2019年11月20日

柿の季節

   胃の調子が悪い
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 この時期になると胃の調子が悪くなり、何時も胃腸薬のお世話になるが、その原因は分かっているので慌てる事はないのだが、その解消は難しい。
 毎年の事だが、この時期はツイツイ食べ過ぎて何時も胃の調子が良くないので、気を使って食べ物には注意、胃に良く無いものは食べないと心がけている。
 しかし、これが中々と難しい問題であり、私のもとに食べ過ぎる果物が差し入れられて来るのだが、これは私が大好物であると分かっての事。
 何処からともなしにその物はやって来るので、知らないうちに我家にたどり着き、手の届くところに置いてあり、その誘惑に何時も負けているのだ。
 その物とは「柿」、私はこれが大好物、この時期となると我家には柿が絶えないで、何時もテイブルの上に置いてあり、食べてくれと言わんばかり。
 朝、食パンにバターをたっぷり塗り、大き目の柿をスライスしてパンに挟み、サンドイッチ状態で食べるのが私流、これが最高に旨い朝食だ。
 それを見た人は「何で柿等入れて食べるのか、気持ち悪い」と言うが、私にとっては、この上ない食べ物、この時期はこれで毎日続くのだ。
 そして、これだけではないので食べ終われば、1つ丸かじりするのが何時ものスタイル、朝はこれで2個食べ、その後10時のおやつに又食べる。

 1番良く食べるのが富有柿、そして次郎柿の2種類、この2つはパンに挟んで食べるのが1番、実が大きいからスライスして2枚で十分、しかし厚く切るので、1個は使い切ってしまう。
 小さな柿はこのスタイルには向かないから切らないが、大きな柿は全てサンドイッチ用になり、次から次へと消えて行くが、又知らないうちに柿がテイブルの上に。
 毎日、毎日食べるので当然消化に良くない、段々と胃の調子が悪くなり、胸焼け状態となるのだが、その時は胃薬の出番、朝から胃薬を飲み、又柿を食べるのだ。
 SANY0263.JPGそんなに食べて飽きないのかと言う人がいるが、何で好きなものを食べているのに飽きるのか、逆にそれが知りたい位だ、そんな事では飽き無い。
 幸いにも知り合いの人が、大垣と豊橋に居て、両方とも柿の有名な産地、ここから届く柿が1番美味しく、朝の食事には欠かせないものとなっているのだ。
 そしてもうひとつの柿は「蜂屋柿」、この柿なくしてこの時期の柿は語れないもの、大好物の干し柿の王様、蜂屋柿を食べたら他の干し柿に食べれないのだ。
 大きな実のくせに甘味は十分、その上風合いが良く、実も他の柿とは比べ物にならないくらい大きくて、これに勝る柿は存在しないと思っている。
 写真だと柿の大きさが分からないと思うが、富有柿にしても蜂屋柿にしても大きい事は確か、その上旨いと来れば食べずにはおれないのだ。









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2019年11月19日

ペコちゃん

   アイドル

 不二家のミルキー、戦後日本人に栄養を言ってもSANY1422.JPGらうために開発したと言われているミルキー、キャラメルに牛乳を入れて飴、戦後の子供達にと開発された飴、不二家はこのミルキーを自社の商品として大々的に売り出し、そのキャラクターを制作する事になる。
 1950年、昭和25年に不二家はマスコットとしてつくり出したのが「ペコちゃん」、女の子で歳は6歳、身長は約1メイトル、どんぐり眼に舌を大きく出した独特のスタイル。
 このマスコットを不二家の店頭に置きミルキーを発売、子供達に人気となり、ミルキーは爆発的に売れだす事になる。
 はじめペコちゃんはスカートをはいていたが子供達がスカートをめくりあげるのでパンツをはかせたと言う事らしい。
 その後現在の赤色のオーバーオールを穿くスタイルとなり、黄色のTシャツを着たスタイルに統一、マスコットとなったようだ。
 はじめは紙で造られ頭が動くものであったが、子供達が触って遊ぶので壊れやすく、その改良型としてプラSANY1439.JPGスチックに替えられたと言う。

 ペコちゃのは女の子、その後男の子のポコちゃんが造られ、店頭で人気者に、不二家の看板人形となるのだ。
 この店頭の人形とは別に、カウンターに置く小さなペコちゃんも登場、店頭のペコちゃんは1メートル、しかしカウンターのペコちゃんは約40センチと小さい。
 最初のペコちゃんはセルロイド製とアンチ製の2種類が造られたが、昭和30年代後半にはソフトビニールに変更されている。
 写真のペコちゃんは最初期のセルロイド製のもの、セルロイドは壊れやすくて、程度の良いものは中々残っていない。
 このペコちゃんはセルロイド製のもので程度も良い方、高さは40センチあるから最初期のもので間違いなく、残っている数の少ないものだと言う。
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2019年11月18日

燭台

   燭台とランプ

 燭台とは灯火具の一つ、古くから明かりをともす台の事を言うSANY0349.JPGが、蝋燭が入って来てからは主に蝋燭たての事を指すようである。
 油を主体とした灯火具奈良時代から続く灯、蝋燭は鎌倉末期になってから中国より伝わったもので、それ以前には灯は油を使用していた。
 つまり蝋燭は後発の明かりである事、それも高価なものであったので一般庶民のものではなく、宮中や寺社などで使われていたもの、一部でしか使用されていない。
 鎌倉室町時代には寺社や武士階級の明かりとして使われていたが、一般的には油を使用した灯火を利用していたのだと言う。
 時代が下がり江戸時代に入っても蝋燭は高価なものとして一般家庭には使用されず、依然として油を利用していたものだ。
 蝋燭たて、つまり燭台は独自進化を遂げる事に、寺社や武家の間では燭台が高級化かたみ.jpgして行き、様々な燭台がつくられたが、銅であったり、鉄であったり、陶器であったりと趣向を凝らしてものが造られ、派手なものが出現した。

 一方ランプは明治以後一般に普及して行くが、油と言っても植物性のものではなく、江戸時代の延長では無かったもの、つまり石油を使用した灯、同じ油でも植物性の油でない事で、一般庶民の明かりも様変わりしたのだ。
 西洋のランプを真似て日本独自のランプが製造されるようになり、様々な形のランプが出現、需要と供給のバランスがとれ、段々と高級化して行った。
 それとは別に一般庶民のランプは実用的な普及品が使われ、大量生産をして需要にこたえ、これも又色々の名種類のランプがつくられた。
 写真の職台とランプ、一つは上流階級用につくられた蝋燭たて、ランプの方は庶民的で普及品のランプ、陶器の職台は趣向を凝らした桃山時代風の異人の姿を象った燭台。

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2019年11月17日

小さいのが

   小型が人気
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 古時計は色々な種類が多く、それぞれに好きな人も、確かに種類も数も多く、どれが良いのか好き好きである事は言うまでもない。
 個人的な好みで集めるものも違うから、蒐集もそれで成り立っているとも言えるが、考え方の違いからくるもの、だから面白い。
 勿論古時計は製造の歴史が長いから、数も多く存在しており、どの時代の古時計を集めるかもその人其々と言う事になる。
 だから範囲が広く、始める人にとってははじめ易いが、段々に進むうちに奥の深さに気付き、時々迷ってしまう事にもなる。
 蒐集と言うものはキリがないもので、何処まで行っても終わりがなく、だからこそ恐ろしいものでも、理性が利かないとハマっても出れなくもなる。
 勿論私もその一人、未だにもがいている状況、奥の深さをつくづくと思い知らされ、何処まで行けば良いものなのか分からない。
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 そんな古時計蒐集は焦点を絞って集める人も、理性が働く人は初めから目的をもって蒐集しているから、私みたいにハマらないかも知れない。
 知り合いの蒐集かは6インチの古時計しか集めないときめており、彼はそれを頑なに守っており、流石にぶれていない。
 それも6インチと言っても小型なもの以外は手を出さず、キッチリと範囲を決め、ぶれない事も感心するが、良く我慢も出来るものだと感心する。
 私みたいに之と決めていても他の物を見ると、直ぐに手を出してしまうが、彼は絶対に手を出さず自分の信念を貫く、そんな人も居るのだと感心する事しきり、蒐集とはキッチリと範囲を決めてかかる事が大切だと痛感、彼みたいに信念を貫く人は少ないと思う。

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2019年11月16日

ストーブ

   復 活
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 石油ストーブ、ひと頃は石油は姿を消すかのように思われたが、災害が発生してからは見直され、ホームセンターやショップにまた復活したようだ。
 一時は時代遅れのストーブとして扱われていたが、震災後全国的に見直され、特に停電時ではファンヒーターは使用できず、宝も持ち腐れ、あっても停電では如何ともしがたい。
 勿論ガスヒーターも同じ事、ガスが使えないため、目の前にあっても無用の長物、ガス、電気が普及しなければ使用できず、便利なものでありながら用を足さないのだ。
 夏ならばまだ暖を取らなくても済むが、冬ともなれば大変な事、寒くても使えない電気製品とガス製品、現代生活では必需品のものだが電機が無ければ動かない。
 そんな状態を経験した人たちからは、イザと言う時には昔ながらの石油が威力を発揮、暖を取るのはもちろんの事、煮炊きも出来る優れもの。
 改めて石油ストーブの力を思い知らされたと言う、実際に経験された方々はその実力を再認識したと言われ、非常に役に立つと。

 勿論、石油が無ければ使用できないが、電気やガスよりは普及は早い、他から持ち込めば良いからだが、電気やガスよりも早く普及できる。
 そんな事で今ではホームセンターでも従来型の石油ストーブが見直され、店頭に顔を出しており、買い込む人も多いと聞く。
 一時は消滅してしまうものなのかと思われた石油ストーブ、今再認識されて市場に戻って来たよう、我が家でも石油ストーブを買い込んだ事は言うまでもない。
 ファンヒーターはあっても、やっぱり昔ながらのストーブは欠かせない、確かに匂いや、面倒な事もあるがイザと言う時に役に立つのだから、一台は持っていたいものだ。
 シンプルが良いと言われてはいるが、近代的なものは弱点も多く、水害や地震、災害時には役に立つものが強み、それを忘れてはならない。
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2019年11月15日

お気に入りの宿

   湯治場の雰囲気
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 天下の名泉下呂温泉、古くから栄えた温泉地、川沿いに数多くの旅館がひしめき合い、大きく人で賑わいを見せている。
 その情緒の良さも相まって人気の高い温泉地、私も近い事もあり何度となく訪れている温泉地でもある。
 川沿いの風情も良いのだが、私のお気に入りの宿湯之島館は高台にあり、下呂の街を一望できるところに。
 高い処にある事から静かさは一品とも言うべき、木立の中にヒッソリと佇む風情は別格と言える。
 ここは建物も良い風情、今では少なくなってしまった木造三階建ての建物、数寄屋造りの古いもの。
 昭和初期の建物と言うが、趣があり木立の中に静かに佇んでいる姿が何とも言えず、如何にも温泉宿と思われる。

 私のお気に入りは、その建物の角部屋、三階建ての二SANY1318.JPG階か三階の角部屋、其処が最高の部屋である。
 この部屋が好きで、ここに泊まる時は必ず角部屋に泊まる事に、この場所に来ると下呂に来たと感じる。
 友人に言わせると「何で古めかしい部屋をとるのか、いい部屋は幾らでもあるだろう」と言うが、私はここが好きだ。
 新しくて良い部屋はあるが、風情と景色、それは別格ものと感じているからだが、それも人それぞれでもある。
 窓から見える景色は最高、眺め良さは天下一品、これだけの景色はそうざらには無いもの、歴史の賜であるともう。
 館内は昭和レトロ、館内は広くて初めての人は必ず迷う、常連でも時々迷うから、広さも他とは違う。
 露天風呂からの眺めはここ一番のもの、眼下に町が望め、夜ともなると灯りが情緒を一段と押し上げるのだ。
 以前からのヘルニアの治療のため訪れていたが、今回もそれが目的でここに来たが、やっぱり効き目は絶大、怪我の治療は下呂温泉と昔から言われている如く、これにも良い結果を齎し、ここに浸かって腰を温めれば和らぐのも効能のおかげだ。
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2019年11月14日

その価値

   流行があり

 古時計ほど値段が難しいものはないと思う、欲しい人には高くてSANY0293.JPGも仕方がないと思っているが、欲しくないと思えば値段は安くても要らない。
 安いと言うよりは要らないのだから値段ではないが、逆に欲しいと思えば少々高くても仕方がないと思う、それも本人次第である。
 私も良く経験した事だが、どおしても欲しいと思えば高くても買いたい、それが簡単に手に入らない代物であった場合は尚更の事、高くても欲しいと思ってしまう、それも仕方がない事。
 しかしこれは私の判断、他の人が同じとは思わないが、それに匹敵する判断をする人も居るには居るから、やはり値段は何とも言えない。
 勿論、相場と言うものが存在し、現に今ではネットが相場を作っているのは確か、一時の事を思えば確かに安く、珍しい時計も安く手には入るが、数少ない珍品となるとその範囲では収まらない。
 需要と供給のバランスの上に成り立っているから、需要が勝れば値段は高くなってしまい、自分以外一人でも存在すれば当然競り合う事になる。
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 ネットでよく見かけるが、競い合い中々双方とも譲らず、値段がだんだん高くなり、はるかに相場を追い越して、とんでもない値段になる事もある。
 常識的範囲であれば良いのだが、両方とも熱くなると境が切れ、共に張り合う事になってしまい、結果はべらぼうな値段で落札される事もある。
 しかし大抵の場合は、そこそこの値段で折り合いが付き、相場の範囲で落札され、それでも今は以前の値段よりは遥かに安く、以前流行りの頃買い込んだ人にとっては安くてガッカリする事にもなる。
 これも又仕方がない事、その時はそれが相場であったのだから、高く買い込んでしまったと思っても相場は相場である事には違いない。
 つまり古時計も流行があり、人気の古時計は皆が競い合うから、必然的に高くなるもの、これも市場原理が働く事になる。
 いずれにせよ自分が欲しいと思ってしまうと、少しは高くても仕方がないと思って、結果は高く買ってしまう、しかしそれも自分次第である。


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2019年11月13日

新しい招き猫

    招き猫でも

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 招き猫は古くから造られているが、色々な種類のものが製造され、色々なものが好まれているもの、これも好き好きである。
 勿論素焼きの玩具的なものから、豪華な磁器で造られて招き猫まで、数々ものが製造されて市場に送り込まれた。
 商売繁盛を願って人々は買い求め、御利益を願って店頭に飾り、店の守り神的な扱いをしている事が多いのだ。
 縁起物の招き猫は、有り難い商売の守り神、その姿が可愛らしいので尚更愛される様に、これも猫であるからと思う。
 この招き猫、時代によってその姿を変えて来たもので、時代、時代に違いを見せて来たから、そこも見どころの一つ、招き猫を愛する人々はそれぞれに支持する招き猫が存在し、やはり一番人気は磁器で製造された招き猫である。

 磁器で製造された招き猫は瀬戸と伊万里、そして九谷、この三つが産地、勿論他にも製造されているが、製造数は少く大手の製造産地は瀬戸と伊万里、よく言われるのは瀬戸と伊万里の違い、何処がどの様に違うのか、ハッキリしないと。DSCN0145.JPG
 確かに素人目には瀬戸と伊万里の区別はしがたいもので、同じものでしか見えないらしいが、専門家は直ぐに判別する。
 それは生地が違う事、瀬戸と伊万里の生地が違い、一見して違いを判別するが、やはり素人には難しいものだ、そんな招き猫であるが、新しく製造された招き猫は、判別は古い物よりも難しくはなく、図柄の違いや、色目が違う事にある。
 細部的にみれば明らかな違いもあり、これも招き猫愛好家の一つの課題でもあると思うが、現代の招き猫も色々、新しい招き猫はもちろん顔が違う、現代の猫は目はパッチリとして、丸顔のスタイルが特徴、可愛らしい顔つきをして、あるものは目にガラス玉が嵌め込まれているものもあり、キラキラした目が特徴の招き猫も出現している。

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2019年11月11日

ピーターラビット

    らしくない

 SANY1767.JPGピーターラビット、1902年にビアトリクス、ポターの児童書に出てくるウサギの名前、物語の中に出てくるウサギ(ネザーランドワフ)と言うウサギの種類だそう。
 この物語は、森に住むウサギを主人公に擬人化されたウサギの物語、青色のコートを着たウサギが様々な物語を展開する、家族的な物語である。
 日本では1980年に、キューピー、マヨネーズがコマーシャルに使い、一役人気者になり、次々とスポンサーが現れて、ピーターラビットを採用したおかげで、一気に日本でも人気者となる。
 現在でも、絵本は絶大な支持を受け、児童書として人気の高い絵本、当初のラビットよりも少し現代的な姿になっているが、昔はもっと動物的なウサギの姿であった。
 独特な青色のコートを着て、可愛らしい顔が又人気の秘密でもあるようで、キャラクターとしても色々な物に使われており、世界的な人気者でもある。
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 そのピーターラビットをモデルとして造られた時計、独特の青色のコートを着ているもの、顔はウサギらしからぬもので、ネズミの様な顔をして、耳は短く、ウサギには見えない姿をしている。
 この置時計、イギリスの置時計であり、ピーターラビットの海賊版、現在では販売されていない、発売当時も余り日本には入ってこず、海外で販売されたようだ。
 全体の姿は余りにてなくて雑、顔もネズミに近いような顔をして、衣装も如何にも中国と言った感じ、この手の時計は目が左右に動く、カラクリ使用となっている。
 しかし、造りがやっぱり雑で、左右に動く目が正面からでは動いているようには見えず、折角のカラクリも台無し、動いているのか正面からでは見難い物となっている。
 イギリス製の時計で姿を似せて造られているので、本物のピーターラビットには余り似ていない顔立ち、衣装も独特の色ずかいで、本物とに違和感がある時計となっている。 
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2019年11月10日

地豆

   茹でない
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 友人が送ってくれた地豆、つまり落花生、友人は茹でて食べろと言っていたが、茹でるまでの下処理が大変であった。
 自分では生の落花生を見た事はなく、食べれる状態ものしか見ていなくて、それを自分で茹でて食べろと言われても、「はいそうですか」とは行かない。
 砂が一杯付いているものなので洗わないといけないが、土が簡単に落ちないので何回も洗い、それをまた日に干さないといけない。
 簡単に行くと思っていたのに結果は大変、洗って、干して、皮をむいて、それから火で炒らなければ食べれないのだ。
 友人は茹でて食べればと言うが、落花生の柔らかいものは好きでないので、やはり炒らないとな食べたくないのだ。
 茹でて食べればと言っていた友人、彼も実は火で炒ったものが好きらしく、人には茹でて食べろと、彼曰く、この種類は茹でて食べた方が旨いらしい。

 だから私には茹でて食べろと言ったSANY1372.JPGらしく、それがこの落花生の食べ方、しかし落花生の柔らかいものは感触が良くない。
 口に入れてカリット砕けないと落花生ではないと思っているから、茹でたものはグニャト歯ざわり、これがダメなので火で炒らないと。
 本来は茹でた方が良いらしいが、好きな食べ方で食べた方が旨いと思う、そんな事で今回は炒ることに、フライパンで落花生をジックリと炒る事にした。
 皮をむくのも大変であったが、炒る事もそんなに楽な事ではなく、フライパンでじっくりと炒る、しかしこれがまた大変な作業、やっぱり食べ物は時間がかかり、簡単に食べれはしない事を改めて感じたもの、楽して食べれないと肝に命じた。
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2019年11月09日

やっと秋

   今年は遅い

 四季がハッキリしている国日本、春、夏、秋、冬と四季SANY1389.JPGがキッチリと訪れ、寒暖の差が確実に分かれている。
 世界でも珍しい四季が分かれている国、そんな国であったが最近は少し変化が出て来て、寒暖差が少なくなった様、温暖化の影響か。
 夏は暑くて長くなっており、春と秋が短くなった様、確実に変化をきたしている証拠、今までにないはやさで温暖化が進んでいる。
 今年の台風は過去にない位大きくなっており、勢力も想像以上の強さ、風力に至っては70メートルと言う異常な強さ。
 過去の台風の勢力より遥かに強く、風と共に雨も又異常に強く、記録的なふり方をしているが、これも今までにない。
 そんな無いないずくし、過去に経験したことのない事ばかり、令和に入って災害続き、何でこんな風になってしまったのか。
 これも温暖化のせい、地球がおかしくなった証拠、まだまだ続くようで世界的に気候変SANY1383.JPG動が起きている事は確かなようだ。

 我が家の小さな庭に菊を植えているが、今年は夏の暑さで瀕死の状態、ダメかと思っていたが雑草の如く生き返ったようで、何時もなら綺麗な花を咲かせている筈が、今年はやっと咲いた。
 仏壇に供えるために植えた菊、観賞用の菊ならばもっと良い菊を植えるのだが、日持ちがして、尚且つ丈夫で長持ちのする菊を植えた。
 去年まではそれに答えて早くから咲いていたのだが、今年はやっと咲き始め、夏が暑かったせいで菊も弱っていたのだと思う。
 それにしても今年の気候はおかしいと思え、この菊これから例年のように咲いてくれるものなのか、心配でもある。
 何時もなら仏壇の花に困らなかったから、それが今年は心配、必要な時に咲いていてくれるものなのか、先が思いやられる。

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2019年11月08日

裏 話

    どちらもどちら

 SANY4834.JPG古時計愛好家は兎に角まめで、それには2つのタイプがあると思うが、自分がどちらなのかは別として、愛好家を観察していると面白い結果に。
 古時計愛好家と言っても幅が広くて、ウオッチ派かクロック派かに分かれると思う、その中のクロック派でも又別れ、置時計と掛時計に分かれる。
 ウオッチ派も腕時計と懐中時計に別れ、やっぱり好き好きで分かれてしまうが、時計を好きな事は変わりが無く、ただどちらに属するかである。
 古時計と言っても千差万別、色々な人が色々な物を集めているから、それを定義付けは出来ないが、するとすればウオッチかクロックかである。
 最近の若い人はウオッチ派が多く、クロック派は少ないと言われるが、果たしてそうであろうかと思いつつ、今のところは確かにそれもあるなと感じているこの頃。

 つまり若者はウオッチ、年配者はクロックとに別れているような気がしいて来たのは確か、その上掛時計はいまいち人気薄、それは値段が高くなってしまったから。
 しかし現在は景気が悪く値段も最低の状況だから、この機会に掛時計を収集する事をお勧めするが、若い人に興味を持ってもらわないといけない。
 腕時計は使用が可能で毎日でも付けられ、実用的であることが若者に受ける原因、しかし掛時計は毎日付けられないし、持ち運びも出来ない。SANY5054.JPG
 こんな所も若者に敬遠される要因でもあり、そのハンディーは避けて通れないが、掛時計には別の楽しみ方もあるから、それをアピールする事も必要。
 インテリアとしては最適なもの、古時計が1つあるだけで雰囲気がガラリと変わる、そんな楽しみ方もして欲しいものだ、殺風景な部屋に憩いを齎してくれる。
 こんな風に若者を誘っていても仕方がないと言うやからが、「何で掛時計なのか、俺は置時計を勧める」と異議を名乗り出るのだ。

 確かにその通り、置時計派と掛時計派に分かれていったけと思い出し、彼らは彼らで此方が良いと思っているから、やっぱりこの世界は幅が広い。
 しかし若者は腕時計だけに興味があるわけでもないと確信したのが、古時計の展示会場でのこと、若い人がインテリアとして古時計を求めたいと。
 しかしそれは若い女性たち、若い女性の中には古時計をインテリアとして見ているから、時代やメーカーは関係なし、部屋に合う時計を求めているのだ。
 そんな彼女たちは四ツ丸ダルマが人気の様、それも大きいものではなく小さな時計が、その上程度の良いものを好むのだ。
 
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2019年11月07日

落花生

   茹でて食べろ

 友人から電話で「地豆は食べるのか」とSANY1347.JPG言って来たが、地豆と云われても何のことか分からず、何だ地豆とはと聞き直す。
 電話の向こうで知らないのかと、しかし地豆とは何の豆なのか分からず、そんな豆は食べた事が無いと言うと、地豆を知らないのかと言う。
 知らないから聞いていると、茹でて食べたら旨いぞと言う、めんどくさいから送ってくれと頼んで電話を切ってしまった。
 翌日我が家に段ボールが届き、中をあけて驚いた、そこには堀たての落花生がビッシリと入っており、段ボールに洗ってから食べろと書いてある。
 彼奴らしい書き方だと思いつつ段ボールから落花生を取り出し、書いてある通り洗う事にしたが、砂が全体にビッシリとついており、触っただけでボロボロと砂が落ちる。
 めんどくさがりの奴は掘りたてのものを段ボールに入れて送って来たが、大量の落花生を洗うしかない、仕方なく外で洗う事にした。

 今まで落花生の土の付いたものを見た事はなSANY1348.JPGく、奴の言う地豆は土だらけ、外で何度か洗い、しつこい泥状の土を取った。
 何時も食べている落花生は火をとうしてあるもの、直ぐに食べれるものであるが、この落花生は生のままだ。
 生のままの落花生は見た事もなく、その上自分で洗って処理しなければならないものは初めて、逆に新鮮さを感じた。
 それにしても奴の言う地豆は手間のかかるものだと、今までは簡単に食べていたが、やはり食べ物は簡単には食べれないものだと痛感した。
 我々の口に入るまで生産者は苦労して食べれるようにしていると、直に考える事が出来、食べ物の有難さを知る事が出来た地豆、それにしても地豆とは分かり辛く、落花生と言えばよいのに、奴の言う地豆、生産者らしいのかも知れない。
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2019年11月06日

ラーメン

   国民食

SANY0647.JPG 日本人にとってラーメンとカレーライスは国民食と言って良いもの、誰しも好きな食べ物、老若男女問わず好きであると言って良い。
 ラーメンと言えば中国の食べ物と思っている人、大抵の人は中国より伝わってきた食べ物と思っているが、日本発祥の食べ物だ。
 勿論中国の食べ物をヒントにしたものに違いはないが、中国のものとは全く違うもの、日本で出来た食べものと言って良い。
 ラーメン発祥と言えば北海道との事、1884年に函館の養和軒が南京面と言う名で塩ラーメンを販売して好評を博したと言われ、これが一番古い記録である。
 レシピ等が残っておらず、どんなものであったかは分からないと言う、その後東京の来々軒が1910年に中国人の職にが作る醤油味のラーメンを販売、これが現在のラーメンに近いものであった。
 この来々軒のラーメンが醤油を主体として日本人の口に合うように工夫されたことで、志那そばとして庶民に普及したと言われている。

 その後東京全体に広がり、正油ラーメンはうどんや蕎麦と同SANY0656.JPG格に近い存在となって行き、全国的に広がって行くことになるが、戦後各地で来々軒とは違ったラーメンが登場、函館、佐野、横浜、尾道、福岡、熊本など全国的に広がると共に、ご当地ラーメンが登場する。
 呼び名も様々、支那そば、中華そば、南京そば、などと呼ばれていたが、次第にラーメンと呼ばれるようになり、全国にラーメンと言う呼び名が普及する。
 現在ではラーメンと言っても種類は多く、塩、醤油、豚骨、鶏がら、魚介などの出汁があり、それぞれに各地で発達を遂げ、ご当地ラーメンが主流となった様、各地のラーメン花盛りである。
 私の好きなラーメンと言えば岐阜多治見にある「大石屋」、ここのラーメンが好きで昔から通っている所、店はそんなに大きくなく20席位の店、しかし人気が高くて昼には行列のできる店、駐車場も小さくて路地を入った所、はじめての人には探し辛い店でもある。
 ここのラーメンはチャーシュウが分厚く美味しいので有名、これ目当ての人も多いと聞く、しかし私はスープの味が好きで若い時から通っている。
 最近は時代に合わせて少し醤油の味が薄くなったよう、これも時代の流れなのか、塩分控えめだが昔の味の方が私は好きである。


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2019年11月05日

記念品

    それぞれに

SANY7145.JPG  誰しも思い出の品はあるもので、私も数多くの思い出の品があるが、一つ一つ今でも直ぐに頭の中に浮かんで来るのだ。
 そのものは苦労して手に入れたものであると言う事だと思うもの、簡単に手に入った物ではないものだからこそ思いで深いものだ。
 簡単に手に入っていたなら、これほど印象深いものにはならないから、苦労した甲斐があればこその記念品とも言える。
 それが高価な物ではなく、自分として欲しいと思ったもの、だから宝物と言っても過言でないと自負しているが、人から見れば何でこんなものにと言う人も、確かにその通りかも知れないが、私にとってはヤッパリ大切なものだ。

 一つ目は東京オリンピックのポスター、学生時代オリンピックが開催され、オリンピックの公式ポスターが気に入り、近くの電気店に貼られているものに眼を付ける。
 店主に交渉したが断られ、幾度となく通ったが断られてばかりだったが、遂に店主も折れて手に入れたものだ、千歳船橋の駅近くの電気店であった事を、今でも忘れられないが、あの店は今どうなったのか気になるところSANY2481.JPGだ。
 二つ目はトヨタの2000GTの置物、これを見つけたのはトヨタの販売店、しかし売り物ではないと断られ、あちこちのトヨタの店を回ったが手に入らなかった。
 得意先にプレゼントするもので、我々みたいな者に提供してくれなかったので、結局これも苦労して手に入れたもの、それも10年も経ってから、自分がトヨタの車を買う時にセールスに懇願して手に入れられたもの、時間がかかったが、やっと手に入れた品。
 2つのものは非常に印象深いものばかりで、苦労して手に入れたものだけに、愛着も一番強いものとなった品。
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2019年11月04日

和時計の暦

    仕組みは簡単
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 和時計、世界に類を見ないと言われる和時計、モデルは勿論西洋時計、だがそこから工夫して日本独自の時計を造り出す。
 写真の和時計は復元した新しいもの、現代版の和時計。
 和時計とは日本の暦に合わせて造り上げられた時計、どの様にして西洋の時計を日本の暦に合わせた技術を得たのか不明である。
 津田助左衛門が独自で考え出したのか、それとも誰かの考えたものか、今では分からないが、暦にあわせて行く。
 そして時代と共に和時計は進歩して行き、中期頃になると暦が付けられて来る様になるのだが、やはり幕末のものが一番で人気が良い。
 良く和時計は進歩が乏しいと言われ、いわば進歩がないとも言われているが、決してそのような事はない。SANY1610.JPG
 確かに機構的には初期も中期もそんなに変わっていないが、大きな進歩でなく、小さな進歩はあったもの。
 時計全面の上部か、それとも下の部分に磨が組み込まれ、子、丑、寅、卯と十二支が刻まれており、この形式も後まで変化は少ない。
 部品は二つの別れており、一つ一つが独立したもの、それを動かすのは主軸に付いている歯車とピンである。

 文字盤の歯車に爪が付いており、主軸が回転すると当然文字盤が回転し、一回転する毎に磨の歯車を爪で回転させる。
 写真三つ目のものに二つの歯車が映っていSANY1635.JPGるが歯車はギザギザな形をしているのが分かるだろうか、その刻みと文字盤の爪とが連動しているのだ。
 つまり文字盤が一回転する毎に磨の爪をひっかけて回転させるもの、仕掛けは簡単な事であるが、確実に回転させられるのだ。
 左右の暦の歯車は、そのような仕組みで一日一回転する事に、一つの爪で二つの歯車を回転させ、進む仕組みである。
 外からはこれらの仕組みは見えないので、よほど精巧で複雑な機構であると思っている人も多いが、意外と簡単なものだ。
 中期頃より幕末まで、高級な和時計には目覚ましと磨は付き物のようにして付けられ、和時計を豪華に見せる事になる。
































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2019年11月03日

うどんや

    如何しても欲しい
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 大分前になるが名古屋のうどん屋の壁に古時計が掛けてあったので、その時計を見せてもらうためにその店に行くことに。
 友人がこのうどん屋のうどんが美味しいと、そして古時計も有ったと言うので、店を探して出かけたのであったが、別に大したうどんでもなかった。
 普通のうどんであったが、彼は値段が安いのと素早く出てくるので、其れが気に入っていたらしく、味は普通のうどんで探してまで食べに行くところではなかった。
 その店には6台の古時計が掛けてあり、昭和の時計が2つと明治の時計が4つ、壁に架かっていたが、その中の1つ明治の時計に目が行く。
 張四ツダルマの程度は良く無いもの、あちらこちらで見かける普通の古時計、うどんを食べているときは単なる達磨だと思っていた。
 何気なしに店の主人に何処で買ったのかと尋ねてみたら、人に貰った時計だというので、「時計を見ても良いのか」と尋ねてみた。

 そんな時計でよければ見てもらっても構わないと、うどんを食べてからゆっくりと時計を見る事に、振り子室の扉を開けて見た、すると名古屋で製造された「安井時計」の文字が飛び込んできたSANY0457.JPGのだ、この時計は私も以前から探していた時計で欲しい時計の1つでもあった。
 しかし、今来て直ぐに譲って欲しいと言っても今日始めて、此処は友人に頼むしかないと思い、その日は時計を見ただけで帰ってきた。
 どうせダメだろうけど友人に連絡、「ダメで元々、あの時計を手に入れてきてくれ」と言えば、友人「あんな時計が欲しいのか、俺に任せとけ」と軽い言葉、心配だが任せないと仕方がない。
  後日友人がそのうどん屋に赴き、安井時計を手に入れてきてくれたので、友人に向け「たまには役に立つこともあるのだ」というと、得意げに「当たり前だわしだってやる時はやるのだ」と。
 まさかあっさりと古時計を貰ってくるとは意外、そんなにあの店と仲が良かったのかと思いつつ感謝。
 それにしても安井時計はある様でない時計、私も長年探してきたが私自身で見たのは2台しか見ておらず、この時計には縁がなかったのだ。
 程度は余り良くないが参考資料としての価値はあり、名古屋の時計史の資料としては貴重なものと思うが、人には単なる張四つダルマだと言う、其れはそれで良い。
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2019年11月02日

玩具の鍵

   あるようで無い

 古時計SANY0693.JPGの鍵、愛好家なら古時計の鍵が重要である事は充分認識していると思うが、オリジナルの鍵となると中々少なく、悩みのたねともなる事に。
 誰しも古時計にあった鍵が欲しいもの、特に数少ない古時計であれば尚更の事、先日も蛎殻町製造の鍵が欲しいと会員さんからの電話、しかしオリジナルとなると中々出てこないもの。
 ましてや蛎殻町の鍵となると手に入らず、誰しも欲しいカギの一つであるから尚更手に入らない事に、探しても見つからないのだ。
 数少ない古時計の鍵を探している人も多いから、出れば出たで競争になること必定、私もその一人で古時計かなくとも鍵だけでも手に入れたいものだ。
 そんな人が居るからなおさらの事、手に入れるのも至難の業、鍵一つで苦労する事になるが、これも愛好家の楽しみとも言えよう。
 ないものねだりの古時計愛好家だからこその現象、単なるカギだが、単なるカギではない、愛好家にとっては宝探しに等しいものだ。

 そんな事で鍵は大切なものであることを分かっSANY0700.JPGた上での話、玩具時計の鍵も中々ないもので、鍵が付いて出て来る事は珍しい、何故かと言えば玩具時計は鍵を入れる場所が無いからだ。
 特に振り子室のない玩具時計は大抵は鍵が付いていなくて、愛好家が頭を悩ませるものの一つ、別に大した鍵ではないが、これも中々出ないものだ。
 時代的には新しくて直ぐに出てきそうだが、それが探すとなると中々ないもので、時計は手に入れたが鍵が無いと言う人も多い。
 たまに出て来た時に喜んで買っては見たが、自分の持っている時計と鍵穴が合わない事もあり、出たは出たでまた悩むことになる。
 それ位鍵と大事なもの、鍵が無ければ折角手に入れても動かせない、愛好家はイライラすること必定、鍵の有難味がしみじみと分かる時だ、上の写真下の方に写っている鍵が普通の鍵。
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2019年11月01日

小さな思い出

    毎年の京都
 
 子供がまだ小さかった頃、毎年年の暮れは京都に行く事にしていたが、今は行DSCN1647.JPGかなくなってしまった。
 京都で正月を迎えるのを楽しみにしており、子供たちも喜んでいたと思う、毎年嵐山の民宿に泊まっていた。
 天竜寺の近くの民宿であったが、いかにも京都と言える家の造り、京都に来たと言う実感があったものだ。
 近くには山陰線の線路があり、時折汽車が通り過ぎて行く音が聞こえて来るところ、風情が一杯の宿であった。
 建物も古くて時代がかかったもの、玄関も京都らしい造りの立派なもので、ここが民宿かとはじめは思った。
 確か上の娘が小学校一年生で下の娘が幼稚園であった時が、初めてここに泊まったもので、それから気に入って良く泊まったのだ。
 値段も安かったので毎年予約をして、正月に行く事にしていたが、違った所にも泊まりたいと家族が言い出したので、他に移った。
 私はここの民宿が気に入っていたが、家族が他に行きたいと言うので渋々ここを後にしたが、今でも行きたいと思っているが、そんな京都での正月、除夜の鐘を聞きに知恩院に出かけるのも儀式みたいに行っていた。

 私の拘りであるから、娘たちは理解していないようで、神社ばかりお参DSCN1649.JPGりするのは不思議な感じであったようだ。
 しかし清水寺の帰り道、さんねん坂で土産物を買うのが楽しみ、これを目当てに京都に来た感じだ。
 行きの清水寺までは余り足も速くなく、嫌々歩く感じであったが、帰りの道では足早になっているのだ。
 勿論目的があっての事、さんねん坂にある土産物屋に寄る事、ここが彼女たちのお目当てがある所。
 最初に来た時にここで土産を買ってから、毎年ここに来るのが楽しみとなったようだ。
 この店は極小の玩具がある店、色々な郷土玩具らしきものがあり、面白い店であったから、好きな物が多くあったのか、それ以来この店に行き、自分の好きな物を買うのが楽しみで、京都に来ている様なもの。
 はじめて買い込んだものが写真のこけし、日本一小さいこけし、米粒にこけしが刻まれ、日本一小さいと言われているもの、これを見るとあの時の京都の事が思い出され、懐かしく昔の事が返ってくるような、そんな思いになる。

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2019年10月31日

雰囲気に合うのか

    国柄が出る
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 部屋の明かりは其の部屋にあった物を付けたいが、其の人其々であるから、色々な照明器具が用意されて、個人の好みによって付けられるのは当たり前のこと。
 各家庭で其の照明器具は千差万別、例えば天井にはめ込まれたもの、吊り下げられたもの、上向きにつけられたもの、下向につけられたもの、など色々な照明器具が存在する。
 しかし、その明るさは日本の家庭が明るすぎる位、照明が付けられているとの指摘が、海外から寄せられている現状を、日本の人は余り理解できて無い。
 日本の経済が順調に伸びてゆく過程で、一般庶民の家庭の明かりも次第に明るくなって行き、照明器具も其の要求を満たす為、必要以上の明るさを作り出して行った。
 蛍光灯が家庭内に入り、今までの白色灯を駆逐して、日本の家庭から白色灯を追い出してしまい、蛍光灯一色に塗り替えてしまったが今はLEDである。
 明るさに慣れた日本の家庭は、より明るい蛍光灯を要求し益々明るくなり、部屋の隅から隅まで照らす事を求めて、より明るい照明器具をつけていった。

 それが現在の日本の家庭の照明事情であり、震災で節減をSANY2185.JPG求められ、やっと照明器具の節電に気が付いたようであるが、今まで染み付いた習慣は中々抜けないと思う。
 慣れている明かりを暗くする事への不安感、今まで明る過ぎたせいで、明るさの感覚がずれ、少し暗いと不安を感じる体質になってしまったのであろか。
 今一度、明かりに対して考えを新たにして、海外で行われている間接照明や、手元だけ照らす部分照明を見直して、節電対策を真剣に考え直すときでもあると思う。
 少し前の日本は、これほど明るさを追求しなかったし、庶民も其れを考えなかったもので、少し前に戻れば良い方法が浮かんでくると思われ、各個人が家庭の照明に、今一度取り組むべきではないだろうか。
 少し暗いくらいのアンティークなランプにして、ムードを楽しんではいかがかな、暗くても生活にはさして支障は無いと思うが、さてどうだろうか、ムードだけでも楽しんでは、明るすぎる生活から少しは後退しても良いのでは。






 
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