2020年05月25日

連絡事項

    ミーティング開催の件
 日本古時計保存協会の浜松ミーティングを開催いたします。
 日時、 6月14日 日曜日
 場所、 NKトレーデング事務所
     浜松市東区小池町2543−4
     053−465−3666
 時間、 11時30分 開催
 会費、 1500円 昼食代本代含む
 尚、オークションも開催しますので、こちらも参加してください。
   オークションは会員でなくても参加可能です、申し出て下さい。

  日 本 古 時 計 保 存 協 会    事 務 局
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2020年05月24日

プランター

    ボチボチと大きく
 SANY1908.JPGエコ対策の一環プランターでの栽培、早いもので8年となるが、未だに上手く行かないことだらけである。
 最初は訳が分からないままスタートし、はじめての事だから失敗して当たり前と思い、別に気もしていなかったのだ。
 しかし2年、3年となると失敗してはいけないと思い、色々な事が心配の種となり出し、あれもこれもと心配だらけの毎日、何が一番簡単なものなのかと、失敗しても被害の少ないものにしたが、次第に収穫が喜びとなり出して来たのだと思う。
 次第に欲が出て来て、より収穫の多いものをと思うようになり出し、もっと良いものを収穫したいと強く思い出す事に。SANY1906.JPG
 そんな思いの中で一番の成果が出たのがキュウリとトマト、最初にしては思わぬ収穫、そして食べて見てビックリ。

 スーパーで買ってきたトマトと全く違う代物が出来、此方がビックリする始末、買うトマトよりも美味しいとは驚き、始めからこんな事だから、次第に期待が大きくなるのは仕方がない事、今年こそはもっと多くの収穫をと思う。
 知らないで始めた時は出来たものにビックリしたもので、こんなに簡単に出来るものなのかと、感心するやらであった。
 それも収穫した物は美味しくて、素人のそれもプランターでの栽培、思っても見ない収穫と順調すぎる展開、それがまた楽しくなり出すが、栽培と言うものは思っていたよりも奥が深くて、今年もより以上に収穫できると思っていた。
 しかしそれとは裏腹に収穫は去年よりも少なく、その上に味も今一のSANY1904.JPG状態、おかしいと思い出し始め、専門家に聞く事に。

 始めの状態と違い連作の状態で、それには栽培の仕方も、最初とは違ったやり方があるらしいと聞かされ、そしてその栽培の仕方は、土の改良から始めなければいけないと、去年のままの土を使う事は肥料不足と菌がい付いている事もあり、消毒もしなければイケないと言う事だ。
 何もしないまま去年の土を使い、少しの肥料を入れての栽培であったから、何やらおかしなことになっているのだと言う。
 簡単と思っていたプランターによる栽培、本当はそんなに簡単ではなく、土から改良して行かなければならず、思っていた以上難しくなったようだ。


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2020年05月23日

思い出の時計

    お土産品
SANY0159.JPG
 以前も紹介した時計、若い頃より腕時計は好きで、色々な形の物を集めては代わる代わるにはめ、それを楽しんでいたのを思い出す。
 勿論その時は掛時計はまだ一、二個、しかし腕時計は20個以上は持っていたと思う、見るもの見るものが欲しくなり、結果は多くたまっていた。
 友人が「お前の腕は何本あるのか、そんなに時計を買ってどうして使う」と、そんな時は「毎日変えているから大丈夫」と答えていた。
 確かに友人の言う通り、自分の腕は二つ、しかし時計をハメるのは一個、毎日ハメ変えても20日以上はかかる。
 確かに言われればその通り、それでも時計は好き、知らないうちに次の時計を探している自分がそこに、新たな時計を探しに。
 いくら集めても集めたらないので、現在でも買い集めているのだが、別に高い時計を集めている訳ではない。
 確かに高い時計は良いに決まっているが、そんなものが沢山集められるはずはなく、安い物しか買えないのだ。
 だから工夫をしなくては手に入らず、自然と中古品に目が向く事に、名古屋大須に質屋さんが多くあっまって店を出している。

 質屋会館と言うところ、そこには常に出入りSANY0165.JPGして面白い時計を探し、見つけては安く買っていたものだが、この質屋会館、確か品数も豊富で、しかも安くて信用もあるもの、保障もシッカリとしているから安心して買えた。
 他の店では信頼性に欠けるが、此処は信用度が高く、物も安く出ていたので、ツイツイ買うのも多くなってしまい、気を付けないと買い込み過ぎた。
 写真の腕時計、これを見つけた時には、こんな面白い時計があるのかと、早速買い上げ、店の人に何処の物かと聞く、店員さんは「スイス製の安物の時計だが、デザインが面白いでしょう」と言って機械を見せてくれた。
 中の機械を見ると確かに安物の機械、玩具に近いものだがシッカリと時を刻んでいるので、楽しんで使えばよいと思った。
 その後この時計は良く使ったが、いまだに故障もなく動いており、実用向きであったと感心しているのだが、あの時買い込んで良かったと思っている。



















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2020年05月22日

凧絵師

   角館凧絵師DSCN2223.JPG
 五月人形を整理していて鐘馗ののぼり旗を見て、ふと凧絵師の武藤さんの事を思い出し凧絵を探す事に、何処かにしまった覚えがあるが何処か分からない。
 前にもブログで書いたが武藤さんとの思い出は今も残っており、鐘馗ののぼり旗で思い出すとは聊かおかしいが、それだけ武藤さんの事が記憶にあるからだ。
 初めて会ったのは角館の飲み屋と記憶しており、当時武藤さんは白髪のひげ姿であったと思う、それだけ印象深い記憶がある。
 物静かで仙人のような雰囲気が漂っており、何処の人かと思いつつ遠くで眺めていたが、その後近くで話を聞き凧絵師だと分かった。
 翌日武藤さん宅を訪れ、凧絵を見せて貰う事になったが、色々な凧絵があり目移りがしてどれが良いのか分からずまごまごしていた。
 津軽凧とは少し違い、角館の凧は色が違うと言われたが、自分ではなかなか分からず、細かな説明をして頂いた覚えがある。
DSCN2224.JPG

 その時買った凧絵が鐘馗で思い出したもの、改めて見ると当時の事が思い出され、裏を見ると1977年とあり、私の記憶と少しずれているが、この時期かもしれない。
 津軽凧も好きで凧絵師の自宅を訪れて色々と見せて貰ったものだが、武藤さんは淡々と凧絵の事を語られるので、やはり仙人のようであった。
 この凧絵はその時武藤さんが選んでくれたもの、確か川中島合戦のものだと記憶しているが、武藤さんの得意なものの一つと言う事らしい。
 あれから何十年経っているが武藤さんの事は忘れもしない、あの時私はまだ若かったから、よく武藤さんが応対してくれたものだと。
 確か角館はその時は2回目の訪問であったと記憶しており、盛岡から汽車で角館に行った覚えが、駅から歩いて角館市内に、武家屋敷を見学してから飲み屋で武藤さんとあったと思う。
 今は懐かしい思い出の一つ、時計も貰ったもので今も家にある。
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2020年05月21日

槇の木

   枯れたDSCN2221.JPG
 我が家の槇の木、新築した時に植えたもの、実家に古い槇の木があり幼い時から見て来たので、自分が家を持った時には必ず植えたいと思っていた。
 狭い庭なのに槇の木植えればさらに狭くなり、つり合いが取れないと言われたが小さい頃の夢でもあったので反対を押し切って植えた。
 確かに狭い庭なのでつり合いが取れない事も承知の上、友人からは狭いのに何で槇の木なんか植えたのだと厳しい批判、確かな狭い庭だと思う。
 しかしこの木だけは初めから植えると決めていたので、知人に頼んで探してもらった木、産地に行き直接買い込んだ木でもある。
 その時植木職人から、あんたが死ぬまでには一人前になるだろうと、そんな風に言われたが何のことか分からなかったが、今になってやっと分かった。
 槇の木は成長が遅く中々大きくならないらしく、目の高さの所がビール缶の太さのものが、一端の木になるのに100年近くかかると言う事らしい。

 それが最近になり理解できるようになり、我がDSCN2220.JPG家の槇木も買い込んだ時よりは太くはなったが、まだまだ思ったよりも大きくなっていない。
 そんな槇の木が昨年の夏の日照りで枯れかけ、何が何だか分からず右往左往したが、3つの枝が枯れてしまいガッカリしたのだ。
 これで折角植えたものが枯れてしまうと思ったが、植木屋さんに聞いたら、その木が体力があれば回復するでしょうとの事、しかし心配であった。
 あちらこちらの人に聞いても枯れてしまうのではと言われ、流石に落ち込んだ時もあったが、植木職人の言う通り、ことし春に枯れ枝から小さな芽が出て来たのにはビックリ。
 早速植木職人さんに聞いたら、大丈夫元に戻るのには数年はかかるが大事に育てれば回復するので心配いらないと言う事だ。
 それにしても木とは生命力のある植物、人間も見習らないといけないと、その時思ったもの、コロナなのに負けてはいられないと感じたものだ。
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2020年05月20日

鎧兜

   節句は過ぎたDSCN2218.JPG
 よく言われるのは節句が過ぎたら早く仕舞えと言われてきたが、それは季節の変わり目を示すために言われて来たことであると言う、節、節は15日周期でやって来るからだ。
 特に言われて来たのが雛人形だ、3月3日を過ぎたら仕舞わないと嫁に行けぬと、そんな風に言われて来たと思う、それもまた節、節を知れと言う意味。
 我が家も雛人形は昔の人達が言う通り、節句が過ぎたらすぐに仕舞い、5月人形の準備をするが、兜飾りはそのままにしておく。
 雛人形と違って早く仕舞わずに床の間に鎮座しているが、それは私の誕生日が6月5日であり、昔から旧暦の節句まで飾っていたので、我が家もそおしている。
 母親が私の誕生日までは飾っておいてくれたので、他の家では仕舞い込んでしまった鎧兜はそのまま床の間に飾ってあった。
 しかしこの鎧兜は兄のもの、私の物はないのだが、昔は長男のものしかないのが当たり前、小さい頃は兄弟二人のものだと言われていた。

 そんな事で私の5月飾りはないがDSCN2219.JPG、実家を解体する時に蔵から爺さんのものと思われる鎧兜が出て来たので我が家に持って帰った来た。
 私はこの兜飾りを見た事がなく、一番上の姉に聞いても知らないと言う、しかし紛れもなく我が家の家紋入りの5月飾りだ。
 親父のものかとも思ったが、やはり違う様で長い事仕舞い込んであったよう、そんな事で自分の物が無いので、それ以来我が家はこの鎧兜を飾っている。
 昔の鎧兜を忠実に再現されたもので和紙で出来たもの、戦国時代の当世鎧と思われる造り、和紙の上に黒漆を塗り仕上げた手の込んだもの。
 自分の5月飾りが無かったので、何故か親しみが湧いて、それ以来この兜飾りを毎年出し、自分の誕生日まで飾っているのだ。
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2020年05月19日

ロボット

   歳をとっても

 幾つになっても好きな玩具SANY2042.JPGは好きで、見つけるとツイツイ手が出るもの、男とはそんな生き物であると思うが、それは私だけか。
 特にブリキの玩具となると見ているだけで楽しくなるのは何故だろうか、郷愁の想いだろうか、それとも単なるもの好きなのか。
 昔が懐かしく思うのは誰しも同じだと思うが、特にブリキのロボットと飛行機、それにレースカーは何時見ても楽しいものだ。
 その中でも特に好きなのはロボット、勿論子供の頃から好き、しかし高くて手に入らなかってものの一つ、子供の頃好きではあったが手に入れてはいないもの。
 欲しくとも高くて買えなかったと言う方が正しく、高根の花と言う玩具でもあったもの、だから尚更の事好きかも知れない。
 ロボットを見つけるとツイツイ手を出してしまい、買いたくなるのは子供の頃の反動かも知れないと思うが、やっぱり手が出てしまう。

 大人になってから何台ものブリキのロボットSANY2045.JPGを買い込み、子供の頃の夢を果たしはしたが、使い過ぎて何台も壊れてしまった。
 その都度自分で直そうと思い挑戦はすれども、直ったためしはなく、全て壊してしまったので、手元には数台しかない。
 古いものは余りいじらずにしているが、復刻版は直ぐに手に入るのでツイツイ遊び過ぎた壊してしまっている。
 写真のロボットもその実例で、復刻版を買い込み動かし過ぎて、壊れてしまい、現状ではどこが悪いものなのか分からない。
多分電気系統である事だけは分かるが、電機にはめっぽう弱くて、何処がどうだか分からず、そのままな状態になっている。
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2020年05月18日

これも姫達磨

   見た事のない
DSCN0698.JPG 姫達磨、言わずと知れた小さな四つ丸達磨、その姿が可愛い事もあり、通称、「姫達磨」と呼ばれている古時計である。
 古時計の中でも人気が高く、愛好家なら1つは持っていると言われる時計、明治後期から各社から多く製造されて市場に出た。
 色々な種類はあると言われているが、実際に現存しているものは少なく、今となっては中々手に入らない時計となってしまった。
 その中でも人気の高いものは、精工舎の姫達磨であるが、人々が思っているほど数は少なくなく、姫達磨が市場に出れば精工舎のものだ。
 以前は数が少ないと言われて、古時計愛好家が買い求めた結果、値段が急騰し愛好家もビックリする始末、然し数が多いと気が付き始め、しだいに値段も下がって行った。
 勿論他の古時計と比べれば遥かに台数は少ないが、それでも手に入れるのは難しくなDSCN0700.JPGいもので、今でもネットで出品されている。
 その値段も以前の値段の半値以下、高い時に買い求めた人にとっては驚きの値段、しかしこの値段が普通であると思うが。

 需要と供給のバランス、以前が異常な値段である事は確か、前に買い込んだ人はガッカリ、しかしそれも流行と割り切る事。
 皆が注目すれば、この様な異常現象を引き起こすが、それはそれとして、他の会社の姫達磨も存在しているから。
 愛好家から見れば、逆に数の少ない他の会社の姫達磨を手に入れたいと思うが、事実、現在では高野時計の姫達磨の方が高い値段。
 遥かに高野時計の姫達磨は数が少なく、愛好家がこの時計に目を付けているから、見つけたら買い求めた方が良いと思う。DSCN0701.JPG
 色々な姫達磨も集めたいと思うのも又人情で、古時計愛好家は何処かにそれがあると信じて、今も探していると聞くが、流行とはその様だ。
 そんな中、私も今までに見た事のない姫達磨を発見、会員の田中さんが隠し持っていたもの、壁に掛けてあるものを何けなしに見ている時発見。
 その姫達磨は東京の赤星時計製造の姫達磨、今までに見た事のない姫達磨であり、早速見せて貰う事に、全体は精工舎のものと良く似ている。
 しかし所々注意して見るに、やはり違いが歴然としている事に気が付き、それぞれの造り方をしていると改めて思う。
 文字盤には赤星のマーク、指針は丸の穴あきユーハンス風のものが付く、他の姫達磨と顔が違って見えるものだ、ガラス絵も普通は金色であるが、これは銀色の彩色が施され、他社との違いを強調していると思うが、一味違った雰囲気を持っている。


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2020年05月16日

芽が出て来るのか

   緑地帯
SANY1612.JPG 家を新築してから40年が経ち、あちらこちらが痛んで来ているが、建物に限ったことではないのだが。
 庭に植えた木々もその一つで、長年生き続けているものや枯れてしまったものも、枯れたものは仕方なく次のものを植えた。
 新築以来現在も現役の植木たちも多いが、その中でも一番長生きなのがカイズカ、前の家との境に植えたもの。
 植えた当時は小さな苗木であったことを覚えているが、現在では大きくなり過ぎて、半ば困った状態。
 何故ならば植えた当時は小さくて、そして姿も綺麗にそろったもの、間隔もとって上手く植えたつもりであった。
 併し40年も経つと、思っていた以上に大きくなり、当初思っていたものと違い、幅も何倍かになったしまった。
 一番困ってしまったのが幅、狭い庭の境に植えたため、どんどんと成長してしまい、今では幅を取り過ぎの状態になったしまった。
 毎年選定はしているものの、それでも成長して幅は大きくなっている現状、こんなになるとは計算違いである。SANY1621.JPG

 初めは塀を造りつもりであったが、やっぱり緑が良いとの結論になり、カイズカを植え、当初は良かったと思っていた。
 勿論値段の問題もあり、安いものを探してカイズカに決め、手入れも簡単であったはず、しかしドンドン伸びてしまった。
 昨年秋に余り切り過ぎたので、目隠しのために植えたものが、大きく切ってしまったので前が丸見えな状態に、予想外の結果になってしまった。
 これで本当に枝が伸びて来るものなのかも心配になった来て、大丈夫なのかと心配になってきた。
 本当に芽は出て来るものなのか、こんな状態では目隠しにはならず、近頃では芽が出て来るものなのかと毎日眺めているのだが、果たしてどうだろうか。
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2020年05月15日

分かるかな

   なぞかけ
 コロナで退屈だと思うので謎かけ、会員さんから色々な質問が寄せられるが、SANY2292.JPG中には難題を持ち込んでくる会員さんも多く、こちらとしても神経が休まる事が無い。
 折角相談しくてるのだから何とかしてあげたいが、自分の力では何ともしようがないものも多く、ダダただ脱力感になる事もある。
 会員さんは幅が広く、掛時計から置時計、懐中時計から腕時計と千差万別、その質問に答え切れる筈もなく四苦八苦する状態。
 そんな中、逆にこちらから会員さんに問い掛けたいと思い、少し難しい問題を出してみようと思い立ち、色々な時計を選んでみた。
 一見してすぐに駆るものは面白きないから、中々の何台の方が苦労するだろうと、少しばかり意地悪い質問をして日ごろの憂さ晴らしと思い立つ。
 自分の所有している時計の中から、チョット難しい時計を選んでみたから、直ぐに分かる人は何人いるだろう。

 一つ目は桜の花びらが両横に付いている時SANY2271.JPG計で、名古屋で製造されたもの、振り子室には動物の絵が金泥で描かれているガラスがはまっている時計。
 振り子室の扉は丸いものが付いており、動物は透けて見え、振り子が見えるようになっている扉が付いている時計。
 二つ目は両サイドにハートの形をして物が付いている掛時計、これも名古屋で製造された時計、実用新案特許を取得した時計でもある。
 自社のトレードマークをデザインした、独特の形をした掛時計、明治時代にハートの形をした時計は非常に珍しいものだと思う。
 この二つの掛時計、直ぐにピンと来た人は古時計愛好家として優れた記憶の持ち主と思う、コロナで暇ならブログにも出ているからさがしてみて下さい。
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2020年05月14日

ことしも

SANY1906.JPG   エンドウ豆
 今年もプランターでエンドウ豆を栽培する事にしたが、昨年はトマトを栽培して大成功、余りなり過ぎて食べるのに大変な思いをした、食べきれない程実ったからだ。
 プランターであれ程実るとは思ってもみなかったが、なれば生ったで処理するの大変だと思ったもの、毎日トマトばかりでは飽きる事になる。
 贅沢な話であるが現実、毎日多くのトマトを食べるのもやっぱり辛いもの、なり過ぎにも困ったものだと思う。
 プランターであれだけ生るとは信じ難かったが簡単に生ったので気分的には嬉しい筈だが、食べきれないのも困ったものだ、そんな事で今年はさやえんどうを植えてみたがこれまた良くなったようだ。

 トマトと違い生では食べれないから湯がいたりSANY1904.JPG、煮たりするのだがそれも大変だ。
 トマトと同じで生り過ぎには困る事もあるが、煮て食べれるから日持ちはする為保存すれば良い。
 それにしてもホームセンターの人が言っていた「簡単に栽培できますよ」と言った通りに良く実る。
 野菜を作ると言う事は新鮮なものが手に入ると言う事だが、食べきれないのも厄介な事、程々に生って貰いたいものだが自然の成り行き。
 食物をつくると言う事も大変な事、農家の苦労が体験できたのも、プランター栽培の良い所、しかしなり過ぎては考えものか。
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2020年05月13日

コロナのおかげ

   毎日退屈
 コロナのおかげで毎日が退屈でならないDSCN2203.JPG、日本中の人がその様に思っていると思うが、私もそのうちの一人である。
 これだけ外に出れない期間が長いのは経験した事がなく、誰しも戸惑っているのは当たり前の事、予想打にしなかった事でもあるのだから。
 日本中と言うよりも世界中だと言う事、100年前の再来と言うが、そんな前は知らない事、しかし現実にあった事でもある。
 そして今、コロナは収束していないが、何時まで続く事やら先が見通せない状態、一番早く発症した中国、未だ収束はしていない状態、日本は何時になる事やら。
 それにマスク、一時は何処にも売っていなくて皆が大騒ぎ、偶然にも私はその前に買い込んでいたから、心配ない状態である。
 別に買い溜めするつもりは無かったが、店員さんが進めてくれたので50枚入りを2箱買い込んだ、それが正解であった。
 その後、マスクは品切れで現在に至っているが、我が家ではマスクに心配はなく、また妻が手製のマスクを作り使用しているのだ。

 そんな事で毎日が退屈、妻には運動したらと言われるが中DSCN2205.JPG々、仕方がないから昔買い込んだDVDを見る事にしている。
 何せ西部劇か好きで映画のDVDは多く持っているので、それを毎日見ているが、妻からは同じものをよく飽きないで見えるものだと言われる。
 特にワイアットアープの映画は何回でも見ているので、そんな小言も出て来るが、何回見ても飽きないもので、今日も見ているのだ。
 そしてもう一つがスティーブ、マックイーンの映画「拳銃無宿」このDVDは殆ど持っているので、全部見るのには日にちがかかり、時間稼ぎが出来ている。
 何にしても之から何時まで続くか分からないが、映画でも見るしか時間がつぶれないから、明日も又DVDのお世話になる。
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2020年05月12日

紙の鯉のぼり

    現在とは違うもの
DSCN1176.JPG
 端午の節句は過ぎてしまったが、男の子の成長を願って行われる節句、古来中国より伝来した節句の一つ、色々な説があるが武家社会に入り益々盛んとなる。
 古来より端午の節句は邪気を払うものとして、5月に行われる行事であったが、武家が力を持ち仕来りとして参加となり、江戸幕府が推奨した節句でもある。
 元々菖蒲は勝負に通じ、その形が剣にも似ている事から、縁起の良い植物として武家に好まれ、また蓬はその匂いで邪気を払う。
 もともと薬草として用いられた蓬、菖蒲と相まって端午の節句には欠かせないものとなり、粽と菖蒲、それに蓬が加わる事により、厄除けとなる。
DSCN1178.JPG 古くは宮中で行われて来た厄除けの儀式、5節句の一つとして邪気を払い、1年の健康を願って行われて来たのだ。
 現在の様な男の子の節句となったのは、江戸時代に入ってからの事、特に将軍家が5節句を重要な節句として定めた事による。
 将軍家は男の子の誕生を祝い盛大に儀式を行い、端午の節句をも要した事が、武家に広がったのが最初らしい。

 端午の節句を祝うには、旗指物を床の間に飾り、菖蒲と蓬を束にして軒に吊るして邪気を払い、粽でお祝いしたと言われる。
 この行事が一般庶民にまで伝わり、男の子成長を祝う行事として浸透、武家を真似て鯉のぼりを立てるようになるのだ。
DSCN1177.JPG 元々は武家の旗印、戦において目印としたもの、馬印とも言われるが、庶民には縁のないものだから、鯉のぼりが流行る事に。
 庶民と言っても大店や裕福な商人たちが、子供の成長を願った行った物であり、一般庶民は菖蒲や粽で祝ったものだ。
 江戸時代の鯉のぼりは、今のような形ではなくね本物の鯉に似せて作られており、鯉独特の腹が大きくて寸胴型のものであった。

 写真の明治時代の和紙の鯉のぼり、和紙で出来ており、古い形式のもの、長さは5メートルを超す大きさ、胴体は太くて実物の鯉のようだ。
DSCN1180.JPG
 実際には外で掲げた訳ではなく、大きな土間などの天井に吊るしたとされているもの、和紙で出来ているものなので雨風には弱い。
 これだけの大きなものは、裕福な家庭でなければ掲げる事は出来ないもの、やっぱり子供の成長も金次第なのか。
 それにしても今の鯉のぼりと違って、胴体の大きなもので、和紙で出来ており、鮮やかな色使いもまた当時のもの。
 今の鯉のぼりは流線型の細長い形のものだが、ここにも時代の違いがはっきりと表れているもので、比較して見ると面白いものだ。
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2020年05月10日

クロネコ

SANY1101.JPG   復刻版

 愛知県瀬戸で製造された招き猫、幕末から明治にかけて盛んに製造された磁器製の招き猫、日本全国に配送され人気を博したもの。
 現在でも磁器製の招き猫は人気が高くて市場に出ればすぐに売れてしまい、愛好家が探している人気者の招き猫である。
 この招き猫最近は風水の人気で逆に又復活したかのような人気、古い磁器製の招き猫は引っ張りだこの勢い、愛好家らの人気の的となったしまった。
 勿論各地で磁器製の招き猫も製造されているが、瀬戸の招き猫が人気、それは前垂れと言われる招き猫の首、色とりどりの色をした首に掛けてあるもの、時代によって表現が違うが、古いものは手が込んだ彩色が施されている。
 この彩色方法によって時代測定が出来るのも瀬戸の招き猫の特徴で、やはり古いものほど細かな彩色が施されている。
SANY2848.JPG
 そしてもう一つがヤッパリ顔、招き猫の顔は時代によって変化をしているから、貌を見れば何時頃の時代の招き猫であるか推測が出来る。
 古いい招き猫ほど顔がきつい顔をしており、本物の猫により近い顔をしているが、新しい招き猫は顔も丸くなり優しい顔をしている。
 特に古い招き猫はキツネに近い顔をしているから、次第測定がしやすく、前垂れもシンプルなものが付いている事も特徴の一つ、古くなれば彩色も又シンプルなものが付く。
 下の写真は復刻版の招き猫、黒色の招き猫で人気、古いスタイルになっているが、目がきつくなくやはり現代的な顔をしており、時代が新しい事が分かる。
 しかしこの黒猫、大きさは50センチと大きく、実に重たい造りとなっている。






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2020年05月09日

やっと芽を出した

   肝心な所に
DSCN0745.JPG
 我が家の黒竹、新築当時に植えたもの、自分の家を建てる時は竹を絶対に植えたいと、かねがね思っていたのだ。
 展示場で見た黒竹の植えてある家が気に入り、こんな家を建てたいと、その時から思っていたが、いざ自分の家を建てるとなると、あれもこれもで意見が出る。
 勿論予算の方が先であり、欲しくとも中々思い通りにならないのは当たり前、イザとなるとドレから削り落とすのか。
 予算内で完成されなければならないから、それ以上は出来ない制約、そうでなければ絶対に予算オーバーすると言われていたからだ。
 言われていた通り、あれもこれもで結果は予算オーバー、どれを削るものなのかと思案中、意見が分かれて四苦八苦した覚えがある。
 子供たちも自分の意見を入れて欲しいと、そんな事で色々ある中で削り落とす事になったが、黒竹を植える事だけは拘ったのだ。

 しかし、人からは竹は植えない方が良DSCN0738.JPGいと忠告され、植えた後が大変で、何処から生えて来るか分からないし、とんでもない所からも生えると言われた。
 しかし長年の夢でもあった黒竹のある家が、頭から離れないので強く主張し、結局自分の意見の内、一つを削って黒竹を植えた。
 さて何処に植えるのかと、これまた思案の連続、人に言われたように何処からでも生えて来るから場所を決めないといけないのだ。
 あちらこちらと案が出たが、結果は一番狭いところに落ち着いたが、さて植えるとなると後の事を思わないと、その為に境目にブロックを埋める事にした。
 竹は横に伸びるから、入り込めないようにしておかないと、後で後悔する事になると言われ、ブロックを埋めた。
 自分では此れで境目もしっかりしているからと、そんな思いでいたが、あっさりと打ち消されてしまう事になる。

DSCN0742.JPG 家の基礎部分は深さ70センチ以上深く、その為ブロックも三段にして埋めたはず、それが植えてから4年目になんと基礎の横から目を出した。
 あれだけガードしたのにこんな事になるとは、自分では完全と思っていたのに、しかし竹は簡単にガードをかいくぐってしまった。
 竹は1メートルや2メートルは簡単に潜ってしまうとのこと、考えが甘かったと思いつつ、芽を摘み取ることしか対策はない。
 その後セッセと余分な処から生えてくる目を摘み取り、都合の良い場所に生えてきたものだけ伸ばしているが。
 こちらの思いとは関係なく、竹は自由に他の所から生え、欲しい所には生えない事の繰り返し、今年もやっと生えて来たが、こちらの思う所からは出てない。
 植物にこちらの都合で生えるなと言っても無理な話、何処から生えて来るものなのか、見当もつかないのが現実。
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2020年05月08日

円天賦

   見て欲しい
 会員さんから円天賦の和時計を手に入れたので動くDSCN1069.JPGかどうか見て欲しいとの事、彼曰く業者が生で出して来たものだからと言うのだ。
 円天賦の和時計は幕末の製造、明治まじかに成ってから造られてもので、細工的にも手の込んだものが多く、高級機に多いもの。
 早速機械を見る事にしたが程度は良い方、パッと見には部品はそろっているみたい、先ずは支柱を外して歯車の状態を検査、真鍮製の歯車も程度は良く、余り動かしていない様で、歯車の擦れも少なく良い状態だ。
 割り駒式の駒も揃っているようで問題なさそう、割り駒の爪は小さいので良くなくなっているものが多い、造るのも面倒な部品でもある。
 時打ち部分の歯車も支柱を外して全部点検するも問題ない状態、やっぱり製造されてから余り動かしていない、こちらも擦れが殆どない状態。

 しかし問題があるのは円天賦のバネと部品がDSCN1064.JPG足りないと分かったが、この状態では動かないのは間違いない。
 円天賦の部品は何とかなると思うが、バネが心配だと思う、この部品の変えはないから、昔の部品を加工して使うしかないが、見つけることが先決、知り合いの時計屋さんがあるから多分あると思う。
 心配していた歯車の欠損や他の部品も欠損が無かったから、それも鐘もオリジナルのもの、割と良い状態を保っている和時計であると思った。
 只、時計を載せる丁度良い台を探さないと、折角の和時計もそれこそ台無し、気長に台を探すしかないだろう。これだけ程度の良い時計も珍しいものだ。
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2020年05月07日

   一番人気

 ふくろう時計、古時計愛好家の中で人気の高い時計の一つ、あるSANY0293.JPG人は一番人気だと言うが、確かに人気なのは分かる。
 あの惚けた顔が何とも良い、特に子持ちフクロウはその特徴の一つ、お惚け顔と子供たちの可愛らしさ、それかまた人気の秘密でもあるようだ。
 最近のネットでも良く出品されているが、人気の子持ちはやはり少なく、出れば競争率は高くなり、欲しい人たちで群がる事になる。
 数少ない時計だから人気になるのも良いが、余り競争しても良くない、もう少し冷静に競争した方が安く買えるのではないか。
 私も持っていたが何故かしら手放し、また欲しいと思うようになったが、子持ちにはそんなムードがあるらしく、取り戻したいと思っている。
 然しそれだけがフクロウ時計では無いから、色々に会社から多様な梟時計が製造され世に出ているから、何が何でも子持ちフクロウではない。

 そんなフクロウ時計、その顔も独特なもので、製造会社によSANY2480.JPGって同じフクロウでも顔が違う、それかまた愛好家に支持される所以なのか。
 大きな型のフクロウや小型のフクロウもあり、小型は小型で面白いと思う、只惚けた鳴き声は小型にはないから、只目が左右に動くだけの事だが、それでも愛好家は求めようとする。
 自分でもそうだから、他の人ならもっとその様に手に入れたいと、そんな気持ちになっても無理はなく、一台や二台はあっても良いと、そんな風に思うが。
 只フクロウと呼ばれてはいるが、専門家に言わせればフクロウではなく、ミミズクだと言うのだが、ミミズクもフクロウである。
 そんな細かい事は気にしなくて、可愛いものは可愛く、面白いものは面白く、その様に感じただけでこの時計の持っている力かも知れない。
 それにしても色々な顔をしたフクロウ時計が存在しているもの、どれが好みかは本人次第、好き好きにで良いと思う。
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2020年05月06日

何だか同じ

   毎日だから
 コロナがまだまだ終息しない中ブログを毎日更新、以前に書いた事も忘れて同じ事を取り上げDSCN0751.JPGる事もあるが、それは当然の成り行きだと思う。
 時期が同じ時に思い付く事は同じ、前に書いたものをまた書く、それもまた仕方がないと思っている。
 今日の書いていて、去年書いたような気がしたが、それはそれ毎年同じ文章ではないから、その時の雰囲気が違うはず、だからそれで良いと。
 自分なりに解釈をして書く事に、今年もまたモッコウバラが張り出して来たので、例によって切ろうとすると待ったかが掛かった。
 妻が待ったをかけたのだが、折角ここまで成長したのだから、あと少しだけ切るのを止めて貰いたいと言うのだが、車が入らない。
 確か去年も同じ時期に同じ事をやったと思うが、やっぱり今年も同じ、何で毎年分かっている事をやるのか、それも同じ時期に。
DSCN0714.JPG

 結局素人は同じ時期になれば同じ事しか表現できないのだと思う、作家さんでもないのに別の表現を思いつかないので、やっぱり同じ事しか書けないのだ。
 昨年の11月頃に剪定して、大きくならないようにしたつもりがこの始末、切れば切るほど元気よく伸びてしまう。
 どの様に剪定したらこじんまりとされられるものなのか、ホームセンターで聞いが同じ事しか言われなかった。
 それにしてもモッコウバラは元気が良い植物、あれだけ刈り込んでも又前と同じようになり、刈り込めば刈り込むほど伸びるものなのか。
 確かに花も良くさき、最盛期には美しいとは思うが、花はバラバラと散り辺りかまわず飛び散るから始末が悪いが、綺麗に咲く事は褒めてやらねば。
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2020年05月04日

何かの縁

   縁とは不思議
 縁(えにし)とは不思議なものSANY1357.JPGであると知ってはいるが、古時計を集め出してからつくづくと縁と言うものが分かったような気がする。
 古いものを集めていると不思議な事が起こるもので、偶然に良いものが手に入る事があるが、これこそ縁のなせる業とも言えよう。
 以前にも荒川豊蔵氏の言葉を紹介したことがあるが、縁については色々と言われていて、私は荒川豊蔵氏の言葉が一番合っていると思っている。
 豊蔵氏曰く「人も物も縁が無ければ手に入らない、縁が無ければ追いかけても向こうから去って行く」と言われた、まさにその通りであると感じている。
 今までの経験で豊蔵氏言われた通り、追いかけても、追いかけても、縁のないものは逃げて行く、そんな事を実体験で味わっているのだ。
 欲しくて、欲しくて、どうしても手に入れたいと思っている古時計も、追いかけても、何度追いかけても未だに手に入っていない。
 多分これからもあの古時計は追いかけても逃げて行くに違いが無いと思っているが、それでも追いかけてみたいと、縁が無いのだろうか。

 そんな縁、現在私が連載している「小さな蕾」、こSANY1363.JPGれも縁の一つの例かも知れないと思っているのは、現実の出来事だ。
 若い頃より小さな蕾は興味があり、特に古時計に関しての記事が載っている本は積極的に買い込んでいたので、今も手元にあるのだ。
 昭和52年の10月号、その本には和時計が紹介されているもの、その記事を何度も読み返えして和時計の事を研究していた。
 そんな小さな蕾に自分が今古時計の記事を書いているとは信じがたいもの、縁とは不思議なものでまさか自分がその本に古時計の記事を書くとは、思いもよらなかった。
 一度はお断りをしたが、再度の勧めで記事を書く事に、それから足掛け6年になると思うが、まだ現在でも自分が記事を書いてる、やっぱり縁とは不思議な事だと思う。

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2020年05月03日

こいのぼり

   天高くDSCN1176.JPG
 鯉のぼり、男の子の成長を願い鯉のぼりを掲げて祝ったもの、もともとは中国古来の伝説にもとずくもので、登龍門と呼ばれる滝を上った鯉は龍に変身すると言う故事、鯉の出世を逸話としたものが日本に伝わり、江戸時代には鯉幟が出来上がる。
 色々な説があるが登竜門にまつわる故事を現実化したものと言われ、鯉は生命力の強い魚、何処でも育つと言われ、その生命力にあやかった逸話とも言う。
 この故事が日本に伝わり、特に武家社会に受け入れられ、武運長久を願う一つの題材とも言われ、出世と結び付け男の子の成長を願うものに変化して行く事になった。
 写真は和紙で製造された明治期の鯉幟、その大きさは5メートルもあり巨大り鯉幟、良く見ると現代の鯉幟と少し違い腹のあたりが太く、程度は良く色褪せもないもので当時が偲ばれるものだ。

 江戸時代に将軍家が自家の繁栄を願って端午の節句を祝った事でそれが大名家DSCN1178.JPGにと伝わり、全国的な広がりとなったという、この日は全国の大名を江戸城に集め、将軍家の権威を見せつけたとも言われている。
 そんな端午の節句を裕福な商人の間にうつり、彼らが武家を真似て端午の節句を祝うようになったが、当然の事鎧兜はなく、旗指物もない、そこで生まれたのが鯉幟だという、諸説あるがこれが現実的だとされている。
 はじめは小さく紙製のものであったというが、次第と大きくなり、室内から家外へと掲げる場所が変化して行く事になる。
 家外の鯉幟は布製へと変わり、それも当初は一匹だけであったと言われるが、次第に数が増え現在のような形式になった言ったと言う事だ、今では鯉幟を上げる場所もなくなり、五月の空も寂しくなってしまった様である。

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