2020年06月19日

灯り

    生活に灯りを
 前にも取り上げた灯り、現代生活SANY8261.JPGは明るい部屋の中で行われているもので、あの明るさは今や無くてはならない様な状態、少しでも暗くなると不安を感じる人も居るそうだ。
 確かに現代の明るさは少し度が過ぎているように思うが、果たしてそれで良いのであろうかと思うこの頃、震災以後省エネが叫ばれているが、家庭では節約しているよう。
 省エネと叫ばれて年が過ぎ、家庭から明かりが消えたのかと思いきや、前と全く変ってはいない状態、LEDの電球も進んで益々明るくなっている。
 まだまた家庭の明るさは変わってはいないもの、日本の家庭の照明は明るすぎると海外からも指摘されているが、建築業界や家電業界も余り反応していない。
 つまり相変わらずの蛍光灯を多く使用して、部屋の全体照明を続けているのが現状、もう少し部屋全体を明るくするのではなく、スポット照明にするべきだと思うが。

 そんな中、主婦の皆さん方が少しづつ、現在のあり方を変えようとしている人も、今ある蛍光灯を少し減らして、スポット的な電球使用をしだしている人もいる。SANY2874.JPG
 蛍光灯の無機質なものよりも、すこしは人間味のあるものをとアンティークの灯りを、昔ながらの電球では省エネにはならない為に、LEDの明かりではあるが、白色のものではなくて、太陽の色に近い電球を使用。
 最近の蛍光灯もいぜんの白熱灯に近い色の物も存在し、白熱灯よりは省エネタイプのLED電球を使う事により、色合いも昔のものに近付け、省エネと実用を工夫し、そんな訳で電気の笠も昔のものを使うように心がけ、アンティークな笠を探してアンティークショップをめぐり。
気に入ったランプシェード求めているらしい、それらの人達に人気があるショップは、色とりどりのランプシェードを用意、希望に答えられるように工夫しているところがある。
 人とは違ったものを求める人にとっては、そのような店を訪れるのも人気、自分好みの物を探す時が楽しいらしく、良い物に出会ったときは気分も上々、写真はその様な人達の要望に答えるため、様々な形のランプシェードを仕入れ、楽しく買い物が出来るようにデスプレイに力が入っている。
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2020年06月18日

その後

   芽が出た
 以前にブログにあげた槇の木、昨年の暑い夏に三本DSCN2221.JPGの枝がられ、わたしとしては慌てふためいたもの、何故ならば我が家を新築する時に植えたお気に入りの木だから。
 新築をする時、いくら小さな庭と言え槇の木だけ絶対に植えたいと思っていたから、その槇の木を自分で探してきた。
 友人の紹介で生産地に行き、気に入った槇の木を見つけ、高かったが買い込んで小さな庭に植えた、それ以来40数年何の問題もなく成長してきた。
 昨年の9月に異変が起こり、三本の枝が何んだかおかしな状態に陥り、葉っぱが枯れだしたので慌てふためいたのを覚えている。
 あれだけ気を使って育てて来た槇の木、それが枯れだしたから当然慌て、知り合いの植木職人に相談、槇の木の状態を見てもらった。
 植木職人曰く、暑さのせいで水不足が原因かも知れないとのこと、あれだけ気を付けていたのにとガッカリ、反省したものだ。

 その職人から、「この状態なら来年には芽が出DSCN2288.JPGてくると思う、その時また考えようと」そんな事で昨年は過ぎ、槇の木を見守ってきた。
 そして6月初めに枯れた枝のもとから小さな芽が、職人からは思い切って枯れた枝を切れと指示され、枯れ枝を切り落とした。
 しかし思い切りが悪く、大胆に切れなかったので心配はしていたが、ここえ来て小さな芽が出、嬉しいやら、驚くやら。
 早速植木職人に電話で相談、指示を仰いだら、今は其の侭にしておき、芽が出尽くしたらその時に出向くとの事であった。
 去年植木職人から「木が元気なら来年は芽が出てくるから心配ない」と言われたが半信半疑であったが、やはり結果はその通りに、木は自分で回復するために頑張ったのだと、自分なりに納得したが、それにしても自然の生き物は回復力が強いと思った。
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2020年06月17日

黒と白

   猫の色
 招き猫、昔から庶民に好かれてきた招き猫、発祥には色々な説があSANY8441.JPGるが、これと言った確証がなく、何処が発祥か分からないのが実情。
 手前みそ理論ばかりが先行しているから、確たる証拠もなく、言い伝えが歴史的事実の様にになっている所も多く、信憑性に欠ける。
 江戸発祥説も色々とあり、確たる証拠もないままが現実、やはり京都が発祥と唱えるのが自然かもしれないし、伏見人形がルーツとも言われている。
 もともと伏見人形が作られ人気になり、それが各地に伝わり招き猫に発展していったと見るべき、そんな中突発的に発祥したものと捉えるべきか。
 もともと伏見人形に猫はつくられており、それが元になったとも言われているから、各地でつくられても不思議ではなく、招き猫の基礎は伏見人形にあった。
 江戸時代の浮世絵にもしばしば招き猫が描かれているが、現物は残っていない、あるとしても現在の姿とは少し違ったもの。
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 では招き猫には種類が色々あるが、最もポピュラーなものは三毛猫、このスタイルが招き猫のスタイルと思われているものだ。
 しかしそれだけでは無く白黒の招き猫も存在しており、其方の方が古いものとされているが、現実は何とも言えない。
 そんな中に黒猫の招き猫が存在、厄除けの意味もあるそうで、真黒な招き猫がつくられ、これも人気であったと言う。
 ポピュラーなスタイルものとは少し違うが、招き猫には変わりなく、店頭に置かれて商売繁盛を願ったもの。
 どんなスタイルの招き猫も客寄せのためのおまじない、人が寄って来る事を願ったものに違いはない。
 製造された数から言えば、黒色の招き猫は数が少なく、圧倒的に三毛猫が地位を占めているから、黒色は珍品とも言える。
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2020年06月16日

使えるのか

   代用品
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 戦時中、金属不足からくる代用品、陶器の町瀬戸で当時製造された代用品、現在のエコとは少し違ってはいるが、これもエコであるのかと問いかけられるものだと思う。
 戦時中の事だから色々と考え方によっては取り方も様々で、代用品はエコなのかとか、必然的にエコになったものなのか、それは時代がそうさせたのか。
 勿論日本は戦時中の事、海外からの輸入に頼ってきた日本、そんな状態の中から生まれたもの、それが代用品と言って良いが、一概にそれだけでは無いと思う。
 確かに金属不足は事実として存在し、変わるものを求めていた時代だからこそ、生まれたものだと思うが、職人たちはそれだけでは無く、当時として何かを生み出したいと言う考えもあったものと思う。
 現に残っているものを見ると、代用品だからと言うだけで片付けられるものではないと思う、確かに上からの指示であった事は事実。
 それだけではなく職人自身が考え出したものも存在しているから、単に代用品で判断出来ないものがこれ、スチームアイロンだ。

 写真のスチームアイロンは戦時中に製造されたものだが、代SANY2098.JPG用品を超えてつくられたと考えるべきではないかと思われる。
 このアイロン、陶器で製造されてものだが、取っ手部分は金属製、持ち手は木でつくられており、実用的なものとして製造されたと思う。
 取っ手部分に紙のシールが残っているが、それは新実用新案の特許を取得しているもの、やはり実用的に使えるものとしてみとめられたアイロンであるが、実際に使ってみたが余程熱い湯を入れないと蒸気は出ない。
 このアイロンは炭やガスの上で本体を温めないと蒸気が出ず、それもやっては見たがアイロンの底に一つしか開いていないない穴、これでは蒸気は薄くしか出ない。
 当時どれだけ売れたものか、それとも販売する前に終戦を迎えたものなのか不明である。

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2020年06月14日

手彫りです

    フランスの香り
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 今は人気がなくなってしまったライター、喫煙も厳しく使う人も少ない、そんなライター世界各国で製造されているが、とりわけヨーロッパ物が人気、其れも一番人気はフランス製、何故かしらフランスのライターは人気、特に日本人には馴染みの深い製品でもあり、ライターと言えばフランスものと決め付けているかのよう、何故フランスなのか、それは分からないが。
 何故かと聞かれれば、「何となく」と答える人が多いのではと思うが、私もその1人であり、フランス製のライターを幾つか持っているが、何処が良いのかと云われれば、実のところ私もハッキリしない。
 フランスと言えば「デュポン」と「カルチェ」の2つ、ドチラも老舗であり、世界で最も愛されているメーカー、しかしこの2つライバラ同士であり、個性も全く違うもの。
 デュポンは四角い形のライターを主体としており、片方のカルチェは長方形の丸みを帯びた形をかたくなに守っている事、2つとも個性のかたまりみたいなライターだ。
 SANY3156.JPG其々にファンが居て、「デュポン派」、「カルチェ派」とこれまた別れ、どちらも譲らずファンを虜にしている事、世界の一流品とはそう云うもの、兎に角支持者が多い。

 今回のライター、カルチェのライターの中でも手の込んだ物、金と銀のストライプに手彫りを施した個性的にライター、鋭く彫られた模様は連続模様。
 ストライプと手彫りのバランスが何とも云えない雰囲気を醸し出し、やっぱりカルチェと思う出来栄え、派手さを追求したカルチェらしいデザインとも言える。
 ライターの蓋を開ければ、カルチェのライター独特のスライド式の点火装置が顔を出す仕組み、この独特の装置が又人気の火付け役でも有る。
 これが良いと云うファンも非常に多く、カルチェのスタイル長方形の手の中にシックリ来る形、ファンならずとも見る者にとっても美しさが光る逸品なのだ、しかし今は喫煙も厳しくライターも影をひそめてしまった、これも時代なのか。
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2020年06月13日

ゆらゆら

   波 状DSCN2278.JPG
 最近問い合わせが多いのが古時計のガラス、何故かと言えばネットで買い込んだがガラスが違うと、そんな問い合わせが非常に多くなっている。
 ガラスは透明でまった真平が普通、それが当たり前の現代社会、ゆがんだガラスなどないもの、しかし古時計の世界ではゆがんだガラスが貴重なのだ。
 昔のガラスはゆがんだものが当たり前、真平なガラスなどは存在しないもので、若い人たちに分かり辛いらしくどんなものなのかと言う質問。
 口で伝えようとすると非常にむつかしいもので、実際に目で確かめないと実感が湧いてこないと思う、やっぱり現物を見ると良いと思う。
 百聞は一見に如かずと言う諺があるが正にその通り、自分の目で確かめると良い、ゆがんだ感じがわかると思うし、記憶に残るとも思う。
 現代のガラスとの違いがハッキリと区別できるもの、目で見て感じ取るのが最高の体験、実感が湧くもの、それ位ゆがんでいるのだが。

 何故歪んでいるものなのかと言う事は、製造方法にあり、DSCN2277.JPG現在の造り方とは全く違う製法、昔のガラスは人力で造るものなのだと言う事、職人が一つ一つ息を吹いてガラスを膨らませ、バルーン状にした後、それを切り開いて鉄板の上で平らにする製法、だから絶対に真っ平にはならない。
 その上気泡も多く入っているから、所々にその跡も残っているのが昔のガラス、今のガラスは鉄板の上に圧延で伸ばしまっ平にするからゆがみはなく、透明度も高い代物が製造できる。
 昔のゆらゆらガラスは斜めの角度から見ると、その歪みが実感できるが、写真に撮ると中々難しく、上手く撮れないのだが少しはゆがんで見えると思う。
 大正時代までのガラスはゆがんだガラスが多かったが、それ以後は平らなガラスになっているので、古時計のガラスも時代の変化に敏感に反応している。
 明治のものはゆらゆらが激しく、大正から昭和のものはゆらゆらが少なく、それも実際に見て感覚で覚えないと分からないと思う、しかし最近はゆらゆらガラスは中々手に入らない。
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2020年06月12日

麦秋

   少し遅いがDSCN2279.JPG
 麦秋とは麦の収穫時を言う、5月末から6月初め頃のことを指す言葉、青々としていた麦の色が黄色に染まるころの季節を言う言葉である。
 勘違いする人がいるが秋とついているから、本当に秋だと思っている人もいると言うが、そうではなく今の時期を指している言葉。
 最近はあまり見かけなくなってしまった風景、外国産の麦に押されて麦畑が少なくなってしまい、今や麦秋を見る機会がなくなった。
 昔はどこの畑もこのような麦が色ずく風景を目にしたが、今や幻の風景になってしまって様、一面の黄金色の畑、まさに秋の苗が色ずくころと同じような風景。
 そんな風景も今では見る事も少なくなってしまったのはが外国からの輸入、かって日本で収穫していた麦も外国産に押されて姿を消してしまった。
 農家は採算が合わないために麦の栽培をやめてしまい、国産の小麦や大麦はほとんどなく、外国産のものばかり、つまり輸入品である。

 この時期になると思い出されるのが「DSCN2282.JPGこうせん」、麦を粉にしてもの、母親が米屋さんに麦を持って行き、粉にしてもらったのだ。
 その粉に少し砂糖いれて食べる、香ばしくて麦の香りと砂糖を甘さが合いまって、この時期のおやつとなっていた。
 そんな頃が懐かしく思い出されるのもこの時期、そしてもう一つが麦わら帽子、刈り取った麦の本体を乾かした後、加工して麦わら帽子を作るのだ。
 麦が大量にあったので麦わら帽子も安く作られていたが、最近ではすべて輸入に頼っているとのこと、ここにも時代の流れが押し寄せた一例かもしれない。
 何にせよあの懐かしい麦畑の風景も、簡単には見えなくなってしまった昨今の畑、長い梅雨が到来し、ジメジメの季節となる。
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2020年06月11日

古民家のオブジェ

   色々あるがSANY1940.JPG
 瀬戸市の古民家久米邸、私のホームグランドでもあるところ、ここで展示を開催して10数年になり、一年中出入りしているみたい。
 春の雛巡りに始まり、五月人形、そして時の記念日展、それが終わればこけし展、そのあとが招き猫展と次から次へと展示が目白押し。
 その為に年中古民家久米邸に出入りしている始末、他の人から久米邸は戸田さんの展示場ですかと、そんな陰口も聞かれるのだ。
 確かに知らない人から見ればその通りかもしれない、兎に角一年中展示をしているから、そのように思われても仕方がない。
 ここの主人からは戸田さんの好きなようにして下さいと、有難い事でそれに甘んじての展示であるが、口の悪いおば様方からは「戸田さん所有の古民家」とやっぱり陰口、確かにその通りかもしれない。
 しかしおば様達もそんな事は知り尽くしているから、単なるジョークとして私に放っているだけの事、そんな古民家久米邸、明治末期の建物、随所に痛みも出てきており、頭の痛い所でもあるが、騙しだましで今日に来ているが、何せ古い建物であり、痛みも多いが修理するにも大変な作業、そこはそこそこにして使用しているのだ。

 この久米邸、庭も広くて家を一周できるようになっており、庭木SANY1934.JPGも多いが手入れもまた大変な事、毎日草取りをしていても追いつかないありさま、これもまた頭の痛い事、抜いても抜いても雑草は生えてくる。
 そんな中に久米邸にも色々なオブジェが設置してあり、よく気お付けて見るとあちらにも、こちらにもカエルがいる。 私もはじめは気が付かなかったが、よく観察してみるとカエルの数が多くて、こんなにカエルがいたのかと。
 カエルの種類も色々とあり、私には分からないが種類は多いと聞く、これらのカエルも芸大生が制作して置いているとか、改めて一つ一つ見てみると、確かに言われた通り、個性的なカエルが多い事に気が付くのだ。
 ガマガエルがいたり、ひきガエルがいたり、ユニークなカエルも存在しており、何種類いるのか分からない位だ。
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2020年06月10日

版画和時計

   美しいDSCN2149.JPG
 今日は時の記念日、そこで好きな伊東深水の版画和時計、世界に名だたる時計の一つ、日本で造られた独特の時計、世界に類を見ないと言われる時計が和時計、そのルーツはやはりヨーロッパ、14世紀に宣教師が日本に伝えたと言われているもの。
 残念な事に初めに伝えられた時計は現存していないが、その後家康に献上した時計が残っており、静岡の久能山に伝えられている。
 この時計が現在では一番古いものとなっているが、もっと前に伝えられて物があり、現存していないのは残念な事である。
 そのヨーロッパから伝わった時計をモデルに津田助左衛門なる人物がコピーして時計を製造、家康に献上したと言われ天保3年1833年尾張史に記録が残されている。
 この津田助左衛門が日本の時計の元祖と言われ、以来名古屋の地で製造し、その子孫は現在も名古屋に在住している。
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 そんな和時計を古時計愛好家の堀田良平氏が日本画家伊東深水に依頼し、堀田版と言われる版画を制作した。
 伊東深水は名だたる美人画の大家、彼が描く日本美人は妖艶な姿で人気が高く、愛好家の推奨の的でもある。
 その堀田版深水の版画、堀田版の版画の中で一番人気の版画、和時計愛好家なら一枚は欲しい版画であると言われているもの。
 左側に二丁天賦の和時計を配し、妖艶な若い女性が横顔で時計を眺めている図、怪しいまでの流し目、色化が漂っていて伊東深水の得意とする描写、美しさが滲み出ている様である。

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2020年06月08日

網戸

   この時期に
 何時もの事、この時期になると網戸の張替えをしていDSCN2274.JPGるが、今年はコロナのせいで早くやらないと、換気が重要だと言うことで。
 毎年、網戸の手入れはしているが、何だか今年はコロナのせいで日本全体がおかしくなっていると思う、ホームセンターでもそれが顕著に表れている。
 外出自粛で中々出れなかったので網戸の張替えも遅くなってしまったが、張替え用の網を買いにホームセンターに行くも、ここも何時もと違い被膜防止カーテンが、兎に角何処に行ってもカーテンが目の前にある。
 少しは慣れたがやっぱりおかしい、こんな状態は何時まで続くことやら、愚痴を言ってもまだまだ先が長いかもしれない。
 そのコロナ、部屋の換気が大事だと言う事なので、網戸を張り替えせねばとホームセンターで張替え用の網を探す事にしたが、去年の値段よりも高くなっている。
これもコロナのせいなのか、何処に行っても値段が少し高くなっているような気がする、何でもコロナにかこつけている様に見えてしまうが仕方がないのか。

 去年までなら部屋の換気もそんなに気にしなくて、網DSCN2273.JPG戸も点検し悪い所を変える程度であったが、今年は全部変えることにした。
 それも網目がもっと細かいものを買い込み、何時もよりもさらに細かい目のものを買ったが、値段がやっぱり高い、踏んだり蹴ったりのコロナのせいだ。
 愚痴も出るが仕方がなく細かな網を買い込んで張替え開始、ところが今までと少し違う事に気が付き、何処かおかしいが分からないのだ。
 何時もならスムーズに張り替えられるのに上手く行かない、何故だと思っていると目の前に網の解説文章が、それを読むと網目が細かいと弾力性が強いから、しっかりと張るようにと注意書き、なるほど網目が細かいと弾力があるのだと気が付く始末。
 網戸を変えるのにも去年と違い、コロナのせいで何もかもがおかしな状態になっている、世界的に流行しているコロナ、何時収束することやらと、ぶつぶつ言いながら網戸の張替えを完了させた。
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2020年06月07日

確認事項

   来る6月14日浜松ミーティングを開催します。
   場所、浜松市東区小池町2543−4
      NKトレーディング事務所
   連絡先、053−465−3666
   時間、 11時30分開始
   会費、 1500円 昼食を含む
   尚当日はオークションを開催いたします、参加ください。

   日本古時計保存協会  事 務 局  
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2020年06月06日

今年のキュウリ

   出来が悪いDSCN2270.JPG
 毎年栽培しているキュウリ、はじめてから9年になるが今年は少し変、毎年成績が良く沢山の実を付けたが今年はやはりおかしいのだ。
 震災後プランターでの栽培をおこなって来たが成果は上々、去年とその前の年は大成功で食べるのに必死な状況であった。
 収穫が多くてプランターでもこんなに収穫できるものなのかと、大変驚いたのが去年と一昨年の事、朝の食卓には必ずキュウリがのっていたものだ。
 勿論キュウリは好きで何度食べても良いが、あれだけ収穫があると流石にキツイ、贅沢な話であるが仕方がなくて、食べるのに必死の状態であった。
 これも又変な話であるが本当の事、出来過ぎて食べるのに必死では流石にキツク、余り出来過ぎるのも良くないと思ってしまう。
 人間と言う動物は自分勝手であり、欲しいと思うものは手に入れるが、余り多いと拒む、勝手なものでどうしようもない生きもの。

 プランター栽培は土が命、その為にDSCN2272.JPG毎年土を入れ替え栽培に良い環境を作っているつもり、ホームセンターで教えて貰った通りに栽培して成功していた。
 しかし今年のキュウリはまだ2本目、去年は同じ時期に植え、すでに10数本もの収穫があったと思うが、今年はまだ一本しか取れていない。
 その上花が咲いていないのもおかしく、何処に原因があるのか分からず、ホームセンターで聞いても首をかしげるだけ。
 土も換えたし、肥料も入れたので問題はない筈、しかし実がならないのが心配、毎年同じことをやっていても違いが出るのも栽培なのか、作物とは簡単に行かない事を実感している。
 果たしてこの先回復して花も咲き、実がなるだろうか心配、自然のものだから何ともしようがないが栽培とは難しいものだ。
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2020年06月05日

昔は良かった

    喫煙者にはつらい
 DSCN1898.JPG最近では喫煙に対して厳しくなり、何処でもタバコを吸える状況ではなくなってしまい、肩身が狭いと思う。
 喫煙者にとっては厳しい時代になり、煙草を吸うのを止めなければならないのかと、そんな思いでいる昨今、私も喫煙者としては身にせまされている一人、煙草は害になると言う事は十分認識しているもの、言われなくても分かっているのだ。
 酒と煙草どちらが悪いのかと、こんな文句も良く聞く言葉、確かに両方とも体に悪いもの、ならば何故止めぬのかと言う。
 勿論、そんな事は言われなくとも分かってはいるが、多い少ないは別にして未だに止めるつもりはないのだ、それは言い訳に過ぎないと言うが、言い訳ではないのだと思うと自分では思う、何故ならば吸うのを止めるとイライラがはじまるのだ。
 人はそれをニコチン中毒と言うが、決してそうでは無く、時には一日吸う事をしない時も多いが、それでも止めたいとは思わないので、何故だと言う人が居ると思う。
 煙草と言えばニコチンとタール、この両方とも体に悪いものと言う、しかし量さえ少なければ良いのではと、そんな勝手な思い込みをしているが、周りの人にしてみれば迷惑な話、煙も嫌だが臭いも嫌だと、そんな風に思っている人が多い。

 以前であれば喫煙室で煙草を吸い、職場に戻って行ったが、DSCN1903.JPGそれでも匂いは消せないもので、他の人からは白い目で見られているような、時代はもっと厳しいものになり、我々は今後どのように追い詰められるのかと、そんな事をおもわざろう得ないのだ、実は現在私はパイプで煙草を吸いたいと思っており、以前から買い集めたパイプもあり、それで煙草を吸いたい。
 自分の家でも吸う事が出来ないために、大きな駐車場に行き、車の中でパイプで吸っていたが、それすらも出来なくなった。
 隣に車を止めた女性が此方を睨んでいる様な、そんな気配を感じるようになったので、それも現在は止めているのだ、人目が気になってじっくりと煙草が吸えないので、難しい世の中になったものだと、つくづく思う今日この頃、しかし電子タバコは吸いたくない。
 昔の事は言いたくはないが、あの日に帰りたいとツクヅク思う日々、この様に思っているのは私だけだろうか、人に気兼ねなく煙草を吸いたいと、そんな事を夢見ている自分がおかしく、何でそんな時代になったのかと独り言。
 写真は古いピー缶、パイプは新品のもの、常時使用しているものと違うもの、ピー缶は現在真新しいものになっており、これからもっと厳しくなり、煙草の値段が跳ね上がるようだとも聞く、益々昔が恋しくなってしまうのだ。

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2020年06月03日

またまた難題

   例の男
 機械オンチなくせにやたらと機械に絡SANY4352.JPGむ癖、自分では全く機械の事がわからずに知ったかぶり、そして問題を起こす男。
 自分の友人ながら何で何時も何時も事件を起こすのか、何度この男に振り回された事か、その都度此方が尻拭いをしなければならない。
 自分に自覚がないから何度でも同じことを繰り返すが反省が全くない男、それでいて憎めないから問題でもある。
 今回もまた難題を持って現れ、これを簡単に直してほしいと、持ち込んだのがドイツ製のオルゴール付き鳥かご。
 30センチ位の大きさの鳥籠、そんなに古くないもので普及品の代物、良くあるお土産品に近いもの、これを直して欲しいと持って来たのだ。
 以前にも同じようなものを持って来て、結果は散々目にあい、2度と持って来るなと注意したはず、なのに平気で持って現れる。SANY4358.JPG

 この男に反省の文字は無いのかと、つくづくと思うのだが、今回もまた修理せよと、それも人の持ち物であるにも関わらず、開いた口が塞がらない。
 話を聞けば知人に壊れたものを直して欲しいと頼まれたと言う、毎度のことだがこの男簡単に引き受けて来るから困ったものだ。
 それも直せないものを関係なく頼まれてくるから厄介、直せるか、直せないの判断も出来ないのに引き受け、私の下に来るからたちが悪い。
 機械を調べてみても修理できないもの、完全に壊れているもので部品も無いもの、修理屋さんも断るものを持って来たのだ。
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2020年06月02日

でごいち

    真っ黒です
 又デゴイチ、今尚絶大な人気をDSCN2170.JPG誇っている磁器で製造されたデゴイチ、蒸気機関車D51、「通称でごいち」鉄道ファンならずとも、この機関車は馴染み深いもの、幼い日の郷愁を感じる人、逞しい息使いを思い起こす人、新鮮な気持ちで見る人」など様々であるが、今尚高い支持を受けている。
 昔この蒸気機関車に乗った人は、その時の感動を感じさせるものに会った思い、あの日の事がよみがえってくるような気持ちに、そんな思いにしてくれる蒸気機関車「D51(でごいち)」。
 全国各地で今は観光用として僅かにその勇姿を留めるに過ぎず、殆どがスクラップ化されてしまったようだが、公園の片隅でひっそりと余生を送っているものもある。
 我々の年代は蒸気機関車のお世話になったもの、遠足や家族旅行などで蒸気機関車の引く列車で旅をし、顔を黒く染められた思い出の機関車だ。
 愛知県瀬戸市で製造されたD51がデザインされた灰皿、この灰皿SANY6600.JPGの特徴は煙突から煙草の煙が出るような設計になっている事、灰皿と言っても皿状にはなっていなくて、SLの形をしている。

 全体が真っ黒な上薬が掛けられ、如何にもD51の風貌を上手く引き出してるが、残念な事に黒1色であり、もう少しコントラストがあれば、もっとリアルに表現できたのではないだろうか。
 このような形状の物を成型するには、腕の良い鋳型師が居なくては石膏型は出来ないもの、デザインをそのまま石膏型にしようとしても、中々思うようにならない。
 石膏型から出来上がったSLの形をした物を取り出すのは難しく、泥上になった土を均一の厚さで鋳込まなければならず、薄い物を鋳込むことが重要になる。
 そんな難しい事を実現させて出来上がったものが、このデゴイチであり、写真で見るより現物のSLの方がよりリアルに表現できているものだ。
 後ろの部分に煙草を置くと、前方の機関車の煙突から煙草の煙が出てくるように設計されている灰皿、この形にして製造するには凄い努力があったものと思う。
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2020年05月30日

暑い時期が

   そろそろ梅雨
 今年はコロナ騒ぎで暑いのも忘れてしまいそう、家の中にいるDSCN2265.JPGせいか余り暑さを感じないが、外は温度がどんどん上昇、真夏日が出る時期になってしまった。
 家の中に居ると外気温もあまり分からず、天気予報を見て知るがそれは感覚ではなく温度の数字、確かに高くなっている。
 もう6月になるから梅雨も近く、うっとおしい雨がやって来るが、この時期になるとテラスの日除けをしなくてはならず、毎年行っている。
 以前は梅雨明けに行っていたが最近は早くなってしまい、梅雨前に行うようになり、今日簾をテラスの上に置く事になった。
 本当は梅雨明けでないと簾が痛んでしまうが、この暑さでは仕方がなく早く簾を上げてくれと妻にせがまれ、日本間にかけてあった簾を外してテラスの上に置く事に。

 我が家では日本間の前に簾を掛けてあるDSCN2264.JPGが一年中掛けており、この時期になると新しいものと交換するのが習わし、古くなった簾馬テラスの上に置き夏過ぎまで上げておく。
 簾の使いまわしだが結構便利で、夏の暑い日差しから光を遮ってくれるので便利、何も新しいものを使う必要が無い。
 日本間に掛けてあるからさほど傷んでなくて状態は良い、やはり掛けてあるからと思うが、テラスの上に置くと暑い日差しと雨のせいで劣化が早くなる。
 掛けている時はさほどでもないが、横にして雨と日差しに充てると劣化は早く、夏過ぎには使えない状態になってしまうので使い方次第で持ちも悪くなると実感している。
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2020年05月29日

猫の顔

   個性が表に
SANY0218.JPG
 招き猫、現在でも根強い人気を保っているものの一つ、商売繁盛のお守りとして、商店主から絶大に支持を受けたいる。
 全国各地で製造されているが、それぞれの造り方で製造されているが、勿論その所の特徴を出しているのだ。
 もともとは素焼きの招き猫が造られていたが、時代と共に磁器で製造される様になり、より豪華なものまで現れる事になる。
 商売繁盛を願うものだから、それなりの拘りと信頼性も要求されるもの、昨今ではマスコットとして人気であるが、それはそれ。
 やはり商店主にとっては商売繁盛が望み、それを叶えてくれるものが招き猫、昔から親しまれている信頼感だ。
 そもそも招き猫は鐘を集めてくれるものではなく、人招きをしてくれるものだが、商売では人が集まらなければ金も集まらない。

 だから人が集まってくれる願いを込めて、店頭に招き猫を置いて、人寄せの為のおまじないと言って良いものだ。
 だからこそ、招き猫が愛される秘密でもあるのだが、マスコットとしての招き猫は違うもの、可愛らしくあればそれで良い。
 最近の招き猫もその時代の流れで、変わった招き猫が登場、今までに無いものが造られ、市場に出回っている。
 両手を挙げて、金と人を同時に呼び寄せたいと言う願望を持つ猫、私にはお手上げ状態の万歳にしか見えないのだが。SANY0240.JPG
 人間の欲望を満たすために造られた招き猫が、思わぬところまで進化してしまった一例でもあるのだと思う。
 しかし昔ながらの正統な招き猫、仕来りにのっとり人を招き入れる為に造られているが、そこは作り手の個性も入っているのだ。
 同じ招き猫でもやはり比べて見れば個性が、双子の兄弟でも一人、一人に個性があるもので、招き猫にもその個性が。
 同じような顔をしていても、良く見るとそれぞれの個性が現れているもの、顔が突き出て本物の猫みたいなもの、丸顔で可愛らしいもの、そして伝統的な顔をしている招き猫、やはり一つ一つに個性が表に現れていて、ジックリと見ていても飽きない顔をしているのだ。







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2020年05月28日

今年のバラ

   はちものDSCN2242.JPG
 今年のバラ、昨年虫に入られ弦バラは全滅に近い状態であったが、何とか持ち直して生き延びている、しかし元気がない。
 当然の事だと思うがなんとか頑張って生きて欲しいと、色々試してみているので何とかなりそう、しかし花は少なく小さい。
 40数年我が家と共に生きてきたバラだから、兎に角頑張ってほしくて専門家にも相談し、アドバイスは貰っている。
 一番綺麗で好きなバラだけに持ち直して、綺麗な花を咲かせて欲しいもの、弦も少しは出て来たみたいだから来年に期待したいものだ。
 一方、はちものは元気な様子、はちもののバラはそんなに良くないもの、自分では好きではないが妻はこちらが良いと言うのだ。

 好き好きだからそれは良いが、はちものはDSCN2241.JPG置く場所に困り、咲いた時は良いがそれは一時期、その後は場所取りをするので面倒。
 今は玄関先に置いているが、花が終わってしまえば場所を移さなければならず、その場所も問題、庭が狭いので変な所に置くと犠牲者が出る。
 うっかり引っ掛けて怪我人が出る事に、それは私だ、何度となくバラのせいでひっかき傷を、だから場所が問題。
 そんなバラに限って枝を伸ばしており、幅を利かせているので厄介、もう少しこじんまりと咲けば良いのに儘ならない。
 今年は元気が良く蕾も沢山で、今は良い状態だから仕方がないが、咲き終わったら安全な場所に移動しなければ怪我人が又出る事になる。


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2020年05月27日

相談

   質問ではなくDSCN2225.JPG
 古時計愛好家から色々な質問が寄せられるが、何もかも古時計に関して知っている訳もなく、それでも関係なく多く寄せられる。
 古時計に興味を持って貰う事は非常に良い事で、保存協会としても有難い事だと思っているが、何せ私一人が対応しているから大変。
 古時計と言っても種類は多く、和時計から西洋時計、置時計から掛時計、腕時計から懐中時計と千差万別とてもの事分かるはずがない。
 誰しも良い古時計を手に入れたいと思うのは人情、私とて別格ではなく良い古時計が欲しいと思うもの、しかし現実は厳しいものである。
 第一に資金が無い、金さえあれば良いものも買えるが、小遣い程度で買いたいと思うから、現実は厳しいものだ。
DSCN2226.JPG

 そんな中、会員さんから相談したい事があると、この会員さんは良く会にも出席する人、馴染みの会員さんだが、相談とは何だろうと思っていると。
 古時計を買いたいが今買い時な古時計は何だろうかと言う事らしいが、私に相談されても困るものだ、私が欲しい物とは違うから。
 得てして投資目的であれば相談には乗れないので、詳しく聞く事にしたら、やはり投資目的のようだと分かった。
 今なら安くて良い古時計があるから、将来儲かる古時計を教えて欲しいと、こんな相談には乗れず、私には分からないが、欲しい古時計を買えばとだけ答えておいた。
 困ったもので投資目的で相談されても困るもの、もしも値段が下がったりしたら恨まれてしまうから、相談には乗れないのだ。
 純粋な目的での古時計の相談なら、少しは忠告しても良いが、投資目的は勘弁してほしいものだと思う。
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2020年05月26日

如何しても欲しい

    気にいったから
 古時計を展示していると色々な事に出くわすDSCN0827.JPGが、1番困るのは展示品を譲れという事、それもこちらが大変気に入っているものを欲しいと。
 確かに古時計愛好家なら、珍しい時計は欲しいが、展示してあるものを欲しいと言われても迷惑な話、それも珍品となると尚更の事。
 誰しも経験があると思うが、珍しい時計は中々手に入らないもので、それを手に入れるには苦労をしているはず、だからこそ愛着が湧くものだ。
 展示品にはその様な時計も幾つか展示してあるが、それを欲しいと言われても、はいそうですかと簡単に渡すわけには行かないのが人情。
 誰しも同じ心境だと思うが、しかし中にはそなん事はお構いなしに、自分が気に入ったから譲って欲しいと、申し出る人も多いものだ。

 今年の展示場でもそんな人が訪れ、是非とも時計を譲って欲しいと言われ、何度か見学に来られて、私の留守の間に係りのものに懇願された由。
 係りの人の話では、何度もみえて時計が欲しいと言われているそうな、そこでどの時計と聞けば、黒柿の小型バイオリンだという事だ。
 この時計は私が散々探し回って、ツイに気に入ったものを見つけたもの、譲るわけには行かない代物、今までにも幾度となく譲れと言われて来た時計だ。
 そして、どんな人だと聞けば、老人で何回か来られて譲れと言われるそうだが、私の居ない時ばかり来るそうで、係りの人も困っているとの事。SANY7262.JPG

 そんな事で私の居るときに来て欲しいと伝えて暫く後、その老人が再来してユーハンスの小型バイオリンを譲れと言われるが、その発想がこうだ、「黒柿が気に入ったからこの時計が欲しい」との事。
 しかしこの老人、古時計には興味はなく、黒柿だから欲しいという事だ、そしてモット驚く事には、1万円で譲れという事らしいが、老人曰く「それ位が相場だ」と、これにはこちらが驚く他はない。
 その老人、私に向って是非譲れと強引な態度、仕方なく「この時計はそんな低い評価の時計ではありません、非常に珍しい時計で、愛好家なら誰しも欲しい時計の1つです」と詳しく説明する。
 すると老人、「時計は要らないから枠だけなら譲れ」と、とんでもない事を言い出し、此方も開いた口がふさがらないが、キッパリとお断りした。
 すると、「では1万5千円でどうだ」と、こちらの事など聞いていない様子、こんな事で押し問答をしても仕方がないので、丁重にお断りをした。
 
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