2020年11月29日

木象嵌

    幾 何 学 模 様
SANY0840.JPG 時計の装飾には色々な種類があり、塗料で彩色される物、木材の皮で装飾される物、漆等の天然の物で彩色される物、彫刻等で装飾される物等色々とある。
 中で持ての込んだ装飾を施す物に、木象嵌がと言う技法があり、この技法は中々と手の込んだ装飾の部類に属するもの、時間と手間が掛かるのと、やはり技量が出るものだ。
 木象嵌とは、木の種類により色の濃淡があり、その色の濃淡で模様を描く技法の事だが、この技法は手間が係り時計に装飾を施すと、高価な値段に成る為、一般機には装飾を施さない。
 つまり、木象嵌を施してある時計は高級機である証でもあり、その模様も手の込んで物が多く、ヨーロッパの時計が盛に用いたが、時代が下がり一般に普及する時計には施されなくなる。
 ヨーロッパより後発のアメリカでは、本家のイギリス製の木象嵌を施した時計をモデルとして、新たにアメリカで製造するようになり、その技法を取り入れて、新たな物を開発する。

 アメリカで製造された木象嵌は、本家のイSANY2645.JPGギリスの模様とは少し違って、幾何学模様ではあるがイギリスの模様とはやはり違う、アメリカらしさを表現している。
 例えば、イギリスの模様は葡萄から草の様な図柄を表しているものが多いが、アメリカの木象嵌は円と線で幾何学的な模様を施している物が多い。
 写真の模様はまさに線と円で構成された図柄、木の素材の持つ色の濃淡を利用して模様を描き、薄い色の素材と濃い色の素材をうまく配置している。
 まず図柄に沿って少し彫り込みを入れ、薄い木の板を色の配色を見て彫られた所に埋めて行く、その時に木目の向きや色の濃淡をうまく利用することが必要である。
 線を繋ぐ円形の部分には、違った図柄を配置して、アクセントを持たせ鮮やかな幾何学模様を作り出しているが、この様な図柄は本家イギリスの時計には無い物である。
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2020年11月14日

旅人の必需品

    時刻を知る 
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 昔の旅人は時刻をどうして知ったのであろうか、山中や人気のない所で時刻を知るのはどの様にしたのか、今みたいに時計のない頃の話である。
 今でも腹時計と言う便利なものが人には存在しているが、決して正確ではなく個人差があるのはあたり前の事、そんな当てにならない時刻は信用できないもの。
 とは言え江戸時代のこと、時刻を知るには日時計と言う道具が必要になるが、この日時計様々な物が売り出されており、自分にあった日時計を持つことが大事であった。
 当時も高級な物から、一般的な物、そして安価なものがあり、一般庶民は安価な物を求めたのは、今も昔も変わりなく紙でできた日時計が1番安価であった。
 使い方は簡単な事真南さえ分かれば、日時計を真南に向け針があるから、その日時計の針が指す景の位置が現在の時刻、あくまでも太陽が出ていなければ、この日時計は使えない。
 この時刻も現在の時間と比べれば正確ではないが、当時は10分くらいズレていても大勢に影響がなく、この時刻で日常生活は困らなかった時代である。
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 関所を通過する時刻だけはキッチリとしていなければ行かず、関所の閉門時刻だけは正確に知らなければ、次の日まで待つ事になることから、旅人の必需品でもあった。
 写真の日時計、幕末から明治時代に使われていた日時計、高級機この日時計が当時の高級機であり、真鍮に細かな細工がされており、当時は高かったようである。
 この様な高級な日時計は一般用ではなく、当時の武士達や裕福な商人のものであった。
 一般的には紙の日時計が使われていたようで、持ち運びには便利であり、安価なことも人気の秘密であった、そして手軽に使えることも大事な要素。
 両サイドの日時計は明治に入ってからのもの、携帯に持ちやすいように工夫され、磁石がついており真南も直ぐに分かり便利さが一層高く、下の日時計は明治時代、軍隊で使用していたもの、木の枠を使用して折り畳み式のもので、磁石も装備されている。
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2020年11月01日

照明

    改めて見直して
 SANY5721.JPG今まで全く気付く事のなかった蛍光灯、自然に其処にあり明るくて電気代が安い、そんな蛍光灯を無機質な明かりとは思ってもいなかったが、イギリスの友人に言われた言葉が、やけに気になり出した。
 「日本人は、何故無機質な蛍光灯を家庭の中まで持ち込むのか」と、そして「工場で使用しているものを何故家庭で使うのか」と、指摘された事。
 思いもよらない言葉、蚤の市でアンティクランプを探し求め、気に入った物を買い込んだときに、「このランプ何処で使うのか」と、この言葉もやけに気になった。
 云われて見れば、日本の家庭で蛍光灯が使われだしたのは、昭和30年代後半の事、そのときは工場で使っているものと同じ真っ直ぐな蛍光灯、彼らの言う工場で使われているのと同じ物であった。

 工場は当然作業をしなくては成らず、手元が暗くては仕事にならないので、当然明るい事を求められ、部屋全体を照らすように設計されて、それをなぜ日本は家庭に持ち込むのかとの疑問、家庭の中まで直接照明をする必要が有るのかと、彼等は間接照明こそが温かみのある照明ではないのかと言うのだ。SANY5728.JPG
 素朴な質問でもあるが、耳の痛い話でもあり、考えざるを得ない様になったが、それ以来自分の家の照明が気になり出し、必要以上に明るくないランプに切り替えだした。
 壁にランプを取り付けて、中央のランプの明るさを、今までよりも小さな物にし、間接照明を取り入れて、部分的に切り替えられるように改造したのである。
 以前の照明と比べれば部屋全体は明るくはないが、決して暗くもないのだ。
 人間の慣れとは恐ろしいもので、明るすぎに気が付かなく、それが当たり前のように思っていた生活、少しは暗いかも知れないが。
 もう1つは、LEDの白色の光を発する電球をやめ、温かみのある黄色のLEDに取り替え、今までより明るくないが暖かさのある光になって、昔のような雰囲気になったの良いと思う。
 省エネの現代、必要以上に余りにも明るいものは避けて、しかも実用的な照明に替える事が進んでいる事は喜ばしてのではないか。
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2020年10月09日

好きなもの

      重いです
 若い頃から憧れていたライター、それは「デュポンのライSANY6469.JPGター」ですが、高くてとても買えませんでしたのでデパートのウインドーガラス越しに眺めていた。
 出きる事なら、その中でも漆塗りのライター、かってに自分が持つなら漆塗りと決めていたもの、そして何よりデュポンの魅力はあの音、近くで誰かが煙草を吸う時、デュポンのライター音は魅力的であった。
 「キーン」と金属音のする心地よい音、あの音こそライターの頂点「デュポン」、あの音は直ぐにデュポンのライターと分かり、聞き惚れてしまう音でもあった。
 しかし、それを手に入れることは難しくて憧れていたが時が過ぎ、30代後半になり質屋会館でやっと手に入れることが出来、それ以来何時もポケットに入れていた。
 勿論新品を買うことは出来ず、質流れの中古品、程度の良いものを探し当て、安く手に入れたのが現実であった。
 憧れのライターを手にしたたが、実際に使ってみると問題もある事に気が付く、苦労して折角手に入れたものだから使わないと。

 実際には大型のライターはかなり重く、夏等の薄着のときはひとSANY6478.JPG苦労も、ライターが重くてポケットが破れることもあり、その都度ライターが下に落ち傷が付いたりと事件も。
 特に漆塗りのライターはショックに弱く、直ぐに傷がついてがっかりしたもので、その時は直ぐに傷をコンパウンドで磨き、傷を分からなくするのに苦労をしたものだ。
 写真では黒く見えるが緑色のライターが其れ、毎日持ち歩いていたので表面の漆は傷ついたが、漆ぬりは剥げず丈夫な造り。
 特に緑色した漆塗りのライターは良く使った物で、愛着もひとしおで手にしっかりと吸い付くような感覚になり、長年使っていたからこそ手に馴染でいる。
 今も現役であることは当たり前、金属音も変わらず「キーン」と良い音が、之だけ楽しんで使い今尚現役であるから、初めは高いと思っていたが年数を考えると安い物だと思うように、良いものは何時まで経ってもへこたれないもの、現役で活躍しているが重い.


 
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2020年09月26日

ロボット

    少年の憧れ
SANY3426.JPG 子供の頃、雑誌「少年」、「マガジン」などに乗っていた漫画、その中にはSF物も多くあったが、その中に出てくるロボット、アトムや鉄人28号などのロボットよりも少し古いロボット。
 アトムや鉄人は高性能でより強く、人間味から少し離れているようであり、それより古いロボットの方が楽しめ、それでいて何処と無く「ノロマ」なロボット。
 そんなロボットに引かれてブリキのロボットを集めた事もあったが、今はアトムと鉄人と他1台になってしまい、やっぱり寂しくなり欲しいと思うようになった。
 そんな折に骨董屋で見つけたのが陶器のロボット、何気なしに持ってみたら軽い、その上実に良くロボットの風合いを出しているのに気がつきツイツイ買い込んでしまった。
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 店の親父に何時ごろのものなのか質問したが、逆に「之は瀬戸で造られたものだから、あんたの方が知っているはず」とこれまた手厳しい言葉であった。
 しかし、私はこのロボットが何時ごろ瀬戸で製造されていたのか全く知らず、後日調べる事にしてロボットを家に持ち帰り、ブリキのロボットの横に置いてみた。
 陶器だからブリキのロボットと合わないと思いきや、これがしっくりと同居するではないか、銀色に光る陶器のロボット、実際のブリキのロボットでは銀色のものは無く、もっと落着いた色のロボットである。
 しかし、陶器で製造されているから、中々あの燻し銀の輝きのロボットと比較する方がおかしい、このロボットは之でよいのだと、余りリアルでは逆におかしいのかと思う。
 今では、ブリキのロボットよりも陶器のロボットの方が珍しく、其れ以来陶器のロボットにはめぐり合っていないから、これが出会いと言うものなのかも知れない。
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2020年09月25日

ブリキと共同

           セルロイドとブリキ   
SANY3682.JPG ブリキの玩具は、全部がブリキだけで出来ている物もあればそうでない物もあり、其れは時代とも密接に関係していて、時代の変遷も分かる様でもある。
 ブリキの玩具の種類により、本体がブリキだけで製造されているものは、動くものは少ない様に思う、何故ならば動くものは車輪がついているため、自動車やオートバイなどはゴムの車輪が付くからである。
 古いものはブリキで出来た車輪もあるが、その後はゴムの車輪が主流になり、殆どの車はゴムでタイヤを製造され、ブリキの車輪は姿を消す事になる。  
 車輪だけでなく、付属する物にブリキ以外のものが使用され始め、例えば人物であるが顔や手足は、セルロイドで作られたものが付けられる様になり、急速に付属品のセルロイド化が進む。 
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 特にセルロイドで出来た人形は、手足や顔などはゴムで連結して、自由に動かせるように工夫し、リアルな動きを出す事により、今まで動かなかった人物も、動くようにした。
 この動きによりブリキの玩具が飛躍的に売り上げを伸ばし、海外に輸出をされるようになり、益々セルロイドとの合体したブリキの玩具が発達してゆく。
 写真の玩具も、その様なセルロイドとの合体した商品、この玩具の特徴は人物の手や顔、そして足が車輪と共通の回転をするために、人気が爆発的になった代物。
 いかにも子供が三輪車を足で回しているかのような、そんな構造をしており、少しの工夫で最大限の動きを生み出すことに成功した例でもある。
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2020年09月23日

エジソン

    発 明 王
 SANY4638.JPGエジソン、言わずと知れた発明王、「トーマス、エジソン」の事であるが、彼と「グラハム、ベル」との発明競争、この熾烈な戦いは余り知られていないようである。
 ベルとエジソンはライバル同士、共に発明を志、先に発明して世界に名を残す事に力を注いだ人物、彼らの発明競争は熾烈を極めたようで、その最初は蓄音機と言われている。
 蓄音機の発明はエジソンとなつているが、実際にはベルが先に発明をしていたが、彼は特許の申請を怠った為に、後から発明したエジソンに特許を取得され、彼の名は蓄音機発明者としての地位に無い、ベルが研究者であり、エジソンは実業家であった事が、ベルを蓄音機を先に発明しながら、エジソンに先を越されてしまった。
 歴史の裏側は実に面白いもの、我々が知っているような事でも、実は違っていたりしてミステリーぽい、だから歴史は面白いのであるが、当人達にとってはそれは死活問題だ。
 その実、ベルは蓄音機を先に発明したにも拘らず、エジソンのパテントを借りなければ、蓄音機の製造販売が出来なかったから、之は彼にとって屈辱的であったようだ。

 その後は、電話発明でエジソンより先に特許を取得して、電話発明者としてその名を刻む事になり、エジソンに一矢報いた形に、其れ以来彼らのライバル意識は死ぬまで続くことになる。SANY1620.JPGSANY1621.JPG
 そのエジソンが発明した蝋管の蓄音機(いやいや、実はべルが先に発明)、以前に買いこんだ物だが何時の時かクランクが無くなっており、ゼンマイを巻けない状態、クランクが如何しても見つからない。
 
 
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2020年09月22日

万年筆

    見かけなくなった
 万年筆、明治時代には一世を風靡した書き物の道SANY4282.JPG具、古来より筆に慣れていた日本人、文明開化の時代になり西洋から入ってくる物に飛び付く、その中の一つが万年筆である。
 墨の筆に慣れ親しんだ日本人が西洋の便利な書き物、万年筆と出会い一気に虜になったのは言うまでもなく、特に物書きを生業とする人々に受け入れられ、墨をすらなくても良く、持ち歩き似も便利、しかも小さくてインクが漏れないと来れば、物書きだけではなく一般の人達にも支持されるようになり、一気に広まる事となる。
 当時に舶来品は高くてとても手の出る代物でなかったが、其処は日本の職人達、この西洋から入った来た万年筆、直ぐに国産化にして市場に売り出すことに。
 日本の職人はやっぱり凄い、余り時間を掛けない内に国産化、しかも安価な万年筆を作り出し、学生が買えるような値段で販売をし、学生の間でも一気に広まる事となる。
 当時の素材はエボナイトと言われる素材が中心のようであり、その他にも色々な素材で万年筆が作られることになるが、高級品には金や銀の素材まで登場することになる。
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 一般の人たちは高級品を買うこともなく、あの黒色のエボナイト製の万年筆が主流であり、その後セルロイドが主体となるが、エボナイトも根強い人気を保つ。
 写真の万年筆は、セルロイド製のマーブルと呼ばれる種類のもの、この柄も人気の1つで多くの万年筆愛好家から支持を受けていた物、図柄が面白くて楽しい万年筆に出来ている。
 これを見つけたのは偶然の事、ある時計屋さんが閉店をするから古時計を譲ると連絡があり、古時計を求めて行った時、その店の引き出しから出て来たもの、未使用品の品であった。
 程度は良く綺麗な状態であったので貰ったもので、
別に使おうと思っている訳ではないが、懐かしいのと状態が良いのでツイツイ手を出したまでの事。
 何だかんだで手を出してしまい、結果は何時も整理がつかない事になる。








 
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2020年09月12日

目覚し時計

    絶対に起こすSANY0572.JPG
 朝起きるのが苦手の人、夜型の人に多いとされている朝の寝起き、自覚が来れば自然に目覚めるのが正常な人間の営みであり、健康な人は朝の目覚めはスムーズ。
 健康体は体内時計も正確であり、時間が来れば自然に目を覚ますと言われているが、体内時計が狂っている人も現在の生活事情によるところが大きい。
 夜遅くまで起きていると、体内時計が異常をきたし狂いだすそうで、朝の寝起きは悪く、起きてもスッキリとしないのが普通らしく、体内時計が正常でない証拠らしい。
 そこで活躍するのが目覚し時計、昔から目覚し時計は使われてきたが、その種類も実に多く実用性の高い物から、装飾的なものまで数限りなくある。
 では日本の目覚し時計は何処から来たのか、勿論江戸時代から目覚し時計は存在し、上流階級では使用されていたが、一般には高嶺の花であり、見たことも無かSANY0570.JPGったようである。

 明治以後、一搬庶民に広がるが普及するのは大正時代、そのモデルとなった時計がドイツ製の目覚し時計、「通称へそ時計」と言われた物、本体が太鼓みたいな胴をしていて上にベルの付いた、見慣れた時計の形であるが、最近は滅多に見なくなった。
 何処の家庭でも一台はあったへそ時計(目覚し時計)、写真の目覚し時計はドイツ製、見慣れたへそ時計であるが、一部が少し変わっている目覚し時計。
 良く見ると頭に付いているベルが大小2つ付いている変わった物、普通は1つのベルしか付いてなく、2つ付いているのは珍しいもの、大きな音が出るように工夫された目覚し。
 朝の起きるのが苦手な人が、如何しても起きなくてはならない為に買い込んだ物なのか、絶対に起こすと意気込みが伝わってくる目覚し時計だ。
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2020年09月06日

瀬戸の花生け

    ロマンがある
SANY3490.JPG 明治初期から時計に関する色々な物が製造され、当時の流行を素早く取り入れて、庶民に販売を仕掛けるのは、何時の時代でも承認である。
 只、明治初期は従来の流行とは少し違っていたのは、西洋から入ってきた近代機械や乗り物、洋服等今までに無い物ばかりであり、直ぐに飛びつく訳には行かなかった。
 製造する方も、西洋物は始めて見る物であり、其の物自体を把握していたわけでなく、見よう見真似で製造しなくてはならず、悪戦苦闘を強いられた事は推測される。
 現在その当時に製造された物を見るに、現物とはかけ離れている物も多く存在し、当時の状況を知らないと、何故こんな物を製造したのかと理解に苦しむ。
 其の1つが時計でもあり、初期段階では製造者する目で見る機会も少なかったようで、話を聞いて想像して製造したのではないのかと思われる製品もあり、現物との違いも大きな開きのある物も製造されたようだ。

 それにもう1つは、初期段階で製造されたものSANY3500.JPGは、現物に忠実に再現された物と、想像で製造された物との比較において、大差が出来ている事も現実である。
 江戸時代からの流れの中で、適当に現物が創造されれば良いとの認識の甘さで、製造された商品はやはり庶民から敬遠されたのは云うまでも無く、忠実に再現された物ほど売れ行きが良かったようである。
 写真の花生けは、尾張瀬戸で明治初期に製造された磁器の花生け、陶器でなく磁器で製造したのも、最先端の時計を磁器で再現し、時代の新しい流を作る意欲が感じられる物になっている。
 この花生けは、実にシンプルであり、生地がよく白さが引き立つ出来、縁取りに鉄柚を使いアクセントを出した傑作の1つといっても良い代物である。
 初期の物は現物に忠実に作られている事が、この花池を見れば実感として伝わって来、当時の職人の心意気まで見えてくるような製品に仕上がっている。
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2020年08月23日

シンプル

    単純な動き
 子供の玩具は単純な物ほど面白く、そして長SANY1275.JPGく愛され続けるもので、複雑な物は初めは喜ばれるが、直ぐに飽きられてしまうのは何故であろうか、不思議でもある。
 昔も今も子供の玩具はシンプルが良いとされ、そのシンプルの程度が逆に問題で、どこまでがシンプルでどこまでが複雑なのか、これまた思案のしどころでもあると言う。
 玩具を製作している者にとっては重大なテーマ、無駄な物をそぎ落としてシンプルにすれば、そのもの自体がアピールできる迫力が無ければならず、それがデザインなのか、それとも材質なのか、これも又難しい選択である。
 外国製の木を素材としたシンプルな玩具も、デザインと素材を徹底的に吟味されていることが、長く支持される由縁でもあり、木の持つあたたかみと、やっぱりシンプルなデザインの洗練されたもの。

 長い伝統の中で作られた玩具には時代を越えたものが存在し、ゆるぎない自身の上に製造されたもの、幾世代にわたって使われた実績がものを言う。
SANY1268.JPGSANY1267.JPG そしてもう1つが、動きのある玩具であるが、別に大した動きでないもので、これまたシンプルな動き、上下に動いたり、左右に動いたりするだけのものだが、之も絶大なる人気を誇っている玩具。
 ブリキで出来たいたってシンプルなもので、ブリキを少し楕円形に曲げ、上の部分を交互に動くように接続、その上に鶏が二羽乗っているシンプルなもの。
 この玩具も古くからあるもの、私の子供の頃も同じもので遊んだ記憶があり、今見ても懐かしく思える玩具、すこしブリキのワッパの部分を押さえるようにすると、鶏がえさを食う動きをする。
 ただ上下に動くだけであるが、何度やっても面白くてツイツイ手が痛くなるが、仕掛けもシンプルであり、壊れることも無く何時までも使える玩具である。
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2020年08月19日

ランプシェード

   安かった
 友人がランプを持って現れ、良い物かどSANY6256.JPGうか教えて欲しいと言って来たが、何だか怪しい言い方をしていたので気になり、実はこの人、我が家のランプを見て自分も欲しくなったらしく、買う前は私に一言も言わなかったのに、簡単に買い込んでくるとは。
 それも彼はアンティークにはうとい男、そんな男がアンティークランプを自分で買い込んでくるとは思わなかたが、勿論彼はずいぶんと古い友人、我が家に出入りしている人の中でも古い部類の人物、そんな彼がアンティークには程遠い存在でもあった。
 それが何故アンティークなのか疑問だから、ランプを買い込んだと聞いて、古いものが分からないのに買い込んだとは怪しいのだ、そんな訳でアンティークショップなど出入りはしていない人だ、何処で買い込んだものなのか、それも不思議である。
 紙づつみを持って現れ、私の前にそのものを出し、安かったと一言、その瞬間、これはヤバいと直感、何故ならば彼はアンティークなど分かるはずないから。

 包みを開けて取り出したものは案の定新しいものSANY6263.JPG、形こそアンティーク調につくられているが紛れもない新品の品であり、少しアンティークをかじった人でも、ガラス物は極めて難しく、リプロが沢山出回っているから見極めるのも難しいと思う。
 それに信頼できる店でないと素人は騙される事に、騙されなくとも見極めが難しく慣れないと間違えるものだ、幾ら我が家に出入りしていても、実際にアンティークランプを研究しないと判別は難しく、間違える事になる。
 写真上のものは卓上用の新品のランプのハズレ、つまり何個かある中の一つ、それも吊り下げようのものではなく、置きランプ用の新しいリプロものだ。
 この単体だけでは普通は売れなくて、アンティークを知っている人は誰も買わない代物であるが、彼はそれを買い込んでしまったのだ、
こんな話は幾らでもあるが、友人が騙されるとは面白くない。

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2020年08月15日

代用品

SANY1190.JPG   様々な物
 今日は終戦記念日少し当時を振り返って戦時中、金属不足の中様々な物が代用品として製造されたが、その中でも使えないものも多く存在していた、筆頭格は釣り鐘であり、何の役にも立たないものであった。
 当時の状況を知る人も少なくなってしまった現在、後世に伝えなければいけない物も多くある。
 第二次世界大戦の最中、物資不足から特に鉄の不足が深刻であった当時、鉄に代わる代用品を探していたのだ、全国的に広がりを見せていた。
 愛知県瀬戸市もその中の一つ、焼き物の産地としての瀬戸、そこに国より製造依頼がさっとうした中に、使用不能なものも依頼されていたと言う。
 一番多く製造されたものは陶器の貨幣、信じられないと思うが終戦末期に瀬戸の窯元に製造依頼された。SANY2036.JPG

 以前にも何度か取り上げて来たが、今回も又驚くべきものが製造されていた。
 一つは栓抜き、一つは時計の渦巻きリンの台座、この2つは極端な例とも言えるもの。
 特に栓抜きはそんなに使用に耐えれるものではなく、代替えの商品とはなりぬくいものと思われるものだ。
 特に栓抜きは固い素材の磁器では力が入った時に破損しやすく、何度かの使用で破損するもの、実際に使ってみると、その様子が分るもの、少し無理をして扱うと欠けて使用できなくなる代物であった。
こんな物まで代用品が造られていた事も現代人は知らないと思う、戦争の生き証人でもあるモノたちが伝えるものは何か。
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2020年08月13日

インテリア

    ム ー ド 1 つ
 毎日生活している部屋、ツイツイ惰性で何もSANY8402.JPG衣替えしなくて、何時もと同じ雰囲気のまま、如何にかしようと思ってはいるが、思っているだけで時は過ぎる。
 そんな毎日、誰しも経験があると思うが、とり分けて何処を如何し様かと言うものでもなく、何とかならないものなのかと、只思っているだけの事。
 具体的な考えは大抵ないもの、何とかしたいと思う心があるあらわれ、雰囲気を変えるには部屋の模様かえをしなければならないと思ってしまうが、もっと簡単な方法がある。
 部屋の改造となればお金もかかる事になり、すぐには出来ないが、考え方を少し変えるだけで雰囲気がガラリと変えられる方法、それはインテリアを変えることである。
 其れも大層な良いものを買わなくても、安くても良いものがあり、自分の感性で選べばよいと思う、たとえば部屋の明かりを蛍光灯から、電球式の物に変える。

 これだけの事で雰囲気が変わるもの、何も白熱球にしなくても良く、エコの時代であるから電気代の高い白熱球、しかし今は白熱球らしい蛍光灯があり、電気代も高くならないし、雰囲気もある。
 今ある蛍光灯の照明器具を取り払い、その代わSANY2067.JPGりにアンティークなランプシェードに変えてみたら、アンティーク物は少し値が張るもの、それを少し高いと思えば、リプロのランプシェードがある。
 高いアンティークを買わなくても、今リプロは良い物がたくさん出ているから、自分好みの物を選べばよく、お金もさほど掛からずに雰囲気はガラリと変わるもの。
 たかがランプシェードと思いがちであるが、蛍光灯からランプシェードに変えただけでまったく雰囲気が変わるから、1度試してみたら如何だろう。
 こんな話をしていると、今時時代に逆行しているのではないか、今はLEDの時代であり、アンティークなど省エネにならないと。
 そんな意見が出る事は必定、確かにその通りかも知れないが、省エネの時代、電力消費を助長しているのではなく、一時の心の安らぎを求めるのもよいと思うが、それも大々的にするつもりもないから、自分の出来る範囲で一つでもアンティーク物に切り替えてみたらよいと思う。
 
 
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2020年08月05日

狛犬

    ユーモラスな顔
 前にも書いた狛犬、狛犬とは、仏教でいう守護SANY0470.JPG獣であり、インドでは古来から仏を守護する獣として両脇に飾られていたが、ライオンの形をしており、その後犬と獅子との一対が正式な守護獣となる。
 狛犬は中国を経て朝鮮「高麗」から日本伝わったとされており、高麗とは高句麗を指し朝鮮から来た犬であるから「狛犬(高麗)」となったと言う説が有力で、日本では初め獅子と狛犬とが一対とされて来たが、やがて平安時代には狛犬だけとなり、獅子は消えてゆき狛犬も「阿吽の形」をとるものが現れるようになる。
 向って右に阿の形相(口をあけた)をした狛犬、左に吽の形相(口を閉じた)をした狛犬が完成され、その後この形式が現在まで継続して製造され、この狛犬が多くあり、例外として他の形をしたものも作られているが少ししか存在しない。
 時代の古い形のものは獣の格好をしたものが多く、時代が下がるとやさしい狛犬になるのも時代の変化、そして頭に有った角も時代が下がると無くなり、現代は付いていない物が殆どである。
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 全国的に見ても尾張瀬戸で製造された狛犬が1番多く、しかも古いものが存在しているが、瀬戸の深川神社には加藤藤四郎作(1200年代)の現在重要文化財に指定されている狛犬が古い。
 写真の狛犬は、その加藤藤四郎の子孫、幕末の名工、初代加藤作助の名品「古瀬戸の狛犬」、見ても分かるように非常にユニークな顔をしており、小学生が作ったかのような雰囲気を持っている。
 手びねりと言う技法、つまり手で造り上げたものだがゆがんだりしている。
 素人が造るととても見られないものになるのだが、名工の手せかかると作品となる。
 古瀬戸柚が掛かった香合、名工加藤作助の手に掛かると、イカツイ狛犬も見た目にやさしい顔になり、高さ10センチもない小さな全体から滲み出てくる迫力に圧倒される。
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2020年07月30日

版画と同じ

   同じですかDSCN2084.JPG
 我が家の玄関にある時計、ある人が我が家を訪れてその時計を見つけ、何処かで見た事のある時計だと言い出し、考え込んでいる。
 この人、何度か我が家を訪れているのに今更と思いつつ、何処で見たのかと聞けば、記憶にないが見た事があると言い、また考え込んでいる様子。
 この人も古時計には興味はない人で、今まで時計の話をしたことがなく、何で今なのかと思ったが考えているからそのままにしていた。
 すると突然、ネットで見たと思い出したよう、ネットに出品されている版画を偶然見たと言い、記憶にあったらしく、玄関の時計を見て突然思い出したと言うのだ。
 この人らしく、今までさんざん見て来た時計なのに、その時は気にも留めなかった時計を突然思い出すとは暢気な人だ。
DSCN0298.JPG
 確かに我が家を訪れる人の殆どは、古時計が掛けてあっても気にしていない人が多く、掛けてある時計自体見ていないようだ。
 興味が無いとはそんなもの、何かの機会に突然思い出し、今まであった事を知らなかったとも言う、そんな事は日常茶飯事でもある。
 しかしこの人が興味を何故持ったかと言うと、ある人にネットで見た版画の時計がある筈がないと言われたからだと、その時計が目の前にあったから驚いたとも言うのだ。
 この時計、別に珍しくもなく、良くある時計だし、何年も前から我が家に置いてある時計、しかも我が家に来れば嫌でも目に入る時計、それなのに今まで気付かないとは、そんな人の言う事だから尚更、人とは自分では興味はないが人から言われれば気になるらしいが、勝手なものだと痛感する。
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2020年07月12日

磁石

   必需品SANY7237.JPG
 方位磁石、軍隊では必需品の装備品、明治に入り新政府は富国強兵を旗印に、軍隊の強化を図り、外国に対抗した。
 明治初期には外国からの侵略に備え、特に軍隊の強化が課題とされ、早急に増強する必要に責ばまれていた時期だ。
 この頃北方ではロシア軍の南下が激しくなり、北海道が侵略の危機にあったと言う、新政府は北海道の軍備増強を図ったいた。
 当時は開国依頼諸外国が東南アジアを植民地にしようと画策していた時期、特にフランスとロシアは日本を標的としていた様で、この時期は日本にとっては重要な時期でも、イギリスは中国を標的としてとらえ、数々の戦略をたてて侵略しようと画策、後のアヘン戦争へと突き進むことになる。

 そんな時期、日本は富国強兵を推し進め、SANY7244.JPG軍事力強化を最優先に突き進む事に、この時代多くのものが発明され世に送られて行く。
 この磁石もその一つと言われ、特に軍隊向きに製造されたもの、外側を木製でコンパクトに造られ、コスト的にも安価なもの、そのがこの磁石。
 木枠の中に仕組まれたもので、手軽に持ち運びが出来、使い易さも考えられたもの、蓋の裏には全国各地の標準時が刻まれている事、誰でも簡単に見る事が出来るように工夫されている点、磁石が方角を指すが、東西南北が同時に分かるようにも造られている。
 折り畳み式の日時計は簡単な仕組みで的確に組み立てられ、その上使い方まで書かれている事も使うものの身になった造られている。
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2020年07月01日

素朴が良い

      秋田の名工
SANY1012.JPG 日本全国に「こけし」は多く存在し、今尚根強い人気を保っているが、その多くは東北中心のようであり、過去色々な名工と言われる人たちを多く排出したのも又東北である。
 一時期の熱狂的なこけしブームは去り、今は静かなブームと言えるのではないか、このこけしの登場はそんなに古く無く、幕末頃に東北の木地師によって作られたといわれ、そもそも、この「こけし」は子供の「遊び道具」として、木地師が自分の子供や孫に造ってやったのが始まりとされ、当時は彩色もなしの生地そのままの物、人をかたどった玩具であったようだ。
 勿論この時はこけしとして売りに出すものではなく、あくまでも遊びの道具としてつくられたもの、子供のために簡単な玩具とて造りあげ、それで遊ばせていたとも言われている。
 そのうち、生地に彩色を施して温泉地で土産として少しづつ売り出し、やがてそれが評判となり、木地師の現金収入となったため大々的に製造するようになる。
 冬には雪で閉じ込められる生活であった人々、生活の糧は出稼ぎなどして生計を立てていたとも言われ、それがこけしで現金収入となることに、当時現金収入の少なかった木地師達は互いに競い合い、次第に各地独特のこけしが登場する事になり、それを目あての観光客は自分の好きなこけしを求めだすことになる。

 明治から大正時代に現在のこけしが確立、東北地方各自の型が出来上がり、温泉場のみやげ物の横綱と言われるまでに成長、そしてその中から名人と言われる人物が登場、SANY3974.JPGその一人が「小椋久四郎」であり、現在彼は伝説的なこけし職人と呼ばれ、こけし界のスーパースターで、彼のこけしを捜し求める蒐集家は数多く、憧れの存在でもある。
 その息子「小椋久太郎」も父久四郎に手ほどきを受け、見る見る上達して父親と肩を並べる位に成長、此の2人のこけしの特徴は何と言っても、こけしの胴にに描かれる梅の絵、久四郎の梅は跳ねている様に描かれ、久太郎は整然と描いているとも言われる。
 この木地山こけし素朴さが一般大衆に受け、他とは少し違った図柄、おぼこと呼ばれるスタイル、特に前垂れと呼ばれる図柄が特徴で、2人に共通するのは派手ではなく素朴なこけしを製造している事、秋田の木地師の誇りを奥に秘め、素晴らしい作品であると同時に、蒐集家の憧れ的存在である。
 写真は「小椋久太郎」の「こけし」、如何にも素朴な雰囲気を持ったこけしであり、蒐集家の好むこけしの代表と言って良いもの。
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2020年06月25日

思い出の時計

   ポートベローSANY2451.JPG
 以前にも書いたが誰しも思い出の品にはそれぞれのドラマが、友人のアンティーク買い付けでイギリスにお供、大概のマーケットは行ったが、その行った所々で出会いも、それが物であったり、人であったりといろいろ。
 イギリスでの人の思い出は余り良いものは少なく、気分の悪くなるものが多いが、中には今でも心に残る人も、何回かのイギリスの旅のお供で、アンティーク、マーケットは少しは分かるようになった。
 自分でそこに行けと言われれば、絶対に行けないが、連れられて行った所は全部記憶に、その中の一つがポートベロー、ここはあの映画の舞台でもあったからだ。
 しかしそれだけではなく、良い思いでの一つ、例によって土曜日の朝早くにポートベローに行き、早速オルゴールを求めての探索に入った。
 観光客で早くも満員の盛況、しかしバイヤーと言うプロも多い、そんな中、以前に行ったバイヤーの店に着き、友人と早速オルゴールを見る事に。
 バイヤーいわく、「お前たちの為にとっておいた」と指を指す処にオルゴールが5台、確かに良い物のようだが、当然のこと値段次第で決まる。

 SANY2456.JPG遊びで出来ている訳でなく、主としてオルゴールの買い付けが主、その為に妥協は許されず、当然の事私に対する期待度が大きく、友人は金を出すだけ。
 そんな状態でジックリとオルゴールを見極めるが、見掛けは全部良い物だ、しかし良く見ると部品が所々換えてあり、オリジナルの状態の物は無く、友人に目配せで合図。
 よくある事だが海外のマーケットはピンからキリまで、良いものから悪いものまで、兎に角多く存在しているが、その中から自分好みのものを見つけ出す。
 しかし見た目だけでは騙される事になり、中をジックリと見ないととんでもない代物も多いのだから、素人では中々難しい。
 そんな時、私はガラスケースの中に写真の懐中時計を発見、オルゴールどころでなく、早速懐中時計を見せてもらうが、やっぱり珍しい物であると同時に程度が良く大珍品、「シメタ」これは掘り出し物だとSANY2453.JPG思う。

 この時計は1880年代に流行ったトリプルカレンダーつきの懐中時計、表と裏の両面にカラクリを施した珍品、日付、曜日、月が表示され、尚且つムーンフェイス付きの懐中時計。 
 その後は想像通り、オルゴールを買うから之を安くしろと交渉開始、とは言っても私がするのではなく友人が通訳、友人にも悟られないように「オルゴールもソコソコだから買いな」と云いつつ、「この時計も一緒に交渉せよ」と、結局安く商談成立して、私の思惑通りこの時計を持って帰ってきた。
 あとで友人「最初からこの時計を買うために、オルゴールを俺に買わせたのか」と私に聞く、私は「とんでもない、お前がオルゴールを買うのならついでに」と思っただけだと、しらを切り通し目出度く目指す時計をゲットして帰って来た思い出の品。
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2020年06月22日

振り子の形

   木製のふりこSANY2378.JPG
 時計に付きものの振り子、柱時計にせよ、置時計にせよ、機械式の古い形の時計は振り子式、様々な振り子が付いている。
 時計の個性により特殊な振り子を付けている古時計があり、製造者の主張を表しているものと思え、大量製造された時計と違い、製造者の意思がはっきりと表れている古時計には特殊な振り子が付く事が多い。
 振り子の種類も様々なら、素材の種類もまた様々、通例の振り子は殆どが金属製の振り子、特殊な時計ほど素材に凝っているのも存在している。
 それは時計本体が何で製造されているかによっても分かれ、金属製なのか、木製なのか、陶器製なのか、それとも別の素材なのかによっても分かれる。

 振り子一つとっても、様々な主張が伺えて、古時計愛SANY2389.JPG好家ならねそれを見るのも楽しいもので、作者の意思をどう受け止めるのか、それも古時計愛好家の力量に掛かっているとも言えるもの、作者の意図を感じ取るのもやはり力量と言って良いと、特に変形スタイルの古時計には多くの特殊振り子が付いているから、振り子一つでも見逃さない様にしたい。
 時計全体のイメージを崩さない様にするのも腕の見せ所と言って良いもので、余り奇抜な振り子を付けると、その時計が死んでしまう事にもなりかねない。
 幾ら奇抜な振り子を考えても、統一性のない振り子は、宙に浮いてしまい、折角のデザインが台無しになる事も、そこそこの奇抜さを如何に発揮されるのも、製作者の腕、それにコストも当然考えないと製造者としては失格と言えよう。
 それ位振り子の形一つとっても、全体のバランスを考えないといけないし、その時計が売れなければ意味のないものとなってしまうからだ。
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