2019年02月24日

普及品

      携  帯  用

SANY1981.JPG 江戸から明治に入り、日時計も様変わりをする事となるが、この時期はまだ腕時計は発明されていなくて、懐中時計が主流の時代、しかし一般の人には懐中時計すら買えない時代。
 そのために日時計は大いに珍重されていたが、普通の日時計では役に立たない場所もあり、また使用する人達によっては、その丈夫さが要求されるようになる。
 江戸時代も、道中日時計と称せられるものはあったが、之も高価なもので一般人には高嶺の花、そんな事で一般の人でも手に入る安価な日時計が考案される。
 その一方で丈夫な日時計も、又要求され開発が進む、明治6年の改暦により、日時計も様変わりを要求され、その姿を一編させる事となり、今までの時刻ではなく、時間と読み方も変わる事に伴い大きく変更される。

 十二支表示から、12時間表示に変更、1時、2時と言うような現代の時間表示になり、細刻みも増やしてより鮮明に表示できるように工夫され、携帯しやすい物になる。
SANY1982.JPG 写真の日時計、明治に入ってから製造されたもの、軍隊用とも言われ、懐中時計のような形をしており、薄くて軽く丈夫な日時計に進化している。
 真ん中に磁石が入っており、磁石に従って真南向ければ、時間が分かるような仕組みになっていて、真ん中に細い棒状の線が、蓋を開けると飛び出して時間を計る指針となる。
 蓋の部分には、日時計を見る説明書が印刷されていて、簡単で面白い説明が書かれているが、「日の当たるところに出て、子の位置を真北に向け時間を見る」と説明してある。
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2019年01月26日

時計の鉛筆削り

      知らず知らずに
 SANY0323.JPG
 前にも取り上げたが古時計愛好家にとって時計に関するものであれば興味が湧くもの、それが何であれ見たいと思う、そんな事を思っている人も多いと聞く。
 事実古時計を集めるのではなく、はじめからこのような古時計の小物を集めている人も、その人たちはジャンルにも拘っているのだ。
 ジャンルとは写真であったり、金属であったり、陶器であったり、はたまた木製品であったりとジャンルが違い、それはそれで拘りだ。
 私もご多聞に漏れず、色々なジャンルの小物を集めているのだが、その統一性は全くといってなく、目に付いたものを集めただけ。
 拘りをもって集めている人から見れば統一性の無いもの、大きい物から小さい物まで、そして素材には拘らず、時計の形をしていれば良い。
 SANY0328.JPGだから手あたり次第に集めているが、高価なものは手にしない事、そして深入りはしない事、これを守って集めていると思っているが。

 見るもの、見るものを集めていたら限度がなく、人間欲望には勝てないから、ソコソコで切りをつけなければいけない。
 そんな時計の小物、買う時にも決まりをもうけている事が、それは古時計を手に入れたときは時計の小物は買わないこと。
 両方とも買い込まないことが決まり、これは最低限度の守りたい事、そなん決まりの中で集めてはあるが、やっぱり小物は自然と集まってくる。
 友人に言わせればそれは病気で、それも重病人だと言うが、確かに大袈裟ではあるが、間違ってはいない様だと思う。
 写真の真ん中のものは時計小物の中1番のお気に入りの物、高さも3センチ位の小さな物だが、鉛筆削りとしては使いやすく非常に便利なもの。
 古時計を集めている人はこんな小物も大好き、根っからの時計好きである証拠でもある。
 いずれにしも古時計愛好家としては、時計の形をした物を知らないうちに買い求める傾向が強く、殆どの人が小物を好きだと思う。
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2019年01月09日

ステンドグラス

    光線のかげん
 SANY8619.JPG明治時代西洋建築がさかんに造られ日本各地に其の姿を留めているが、多くの建物にはステンドグラスが使われている。
 文明開化の名のもと、西洋建築は大流行、わけの分からない建物も現存しているが、日本人の手によるものがほとんど。
 今までの建て方とは違い、全く新しい建て方として当時の大工を悩ませたことだろうが、そこは日本の大工へこたれなかった。
 和様折衷とも言うべき建物が造られたが、当時の大工の心意気とも取れる建物が現存しており、色々な工夫が施されているのだ。
 そんな建物が横浜や神戸、長崎と港町に多く残こり、今でも当時の面影を色濃く残しており、観光客の人気である。
 私もそんな西洋館を見るのが大好きでよく出かけたものだが、一番の見どころはステンドグラス、何処に設置してあるのか楽しみであった。
 教会などのステンドグラスと違い、西洋館のステンドグラスは趣が全く違うもの、やっぱり和様折衷の物が一番。
 特に日本人の手によるステンドグラスが良く、あの何とも言えない雰囲気の図柄、淡い色彩のガラスの組み合わせが良い。

 日本家屋に合うようなデザイン、特にSANY8602.JPG風景画が良い、どこかのホテルのロビーで見た明治の作家もの、それを見た時、ぜひとも手に入れたいと思ったものだ。
 建物の雰囲気を壊さず、それでいて存在感のあるデザインと色彩、その場の雰囲気は最高のものに仕上げていることだ。
 彼らは西洋にはない色彩と感覚、日本人ならではの感性で仕上げられたステンドグラス、やっぱり日本家屋によく合う。
 西洋のステンドグラスが日本製になり、日本の家屋に鎮座するもの、それはやっぱりデザイン、そして色彩の妙。
 そんなステンドグラスを欲しいとあちこち探したが、なかなか手に入れられず苦戦、やっと手に入れたのは大分経ってからのこと。
 自分好みの図柄を探すことに難しく、たまによいと思うものを見つけてもサイズが大きかったり、小さかったりと目的と会わなかった。
 古い日本製のステンドグラスは数が少なく、ましてサイズが決められていると探すのはより厳しいものとなった。
 結果は欲しいと思ってから10数年も経ち、ちょうどよいサイズの物を手に入れ、玄関の天窓に入れることにした。
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2019年01月08日

大型の羽子板

      大 き い で す
SANY0832.JPG
 毎年浅草、浅草寺で開かれる羽子板市、12月17日から19日の3日間、子供の誕生と健康を願って親たちが羽子板市を訪れるが、今も昔も変わらない。
 流行は何時の時代でも同じであり、毎年変わるようで猫の目みたいに目まぐるしい、そしてもう一つが羽子板の大きさ、親心は誰しも同じで我が子には元気に育って欲しい。
 当然羽子板も縁起物であることから、大きい方が縁起が良いものと大きい物を買い求め、縁起を担ぐのも親馬鹿であるが笑うことも出来ない。
 写真の羽子板、見た目には大きく見えないが縦85センチ、横42センチと馬鹿でかい、そして羽子板らしからぬもので、兎に角重く大きいのである。
 桐の一枚板を使用しているから、本体は重くないはずだが、大きくなると桐の板でも重いものに、そして飾りがこれまた大きいから、尚更重くなったしまう。

 SANY0825.JPG派手なピンクの桜をバックに、顔だけで約20センチもある大きさ物が付き、頭のかんざしも横25センチとこれまた大きい、胴体部分もどっしりとした衣装を纏っている。
 羽子板の裏は、松竹梅と日の出、お目出度い図柄で昔から変わらないもの、大胆な梅の枝を描きボリュム感を演出、いかにも縁起物の厄除け羽子板。
 之だけの大きな羽子板は、子供の成長を願う親心の大きさが伝わってきて、作った職人も力が入ったいたに違いなく、立派な羽子板に出来上がっているもの、昭和30年代の羽子板であるようで、顔も現代的なものになったいるようだ。
 今瀬戸市の古民家久米邸で飾られている大型の羽子板だ。
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2018年12月22日

相談がある

    厄介な事にならねば良い

DSCN0715.JPG
 友人から電話で「相談があるがつごうはどうだ」と言う、どんな相談だと聞けば「そちらに行ってから話す」と言うだけ。
 何やら深刻そうな雰囲気、又厄介な事を持ち込んで来るのではないのかと、心配になったが居るから来いと告げたのだ。
 この友人気が小さくて、何事にも大げさにいう性格の人物、何時もの事であるから心配はしないが、それでも深刻そうであった。
 私も深刻な話は得意ではなく、避けられるものなら避けたいと思っているのだが、友人の頼みであれば仕方がない。
 あくる日友人が我が家にやって来たが、同行人が一人いるので、「如何したのか」と問いかければ、相談があるのはこの人だと言うのだ。
 こちらがキョトンとしていると、「この人の相談に乗ってやって」と友人、仕方なく2人を部屋に向かい入れて話を聞く事に。

 その人は自宅に有った蓄音機をどうしても直したいと言う、話を聞けば「親DSCN0717.JPG父の形見で、むかし良く親父が蓄音機をかけて楽しんでいた」しかし、その蓄音機が壊れてしまったので直したいとの事だ。
 何故友人がこの人を連れて我が家に来たのかと、すると彼は「お前の家にある蓄音機と同じものだと言うので」と説明するのだ。
 その話をこの人に教えたらしくて、それを聞いたこの人は「是非とも蓄音機を直すように頼んで欲しい」と彼に懇願したらしい。
 すると彼は一つ返事て承諾、早速私のもとに連絡してきたとの事、その際の電話では深刻な話し方をしたので、てっきり彼の相談と思っていた。
 そんな訳でこの人の相談に乗り話を聞く、ラッパの付いた我が家の蓄音機と同じようなものだと言い、ゼンマイが切れているとの事だ。
 そしてもう一つは、もし直ったとしてレコードを掛けたくても針がなく、その針も探して欲しいとの嘆願であったのだ。

 ゼンマイは私では直せないから、専門の人に直してもらい、レコードをかける為の針は私が多く持っているから譲ってあげると答える。
DSCN0724.JPG
 実際には蓄音機を見て見ないと分からないが、国産の蓄音機であればゼンマイはあるから、直ぐに直ると本人に伝える。
 友人は自慢して「簡単に直してもらえるから大丈夫、だから言ったでしょう」と得意げに話す、この男は気が小さいくせに、自慢だけは大きく言う。
 それにしても、厄介な話でなくて良かったと、内心では安堵していたのだが、それにしても簡単に安請け合いしてくるとは、この男も図々しい。
 自分では何にもできないくせに、あたかも自分で直せるかのような話し方、そして私に押し付けておき、手柄は独り占めするとは。
 全く私の周りの人物は、こんな人ばかりであるようで、私に色々と難問題を持ち込んで来るから頭が痛いのだが。











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2018年11月10日

紅葉狩り

      紅 葉 ま っ さ か り
SANY0781.JPG 只今紅葉真っ盛り、全国の紅葉の名所は観光客で何処も一杯、人を見に行くのか何を見に行くのか分からない位、でもこの秋色に染まった紅葉を見れば苦労も素っ飛ぶ。
 毎年の事であるが人々はこの景色を見るために我慢して、渋滞を抜け、人ごみを我慢して、それでも紅葉を身に行くことを忘れないで、古来より続けている。

           「ちはやぶる  神代もきかず  竜田川  から紅に 水くくるとは」

           「嵐吹く  三室の山の  紅葉葉は  龍田の川の  錦なりけり」

 この詩が詠われたのは万葉の昔、奈良大和路斑鳩の里、この奥にある名称竜田川、此処の紅葉を愛でた万葉人が詠った有名なもの2首である。SANY0782.JPG
 美しい紅葉は、やはり万葉人も魅了、深い山に分け入って苦労しても、紅葉を見に出かけているが、今よりももっと苦労しての見物であった事と思われる。
 それ故に竜田川の紅葉を感動的に写ったのであろうが、日本人は古来より春の桜と、秋の紅葉をこよなく愛してきた歴史があり、今も昔も変わる事がない。
 そんな苦労して紅葉を見に行かなくても、写真の絵を見て満足してみたらどうだろうか、これは竜田川の紅葉を図案化した秋限定の煙草の包装紙。である
 明治時代、三河の国豊橋で製造された煙草、その包装紙に描かれている竜田川の紅葉、からくれないに水くくる風景が見事に描かれているもの。
 この煙草を見て、遠く大和の国の竜田川の紅葉を思い浮かべてみるのも、一興ではないかと思うが、明治当時の人はどの様にこの煙草を見て感じのか知りたいものだ。
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2018年11月02日

菱形ステンドガラス

      日本家屋に合うステンド

SANY7999.JPG ステンドガラスは人により好き嫌いがはっきりと分かれるもの。
 図柄も勿論の事であるが、色合いもまた好き好きな重要要素、其の上自分の家屋に合うように思うと、中々良いものには出会わない。
 図柄が気に入っても、色合いがきつくて、如何しても考えてしまう時もあるようだが、やはりごちゃ、ごちゃしないシンプルのほうが良いと思う。
 奇抜なものは初めは良いと思われても、毎日見ていると段々とドギツクなって、終いにはアキが来る事になり失敗する事に。
 ステンドガラスの大きさも其の要素のひとつ、ガラス全体が色ガラスであると、やっぱり飽きてくるものだ。
 その点、ワンポイントの小さめなステンドガラスは、使い方によっては非常になごみが出てくるもので飽きが来ないものである。
 図柄も人によって好き好きだが、どちらかと言えば幾何学模様のシンプルな図柄の物が、アキが来なくて長く楽しめると思う。SANY8003.JPG

 部屋のドアーの上部に小窓のようにはめ込んだステンドガラスも、日の光に当たった時の輝きは、人の心を和ますようである。
 此処で1番効果のある色は、赤の色合いであり、余り多くてもイケないが少ないと寂しい、赤の光は活力の下ともなり、ステンドガラスには無くてはならない色でもある。
 右のの写真のステンドガラスは、たぶんアメリカ製の1920年頃の物であろうと思われるが、菱形でシンプルな所が良い。
 又色合いもおとなしくて、アキの来ないデザイン、日本家屋にもしっくりと馴染むように見える。
 あまり派手でないものの方が安全で飽きがこないと思う。
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2018年10月23日

和室にも合う

      西洋のランプシェード

 SANY8113.JPG日本の家屋に合うランプシェード探している方、最近は非常に多く、私への質問も多くなってきているが、大抵は和室に合う物は無いのかとの質問。
 時計展にてのトークショーでは、時計だけの質問だけでなく、西洋物全般に質問が及び、時にはまったく時計とは関係のない質問も数多く、此方が焦る事もある。
 何でも、かんでも、質問して相手を困らせようとする人もいるが、殆どが西洋ものなら同じと考えているようで、何時もの事ながら、やっぱり聞かれて焦る事も。
 時計の事なら何でも知っていると思っている人、古いものなら何でも質問してやれと思う人、難しい質問をして困らせようとしている人など様々。
 兎に角公演をやると、質問者は私が何でも知っていると錯覚しており、専門外の事も平気で質問する人が多く、質問されれば知らない事は知らないと答えるが、少しくらい分かることは答える事にしている。
 SANY8116.JPG方々の店を回るうちに自然に覚える事も多い事は確かで、専門的な事も屡教えて貰う事もあり、幅は広くなってゆく。

 それが間違いの元かもしれないが、性分だから仕方が無い、出来るだけ答えようと努力するしかないので、やっぱり後でシマッタと思う事もしばしばである。
 それはさて置き、和室に合うランプシェード、元々ランプが入ってきた明治には、日本の和室の合う物があったはずもないが、その当時はハイカラだと言ってこぞって買い込んだ。
 それが又日本の和室にもあってしまったから不思議、ハイカラの文明開化のもとに、続々と海外から西洋ランプが流入、その後直ぐに日本で製造が始まり、和室にも合うランプが出てくる事になる。
 その反面、西洋物も意外と和室に合う物もあり、色の派手な物は兎も角、落着いた色の物であれば、和室にも合う物があり、之は好みだから、何ともいえないがほとんどは合うはず。
 試しに気に入ったものを探して、自分の部屋に付けて見たら、今までと全く違った雰囲気になる事だけは保証します。
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2018年10月18日

彩色水滴

      色がカラフル

SANY2803.JPG 明治時代に瀬戸で作られた水滴、色々な形が作られたが、一般的な形はやっぱり四角形、大きさの大小はあるが四角形が1番多く製造されたようである。
 残っている物を見れば再販がその形、しかし同じ四角でも色々な色付けがされ、見た目には種類も豊富、山水画的なものから、動物を描いたもの、乗り物を描いた物もあり、多様に製造された。
 その中にも流行が存在しており、時々の流行によって水滴が製造されたようで、之も色々なものが存在しているから、集めている人にとっては、楽しいものとなる。
 例えば、文明開化の最先端を行く乗り物、汽車、電車等の物が流行りだすと、待っていたかのように水滴もそれらを取り入れ、汽車や電車をかたどった水滴が出回る事になる。

 四角い水滴の形をした物から、汽車の形をした物、流行は直ぐに反映され、人々に受け入れられて行った様であるが、其れを製造する側は実物を見なくて想像で製造したものもある。
 地方の製造会社は実物の汽車を見ずして、錦絵等で知識を得、其れを基にして汽車の水滴を作ってしまう、その為に細部にわたって汽車らしからぬ物まで登場する事になる。
SANY1993.JPGSANY1994.JPG そんな中、時計も流行の先端を行っていた1つ、汽車同様に本物を見ずして製造した水滴も多く、文字盤など間違っている箇所があるが、これも庶民には簡単に受け入れられた。
 少々の間違えなど気にしなくて、雰囲気さえ伝わればよしとする、おおらかさが庶民にはあったようで、間違っていようが気に止めなかったもの、今の時代であれば大騒ぎになる所だが。
 明治のよき時代の人々は、やっぱり小さな事にはくよくよしない、懐の深さがあったようで、現代人も少しはこの様な人々の真似が出来れば、トラブルももっと減るはずだが。
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2018年10月17日

ドアーノブ

      開け閉めには必要

 SANY1313.JPGどんな物にも必要とされる時があるもの、普段は何気なく気にも留めないが、もし其れが無かったらどうにもならない事も、その時にやっと気ずく物もある。
 人間にとっては水や空気みたいな物で、常に其処にあり、その実在に気にも留めないが、イザ水がなくなれば大変な騒ぎになり、大騒ぎになる。
 しかし普段は水の有り難味を実感していないのもまた事実、世の中にはこの様に自分の身近に常にあり、それ故にありがたみが実感できない事もある。
 まあー、大げさに書き出したが無くてはならない物は身近に幾らでも存在しており、今回のテーマ、ドアノブもその1つ、身近にあって有り難味がないものの1つでもあるもの。
 しかし、一旦ドアーノブが壊れれば、当然のこと開け閉めには直ぐに困り、ましてや今みたいに寒い時などでは、閉まらないドアーほど困るときは無い、その時気が付くものの1つである。

 トイレのドアー等もその際たる物、私も以前にトイレのドアーが故障しているトイレに入り、閉まらないドアーを片手で持って用をたした覚えがある。
SANY1309.JPGSANY1311.JPG そんな時にドアーノブがキチンと閉まる有り難味を痛感したもの、そんなドアーノブも何でも良いと思う人、其れとは逆にドアーノブに拘る人など様々だ。
 写真のドアーノブ、少し前の時代に盛んに使われていたもの、外国映画の1シーインに出てくるドアーに付いていたガラスの取っ手、一時代を風靡した物。
 日本でも洋館に明治、大正と使われていたが、現在は殆ど見かけなくなったもの、別に高価な物ではないがとっての部分をガラスに変わるだけで雰囲気が変わってしまう。
 ドアーノブひとつで部屋の雰囲気も変わるのも、又ドアーノブの存在理由で有るのか、普段見過ごしている物にもそれなりの主張がされている事に気が付くもの。
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2018年10月16日

ランプ5

      留 め 金
SANY2121.JPG
 アンティークなランプ、軟らかい光とその美しい姿で、今に無い雰囲気を持つたもの、ランプの愛好家は多く、今エコの時代であるが、それでもランプの愛好家は増えている。
 蛍光灯には無い、あの柔らかな光とほのぼのとした明るさ、之がランプの良さ、愛好家が引かれる元となるもの、今の時代は明るすぎるが、其れに慣れてしまったようだ。
 西洋の間接照明に対して、日本は直接照明に近い状態、明るさだけを追い求めて来たかのように明るいが、現在囁かれているエコ、少しは考えが変わったみたいだ。
 アンティークなランプはそんなに明るくない物が多く、以前は白熱灯を使用していたが、現在は其れらしき蛍光灯が発売されており、電気の消費量も白熱灯よりは少ないものとなる。
 時代とは良いもので、必要な物を生み出してくるもの、白熱灯らしい蛍光灯もその1つ、光の色が白色ではなくて太陽に近い色、そんな蛍光灯を生み出した。

 SANY2124.JPGランプシェードを利用するには、其れを支える金具が必要となるが、現在は中々手に入らないもので、ホームセンターでは販売していない。
 写真の金具は、西洋物と日本使用物との2つ、左の物が西洋物で右の物が日本の物、ドチラも新品ではなく中古品、現在でも探せば手に入る事もあるが、電気の事だから古いのは慎重に扱わないと。
 西洋のランプシェードは取り付け穴が小さくて、日本のものは穴が大きく、取り付けする使用が違う、右の使用も西洋物がつくものもあるが、穴の大きさが少し違う。
 何にしても、生活の中に潤いも必要で、やたらと明るいのもは疲れるが、優しい光に心が和むのは何故であろうか、やっぱり明るすぎるのも考えものだ。
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2018年10月12日

玩具時計の指針

    文字盤の大きさに

SANY2494.JPG
 人気の玩具時計、色々な物が存在しているが、主に昭和のものが人気、昔何処の家にも一つはあった玩具時計である。
 機械式の簡単なものであるが故に、数多くのものが造られ、そして忘れ去られてしまったものだが、そんな時計が人気だ。
 なつかしさと面白さ、そして機械式の優美さ、クオーツにはない曖昧の時間と機構、それが何とも言えない面白さ。
 だからこそ今また人気、勿論機械式でも複雑な時計も存在しているが、ここで上げている時計は簡単なものだ。
 それも木製の時計が主体、プラスチックの時計は余り人気が無く、ヤッパリぬくもり感のある木製の時計だ。
 昭和30年代や40年代に造られたもの、その時代に製造された玩具時計、主にキャラクターものの時計が主流である。
 この時代時計製造会社も多くあり、小さなメーカーのものが沢山出ているが、ミケンの時計が一番多いのか。
 戦後まもなく玩具時計を製造、海外に輸出して人気を博して軌道に乗り、国内向けにも数多くの玩具時計を輩出した。
 特に鳩時計はミケンが先駆けみたいになっているが、実際は数々の会社も製造していたが、やはりミケンが人気であったのか。
 鳩時計と言えばミケンと古時計愛好家からも支持を受けているが、他の会社の鳩時計も人気であり、今も支持されているのだ。
 やはりクオーツものや電池式のものは人気が無く、あくまでも機械式の時計が支持されているので、それを求めているのだ。
 それは鳩時計に限った事ではなく、むしろ他の種類の時計が求められているが、中々探すのに手間取っているのだ。SANY3757.JPG
 一時期、これらの機械時計はクオーツの時計に押されてしまい、市場から消えてしまった物であり、再度見直された時には数は激変していた。
 機械式の時計は廃棄処分されてしまい、家庭から姿を消してしまったので、現存している時計は当然少なくなっている。
 今回の玩具時計の指針が話題、ミケンに限らず玩具時計の指針、時代の流れが見えて面白い結果となって居るのだ。
 場締めの頃の指針はブリキ製の指針が付いており、その形も他社共に良く似たものが付いているが、時代が下がるにつれて色々な物が出て来る。
 私も玩具時計の指針については詳しくないから、この時計にはこの指針が付き、この時計にはこの指針であると言えないのだ。DSCN1331.JPG
 ただ何となく時代の流れの中、玩具時計を見て感覚的に分かるだけの事、詳しい人にかかれば太刀打ちできない。
 そんな玩具時計の指針を色々と聞かれて困っている事も確か、詳しくないからハッキリと之だと言えないのだ。
 写真は色々なメーカの玩具時計の指針、どれがどれだか分かる人は玩具時計通、良く見て判断してください。
 良く似たものが付いているが、文字盤にメーカーがあるものは分かり易いが、ないものは中々判断が難しいと思う。
 写真下の二つは良く似ているがメーカーが違うもので、同じものでは無い。
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2018年10月03日

江戸の日時計

      高 級 品 
SANY1998.JPG
 日時計と言えば簡単な物と思いがち、確かに日時計は簡単な仕組み、中央に棒が立っており、簡単なメモリが書いてあるだけの物と殆どの人は思いがち。
 事実、江戸時代の日時計は簡単な物が多く、特に道中日時計と呼ばれる物は紙で出来ているものが多く、持ち運びに便利なように作られている物。
 その為か、実にシンプルな物が作られたが、今みたいに何分、何秒などと言う刻みでの感覚ではなく、大体の時間さえ分かれば良く、分刻みの時刻等いらなかった。
 山中での道中、方角や大体の時刻が分かれば良かったが、困るのは関所が閉まる時刻、これだけは分からないと困る事になるから、日時計が必要であったようだ。
 関所の閉まる時刻を知らないと、其処で足止めされ、先に行けなくなるからであり、その為に時刻を知る事が最大の目的でもあった事。これも日の光がささなければ意味が無いが。

 日時計とはそう言う物、太陽が出ていなければ時刻を知ることは出来ないもの、簡単に時刻が分かるが自然まかせ。SANY2000.JPG
 しかし、日時計が質素な物ばかりとは限らないもの、江戸時代でも豪華な日時計も存在しており、写真の日時計外側は真鍮製、文字盤は銀製の豪華な作り。 普通の日時計と全く違った物、上蓋には彫金が施され、見事な龍の細工がされており、日時計と言うよりは芸術品と言った方がピッタリするかもしれない。
 高級武士や金持ちの間ではこの様な日時計を持って旅をしたらしく、一般庶民の日時計とは全く違った物で、実際に使うのが惜しいような雰囲気を持った日時計だ。
 使うのは簡単な事、高級と言っても使い方は同じ、上部中央の前の字を、真南に向けてかざせば、其処の場所の時刻が分かる仕組み、窪んだ処に針があるが、その張の影を見れば時刻が分かる。
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2018年09月05日

無理難題

      貯  金  箱
 
 招き猫、一般に招き猫の形はと問われれば、大抵の人はこの形の招き猫を思い浮かべるのではないだろうか、古くから招き猫の形は様々ある。 SANY0267.JPG
 招き猫は本来人を呼ぶと言われているから、商売繁盛を願った商売人の人々に好まれ、厄除けとも絡み縁起の良い物であるとの評価を得ていた。
 其れがいつの間にか、お金にまつわる招き猫にされ、その上右手を挙げれば金が入ってくるし、左手を挙げれば人が入ってくると、勝手にこじつけられ、本来の謂れとは関係のない物になってしまった。
 それだけでは収まらず、今度は両手まで挙げさせられ、金と人を両手に掴むように指示までされ、招き猫もさぞかし迷惑な話であり、口が利ければ「いい加減にしろ」と大声で怒鳴るはずだ。
 人間様の欲望で、姿かたちまで曲げられて、その上使命まで課せられては、たまったものではないが、人間様は言う事を聞いてくれない浅はかな動物。

 持ち物に関しても又、勝手に分けのわからないものを持たせられ、何も持っていない時よりは、次から次へと違った物を持つように要求してくる始末。
 はじめは小さな小判を持つように要求され、それが次第に大きくなり、千両小判に発展、そして万両小判に、更に更に発展し億に成ると言う恥ずかしさ。
 其れで終わりではなく、釣り座を持たされ、その上鯛を抱え込むように要求、そのほか色々な物を持たされて、「何故こんな物を持つのか」と聞きたい。
 極めつけは、私の頭に穴をあけ、其処から硬貨を次から次へと投げ込む、只得さえ重い物を持たされているから、之が重労働であり、休みもくれないで一年中無休である。
 重い硬貨は、私の体中に入り一杯になるまで入れ続けられたら、たまったものではないが、口が利けない私を何処までいじめるのか人間様は。
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2018年09月03日

珍品花生け

      斬 新 さ

SANY7615.JPG 明治期からの花生けを色々と紹介してきたが、今回の花生けはこの中でも1番斬新なデザインであり、数もそんなに多くないように思えるが、まだ発見されていないからであろか。
 明治から大正に入り、産地も美濃物となり其の形も様々な物になって、時代の流れを感じるがこれも輸出の為であろうが、考え出すのも大変な努力である。
 貿易物は当たれば一攫千金、外れれば倒産の憂き目にもあう、そんな危険を冒して輸出物に活路を見出そうとする意気込みが、この花生けから伝わってくる。
 美濃笠原の製造であるこの花生け、前回紹介した八角のカレンダー付きのものと同じ製造元、其の証拠は裏に付けられたパテントナンバー(実用新案37259)の番号である。

 この番号は大正時代に取られている特許ナンバー、八角のカレンダー付にも同じパテントナンバーがつけられていた事から、製造元も同じであると思われる。
SANY7617.JPG 写真で見ても今までの花生けとはまったく別の物、形もさることながら色彩も派手、文字盤枠の周りは紫色で彩色されており、中には月桂樹の葉っぱらしき物が描かれている。
 全体の色は赤茶の目がさめるような色、そして全体に金彩が施され豪華な仕上げになっているが、それよりも花生けの下部に温度計が付けられている。
 この時代、何故か時計にも温度計の付いた物が製造されているから、当時は温度計が付けられるのが流行であったのか、推測の域であるが、間違いないようである。
 花生けの大きさも、この花生けが1番大きな物であるようで、これより大きな物を私は目にしていないから、何とも言いがたいが多分そうであろう。
 今見ても其の姿は斬新な物であり、当時はどんな感覚でこの花生けを人々は感じたのであろうか、さぞかしこの派手さには驚いたであろうと想像する。
 
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2018年09月01日

電笠

      オパールセント
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 我家の廊下に下がっているランプ、之を買うために散々歩いた覚えがあり、苦労の末に手に入れたものだが、話は其れで終わらないのが又良い。
 例の如く、友人のお供でイギリスの蚤の市に出掛けた時、友人の仕入ればかりでは面白くないと、自分の気に入った物を買い込むつもりで蚤の市を見て回った。
 高くてよい物は何処にでも売っているもの、お金さえ出せば直ぐに手に入る物も多いが、安くて自分が気に入る物は中々見つからないのは世の常である。

 まして、安くて良い品となるとそうは簡単に出会うものではなく、出会いとは難しいものであり、出会ったとしても手に入るとは限らないもの、何故ならばその時の気分も左右するから。
 其れはこう言うことだ、良いものを見つけ相手と交渉すれど、中々こちらの値段に合わない事と、店主の態度にも左右され、気分よく手に入るものではないのだ。
 交渉過程で、やっと自分の値段になったと思うと、店主の態度がデSANY1949.JPGカクて、売ってやるとの姿勢がアリアリと出た時などは、こちらもそんな態度に出るのであれば買うつもりは無くなってしまう。
 こんな事で色々あり、気に入ったランプを買い込んだのは良かったが、あちこち回るうちに、何処でぶつけたのかランプが割れているのに気付きガッカリ、同じ物を再び見つけるために、蚤の市を歩き回る事に。

 夕暮れ間際にやっと同じ様な物を見つけ、再度値段交渉をし、前の物よりも安く手に入ったが、此処までにどれだけ歩いた事か、このランプの苦い思い出である。
 フラワー型の形の良いランプ、こじんまりとして落ち着いた物、オパールセントと言うガラスで出来たランプ、乳白色にラメ入りの雰囲気のある時代物のランプである。
 オパールセントの入った物は、ややもすると派手で日本の家屋には合わない物もあり、シックな物を探すのも一苦労するもの、それだけに思いもひとしおである。
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2018年08月20日

綺麗なステンドガラス

      当たり外れは時の運。

 ステンドガラスは、単体で見ていても、それが自分の家に合うかどうかは分からないもので、単体だけでは気に入っても家に嵌めてみたら、全然合わなくて結局は諦めて外してしまったと言う人も居る。
SANY7584.JPG ステンドガラスだけ見ていると、綺麗で少しぐらい色がきつい方が良いと思え、色ガラスの多い物を買いたくなるのが人情、やっぱり綺麗な物を買ってしまいがちである。
 私の友人もその1人で、どうせステンドガラスを入れるのであれば、赤色の多い物をと選んで買ったが、家に嵌めてみると派手すぎて全く部屋に合わない、それどころか家の者には、「全然落ち着かない」と嫌われてしまった様だ。
 本人も、単体で見ていた時には御満悦であったが、家族から反発されてしまうと、ガッカリしてしまい部屋からステンドガスラを外して、業者に引き取ってもらい、結局は大損してしまった。
 ある程度の値段は覚悟して買い求めたから、その反動で安く買い叩かれ、ショックもより大きくなって、「綺麗なステンドガラスはもうコリゴリだ」と、其れ以来ステンドガラスの話もしなくなった。

 右の写真のステンドガラスは我が家の居間に嵌っているステンドガラス、友人はこのステンドを見て、もっSANY7577.JPGと色が有った方がステンドガラスらしいと、派手な奴を買い込んで失敗してしまった。
 勿論好き好きである事は言うまでもないが、一見ステンドガラスは綺麗なものが人気、単体で見ていると私も好きで、それが綺麗なステンドガラスであると、やはりそんな風に思う人が多い。
 彼もその一人であった事は確か、私にももっと色が多い方が良いと、自分が求めるものは色が多くて綺麗なものが良いと言っていた。
 そのステンドガラス我が家のもの、シンプルでイギリス製のもの、幾何学模様の色合いも落ち着きがあり、何時見てもアキが来ないのが良い。
 シンプルが1番、ステンドガラスと言っても、やっぱり毎日見るものであるから、落ち着いたものがベストである。

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2018年08月17日

置ランプ

      手元を明るく
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 なぜか最近見なくなったのが卓上ランプ、以前は各家庭に幾つもあった卓上ランプであるが、今は殆ど見かけなくなった原因は何であろうかと思う。
 1つは家庭の明かりが以前よりも明るく、部屋の隅々まで照らしていて、何処に居ても暗くない為ではないのか、それとも手元を明るくする必要が無いのか、ハッキリとした答えは無い。
 もう1つの原因ではないのかと思われるのが、本離れ、読書離れであるのでは、今の子供は本を読まないと言われていて、読書をしなくパソコンで見るとも言われているが、果たしてそうなのか。
 たしかに現在は読書離れがはなばなしいと聞く、小説にしろ、雑誌にしろ、絵本なども見ない子供が多くなり、本が売れないようで活字離れが加速しているようだ。
 この様な事が卓上ランプを遠ざけている原因なのか、確かに読書離れが卓上ランプの少なくなった理由1つである事は間違いないと思われる。

 手元を明るくし読書や裁縫をしていた少し前、部屋全体がそんなに明るくはなく、手元を照らす卓上ランプが必要であったが、もっと昔は「蛍の光や雪明り」で本を読んだようである。
 あの歌に、「蛍の光、窓の雪、踏み詠む月日」と歌われている「蛍の光や雪明り」、子供の頃この意味がサッパリ分からず歌っていたが、意味が分かる様になってからは、逆に疑問が生じた。
 蛍の光で本が読めるわけが無く、雪明りもしかり本当に昔の人は其れで勉強したのか、絶対に現実はありえないと思っていた事を今でも思い出す。
 そんな時代ではないにしても、現在の照明が明る過ぎるのであり、其れに慣れてしまった現代人は目が退化していったように思われてならない。
 もう少し、今の照明について見つめ直す良い機会ではないのか、指摘され改めて思う今日この頃であるが、それも時代の流れなのか皆さんは如何思われるであろうか。




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2018年07月31日

極小ノベルティー

      大物から小物まで

 SANY1435.JPG尾張瀬戸のノベルティーは大正期から発展を遂げ、世界で君臨していたドイツの焼き物を追随、ドイツの技術の高さを知らされてから、瀬戸ではノベルティーに対する製造意欲が強く湧く事に。
 当時のドイツ製品は非常に精密で瀬戸で製造されているものよりも遥かに精巧であった物、それに対抗するには先ず肩をま先ず型を作らなければならない。
 この型作りには非常に難しく、物が精巧になればなるほど型は複雑になり、その型をどの様にして製造するか四苦八苦、試行錯誤の末精巧な型を作る事に成功する。
 ドイツに引けをとらない型が出来た事により、ノベルティー作りに拍車がかかり、瀬戸ではマイセンを追随し始め、次々に精巧な物を製造し始めることなにる。
 写真のコヒーセットは其の時代に瀬戸で製造されて物のようであり、小さい物に属しており、1番小さなコヒーカップは5ミリほどしかなく、写真では1円を比較として置いたが、其の大きさが分かって貰えるだろうか。

 特大の物を製造するのも大変なことであるが、この様に極小の物を製造するのもまた大変な事、型作りも大変であるが、其れよりも小さいことのほうが大変で、製造には四苦八苦であった。
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 小さいからと言って手を抜いて製造できないことは当たり前、むしろ小さいから造りずらく、手間は掛かるが値段は高く取れないもの、此処まで小さいと、製造者の意地で造り事意外に出来ない。
 小さいコヒーカップには葡萄唐草の模様が描かれているが、これは印刷されたもの、一つ一つ手間を掛けて製造された証である。
  こうした瀬戸のノベリティー技術が海外で高く評価され、ドイツを凌ぐノベリティーの一大製造地となり、戦後の日本復興の一役を担ったことは確かであった。
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2018年07月01日

何処の製品か

      陶器のランプシェード
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 知り合いが見て欲しいものがあるけど何時行ったら良いのかと電話、珍しい事もあるもので、この人が電話で問い合わせて来るとはと思いつつ、後日約束して電話を切る。
 この人、今までに連絡して来るのは稀、大抵は忙しいときに限ってくる人、偶々であるが彼が訪れるときに限って忙しい、そんな巡り合わせの人物。
 古くからの知人で何かにつけて我家にやって来るが、話が面白いのと気さくで何時来ても楽しい人物だからよい、何時でも楽しく会話が出来る人だ。
 只呑んべいには変わりなく、酒好きのお人よし、酒を呑む時は余り他のものは食べず、只酒を飲む男でもあり、私は酒よりもつまみが大事なのだ。
 色々な酒の肴がないと面白くないので、何時も色々と並べて彼と呑むが、彼何時も「そんなに食べたら酒が不味くなる」と、私にそんな言葉を言い続けるのだ。
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 精密機械関係の仕事をしていて、いっぱしの経営人でもあるが、気さくでそんな素振りを見せない男、そんな彼がランプシェードを持って現れたから驚きだ。
 彼はそんな古物には興味のない人物、機械の事には強いが古物には全く弱いので、私の下に持参したらしいが、それにしても何処で手に入れたのか。

 私が「何でお前が、こんな物を持っているのか」と聞けば、得意先で見つけてちょっと褒めたらしいが、先方は彼が欲しがっていると勘違いしてプレゼンとしてくれたらしい。
 彼は褒めちぎった手前、断わることもできず貰ってきたのだと云う、しかし「何処にあったのか」と聞けば、得意先の居間にかかっていたらしい。
 貰ってきたが高価なものなら御礼をしなければならず見て欲しいと言う、彼が持って来たものは則武のランプシェード、白地にもみじが散りばめてあるものだ。
 彼も何処のものか分かり、その上心配していた高価なものでないと分かり、安心して帰っていったが、古物もわからず、ましてや知らないものを褒めちぎるとは彼らしい。










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