2020年05月02日

茄子とトマト

SANY1963.JPG   今年も植えた
 我が家の小さな菜園、庭の片隅に芝生を取り除き狭い所に畑を作り、其処に苗を植えてから早9年になり、はじめはホームセンターの人に勧められてツイツイ苗を買い込んで、何処に植えようか迷ったが、結果はプランターではなく地植えをすることに決めた。
 然し植える所に迷いに迷い、結果は芝生を取り除く事になり、芝生を剥ぐことになったがこれが大変な作業になるとは思ってもみなかった。
 植える所を選定し芝生を取り除き出したが、思っていたよりも難しく、その上根が入り込んで簡単に取り出せないのだ、はじめはこの作業は簡単だから時間もかからないと思っていたのがおお間違え、芝生がなかなか取れない。
 小さな小手で芝生を取ろうと思ったが取れず、仕方がないのでスコップで取り直ししたが、思う様には行かず中々取れないので四苦八苦するの進まないのだ。SANY1967.JPG

 そんな事で芝生を取り除くのに1日がかりとなり、その日の作業は芝生を取り除くだけの事で終わり。
 簡単な作業と思っていたのが間違いで、芝生がこんなに手こずるとは思いもよらなかったが、敵は強敵であったのだ。
 腰は痛くなるわ、手は豆が出来るわで散々な目になって、農作業とは大変な事だと初めて知らされ、作物の有難さが初めて分かったような気がした1日であった。
 次の日何とかトマトと茄子の苗を植えたが、それから9年今日も同じに茄子とトマトを植え、収穫を楽しみにしているが、勿論毎年プランタンと植えるところを変えている。
posted by kodokei at 00:00| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記

2020年05月01日

陶器の器

   置時計
 置時計には色々な種類のものが存在しており、千差SANY0109.JPG万別兎に角種類が多く、蒐集するにしても焦点を絞らないといけない。
 欲しいものを手当たり次第に集める事も出来るが、後で整理するのに大変な事になるから、始めが肝心であると思うが、中々上手くは行かないものだ。
 欲しいと言う気持ちが先行するから、それを抑制するのは中か難しく、今逃してしまったら何時出会うか分からないと思う心が出てしまう事になる。
 結局買い込んだ後でしまったと思っても後の祭り、よくある事はその後も何度か同じ時計に出くわし、何で急いで買い込んだのかと後悔する。
 それが値段も後からの方が安くて良い品だったりすると、それこそ失敗したと後悔の念に駆られ、ガッカリする事にもなりかねない。
 実際に自分がその経験があるから、尚更の事慎重に行動しないと、しかしこれが難しいものでこれを逃したら何時出会うのかと心の底で囁くものが居る。
 SANY0122.JPG
 そんな訳でこの時計も出くわした時に直ぐに直観、これしかないとの思いで買い込み、値段よりも今しかないとの思いから、結果は後悔するだけ、この時計とほとんど同じものが自分で買った値段の半額で出ていたからだ、これには何とも言えない後悔の念が、またやってしまったと。
 大体、置時計は数が多くて的が絞り難く、ましてや自分が見た事もない時計だと尚更、ツイツイ手が出るもので買い込んでしまう羽目になる。
 この時計も出会った時には店主がこれは程度が良く、陶器にしてはけがもなく良い状態で買い得ですと、その話に乗ってしまったのが運の尽き、その後で同じものに出会って、置時計とは数があるのだとその時思った事である。
 人間自分の欲望に打ち勝つように精神を鍛えなければ、失敗を繰り返すと肝に命じていたが、その後も同じ事をまたやってしまった。

posted by kodokei at 00:00| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記

2020年04月30日

今年も

   この時期なると
 我が家の駐車場、狭いものだから一台しか駐DSCN2194.JPG車できないが、この時期になると決まって追い出されてしまうのだ。
 何故かと言えばモッコウバラのせい、毎年毎年この時期になるとわがもの顔で弦を伸ばし駐車場の側面一杯に弦を伸ばしたい放題、隣との境目は頻繁に切りはするが、自分の庭の方はやりたい放題である。
 妻は折角伸びた弦だからそのままの状態にして欲しいと言う、しかし余りに伸びるので時々切っては居るのだが、生命力が強くて伸びたい放題。
 植えた時にはこれほど伸びるものだとは知らずに、バラだが棘が無いので安全だと思っていたが、さにあらず伸びる事、伸びる事想像以上の伸びである。
 確かに綺麗に花は咲くが、これほど伸ばされては私が駐車する事が出来ず、何時も妻と口論になるのだ。

 少しだけの時期、折角伸びて花を咲かDSCN2195.JPGせるのだから、切らないで欲しいと言うのでついつい折れてそのままの状態になる。
 然しそれを良い事に伸びるは伸びる、結局は車が駐車できない状態に、近所の人も綺麗に咲いているのでと妻に味方。
 少しくらいは我慢しないと、これだけ綺麗に咲くのだから、この時期だけ駐車出来なくても良いでしょうと言うのだ。
 迷惑な話、自分の車が駐車出来ないのに、近所の人まで我慢しなさいと言われてしまい、こちらの立場はない、そんな事を知ってか知らずか、モッコウバラはまだ弦を伸ばして、黄色い花を咲かせており、近所の人を喜ばしているのだ。
posted by kodokei at 00:00| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記

2020年04月29日

捨てられない

   娘が作ったもの
 毎年孫の夏休みの自由研究、上の孫も下SANY1747.JPGの孫も作る事は好きなようで、何等かのものを作り出すのだ、私も子供の頃は夏休みの宿題で大きなものを作り、学校へ持って行くのに苦労した覚えがあるが、作る事はやはり好きであった。
 当時は玩具など買ってもらえないから、自分たちで工夫して色々なものを作り上げ、遊んだ事を思い出すのだ。
 今の子供は自分で作り出す事はせず、出来上がりのものを組み立てるだけの事だ、既にキットらしきものになっている。
 勿論我々の頃は戦後間もない頃で、何もなかったからそこらの端切れの木材や、粘土などで色々なものを作り出して遊んだものだが、今の子は工夫して作る事はしないと思うが、そんな孫が私の部屋で小物入れを見つけて、これ誰が作ったのかと聞くので、お前のママの作ったものだと話したら、急に興味を持ち出した。

 確か下の娘が5、6年生の頃夏休みのSANY1751.JPG宿題で作ったもの、その後家に持ち帰った来たから、私が貰い受け部品入れに今も使っているのだ。
 そんな木箱を見つけて興味を持ったのか、自分でも何かを作りたいと言い出したので、木の切れ端を用意して与えたのだ。
 自分の親が作ってものが目の前にあると知り、自分も作りたいと思ったらしく、切れ端をもって色々と考えているみたい、どんなものが出来上がるものなのか、何が出来ても良いと思う、自分の手で作り出すこと自体頭の体操、そして想像力が身に付く事になると、私は思っている。
 それも興味を持った時に如何にうまく誘導してあげるのが、我々の務めかも知れない、ただ単に買い与えるのが良いとは思えないからだ。
posted by kodokei at 00:00| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記

2020年04月28日

動かない

   自分で組み立て
 今自分で組み立てて楽しむ時計がネットでも数多くSANY1043.JPG販売されて人気、色々な種類の時計があり、好み次第と言うわけだが、簡単には行かない。
 簡単に組み立てられるとうたい文句に書かれているが、実際はそんなに簡単ではないと思うが、販売する方は簡単だと言う。
 勿論本格的なものから、プラモデル形式の簡単な時計まで千差万別、作りやすいものから難しいものまであるにはあるが、やはり時計は時計だ。
 動かないと時計にはならず、また時間が合わなければ時計では無いもの、そんなに簡単ではないものが多くある。
 うたい文句に誘われて買う人も居るが、実際につくり出してみると簡単ではない事に気付き、こんなはずではなかったと思い出すと言う。
 事実、私の元にもそんな時計が持ち込まれ、何とかして欲しいとの注文、時計修理屋でもない私に直せと言う事らしい。
 特に最近持ち込まれて来るものが和時計の完成品、ネットで買い込んだ人も居れば、自分で組み立てた人も、其々の時計を持ち込んで来るのだ。

 そんな人たちが同じ事を言うので愕然とするとSANY1058.JPGきも、うたい文句で言われている簡単に動くと、だけど組み立てても動かないと、そんな言い方をするのだ。
 つまり自分でも簡単に組み立てられると思ってしまったと言う、しかし組み立てても動かず、何処か悪いのかもわからず、何でだと言うのだ。
 しかし彼らは時計の事は知らない人たち、機械にも疎い人たちが組み立てたものは接着剤でべたべたにつけてあり、当然の事だが動くはずかなく、それも分かっていないから始末が悪い。
 欠陥商品だとか、難しすぎとか、御託を並べているが自分の能力がない事は認めないらしく、欠陥商品だと喚きたてる。
 そんな彼らに現実の個所を見せて、こんなに接着剤がついていると指摘しても、説明書に書いてあると自分の非を認めない、困ったものだ。
この接着剤をはがすのに一苦労、べたべたについているものを時間をかけて取り除く、作るより大変な仕事、機械物はそんなに簡単ではない事を認識しないといけない。
posted by kodokei at 00:00| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記

2020年04月27日

藤の花

   日本古来の花DSCN2185.JPG
 藤の花、日本に自生している藤の花、古来より人々に愛されてきた花だが世界に分布している花でも、しかし日本の藤は独自の古来種の花である。
 もともと藤の花はマメ科の種類、その種は毒性があるとも言われ、人に害を与えるものでもあるらしい。
 古来より万葉人にも愛させ数多くの歌にも詠まれている花、その種類は日本では二つと言われ、ノダフジとヤマフジの二つである。
 大きく分けてノダフジは本州、ヤマフジは関西以西に分布していると言う、古来有名な藤の花は野田藤と言うのだそうだ。
 日本に分布している藤の花は色合いも大人しいものが多く、世界に分布している藤は色がカラフルと言われ、日本の色は淡い紫、薄い青色掛かってもの、そして白い藤、これらが代表的な色であるが、現在でも品種改良された藤が存在している。

 四月中旬から五月初旬にかけて花を咲かDSCN2187.JPGせ、その花の長さは50センチ位の長さ、長い房状に花を咲かせるもの。
 古いものでは1000年の樹齢のものも存在していると言われ、今でも花を咲かせていると言う、実に長生きの花でもある。
 この藤の花、弦状に生育して行き、長い弦を絡ませて伸びて行く習性があり、時には他の木を枯れさせてしまう事もあると言う。
 その弦は左巻きに伸びるものと、右巻きに伸びるものとがあるらしく、ヤマフジは左巻き、ノダフジは右巻きだと言う、写真は近くの公園の藤棚、色々な色の藤があるがコロナの影響で何時もより閑散としている。
posted by kodokei at 00:00| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記

2020年04月26日

久し振り

   山菜の天ぷら
IMG_0367.JPG
 時期に食べれば長生きができるという初物、暖かくなると出てくるものが山菜、春は山菜が出る季節、タラの芽、こしあぶら、みず、ぜんまい、わらびとそれぞれの種類が出回る季節。
 中でも山菜の王様と呼ばれるタラの芽、これに勝る山菜はなく、やはりこれを食べないと山菜を食べたことにならない。
 そんなタラの芽、好き嫌いがはっきりとしたもので、あの少し苦みのある味が嫌いの人も多いと聞くが、それも好き好きという事だと思う。
 友人はこしあぶらの天ぷらの方が良いと言い、そのまた友人は水が最高の山菜だというので、それならば食べに行こうという事になる。
 岐阜県関市にその店はあり、ここに通ってから13年になるが、やっぱり山菜の頃が一番と思っているのだが、そこは蕎麦屋さんだ。
 はじめてここに来たのは友人が山菜を食べに行くからと、連れてこられたのがここ助六、こじんまりとした蕎麦屋さん。
IMG_0368.JPG
 関市内の大通りに面した店、友人は釣りの帰りによく食べに寄っていたらしく、長年通っていたという。
 拘りの店主が出す蕎麦はのど越しの良い細麺の蕎麦、蕎麦は挽きたて、打ち立て、茹でたて、が一番、それが出来る蕎麦屋がここだという。
 勿論新そばの頃も良いし、春の山菜が出る頃もよし、勿論夏にはこしこしとしたそばが一番、いつ来ても美味しく食べられる蕎麦屋さんである。
 私としてはやっぱり山菜の王様、タラの芽の天ぷらと一緒が一番と思っているが、友人は新そばに勝るもんはないと言い切る。
 それぞれの拘りで、店主の拘り同然、好きなものを食べれば何でも旨いとしたもの、人それぞれの好みに合えば良しとする。
posted by kodokei at 00:00| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記

2020年04月25日

お気に入り

    毎日変えたい
 コヒー好きの人にとっては毎日のコヒーは欠かDSCN2140.JPGせないもの、その香りをかぐと途端に飲みたくなるのは私だけでは無さそうで、好きな香りはたまらない。
 朝の目覚めのコヒーは又特別なもの、このコヒー一杯で今日の活力を得たような、そんな気持ちにしてくれるのもコヒー、カフェインの成分の為とも言うが、そうかもしれない。
 しかし、この一杯のコヒーが目覚めさしてくれるのも事実、コヒー好きにはこの一時がたまらなく良いもの、一時の安らぎを得るかのように体に染み渡る。
 朝のコヒーだけではない、コヒーを飲む事はその後も機会はあり、時間帯によって気分が変わるのもまたコヒーのおかげ、やっぱり気分転換にはコヒーは欠かせない。
 そしてもう1つの拘りがコヒーカップ、どんなコヒーカップでも良いわけではなく、自分の気に入ったコヒーカップでないと、折角入れたコヒーも美味しくない。
 毎日飲むコヒーカップは、有田焼きのコヒーカップ、13代柿右衛門の造ったカップ、このカップで何時も朝のコヒーを飲むのが習慣。
 一寸した縁で手に入れたもの、図柄が気に入って買い求めたが、柿右衛門にしては新しい図柄、当時は本当に柿右衛門作とは思っていなかったが、後で調べたら間違いなく本物であった。
SANY1004.JPG
 如何にも柿右衛門らしい色使いであり、大型のカップ、大きいのが尚更気に入って毎日使い込んでいるが、洗うのに気を使っているので、自分で洗っている。
 と言うのも実はペアーカップであったが、妻が洗っている時に欠かしてしまい、其れ以来自分で洗っている始末である。
 毎日コヒーを飲んでいるから、それに合うカップが欲しい、そんな気持ちになってから次々とカップを求め、今では多くのカップが存在している。
 気に入ったものを見つけると、ついつい手が出てしまい、あっという間にカップの数は増えてしまい、とっかえ、ひっかえして楽しんで、これもまた拘りの一つかもしれないが、コヒーは楽しく飲みたいもの。
posted by kodokei at 00:00| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記

2020年04月24日

意味不明

   質問が
 私のもとに色々な質問が寄せられるが、その殆DSCN1248.JPGどが会員さんからの質問、古時計を手に入れたが分からない事があるから教えて欲しいとの事。
 大体かいつまんで話してくれるが古時計の表現が中々伝わって来ないので、どんな古時計か分かり辛い事ばかり、古時計の説明がうまく伝わって来ない。
 本人は詳しく伝えている積りなのだが、こちらに届く古時計の内容は理解に苦しむものばかり、例えば精工舎でも品番とか名称を伝えてくれれば大体は察しが付く。
 しかし名称も分からず、形だけで説明されても中々ピンと来なくて、表現に差があり、何時も理解に苦しんでいる。
 今回の質問者もさっぱり分からない表現で説明され、私なりに頭の中で整理して言われている時計をイメージするのだが、表現が下手だと全く伝わった来ないのだ、特に年配者の会員さんは自分では理解しているつもり、だから何で分からないのかと私に問いかけて来る事も多い。

 電話の向こうで声を張り上げて説明されるが何時ものDSCN1246.JPG様に表現力がなく、難解な問い掛となったので、こちらから古時計の特徴を逆に説明、こんな形の時計でしょうかと、すると問い掛けに違うと言われる始末、そんなやり取りが続き、長い説明の後やっとの事で時計の本体が判明、苦労した。
 写真の古時計がそれ、会員さんはこの古時計の説明に四苦八苦、こちらも又チンプンカンプンで時間がかかってしまった。
 若い人ならネットで写真を送って来て質問されるので、その場で回答して質問内容に理解をしてもらえるが、年配者はネットが出来ない人が多く、それも出来ない。
 この時計ならどの様に相手に伝えられるか、少し考えて見て欲しい、ガラスの湾曲や時計本体下の丸い形など、相手にうまく表現できるものなのか、試してみるのも面白いと思うが。
posted by kodokei at 00:00| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記

2020年04月23日

湯呑

   お茶を飲む
 少し前まではお茶を買って飲むと言うSANY0659.JPG事はなく、ましてや自動販売機で買うものではなかったと思っているが、最近は殆どと言って良く自販機で買い求めている。
 ペットボトルが普及し、飲料水はペットの時代になってしまったが、お茶も御多分に漏れずペット化してしまい生茶は少なくなってしまった。
 特に若い世代は生茶を飲む機会が少なくなり、ペットボトルが主流、そんな時代であるから、家で生茶を入れる事もなくなったようだ。
 ある人に聞けば自分の家に湯呑はないと言う、湯呑はなくとも生活は出来るからだと言う、ペットボトルでお茶はたりるからだと言うのだ、確かにコンビニや自販機でお茶を買うことは出来、事足りると言う事だが、お茶本来の味は生茶でなければ分からないと思う。
 しかし若い世代には面倒でいちいち自分でお茶を入れたりするのはメンドクサイ、そんな状態では湯呑も要らないと言う事だと思う。SANY0662.JPG

 そんな生茶を飲もうとしたら少し余裕をもってお茶を入れないと、やはりゆったりとしてお茶を飲んで欲しいものだが、現代はゆったりと過ぎない。
 現代人は忙しいのだと、お茶位はゆったりと入れて飲んで欲しいものだと思うが、その為には湯呑も必要となった来る。
 何処の家にもあった湯呑茶碗、自分好みの湯呑でお茶を飲んでいたと思う、少し前は何処の家でも同じ状態であった。
 核家族化が進み、共働きが増えた現代では仕方がない状況、忙しく働き、子育ても大変な時代、ゆったりとしていれなと思うが、時にはそなん一時もあっても良いのでは。
 健康面でも生茶の効力は絶大だと聞く、健康のためにも生茶を飲んでもらいたいものだ、それも年寄りの偏った思いなのかもしれない。



posted by kodokei at 00:00| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記

2020年04月22日

個性的招き猫

   時代により変化SANY9510.JPG
 またまた招き猫の話、庶民に愛されているもの、古くから商売繁盛のお守りとして信仰されてきたものだ、その由来は諸説あるが商売繁盛を願う庶民の願望と言うべきか、それぞれに形色々と存在する。
 この招き猫、ブームが何度か訪れては去って行ったもの、庶民の盛り上がりもその都度変化が、最近では海外で人気が沸騰、風水と相まって爆発的な人気、日本よりも海外の方が過熱気味。
 その招き猫、日本では考えられないような色の招き猫も、お国柄とでも言えるのか派手で、一時期流行った金色の招き猫、金が儲かると言われ、キンキラキンの招き猫がでまわることになる。
 純金の招き猫まで出回ると言う始末、商売繁盛どころか成金趣味、そんな招き猫も流行であることには違いない。
 私としては素朴な招き猫が好きであるが、人それぞれで好きな色の招き猫を買い求めているのだ、従来の招き猫はおおよそのスタイルがあるが、現在造られている招き猫は千差万別、あらゆるスタイルが存在。

 寝転んで手を上げているもの、両手を上げて万歳している猫、昔はこんな招き猫はSANY2924.JPG造られて居なかったように思うが、それが今ではどんなスタイルでも可能、そしてそれが売れて行くから不思議、今までの観念と違うもの、単なる顔が違ったりしている昔のものと、現在造られているものとでは大差があり、それが個性かも知れないが。
 本来の招き猫は客を呼ぶためのもの、寝転んだ格好では不謹慎、そんな概念も今の招き猫にはない。
 自由な発想のもとに造られているから、商売繁盛を願った物とは少し違いがあり、楽しむ招き猫であるようだ。
 それが個性だと言う事なのか、昔のスタイルの招き猫と現代的な招き猫、何方が好きかは本人次第と言う事か。
posted by kodokei at 00:00| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記

2020年04月21日

蒸留水

   ブランディ―
 酒はそんなに飲めないが好きである事に間SANY8514.JPG違いなく、ジックリと飲むのが良い、今時のバタバタと飲むのは性に合わないのだ、学生時代に運動部で散々日本酒を飲まされてので、日本酒は拒絶反応を起こし、盃一杯でも酔ってしまう程拒絶反応がすごい。
 勿論今は匂いを嗅いだだけでダメ、やはり学生時代さんざん安物の日本酒を飲まされ、それでダメになってしまい今も日本酒は飲めないし、それにビールもコップ一杯が限度、そんな私だがウイスキーとブランディーは得意、知らない人は私は下戸と思っているのだ。
 だから付き合いにくい人には下戸で通しているが、知り合いはそれを十分に承知しており、私と呑む時は警戒しているのだと言う、ウイスキーは薄めずにストレートが好きで、薄めたものはまずくて飲めないので、何時もロックにして呑む事にしている。
 だから人にもストレートを薦め、一緒の飲み方をするように仕向けるが、その手には乗ってこないのが知り合いである。

 我が家で呑む時は私のペースで飲むのが仕来たSANY8518.JPGり、友人もそれを分かっており、ウイスキーかブランディーしか呑まない、その為に呑む酒は私が調達するのが常、自分の好きな銘柄しか呑まないが、時として友人が持って来るブランデイーなら呑む事にしている。
 それを分かって友人がやった来るから、彼ら好みのつまみを用意して待っているが、つまみ持参でやった来るのだ。
 昔からシャーボのブランディーが好きで、色々に銘柄のものを呑んだがやっぱりこれが一番性に合っているよう、これなら悪酔いもしないし、多く飲めるので何時もこれに決めている。
 友人は水で薄めて呑むが、これを薄めたら本来の味ではなくなってしまうと忠告するが、友人もスタイルは曲げずに水割りを呑むのだ。
 何れにしても自分の好きな事は曲げない拘りを持っている人達、歳は取っても相も変わらず、吞み方も今まで通りを通す男達だ。


posted by kodokei at 00:00| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記

2020年04月20日

明治の時計番付

    新旧浮き沈み
SANY6296.JPG
 以前にも書いた明治の時計番付表、今も昔も人気投票は日本人が好きな事、誰が一番人気があるのか巷では関心事、自分のご贔屓を推薦する事に努力するようである。
 現在もこれが大流行、歌やテレビにと人気投票は引っ張りだこの状況だが、実力と人気とはかみ合わないのが普通、実力はあっても人気がない人も多くいると言われている。
 人気と実力が一体化している人は中々少なく、本当の意味でも実力派であることは確か、人気とは別物の世界とも言えようが、やっぱり人気は気になる事だ。
 では明治時代の時計産業を少し見て見ると、其処には現実が歴然として表れ、浮き沈みの激しさが見て取れ、業界の厳しさが手に取るように分かる。
 明治初期と中期を比較して見ると、その差は歴然としたものとなっている事に驚くが、それも又、現実の世界である証しなのだと思う。

 今回紹介するのは、明治期の2つの時計業界番付表なるもの、前半のものは年SANY6317.JPG代が記されていないもの、明治初期と思われるがハッキリした日付がないが、後半のものは明治31年の毎日新聞の付録、これはハッキリとした日付があるから出所も良く、資料としても貴重なものだと思われる。
 この2つの資料から、実に当時の時計業界の厳しさが見て取れ、実力もさることながら、役者商売と同じで人気が先行しているようだが。
 精工舎の服部金太郎を例にとって説明すると面白い結果が、服部金太郎は始め亀田時計店に奉公に入り、その後坂田時計店で修業した。
 一番初めの写真、上部を見ると亀田時計店、小林時計店の名があるが、この時計店で服部金太郎は時計に目覚める事となり、切っ掛けとなった時計店が上部に確認できる。

 この2つの時計店は当時の大店であり、東京の有名店であったもの、そこでの経験が後に役立つ事となるが、其れよりも面白いのは、2つ目の写真。
 そこには栄枯盛衰、浮き沈みがハッSANY6327.JPGキリと分かる縮図みたいなものが現れているもの、明治SANY6319.JPG31年はに服部金太郎が修業した亀田時計店は金太郎の時計店より下に位置している。
 そして金太郎が時計店を開く切っ掛けとなった小林時計店は、その下に位置し服部金太郎がこの時点で既に修業した時計店や目標とした時計店を追い越していた事が分かる。
 その他、明治初期、東西の筆頭として君臨していた竹内時計店や小林時計店は、明治31年頃には番付表では遥か下に位置しており、浮き沈みの変化が大きく出ている結果となっているのも、歴史のなせる業なのか。
 この2枚の時計番付表で、当時の事が分かる非常に貴重な資料である事が立証され、たかが番付表だがその史料価値は極めて高いと言えよう。
 蛎殻町の新居常七や明治初期大関の位置にいた竹内治右衛門が並んで下位にいるのも、時代の流れなのか、それとも人気がなかったのか。
 この2枚の番付表は歴史の証人とも言うべきもの、2枚の紙切れから多くの事が推測され、新たな事実も分かるかも知れない。
















posted by kodokei at 00:00| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記

2020年04月19日

国宝に

   眺めが良いSANY2903.JPG
 開智小学校、長野県松本市にある小学校、長い間国の重要文化財として指定されていたが、国宝に昇格したのだ、ただでさえ観光客が多かったのが、ここえきて一気に火が付いたみたい。
 もともとこの学校は人気が高かったのに国宝に昇格すれば尚更の事見学者が多いのは当たり前、今までにも見学するのに人が多く、ジックリと見学できなかった。
 勿論喜ばしい事には変わりがないが、余りの人気が出てしまい、雰囲気壊れてしまう事にはならない様にしたいもの、外国人の観光客が心配である。
 松本城も近いので尚更の事、両方とも国宝巡りが出来るとあれば当然人が集中する事になるが、コロナの影響で今はない。

 昨今の京都での外国人のマナーの悪さが話題となっているが、観光客が増えるのは地元も喜ぶとは思うが、多過ぎても困りものだ、地元の人も迷惑、中々難しい問題でもある。
SANY2864.JPG
 そんな事にならないように願いたいものだが、一旦火が付き出すと過剰に反応するから、コロナが過ぎれば、それはならないように願いたいものだ。
 そんな開智小学校、ゆったりとした気分で眺められる場所があるが、ここを教えてしまうとまたまた人が殺到してしまうから、写真だけにしておきたい、上から見下ろす眺めの良い場所。
 それでもって静か、コーヒーも美味しくて値段も格安、こんな場所からゆったりとした気分で開智小学校を眺められれば最高である。
 しかし時間の問題かも知れないと薄々は感じているが、見つからない事を願いたいものだ、ここだけは今迄のままでいて欲しいと願っています、地元の人の憩いの場所だから。
posted by kodokei at 00:00| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記

2020年04月18日

ホームズ

   形が好き
 DSCN1689.JPGあのイギリスの探偵、彼が手にしていたパイプが気に入り、同じようなものが欲しいと思い立ち、探す事にした。
 あの探偵が吸っていた煙草、カッコ良かったもので、あんな煙草の吸い方をしてみたいものと憧れて、思い立てば早く行動するのが私、デパートにハイプを探しに出かけ、喫煙具のある所に行きパイプを見る事に。
 そこに並んでいたものは高いものばかり、自分の描いていたものとは違い、形も好きな物はなく頭で描いたパイプ、勿論あの探偵ホームズが持っていたものと同じ形のものが欲しいと、馬鹿な話であるが憧れでもあったからだ。
 何でも興味を示せばすぐに真似したくなるのも親譲りかも知れないが、思い立ったからには手に入れたい、パイプと言えばダンヒル、勿論イギリスのパイプ、あの人もそれを持っていたに違いないと、勝手に思ってしまった。

 しかし思っていた以上に値段が高くて、はじめてパイプを持つには高すぎると、それで形こそ同じ様なものを探す事に、色々なパイプを見たがやはり気に入ったものがなく、別の売り場で探す事に、良いもので安いものはないものかと。
 別の売り場では店員さんが色々とパイプの事を教えてくれ、はじめから高いものでは無くて、慣れてから良いものを探せばと教えてくれ、その通りで金もないのに高いパイプを買う事も出来ず、店員さんの勧めで形は良く似たものを探してくれた。DSCN1658.JPG
 それは値段も高くはなく、その上自分の思っていた形であったので、直ぐに買い込んだが、店員さん曰く「パイプは煙草を詰めるのが難しいですよ」と言うので、何処が難しいのか聞いてみた。

 煙草の葉を詰める時、上手く詰めないと火が消えてしまいますと言うのだ、何の事か分からず再時聞く事に、
店員さん曰く、パイプに何でも詰めれば良いわけではなく、上手く詰めないと全く火が付かないと言う事らしい。
 半信半疑で店員さんの勧められたパイプを買い込んで、家に帰って早速煙草の葉を詰めてみて試験し、最初は丁寧に掃除をしてから、教えても貰った通りに煙草の葉を詰め、火を付けてみたが直ぐに消えてしまう、店員さんの言う通りに葉っぱを詰めてみたが、何度やっても直ぐに火が消えてしまい、上手く詰めたつもりだが火が消える。
 それから何度となく繰り返して、やっと火が消えないようになり、成る程店員さんが注意してくれたのが実感として分かったがパイプでタバコを吸う事は、慣れないと簡単には行かない事が、実感として分かり、カッコ良さだけではないと。


posted by kodokei at 00:00| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記

2020年04月17日

捨てられない

      リサイクルだが
 携帯電話、今では無くては成らない物となったが、そのDSCN2163.JPG進化はすさまじく、我々みたいな者には付いて行けない位に進化している。
 今はスマホ、全てがタッチタイプの物になってしまい、やっぱり我々には使い辛く、その進化に付いて行けないが、一方使い慣れたいままでの物は親しみがある。
 何だか進歩すればするほど親しみが薄れるみたいだが、其れも私の歳のせいなのかも知れず、進歩について行けないのだと思う。
 タッチパネルは操作が簡単だというが、逆で我々には使い辛いもの、今まで使っていた物に使いやすさを感じてしまい、ツイツイ買い換えても手元に残しておく。
 リサイクルの時代、手元に残さず返しすのが当たり前なのかも、しかし今までに使ってきた物への愛着心が、其れを許さないらしい。
 リサイクルに出せば良いのだが、其れが出来ないでいる自分、勿体ないとか、懐かしいとか、そんな感情も少しはあるが、其れとは違って戦友みたいな感覚。

 仕事で色々使ってきた戦友みたいな感覚、可笑しいDSCN2165.JPGかも知れないが、リサイクルに出したくないと思ってしまい、机の引き出しにしまっておく。
 今まで使ってきた携帯電話5台とも残しているし、今のをあわせれば6台となり、人から見れば何でと云われそうな、そんな状態。
 別に其れを蒐集しようと言う事はなく、自然に残しておきたいだけの事、その携帯を見ていると、あの時は忙しくて大変だったとか、あの時の知らせは良かったとか、色々思ってしまう。
 単なる感傷的なだけなのかもしれないが、やっぱり捨てられないのだが、其れって貧乏性なのか、それとも勿体ないと思う心なのか。
 オカシイと思う人もいるだろうが、我々の世代は勿体ないとツイツイ思ってしまう、だから捨てられないのだが、リサイクルすれば勿体なくはないのだ。
 資源を大切にするならば、リサイクルに回すのが一番なのか、そんな格闘をしている自分が変なのかもしれないが、やっぱりリサイクルには出したくない。
posted by kodokei at 00:00| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記

2020年04月16日

知らないうちに

   我が家の庭DSCN2177.JPG
 ここのところ忙しい日が続き、我が家の庭をすっかりご無沙汰、雛巡りの後片付けで忙しく、庭を見る暇がなかった。
 庭を見ると言うよりも手入れをしなくなり、雛巡りの事で手が一杯で庭どころではなく、ましてや手入れなどしていない。
 毎年の事だがこの時期は忙しいので色々な事が手につかず、幾ら手があったも足らない現実、他の人達にも手伝ってもらい後片付けをしている事実。
 これは避けては通れないものにので、何を先に優先するか、それしか出来ない時期に、展示すれば当然片付けは付いて回るもの、毎年この繰り返しで時は過ぎてしまい、庭を見る事も忘れ、目の前の事で精一杯、すっかりご無沙汰の状態であった。

 少し手が空いたので庭を見て驚いた、まだまだDSCN2176.JPG先の事だと思っていた花たちが、一斉に花を咲かせていたのには此方がビックリする始末。
 知らないうちに花たちはしっかりと成長し、今盛んに咲いているので、時の経つのは早いものだと感心する事に、自分の事ばかりで花に目を向ける余裕がなかった。
 そんな事はお構いなしに花たちは立派に成長、時期が来れば自然と花を咲かせるもの、私を待っている訳ではないのだ、それにしても時とは早いもの、他事でついつい忘れていた花たち、手入れもしてもらわなくても立派に花を咲かせている。
 チュウリップはまだ先の事だと思っていたら、何々もう遅いと言わんばかりに咲いており、時間は待ってくれないと、つくづく思う。
posted by kodokei at 00:00| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記

2020年04月15日

乱視が

   修理に支障DSCN2174.JPG
 古時計の修理、古時計とは壊れるものと思えばよい、それは当たり前の事と思わなければならず、数が多くなれば尚更の事、故障も多くなる。
 私も若い頃より古時計の修理は苦手、故障すればすぐに時計屋さんに持ち込み修理してもらい、その都度修理代を払っていた。
 当たり前の事だが故障する時計の数が増えれば当然お金もかかり、それが多くなると修理代もかさむことになってしまう。
 面白いもので小遣いの範囲で修理代も払っているので、修理代が多くなれば小遣いもなくなり、修理する事が出来なくなる。
 結果は自分で修理しなければならず、仕方なしに修理をすることに、しかし初めは失敗ばかりで幾つかの時計を壊してしまった。

 そんな事を続けているうDSCN2175.JPGちに、次第に修理も出来るようになり、簡単な故障は自分でやるようになるが、難しいものは時計屋さんに行く事になる。
 しかし自分の腕も中々なもので修理も段々と上達し、やれば出来るところまで来、殆どの修理は出来るようになってしまった。
 しかし歯毀れや部品が壊れたものは修理出来ず、時計屋さんのお世話に、それでも時計の機械の組み立ては早くなり、初めの頃は一日経っても出来なかったが、それも時間も早く出来る事に、何事も経験が一番。
 最近は歳のせいで根気がなくなり、その上乱視が進むことになって、細かな所が見辛くなり、修理も出来ない状態になってしまった。
 一旦ばらした機械はなかなか元に戻らず、幾日もそのままの状態に、それが2、3個もそのままになっているのが現状、実に情けない事になった。
posted by kodokei at 00:00| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記

2020年04月13日

エジソンの蓄音機

    まるでミシン
 SANY5778.JPGエジソンの蓄音機、人間の声を再製する機械を発明したのがエジソン、1877年アメリカにて、トーマス、アルバ、エジソン(1847年〜1931年)が、声を再製する機械を発明。
 エジソンは自分の声を再製する機械を作る事を目指し、研究を重ねた結果、自分で歌を歌い、その声を録音、再生に成功する。
 その再生方法は、大きなラッパの前で「メリーさん羊」の歌を歌い、それを錫箔の円筒形の物を回転させ、エジソンが歌を歌うとラッパから声の振動が錫箔に伝わり、錫箔に溝を刻む。
 その溝を刻んだ円筒形の筒を、再生機にかけるとエジソンの声で、「メリーさんの羊」の歌が聞こえる仕組み、これを改良して蓄音機が出来た。
 エジソンと言えば「メリーさんの羊」と覚えている人も多いと思う、これは世界に知れ渡った実話、蓄音機と言えばエジソン、エジソンと言えば「メリーさんの羊」とまで言われる由縁、事実、人間の声を再製する機械を発明したのだから、超有名である事は当たり前の事。

 このエジソンの蓄音機、見た事のない人もSANY5781.JPG多いが、実際に見るとこれが蓄音機きと疑うようだが、それも仕方がないかも知れないのだ。
 写真がエジソンの蓄音機、改良型で当時1番大きなラッパが付いていた物だが、その本体はコンパクトなミシンみたいな格好をしている。
 これが有名なエジソンの蓄音機かと、不思議がる人もまた多く、実際に声を聞いてみないと蓄音機と思わないらしいが、声を聞いた人は逆に驚いてしまう。
 こんな物が人間の声を再製するとは考え難いと、やっぱりミシンでしかないと思われる位、そんな形
と機械で、このロウカンの蓄音機、製造効率が良くないためにすぐに製造中止に追い込まれることになる。
 それはデスク式のレコードが発明され、効率の悪いロウカン式の蓄音機は衰退して行くことに、ほんの一時期活躍したロウカン式の蓄音機、時代の波に押し流されてしまう。

 

posted by kodokei at 00:00| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記

2020年04月12日

名古屋の得意

    ほかでは造れない
SANY3456.JPG
 全国的に見ても名古屋の時計産業は独特、他の産地とは全く違う構造、それが自由の産業競争、激戦区ならではの力強さ。
 日本の時計製造会社中、時計製造の名古屋程激戦区はなく、時計製造量も群を抜く多さ、他地域とは別格の多さである。
 一部では粗製乱造とよく言われて、名古屋の時計は粗悪であるとレッテルを張られたが、それは他地域のやっかみである。
 確かに粗悪品を製造したところもあるが、それは名古屋だけではなく、他の地域でも存在していたが、名古屋だけの様に言われた。
 それもヤッパリ追い越せないやっかみでしかないと思うが、そんな名古屋の時計産業、他とは別格の時計を製造した。
 変形時計の得意地域でもあった名古屋の時計産業、先進的な考え方に培われた土壌、そんな所だから生まれた時計、発想力は群を抜いていたと思うが、現存している時計を見るに、あらためてその実力は目を見張る思い、機械の開発もしかりである。

 独自に開発された機械もそれを後押ししている事に事実、他の地域では開発していない機械、数多くの特殊機械が造られ、変形の時計に合った機械を開発、今までの機械では外箱に入らないために、新たに開発し外箱に収める努力をするのだ。SANY3432.JPG
 超小型の時計の機械もその一つ、今までの機械では構造的に箱には入らないから、新たに開発するしかなく、即座に開発してしまうあたり、やはり名古屋の底力、小回りが利くのも名古屋の得意な体質、これも分業制から生まれたもの、小さな工場でも開発する能力があった事。
 そしてその機械を買い受ける土壌があった事、二つがあった事でさらに変形の時計製造に拍車がかかる事になる。
 超小型の時計も名古屋の時計が多く、現存しているものが立証しているもの、殆どが名古屋で製造されたものだ、そんな変形時計の中でも特殊な時計が製造されたが、実に発想が面白くて簡単なもの、しかし飛び抜けて愉快な時計でもある。
 スケルトンと称する時計、一見向こう側が透けて見える時計だが、実に簡単な仕組み、しかし他では絶対に造らない時計、こんなユニークな時計を造り上げられるのも、名古屋の時計製造会社、その構造も又ユニークで、傑作な時計だと思う。

posted by kodokei at 00:00| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記