2018年09月05日

無理難題

      貯  金  箱
 
 招き猫、一般に招き猫の形はと問われれば、大抵の人はこの形の招き猫を思い浮かべるのではないだろうか、古くから招き猫の形は様々ある。 SANY0267.JPG
 招き猫は本来人を呼ぶと言われているから、商売繁盛を願った商売人の人々に好まれ、厄除けとも絡み縁起の良い物であるとの評価を得ていた。
 其れがいつの間にか、お金にまつわる招き猫にされ、その上右手を挙げれば金が入ってくるし、左手を挙げれば人が入ってくると、勝手にこじつけられ、本来の謂れとは関係のない物になってしまった。
 それだけでは収まらず、今度は両手まで挙げさせられ、金と人を両手に掴むように指示までされ、招き猫もさぞかし迷惑な話であり、口が利ければ「いい加減にしろ」と大声で怒鳴るはずだ。
 人間様の欲望で、姿かたちまで曲げられて、その上使命まで課せられては、たまったものではないが、人間様は言う事を聞いてくれない浅はかな動物。

 持ち物に関しても又、勝手に分けのわからないものを持たせられ、何も持っていない時よりは、次から次へと違った物を持つように要求してくる始末。
 はじめは小さな小判を持つように要求され、それが次第に大きくなり、千両小判に発展、そして万両小判に、更に更に発展し億に成ると言う恥ずかしさ。
 其れで終わりではなく、釣り座を持たされ、その上鯛を抱え込むように要求、そのほか色々な物を持たされて、「何故こんな物を持つのか」と聞きたい。
 極めつけは、私の頭に穴をあけ、其処から硬貨を次から次へと投げ込む、只得さえ重い物を持たされているから、之が重労働であり、休みもくれないで一年中無休である。
 重い硬貨は、私の体中に入り一杯になるまで入れ続けられたら、たまったものではないが、口が利けない私を何処までいじめるのか人間様は。
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2018年09月03日

珍品花生け

      斬 新 さ

SANY7615.JPG 明治期からの花生けを色々と紹介してきたが、今回の花生けはこの中でも1番斬新なデザインであり、数もそんなに多くないように思えるが、まだ発見されていないからであろか。
 明治から大正に入り、産地も美濃物となり其の形も様々な物になって、時代の流れを感じるがこれも輸出の為であろうが、考え出すのも大変な努力である。
 貿易物は当たれば一攫千金、外れれば倒産の憂き目にもあう、そんな危険を冒して輸出物に活路を見出そうとする意気込みが、この花生けから伝わってくる。
 美濃笠原の製造であるこの花生け、前回紹介した八角のカレンダー付きのものと同じ製造元、其の証拠は裏に付けられたパテントナンバー(実用新案37259)の番号である。

 この番号は大正時代に取られている特許ナンバー、八角のカレンダー付にも同じパテントナンバーがつけられていた事から、製造元も同じであると思われる。
SANY7617.JPG 写真で見ても今までの花生けとはまったく別の物、形もさることながら色彩も派手、文字盤枠の周りは紫色で彩色されており、中には月桂樹の葉っぱらしき物が描かれている。
 全体の色は赤茶の目がさめるような色、そして全体に金彩が施され豪華な仕上げになっているが、それよりも花生けの下部に温度計が付けられている。
 この時代、何故か時計にも温度計の付いた物が製造されているから、当時は温度計が付けられるのが流行であったのか、推測の域であるが、間違いないようである。
 花生けの大きさも、この花生けが1番大きな物であるようで、これより大きな物を私は目にしていないから、何とも言いがたいが多分そうであろう。
 今見ても其の姿は斬新な物であり、当時はどんな感覚でこの花生けを人々は感じたのであろうか、さぞかしこの派手さには驚いたであろうと想像する。
 
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2018年09月01日

電笠

      オパールセント
SANY1946.JPG
 我家の廊下に下がっているランプ、之を買うために散々歩いた覚えがあり、苦労の末に手に入れたものだが、話は其れで終わらないのが又良い。
 例の如く、友人のお供でイギリスの蚤の市に出掛けた時、友人の仕入ればかりでは面白くないと、自分の気に入った物を買い込むつもりで蚤の市を見て回った。
 高くてよい物は何処にでも売っているもの、お金さえ出せば直ぐに手に入る物も多いが、安くて自分が気に入る物は中々見つからないのは世の常である。

 まして、安くて良い品となるとそうは簡単に出会うものではなく、出会いとは難しいものであり、出会ったとしても手に入るとは限らないもの、何故ならばその時の気分も左右するから。
 其れはこう言うことだ、良いものを見つけ相手と交渉すれど、中々こちらの値段に合わない事と、店主の態度にも左右され、気分よく手に入るものではないのだ。
 交渉過程で、やっと自分の値段になったと思うと、店主の態度がデSANY1949.JPGカクて、売ってやるとの姿勢がアリアリと出た時などは、こちらもそんな態度に出るのであれば買うつもりは無くなってしまう。
 こんな事で色々あり、気に入ったランプを買い込んだのは良かったが、あちこち回るうちに、何処でぶつけたのかランプが割れているのに気付きガッカリ、同じ物を再び見つけるために、蚤の市を歩き回る事に。

 夕暮れ間際にやっと同じ様な物を見つけ、再度値段交渉をし、前の物よりも安く手に入ったが、此処までにどれだけ歩いた事か、このランプの苦い思い出である。
 フラワー型の形の良いランプ、こじんまりとして落ち着いた物、オパールセントと言うガラスで出来たランプ、乳白色にラメ入りの雰囲気のある時代物のランプである。
 オパールセントの入った物は、ややもすると派手で日本の家屋には合わない物もあり、シックな物を探すのも一苦労するもの、それだけに思いもひとしおである。
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2018年08月20日

綺麗なステンドガラス

      当たり外れは時の運。

 ステンドガラスは、単体で見ていても、それが自分の家に合うかどうかは分からないもので、単体だけでは気に入っても家に嵌めてみたら、全然合わなくて結局は諦めて外してしまったと言う人も居る。
SANY7584.JPG ステンドガラスだけ見ていると、綺麗で少しぐらい色がきつい方が良いと思え、色ガラスの多い物を買いたくなるのが人情、やっぱり綺麗な物を買ってしまいがちである。
 私の友人もその1人で、どうせステンドガラスを入れるのであれば、赤色の多い物をと選んで買ったが、家に嵌めてみると派手すぎて全く部屋に合わない、それどころか家の者には、「全然落ち着かない」と嫌われてしまった様だ。
 本人も、単体で見ていた時には御満悦であったが、家族から反発されてしまうと、ガッカリしてしまい部屋からステンドガスラを外して、業者に引き取ってもらい、結局は大損してしまった。
 ある程度の値段は覚悟して買い求めたから、その反動で安く買い叩かれ、ショックもより大きくなって、「綺麗なステンドガラスはもうコリゴリだ」と、其れ以来ステンドガラスの話もしなくなった。

 右の写真のステンドガラスは我が家の居間に嵌っているステンドガラス、友人はこのステンドを見て、もっSANY7577.JPGと色が有った方がステンドガラスらしいと、派手な奴を買い込んで失敗してしまった。
 勿論好き好きである事は言うまでもないが、一見ステンドガラスは綺麗なものが人気、単体で見ていると私も好きで、それが綺麗なステンドガラスであると、やはりそんな風に思う人が多い。
 彼もその一人であった事は確か、私にももっと色が多い方が良いと、自分が求めるものは色が多くて綺麗なものが良いと言っていた。
 そのステンドガラス我が家のもの、シンプルでイギリス製のもの、幾何学模様の色合いも落ち着きがあり、何時見てもアキが来ないのが良い。
 シンプルが1番、ステンドガラスと言っても、やっぱり毎日見るものであるから、落ち着いたものがベストである。

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2018年08月17日

置ランプ

      手元を明るく
ちゅうりっぷ.jpg
 なぜか最近見なくなったのが卓上ランプ、以前は各家庭に幾つもあった卓上ランプであるが、今は殆ど見かけなくなった原因は何であろうかと思う。
 1つは家庭の明かりが以前よりも明るく、部屋の隅々まで照らしていて、何処に居ても暗くない為ではないのか、それとも手元を明るくする必要が無いのか、ハッキリとした答えは無い。
 もう1つの原因ではないのかと思われるのが、本離れ、読書離れであるのでは、今の子供は本を読まないと言われていて、読書をしなくパソコンで見るとも言われているが、果たしてそうなのか。
 たしかに現在は読書離れがはなばなしいと聞く、小説にしろ、雑誌にしろ、絵本なども見ない子供が多くなり、本が売れないようで活字離れが加速しているようだ。
 この様な事が卓上ランプを遠ざけている原因なのか、確かに読書離れが卓上ランプの少なくなった理由1つである事は間違いないと思われる。

 手元を明るくし読書や裁縫をしていた少し前、部屋全体がそんなに明るくはなく、手元を照らす卓上ランプが必要であったが、もっと昔は「蛍の光や雪明り」で本を読んだようである。
 あの歌に、「蛍の光、窓の雪、踏み詠む月日」と歌われている「蛍の光や雪明り」、子供の頃この意味がサッパリ分からず歌っていたが、意味が分かる様になってからは、逆に疑問が生じた。
 蛍の光で本が読めるわけが無く、雪明りもしかり本当に昔の人は其れで勉強したのか、絶対に現実はありえないと思っていた事を今でも思い出す。
 そんな時代ではないにしても、現在の照明が明る過ぎるのであり、其れに慣れてしまった現代人は目が退化していったように思われてならない。
 もう少し、今の照明について見つめ直す良い機会ではないのか、指摘され改めて思う今日この頃であるが、それも時代の流れなのか皆さんは如何思われるであろうか。




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2018年07月31日

極小ノベルティー

      大物から小物まで

 SANY1435.JPG尾張瀬戸のノベルティーは大正期から発展を遂げ、世界で君臨していたドイツの焼き物を追随、ドイツの技術の高さを知らされてから、瀬戸ではノベルティーに対する製造意欲が強く湧く事に。
 当時のドイツ製品は非常に精密で瀬戸で製造されているものよりも遥かに精巧であった物、それに対抗するには先ず肩をま先ず型を作らなければならない。
 この型作りには非常に難しく、物が精巧になればなるほど型は複雑になり、その型をどの様にして製造するか四苦八苦、試行錯誤の末精巧な型を作る事に成功する。
 ドイツに引けをとらない型が出来た事により、ノベルティー作りに拍車がかかり、瀬戸ではマイセンを追随し始め、次々に精巧な物を製造し始めることなにる。
 写真のコヒーセットは其の時代に瀬戸で製造されて物のようであり、小さい物に属しており、1番小さなコヒーカップは5ミリほどしかなく、写真では1円を比較として置いたが、其の大きさが分かって貰えるだろうか。

 特大の物を製造するのも大変なことであるが、この様に極小の物を製造するのもまた大変な事、型作りも大変であるが、其れよりも小さいことのほうが大変で、製造には四苦八苦であった。
SANY1438.JPG
 小さいからと言って手を抜いて製造できないことは当たり前、むしろ小さいから造りずらく、手間は掛かるが値段は高く取れないもの、此処まで小さいと、製造者の意地で造り事意外に出来ない。
 小さいコヒーカップには葡萄唐草の模様が描かれているが、これは印刷されたもの、一つ一つ手間を掛けて製造された証である。
  こうした瀬戸のノベリティー技術が海外で高く評価され、ドイツを凌ぐノベリティーの一大製造地となり、戦後の日本復興の一役を担ったことは確かであった。
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2018年07月01日

何処の製品か

      陶器のランプシェード
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 知り合いが見て欲しいものがあるけど何時行ったら良いのかと電話、珍しい事もあるもので、この人が電話で問い合わせて来るとはと思いつつ、後日約束して電話を切る。
 この人、今までに連絡して来るのは稀、大抵は忙しいときに限ってくる人、偶々であるが彼が訪れるときに限って忙しい、そんな巡り合わせの人物。
 古くからの知人で何かにつけて我家にやって来るが、話が面白いのと気さくで何時来ても楽しい人物だからよい、何時でも楽しく会話が出来る人だ。
 只呑んべいには変わりなく、酒好きのお人よし、酒を呑む時は余り他のものは食べず、只酒を飲む男でもあり、私は酒よりもつまみが大事なのだ。
 色々な酒の肴がないと面白くないので、何時も色々と並べて彼と呑むが、彼何時も「そんなに食べたら酒が不味くなる」と、私にそんな言葉を言い続けるのだ。
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 精密機械関係の仕事をしていて、いっぱしの経営人でもあるが、気さくでそんな素振りを見せない男、そんな彼がランプシェードを持って現れたから驚きだ。
 彼はそんな古物には興味のない人物、機械の事には強いが古物には全く弱いので、私の下に持参したらしいが、それにしても何処で手に入れたのか。

 私が「何でお前が、こんな物を持っているのか」と聞けば、得意先で見つけてちょっと褒めたらしいが、先方は彼が欲しがっていると勘違いしてプレゼンとしてくれたらしい。
 彼は褒めちぎった手前、断わることもできず貰ってきたのだと云う、しかし「何処にあったのか」と聞けば、得意先の居間にかかっていたらしい。
 貰ってきたが高価なものなら御礼をしなければならず見て欲しいと言う、彼が持って来たものは則武のランプシェード、白地にもみじが散りばめてあるものだ。
 彼も何処のものか分かり、その上心配していた高価なものでないと分かり、安心して帰っていったが、古物もわからず、ましてや知らないものを褒めちぎるとは彼らしい。










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2018年06月28日

水団扇の図柄

    図柄が命


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 水団扇は美濃で製造されたものであることは周知の事実、昭和時代当時は数多く製造され商店のお中元として配られたもの。
 丈夫で美しい団扇は人気の的、それ故に団扇を出す方も出しがいがあったようで、ほかの団扇より高かったが宣伝効果は絶大であった。
 この団扇の強さは美濃紙、美濃紙の中でも高級品の雁皮紙、繊維が細かく丈夫な紙であり、札にも使われているもの。
 その和紙を使用しているから当然丈夫だが、その上から天然のニスを塗り、より丈夫な紙絵と変身させたのだ。


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 少々の水には濡れても破れる事はなく、水団扇と呼ばれる由縁でもあるが、ほかの意味もあると言われる。
 ニスを塗ることにより紙は透明度を増し、向こうが見えるようなことから、水のような団扇と称せられたとも。
 確かに透き通った紙となっていることは確か、ほかの団扇とは全く別の団扇、それが水に丈夫とあれば人気になるのは必定。
 この地方で中元用に出されているから、数も多いはずであるが、現存数は少なく、それがまた人気の的となっている。



 SANY6033.JPG昔の水団扇は実に趣があるもので、図柄が命とも言える団扇、職人たちの手による絵が非常に良いものとなっている。
 団扇は美しくなければならないもの、事実残っている水団扇は美しい図柄、芸術品と言えるような団扇である。
 団扇であるから涼しくなければならないが、見た目も非常に大事、一見して清涼感がなければならない。
 写真の古い水団扇、美しいのは確かだが、他の団扇とはやはり別格、手が込んでいることの証、清々しさが伝わってくる団扇だ。
 職人が腕によりをかけて造り上げた団扇であることが見えるもの、筆の走りは見事と言うほかはない。
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2018年06月01日

貯金箱

      歴史を伝える

SANY6659.JPG 時代の出来事を伝えるものには色々な種類が存在し、それらの一つ一つが歴史の証人であり、その物が歴史を伝える役目を果たし、後世に留める役目をする。
 種類は様々であるが、通り過ぎてきた歴史を見つめてきた生き証人、彼らは当時を事を生き生きと我々に語りかけ、出来た出来事を雄弁に語る。
 其れから知りうる出来事を我々後世の者は忠実に理解しなければイケないが、其れが果たして出来ているのであろうか、我々個人がどの様に受け止めるかは不明である。
 写真の貯金箱もその色々とある種類の中の一部、ブリキで出来た何処にでも存在しうる物、さして珍しい物ではないが彼らは雄弁に歴史を語っている。

 一般庶民の貯金箱、この小さな貯金箱、されど彼らは激動の時代を見つめてきたもの、幾多SANY6654.JPGの困難の中生き延びて現在に自分の存在を誇示すると共に、当時を語りかけている。
 写真のブリキ製の貯金箱、ドーム型の小さな物であるが、生々しく当時の様子を我々に語っており、前面にお国の国策を国民に義務づけたことの証が刻まれている。
 前面に「国民一致、挙げて貯金」と冨国強兵を示唆した内容の大正時代の物、兎に角軍国主義、如何にも軍事的な表現の戦争の貯金箱。
 この貯金箱は日本の歩んできた歴史を後世に伝える為、その姿を我々に見せ付けているのではないだろうか、貯金箱の小さな物であるが、彼らの強い表現が我々に告げているものは。
 こんな時代にならないように教訓として残っているのではないだろうか。
 
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2018年05月12日

エジソン

      同 じ 格 好

SANY6625.JPG 何度も取り上げているがエジソン、言わずと知れた大発明家、トーマス、エジソン数々の発明をなし個人から大実業家となった伝説の人物、レコードの発明から電球、電話、様々な発明をし大成功を収めた。
 彼の興した会社は現在でも健在、一個人から世界の大企業に発展させ、自らも宣伝マンを努めた異例の人物であり、社長でもあると共に発明家でもある。
 普通発明家とか、学者とかは会社の前面にはあまり出ないもの、華々しい販売の表舞台に出て、しかも自分で宣伝しないのが発明家であったと思うが、このエジソン其処が又違う人。
 自分の発明したレコードを自分自身で宣伝に努めた人、自社で販売しているレーコードの商標とも言える部分に自分の顔を出している事、この事からもエジソンが、他の発明家と少し違う人であったよう。

 自社の商品の宣伝に自分が出る事自SANY4708.JPG体異例、同時期のグラハム、ベルもまたレコードを出しているが、彼は自分の顔すら表に出していなくて、発明家らしく表舞台に登場していない。
 写真のエジソン、どれが1番若くて、どれが1番歳を取っているのか見比べてみては、このレコード古いものでは1885年のものがあり、その物にもエジソン自身の姿を出している。
 3つのレコードにある顔、右から左に七三に頭を分けている姿で写真に写っており、1885年、1906年、1914年と30年以上の歳月が流れているが、殆ど同じ姿で写真に写っている。
 これも又、当時としてはどの様なとらまえ方であったのか、今では知る由もないが、エジソンと言う人余程の出たがり家であったのか、兎に角目に付く人のようだ。
 あたかも、自分の顔が商標のような扱い方である事には変わりなく、他の人とは比較にならないほどの自信家であったのか、其処まで自分を売り込む人物であったようだ。
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2018年05月10日

      個 性 が 命

SANY1789.JPG 伝統の「こけし」、土産物屋の店頭で売りに出された「こけし」、その発祥は東北そしてそんなに歴史は古くなく、幕末頃であるらしくハッキリした年代は分からない。
 当初は顔や色はなく、人間の形をして素朴な物であったが、次第に色や模様替えが枯れるようになり、東北一円に広がり温泉場のみやげ物となった。
 売り出し当時はそんなに売れるとは思われず、木地師のお遊び程度であったらしく、現存する古い当時のこけしは、素朴其の物であり、今の「こけし」とは様相が違う。
 しかし、次第に温泉場の土産として定着すると共に、売れ行きも好調となり木地師が競い合うようになるに連れ、「こけし」は次第に土地、土地の個性が出始める。
 こけしを見れば、どの温泉場で売られていたものか分かるような個性が表現され、木地師たちの系図も徐々に出来上がり、何々系と言れるようになる。
SANY6711.JPGSANY0775.JPG
 例えば、遠刈田系、鳴子系等と呼ばれ、特徴のあるこけしが売り出され、益々こけし人気に拍車がかかる事になるが、こけしだけでは生活して行けず、あくまでも副業であった。
 この様な「こけし」、産地と作者により独特な顔が確立するが、その表現は実に豊で素朴なものが多く、奇抜な顔の物もあるが人気は今一のようで、やっぱりこけしは可愛らしくなければイケない。
 そして、顔の中でも目が1番難しいそうで、之でこけしの命が決まるらしく、木地師たちの腕の見せ所といった感じ、作者独特の目が描かれている。
 やはり目は口ほどにものを言うと言われたとうり、目に「こけしの命」があると表現されているのも頷け、個性溢れる目が作者の意図を表している。

 
 
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2018年05月09日

偽アトム

   全く似てません

SANY6638.JPG ブログ再登場の「鉄腕アトム」、わたしの若い頃に雑誌「少年」に連載されており、夢中になって本を読んだものだが、この「アトム」実に息の長い漫画であり、昭和27年4月から昭和43年まで連載されていた。
 この時代、私達同世代の子供は皆「アトム」の虜になって、小さなロボットであるにも拘らず、当時「10万馬力」と言う途方も無い馬力を誇り、次々と悪いロボットをやっけるアトムに酔いしれたもの。
 当時アトムの馬力が10万馬力と聞いても、どれだけの力か分からなかったが、あんな小さなロボットが如何して、そんな馬力を出すのか不思議でならなかった。
 漫画とはいえ10万馬力のアトムが空を飛んで、人間とおんなじ動きをするロボット「アトム」、其れを造った「天馬博士」はとんでもない偉い博士であると思っていたのを覚えている。

 間違っていなければ私の記憶では「アトム」の身長は135センチ、体重30キロ、年齢10SANY6648.JPG歳、そして馬力は10万馬力、その他目がライトになったり、空を飛んだりと凄い能力を持っている事など記憶に残っている。
 当時から絶大な人気を誇り、漫画のヒーローでありながら、あたかも実在しているかのように思っていたのも、今思えば夢があって当時は楽しかったものだ。
 そんなアトム人気にあやかって、色々に「アトムグッツ」が売りに出されたが、その1つが写真の土人形、「瀬戸で製造された陶器の鉄腕アトムの貯金箱」、本物のアトムと比べればあまりにも似ていない。
 今で言う海賊版のアトムの土人形、当時は絶大な人気であった為多く製造されたようで、何年か分からないが、これもその当時の物だと思う。
 土人形の貯金箱、アトムであると言わなければたぶん分からず、大して似ては居ないようであるが、当時としては之でも売れたものであるよう、当時の子供はおおらかで有ったと言えよう。
 今であれば、パテント問題で製造会社は訴えられるであろうが、当時はマダおおらかであったのか、訴えられてはなく良き時代でもあった。
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2018年05月08日

ノベルティー

      こ れ 誰

SANY6674.JPG 前にも取り上げてみたが、知らない人のために、これは何、この迫力、誰かと思いきや、やっぱりプレスリーは偉大であり、その偉大な姿をコンパクトにまとめた姿だ。
 磁器で造られた置きものらしが、しかし小さくてもプレスリーはプレスリー、「あの偉大なロックの神様エルヴィス、アーロン、プレスリー」である。
「1935ー1977、42才」の若さでこの世を去っているが、今尚根強い人気を保っている偉大な歌手である。 
 エルヴィス、プレスリーはアメリカにおいても賛否両論、良くも悪くもロックンローラーとして不動の地位にある人物。
 日本でもロックの神様的存在であり、中年の人には憧れのロック歌手、あの吉幾三もプレスリーの真似をして歌手になったようなものだ。
 1956年、「ハート、ブレイク、ホテル」で全米一位を獲得頂点に立ち、「監獄ロック」、「恋にしびれて」など名曲を連発。

 当時、ベトナム戦争真っ只中に兵士の慰問SANY6682.JPGや戦争賛成派として知られ、数々の話題を振りまいたがビートルズの反戦派とは息が合わなかったようだ。
 勿論、プレスリーはアメリカ人、当然自国の事だから立場が違ったが、愛国心は人一倍であったと言われており、ビートルズとは立場が違う。

 左の写真は、エルヴィス、プレスリーの全盛期の姿を映したもので、アメリカで発売された限定品のウイスキーボトルである。
 一目で誰が見ても分かる位に迫力があり、これを見ると往年のプレスリー姿を思い出すのであるが、まさか地元で手に入るとは。
 瀬戸で製造されたウイスキーボトルの在庫品、本来は絵付けがされているが、これは絵付けがされていないが、その方がより迫力がある様に思われる。
 高さ40センチ位はあり、下の台にはオルゴールが仕組まれている、豪華なつくりをなしたウイスキーボトル、エルヴィスファンには堪らないものです。
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2018年05月04日

小物入れ

      便利です

 SANY6603.JPG古時計を持っていると、必然的に必要な物は部品、特にビス関係のこまかい物が必要、小さなビスが無いばかりに失敗する事も多く、その部品を集めるのに、これまた必死。
 兎に角古時計を所有していると、トラブルは日常茶飯事、何時壊れるか分からないし、部品が無くなってしまう事も、そんな時の為に小さなビスとか部品を集めている。
 集めた部品は自分の分かる範囲において置かないと、イザ必要なときに慌てて探す事に、しかしそのような時ほど見つからない事がしばしば、そんな時はイライラして修理どころではない。
 結局その日は修理できずに部品探しに明け暮れ、とどのつまり修理も出来ずにイライラが募るが、こんな時の為に必要な小物入れを何時も探している。

 必要な時に探しても見つからないから、普段からアンティークショップに行くと、必ずや小物入れを探す事にしているが、之が又丁度良い物が少ない。SANY2192.JPG
 前にも飲料水メーカーのブリキの景品を集めたが、それだけでは到底足らないから、今尚小物入れは探索の最中、いい物が見つかれば直ぐに買い求めている。
 之も私の拘りなのかも知れないが、プラスチックの入れ物では良くないので、アンティークな物が良く、他の人は入れ物なんて幾らでも有、ホームセンターに行けば沢山有ると言うが。
 其処が又私の拘り、中々自分好みの物が欲しいもの無く、写真の入れ物は大正時代の化粧品入れ、アールデコのガラスで出来た入れ物、キャップが付いており、小物入れにはピッタリ。
 大正昭和の化粧品、乳白色のガラスのクリーム入れであるが、之が又使い勝手が良いのでアンティークショップで見つけ買い求めたが、店主「こんな物、戸田さん何に使うの」と怪訝な顔、「こんな物まで集めているの」と手厳しいが、部品入れと説明すれば直ぐに納得。
 このような小物入れが沢山有れば、小さなビスや小さな
部品もしまって置くのに便利、暇な時にじっくりと探して、使いやすそうな物を色々と集めている。
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2018年04月28日

蒔  絵

      漆塗りに蒔絵
SANY6547.JPG
 今回も蒔絵の時計を取り上げて見たが、時計には色々なデザインがなされており、明治以後数々の名品が誕生していて、それは特注品によるものであり、一般的な販売網にのって売られたものではない。
 江戸から明治に入り、海外から多くの時計が輸入されるが、その後次第に日本国内で時計を製造しょうとする動きが活発になり、次から次に時計製造会社が誕生し、外国製時計をモデルに数多くの西洋時計が製造される。
 初期段階は外国製をコピーするのに必死で、日本独自の時計を作り出す余裕はなかったが、明治中期を過ぎると次第に日本特有のデザインの時計が誕生してくる。

 西洋時計は彩色にニスを用いていたり、木の皮を張り付けたり、象嵌を施していたりと、西洋の技術で装飾された時計であるが、日SANY6541.JPG本には漆と言う素材があり、日本の独自な彩色に用いられてる。
 やはり輸入したものは西洋の香りが強いもの、そんな西洋時計を日本人の感覚に合ったものに造ろうと職人たちは奮闘し、伝統の技術を使って新たなものをつくり出して行く、それが漆である。

 その漆を使い時計に塗ることにより、独自の時計が出現、西洋のニスにはない深みのある光沢、そして漆を塗ることによりニスよりは高級感が増し、より時計を引き立たせ高級時計に仕立てたのである。
  西洋の時計に日本の伝統漆を合体させる事により、和洋折衷の時計の誕生で日本の職人の高度な塗りが、時計装飾に生かされた実例でもある。
 日本人は古来より渡来してきた物に、日本ならではの工夫と技術を融合させてきた歴史があり、明治に輸入された西洋物も、この伝統ある技術が融合につかわれたのである。
 写真の時計は、時計の表面全体に黒漆を塗り、その上から金銀を用いて蒔絵を施し、川面に飛び交う鳥を見事なタッチで描いており、鳥が茶色くなっているが本来は金伯仕上げ、ニスには出せない雰囲気をかもし出している。

 
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2018年04月26日

重 錘

   動 力

 SANY6597.JPG明治以後日本に輸入された掛け時計の多くは、ドイツ系の掛時計が多く日本にやって来ているが、その中に郭公時計「鳩時計」と呼ばれる時計がある。
 外国ではドイツ系の重錘式時計の中でも安価な時計、主に子供向けの時計とまで言われて、子供部屋などに当てられた時計であるが、しかし日本では輸入され高価な時計になってしまった。
 これらの時計は動力として錘を用いており、古い形式の時計は大きくて重い錘が付いており、鎖引きのイカツイ時計となっているが、中身はシンプルな機械であるが高価な機械ではない。
 日本人に人気のある「鳩時計」、実際には「郭公時計」と言われ、掛時計の中でも形が変わっており、木の素材をふんだんに使ったドイツ系の時計らしく、森の香りのする時計である。

 あちらでは郭公時計と云われ、時計上部には郭公の彫り物が付いているので、その名前の由来らしく、日本では飾りが鳩に変わっており、誰がそのように変えたのか分からない。
 一説には郭公は閑古鳥と呼ばれ縁起が悪いから、鳩なら縁起は良いだろうと言う事で鳩時計になったとする説もある。
 この鳩時計は、動力として重い錘がぶら下がっており、それが動力となるなり、昔の古い時計はもっと思い錘が付いていたが、次第に改良が重ねられ徐々に軽い錘でも動くようになった。
 写真の錘はドイツ系の小型の鳩時計に付いている錘、普通の鳩時計の錘とは少し違って、可愛らしい時計に相応しいような錘となっている。
 錘の格好は、木の実をデザインしたと言われているが、日本の松ポックリに似ていて可愛らしく、錘も大事な時計の部品であり、デザインの良し悪しで時計の人気が変わってしまう。
 種類の違った錘、其々違った格好をしており、小型の安価な時計であるにも拘らず、錘に拘って職人が其々の個性豊かな錘を、デザインしたのが見て取れる。
 玩具みたいな時計でありながら、普通の鳩時計よりもこった錘をつけているのも、何だか可愛らしいのと同時に、時計に対する姿勢みたいなものを感じる。




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2018年04月23日

根付

      流行の先端

 以前にも紹介した根付SANY6533.JPG、印籠、矢立、煙草入れ等の紐の先に付いている留め具の事、着物の帯びに下から上に差し入れて、留め具を帯の上からたらす事で落ちないようにするもの。
 この留め具、古くから日本に存在していたが、根付として確立されたのは戦国時代後、特に江戸中頃よりは非常に流行したものであり、数々の傑作が生まれた。
 根付は、元々木などで出来た質素な物であったが、時代が下がるにつれて、段々と豪華になり、細工も細密化してゆくことになり、素材もまた、色々な物で出きるようになる。
 特に徳川家康が旗本等に常備薬として印籠に入れて持つことを奨励、之により大名や高級武士の間では根付も次第に豪華な物が作られるようになる。

 武士が豪華な物を携帯するようになると、一般庶民も之を真似て、矢立や煙草入れ等を持ち歩くようになると共に、当然のこと根付も次第に豪華な物となって行く。
 木の素材から、珊瑚や象牙等の高級品がもてはやされるようになり、根付職人らは競って細密な根付を作るようになり、益々根付ブームは広がっていった。SANY2364.JPG
 写真の根付、流行りものの最先端を行く時計を題材にしたもの、当時は時計は高級品であり、一般庶民には高嶺の花、其れを根付として作るのが流行する。
 素材は、紫檀の木で出来ており、表側には大名時計の文字盤が、銀の板に刻まれた当時の流行った物、紫檀と銀の素材も、当時の贅沢品、金持ちの道楽者が持っていたものなのか。

 今は文字盤の中心にあった針が欠落しており、惜しい事に文字盤のみとなっているが、再現するにはそんなに難しい事ではないので、いずれは再現したいと思っている。
 文字盤部分は銀の板に時刻が浮き彫りの状態で作られており、外の素材は木製の紫檀で作られている。
 之も当時は高級品であったと思われ、どんな人が持っていたものだろうか。
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2018年04月18日

必需品

      重いです

 SANY6463.JPG若い頃から憧れていたライター、それは「デュポンのライター」ですが、高くてとても買えませんでしたのでデパートのウインドーガラス越しに眺めていた。
 出きる事なら、その中でも漆塗りのライター、かってに自分が持つなら漆塗りと決めていたもの、そして何よりデュポンの魅力はあの音、近くで誰かが煙草を吸う時、デュポンのライター音は魅力的であった。
 「キーン」と金属音のする心地よい音、あの音こそライターの頂点「デュポン」、あの音は直ぐにデュポンのライターと分かり、聞き惚れてしまう音でもあった。
 しかし、それを手に入れることは難しくて憧れていたが時が過ぎ、30代後半になり質屋会館でやっと手に入れることが出来、それ以来何時もポケットに入れていた。
 勿論新品を買うことは出来ず、質流れの中古品、程度の良いものを探し当て、安SANY6469.JPGく手に入れたのが現実であった。
 憧れのライターを手にしたたが、実際に使ってみると問題もある事に気が付く、苦労して折角手に入れたものだから使わないと。

 実際には大型のライターはかなり重く、夏等の薄着のときはひと苦労も、ライターが重くてポケットが破れることもあり、その都度ライターが下に落ち傷が付いたりと事件も。
 特に漆塗りのライターはショックに弱く、直ぐに傷がついてがっかりしたもので、その時は直ぐに傷をコンパウンドで磨き、傷を分からなくするのに苦労をしたものだ。
 写真では黒く見えるが緑色のライターが其れ、毎日持ち歩いていたので表面の漆は傷ついたが、漆ぬりは剥げず丈夫な造り。SANY6478.JPG
 特に緑色した漆塗りのライターは良く使った物で、愛着もひとしおで手にしっかりと吸い付くような感覚になり、長年使っていたからこそ手に馴染でいる。
 今も現役であることは当たり前、金属音も変わらず「キーン」と良い音が、之だけ楽しんで使い今尚現役であるから、初めは高いと思っていたが年数を考えると安い物だと思うようになった。
 良いものは何時まで経ってもへこたれないもの、現役で活躍している。


 
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2018年04月17日

流行もの

      遊び心を表に

SANY6481.JPG 明治初期の時計をかたどった花生けは、本物に近ずけようと努力し、殆どの商品はリアルに表現されている物が多かったが、明治後期には、初期に無い製品が多く生まれて来、デザインが大幅に変更され。
 其の1つは、色彩が鮮やかになってくる事、色々な多彩の色使いがされ、初期当時には無かった色が出回り、本来の時計とはかけ離れた物に仕上がって行く。
 元々、ボンボン時計は色彩が地味で、木の持つ色其のものに再現されている為、色々な色彩が使うのが難しく、本来の時計からかけ離れてしまう為、初期段階では冒険しなかったとも受け取れる。
 しかし、時計をかたどった商品が市中に出回るようになり、時計と言う物の形は浸透して行ったので、少しくらいアレンジをしても時計と分かって貰える様になった事も事実、そしてデザインを変更して新たな消費者を開拓してゆく事になる。

 市場のマンネリ化を打開する為の商品開発でもあったようで、中には奇抜な時計もデザインされたようでSANY6487.JPGあるが、実際に市場には出回っていないのか、知らないのかだが、探したら出てくるかもしれない。
 明治後期には一般庶民の間でも時計が深く浸透しており、時計そのものを説明する必要性は無かったから、其の先へとデザイン化が進み、時計本体の形が文字盤だけになるデザインも登場する事となる。
 そして、文字盤だけの物から、もっと進んだ物はカレンダー時計を模した物が次第に登場し、より複雑な時計の花生けが誕生する事になる。

 それは全国の産地の別は兎も角、瀬戸や伊万里、そして東農地方で盛んに時計型の花生けが製造され市場に送り出されたが、当時として、どれだけ製造されたか記録としては残っていない。
 写真の花生けは、伊万里で明治末に製造された物であるが、前期の時計型花生けと比較すると、色彩も鮮やかであり、形も少し本物の時計とは異なったデザインに仕上げられている。
 遊び心をふんだんに取り入れ、時計上部の色もブSANY6490.JPGルーと黄色掛かった茶、そして本来あるはずの無い唐草模様を描いている。
 写真では色が薄い為に、非常に見にくくなっているが、振り子室の横に、同じ図柄の唐草模様がデザインされているから、比較して想像してみて下さい。
 又、振り子室のドアーも本来は、この形の扉は付いていなく、デザイン的にあえて四角のドアーにしたものなのか、不明であるがかえって四角のほうが面白いかもしれない。
 何にしても、明治末期に自由に時計の形をした花生けを、しかもカラフルにデザインがされたが、実際に家庭で使用した時に、何処の部屋に掛て楽しんだのか分からない。
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2018年04月12日

これは何だ

      鉄の塊

SANY8073.JPG
 またまた友人が分けの分から無いものを持ち込んで来たので、その論議に喧々諤々、またしても論争が激化する嵌めになったしまった。
 たまたま知り合いと酒を呑んでいた時に友人が現れ、何やら重そうな物を持って入ってきたが、何か怪しい雰囲気の物だと感じた。
 一緒に居た知り合いも友人とは顔馴染み、その場に入り込んだ友人、先ずは自分の好きなビールを一気に飲み干し、新聞紙の包みを開けだした。
 現れたものは埃まみれの汚らしい物体、「食べ物の席に汚らしいものを持ち込むな」と私が諌めると、そんな事よりこれは何だと汚らしいものを出した。
 知り合いも「汚いものだなぁ〜」と呑んでいたグラスを避け、その物体を迷惑そうに眺め、やっぱり汚らしいものだと、確かに汚いものだ。
 友人、「これは何だ」と鉄の塊を指差し、貰ってきたが何だSANY8077.JPGか分からないものだ、だけど面白いと思って持って来たのだが、やっぱり汚いなぁ〜と言う。
 酒を呑んでいる席に持って来るものではないだろうと思いつつ、その物体を良く見ると灰皿ではないのかと思うが、それにしても重いものだ。
 仮に灰皿でも何でこんなに重いものを造ったのか疑問、しかし良く見ると自動車の姿をしているように、すると知人が「これ自動車だ」と言い出した。

 私も気付いたのだが古い自動車の形をしている物、灰皿らしきものである事には違いないのだが、時代が相当に古いものだと思う。
 自動車の形から昭和のものには違いないとの認識で一致、しSANY8083.JPGかし戦前にこんなものを造るのかとの疑問も湧いて、モット古いのではと知人が言い出した。
 戦前、つまり昭和のはじめ頃であれば、「金属でこんなもの造るのか、金属不足の中」と友人が、確かに言われれば金属不足のおり、灰皿などに金属を使用するのかとの疑問だ。
 「では戦後の鋳造であるのか」と知人が言うが、戦後の代物でもなさそうな雰囲気、兎に角分けの変わらないものには違いなく、それを肴に3人して酒を呑む。
 自動車の形からはやっぱり大正から昭和初期の自動車、それにしては鋳造方がお粗末で、しっかりとした製造で造られた物ではないと思う。
 そんな事で何だ、かんだと論議をするうちに、酒が回りだしてきて、そんな論議もそっちのけ、酒が旨いと言いつつボトルが空になったしまった。
 写真の鋳物、形もボケたような姿の灰皿、テイブルの上にこんなボケた自動車を置いては恥、だけど何だか捨てがたい雰囲気の代物でもある。

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