2018年11月10日

紅葉狩り

      紅 葉 ま っ さ か り
SANY0781.JPG 只今紅葉真っ盛り、全国の紅葉の名所は観光客で何処も一杯、人を見に行くのか何を見に行くのか分からない位、でもこの秋色に染まった紅葉を見れば苦労も素っ飛ぶ。
 毎年の事であるが人々はこの景色を見るために我慢して、渋滞を抜け、人ごみを我慢して、それでも紅葉を身に行くことを忘れないで、古来より続けている。

           「ちはやぶる  神代もきかず  竜田川  から紅に 水くくるとは」

           「嵐吹く  三室の山の  紅葉葉は  龍田の川の  錦なりけり」

 この詩が詠われたのは万葉の昔、奈良大和路斑鳩の里、この奥にある名称竜田川、此処の紅葉を愛でた万葉人が詠った有名なもの2首である。SANY0782.JPG
 美しい紅葉は、やはり万葉人も魅了、深い山に分け入って苦労しても、紅葉を見に出かけているが、今よりももっと苦労しての見物であった事と思われる。
 それ故に竜田川の紅葉を感動的に写ったのであろうが、日本人は古来より春の桜と、秋の紅葉をこよなく愛してきた歴史があり、今も昔も変わる事がない。
 そんな苦労して紅葉を見に行かなくても、写真の絵を見て満足してみたらどうだろうか、これは竜田川の紅葉を図案化した秋限定の煙草の包装紙。である
 明治時代、三河の国豊橋で製造された煙草、その包装紙に描かれている竜田川の紅葉、からくれないに水くくる風景が見事に描かれているもの。
 この煙草を見て、遠く大和の国の竜田川の紅葉を思い浮かべてみるのも、一興ではないかと思うが、明治当時の人はどの様にこの煙草を見て感じのか知りたいものだ。
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2018年11月02日

菱形ステンドガラス

      日本家屋に合うステンド

SANY7999.JPG ステンドガラスは人により好き嫌いがはっきりと分かれるもの。
 図柄も勿論の事であるが、色合いもまた好き好きな重要要素、其の上自分の家屋に合うように思うと、中々良いものには出会わない。
 図柄が気に入っても、色合いがきつくて、如何しても考えてしまう時もあるようだが、やはりごちゃ、ごちゃしないシンプルのほうが良いと思う。
 奇抜なものは初めは良いと思われても、毎日見ていると段々とドギツクなって、終いにはアキが来る事になり失敗する事に。
 ステンドガラスの大きさも其の要素のひとつ、ガラス全体が色ガラスであると、やっぱり飽きてくるものだ。
 その点、ワンポイントの小さめなステンドガラスは、使い方によっては非常になごみが出てくるもので飽きが来ないものである。
 図柄も人によって好き好きだが、どちらかと言えば幾何学模様のシンプルな図柄の物が、アキが来なくて長く楽しめると思う。SANY8003.JPG

 部屋のドアーの上部に小窓のようにはめ込んだステンドガラスも、日の光に当たった時の輝きは、人の心を和ますようである。
 此処で1番効果のある色は、赤の色合いであり、余り多くてもイケないが少ないと寂しい、赤の光は活力の下ともなり、ステンドガラスには無くてはならない色でもある。
 右のの写真のステンドガラスは、たぶんアメリカ製の1920年頃の物であろうと思われるが、菱形でシンプルな所が良い。
 又色合いもおとなしくて、アキの来ないデザイン、日本家屋にもしっくりと馴染むように見える。
 あまり派手でないものの方が安全で飽きがこないと思う。
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2018年10月23日

和室にも合う

      西洋のランプシェード

 SANY8113.JPG日本の家屋に合うランプシェード探している方、最近は非常に多く、私への質問も多くなってきているが、大抵は和室に合う物は無いのかとの質問。
 時計展にてのトークショーでは、時計だけの質問だけでなく、西洋物全般に質問が及び、時にはまったく時計とは関係のない質問も数多く、此方が焦る事もある。
 何でも、かんでも、質問して相手を困らせようとする人もいるが、殆どが西洋ものなら同じと考えているようで、何時もの事ながら、やっぱり聞かれて焦る事も。
 時計の事なら何でも知っていると思っている人、古いものなら何でも質問してやれと思う人、難しい質問をして困らせようとしている人など様々。
 兎に角公演をやると、質問者は私が何でも知っていると錯覚しており、専門外の事も平気で質問する人が多く、質問されれば知らない事は知らないと答えるが、少しくらい分かることは答える事にしている。
 SANY8116.JPG方々の店を回るうちに自然に覚える事も多い事は確かで、専門的な事も屡教えて貰う事もあり、幅は広くなってゆく。

 それが間違いの元かもしれないが、性分だから仕方が無い、出来るだけ答えようと努力するしかないので、やっぱり後でシマッタと思う事もしばしばである。
 それはさて置き、和室に合うランプシェード、元々ランプが入ってきた明治には、日本の和室の合う物があったはずもないが、その当時はハイカラだと言ってこぞって買い込んだ。
 それが又日本の和室にもあってしまったから不思議、ハイカラの文明開化のもとに、続々と海外から西洋ランプが流入、その後直ぐに日本で製造が始まり、和室にも合うランプが出てくる事になる。
 その反面、西洋物も意外と和室に合う物もあり、色の派手な物は兎も角、落着いた色の物であれば、和室にも合う物があり、之は好みだから、何ともいえないがほとんどは合うはず。
 試しに気に入ったものを探して、自分の部屋に付けて見たら、今までと全く違った雰囲気になる事だけは保証します。
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2018年10月18日

彩色水滴

      色がカラフル

SANY2803.JPG 明治時代に瀬戸で作られた水滴、色々な形が作られたが、一般的な形はやっぱり四角形、大きさの大小はあるが四角形が1番多く製造されたようである。
 残っている物を見れば再販がその形、しかし同じ四角でも色々な色付けがされ、見た目には種類も豊富、山水画的なものから、動物を描いたもの、乗り物を描いた物もあり、多様に製造された。
 その中にも流行が存在しており、時々の流行によって水滴が製造されたようで、之も色々なものが存在しているから、集めている人にとっては、楽しいものとなる。
 例えば、文明開化の最先端を行く乗り物、汽車、電車等の物が流行りだすと、待っていたかのように水滴もそれらを取り入れ、汽車や電車をかたどった水滴が出回る事になる。

 四角い水滴の形をした物から、汽車の形をした物、流行は直ぐに反映され、人々に受け入れられて行った様であるが、其れを製造する側は実物を見なくて想像で製造したものもある。
 地方の製造会社は実物の汽車を見ずして、錦絵等で知識を得、其れを基にして汽車の水滴を作ってしまう、その為に細部にわたって汽車らしからぬ物まで登場する事になる。
SANY1993.JPGSANY1994.JPG そんな中、時計も流行の先端を行っていた1つ、汽車同様に本物を見ずして製造した水滴も多く、文字盤など間違っている箇所があるが、これも庶民には簡単に受け入れられた。
 少々の間違えなど気にしなくて、雰囲気さえ伝わればよしとする、おおらかさが庶民にはあったようで、間違っていようが気に止めなかったもの、今の時代であれば大騒ぎになる所だが。
 明治のよき時代の人々は、やっぱり小さな事にはくよくよしない、懐の深さがあったようで、現代人も少しはこの様な人々の真似が出来れば、トラブルももっと減るはずだが。
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2018年10月17日

ドアーノブ

      開け閉めには必要

 SANY1313.JPGどんな物にも必要とされる時があるもの、普段は何気なく気にも留めないが、もし其れが無かったらどうにもならない事も、その時にやっと気ずく物もある。
 人間にとっては水や空気みたいな物で、常に其処にあり、その実在に気にも留めないが、イザ水がなくなれば大変な騒ぎになり、大騒ぎになる。
 しかし普段は水の有り難味を実感していないのもまた事実、世の中にはこの様に自分の身近に常にあり、それ故にありがたみが実感できない事もある。
 まあー、大げさに書き出したが無くてはならない物は身近に幾らでも存在しており、今回のテーマ、ドアノブもその1つ、身近にあって有り難味がないものの1つでもあるもの。
 しかし、一旦ドアーノブが壊れれば、当然のこと開け閉めには直ぐに困り、ましてや今みたいに寒い時などでは、閉まらないドアーほど困るときは無い、その時気が付くものの1つである。

 トイレのドアー等もその際たる物、私も以前にトイレのドアーが故障しているトイレに入り、閉まらないドアーを片手で持って用をたした覚えがある。
SANY1309.JPGSANY1311.JPG そんな時にドアーノブがキチンと閉まる有り難味を痛感したもの、そんなドアーノブも何でも良いと思う人、其れとは逆にドアーノブに拘る人など様々だ。
 写真のドアーノブ、少し前の時代に盛んに使われていたもの、外国映画の1シーインに出てくるドアーに付いていたガラスの取っ手、一時代を風靡した物。
 日本でも洋館に明治、大正と使われていたが、現在は殆ど見かけなくなったもの、別に高価な物ではないがとっての部分をガラスに変わるだけで雰囲気が変わってしまう。
 ドアーノブひとつで部屋の雰囲気も変わるのも、又ドアーノブの存在理由で有るのか、普段見過ごしている物にもそれなりの主張がされている事に気が付くもの。
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2018年10月16日

ランプ5

      留 め 金
SANY2121.JPG
 アンティークなランプ、軟らかい光とその美しい姿で、今に無い雰囲気を持つたもの、ランプの愛好家は多く、今エコの時代であるが、それでもランプの愛好家は増えている。
 蛍光灯には無い、あの柔らかな光とほのぼのとした明るさ、之がランプの良さ、愛好家が引かれる元となるもの、今の時代は明るすぎるが、其れに慣れてしまったようだ。
 西洋の間接照明に対して、日本は直接照明に近い状態、明るさだけを追い求めて来たかのように明るいが、現在囁かれているエコ、少しは考えが変わったみたいだ。
 アンティークなランプはそんなに明るくない物が多く、以前は白熱灯を使用していたが、現在は其れらしき蛍光灯が発売されており、電気の消費量も白熱灯よりは少ないものとなる。
 時代とは良いもので、必要な物を生み出してくるもの、白熱灯らしい蛍光灯もその1つ、光の色が白色ではなくて太陽に近い色、そんな蛍光灯を生み出した。

 SANY2124.JPGランプシェードを利用するには、其れを支える金具が必要となるが、現在は中々手に入らないもので、ホームセンターでは販売していない。
 写真の金具は、西洋物と日本使用物との2つ、左の物が西洋物で右の物が日本の物、ドチラも新品ではなく中古品、現在でも探せば手に入る事もあるが、電気の事だから古いのは慎重に扱わないと。
 西洋のランプシェードは取り付け穴が小さくて、日本のものは穴が大きく、取り付けする使用が違う、右の使用も西洋物がつくものもあるが、穴の大きさが少し違う。
 何にしても、生活の中に潤いも必要で、やたらと明るいのもは疲れるが、優しい光に心が和むのは何故であろうか、やっぱり明るすぎるのも考えものだ。
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2018年10月12日

玩具時計の指針

    文字盤の大きさに

SANY2494.JPG
 人気の玩具時計、色々な物が存在しているが、主に昭和のものが人気、昔何処の家にも一つはあった玩具時計である。
 機械式の簡単なものであるが故に、数多くのものが造られ、そして忘れ去られてしまったものだが、そんな時計が人気だ。
 なつかしさと面白さ、そして機械式の優美さ、クオーツにはない曖昧の時間と機構、それが何とも言えない面白さ。
 だからこそ今また人気、勿論機械式でも複雑な時計も存在しているが、ここで上げている時計は簡単なものだ。
 それも木製の時計が主体、プラスチックの時計は余り人気が無く、ヤッパリぬくもり感のある木製の時計だ。
 昭和30年代や40年代に造られたもの、その時代に製造された玩具時計、主にキャラクターものの時計が主流である。
 この時代時計製造会社も多くあり、小さなメーカーのものが沢山出ているが、ミケンの時計が一番多いのか。
 戦後まもなく玩具時計を製造、海外に輸出して人気を博して軌道に乗り、国内向けにも数多くの玩具時計を輩出した。
 特に鳩時計はミケンが先駆けみたいになっているが、実際は数々の会社も製造していたが、やはりミケンが人気であったのか。
 鳩時計と言えばミケンと古時計愛好家からも支持を受けているが、他の会社の鳩時計も人気であり、今も支持されているのだ。
 やはりクオーツものや電池式のものは人気が無く、あくまでも機械式の時計が支持されているので、それを求めているのだ。
 それは鳩時計に限った事ではなく、むしろ他の種類の時計が求められているが、中々探すのに手間取っているのだ。SANY3757.JPG
 一時期、これらの機械時計はクオーツの時計に押されてしまい、市場から消えてしまった物であり、再度見直された時には数は激変していた。
 機械式の時計は廃棄処分されてしまい、家庭から姿を消してしまったので、現存している時計は当然少なくなっている。
 今回の玩具時計の指針が話題、ミケンに限らず玩具時計の指針、時代の流れが見えて面白い結果となって居るのだ。
 場締めの頃の指針はブリキ製の指針が付いており、その形も他社共に良く似たものが付いているが、時代が下がるにつれて色々な物が出て来る。
 私も玩具時計の指針については詳しくないから、この時計にはこの指針が付き、この時計にはこの指針であると言えないのだ。DSCN1331.JPG
 ただ何となく時代の流れの中、玩具時計を見て感覚的に分かるだけの事、詳しい人にかかれば太刀打ちできない。
 そんな玩具時計の指針を色々と聞かれて困っている事も確か、詳しくないからハッキリと之だと言えないのだ。
 写真は色々なメーカの玩具時計の指針、どれがどれだか分かる人は玩具時計通、良く見て判断してください。
 良く似たものが付いているが、文字盤にメーカーがあるものは分かり易いが、ないものは中々判断が難しいと思う。
 写真下の二つは良く似ているがメーカーが違うもので、同じものでは無い。
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2018年10月03日

江戸の日時計

      高 級 品 
SANY1998.JPG
 日時計と言えば簡単な物と思いがち、確かに日時計は簡単な仕組み、中央に棒が立っており、簡単なメモリが書いてあるだけの物と殆どの人は思いがち。
 事実、江戸時代の日時計は簡単な物が多く、特に道中日時計と呼ばれる物は紙で出来ているものが多く、持ち運びに便利なように作られている物。
 その為か、実にシンプルな物が作られたが、今みたいに何分、何秒などと言う刻みでの感覚ではなく、大体の時間さえ分かれば良く、分刻みの時刻等いらなかった。
 山中での道中、方角や大体の時刻が分かれば良かったが、困るのは関所が閉まる時刻、これだけは分からないと困る事になるから、日時計が必要であったようだ。
 関所の閉まる時刻を知らないと、其処で足止めされ、先に行けなくなるからであり、その為に時刻を知る事が最大の目的でもあった事。これも日の光がささなければ意味が無いが。

 日時計とはそう言う物、太陽が出ていなければ時刻を知ることは出来ないもの、簡単に時刻が分かるが自然まかせ。SANY2000.JPG
 しかし、日時計が質素な物ばかりとは限らないもの、江戸時代でも豪華な日時計も存在しており、写真の日時計外側は真鍮製、文字盤は銀製の豪華な作り。 普通の日時計と全く違った物、上蓋には彫金が施され、見事な龍の細工がされており、日時計と言うよりは芸術品と言った方がピッタリするかもしれない。
 高級武士や金持ちの間ではこの様な日時計を持って旅をしたらしく、一般庶民の日時計とは全く違った物で、実際に使うのが惜しいような雰囲気を持った日時計だ。
 使うのは簡単な事、高級と言っても使い方は同じ、上部中央の前の字を、真南に向けてかざせば、其処の場所の時刻が分かる仕組み、窪んだ処に針があるが、その張の影を見れば時刻が分かる。
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2018年09月05日

無理難題

      貯  金  箱
 
 招き猫、一般に招き猫の形はと問われれば、大抵の人はこの形の招き猫を思い浮かべるのではないだろうか、古くから招き猫の形は様々ある。 SANY0267.JPG
 招き猫は本来人を呼ぶと言われているから、商売繁盛を願った商売人の人々に好まれ、厄除けとも絡み縁起の良い物であるとの評価を得ていた。
 其れがいつの間にか、お金にまつわる招き猫にされ、その上右手を挙げれば金が入ってくるし、左手を挙げれば人が入ってくると、勝手にこじつけられ、本来の謂れとは関係のない物になってしまった。
 それだけでは収まらず、今度は両手まで挙げさせられ、金と人を両手に掴むように指示までされ、招き猫もさぞかし迷惑な話であり、口が利ければ「いい加減にしろ」と大声で怒鳴るはずだ。
 人間様の欲望で、姿かたちまで曲げられて、その上使命まで課せられては、たまったものではないが、人間様は言う事を聞いてくれない浅はかな動物。

 持ち物に関しても又、勝手に分けのわからないものを持たせられ、何も持っていない時よりは、次から次へと違った物を持つように要求してくる始末。
 はじめは小さな小判を持つように要求され、それが次第に大きくなり、千両小判に発展、そして万両小判に、更に更に発展し億に成ると言う恥ずかしさ。
 其れで終わりではなく、釣り座を持たされ、その上鯛を抱え込むように要求、そのほか色々な物を持たされて、「何故こんな物を持つのか」と聞きたい。
 極めつけは、私の頭に穴をあけ、其処から硬貨を次から次へと投げ込む、只得さえ重い物を持たされているから、之が重労働であり、休みもくれないで一年中無休である。
 重い硬貨は、私の体中に入り一杯になるまで入れ続けられたら、たまったものではないが、口が利けない私を何処までいじめるのか人間様は。
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2018年09月03日

珍品花生け

      斬 新 さ

SANY7615.JPG 明治期からの花生けを色々と紹介してきたが、今回の花生けはこの中でも1番斬新なデザインであり、数もそんなに多くないように思えるが、まだ発見されていないからであろか。
 明治から大正に入り、産地も美濃物となり其の形も様々な物になって、時代の流れを感じるがこれも輸出の為であろうが、考え出すのも大変な努力である。
 貿易物は当たれば一攫千金、外れれば倒産の憂き目にもあう、そんな危険を冒して輸出物に活路を見出そうとする意気込みが、この花生けから伝わってくる。
 美濃笠原の製造であるこの花生け、前回紹介した八角のカレンダー付きのものと同じ製造元、其の証拠は裏に付けられたパテントナンバー(実用新案37259)の番号である。

 この番号は大正時代に取られている特許ナンバー、八角のカレンダー付にも同じパテントナンバーがつけられていた事から、製造元も同じであると思われる。
SANY7617.JPG 写真で見ても今までの花生けとはまったく別の物、形もさることながら色彩も派手、文字盤枠の周りは紫色で彩色されており、中には月桂樹の葉っぱらしき物が描かれている。
 全体の色は赤茶の目がさめるような色、そして全体に金彩が施され豪華な仕上げになっているが、それよりも花生けの下部に温度計が付けられている。
 この時代、何故か時計にも温度計の付いた物が製造されているから、当時は温度計が付けられるのが流行であったのか、推測の域であるが、間違いないようである。
 花生けの大きさも、この花生けが1番大きな物であるようで、これより大きな物を私は目にしていないから、何とも言いがたいが多分そうであろう。
 今見ても其の姿は斬新な物であり、当時はどんな感覚でこの花生けを人々は感じたのであろうか、さぞかしこの派手さには驚いたであろうと想像する。
 
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2018年09月01日

電笠

      オパールセント
SANY1946.JPG
 我家の廊下に下がっているランプ、之を買うために散々歩いた覚えがあり、苦労の末に手に入れたものだが、話は其れで終わらないのが又良い。
 例の如く、友人のお供でイギリスの蚤の市に出掛けた時、友人の仕入ればかりでは面白くないと、自分の気に入った物を買い込むつもりで蚤の市を見て回った。
 高くてよい物は何処にでも売っているもの、お金さえ出せば直ぐに手に入る物も多いが、安くて自分が気に入る物は中々見つからないのは世の常である。

 まして、安くて良い品となるとそうは簡単に出会うものではなく、出会いとは難しいものであり、出会ったとしても手に入るとは限らないもの、何故ならばその時の気分も左右するから。
 其れはこう言うことだ、良いものを見つけ相手と交渉すれど、中々こちらの値段に合わない事と、店主の態度にも左右され、気分よく手に入るものではないのだ。
 交渉過程で、やっと自分の値段になったと思うと、店主の態度がデSANY1949.JPGカクて、売ってやるとの姿勢がアリアリと出た時などは、こちらもそんな態度に出るのであれば買うつもりは無くなってしまう。
 こんな事で色々あり、気に入ったランプを買い込んだのは良かったが、あちこち回るうちに、何処でぶつけたのかランプが割れているのに気付きガッカリ、同じ物を再び見つけるために、蚤の市を歩き回る事に。

 夕暮れ間際にやっと同じ様な物を見つけ、再度値段交渉をし、前の物よりも安く手に入ったが、此処までにどれだけ歩いた事か、このランプの苦い思い出である。
 フラワー型の形の良いランプ、こじんまりとして落ち着いた物、オパールセントと言うガラスで出来たランプ、乳白色にラメ入りの雰囲気のある時代物のランプである。
 オパールセントの入った物は、ややもすると派手で日本の家屋には合わない物もあり、シックな物を探すのも一苦労するもの、それだけに思いもひとしおである。
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2018年08月20日

綺麗なステンドガラス

      当たり外れは時の運。

 ステンドガラスは、単体で見ていても、それが自分の家に合うかどうかは分からないもので、単体だけでは気に入っても家に嵌めてみたら、全然合わなくて結局は諦めて外してしまったと言う人も居る。
SANY7584.JPG ステンドガラスだけ見ていると、綺麗で少しぐらい色がきつい方が良いと思え、色ガラスの多い物を買いたくなるのが人情、やっぱり綺麗な物を買ってしまいがちである。
 私の友人もその1人で、どうせステンドガラスを入れるのであれば、赤色の多い物をと選んで買ったが、家に嵌めてみると派手すぎて全く部屋に合わない、それどころか家の者には、「全然落ち着かない」と嫌われてしまった様だ。
 本人も、単体で見ていた時には御満悦であったが、家族から反発されてしまうと、ガッカリしてしまい部屋からステンドガスラを外して、業者に引き取ってもらい、結局は大損してしまった。
 ある程度の値段は覚悟して買い求めたから、その反動で安く買い叩かれ、ショックもより大きくなって、「綺麗なステンドガラスはもうコリゴリだ」と、其れ以来ステンドガラスの話もしなくなった。

 右の写真のステンドガラスは我が家の居間に嵌っているステンドガラス、友人はこのステンドを見て、もっSANY7577.JPGと色が有った方がステンドガラスらしいと、派手な奴を買い込んで失敗してしまった。
 勿論好き好きである事は言うまでもないが、一見ステンドガラスは綺麗なものが人気、単体で見ていると私も好きで、それが綺麗なステンドガラスであると、やはりそんな風に思う人が多い。
 彼もその一人であった事は確か、私にももっと色が多い方が良いと、自分が求めるものは色が多くて綺麗なものが良いと言っていた。
 そのステンドガラス我が家のもの、シンプルでイギリス製のもの、幾何学模様の色合いも落ち着きがあり、何時見てもアキが来ないのが良い。
 シンプルが1番、ステンドガラスと言っても、やっぱり毎日見るものであるから、落ち着いたものがベストである。

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2018年08月17日

置ランプ

      手元を明るく
ちゅうりっぷ.jpg
 なぜか最近見なくなったのが卓上ランプ、以前は各家庭に幾つもあった卓上ランプであるが、今は殆ど見かけなくなった原因は何であろうかと思う。
 1つは家庭の明かりが以前よりも明るく、部屋の隅々まで照らしていて、何処に居ても暗くない為ではないのか、それとも手元を明るくする必要が無いのか、ハッキリとした答えは無い。
 もう1つの原因ではないのかと思われるのが、本離れ、読書離れであるのでは、今の子供は本を読まないと言われていて、読書をしなくパソコンで見るとも言われているが、果たしてそうなのか。
 たしかに現在は読書離れがはなばなしいと聞く、小説にしろ、雑誌にしろ、絵本なども見ない子供が多くなり、本が売れないようで活字離れが加速しているようだ。
 この様な事が卓上ランプを遠ざけている原因なのか、確かに読書離れが卓上ランプの少なくなった理由1つである事は間違いないと思われる。

 手元を明るくし読書や裁縫をしていた少し前、部屋全体がそんなに明るくはなく、手元を照らす卓上ランプが必要であったが、もっと昔は「蛍の光や雪明り」で本を読んだようである。
 あの歌に、「蛍の光、窓の雪、踏み詠む月日」と歌われている「蛍の光や雪明り」、子供の頃この意味がサッパリ分からず歌っていたが、意味が分かる様になってからは、逆に疑問が生じた。
 蛍の光で本が読めるわけが無く、雪明りもしかり本当に昔の人は其れで勉強したのか、絶対に現実はありえないと思っていた事を今でも思い出す。
 そんな時代ではないにしても、現在の照明が明る過ぎるのであり、其れに慣れてしまった現代人は目が退化していったように思われてならない。
 もう少し、今の照明について見つめ直す良い機会ではないのか、指摘され改めて思う今日この頃であるが、それも時代の流れなのか皆さんは如何思われるであろうか。




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2018年07月31日

極小ノベルティー

      大物から小物まで

 SANY1435.JPG尾張瀬戸のノベルティーは大正期から発展を遂げ、世界で君臨していたドイツの焼き物を追随、ドイツの技術の高さを知らされてから、瀬戸ではノベルティーに対する製造意欲が強く湧く事に。
 当時のドイツ製品は非常に精密で瀬戸で製造されているものよりも遥かに精巧であった物、それに対抗するには先ず肩をま先ず型を作らなければならない。
 この型作りには非常に難しく、物が精巧になればなるほど型は複雑になり、その型をどの様にして製造するか四苦八苦、試行錯誤の末精巧な型を作る事に成功する。
 ドイツに引けをとらない型が出来た事により、ノベルティー作りに拍車がかかり、瀬戸ではマイセンを追随し始め、次々に精巧な物を製造し始めることなにる。
 写真のコヒーセットは其の時代に瀬戸で製造されて物のようであり、小さい物に属しており、1番小さなコヒーカップは5ミリほどしかなく、写真では1円を比較として置いたが、其の大きさが分かって貰えるだろうか。

 特大の物を製造するのも大変なことであるが、この様に極小の物を製造するのもまた大変な事、型作りも大変であるが、其れよりも小さいことのほうが大変で、製造には四苦八苦であった。
SANY1438.JPG
 小さいからと言って手を抜いて製造できないことは当たり前、むしろ小さいから造りずらく、手間は掛かるが値段は高く取れないもの、此処まで小さいと、製造者の意地で造り事意外に出来ない。
 小さいコヒーカップには葡萄唐草の模様が描かれているが、これは印刷されたもの、一つ一つ手間を掛けて製造された証である。
  こうした瀬戸のノベリティー技術が海外で高く評価され、ドイツを凌ぐノベリティーの一大製造地となり、戦後の日本復興の一役を担ったことは確かであった。
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2018年07月01日

何処の製品か

      陶器のランプシェード
SANY8966.JPG

 知り合いが見て欲しいものがあるけど何時行ったら良いのかと電話、珍しい事もあるもので、この人が電話で問い合わせて来るとはと思いつつ、後日約束して電話を切る。
 この人、今までに連絡して来るのは稀、大抵は忙しいときに限ってくる人、偶々であるが彼が訪れるときに限って忙しい、そんな巡り合わせの人物。
 古くからの知人で何かにつけて我家にやって来るが、話が面白いのと気さくで何時来ても楽しい人物だからよい、何時でも楽しく会話が出来る人だ。
 只呑んべいには変わりなく、酒好きのお人よし、酒を呑む時は余り他のものは食べず、只酒を飲む男でもあり、私は酒よりもつまみが大事なのだ。
 色々な酒の肴がないと面白くないので、何時も色々と並べて彼と呑むが、彼何時も「そんなに食べたら酒が不味くなる」と、私にそんな言葉を言い続けるのだ。
 SANY8977.JPG
 精密機械関係の仕事をしていて、いっぱしの経営人でもあるが、気さくでそんな素振りを見せない男、そんな彼がランプシェードを持って現れたから驚きだ。
 彼はそんな古物には興味のない人物、機械の事には強いが古物には全く弱いので、私の下に持参したらしいが、それにしても何処で手に入れたのか。

 私が「何でお前が、こんな物を持っているのか」と聞けば、得意先で見つけてちょっと褒めたらしいが、先方は彼が欲しがっていると勘違いしてプレゼンとしてくれたらしい。
 彼は褒めちぎった手前、断わることもできず貰ってきたのだと云う、しかし「何処にあったのか」と聞けば、得意先の居間にかかっていたらしい。
 貰ってきたが高価なものなら御礼をしなければならず見て欲しいと言う、彼が持って来たものは則武のランプシェード、白地にもみじが散りばめてあるものだ。
 彼も何処のものか分かり、その上心配していた高価なものでないと分かり、安心して帰っていったが、古物もわからず、ましてや知らないものを褒めちぎるとは彼らしい。










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2018年06月28日

水団扇の図柄

    図柄が命


SANY6072.JPG
 水団扇は美濃で製造されたものであることは周知の事実、昭和時代当時は数多く製造され商店のお中元として配られたもの。
 丈夫で美しい団扇は人気の的、それ故に団扇を出す方も出しがいがあったようで、ほかの団扇より高かったが宣伝効果は絶大であった。
 この団扇の強さは美濃紙、美濃紙の中でも高級品の雁皮紙、繊維が細かく丈夫な紙であり、札にも使われているもの。
 その和紙を使用しているから当然丈夫だが、その上から天然のニスを塗り、より丈夫な紙絵と変身させたのだ。


SANY7817.JPG
 少々の水には濡れても破れる事はなく、水団扇と呼ばれる由縁でもあるが、ほかの意味もあると言われる。
 ニスを塗ることにより紙は透明度を増し、向こうが見えるようなことから、水のような団扇と称せられたとも。
 確かに透き通った紙となっていることは確か、ほかの団扇とは全く別の団扇、それが水に丈夫とあれば人気になるのは必定。
 この地方で中元用に出されているから、数も多いはずであるが、現存数は少なく、それがまた人気の的となっている。



 SANY6033.JPG昔の水団扇は実に趣があるもので、図柄が命とも言える団扇、職人たちの手による絵が非常に良いものとなっている。
 団扇は美しくなければならないもの、事実残っている水団扇は美しい図柄、芸術品と言えるような団扇である。
 団扇であるから涼しくなければならないが、見た目も非常に大事、一見して清涼感がなければならない。
 写真の古い水団扇、美しいのは確かだが、他の団扇とはやはり別格、手が込んでいることの証、清々しさが伝わってくる団扇だ。
 職人が腕によりをかけて造り上げた団扇であることが見えるもの、筆の走りは見事と言うほかはない。
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2018年06月01日

貯金箱

      歴史を伝える

SANY6659.JPG 時代の出来事を伝えるものには色々な種類が存在し、それらの一つ一つが歴史の証人であり、その物が歴史を伝える役目を果たし、後世に留める役目をする。
 種類は様々であるが、通り過ぎてきた歴史を見つめてきた生き証人、彼らは当時を事を生き生きと我々に語りかけ、出来た出来事を雄弁に語る。
 其れから知りうる出来事を我々後世の者は忠実に理解しなければイケないが、其れが果たして出来ているのであろうか、我々個人がどの様に受け止めるかは不明である。
 写真の貯金箱もその色々とある種類の中の一部、ブリキで出来た何処にでも存在しうる物、さして珍しい物ではないが彼らは雄弁に歴史を語っている。

 一般庶民の貯金箱、この小さな貯金箱、されど彼らは激動の時代を見つめてきたもの、幾多SANY6654.JPGの困難の中生き延びて現在に自分の存在を誇示すると共に、当時を語りかけている。
 写真のブリキ製の貯金箱、ドーム型の小さな物であるが、生々しく当時の様子を我々に語っており、前面にお国の国策を国民に義務づけたことの証が刻まれている。
 前面に「国民一致、挙げて貯金」と冨国強兵を示唆した内容の大正時代の物、兎に角軍国主義、如何にも軍事的な表現の戦争の貯金箱。
 この貯金箱は日本の歩んできた歴史を後世に伝える為、その姿を我々に見せ付けているのではないだろうか、貯金箱の小さな物であるが、彼らの強い表現が我々に告げているものは。
 こんな時代にならないように教訓として残っているのではないだろうか。
 
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2018年05月12日

エジソン

      同 じ 格 好

SANY6625.JPG 何度も取り上げているがエジソン、言わずと知れた大発明家、トーマス、エジソン数々の発明をなし個人から大実業家となった伝説の人物、レコードの発明から電球、電話、様々な発明をし大成功を収めた。
 彼の興した会社は現在でも健在、一個人から世界の大企業に発展させ、自らも宣伝マンを努めた異例の人物であり、社長でもあると共に発明家でもある。
 普通発明家とか、学者とかは会社の前面にはあまり出ないもの、華々しい販売の表舞台に出て、しかも自分で宣伝しないのが発明家であったと思うが、このエジソン其処が又違う人。
 自分の発明したレコードを自分自身で宣伝に努めた人、自社で販売しているレーコードの商標とも言える部分に自分の顔を出している事、この事からもエジソンが、他の発明家と少し違う人であったよう。

 自社の商品の宣伝に自分が出る事自SANY4708.JPG体異例、同時期のグラハム、ベルもまたレコードを出しているが、彼は自分の顔すら表に出していなくて、発明家らしく表舞台に登場していない。
 写真のエジソン、どれが1番若くて、どれが1番歳を取っているのか見比べてみては、このレコード古いものでは1885年のものがあり、その物にもエジソン自身の姿を出している。
 3つのレコードにある顔、右から左に七三に頭を分けている姿で写真に写っており、1885年、1906年、1914年と30年以上の歳月が流れているが、殆ど同じ姿で写真に写っている。
 これも又、当時としてはどの様なとらまえ方であったのか、今では知る由もないが、エジソンと言う人余程の出たがり家であったのか、兎に角目に付く人のようだ。
 あたかも、自分の顔が商標のような扱い方である事には変わりなく、他の人とは比較にならないほどの自信家であったのか、其処まで自分を売り込む人物であったようだ。
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2018年05月10日

      個 性 が 命

SANY1789.JPG 伝統の「こけし」、土産物屋の店頭で売りに出された「こけし」、その発祥は東北そしてそんなに歴史は古くなく、幕末頃であるらしくハッキリした年代は分からない。
 当初は顔や色はなく、人間の形をして素朴な物であったが、次第に色や模様替えが枯れるようになり、東北一円に広がり温泉場のみやげ物となった。
 売り出し当時はそんなに売れるとは思われず、木地師のお遊び程度であったらしく、現存する古い当時のこけしは、素朴其の物であり、今の「こけし」とは様相が違う。
 しかし、次第に温泉場の土産として定着すると共に、売れ行きも好調となり木地師が競い合うようになるに連れ、「こけし」は次第に土地、土地の個性が出始める。
 こけしを見れば、どの温泉場で売られていたものか分かるような個性が表現され、木地師たちの系図も徐々に出来上がり、何々系と言れるようになる。
SANY6711.JPGSANY0775.JPG
 例えば、遠刈田系、鳴子系等と呼ばれ、特徴のあるこけしが売り出され、益々こけし人気に拍車がかかる事になるが、こけしだけでは生活して行けず、あくまでも副業であった。
 この様な「こけし」、産地と作者により独特な顔が確立するが、その表現は実に豊で素朴なものが多く、奇抜な顔の物もあるが人気は今一のようで、やっぱりこけしは可愛らしくなければイケない。
 そして、顔の中でも目が1番難しいそうで、之でこけしの命が決まるらしく、木地師たちの腕の見せ所といった感じ、作者独特の目が描かれている。
 やはり目は口ほどにものを言うと言われたとうり、目に「こけしの命」があると表現されているのも頷け、個性溢れる目が作者の意図を表している。

 
 
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2018年05月09日

偽アトム

   全く似てません

SANY6638.JPG ブログ再登場の「鉄腕アトム」、わたしの若い頃に雑誌「少年」に連載されており、夢中になって本を読んだものだが、この「アトム」実に息の長い漫画であり、昭和27年4月から昭和43年まで連載されていた。
 この時代、私達同世代の子供は皆「アトム」の虜になって、小さなロボットであるにも拘らず、当時「10万馬力」と言う途方も無い馬力を誇り、次々と悪いロボットをやっけるアトムに酔いしれたもの。
 当時アトムの馬力が10万馬力と聞いても、どれだけの力か分からなかったが、あんな小さなロボットが如何して、そんな馬力を出すのか不思議でならなかった。
 漫画とはいえ10万馬力のアトムが空を飛んで、人間とおんなじ動きをするロボット「アトム」、其れを造った「天馬博士」はとんでもない偉い博士であると思っていたのを覚えている。

 間違っていなければ私の記憶では「アトム」の身長は135センチ、体重30キロ、年齢10SANY6648.JPG歳、そして馬力は10万馬力、その他目がライトになったり、空を飛んだりと凄い能力を持っている事など記憶に残っている。
 当時から絶大な人気を誇り、漫画のヒーローでありながら、あたかも実在しているかのように思っていたのも、今思えば夢があって当時は楽しかったものだ。
 そんなアトム人気にあやかって、色々に「アトムグッツ」が売りに出されたが、その1つが写真の土人形、「瀬戸で製造された陶器の鉄腕アトムの貯金箱」、本物のアトムと比べればあまりにも似ていない。
 今で言う海賊版のアトムの土人形、当時は絶大な人気であった為多く製造されたようで、何年か分からないが、これもその当時の物だと思う。
 土人形の貯金箱、アトムであると言わなければたぶん分からず、大して似ては居ないようであるが、当時としては之でも売れたものであるよう、当時の子供はおおらかで有ったと言えよう。
 今であれば、パテント問題で製造会社は訴えられるであろうが、当時はマダおおらかであったのか、訴えられてはなく良き時代でもあった。
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