2019年10月13日

種類が豊富

   やはり目につく
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 骨董市場、知らない人にはどんなふうになっているのか、非常に興味の湧くところでもあると思う。
 アンティーク好きな人なら、何処から品物がやって来るのか、それも興味の湧くところだ。
 アンティークショップの店には当たり前の事だが、商品が並んでおり、これらの物は店主が買い付けていると思っている。
 勿論そんな店もあるが、殆どの場合は市場から買い付けて来るもの、自分の目で確かめ、仕入れて来る。
 アンティーク全般、小さなものから大きなものまで、多種多様なものが集まって来て、自分好みのものをセリ落とすのだ。
 持ち込まれた物の中から、店で売れそうなものを見つけ、そSANY1945.JPGれをセリ落とすのだが、そこは自分の思うようにはならない。
 自分だけの競り市ではないからだが、欲しいものには自然と目が行き、値踏みをするが、そこは競争社会、当然他の人と競る事になり、思った金額で手に入らない事が多く、やはり競争社会の原理がプロ同士の競り合いだから、負ければ商品は手に入らず、逆に買ったとしても高く買いすぎて、困る事もある。

 其れがセリ場であるのだと、素人の私でも、その辺は理解できるが、好きな物は力が入ってしまうが、それはプロでも同じ事、分かっているがヤッパリ力んでしまうと言う、人の子であるからだと思う。
 セリ場とはそんな場所、素人が買い付ける事は出来ないSANY1948.JPGが、自分の好きな物にツイツイ目が行ってしまう。
 この日も時計類が多く出品されていたが、値段が気になって、幾らくらいの値が付くものだろうかと思ってしまう。
 勿論市場であるから、市場価格ではない事は理解できるが、幾らか知りい気持ちには変わりない。
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2019年10月12日

色々な種類が

   振り竿の位置

 時計の振り竿、アンクルと連動する部品であり、時計で最も重要な部分、雁木車を正確に動かす為に必要な部分、つまり時計の心臓部と言っても良いもの。
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 ゼンマイの力を常に一定の動力になるように左右に動かす振り竿、あのガリレオが発明した等時性の原理振り子、この部分が常
に左右に動く部品。
 時計の振り子はゼンマイ式の時計であれば必需品、殆どの時計には振り子が付いいるが、その取り付け方法は時計によってそれぞれ違ったものとなる。
 勿論掛時計に限った話であるが、レバークロックとは違う形式である事は言うまでもない事、特にボンボン時計の機械に集約した話し、振り竿の取り付け位置の話だ。

 この時計の振り竿の取り付け位置、殆どの古時計愛好家は関心が薄いSANY8830.JPGので、取り付け位置等はハッキリと覚えていSANY8834.JPGないことが多くて、振り竿の長さを聞いても分からないほどだ。
 つまり関心がないから取り付け位置なども知らないのだが、こり振り竿の振りべらが切れて初めて、この部品が大切なものと気が付くが、やっぱり直ぐに忘れてしまう。
 良く振りべらが切れてしまい、代わりのものを探す時なども、振り竿の長さを聞かれても分からず、適当な長さしか説明できなくて、同じ部品を探せない。
 この振り竿も最近は直ぐに手に入らなくなってしまい、イザと言う時の為にストックを持っていないと困ることになり、私はその為に普段から手に入れるように心がけている。

 それと言うのも振り竿の長さで当然時間が違う、短いものを長くは出SANY8825.JPG来ないが、長いものを短くするのは簡単な事、だから求める時は何時も長い振り竿を買い込む。
 さてその振り竿、時計により取り付け位置がバラバラ、ばらばらと言うよりは色んな取り付け位置が存在しているので、研究してみると新たな発見も。
 前に述べたとおり、古時計愛好家は振り竿の位置を気にしていないが、取り付け位置は製造会社により異なるもの、機械上部に取り付け位置があるものや、その逆に低い位置に取り付け位置があるものまで様々。
 調べてみれば見るほど取り付け位置が分かれている事に気が付き、機械の設計段階でその取り付け位置が変わるものなのか、ハッキリしない。
 殆どの機械の取り付け位置は機械中心部に集中しているが、稀に機械本体から大きく離れた位置にあるものも、この時計の機械は特別であり、例外と思っても良い。
 その他のボンボン時計の機械、その振り竿の取り付け方法は機械中心部が殆ど、勿論アンクルと雁木車の位置とおおいに関係するもので、それも時計製造会社の意向によるものだ。
 そんなわけで振り竿の取り付け位置を写真に収めてみて、やっぱり千差万別の取り付け位置がある事に改めて感心するものだが、何でここまで違うのかとも思ってしまう。

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2019年10月11日

灯りの個性

   色々な灯り

 アンティークなランプシェードが人気、少し前から盛んになって来たSANY8265.JPGようだが、それは若い女性たちが仕掛け人、現代の灯りでは物足りなくて、アンティークな灯りに魅せられたと言う事、彼女たちは自分好みの灯りを探している。
 日本の灯りは部屋全体を明るくするタイプ、外国人に言わせれば「日本人は何で工場みたいな灯りを使うのか」と言うのだ、私もそんな話を直接聞いたこともあるのだが、日本の人は明るい事が良い事と思っているが、外国の人は部分照明に慣れている。
 部屋全体を明るくするのではなく、必要な所に灯りを付ける、そんな灯りの付け方が普通に行われているのだ。
 やはり彼らに言わせれば工場みたいの所で生活したくないと、自分の家までそんなに明るくする必要はなく、いる処だけあればよいと。
 部屋全体が明るい場所に慣れてしまった日本人、どの家も明るく生活はしやすいが、ムード的には今一であると、そんな事に気が付いた若い女性たちは、自分に合った個性的に灯りを探して、そんな事でアンティークな灯りに目が向く。

 少し前に流行ったアンティークブーム、しかし今回のブームはそれSANY7664.JPGと少し違っているようで、我も我もと言う事ではなく、静かなブームで、それは安くて良いものを、そして何よりも自分好みの物をと言う、以前は良いものをより豪華に、それが全くの違いだ。
 豪華なものではなく、良いものを探す楽しみも、自分好みの灯りを探す楽しみも含めてのブームであるのだと思う。
 だから彼女たちの目は確か、じっくりと見極めた上でないと買わないし、高くても買わないので、中々難しいのだ。
 写真のアンティークランプ、実用的なもので、以前のような豪華なものではなく、大衆的なランプばかり。 しかも安いものが多い、自分の部屋に合うものを探す、部屋に合わないものは買わない、堅実派の彼女たちである。
 今日も何処かのアンティークショップを、探し続けているのだろうと、そんな気がする今日この頃の動きだ。
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2019年10月10日

秋本番

   やって来た
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 今年の秋は何時もと違う秋、夏が暑かっただけに、この秋の訪れはちっと遅く、ゆっくりとやった来たのだ。
 何時もなら涼しい日がつづき半袖でも良いくらいの気候、しかし今年は半袖でないと暑くてしかたが無い位、ここ2、3日特に暑くなった。
 朝晩の気温の差が10度以上もあり、体がなかなか付いて行かず風邪をひきそう、急激な変化に付いて行けないようだ。
 長袖のシャツを着たり、半袖に変えたりと大変、これでは風邪をひくのも当たり前、注意はしているが、やっぱり付いて行けないのだ。
 あの彼岸花はそんな気候にも惑わされず、今年もキッチリとお彼岸に咲き、この花くらい忠実な花はないと思う、やはりお彼岸に咲く事を義務付けられている花なのかと、そんな事が思えて仕方がない花であると思う。
 兎に角この花を見ると彼岸だなと気が付くから、これほど季節を知らせてくれる花はなく、他の花は微妙に早くなったり、遅くなったりする。
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 彼岸花、仏花と呼ばれる花、昔から毒のある花としても知られ、普通の秋の花ではなく、何処か仏にまつわる花とされて来た。
 あのどくどくしい赤い色の花、やっぱり一味他の花と違うもの、彼岸にふさわしい花であると思う、其れが曼珠紗華である。
 最近秋の七草があまり見られらくなったと思うが何故だろうか、以前と比べれば間違いなく市場に出ていないのだ。
 最近の子供は果たして秋の七草を知っているだろうか、3、40代の人達でする覚えていないとも思うが、それほど忘れられた感がある。
 その秋の七草のひとつススキ、そう言えば去年もお月見にススキを探したが、全く穂も出ていないので、穂の出ている物を探したが見つけられなかった。
 異常気象はどこまで進むものなのか、これから季節感はどうなったしまうのか、先が心配であるが、こればかりはどうしようもない。
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2019年10月09日

絶対に古い

      アンティークランプ11

 SANY6256.JPGアンティークランプ、懐かしい光を注ぐランプの明かり、今時のクリアーな光ではなく、温かみのある光、そんな光に惹かれる現代人。
 現在の明かりは余りにも明るいもの、あたり前の事だが明るいのが良いと、今まで進んできたものであるが、ここに来て其の明るさが。
 余りにも明るい事に違和感を覚える人も、元来明るさを求めてきた日本人、昭和に入り、高度成長期家庭の灯りは蛍光灯へと進む。
 今までのクリア球の灯りとは別の光、随分と明るくなったもの、其の灯りが年々進化して、必要以上の明るさとなり、今に至っている。
 そんな明るさが果たして必要なのか、そんな疑問を持つ人も現れているが、人其々であるから何とも言えないが、明るすぎる事は確か。
 明るすぎて精神的にリラックスできないと言う人達が、今アンティークなランプを求めていると言う、私の友人も其の1人、別にアンティーク好きではない人。
 その彼が私のもとにランプを持ってあらわれ、自慢げに「今度買ったランプ、良いだろう」と差し出す、一見して新しいと感じ、こちらから「幾らで買った」と聴く。

 すると友人得意げに「安かったが、幾らか分かるか」と、私を試しているSANY6263.JPGようで、仕方がないから、少し高めに「5000円」と答えると、この友人不満そうに「そんなに安くないぞ」と睨む。
 睨まれても困るが、事実新しいランプ、1000円でも高いと思うのだが、友人安かったよ「2万円で買った」と自慢顔、そこに機械オンチの例の友人が登場、「何している」と話の中に入って来た。
 私の持っているランプを見つけ、お前のものか「何で新しい物を買ったのか」と言い出した。
 これを聴いた持ち主「何処が新しい物だ」と不機嫌な顔をしている。
 その後は2人でこのランプの説明に四苦八苦、レプリカで新しく造られたものだと。
 仕方なく家にある同じ様なランプを持ちだして、古いものと新しいものとの違いを説明、ガラスは見分けが難しいとも伝える。
 結局持ち主は意気消沈して帰って行ったが、ガラス物は時代を判断するのが中々難しいから、信用のおける所で買わないといけない。
 それにしても機械オンチの友人、さすがはプロ、新しいと一見して分かるとは、これでなければ商売は出来ないもので、少しは見直してやるかと、この時は思ったのだが。
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2019年10月08日

実用灯具

    小さくても
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 暗くなれば明かりがつく、別に気にもしないことだが、現代人は電気の事も意識していなくて、空気と同じくらいにしか思っていない。
 事実私もその類に違いなく、スイッチを押せば灯りがつくと思っているが、震災以後少し認識に変化が、日本中に走ったかもしれないのだ。
 空気と同じくらいに現代生活には普通のもの、何処にでもあると思っている人ばかりだったが、少し前の時代、明かりは貴重なものであった。
 家の何処にでも明かりが付くことは無く、必要な最小限度のところしか明かりが無かった時代、灯りに対する考えが、今の我々とは大きく違っていた。
 暮らしの中で長く居るところ以外は、明かりは節約していたもの、全然明かりが無かったわけではなく、持ち運びできる灯りを使用していたのだ。
 蝋燭もしかり、持ち運びできる灯具を利用し、常に其処に置くことはなく、必用に応じて使うシステムを採用する合理性、長く居るところではない為に、その時だけ使用できればよかったのだ。
 その為に開発されたのが豆ランプ、普通のランプよりは小型のもの、特徴は何処にでも持ち運び出来る事、小さくして持ち運びは出来るが、明るくなければならない。

 豆ランプと言えども灯具、蝋燭の火よりも明るく、風が吹いても消えSANY1064.JPGないもの、そして持ち運びも楽なもの、そんな条件を満たす為に作られたのが豆ランプ。
 しかし豆ランプにも種類があり、高級なものから安価なものまで色々と存在する。
 今回紹介するものは実用的な丈夫なもの、ブリキで作られたもので頑丈なものだ。
 見た目よりは実用的、しかも丈夫で明るいもの、一石三鳥のようなものだ。
 之もまめランプと言われるもの、ガラスではない為に現代人には好まれず、市場ではヤッパリ安価だが、時代の生き証人でもある豆ランプだ。
 豆ランプと言えばガラス物が取り上げられるが、実際に活躍したのはこの様なランプ、丈夫で使いやすいものが主流であった。
 ただ上の火屋はガラスでなければ光を通さないから普及品の安いもの、兎に角安くて実用的なものが好まれたようだ。
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2019年10月07日

集める極意とは

    よく聞かれる事

 SANY0848.JPG古時計を集めていると良く聞かれる事は、古時計を集めるのにどの様にしたら集められるものなのかと言う事、これだけ多くの古時計を集めたのだから、何かコツでもあるのかと言われるが、そんなものは無いと思う。
 確かに40数年も古時計を集めているから、人はさぞかしその極意があるのだろうと思うが、そんなものは無いのだ。
 もしあったとしたら私が聞きたい位、如何にしてその極意を身に付けたいとも思うが、未だに無いのだ。
 展示会場でもその質問が何時も来るが、その都度教えて欲しいのは此方の方と、そんな答えをすると決まって嘘だと言われる。
 別に嘘を言っている訳ではなく、事実を説明しているが、これだけ古時計を集めるのには絶対何かがある筈ですと。
 そんな風に言われる人も多いが、私も知りたいのだと言えば、何で知りたいのかと聞かれてしまう始末である。SANY2082.JPG
 実際に私も古時計を集め出してから、何かコツでもあるのだろうと、色々な人に聞いた事があるのだ。
 その時に明確に答えをしてくれた人は一人もいないし、殆どの人は自慢話で終わってしまい、コツなどは全くと言って教えてくれない。

 数多く古時計を集めた人は、それなりの努力をしているもので、簡単には集まらないから、やはりコツコツとはじめなければ出来ないと。
 新らたに古時計を集めている人は良い古時計を集めようとするが、それは止めた方が良いと思う。
 誰しもよい古時計が欲しい事は確か、人よりも変わった時計も欲しいと願う、そして段々と無理してしまう。
 経済的に余裕のある人は少なく、ある程度のものを買い求めてSANY4098.JPGいると、当然資金が底をつくことになる。
 しかし古時計はまだまだ手に入れたいと思うのが新人さん、見境なしに次々と買い求める、後は本人次第。
 自分の身の丈に合った古時計を集めているのかと、そんな疑問を持たないといけないのだが、それに何時気が付くか古時計と付き合うには焦らない事、ジックリと構える事が一番大事な事だと思う、私も幾度となく焦って失敗した。
 焦って高い買い物をしてしまった事が幾度とある、ジックリと見極めれば、こんな事は無いから、良いものを探すには焦らない事だと思う。
 皆が欲しがっているものは避けて、自分好みのものを見つける事、人のやらないものを始めたら良いと思う。
 古時計を集めるのに極意など無い、自分自身と向き合い、無理しない事が古時計を長く集める時の心得とでも言える。

 
 



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2019年10月06日

エコ通貨

   まさかこんな物

 陶貨とは金属でない通貨の事、陶器で出来た貨幣をSANY1090.JPG指す言葉、通貨は古く使用されてきたが、現存しているものは大方金属で出来ている。
 当たり前の事だが丈夫で摩耗しない素材で造られているから金属が最適、強い素材であるからだ。
 古代より通貨は摩耗しないもので造るのが原則となっており、現存している過去の通貨は金属製が多く、その他を圧倒している。
 勿論他の素材で出来ているものも、つまり摩耗しない石で造られたものも、古代より通貨としてやはり使われていたが、通貨とは簡単に摩耗しない素材でなければならないと言うもの、だからこそ金属が最適な素材である。
 世界各地で発掘される古代の通貨も、この様な事から金属や石で造られており、現在までその姿を見る事が出来る。
 日本で最初につくられた通貨も当然金属製のもの、「富本銭」と言う通貨だ、最近までは「和同開宝」が一番古いとされていたが、最近の究SANY1094.JPGの結果富本銭が一番古いと立証された。

 これ以後日本の通貨は金属製のものが主流、色々な貨幣が製造されてきたが、陶貨はそれ以後も製造されていないのだ。
 突如登場してくるのは昭和の時代、太平洋戦争末期に金属不足に陥り、はじめての陶貨が登場するのだが、これは1938年(昭和13年6月)臨時通貨法が制定され、陶貨の製造を計画、全国の陶器の産地に製造の依頼が出される事になる。
 色々の論議の末、1945年(昭和20年7月)瀬戸、有田、京都の陶器の産地が選ばれ陶貨製造に着手することに、各地で分散して製造され、1500万枚製造。
 しかし8月終戦により陶貨は廃棄処分となり粉砕されたと言うが、実際は少量現存していたもの2005年愛知万博の記念として瀬戸市が一銭陶貨を再現し売り出したもの。実際通貨の大きさの倍以上の大きさである。
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2019年10月04日

瀬戸と伊万里

   違いが分からない

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 保存協会の会員さんから質問が、ブログで私が載せている記事の中に瀬戸の水滴と伊万里の水滴が出ているが、写真で見る限りどちらとも取れないとの事。
 瀬戸と伊万里の区別がつかないという事だそうで、何回かブログを見ても自分では違いも、色も分からないし、全部伊万里ではないのかと思えると言うのだ。
 この会員さん、自分でも伊万里の水滴を集めており、全部伊万里だと思っていたが、瀬戸でも製造されている事を知り、自分の水滴を見比べてみたとの事。
 しかし幾ら見ても全部同じに見えてしまい、瀬戸と伊万里の区別はつかなく、自分の持っているものは全部伊万里と思うとのことであった。
 そして、私が瀬戸であると指摘した物も伊万里ではないかと言う、文章中にある瀬戸と伊万里の土の色、そして釉薬の色など同じだと言うのだ。
 確かに写真では見分けがつかない事もあるかも知れないが、実物を見ればハッキリと瀬戸と伊万里の区別はつく、同じようなことが招き猫にもあるのだ。
 SANY5979.JPG招き猫も明治期、瀬戸と伊万里で製造しており、形も良く似たものが現存しているから、パット見には同じに見えてしまうものだが、土が違うのだ。
 同じ磁器でも、瀬戸の磁器と伊万里の磁器とでは色が違う、陶器を知り尽くしている人だと見分けは容易と思うが、数多く見ていれば自ずから分かるものと思う。

 瀬戸の磁器は白っぽい色目、伊万里の磁器は乳白色、1番良いのは2つ並べて比べればその違いが分かりやすく、当然釉薬の色も違いが。
 この違いは染付けの釉薬が違うもの、コバルトの発色が違い、瀬戸の釉薬は色が少し濃く、藍みかかった色をしているから、伊万里と区別がつく。
 よく言われるのが形が違うのかとか、色が多く使用されているのか、染付けの違いは、とか色々聞かれるが勿論違いもあるが、形は殆ど同じものだと思う。
 独特の瀬戸磁器らしい色物もあるが、これは数が少ないから手に入れば1番分かり易いもの、しかし中々手に入らないから難しいも知れない。
SANY4851.JPG 磁器物ではない陶器の水滴も存在しているから、これは1番分かり易く、見た目で直ぐに瀬戸の水滴と区別が付き、伊万里にはない色付けの水滴。
 写真は上二つ瀬戸製の磁器の水滴と陶器製の水滴、両方とも瀬戸独特の色合い、特徴のある個性派の水滴、このように一見して瀬戸製と分かるもの。
 数多くの瀬戸製の水滴を比べて行くうちに、その特徴や色合い、瀬戸の特性を知らず、知らずに覚えて行けること思う、やはり本物を見る事。
 写真下は左伊万里、右瀬戸の水滴、良く見ると右の方が白っぽい事が判ると思うが、良く見て検討してください。



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2019年10月03日

セリ場に潜入

    相場が出来る
 古時計愛好家には時計の相場がどの様にして生まれるかと言うSANY8562.JPG事だと思うが、それは自分の知らない所で出来ている事、しかしそれは古時計だけではない。
 殆どの古物には同じ様な仕組みになっていると言う事、つまりそれらの相場は作られる場所があると言う事、古物専門の市場があるのだ。
 この市場には古物と言われるあらゆる物が集まって来、ここで売買され市場に出回ることになるのだが、一般の人はこの市場には入れないのだ。
 古物の免許を持っていない人は入場できない仕組み、当然の事だがバイヤー専門の市だから、一般人は立ち入り禁止、この仕組みはどの市場でも同じだと思う。
 アンティークショップで売られている時計もこの様な市場から仕入れ、自分の店で販売する事になるが、当然の事仕入れ値があるのだ。
 古物の場合、大抵の物は市場を通して販売されるものなので、市場の値段がそのまま販売値段に反映される事になり、高く仕入れれば、その時計の値段は高くなり、安く仕入れれば案外安い値段となる。
 古時計の相場はこの市場で決まると言っても良いほど、大抵の場合は市場の値段推移が市場価格に反映される事は間違いなく、おおよその値段はここで決まる。
 古物の市場は専門家の集まり、彼らが仕入れれば値段はSANY8590.JPG上がり、彼らが仕入れなければ値段は下がる仕組み、当然市場に反映されるのだ。
 古時計愛好家が時計を求めれば市場の値段も上がり、愛好家が買わなければ市場の値段も下がる事に、これは全ての物に言える事であり、市場原理だ。
 愛好家が知らず知らずに古時計の値段を上げ下げしている事は確か、しかしそれに気付かない人ばかり、それもやもう得ないかも知れないのだ、つまり仕組みを知らないから。
 古時計の市場へのルートは色々あるが1番大きいのがこの仕組み、個人での売買は極僅か、最近のネットでの販売もあるが、市場を作るのは彼ら。
 この相場1番影響を受けるのはやはり景気、景気が乱高下すれば値段もそれにつれて上下するが、もう1つの要素はやはり古時計愛好家、愛好家が購入しなければ始まらないもので、消費者の動向が一番重要、値段を安く買いたいなら、余り無理に買わないことだと思うが、そうも行かないのが市場でもある。





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2019年10月02日

証拠は何処に

    立証して下さい
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 前にも書いた盗難事件2010年8月15日夜半、瀬戸市の古民家久米邸から忽然と姿を消した時計達、姿を消してから表市場にも顔を出さず、全くの情報も出ず、八方ふさがりの状態が続き3年、持ち去られた古時計は何処に姿を消したのか。
 全国の古時計保存協会の会員さんに捜査協力を要請、情報提供を求めるも、さっぱりようとして姿は見せずしまいであった。
 自分のブログを通じて姿を消した時計の写真を公開、久米邸で展示していた時の写真も同時に公開、全国に捜査網を広げたが、しかし結果は不発、3年経っても情報は少なく、なかば諦めていたが、 突然14年6月25日、会員の岡崎の酒井さんが、盗難の時計を見つけてくれ、持ち主と気長に交渉して返還にこぎつけてくれたのだ。

 7月4日、先方が酒井さんの説得に応じ、買い込ん時計累を返還しに酒井さん宅に持参したもの、ビックリして直ぐに其れを酒井さん宅に引き取り行き、現物をもって、その足で盗難届けを出している瀬戸署に向う。SANY5914.JPG
 刑事課に出頭、返還された物を持参するが、すると刑事課の担当者から、持ってこられた物が「戸田さんの物と言う証拠はあるんですか」と言われる始末。
 慌てて今まで公開しているブログや私の本、そして1番良く分かる和時計と豊橋時計の写真を提示して、私のブログやホームページに記載してある時計と見比べてくれるように担当者に説明する。
 瀬戸署の鑑識員が提示した資料を現物と比較、和時計の台に付いている木目と汚れ、これは2つとない模様、独特な木目である事が私の時計の証拠と説明。
 普通は自分の持ものである証拠と言われると、中々それに匹敵する確実な証拠がないもの、特に私の場合は出版した本の写真、明治村での展示写真、そして久米邸での決定的な写真。

 是だけの証拠を提示できたのも、結局は数多くの証拠写真があったからの事、やっぱり写真は撮っておくべきで、この様な時に力を発揮するものと実感したものだ。 
 鑑識員は写真や現物と比較して、間違いなく久米邸の展示物と同一品と鑑定、私の所有物と確認されたが、係員から「是は奇跡的なこと、無傷で持ち主に帰るとは」と驚いていた、その上証拠物件もハッキリとしたものは珍しいとも言われた。
SANY5971.JPG 盗難品の殆どは、足が付かないように、元のものに手を入れて改造してしまうのが普通、捜査が入っても直ぐに分からないようにするのだと。
 其の為に状態は前よりも悪くなってしまうのだとも言われ、運が良かったと言うよりも、やっぱり奇跡的と言うほかないとの事だった。
 1番下の写真が久米邸の展示写真、この場所から忽然と姿を消したもので、この写真があった事で証拠提出は簡単に進んだのだ。
 こんな形で後々重大な働きをするとは、其の時は夢にも思ってもいなかったが、これも又幸運と言うべきものなのか、皆さんには自分の古時計を写真に撮り、後の証拠として保管されることをお勧めします。
 
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2019年09月29日

フランスの鍵

    何処となくお洒落

SANY4488.JPG 時計にはゼンマイを巻く鍵が付いているが、この鍵がなければゼンマイを巻く事が出来ないもの、鍵の種類もいくつかのものが存在する。
 例えば、掛時計の鍵はトンボの羽根のような形をして鍵が殆ど、余り変わった鍵が付いている事はないものだが、置時計となると少し違う。
 置時計には豪華な高級品の時計も存在しているから、その時計に付く鍵も豪華なものも、又お国柄も時計に表れているものだが、国によっては鍵にも拘りがあるらしい。
 例えばドイツの鍵はシンプルで頑丈なもの、イギリスの鍵はシンプルなものが多く、アメリカのものは統一的に量産物が付くといったように、ヤッパリお国柄が出ている。
 そんな中でフランス物の鍵は、一段とお洒落な物が多く、その上豪華なものが多いのもフランスらしく、時計の豪華さに負けない様に鍵も豪華になっている。
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 古い鍵は殆どが鉄製のものが多く、豪華な鍵には銀製も存在するが、金製はあまれ見かけないのは柔らかなものだから鍵には向かないのだ。
 写真の鍵、勿論フランス製の鍵、一見シンプルのような形、しかし良く見るとセンスの良さが見えてくるもの、鉄製であるが柔らかな曲線と直線のバランスが良い。
 上部はハート型をしており、使いやすさと優美さを兼ね備えているのも、ヤッパリフランス製の鍵と関心もするが、強度はシッカリとあり、優美さと堅牢さが同居している鍵。
 単に時計のゼンマイを巻くものだから、頑丈で巻きやすければ良いと思われがちだが、其処に拘りがあるのもフランスのお国柄なのか。
 鍵までが優美なものに造り変えるフランス、伝統の中に個性を内に秘め、其れでいて実用的なものを造る事に生きがいを見付けるのもフランスなのか。
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2019年09月28日

持ち込まれた

    招き猫
 
DSCN1916.JPG 瀬戸で製造された招き猫、愛好者から絶大なる指示を受け、引っ張りだこ現状、特に磁器で製造されたもの、市場に出れば直ぐに売れてしまい、中々手に入らないと嘆く愛好家も多いと聞く、更に形の大きなものは数が少ないと聞く。
 他の産地も磁器の招き猫を造っているが、瀬戸製の招き猫はその中でも人気が高いもの、その魅力は何処にあるのか。
 瀬戸で製造された招き猫、それも磁器で製造されたもの、古いものでは幕末のものがあり、形は小さな素朴なもの、大きさは7センチ位のもの、白黒とシンプルであり、アクセントとして赤い首輪をしているのだ。
 顔はキツネみたいなもので、今の招き猫とは少し違ったもの、磁器もあまり良いものでは無いが、数は極端に少なく明治末から大正期に同じような招き猫が造られたが、磁器の質は全く違うので、良く見れば分かると思う。
 古い磁器製の招き猫は透明度がいまいち、磁器の質が良くないから濁ったような感じ、それに引き換え大正期のものは磁器の質が良いもの。
 見比べてみればその違いが良く分かると思うが、それには多くをDSCN1918.JPG見る事が重要、何でもそうだが数を見る事によって分かって来る。
 やはり数を見る事が一番、そして比較して見る事、何処がどの様に違うのかを、それを頭に入れる事が一番良い。
 今回の招き猫、知人が持ち込んで来たもの、新しいものであると言われて買い込んだと言うが、本人は古いものと思っている。

 現在でも磁器製の招き猫を製造している所もあり、復刻版として売りに出されているから、形は昔のままである。
 良く間違って買い込んで来る人も居るが、新しいものと古いものとを見極める事も大切な事だと思う。
 何故ならば古い物は高値で売買されており、新しいものは形が同じでも、リサイクル商品としての評価である。
 つまり値段は安いもの、場所によっては新品の五分の一以下、もし新しいものを古いと思って買い込んだとしたら大損。
 招き猫愛好家なら、そんな事はしないと思うが、今回もの込まれたものは新しいものとして売られたもの。DSCN1917.JPG
 本人も新しいものと思って買い込んだもの、だから値段も安く売られていたと言う、しかしひょっとして古いものかもと持って来たと言う。
 この招き猫、そんなに古いものでは無いが新品の招き猫ではなく、ソコソコ時代のあるものである。
 招き猫の前垂れの絵付けは、少し古い時代の付け方、明治期のものとは違うが、現代のものとも違うもの。
 値段が安ければ良い、新品のものでは無いから、新品を買うよりも安くて良いものであり、買い得であったと思う。
 本人はそれを聞いて喜んでいたが、柳の下にドジョウは二匹もいない事を肝に銘じないと、落とし穴にはまるからと諭じておいた。
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2019年09月27日

優先順位

    2頭を追うもの

  前にも書いたが名古屋の大須観音のSANY8057.JPG蚤の市、毎月8の付く日に市がたち、足繁く通ったもの、この市では数多くの珍品も手に入れている。
 東寺の蚤の市とは比べものになら無いものだが、便利が良いのと近いのと両方で兎に角通ったがライバルも多くて、先を越されることもしばしば。
 少し遅れて蚤の市に行ったばかりに大物を逃した事も、逆に珍品を人より先に手に入れたことも、様々な場面に遭遇したのもこの市である。
 時計愛好家が経験する事だが、一足違いで珍品を逃してしまった事もあるのが蚤の市、蚤の市ではどちらから回るかによっても明暗が分かれる。
 特に広い会場であればどの店から回るかが重要なポイント、毎回古時計を持って現れる業者は決まっているから、その業者のもとに早く着くこと。
 開場と同時に業者目掛けて走る事も、早くその業者のもとに行かねばと、焦る気持ちを抑えて走るが、その業者のもとに行くのは私だけではないので兎に角早く行く。SANY0365.JPG
 ここで運命が分かれるのも良くあること、古時計を扱い業者は一軒だけではないから、今日はどの業者が良い古時計を持って来てるかは運次第。

 1番良いものを持ってくる業者の下にまっしぐら、案の定古時計を幾つか持って来ており、早速品定めをするが直ぐにある時計に目が行く。
 四ツ丸の奈良時計だとピンと来て、その時計を手に取り確認するも、やはり奈良時計に間違いなかったので直ぐに手付けをうち他の店に、そして次の店で珍品らしき時計を見つける。
 八角合長の8インチの時計、この時計は絶対に古いと直感、振り子室の中を覗くも文字が薄くて読み辛いので、光にかざして読み取ろうとするが良く見えない。
 しかし何やらゲンシャとローマ字が見えるがハッキリしないので、こんな事をしていると人に先を越されると思い、この時計を置いて他に行くことにした。
 他の店に行くもあの時計の事が気になり、どうしても頭から離れないので、その店にと引き返したがあの時計がないので、主人に聞いて見ると、「あんたが来後、直ぐに他の人が来て持って行ったよSANY0392.JPG」と言うのだ。
 そして幾らで売ったのかと聞けば、「八角の時計だから3000円で売った」と言うのだが、その後がいけない「その人は珍しい時計だと言っていた、何でも「金元社」とかいっていたと言うのだ。
 しまったと思うと共にやっぱり「金元社」かと、あの時直ぐに手付けを打っておけば良かったのにと後悔、しかし後の祭りだと思うが、逃がした魚は実に大きい。

 オカシイと思ったが、八角の只の時計、誰も買わないだろうから後で来れば良いと思い、先を急いだのがイケなかったのだが、運がなかったのだ。
  しかし悔やまれてならないのだと、しかも3000円で買えたのだと思うと、つくづく自分の愚かさを反省するも、やっぱり後の祭りだと思うしかないが、その後が尚更イケないので、その時計を買ったのがライバルであった事、あの人に持って行かれたとは益々悔いが残って仕方がなく、10数年経っても今も心に残っているのだ。












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2019年09月26日

蕎麦の歴史 

    歴史も古く
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 蕎麦が確実に確認されるのは、古文書によると「養老7年(723年)太政官符」に蕎麦の栽培要請を各地に出している事が分かった。
  この時代は一般庶民が主食として食べていたが、当時の貴族や武士達は蕎麦は食さず、下賤の食べ物であるとされていた。
 庶民は白米を余程の時以外は食べられないものであり、稗や粟など穀物を主食としていたが、蕎麦の栽培を当時の政府は食糧確保の目的で、全国に広めるために力を入れていた事が伺える。
  山間地で水田や作物も中々育たない地に、蕎麦栽培を新興し食料の確保と、庶民の生活安定をはかったものでもあった。
 この当時は今みたいな食べ方でなく、蕎麦を練って蕎麦がきみたいにして食していた様で、蕎麦切りが出現するのは、もっと時代が下がってからである。
 その後、寺方の食料および 食材として精進料理に用いられ、蕎麦の栽培が寺方より全国に広がる事になって行く。


 しかし、まだこの時点では一般庶民が毎日の食料として食べてSANY2895.JPGいたわけではなく、祭事などのときに食していた様である。
 鎌倉、室町と時代が下がっても蕎麦は相変わらず、練って団子のようにして食していたようで、寺方では広く食料として用いられていた。
 全国で蕎麦切りの発祥が各地に存在しているが、其の信憑性は薄いと言われており、長野県塩尻市の本山宿説、山梨県甲州市の大和説、長野県の戸隠説、など色々あるが、文献上で確認でき信憑性の高いのは、長野県木曽郡須原の定勝寺説である。
 天正2年(1574年)、定勝寺の建物改修工事完成時、寄進者から蕎麦切りを献上された事が明記された古文書が発見されており、これが現在確認されたもので1番古い。
 その他の諸説は之より50年から100年後であり、また確実な証拠となり得ないものばかりで、定勝寺説が1番古く立証も出来、この地方が蕎麦切りの発祥地と認定出来るようだ。 
 諸説がある中信憑性のものはなく、伝承として伝えられているだけの事、手前みそ的要素が強く、信頼性はないもの、いずれにせよ蕎麦切りはそんなに古くから食べられて来たのではなく、500年そこそこであると言えよう、それにしても蕎麦は奥が深い。
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 

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2019年09月25日

やっぱり秋

    時期が来れば
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 季節の変わり目、今年は早いようで急いで秋がやってた気様な、そんな今日この頃、草花は正直である
確かに日中は暑い日が続いているが、朝晩はメッキリと涼しさが増したような、そんな気がして来たのが昨今、今年の季節の変わり目は急速にやって来たようで、こちらが思っている以上に進んでおり、ススキの穂も出ているのだ。
 去年なんかは中秋の名月の日にススキを探して遠くまで、それでもなかなか探せなかったものだが、今年は予想以上に早い。
 我が家の近くの空き地にススキの穂が出ているのを発見、しかし暑さのせいで小さいもの、萩の花も探しても中々見つからず、ススキと共に競い合っている筈だが、探し回ったのが見つからずウソのようだ。

 しかし季節は急速に秋へとまっしぐらに進んで、夏を追い出しているかのよう、今年は秋が長いと言う事だそうだが果たして、何時までも暑いのは嫌だが、急速に冬になるのもチョット嫌な気もするが、暑いのが収まればそれに越したことはないのだ。
 今年みたいに中秋の名月の日に、暑くて半そで姿でないと、名月を見るのに暑くて半そで姿では様にならない。
 やっぱり名月鑑賞は涼しくて、むしろ肌寒い方がピンと来るような気がするが、その上萩の花もススキもないのでは面白くもない。150913_1246~04.jpg
 季節季節の植物がそこにあってこそ、人間は季節の移ろいを感じるものであり、それが自然の摂理化と思うが。
 温暖化とはそんな感傷的な事も一切お構いなしに進んで来、我々を戸惑わせるものなのだが、其れに付いて行けないのだ。

 この時期一番派手なのが彼岸花、あの独特な真っ赤な色の花、あの花ほどキッチリと彼岸の日に花を咲かせるものはない、何故そのように彼岸には絶対と言って良いほどに花を咲かせるが、この花はその様な定めを持っている花か。
 勿論お彼岸は決まった日にやって来るから、それに合わせて咲かなければならない宿命の花か、兎に角狂いのない花でその時期に咲く。
 彼岸花だけではない、鶏頭の花を見つけたが、最近見かけない昔の花、今は西洋ものが幅を利かせており、このような昔ながらの鶏頭は少なくなってしまった。
 葉鶏頭もその一つ、ヤッハリ鶏頭の花は字のごとく、鶏のとさかの様な形をした花でないと、ピンと来ないものだが、私が古いだけかも知れない。

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2019年09月24日

今年も

   またやって来る

 毎年瀬SANY0893.JPG戸市で開かれている招き猫祭り、今年で19回目になると思うが、私が参加して13年になると思う、早いものだと感じる。
 この招き猫祭りは今年も9月28日、29日に開催されるが、語呂合わせで29日と掛け合わせ「福くる」と言う語呂合わせで29日になったと言う。
 招き猫祭りは全国でも行われているが、瀬戸は磁器の招き猫発祥地とも言う事もあって、早くから開催して、多くの招き猫ファンが遠方より来て、当日は多くの人で賑わいを見せ、市内は招き猫の顔をえがいた人であふれ、招き猫一色になるのだ。
 この祭りは誰でも参加して良く、自由に参賀が出来るのも人気の一つ、猫メイクと呼ばれるメイクをすれば知らない人も直ぐにお友達、それがまた人気の秘密でもある。
 猫メイクも無料で描いてくれる処もあり、猫に変装する猫グッツも多く販売しているから、何も用意しなくても安く変身する事が出来る。

 大人も子供も一緒になって参加が出来、家族ずれが多DSCN0134.JPGいのもこの祭りの特色、毎年遠方より参加の人も多く、祭りで1年ぶりに再会する人も多いと聞くが、猫ファンにとっては待ちどおして祭りのよう、それも人気の秘密なのか。
 毎年古民家久米邸ではこの時期招き猫の展示をしており、今年も展示して招き猫ファンに見て貰う、しかし手持ちの招き猫は数が限られており、友人からこの時期借りて展示もしているが、これを見たさに遠方より来られる方もあり、逆にこちらがプレッシャーを感じ、今年はどの招き猫を展示するのか四苦八苦。
 勿論人気の招き猫は磁器で出来ている招き猫、毎年の事だが見に来た人は来年はどんな招き猫を見られるのか楽しみと、帰り際に私に言われると、こちらとしては物凄いプレッシャー、来年の展示が恐ろしくなってしまう。
 今年の展示は磁器物と土物が半々、果たして見学者は満足してくれるのか、今から早くもプレッシャーに押しつぶされそうである。

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2019年09月23日

彼岸花

   全国何処でも

 お彼岸の頃になると決まSANY1061.JPGって咲くのが彼岸花、あの独特の形をした真っ赤な花、その姿も奇妙なら咲いている風景も又くどくどしいもの。
 日本の各地のあぜ道に咲く花、川の土手に咲く花として誰しも知っている花でもあるが、この花程色々な別名を持った花も面白いもの。
 死人花、地獄花、幽霊花、蛇花、狐花など色々な呼び方をされている花でもあり、そのイメージはあまり良いものでもない。
 何故そんな呼び方をされるのか調べてみたら面白い結果に、花が咲いている場所との関係、特に墓地などで咲いてる事が多いため、「死人花」と呼ばれているとか。
 確かに墓地で咲いていればその様に呼ばれても仕方がないが、何故そんなイメージが生まれたのか、それにはこの花の持つ毒性にあるようだ。
 この花は球根、この球根には毒の成分が含まれているからとも言われ、人間に害を与える有害植物だからその様に呼ばれているとも。
 実際にアルカロイドが含まれており、勿論多量に摂取すれば人間も死に至る事に、やはり死人花と呼ばれる所以なのか。

 もともと日本固有の植物ではなく中国よりの渡来植物、そSANY1053.JPGの有害性からモグラやネズミの対策用としてあぜ道や墓地に植えたものだそうだ。
 古くから有害植物を逆手に取り、モグラやネズミ除けに植えられたが、非常食用にするために植えられたと言う説も、球根は毒性があるが水でさらせば水に毒性が流れ出し、球根は非常食になると言われ、その為に持ち込まれたとも言われている。
 何にしても死人花、地獄花とはあまり良い呼び名ではないもの、しかしその花が群生している風景は壮観であり、この時期の風物詩ともなっている事は確か。
 愛知県半田市の新見南吉の生家近くの川の土手には、全国有数の200万本の彼岸花が咲き、この時期観光名所となっている。
 川沿いの緑と赤のコントラストは見事で、訪れた人々はその風景に感激し、盛んにシャッターを切る姿があちこちで見受けられる。
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2019年09月22日

何時も下準備に苦労

    もう13年になる
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 地元のFMラジオに関わって早いもので13年になり、今年も招き猫祭りが開催されるが、その招き猫を題材として放送。
 毎年毎年招き猫祭りが開催されるが、人気はうなぎ登りになっており、今年も多くの参加者があると思う。
 今年は暦の関係で28日、29日の2日間と決まり開会され、何時もの様に古民家久米邸で40数個の招き猫を展示、どうにか開催に間に合ったと言う感じであった。
 何時もの事であるが毎年同じ招き猫ではと思い、少しづつ展示物を変えて開催しているのだが、展示となるとやはり人目を引くものが良いので、大きな招き猫を展示するように心がけている。
 勿論瀬戸で開催しているのだから、瀬戸で製造された招き猫が一番、見学者もそれを期待して来るのだから。
 私の手持ちの招き猫はそんなに数が多くは無く、一番大きな招き猫は70数センチのもの、これは陶器製のもの私は磁器の招き猫が好きで集め出したが、良いものがそんなにないので展示すると言っても気が引ける。
 しかし久米邸で展示して欲しいと言われて11年、久米邸は展示する所が多くあるので、40数個では迫力が無い、展示するからには迫力のあるものにしないと見学者に失礼に当たるからと、大きなものをと思うように、だが磁器製の招き猫は数も少なく、特に大きなものとなると極端に数がないのである。
 よく言われるのは、さぞかし多くの招き猫を持っておられるであろうと、そDSCN1319.JPGんな言葉を聞くとギョッとするのだ、無論数など多く持っておらず、その上良いものがないので、こんな言葉を聞くと心臓に悪いのだ。
 それでも11年やって来て、少しは見学者にも瀬戸の招き猫の良さが分かって貰えたのかと思っているが現在では常滑の招き猫が主流となってしまい、瀬戸の磁器製の招き猫は数が少ないので、普及していないようだ。
 ただ招き猫愛好家の間では磁器製の招き猫が人気、勿論市場に出れば直ぐに売れてしまう状況、やはり人気がある。
 今年の展示の目玉は瀬戸製の磁器の招き猫、高さは66センチと大きなもの、この大きさはそんなに数が無い。
 復刻版のものは存在しているが、古い物であると極端に数がないもので、愛好家には楽しんで貰えたと思う。
 年々見学者も増えて来て、その上期待して来られる方が多いので、満足して貰えるためには手持ちだけでは物足りなく、友人からも借りて来て展示をした。

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2019年09月21日

オークション

   恒例の行事

 日本古時計保存協会の恒例のミーティーング、協会では3か月に1回定期的に開催しているが、今回は9月の定例会議、今回も浜松の平野支部長の事務所での開催SANY0938.JPG
 今回はオークションの古時計が多く出品されると会員さんがはじめから古時計を物色、どれが良いのか見定めに真剣な態度。
 出品された古時計の中には会員で亡くなられた方の奥さんが出品され、数も多いが良い古時計が沢山あったので目移りがしたはず。
 何時もやっているオークションだが、種類と言い、数と言い、大量に出品されているので物色に忙しい会員さん達だ。
 毎回出品される古時計は当然会員さんが集めたもの、その中から会員さんが持参してオークションに出品、それぞれの好みもあるがやはり種類が多い事。
 掛時計もあれば置時計もあり、はたまた懐中時計もありと種類も豊富、当然の事会員さんが集めたものだから、見る方も目が肥えている。
 私も2つ以上同じ古時計があるものはオークションに今まで出品しており、数々の古時計が落札されたが、珍品も多く出した。

 勿論会員さんの要望があり、変わった古時計が欲しいと言われるが、中々手放せないもので出品に躊躇もする。
 しかし古時計を求める気持ちは自分自身が一番よく知っており、会員さんなら大事にしてくれるからと珍品も多く出してきた。
 そんな事もあり当然、あれも欲しい、これも欲しいと感じてしまい、目移りがしているように思う、確かに数が多い出品、それも会員さんが亡くなられての出品、全部売りたいとの意思、そんな事も今回のオークションが何時もと違っていた。
 結果は意思を尊重して全部出品物は完売、参加した会員さんも満足な古時計を手に入れられ、何台も購入された会員さんもいて、手に入れたものの品評会も後で開催。
 それぞれに手に入れたものを見せ合い、楽しいオークションと相成り、会員さんの笑顔があちこちで見受けられ、楽しいオークションとなった。

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