2019年06月10日

時の記念日

   6月10日
 時の記念日、今日10日は時の記念日であるが休日にはなっていない、普通記念日は休日になるのだが時の記念日はなっていないのだ。
 以前から国にSANY0216.JPG働き掛けているそうだがまだなっていない、記念日だから休日で良いと思うが中々ならないらしい。
 そんな時の記念日、何時から記念日になったのかと言えば1920年、大正9年に当時の文部省の外郭団体生活改善同盟会が推奨して決められたと言う事。
 時間の大切さと、時間を守る事、それによる生活の改善が目的であったと言うが、当時の世相と相まってつくられた感じがする。
 時間の大切さと生活改善、大正期のデモクラッシ―、農村の改革や労働者の権利を守る戦いも同時に始まったようだ。
 そんな世相を反映してつくられた感がある時の記念日、いわれは兎も角時間の大切さに変わりはないと思う。
 もともと古く飛鳥の時代に遡るから、時間管理は古くからの目的でもあったようで、660年飛鳥の時代中大兄皇子が宮中に漏刻を造ったのが最初。

 当時の役人が時間にルーズで時の大切さを感じていた中大兄皇子が中国の水時計を真似て宮中に設置したものと言う。
 水時計、漏刻と呼ばれたもの、四段になった水槽に上から順に一定水を流して、一番下の水槽に水が溜まり、そこにウキを浮かべて目盛りを刻む、水が上昇する事により浮きも上がり、浮きに目盛りが刻まれており、時を刻む仕組みである。
 非常に原始的な仕組みであるが、一定の量を流す事により精度は大体刻まれたもの、現代みたいに秒単位は必要なく、当時はこれが正確であった。
 もともと日の出、日の入りで仕事を始めたもので、それに比べれば遥かに正確、役人の管理にはうってつけであったと言われてる。
 当時の役人が如何に時間にルーズであったかの裏返しでもあるが、今も昔も時間管理は支配者にとっては重要に要素である事に変わりはないのだ。
 時の記念日は671年の4月25日が記録としてハッキリしているので、此方の説をとっているが実際はもっと古く、飛鳥の宮で漏刻が造られている。
 セセコマシイ現代社会だが、時間に追われる生活はこれからも続きそうで、もう少しゆとりある生活を望みたいものだと思うが。
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2019年06月09日

西部劇

   最近西部劇

 たまたまSANY0220.JPGネットで見かけた西部劇の映画、暇も手伝ってツイツイ見る事にしたが懐かしさも手伝って、その後色々と見ることになってしまった。
 若い頃より西部劇は好きで、どちらかと言えば洋画の方が良く見ていたと思う、特に西部劇映画は好きであったから良く見た。
 一番好きであったのが「拳銃無宿」、言わずと知れたマックイーンの出世作、これにのめり込み西部劇は拳銃無宿しかないとも思っていたものだ。
 それ以来マックイーンの映画は全部見たと思うが、結局西部劇でもなくてもマックイーンの映画であれば見ていたと思う。
 当時モデルガンが流行り出し、本物により近いものを求めて、あちらこちらのショップ巡り歩いたことを思い出す。
 勿論マックイーンの持っていたランドル銃も手に入れ、現在も所有しており、時々出してはマックイーンを思い出すが、この銃は印象深いものだ。
 まだ中学生だった頃の事、モデルガンは高くて中々手に入らず、小遣いを溜めて必死の思いで買い込んだことが思い出される。
 西部劇映画と言えばジョン、ウエーンと決まっていたように思うが、私は余り好きではなく、やっぱりマックイーンオンリーであった。

 そんな事で最近マックイーンの拳銃無宿のDVSANY0224.JPGDを手に入れ、見ているうちに今買っておかないと無くなってしまうのではと想い出した。
 するとネットで探せば早く見つかるのではと思ったのが運の尽き、見る見るうちにDVDが溜まり出し、安いのも手伝って買い過ぎてしまい、今後悔しているのだ。
 幾ら安いと言っても数が多くなれば値も張る事になり、妻からこんなに買ってどおするのかと嫌みまで言われてしまった。
 確かに言われる通りで、同じものも2、3枚重なって買い込んだもののあり、嫌みの元ともなって、自分でも反省はしている。
 買い込んだものは見なければ勿体ないので、暇があれば見る事にしているが、見ているとまたまた嫌味を言われてしまう事になる。
 同じ西部劇ばかり見て良く嫌にならないものだと、確かにその通りで多くのDVDがあるが結局拳銃無宿の映画ばかり見ているのだ。
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2019年06月08日

電機は弱い

   貰い受けたが

 知人が持ってきたHOゲージの気動車、SANY0070.JPG40年も前のものだと言う代物、私も記憶がある気動車でもあるので懐かしく見た。
 知人は物を整理していたらこれが出てきたが要らないから持ってきたと言う、しかし動くかどうか分からないとも付け加えた、そもそも何年も使わずにお蔵入りしていたものが、直ぐに動くとは思えないものである事は承知しているが懐かしさが先にたった。
 以前自分も持っていたから懐かしく、それを見た時に動くかどうかよりも昔に帰ったような気になっていたのでつい手が出、貰ってしまったのだ。
 妻から何でそんな古いものを貰うのかと嫌みを言われたが、確かに動くかどうかも分からないもの、しかし頭の中は懐かしいと、そして動かしてみたいとそんな思いが。
 知人が帰った後ジックリと現物を見ると、やっぱり部品が足りないようで、どれが足りないか検査をしつつ並べてみる事にした。
 すると直ぐに動力車がない事に気が付き、貰ったものを再度検査したが何処にも動力車がないので、これはやばいと心で思う。
 しかし気楽に貰った手前妻にも言えず、他の部品も慌てて探すが、やはりその他の部品もない事が分かり、改めてガッカリする事になる。

 貰ったは良いが部品は足らないし、動力車SANY0077.JPGもなく、その上コントローラーもない事に気が付き、これは大変だと改めて思う事に。
 HOゲージに詳しい友人に見て貰うために友人宅にゆくも、友人曰く「古いドイツ物のゲージ、難しいぞ」と開口一番言われてしまった。
 その上、「あんたは電気に弱いだろ」とも言われ、電気製品は長年使わなかったものは危なくて、尚且つ危険でもあるのだと言う。
 確かに私は電気に弱く理屈も分からず、修理も出来ず、そんな者が古い電気製品を貰うとはと、あきれ顔で現物を検査してくれた。
 結果は使うのは大変な事で、先ずは錆を落として通電するかを検査し、危ない所を見つけないと危険だとも付け加えた、流石にこの時大変な事だとはじめて気が付く事になる。
 友人、早速ネットでドイツ製のメルクリンを調べてくれ、「部品は手に入るが高いものに付くぞ」と忠告してくれたが仕方がない、この状態では動かす事も出来ず線路やコントローラーを手に入れる事にした。
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2019年06月07日

何ともならない

      恥の上塗り

 SANY3908.JPG古時計を集めだして間もない駆け出しの頃、今では考えられないほどのミスを犯していたもの、忘れもしないが東寺の市での事、今までに見たことのない時計に出くわした。
 京都の東寺の市に顔を出し始めて間もないころ、以前に古時計を買った露天商の親父に呼び止められ、その店の品を見ることになったが、親父「あんたの為に面白い時計を持ってきた」と自慢げに時計を取り出した。
 あんたの為にと言われると弱い、早速見せてもらう事に、見れば今まで見たことのない形の時計、之がその時計だと「珍しい物で、自分も今までに扱ったことがない」と親父。
 確かに珍しい時計だ、すると親父「こんな時計滅多に出ない、あんたは運が良い人だ」とまくし立てられ、ツイツイ良い気持ちになってしまい、値段も聞かずに「その時計貰ってゆく」と即座に返事をしてしまった。
 何せ今まで見たことのない形で、その上親父が「あんたの為に」と言われると、そんなに悪い気にはならないし、逆に「俺が買わなきゃー誰が買う」と天狗になったものだ。

 今なら、そんな煽てに乗せられないし、時計をじっくりと見る事にしているが、こSANY3911.JPGの時は兎に角早く自分の手元に置かねばと、そんな気持ちが先にたってしまったものだ。
 写真の時計が其れ、今だに何ともならず30数年我家でそのままの状態、まずイケない所はガラス枠、この時計どお言う訳か7インチ文字盤の時計。
 今までに7インチ文字盤の時計に出会った事はなく、「何だか変だなあ」とは思っていたのが、その上したのガラス枠もない状態、本来の物は此処に木枠のガラス枠が入っていたと思われる。
 その時は8インチのガラス枠は直ぐに手に入るから、簡単に復元できると思っていたし、売り手の親父も「この市の何処かで見つけられるよ」と軽く云うので、其れを信用もしたのだ。
 今ならこんなものは絶対に買わないし、買った値段も今思うとべらぼうに高い、あの親父にしてやられたが、自分の知識のなさも反省すべきである。
 その日から、この時計の付属品探しをはじめる事になり、セッセと骨董屋巡りを繰り返してきたが、結局今日まで時が過ぎてしまい、現在もまだ買ったままの状態である。

 

 
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2019年06月06日

元気がない

    やっぱり赤
SANY2023.JPG
 家を建ててから、庭にはバラを植えたいと思っていたが、実際にバラを植えたのは大分経ってからの事、あちこちのバラを見学に行き、どの花が良いのか探した。
 あちらこちらのバラを見ていると、どれも良いバラに見えてみんな植えたいと、はじめはそんなことを思ってバラ選びをしていたが、園芸店で良いのを見つけた。
 店で話を聞けば簡単に育つとの事、それなら気に入った物が見つかり喜んで買い込み、庭に植えて咲くのを待ち続けたが、さっぱり花が咲かない。
 その内に虫に食われて苗はダメになってしまい、再び園芸店で話を聞くことに、すると「あのバラは病気に弱く、消毒をこまめにしなくては」と、はじめに言ってた事と違い、手間がかかると言う。

 簡単に花が咲くと言っていたのにと話せばSANY0062.JPG、「バラは消毒をやらないとダメです、常識ですが」と、そんな事ははじめて知ったし、簡単だと思ったのが甘かった。
 その後色々やったが、最後に残ったのがこのバラ、今も狭い庭で生き延びて40数年になり、今では我家の古株、他のバラも少しあるが、このバラが1番好きな花だ。
 このバラのためにアーチをこしらえたが、思うように誘引できず、アーチとは逆な方に伸びてしまい、屋根伝いに先を伸ばしたしまったから大変。
 結局バラの意志に任せて、伸びるほうに伸ばした結果、この様な状態で今盛りに花をつけて、こちらの思惑とは違った格好になったが、元気に咲いていてくれたが今年はおかしい。
 害虫には気おつけているが、敵もさるもの、綺麗に咲いた枝が下を向き、ダメになるのもしばしば、害虫との戦い中でもある、何時もなら上の写真みたいだが今年は下の写真みたいに元気がなく花もない状態である。
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2019年06月05日

老舗の味

    四角い蒸篭

 何時の時代から笊で蕎麦を出すようになったのか、「ざる蕎麦」と言われるからにはその昔笊で蕎麦を出していたもの、現在でも笊で出している蕎麦屋は多い。SANY2895.JPG
 竹で出来たざるを使用している所もあり、如何にもざる蕎麦と呼ばれるに相応しく、食べる方でも雰囲気も味のうちであるから、こうした演出は大事だ。
 もう1つは蒸篭、蒸篭で出てくる蕎麦もざる蕎麦と呼ぶところも、同じざるでも蒸篭で出てくると一味違う、人間の味覚とは不思議なもの、出てくる器でも変わるもの。
 日本食は器で楽しむ、食の世界であるから難しいものなのか、そんな事はない蕎麦の世界に難しさはないが、その分楽しさは無限に広がる。
 それは、日本全国ところにより蕎麦が違うからで、打ち方も違えばつなぎも違う、出される器もまた違う、だからこそ土地土地の蕎麦が食べたくなるのだ。

 信州松本、繩手通りの蕎麦処「弁天本店」、女鳥羽川の辺にあり、創業明治10年松本でも老舗の蕎麦屋、建物もどっしりとした日本建築、これぞ明治の蕎麦屋と思える構え。
 店の中は残念な事に昭和に改造されているから、明治の雰囲気はないが、普通の蕎麦屋と同じ、しかし出てくる器は昔のもの、真四角の蒸篭に、赤く縁取りされた器に乗って出てくる。
 如何にも老舗らしい雰囲気のある器、出し汁も昔ながらのものと思え、少し黒っぽい蕎麦、だが腰があって程よい硬さの蕎麦、一気にかきくむと蕎麦の香りがする。
 さすが老舗の蕎麦、長年培われた蕎麦、現代的な味ではなく、昔懐かしい味であると共に蒸籠が雰囲気を出している。
 現代の蕎麦屋で食べるものとは、一味も二味も違う蕎麦、派手ではないが地味でもない、其処には伝統に培われた蕎麦そのものが、一度は食べてその味を確かめて。

 
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2019年06月04日

確認事項

   日本古時計保存協会の浜松ミーティング開催の件
 時、 6月9日 日曜日
 場所、浜松市東区小池町2543−4
     NKトレーディング事務 053 465 3666
 時間、11時30分開始
 会費、1500円 昼食代含む
 蛎殻町製造時計が新しく入りました、その説明をします。
 尚、オークションを開催いたします、参加ください。
   日本古時計保存協会  事 務 局
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2019年06月03日

HOゲージ

   懐かしい
SANY0021.JPG 知人から、「こんなものが出て来た」と持って来られたのがHOゲージの玩具、昔懐かしいものだった。
 何でも家を整理していたら、押し入れの奥から出て来たが要らないから貰ってくれと言う、見れば見覚えのあるものであった。
 自分も昔遊んだことのあるもので、見たとたんに欲しいと思ってしまい、その場で見る事にしたのだが、何だか部品が少くないと思った。
 一つ一つ部品のチェックを始めると、「動くかどうかも分からないぞ」と言い、40数年も使ってないからなと言うのだ。
 確かに持って来たものは時代物のH0ゲージ、それもドイツ物のメルクリン製のもの、当時は高かったものだと思う、私も欲しかったが値段が高くて手が出せなくて、国産のものを持っていたが、やっぱりドイツ物は良いものだ、迫力があると思う。

 私の顔を見て知人、「あまり期待するな、動かなSANY0027.JPGいかも知れないから」と念を押すが、始めから動くとも思っていないし、期待もしていないと答えたが、腹ではひょっとして動くかも知れないと、そんな気持ちで並べてみたら、動力車がまずないの気付き、「先頭車両がないぞ」と言えば、「壊れてしまい前からナイ」と即座に答える。
 やっぱりかと腹で思い、尚も他を検査すると思っていたよりも部品が足りない、足りないと言うよりも無くなってしまったのだと言う、期待が段々とすぼみ現実につれ戻される。
 結果はコントローラーも壊れており、線路も全部はなく、先頭車もない状態、知人「完全なものでない筈」当時から無くなっていたとも付け加え、揃っている方がおかしいと。
 確かにその通りで、完全に揃っていたら奴が持って来ない筈、持ってきたと言う事は要らないから持ってきたのだ、要らなければ捨てろと知人、その様に言われると捨てる訳にも行かず、何とかして動かせればよいと思ってしまった。
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2019年06月02日

信長死す

    本能寺の変

SANY9611.JPG 戦国の世、尾張の地にて生を受けし風雲児織田信長、日本の歴史上最も鮮烈なイメージを、人々に植えつけた人物、其の人となりは様々に評価されている。
 ある人は、「人間味の無い奇人である」とか、ある人は「天才的策略者」だとか、ある人は「殺人鬼」だとか、様々な呼び方をされているのも信長らしい表現である。
 しかし、実際の人物像は正に闇の中、歴史の事実のみが其の姿を浮き彫りとしているが、彼自身戦国の世に、尾張の小国の家に生まれ、侵略されるのは風前の灯とも云われて育ち、奇行に走ったようだ。
 しかし、本当に其れが奇行であったのか、それとも信長自信の演出でもあったのか、其れも又闇の中で今知る人は居ろうはずも無いのである。
 信長の鮮烈なイメージの1つに、あの桶狭間の戦いがあるが、歴史学者が色々な説を唱えて、信長の行動を研究をしているが、現地桶狭間に立つと、学者さんの言うことが信じられない事もある。

 信長の奇襲攻撃により、今SANY9614.JPG川義元は桶狭間の露と消えたが、これも信長の用意周到な作戦計画であったのではないのかと、思われてならない。
 万に一つの勝ち目もないと、戦前から言われ、家臣達も討ち死に覚悟での戦いであったとされているが、戦国の世戦いは死を意味しており、常に隣り合わせていたから、彼らはさほど動揺はしていなかったと思う。
 それを上手く状況判断の末、戦の作戦を練っていた信長であり、偶然に勝利したものでなく、戦略家らしい信長の技量で、運が良かったとは言い切れない。
 その後の信長の戦いを見ても分かるように、偶然で戦に勝利したのではなく、用意周到準備された作戦にもとずいた勝利、長篠の戦ほど信長の真髄を見せ付けられたもので、当時の世界で3000丁の鉄砲を戦に使用したのは、世界で信長が始めてである。
 そんな天才的戦略家の信長が何故、無防備で本能寺に入ったかは不思議でならないが、それも歴史の謎であるのか、今日戦国の勇織田信長が49才の幕を閉じた日である。











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2019年06月01日

どおなるのか

   今年の夏

 5月と言うSANY0056.JPGのに40度近くになるとは、それも北海道での話、記録的な事と言うが本当に日本はどうなってしまったのか。
 普段であれば1年で一番良い季節とも言われ、若葉が香る季節の筈、それが記録的な暑さとは何とも驚きでもある。
 しかし驚きだけでは済まない事に、今年の夏はどれだけ温度が上がるのか心配になるのは私だけではない筈。
 今までに経験したことのない暑さ、温暖化のせいと言われているが本当にそおなのか心配な夏が来るが耐えられるのか。
 温度差があり過ぎて体がついて行かない、特に我々みたいな年配者にはきつくて、体調管理のしようがないのだ。
 温度差が上下で15度以上も開きがあると、とても体がついて行かず、体調を崩してしまう事になったしまう。
 5月が異常だけであれば良いのだが、去年の事を思うとそれ以上に温度が上がる事も、どのように過ごすのか頭が痛い。
 今年もエコ対策として毎年の緑のカーテンを制作、作ると言っても苗SANY1815.JPGを植えるだけの事だが、暑いので早々と制作した。

 何時もであれば早過ぎであるが、こんなに暑いと気が焦ってしまい、早いと分かっていても作らざろう得ない。
 勿論プランターでの植え付け、去年も成功したから同じ種類も苗を植えたが、やっぱり早かったのか、もう成長してきた。
 こんなに早く成長すると、とても9月末までは持たないと思うが、とうなる事か成るようにしかならない。
 1か月近くも早い植え込み、そしてこの暑さで成長が早くて、驚くほどの伸び方、去年の成長よりも早い伸び方だ。
 予想ではこの夏は例年通りの暑さと言う事だそうだが、本当にそおなのかやはり心配、しかしそんな事を言っていても暑さは待ってくれない、さてさてどの様にしてこの夏を過ごすのか、頭をひねって対策を講じないと。

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2019年05月31日

鶏ちゃんとは

      兎に角旨い

 今や飛騨地方の有名な食べ物として「鶏チャン」はひっばりだこ、安くて、ボリSANY1561.JPGュームがあり、栄養満天こんな食べ物があれば、誰でも食べてみたくなる。
 料理としては簡単なもの、しかし味付けは門外不出の味、各店が競い合って自分の店の味をアピール、店、店によって味が違うのも「鶏ちゃん」の良いところ。
 今風に言えば、カロリーは低くて、ボリューム満点、栄養豊富とうたい文句に事欠かない、そんな食べ物は原料が何かと知りだがるのも無理はないもの。
 漢字で「鶏」と書けば「にわとり」と分かるが、殆どの店はひらがなで「けいちゃん」とか「ケイちゃん」と書かれているために、他方から来る人にとってはどんな食べ物か分かりずらい。
 もともと、ホルモン焼きの「トンちゃん」にひっかれて、「ケイちゃん」と呼ぶようになったもの、洒落であると思われるが、何とも面白い発想ではないだろうか。
SANY1563.JPG
 この「けいちゃん」の発祥もと、下呂舞台峠近くにある食堂、此処が「けいちゃん」発祥地、いたって普通の食堂であるが、歴史は古く昔から食堂を経営していた。
 其の食堂、屋号を「まるはち食堂」と云い、ごく普通の一般食堂で、街道を行く人達や近所の人達の食堂、此処の主人がホルモンの「トンちゃん」をヒントに、味噌だれではなく醤油に調味料とニンニクをブレンドした、独特のタレを作る事に成功、鉄板で焼くのではなく、ジンギスカン鍋で焼く事を思いたつ。
 ジンギスカン鍋に紙をひき、其の上から具材を載せて焼く独特の食べ方、紙を焦がさないように焼くのも通の食べ方、初めての人は大抵が紙を焦がしてしまう。
 そんな食べ方と味の良さで下呂で評判となり、その後飛騨全域に広まる事となり、今や何処の食堂へ行っても「けいちゃん」は食べれる、下呂の名物料理となった。
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2019年05月30日

正確でない

    時間が合わない

 時計は時SANY0008.JPG間を刻むもの、その時を刻むのは正確でなければならないのだが、正確な時間を知るために時計は存在し、そのための時計である。
 最近の時計は電波時計だとか、少し前までのクオーツ全盛から、又一歩進んでしまった様だが、あまり正確であると逆におかしくなってしまう。
 確かに時計は正確でなければならないが、余りにも正確すぎて息が詰まりそうだと思うこの頃、そんなに正確でなくても良いのではと思いはじめている。
 現在も正確さを競い合って凌ぎを削っているのは確か、技術の進歩は果てしなく、時を刻み続けているが、ここまで来ると最早時間ではない。
 そんな現代の時計とは違って、古時計は曖昧な時間を刻むもの、曖昧だと言うのは一秒たりとも狂いが生じないものではないと言う事。
 つまり多少の狂いは生じると言う事だ、古時計とはそれなりに時代を経てきているもの、当然の事時間は正確に刻まないと思ったほうが良い。
 むしろこの時計に正確な時間を求めるのは難しく、精度を出す為には充分な整備が必要、それでも現代の時計と比べれば、その違いは歴然とある。

 クオーツの時計と比較するのもおかしいが、時間から言えば同SANY0011.JPGじ時間の刻むはず、只精度が全く違うもの、現代の感覚では少し難しい。
 そんな古時計、時間が合わないといっても、一日に何時間も狂う訳ではなく、1、2分の狂いはあるのが当たり前だが、これを狂いとすれば古時計とは付き合えないのだと思う。
 今回の質問は古時計を買い込んだが時間が合わないとの事、その時間は一時間も二時間も合わないと言うのだが、何で合わないのかとの質問だ。
 これは曖昧な時間とは違うもの、古時計と言えどもこれだけ時間が合わない事は無く、この様なことは異常としか思えないが、原因は2つある。
 1つは振り子が違っているのではないかと言う事、2つ目は振りべらが違っている事、大抵の古時計を扱っている店ではそれを承知しているのだ。
 だから売る前には検査をするのが普通、しかし場合によっては買い出したままの物も、そんな時計は時間が合わない事もあるが、それを承知していなくては古時計と付き合えない。
 写真は下が正常な振り子の位置、上は振り子が上がりすぎだが、これは振り子が違う為、もしくは振り竿が短い為にこの様な位置に来る、振り子が違うものは当然時間は合わない事になる。

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2019年05月29日

日本製フランス人形

    目が印象的

 アンティークドール、フランス人形とも呼ばれる西洋の人形、愛らしい眼差しをした人形、女性でなくとも可愛らしいと思う。SANY0245.JPG
 我家にもアンティークドールがあり、昔から存在していたものであるが、私の姉の玩具としてあったもので、外国製のものではなくモリムラドールだ。
 この人形が何時も置いてあったので子供の頃から見慣れ、別に違和感は無くすんなりと人形を受け入れられるのだが、集めようとはしていない。
 そんなフランス人形、実家を取り壊す時我家にやって来たもの、三体のモリムラドールはキャビンに納まってしまった。
 本当は姉の所に行くはずであったが、飾る場所がないから、ここに置いて欲しいとのこと、此処なら何時でも見られるからと、そんな訳でキャビンの中に納まっているのだが、其れを目敏く見つけた友人たちがうるさく「何でお前が人形なんぞ集める」とチクリ、チクリ。

 彼ら特有の言い方、「人形まで集めるとは気持ちが悪い」と言うことらしく、嫌味たらたら、そんな事は何時もの事だと受け流す、しかし、彼らは鉾先を人形に向けて、「もっとましなものを集めろ、ジュモーとかとあるだろう」と人形が良くないとケチを付けている。
 要するに「お前が人形とは合わない」と言うことだろうが、我家の内情など彼らに話しても無駄、訳がある事くらいは彼らも分かっているが、しかし、何時ものジョークだが、其れが度々では、ちと頭に来ることも、そんな時は彼らに酒を飲まさないで、お茶ばかり出してやる。
 何時まで経ってもお茶しか出て来ないから、「今日は飲まないのか」と催促、そんな時は「今日休肝日だから無し」と嫌味を、「休肝日とは如何に、肝臓は休むのか」と、知っていて又催促だ、仕方なく彼らの要求に応じ、安い酒を飲ますことにする。
 自分だけは特上のブランデーを嫌味で飲むことに、すると彼らは歯が浮くようなおせいじ口にし、その酒を飲ませろと言わんばかり、呑んべいにはかなわない、そなん訳でアンティークドールは我家のキャビンで来訪者を眺めながら、どんな事を言うのか観察しているのだと思う。
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2019年05月28日

蕎麦回想記

    長坂おきな

SANY0946.JPG
 今まで色々な蕎麦を味わってきたが私に合う蕎麦は「翁の蕎麦」だと思う、なぜそのように思うのかは少し昔にさかのぼる、偶然テレビで見たことによるのだが、その番組で見た高橋邦弘氏の蕎麦に対する情熱、こんな人がいるのかと。
 その衝撃が彼を追う事になり、舞台が山梨県の長坂から始まり、現在まで続く翁巡りの始まりでもあるのだと思う。
 昭和60年に山梨の長坂に店を出した高橋氏に会いに現場に行くが、まさか山の中に店があるとは思ってもみなかった。
SANY0966.JPG
 噂を聞きつけて長坂インターを降り、翁を探す事にしたがそれが大変な間違いであったもの、インター近くで翁の店を聞くも、全く知らないと言うのだ。

 仕方なくテレビで見た風景を思い出しながら探す事に、確か隣に面白い建物があったはず、それを探せば分かるはずと思い、再度聞き回る。
 結果は美術館の隣に翁があることが判明、急いで其処を目指して車を走らせることに、現場について頃には駐車場は満員。
 仕方なく順番を待ち駐車場に入るが、店は満員状態で外には行列が出来ていたので、またまた待つことになってしまった。
SANY0964.JPG
 さんざん探し回った後、今度は行列で時間を費やす事に、こんなに大勢の人が待っているとは知らずに来てしまった。
 待つこと一時間以上待ち、やっと店内に入りまたまた驚くことに、入り口正面で高橋氏が蕎麦を打ち、中は蕎麦屋の雰囲気ではなく、別荘みたいなところであった。
 やっと席に着き蕎麦を注文、驚くことに蕎麦は二種類しかなく、メニューも簡単なもの、全く今までのイメージとは別物である。
 出て来た蕎麦は思っていたよりも旨く、出汁のきいた汁は絶品そのもの、そして蕎麦は勿論打ち立ての蕎麦。
 高橋邦弘氏が自ら打った蕎麦、思っていた以上に旨くて、すっかり虜になってしまい、3人まいを食べてしまった。
 これが翁との初めての出会い、兎に角印象が深くて、それでいて遠くて、確かに旨い蕎麦、以来病みつきになり幾度となく翁に出かけた。

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2019年05月27日

我が家のバラ

   今年は少し変

 SANY6895.JPG我が家の小さな庭には新築当時に植えたバラがあり、現在まで花を咲かせているが今年は少し変である。
 昨年の事根本近くに虫が入りバラが瀕死の重傷状態になりかけ、元気がなくなってしまい専門家にどうしたら良いのか尋ねてみた。
 結果は早く処理しないと枯れてしまう事になるから、虫の入った所を取り除き消毒をするように勧められ、あれこれ教えてもらった。
 早速教えられたとおりに消毒、傷口はしっかりと処置をして菌が入らない様に対処、そして今年やはり体力がないのか弦が伸びてこなかった。当然だが弦を伸ばさないので花芽が付かず、今年のバラは寂しい状態に。
 勿論そんな事になる事は予想はしていたが、これほどまでに影響するのかと驚きでも、しかし枯れなかったので少しは安心した。
 このバラ、妻が世話をして来たものだが、これを植える時にはあちこちのホームセンターを梯子して気に入るバラを探したものだから。
 そしてこのバラを見つけ狭い我が家の庭に植え、早40年が過ぎ今でも花を咲かせているもの、だからこそ大切なバラである。

 あの深紅な色の花は中々ないもの、今SANY9991.JPGでもあちらこちらのバラ園に行くが、あれほど良い色の花はないと思う、だからこそ心配であった。
 妻がもしもの事を考えて違うバラの苗を昨年買い込んで、予備として鉢に植えまさかのために備えたが、そのバラが初めて花を咲かせ、今盛りとなった。
 薄いピンクのバラ、私はあまり好きでは無い色、しかし妻はこのバラが気に入り、代わりのバラとして買い込んだ、それが今盛りである。
 一方、瀕死の状態であった真紅のバラは去年と打って変わり、花が少なくパラパラの状態、寂しい限りである。
 何時もであれば展示会場に持って行くのだが、如何せん花が咲かないので、それも出来ず今年の展示会は真紅のバラなしだ。
 毎年展示会場にくる見学者さんに「今年はバラがないの」と言われてしまい、今年のバラの状態を説明する羽目になっている。
 来年はキット回復をして以前のような真紅の花を咲かせてくれるものと思うが、果たしてそのようになるのか心配である。

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2019年05月25日

連絡事項

   日本古時計保存協会浜松ミーティング開催
 恒例の日本古時計保存協会の浜松ミーティングを開催いたします。
 時、 6月9日 日曜日
 場所、浜松市東区小池町2543ー4 NKトレーディング事務所
 時間、11時30分開始
 会費、1500円 昼食代含む
 今回、蛎殻町製造の新たな時計が入りました、その説明も致します。
 尚、オークションも開催いたしますので参加ください。
    日本古時計保存協会 事 務 局
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2019年05月24日

代用品6

    こんなものまで  
SANY2095.JPG
 テレビ番組の中で瀬戸で製造された陶器のアイロンが紹介されました。
 少し前に日本古時計保存協会事務局に取材要請が入り、その中で戦前に作られた代用品を番組で取り上げたいので協力要請があり、資料を提供しました。
 内容は、磁器で出来た「栓抜き」、ガラスで出来た「時計の振り子」、ガラスで出来た「時計渦巻き鈴の台座」、陶器でできた「アイロン」等、戦前に尾張瀬戸で金属の代用品として、様々な代用品が製造されたものです。
 その中でもユニークな物として、栓抜きや振り子、そしてアイロンが注目され、取材陣はこのアイロンに興味津々であり、是非とも取り上げたいとの事。
 協会としては、資料を利用していただく事に大賛成であり協力を承諾、時間が無いとの取材陣の希望により、本来は現物をスタジオに持ち込むのが当たり前、しかし時間の都合上やもなく写真での出場となる。

 SANY2099.JPGSANY2098.JPGこのアイロン、とっての部分に当時のシールが残っており、それいよると吸入式蒸気アイロンとあり、しかも実用新案特許を取得している物、特にめずらし物です。
 しかし、実際に使用できたかは不明、スタッフも興味津々、アイロンの後ろ部分から水を吸入し、コンロに掛けあっためる事暫し、蒸気が噴出したら使用可能。
 使用方法はこの様に行うものだそうだが、果たして実際に蒸気アイロンとしての使命が果たされたのであろうか、いささか疑問でもあるが、使うわけには行かず不明のまま。
 写真ではわかりずらいが、アイロンの底には小さな穴が空いており、そこから蒸気が出る事になっている機構らしいが、こんな小さな穴1つで蒸気アイロンになるのか。
 それにしても、色々な物を代用品として作り出した、当時の職人たちには感動すら覚えるもの、代用品の本の一例に過ぎないものであるが。
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2019年05月23日

相性

   巡り合い

 古時計を探し求めていると、何故かしら不思議な事に気が付く事に、それは幾ら追い求めても中々巡り合わない事、どうしてSANY9900.JPGも手に入れたい時計があり、それを幾ら探し続けても見つけ出せない事、目の前にあったとしても手に入らない。
 不思議なもので今までに何度か経験しているが、それが何だか分からないので人にも聞いてみたが、何故かしら他の人にはそんな事はあるのかと、ひょっとして自分だけがそんな目に合っているのかと思う事もあった。
 古いものを追いかけていると不思議な事に幾つも出くわす事に、幾ら探し続けても見つからないものと、探さなくとも手に入るものとがある事だ。
 それも偶然に手に入る事があるが、古時計があるはずのない所でそれは見つかる事も、偶然だけでは無いように思う。
 ある人が相性の合わないものは幾ら追い続けても逃げて行く、しかし反対に相性の良いものは向こうからやって来ると言うのだ。
 古いものを求め、追いかけていると何気なしに思うのは相性、何度となく見つけても自分の手に入らないものがそれだと思う、勿論、私が探しているものが私だけならば良いのだが、現実は他の人もそれを探し求めており、実際は早くそれを見つけた人が手に入れられるのだ。
 早く見つけ出すと言っても巡り合わないなければ手に入れられず、巡り合うことが肝心であるのだが、それが相性だと言うのだ、古い物には不思議な力が宿っていると言う人もいて、向こうが手に入れられる人を選ぶのだとも言うのだが果たしてそおだろうか、相性が良く、向こうが選んでくれなければそれは手に入れる事が難しく、手に入らない事が多いのだと言う人も多い。
 例えば何となく人との相性は分かるが、古い物との相性は自分には分からないもの、それをどう知るものなのか知りたいとも思うが、果たして相性とはどんなものなのか、不思議なものである事は分かるのだが、しかし実際にはどの様なものなのか分からない。
 古い物とはそんな不可解なものである事を認識し、相性の良いものを手に入れるしか方法がないとも言えるのではないかと思ってしまう、それが相性と言うものなのか。


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2019年05月22日

瀬戸の焼きそば

    ちょつとちがう

SANY1514.JPG 瀬戸の焼きそば、全国で色々な焼きそばが存在しているが、その中でも瀬戸の焼きそばは少し違っている。
 焼きそばは鉄板の上でそばを焼くから「焼きそば」と言われているが、味付けは様々なようである。
 全国の焼きそば、所によって違いがあり、色々な味付けがなされているが、やっぱりソース味が多いようだ。
 今B級グルメが盛んに行われており、焼きそばも又色々と参戦しており、各地の焼きそばが好評を博している。
 もちろん好き好きであるから、何処の焼きそばが良いとは言えないが、様々な焼きそばが存在している事は確か。
 そして中に入れる具も又色々、ビックリするようなものまであるが、それは例外として、キャベツが入っているものが多い。
 これも簡単に手に入る具材であるからだが、それだけではなく焼きそばにはぴったりの具であるからだと思う。
 キャベツと麺の組み合わせ、鉄板で焼くのには一番良い具材で、これにあみや.jpg勝るものはないと思える具材である。

 そしてもう一つが麺、入れも全国的にはいろいろな麺が使用されており、ラーメンと同じように種類も多い。
 太麺から細麺までいろいろな麺が使われ、それぞれの特色のある面が使われ、その土地その土地の麺が主役。
 瀬戸焼きそばで使用される面は少し細めの蒸し麺、ちょっと変わった麺であり、瀬戸焼きそばにはなくてはならない麺だ。
 この細くて蒸した麺でなければ瀬戸焼きそばには合わないので、必ず蒸し麺を使う、何故ならば瀬戸焼きそばは豚の煮汁を使うからだ。
 バラ肉が良いと言うが、その豚の肉を醤油と砂糖やそのほかの調味料で味をつけ、コトコトと時間をかけて煮る。
 その出し汁を蒸し麺にたっぷりとかけ、一気に焼そばを炒めるのだが、細麺でなければ早く味がしみこまない。
 独特の味付けが瀬戸焼きそばの特徴、他から来た人は醤油味で豚の煮汁のしみ込んだ焼そばを食べて驚くのだ。
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2019年05月21日

小満

      麦色づく頃
SANY5645.JPG
 5月21日は「小満」、立夏から数えて15日を小満(しょうまん)と言う、この言われは秋に蒔いた麦が穂を付け出す頃、丹精に育ててきた麦が実を付け安心する、昔の人々は農作物が収穫できるか、出来ないかは死活問題、その実りが約束される頃を言う。
 長い間育てて来た農作物が実ることは大きな喜びであり、生活の糧を得られる安心感が持てる時、現在の我々では分からないものだ。
 今は多少の気候変動があったとしても、生活に困ることはなく、この様な季節感はまったくと言ってピンとこないが、しかし昔の生活、特に農村の暮らしは重大な感心事でもあった。
 その作物が実を付ける事は大変に嬉しい事、古くから農耕民族として生活してきた日本人、自然と調和をして来た農村では、工作物が中心の生活をして来た。
 二十四節気の1つ小満は、この頃の麦の穂が出る頃をさす、麦の色がかすかに色づき始める頃となり、収穫間近である事を意味している。

 そう言えば藤村の詩集に千曲川旅情の歌、この中の一節を思い出したが、確かこの頃の状況を詠ったものであると思うが。

  小諸なる古城の辺、雲白く遊子悲しむ、緑なすはこべは萌えず、若草もしくによしなし、、、、、浅くのみ春は霞みて、麦の色わずかに青し、
SANY5665.JPG
 この詩に詠われた光景が、この時期ではないかと思われ、麦の色が色づき、黄金色になってゆく有様をとらえた詩だが、今が藤村の詩の通りの季節です。
 食いしんぼの私にとっては「麦焦がし」、子供の頃母親が麦でこねた餅上になったものを焼いて、甘く砂糖醤油をつけて焦がしたものを作ってくれた。
 この味が美味しくて忘れられないのだが、今は母親もいなくて、あの時に作ってくれた懐かしい食べ物を思い出すしかないが、季節はまさに、この頃だ。
 SANY5672.JPG最近では麦のこの様な光景を見ることは少なくなったしまったが、まだ麦栽培が盛んな地域に行けば、麦秋と言われる藤村の風景を見ることが出来るのか。
 農家にとってはこれからが1番忙しくなる頃と言われ、田植えの準備が開始され、早いところでは既に済んでいる所もあるやに聞く。



 
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