2020年01月23日

はじめて

   今年初
 毎年この時期になると「おこしもの」の時期、SANY0038.JPG昨年より少し早いが今年も始まるおこしものを作る行事の開始である。
 この地方特有の習わし、雛の節句を祝うためにつくられる「おこしもの」、期間中に4、5回はつくる事になるが、今年は少し早め。
 勿論自分たちが食べたいための作業、この時期はおこしものを作って食べるのが好き、我が家ではおこしものを朝食時に食べるのが好きで、節句の季節になると作る事にしており今年は初。
 節句にお供えするためのものではなく、朝食のためにつくるおこしもの、だから自家用のためのもの、他に差し上げるものではない。
 小さい頃よりおこしものは朝食のおりにパンの代わりに食べていたので、その為につくるから節句とは関係ない作業。SANY0040.JPG
 コメの粉でつくるおこしものはご飯と同じ、これをパンやご飯の代わりに食べ、朝食とするのである、焼いて醤油をつけて食べている。
 朝から香ばしい醤油の匂い、これが我が家のこの時期の習わしとも言えるが、おこしもの好きな家族であると言える。

 おこしものを知らない人はどの様につくるものなのか、興味があると言う、写真のおこしものつくり、先ずは米粉を熱湯でこねて生地を作る事から始め、この作業が一番大事な事、これの如何によって美味しさが違う事になる。SANY0045.JPG
 粘土をこねる要領で作業を進めるが、これが味に大きく作用し、もちもち感と舌触りが全く違うものになってしまうから良くこねる事が重要。
 お餅つきと同じ作業、良く練ればもちもち感が出、また食感も全く違うものに、良くこねないとザラザラ感が出る。
 良くこねた記事を型で起こすが、これも単純作業であるがおこしもの出来を左右するもの、見栄え良く型おこしをしなければイケナイ。
 型からはみ出したり、少なかったり、抑えを良くしないと図柄が分からないものに、だから力も必要、それがおこしもの作りかた。
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2020年01月22日

がらけい

   買い替え
 携帯電話、殆どの人がスマホDSCN2037.JPGの時代、私は未だにガラケイを使用しており、人からやっぱりガラパゴスだと言われてしまったが、それでも良いと思っている。
 自慢じゃないが7年間も使用して来たガラケイ、今でも使えるものなら使いたいが、3月以降使えないらしい。
 前から買い替えて欲しいと言われていたが、何度店に行っても変える気がしなくて止めていたし、第一使いやすいのだ、長年慣れているから。
 使い込んでいるから愛着もあり、多少は汚れていても気にしなくて、人からも剥げた携帯を何で使っているのかと、変な目で見られている。
 スマホが使えないからガラケイを使用しているのだとも言われるが、そうでもないのでパソコンがあるから充分だと思っているだけの事。
 出先でネットが見られれば便利ではあるが、それまでして調べなくても良いので、あえてスマホに替えようとも思っていない。
 周りからも何でスマホに替えないのかと、何だか催促されているみたいで面白くないが、これも時代なのか。

 確かに最近のスマホは使いやすくて便利、そんDSCN2039.JPGな流れになっている事も承知しているが、イザ変えようと思うと、何故かしら替えれないのだが、一つには値段も高いから。
 何であんなに高いのかと思うと替える気がしなくなり、何度店に行っても帰って来たが、余りに勧められるので嫌気がするのだ。
 スマホでないと今の時代はダメだと言わんばかりの店側、そしてこの人時代遅れの人だとも言われそう、自分の僻みではなく事実の事だ。
 今は電子マネーの時代だし、ペイペイも流行っており、スマホ無くして時代について行けないよと、そんな言葉も聞かされる。
確かにその通りかも知れないが、家にパソコンがあり、タブレットも必要なく、ネットもパソコンで見れば良く、コンビニでの支払いも現金だ。
 今回の買い替えでも、ガラケイと契約値段も変わりがないからスマホにしたらと勧められたが、意地を張ってガラケイにして買い替えたが、単なる時代遅れの頑固者だ。

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2020年01月21日

時計の小物達

    使用目的は
SANY0204.JPG 古時計を集めていると時として時計に関連するものが目に入ってくる事が、何時ものように古時計を求めてあちらこちらの店を物色しているとき。
 古時計ではないが一寸した物が目に付く、それが時計の形をした物達、古いものならまだしも、新しいものでも見つけると嬉しくなる。
 見つけた時は手にとってツイツイ見てしまうことに、其れがどんなものでも、時計の形をしていると手が出るもの、人からは病気ではないのかと。
 時計依存症と言う病気があるのではと、おせっかいの事だが、人から見るとそんな風にしか見えないのかと、情けなく思うことも。
 しかし、病気何ぞではなく、只時計が好きなだけと自分自身は思っているが、人はその様には思っていないらしいのだ。
 病気かどうかはさておいて、今回の時計の小物、知り合いから頂いた物、私が時計好きなのを良く知っていた人の贈り物、有り難い事であり、私が好きなものを探してくれるのは実にあり難い事、感謝しなければならないもの、この様にして小物も増えてゆく。

 写真の器、1つは陶器、1つはガラス、2つとも古いものではなくて新しいもの、新しいからどうと言うものではなく、実に楽しいもの、これを作った作者が時計を好きかどうかまで分かってしまうもの、時計好きの作者だと細かい所にも忠実に再現しようと思う。
 本物の形に拘るという事、時計をデザインとして見る作者だと、こSANY0211.JPGの様な時計の形をした物に仕上がるのが普通、本物にはない味が出ている。
 細部的に拘らず、自由にデザインしたことが分かるもの、例えば針の位置1つ取ってみても、時計の好きな人は、10時10分の位置にするのだ。
 知らない人は針の位置は自由にどの時間でも気にしないものだと思う、針1つの位置を見ても其れが分かる事になる。
 一寸した事だが、時計愛好者は此処に拘りを見せるもの、だから物の見方が普通の人とはちょっと違った見方するものだと思う。
 この小物達、下のガラスの形をした器、これは時計の形をした灰皿、左の時計の形をした入れ物、これは爪楊枝いれの器。
 それぞれに使用目的はヤッパリ違うが、楽しい小物には違いないが、 時計の針を見て欲しい、偶然なのか時間が一緒だ、どちらかが真似したのか、それともヤッパリ偶然なのか。
 こんな所も楽しみの1つ、集めるだけではなく、そのプロセスも大事、楽しいものは何時までも楽しくありたいもの。
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2020年01月20日

大寒

    1番寒い日

 SANY3770.JPG暦の上では小寒から立春のでま30日を1番寒い頃とし、中でも大寒の頃が1番寒い頃となり、その間を寒の内と呼ぶのである。
 今年は1月20日がその大寒、暦の上だけでなく昨今は寒さが厳しくなっているから実感があり、やはり1番寒い頃だ。
 昔からこの時期には酒や味噌、凍り豆腐や寒天を作る時期で1番適した頃とされ、この時期に仕込む事を「寒仕込み」と呼ばれる。
 この時期の水は腐らず、物を仕込むのには最適の時期とされており、各地では酒や味噌の仕込みにおわれる時、特に寒さが厳しければ厳しいほど良いとされてもいる。
 暦では大寒を三つに訳、七十二候のうちと呼び、初侯は蕗の花咲くころ、二候は水沢の腹くかたし(さわみずあつく、かたし)、三候は鶏初めて乳につく(ニワトリ初めてとやにつく)と呼ぶ。

 之はこの時期に動物や植物になぞらえて、その時期DSCN1595.JPGに出来る現象を喩えたもの、暦の上の指針であるとも云われ、昔から人々の行事の元となったもの。
 元は中国より伝えられた暦を渡来後、日本独自のものにして、古くから伝わってきたもの、この時期には各地で色々な儀式も行われている。
 奈良の春日大社では大寒みそぎが行われ、水温零度の水の中に浸かり、一年の無病息災を祈願する行事、タオル一本持参すれば誰でも参加できる。
 しかし、この時期零度の水に浸かる事は、一大決心をしないと出来ない事、一年の厄をはらう為に1度参加してはどうであろうか。
 寒さでとても入る気分にはならない人は、大寒みそぎを見学して、他人に変わって、自分の無病息災を願ってもらう事だ。
 ただし、効果が有るかどうかは保障にあらず、他力本願では神様も願いを叶えてはくれないかも知れず、ヤッパリ自分でやるしかないのか。
 
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2020年01月19日

富士山

   世界遺産
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 年が明けてもう19日目出度い富士山と言えば日本一高い山である事は誰でも知っているが、日本一美しい山でもあり、日本を象徴する山、やっぱり美しい。
 昔から富士の山は憧れの山、信仰の対象の山でもあるが、外国人が日本と言えばやっぱり富士山と忍者を連想すると言われている。
 特に富士山は綺麗な山として日本を代表するもの、外国の人が目にする富士山は単独峰としての山を見ているのだ。
 確かに富士のすそ野はなだらかで、実に美しい姿をしているから、見栄えのする山でもある事は確かである。
 あるテレビ番組で富士山は遠く何処まで見えるものなのか、その取材をやっていたので興味本位で見ていたが、流石に立地条件が厳しい。
 一番は天候、勿論晴れなければ富士山は見えないもの、しかし晴れたからと言って見えるものでもない、空が澄んでいないとダメで条件は厳しいものだ。
DSCN1979.JPG

 私も何回となく富士山を目にしてきたが、新幹線から見える富士山は何時でも見えるわけでもなく、やはり条件が合わないと見えない。
 昔から一番景色の良い富士を眺めるのは静岡県の三保の松原、白砂青松と言うように松原と富士山が一番と言われた。
 では一番遠くから富士山を見るのは何処か、そんな疑問に答えて番組が進行していたが、天候条件がぴったり合わなければ見えないのだ。
 全国には富士見台とか富士見峠とか言う地点が存在、そもそもこの名前は富士山が見えるから付けた名前なのか。
 そんな疑問にも番組は切り込んでいたが、ハッキリとしない結果も出ていたので、やっぱり難しいのかと思った。
 実際、三重県の友人が朝熊山から富士山が見えると言うので見に行ったが、何度言っても見えなかった、しかし地元の人に聞くと条件が合えば見えるとの事だ。

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2020年01月18日

二週間の戦い

   追い込みに
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 瀬戸の雛巡り、今年も始まるが準備が大変な事に、毎年の事であるから慣れてはいるものの、そんなに簡単な事ではない。
 毎年毎年、違う展示方法を取ってはいるが、中々変化を付けるのは難しいもの、しかしこれがまた難しい問題。
 どのように変化をつけるのかは頭の中、実際に行うは大変な事になり準備が必要、例えば毛氈一つとっても寸法が違う。
 準備段階ではぴたりと収まるはずが、イザやってみるとこれがはまらないので、四苦八苦して収めようとする。
 そんな事で時間が費やされ、計画通りに進む事はなく、焦りの状態が続く事に、焦っても仕方がないとは思っているが、思う通りにはならないのだ。
 展示場所も多くある事が問題を大きくするし、事がうまく運ばないと尚更の事進まない事に、そんな事の繰り返しで一日が過ぎ、日は一日、一日と迫って来、展示物もなかなか決まらず、これまた四苦八苦の状態。
 何でこんな事になるのかと考えるが、当初計画した通りに進まないのも何時もの事、誰かの一言でまたまた焦る事に。
 「何時もの事だから、上手く行かなくて当然、それで良いのだ」と、その上「上手く行く方が怖い」ともスタッフは言うのだ、毎年、展示したものは写真に収めているから、それを見て変化を付けているのだが、展示箇所が多くともなると中々の事難しい。SANY1914.JPG

 私がヘルニアであまり動けず、昨年展示物を片付ける事が出来ず、人にお願いしたから尚更の事、何処に何が在るのかサッパリ分からない状態。 普通は御殿飾りはセットにして自分で片づけるのだが、それがなされていないから、今年は一つ一つ探しては展示する事になり、時間ばかりが掛かってしまった。
 その上、違う部品が紛れ込み、御殿が組み立てられない始末、その部品を探して他の御殿飾りを調べなけれはならない。
 今までにこんな事はなかったもので、自分で片付けなかった事を後悔して、作業が中断する事に、その都度イライラがたまる。
 こんな事をしていて果たして期日までに展示が出来るものなのか心配で頭が一杯、そのせいか間違いをしでかす事も屡々。
 踏んだり蹴ったりの毎日、しかし時間はないので後戻りも出来ず、前に進むしか方法はなく、厄介な事がまだまだヤマズミ状態、厄介な御殿の部品探しもはじまり、何処に行った事やら、程々嫌になったりもする始末。
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2020年01月16日

瀬戸の磁器雛

    射的雛とも言SANY1083.JPG
 瀬戸の磁器雛、小型で小さな雛人形だから、温泉場などにある射的場の的と良く似ているから、こんな呼び名もある、しかし実際に射的で使われているものではなく、呼び名としてそのように言われているだけ、確かに小さな雛人形だ。
 大正時代から昭和にかけて製造されたもの、射的の人形と同じように製造されたものであり、安価な人形である。
 高さは大体5、6センチの大きさ、あまり大きなものではなく、可愛らしいものだからこそ愛された雛人形である。
 今時で言うならばミニ雛と呼ばれるもの、かなり小さいものでコンパクトに置け、それでいて迫力はある雛人形である。
 小さいが派手な装飾は土雛と同じような彩色にあり、磁器ではない彩色がこの雛人形の特徴でもあるのだがそれは安価に造る事だ、普通磁器であれば2度焼く事になるが、これは一回しか焼かれておらず、彩色されたものは色落ちもするのだ、2度焼く事によって彩色されたものは下地に焼き付く事により、光沢と色落ちしない丈夫なものとなるのだ。

 それとは違い土雛は安価に造るためと、低い温度でも焼けるような窯で造られているからだが、この時期雛は高温で焼かれている。
 だから丈夫に出来ており、土雛よりもはるかに硬く、欠ける事も少ないように高温で焼きしめているから、土雛と比べ物にならない。SANY1432.JPG
 今回の磁器雛は小さいが派手、色々な磁器雛が製造されたが、この磁器雛は綺麗な彩色が施されており、色目も艶やかなものとなっている。
 プルーと赤色の彩色、黄色と赤、そして青色の3色に、茶色や黒といった地味な色も使われている事も、この磁器雛の特徴でもある。
 普通の5人囃子に比べると、非常に可愛らしく、出来も良いもので、全体の雛人形のバランスを考えられている。
 五人囃子だけが全体から浮いてしまっては台無し、15人セットであるから、この5人囃子が目立ち過ぎては困る。
 随身、昔は右大臣、左大臣と呼ばれた雛人形、これも特徴のある形として造られ、台に腰かけているのも珍しい造りである。
 その彩色も又、5人囃子に負けない様に艶やかに彩られており、やはり磁器雛らしい出来を誇っているようである。
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2020年01月15日

どんど焼き

    無病息災
 1月15日、小正月とも云う日、正月も終わり年かみさま.jpg神様を迎えた飾り物を焼くどんど焼きの日、全国的に見ればこの日がどんど焼きの日である。
 このどんど焼き、左義長と呼ばれ古くから宮中で執り行われる儀式、平安時代には既にこの儀式が行われていたようで、清涼殿の東庭に3本の青竹を立てて、其れを束ね扇子を飾り短冊を燃やしたと言われる。
 これは、毬杖(ぎっちょう)と言う杖を持ち、馬に乗ってこの杖で玉を転がして遊んだ事に由来、その毬杖を3本立てて青竹の先に扇子を飾り、短冊を燃やした。
 3本の毬杖(さんぎっちょう)から、左義長となったといわれるが、その他の説もあるが、何時の頃より左義長の字が当てられたのかは不明。
 鎌倉時代にはこの様な儀式は庶民に伝わり、吉凶を占う儀式とした定着、江戸時代に入り現在のような正月の飾り物を持ち寄り、青竹で3本の柱を立てて燃やした。
あかたき.jpg
 全国にこの左義長の儀式は存在するが、所により様々な風習が生まれ、現在に至っており、日にちも1月ではなく、2月や3月に行う所もあり、違った儀式となったようだ。
 私の居る尾張地区は1月15日に行われていたが、最近では其れに近い日曜日に行われるようになったが、左義長の風習は子供たちにも伝え、地元の伝統を守っている。
 当日は地区地区で色んな物を持ち寄ったり、主催者側からの提供で餅以外の食べ物も提供され、子供たちの正月の楽しみとなってもいる。
 地域の集いとして、余興が行われるように、大きな舞台も作り上げ、この日一日地域住民の交流の場所ともなり、本来の吉凶を占う儀式から少し変化をきたしているがこれも流れであろう。
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2020年01月14日

雛御殿

   部品が無い
 友人が白木の雛御殿を持ち込んで来たSANY1872.JPGが何で彼が持ち込んだのか分からず、何処から持ってきたのかと聞けば、ある所の知り合いが捨てると言うので貰って来てやったと言うのだ。
 この友人雛御殿など分かるはずもないが、私が雛巡りに参加している事は知っており、お前のために貰って来たと言う、以前にもこの友人に白木の雛御殿の話はしたことがあり、その事を彼は覚えていたらしく、白木の御殿と聞き貰って来たと言うのだ。
 私の為に貰って来たと言われれば、怒る訳にも行かずその場で箱を開けて見ずたが、中身を調べてみたら、多くの部品が足らないかも。
 当然持ち主もその事は知っている筈、だから捨てると言ったのだと思うが、そんな事は知る由もないのが友人である。
 折角彼が持って来たものを捨てる訳にも行かず、詳しく部品を調べてみたら、やはり重要な部品が無い事に気が付き、暫し考えたが仕方がない面倒だが作るしかない。
 何故ならば折角彼が良かれと思って貰っSANY1880.JPGて来たもの、むやみに捨てる訳にも行かないからだが、部品を作るとなると一苦労する。

 今までに多くの雛御殿を見て来たから、大体の部品は想像がつくが、組み立て式の為サイズを合わせないといけないが、中々合わせるのに苦労するのだ。
 今までにもいくつかの白木の御殿の部品は作ったが、やっぱり馴染むのには時間がかかり、そこだけ吐出して見えてしまうから、それが問題になる。
 よく似た色で塗る事になるが、素人のやる事中々色が合わず、失敗もしたりして苦労する事に、結果は余り褒めたものにならない。
 しかし出来上がった部品を組み立ててみると、少しは馴染んだのかと思えてしまい、これで良いのかと妥協してしまう。
 展示してから見学者にその部分を指摘される事もあり、そんな時はバツが悪い思いもするが、これも又仕方がないと思っている。


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2020年01月13日

毎日

   同じものは
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 毎日朝はコーヒーを飲むことにしているが、豆から挽くために時間が少しかかる事になり、急いでいる時に早く飲めないのが難点。
 一つの拘りだが豆も専門店から買い込んおり、焙煎したてのものを買う事にしているが、目の前で焙煎したてのものを貰ってくる。
 やはり焙煎したてのものは香りも良く、少し経つと香りが抜けるように思う、気のせいかも知れないが拘りでもある。
 行き付けの専門店で焙煎して貰っているが、ここで買うようになってから25年は過ぎていると思う、信頼のおける店である。
 友人が喫茶店を経営していたのでその取引先の豆を買っているが、自分の好みにブレンドして貰って、酸味の少ない豆にしている。
 豆にはそんなに拘りはないが、余り酸味のあるものは好きでなく、まろやかな味のものが好き、人はコーヒー通ではないのだと言うのだ。
 少し酸味があった方が旨いと言う、だからコーヒーを知らないのだとも言われるが、好きなもので飲みたいから通と呼ばれなくとも良い。DSCN1535.JPG

 友人の指導でコーヒーを入れるのを何回となく行ったが、それでも毎日味か違う、教えられた通りに真面目に温度もはかり、速度もゆっくりと湯をたらし、一点に集中しない様に注いでいる。
 しかし同じ味が出ず、何度やっても安定しなくて、何処に原因があるものなのか、友人に見て貰ったが、ダメ出しばかりである。
 はじめにゆっくり湯を注ぎ、少し蒸らしてから湯を注ぐのだが、一定の量で回しながらゆっくりと入れろと言われているが、その安定さが無いと言うのだ。
 自分では教えられた通りに入れているつもりだが、やはり味が違うので、何でそうなるのか分からず、また友人の指導を受けるが、それでも上手く出ない。
 豆の量も、湯の温度も、注ぐ速さも、全部教えられた通りにやっているが、それでも上手く出ないもの、プロとは大したものだと改めて感心する。
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2020年01月12日

暖かい

   時代遅れ
 寒の入り、一年で一番寒い時期になった今、寒さ対策の一環とDSCN2036.JPGして湯たんぽを利用しているが、人は時代遅れと言う。
 確かに今は電化製品、電気毛布もあれば、電気足温器もあり、他にも色々と足温器が発売されており、湯たんぽは過去のもの。
 現在はハイテクな足温器も多く、電子レンジで温めれば直ぐに使える優れものもあり、時代は進んでいる。
 娘たちも時代遅れの湯たんぽを使わなくても、もっと便利なものがあるから、そちらを使えば良いのにと言うのだが。
 確かに色々なものが販売されているから、一番便利なものを使えば良い、簡単で手間要らずな足温器、何回でも使用出来、コンパクトで安いと言う足温器。
 カタログを見せられ、これを買い込めば良いと勧められるが、確かにそれも良いと思う、しかし私はとこの湯たんぽが良いと思う。

 少し面倒な事は湯たんぽは湯を沸かして使用するために、熱湯を入れなければならない、それが面倒だと言うのだと思うDSCN2035.JPG
 スイッチ一つで利用できる電気毛布、確かに便利なものだと思うが、温か過ぎてなかなか眠れないのだ。
 以前に少し使用したことはあるが、やっぱり湯たんぽの方が良いと私は思う、それは全体ではなく部分的な所だけ温めれば良い。
 そんなことで今でも湯たんぽを使っており、時代遅れと言われてもピンと来なくて、少しくらいは面倒でも湯を沸かして従来の湯たんぽを使う。
 昔の形そのままな湯たんぽ、ブリキで出来ていた昔のものではなく、樹脂製の湯たんぽがそれ、これを愛用している。
 ハイテクなものを使わなくとも、暖かくて安全、熱くてそれを避けるためにカバーをつくり、その中に入れて使用しているのだ。
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2020年01月11日

鏡開き

   ぜんざい

 鏡開きと言えばぜんざいと連想するのは食い意地SANY1855.JPGが張っているからか、子供の頃よりこの日はぜんざいが食べれる日と思っていた。
 事実我が家ではお供えの鏡餅を崩してぜんざいの中に入れ、そのお餅を食べるのかこの日の行事みたいなものであった。
 母親が鏡餅を割るようにと私に金槌渡し、包丁では切ってはいけないと言うのだが、その意味が分かったのは少し大人になってからの事、その時は分からなかったのだ。
 そもそも御鏡さんは神様にお供えをしたもの、それを包丁では切らず、固くなったお餅を金槌で割ると言う作業をするのだ。
 これは切る事は縁起が良くないから、開くとか割るとかに言い換えるので、子供の頃は何でだろうと不思議に思ったものだ。
 その意味が分かってからは自然に身に付いたもので、鏡開きの言葉もしっくりと聞こえるようになったことを覚えているのだ。
 我が家の子供の頃、鏡餅はでっかくて分厚いものであったから、当然の事硬くて中々割れず、苦労した事を覚えているが、今はそんなに大きくはない。SANY1862.JPG

 実は我が家の鏡餅も現代的になったのだが、それは震災以後の事、エコが囁かれてから鏡餅もパック式のお餅になってしまった。
 然し神棚やその他にお供えする鏡餅は昔ながらのお餅、そんな鏡餅を子供に金槌で叩いて割るように教え、この日に現在も行っている。
 昔みたいに大きくはないので割るのに苦労かる事はなく、簡単に割れるが、あまり力を入れ過ぎるとバラバラになってしまうので気を付けて割るように教えた。
 ただしカビが生えた鏡餅は食べない様にして、綺麗なものだけを食べる事にしているが、カビは待ってはくれないのですぐに生えて来るから、選別をするのにも気を遣う事になる。
 何にしても今日は鏡開き、ぜんざいが沢山作ってあるから、昔ながらの食べ方で鏡餅のお下がりを頂く事になる。
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2020年01月10日

どちらが良いか

          綺麗が良い
SANY0134.JPG
 古時計愛好家にとって時計の状態が1番の関心事、その時計が状態が良ければ、良い事はありがたい事、良ければよいほど望ましいのだ。
 古時計は当然時代が経っているのが普通、時代が古ければ状態も良く無いものが多く、状態の良い物はすくないものだと思う、あたり前の事で時代が経っていれば当然痛んでいるのが当たり前、当時の状態のままあるのがあり得ないので、それ相当痛みがある。
 この古時計、発見されたままの状態ものは少なく、なんらかの手が加えられているのが普通、埃を払いのけただけではなく、再塗装したり、磨いたりと手が加わっている。
 良くピカピカの古時計が売りに出されている事も、売り文句としては直ぐに使える状態とうたわれているのだが、その古時計を見ると真鍮部分や扉まで磨かれている。
 確かに綺麗である事は認めるが、全く時代が無くなってしまっている物が多く、手が加えすぎで古時計の雰囲気がなくなってしまう。

 ここで2つに分かれるのだが、綺麗な物の方が良いと言う人、元の状態のままで良いと思う人、この2つに分かれるが、何処まで綺麗にすれば良いのかだ、もともと古時計は時代が経っているものだから、それなりの古さがあって当たり前、それを製造当時の状態に近づけ様としても、それは出来ない相談だ。SANY0147.JPG
 しかし綺麗だからと手を出す人も多いのが現実、綺麗な時計から売れて行くのも事実、ではどの様にしたら良いのかであるが、これまた難しい事。
 出てきた当時のまま保存するのが1番良い事、汚いから綺麗にするのではなく、少なくとも現状維持の形で残すこと、これが大事な事だ。
 表面の埃だけは取り除き、あくまでも現状維持、これが古時計の保存の鉄則、時代を経た痛みも極力少なく修理する事、それも出来れば昔の手法で行いたい。
 ニカワが劣化して剥がれていれば、ニカワで又接着する事が望ましいが、難しければボンドでも仕方がない、表面にはみ出さない様にする事。
 真鍮類はピカピカに磨かない事、ガラスも変えないこと、ラベル等の紙物は極力保護をして維持する事が大切、できれば表面をプラスチックのカバーをしたいものだ。
 自分が手に入れた物だから、別に好きなようにしたいと思う気持ちは同じ、しかし古時計を後世に伝えるつもりでなければ、古時計愛好家とは言えない。
 今まで生き残ってきたから、尚更の事後世に伝える義務があると思って欲しいもの、それが古時計愛好家だと私は思う。






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2020年01月09日

展示の準備

    部品が足りない
 今年も尾張瀬戸のSANY2455.JPG雛めぐりがやって来るが、昨年新たに手に入れた白木御殿、点検したところ展示前に部品の足りない事が分かった。
 良くある事だが買い込む時には完成品を見ることは出来ないので、売り手が完品だと言えばそれを信じるしかないのだ。
 この御殿もその様な状況で買い込んだが、点検したら部品が足りない事が分かり、このままでは組み立てての展示は不可能。
 そこで足りない部品を造るしかなく、良く似た御殿を参考に部品造りに入る、しかし簡単には行かないもので、寸法が全く分からず四苦八苦。
 それと言うのも、このような御殿、製造しているところにより大分違いがあり、完成図もないから尚更難しい状況に陥った。
 御殿は白木造りの京御殿飾り、明治期に製造された物で、特注品らしく横幅140センチ、高さ53センチ、奥行き42センチの大型御殿。
 参考にした御殿も同じ明治時代の御殿であるが、中京製の白木御殿、京都製と少し違いがあるようで、細かい所が不明で、後は良く似たものを造るしかなく、適当にアレンジをして部品造りに入るが、当然のこと釘を一本も使わないものなので、切込みを入れて接合されるが、その切り込み具合が微妙に合わない。

 材料の木材だがホームセンターで予想した寸法でカッSANY4286.JPGトしてもらい、御殿の組み立てに入ったが接合部分がやっぱり違い、組み合わない。
 原因は時代による歪、古い木材はねじりが入り、少しづつ曲がってくるために、キッチリと測った寸法では合わないのだ、曲がった部分は真っ直ぐにする事は難しく、曲がったままで接合するしかないのだが、其れが簡単には行かないのだ。
 写真はその御殿、四苦八苦して部品を造り組み立て、合わないところを微調整し、再度部品を造り直しては組み立てる。
 そんな繰り返しを何度もしなければならないのだが、造る方が素人だから尚更合わなくて、四苦八苦やるしかないので無理やり組み合わせて終了。
 部品は美しい造ではないが組み立てるのには不足は無い、その上後ろ部分でもあり、妥協して完成とし、展示にどうにか間に合った。
 それにしても簡単な造りだが、そこは職人の作業、図面通りに仕上がっているからピッタリと接合できるが、後から適当に造った物は、やはり不格好である。

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2020年01月08日

餡子か皮か

   たい焼き

 この時期になると無性に食べたくなるものにSANY1321.JPGたい焼きがあるが、焼き立てを食べるのが一番、寒い時などは焼き立てで熱々のたい焼きを冷ましながら食べるのが最高。
 寒いから尚更の事たい焼きの熱いものが身にしみ、手に持っていても熱いたい焼きが匂いと共に体に伝わってくる。
 特に屋台で食べるたい焼きは一味違う、特に旨いと言う味ではなく、あの熱さと匂いに完全に虜になっているのだ。
 寒さも勿論味の内、寒いから味も美味しく感じるのは暖かいものが持つ力,やはり屋台で食べるたい焼きは特別なものだ。
 それは味自体が美味しい訳ではなく、雰囲気と場所が大いに関係している事は確か、食べ物は雰囲気が一番大事、幾ら旨いものでも雰囲気が台無しでは美味しく感じられない。
 食べると言う事は目で見て感じ、舌で味わい、鼻で感じるものだと誰かが言っていたが、確かにその通りだと感じる。

 そしてたい焼きには2つの要素が必要、DSCN0375.JPG餡子と皮の状態を指し、一番は餡子、最も上質の餡子ではなく、たい焼きに相応しい餡子後あると信じるが、それも好き好きである事は言うまでもない、とびっきりの上質ではなく、そこそこの甘さ。
 この程度の甘さが重要なポイント、そして尻尾まで餡子が入っているかどうか、それも重要なポイント、やっぱり尻尾まで餡子は入っていないとダメ。
 2つ目のポイントは皮、皮がパリパリの状態がベスト、焼き立てのものは大抵はパリパリ感があるが、少し経てば柔らかくなってしまうが、中々柔らかくならないものもあり、そこも大事な要素である。
 柔らかくなってしまったたい焼きはストーブの上やオーブンで温めれば表面はパリパリ感を取り戻す、柔らかなまま食べずに温めて食べるのが旨い。
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2020年01月07日

七草粥

   もう七日
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 令和2年が明けたと思ったらもう七日、早いもので遊んでいると特に早く感じるのは歳のせいか、正月の不摂生がたたり胃があまり調子よくない。
 当然暴飲暴食のお陰であることは明白、正月3ヶ日何もしないで食べてばかりしていたから、体重も増えてしまったもので情け無いことに。
 食べては寝、寝ては又食べるといった3日間、訪問者も多くて呑むは食べるはでは当たり前に太る事に、それでもお構いなしに食べた。
 そんな日が続けば体に良くない事は目に見えているが、訪問者と一緒になって食べればツイツイ呑、この繰り返しで今日まで来てしまった。
 酷い時に家から一歩も出ず、ひたすら食べて呑む、正月とは何時もこんな状態で過ぎて行く、歳を重ねてもこの癖は良くならないのだ。
 そんな事で今日は胃を休めてやらないと、昔の人は良くしたもの、ちゃんと分かって行動しているから流石、体のために良い食事をする仕来りをつくった。
 今日は七草粥の日、胃に優しい食事を取る風習をこしらえているのだが、この時期に七草粥を食べる事はチャンと理に叶っているから昔の人は流石。

 そもそもこの風習が伝わったのは平安時代と言われているがハッキリしSANY2005.JPGなくて、それ以前から食べていたとも言われているから不明。
 この七草粥、本来は薬草で無病息災を願ってつくられたもの、野にある薬草を摘んで胃に良い食べ物として食していたのだと言う。
 この七草のうち、ホトケノザとは本来毒草、本当のホトケノザは有毒のある植物、食べてはならない物だと言うが、今食べているのはキク科の植物で毒はない。
 本来のホトケノザでは無いもの、薬草にも毒があるものも多く、それを見極めて食べていた昔の人は、生活の中からの経験がものを言う。
 江戸時代に入ってからは一般庶民もこの日に七草粥を食べていたと言われ、現代と同じ様な食べ方であった様、しかし最近では七草粥を食べる人は極端に減っている。
 食生活の変化や風習自体を知らない人も多くなり、この七草粥も食べなくなってしまった様、以前はスパーでも良く見かけたが、最近では余り派手ではない様少なくなったのだ。
 この七日に全国的に七草粥が食べられるが、地方によっては雑煮やぜんざいと言ったものが食べられ、土地土地の風習も違いを見せている。

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2020年01月04日

今年も自然薯

   正月は自然薯
 今年も恒例の親戚一同我が家に集合、正月恒例の食事会、毎年正月DSCN0345.JPGには親戚が集まり、わが家で食事をするのがきまり。
 決まりと言うよりは恒例の行事、1日、2日の2日間で約60人集まって来るから大変、狭い我が家は人で一杯だ。
 よく人に聞かれるのが、そんなに人が一杯集まって何処で食事をするのかと、確かに人から見れば不思議でならない。
 そんなに大きな家でもないのに、何処で集まるかと言う事だ、確かに我が家は狭いが、別に知らない人ではないので窮屈だが座る事は出来る。
 2部屋に一杯の人で埋まる事になるが、それもまた楽しいもの、子供達も狭いがゆえに楽しんでいるようだ、そんな状態でも子供たちは遊ぶ所を見つけて、自由に飛び回っているから面白いもの、より親密感がでて之はこれで良い。
 狭い部屋だから逆に親密感があると思うが、あまり隔たっていると話もし辛いのでは、狭いから良いと思う、これだけ人が集まると食事も大変、見る見る出した料理が無くなってしまい、慌てる事になるのも毎年の事。
 そんな事はお構いなしに食事は進むもので、出したものがあっという間に胃袋に消えて行くが、それにしても若い人は良く食べる。
 普段2合のご飯が3日はあるのに、今日は1升5合を炊いても足らない位、あっと言う間に胃袋に消えて行くから凄い。

 正月といえば、この地方の風習で自然薯を食べること、2日間で3キロの自然薯が胃袋に消えるのだ、これを楽しみにしてくる親戚ばかりで、お節料理よりも自然薯が優先、今年の味はどうかと、厳しい意見も出てくる。DSCN0346.JPG
 小さい時から食べなれているから、味にはうるさい連中ばかりで、今年の自然薯は香りが薄いとか、粘りがないとか、それはうるさいのだ、孫たちも小さい時から食べているから、全く抵抗もせずに食べるが、初めて連れられてくる人は最初自然薯を見て躊躇する。
 何だか知らないヌルヌルとした汁状のもの、美味しとは思えないらしく、どのようにして食べたらよいか戸惑う。
 この自然薯の作りは私の担当、子供のころより親父に仕込まれたから、普通の人よりは作りにはうるさいのだ。
 陶器の卸板であらずりをした後、すり鉢で約2時間以上すらなければならず、これが一苦労であるが、怠ると味が落ちる、味にうるさい連中だから手を抜くことはできず、2日間は自然薯制作で疲れ果てることもあるのだが、恒例行事だから仕方がない。


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2020年01月03日

一富士

   何故だ
 一富士、二鷹、三なすびと言われ、良いものの例えとされている言葉、一DSCN1978.JPGつは目出度いものとしても扱われている言葉である。
 一般的には初夢にみると目出度いとされる言葉、昔から正月の初夢は目出度いものを見ると縁起が良いと言われ、その代表が富士山、日本一の高い山であり、誰もが憧れる富士の山。
 もともと初夢は大晦日から元旦にかけての夜に見る夢の事、それが一年で一番最初に見芽夢とされているが、諸説あり、2日から3日の夜にかけてみる夢とも言われている。
 一日か二日かと言う事なのか、所によって違いがあり、現在では2日から3日にかけてが初夢だと言われているが、これもまた処によりである。
 では一富士は誰もが納得する意味で良い、つまり日本一だから異存はないと言われるが、では2番の鷹はどうだろう、鷹は高い所を飛ぶから、これも高いに由来すると言う、そして3なすびはどうか、駿河の初物なすびは高値で取引され、これも高いものとしての意味と言う。
 そもそも江戸時代の事、駿河の国に徳川家康がおり、神君家康自身が好きなものとされていたのが、鷹雁りと初茄子と言われ、勿論駿河の国の富士山は日本一、この家康の好きなものを並べたものだとされている事から、一富士、2鷹、3茄子と例えたとの事。
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 いわれは兎も角初夢は縁起が良いものかよい、この3つを題材に色々デザインされているから、探してみるのも面白いと思う、私もいわれは兎も角富士山をデザインした皿を探してみたら、あるはあるは、どんどん見つかり、如何に富士山が本当に愛されていたと言う事が肌で感じられた。
 富士山だけ描かれたものは非常に多く、その殆どが三保の松原から見た富士山、ここから見る富士山が昔から一番と言われており、どの皿にもこの構図が多く、誰しもこの景色がピッタリとしていると思っていた様で、数々の更に描かれているのだ。
 やっぱり富士山は日本人は縁起の良い山、不死からくる言葉や、無事と言う意味もあり、高い山だけではなく縁起のよい山であると思う。
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2020年01月02日

お屠蘇

    正月の儀式

 SANY3667.JPGお正月、お屠蘇で一年の健康を願うもの、三が日の訪問者にもおとそで迎えるもの、このお屠蘇古くから日本に伝わり、宮中で儀式化された。
 元々中国の三国時代に遡るとされ、盛んになったのは唐の時代と云われ、日本は平安時代とされるが、もっと古くからあったとも云われる。
 鎌倉、室町時代には武士階級にも広まり、江戸時代には庶民にも伝わったといわれるが、明治以後広く広まったとされている。
 お屠蘇とは各種の薬草をブレンドしたもの、山椒、桂皮、防風、肉桂、桔梗、陳皮などの生薬、これを日本酒に浸して正月に飲む。
 屠蘇散とよばれ、昔は薬屋が販売していたもの、暮になると景品につけたり、其れ独自に販売したりと、薬局が屠蘇散を扱っていたものだ。
 その効用は胃に良いとされているが、その他は風邪の薬ともなり、その用途は薬と同じ使い方、生薬であるから当然のことであるが、胃に優しく、風邪に効くから子供から大人まで飲める。

 SANY3668.JPG屠蘇の作り方は、屠蘇散を器に入れて前の晩に酒を入れ、翌日に屠蘇としていただく、漢方と同じでじっくりと染み出た薬草が体に効く、独特の風味をさせてもいる。
 現代では、屠蘇の元も販売されているから、酒だけでは子供が飲めないから、味醂と酒を少し入れて器に浸しておけば、翌日には家族で飲めるようになる。
 子供から大人まで、正月に屠蘇をいただいて、一年の邪気をはらうと共に、家族の健康を願っての儀式を行ってはいかがであろうか。
 屠蘇を飲む順番も色々とあるが、まずは年少者から順に飲んで行くのが1番多い様であり、家長から飲むというところもあり、どちらにしても新年を祝う飲み物である。

 
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2020年01月01日

謹賀新年

       あけましておめでとうございます。
 
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         日本古時計保存協会
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