から一番と言われており、どの皿にもこの構図が多く、誰しもこの景色がピッタリとしていると思っていた様で、数々の更に描かれているのだ。
 やっぱり富士山は日本人は縁起の良い山、不死からくる言葉や、無事と言う意味もあり、高い山だけではなく縁起のよい山であると思う。
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2020年01月02日

お屠蘇

    正月の儀式

 SANY3667.JPGお正月、お屠蘇で一年の健康を願うもの、三が日の訪問者にもおとそで迎えるもの、このお屠蘇古くから日本に伝わり、宮中で儀式化された。
 元々中国の三国時代に遡るとされ、盛んになったのは唐の時代と云われ、日本は平安時代とされるが、もっと古くからあったとも云われる。
 鎌倉、室町時代には武士階級にも広まり、江戸時代には庶民にも伝わったといわれるが、明治以後広く広まったとされている。
 お屠蘇とは各種の薬草をブレンドしたもの、山椒、桂皮、防風、肉桂、桔梗、陳皮などの生薬、これを日本酒に浸して正月に飲む。
 屠蘇散とよばれ、昔は薬屋が販売していたもの、暮になると景品につけたり、其れ独自に販売したりと、薬局が屠蘇散を扱っていたものだ。
 その効用は胃に良いとされているが、その他は風邪の薬ともなり、その用途は薬と同じ使い方、生薬であるから当然のことであるが、胃に優しく、風邪に効くから子供から大人まで飲める。

 SANY3668.JPG屠蘇の作り方は、屠蘇散を器に入れて前の晩に酒を入れ、翌日に屠蘇としていただく、漢方と同じでじっくりと染み出た薬草が体に効く、独特の風味をさせてもいる。
 現代では、屠蘇の元も販売されているから、酒だけでは子供が飲めないから、味醂と酒を少し入れて器に浸しておけば、翌日には家族で飲めるようになる。
 子供から大人まで、正月に屠蘇をいただいて、一年の邪気をはらうと共に、家族の健康を願っての儀式を行ってはいかがであろうか。
 屠蘇を飲む順番も色々とあるが、まずは年少者から順に飲んで行くのが1番多い様であり、家長から飲むというところもあり、どちらにしても新年を祝う飲み物である。

 
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2020年01月01日

謹賀新年

       あけましておめでとうございます。
 
SANY2226.JPG
                          
         日本古時計保存協会
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2019年12月31日

除夜の鐘

   公害とは
 早いものでもう大晦日、あっという間の一年であったと思うが、今年ほどあかね.jpg災害の多い年はないと思う、各地で災害が発生し被災された方も多く、何とも言いようのない年であった。
過去にはこれほど多くの災害が発生した年も珍しいと言われるが、果たして温暖化のせい、これからも続くものだろうか心配だ。
 それにしても色々とあった年、年号も平成から令和へと変わったのだが、災害も受け継いだようで有難くない一年でもあった。
 私の一番のニュースはやっぱりイチロウ選手の引退が記憶に残るものだったが、今でもまだやれるのにと思っている。
 あのイチロウ選手今年引退するとは思っていなかっただけに残念でならない。
 まだまだやれると思っていたし、記録も伸ばして欲しかったがこれが現実と言うものなのか、現実は厳しいものなのだ。

 今年も今日一日、夜には除夜の鐘を聞いて年を越す事になるが、この除夜の鐘、先ごろの新聞やテレビでもやっていたが、除夜の鐘が消えているそうな、それも公害でと言うのだ。
 私には信じられない事だが、除夜の鐘がうるさいとして訴えている所が多いと聞き、信じられないが事実の様だ、それも各地でと言うのだ。
 一年の内それも30分もないと思う時間、大音量でもないのに、長い歴史に培われてきた伝統行事でもある除夜の鐘をうるさいとは日本はどうなってしまったのか、これを公害だから止めろと言うのも理解に苦しむ、日本人は何処に行く、皆さんはどう思われるのか、新しい年が良い年になるように。

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2019年12月30日

本来のガラス絵

   泥絵
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 ガラスに描いたものをガラス絵と言う、本来のガラス絵は泥絵の具で絵を描いてものだが、カラスに写真を張り付けてもガラス絵と称していた。
 元々はガラスは高価なもので、その上に絵を描くなど到底認めるものではなかったが、幕末の頃よりヨーロッパから安価なガラスが輸入されるようになる。
 元来ガラスは貴重品であったものが、大量生産が可能となり、価格も安くなったので他に扱いもされるようになる。
 それ以前はギヤマンと呼ばれており、高価なものとして扱われてきたから、それに絵を描くなどとんでもない事であったようだ。
 価格が下がり手に入るようになったので珍しさもあって、ガラス絵が流行することになるが、一般庶民にはそれでも高価であった。
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 幕末から明治にかけて、このガラス絵が流行するのにつれ、色々なものに使われるようになって行くことになる。
 ガラス絵の付いた小物入れが販売され、庶民の間で流行し、珍らしいものとして受け入れられ、多くのガラス絵がつくられるようになる。
 一般にはギヤマンからガラスに、ギヤマン派高そうに思えるがガラスは安そう、感覚的に新しいものと受け取られ、庶民の間に入り込んで行き、流行となったことも安価な証拠、憧れが現実のものとなった瞬間でもあると思う。
 時計にもそんなガラス絵が施され、人気を博することに、そこにも職人の技術と生き残りを図った作業ともいえる事、新たな仕事を見つけた事に。
 新時代になり新たな事業を与えられた様なもの、庶民の間に広がる事で、自分の仕事の継続が出来、一石二鳥とも言える出来事でもあった。
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2019年12月29日

そろそろ雛巡り

   明ければ直ぐ

SANY2384.JPG 毎年の事、瀬戸の雛巡りがやってくる時期となり、そろそろ準備に入らないと間に合わないので、これから展示するものを選定。
 毎年この時期から準備に入るのが恒例、来年展示するものを選定しなければ、準備に入れないので蔵から出すのだ。
 久米邸で展示する雛人形は蔵に保管されているから、蔵に入り来年度のひな人形を展示するか、物色するため。
 毎年展示はひな人形を変えて展示、見学に訪れる人々が飽きない様に、毎年展示を変えているから、前の年に展示したものは使わない。
 毎年久米邸で展示する御殿雛は5セット、手持ちの御殿雛は24セットあり、その中から地元名古屋の御殿、関東御殿、そして京都の御殿とセットにして展示しいる。
 その為に明治、大正、昭和と時代順に展示するのがきまり、SANY1884.JPG24セットの中から適当なものを選ぶことから始まる。

 毎年、毎年違った御殿を選んで蔵から出す事になるが、どけがどれだか忘れるので、いちいち確認してから出さなくてはならない。
 数が多いので選別するのにも一苦労するのだが、これを避けては通れないので仕方がなく、ひとつ、ひとつ、チェックするしかない。
 この時間が直ぐに終わる事はなく、ふたを開けては確認してから、また一つふたを開け、順番に進めるのだ。
 箱には写真が貼ってあり、外からでも確認はできるのだが、私でなければ分からず、人には頼めないので自分でやるしかない。
 しかしよく見ないと同じように御殿があり、間違えて蔵から出して、去年の物と分かりまたしまう事になる事も。
 問題なのはこの御殿に入れる雛人形のセットだ、セット数は十五人一セッSANY1912.JPGトで60セット以上あるから大変な事になる。
 このセットは時代別に分けてはいるが、程度が違い、良いものとそうでないものとがあり、同じ京都ものでも違いがある。
 だからその御殿に合うひな人形のセットを出さなくてはならず、これが一番面倒な作業で、毎年同じことをやっている。
 他の人からすれば、何で一目で分かるようにしないのかと、何時も言われるが、写真を外に貼ってはいるが、同じようなものが多くて大変。
 やはり自分目ので確かめ、去年の物とダブらない様にするには慎重に作業しなくてはいけない、失敗すると元に戻さなければならないから。
 今年は体調が良くない分、作業も早く進まないと思うし、自分でも自信がないので、他の人に手伝って貰わないと進まない。













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2019年12月28日

今年もあとわずか

    大掃除を開始
 DSCN1907.JPG毎年の事であるが自分の部屋、年末の掃除をやっと開始、しかし中々進まず四苦八苦、荷物が多過ぎるから。
 年に一度の大掃除、延ばし延ばしで今日まで来たが、流石にこれ以上延ばす訳にも行かず、仕方なしに開始はしたが。
 畳の上に置かれた時計をどかさなければ掃除は出来ず、これを何処に置くものかでストップ、何故ならばその時計も掃除をしなければならないからだ。
 片付けようと思っているのは棚の方であるが、その前に置かれている時計を除けないと掃除出来ないからだ。
 知らず知らずのうちに数が増え、畳の上にも置かれている古時計、先にこの時計を掃除しなければならず、面倒な事に。
我が家には掛けられない古時計が沢山あり、自分の部屋に寝かせてあるのだが、これが又多いのである。
 掛けられなければ買い込まなければ良いと思うのだが、そこは浅ましい古時計愛好家の類、欲しいと言う欲求を抑えられないのだ。
 掛ける所もないのに買い込み、後でどうするのか思案に暮れるが、買うその時は全然気にもしていないのである。
 それ故に後が厄介な事に、当然自分の部屋で寝かせることになり、それが次第に多くなり、結果は座る場所まで無くなってしまう。
 それでも止めないのだから、自分自身で呆れてしまうが、しかしすぐに忘れて、また同じことを繰り返す、結果現実は甘くない、買い込んだこれらの古時計を放置して、先が進むわけではなく、ツケが溜まって大変なことになるのだが。DSCN1905.JPG

 暮れも迫ってくれぱ当然家族からも、いい加減に部屋の掃除をして欲しいと、そして畳の上の時計を処分しろと言う。
 言われてみれば確かに座る場所さえないから、自分でもイケないとは思ってはいるが、何とかならないものなのか、他人事みたいに思っていても、何の解決にもならず、仕方なしに大掃除をする羽目に、しかし埃が溜まっている。
 埃を取り除けていると、確かこの時計はあの時買い込んだもの、これを手に入れるのに苦労してと思い出す、するととたんに手が止まり、この時計調子が悪かった事に気が付き、文字盤を外して機械を見る事に、確かに機械が良くない、振り竿のバネが切れそうになっているから、それを取り換えて調子を見る事にした。
 バネを変えたおかげで調子は良くなったが、ゼンマイが錆びついているように見え、これも取り除かないとイケないが、今度はゼンマイを掃除するために機械を分解しなければ、作業開始であるが、棚の掃除をどうするものか、どちらが先にしなければならないものかと、取り留めもない事を感じながら、機械の分解に入ってしまった。
 棚の掃除はどうするのか、もう日にちは無いのに、こんな事をしていて良いのか、後が大変な事になる事は必定。



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2019年12月27日

今年最後

   自然薯

 我が家は自然薯が好きで暮れから正月にかけて食べるのが通SANY1749.JPG例となっているが、他の人に言わせると何で自然薯かと言うのだ。
 たしかに何故自然薯かと言うと我が家は親父の代から自然薯を食べて来たが、私も子供の頃から親父に教えられ自然薯の作り方を教わった。
 勿論自然の芋、親父と自然薯を山に取りにも行った事も多く、取って来たものは当然の事暮れから正月にかけて食べていたものだ。
 この地方では秋には自然薯を食べる風習があり、各家庭でも食べていたから、我が家だけ特別なものではない。
 しかし昨今家庭ではあまり食べないよう、それは天然の自然薯が極端に少なくなったから、その上天然の芋はマツタケと同じようにねだんが高騰したからだ。
 高い自然薯を敢えて買い込んで食べなくとも良いと思う人が増え、今では家庭で食べる事も少なく、店で食べるだけと言う人が多くなった。
 しかし自然薯を嫌いになった訳ではなく、単に値段が高いからと言う事、それ位に天然の自然薯は少なくなった。

 そんな自然薯も畑で栽培されたものが市場に出回SANY1744.JPGり、天然と比べれば味も香りも落ちるが、手に入り易くなったことは確か、量も多くなった。
 我が家は天然の自然薯が届くからその点では幸せ、友人は持つべきであると痛感、自然薯は天然に限ると思っている。
 それを可能にしているのは友人の努力の賜物と、感謝しつつ今日も自然薯を食べる事になるが、その為には自分で努力しないと食べれない。
 親父仕込みの自然薯を摩り下ろすところから始め、時間をかけて摩り下ろして行き、出汁の利いた汁で少し薄めるが、その薄め方にも拘る。
 親父もそうであったように私もこれに拘り、兎に角よく摩り下ろし、時間がかかるのは当たり前であるが、それか自然薯を食べると言う事だと思っている。
 この地方の人は天然の自然薯は山よりの贈り物と思っていて、今日も何処かの家で自然薯を摩り下ろしていることだろう。
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