2019年11月12日

ステンドガラス

    色々な物が

 最近またステンドガラスが人気になっているようであるが、以前みたいに古いスかいだん.jpgテンドガラスしか売れなかったのが、今は違うみたい。
 ステンドガラスと云えば古いのに決まっていたが、ティファニーのような少し時代の新しい物が好まれたかと思えば。
 近頃は近代的なものも流行っているらしく、新しく作ったステンドガラスも人気があるようである。
 人それぞれであるから何とも言えないが、時代の古いもので日本の家屋に合うステンドガラスは中々見つけ難い。
 余り派手な物は毎日見ていると、段々にくどくて嫌になりるのだが、だからと言って余りシンプルなものも良くない。
 このソコソコの良いステンドガラスを探すのが1番難しく、あちらこちらを探して周り遂には諦めてしまう人も居る。
 私の知り合いの喫茶店のマスター、大のアンティーク好きであり、当然ステンドガラスも好きであったが、欲しい物を探し回った挙句、結局ステンドガラスを買うことが出来なかった。

 自分の好きな物が見つからなくて諦めたらしく、ステンドガラスを嵌める場所には透明のガラスが嵌っていた。
 暫くしてから、その透明なガラスの場所にステンドガラスが嵌っていたのにはビックリ、マスターいわく、「どうだ良いステンドガラスだろう」と自慢げ。
 しかし何だか雰囲気が違うようで、良く見るとステンドガラスではなくシールらしき物が貼ってあるみたいである。
 マスターに聞けば、探し回ったが好きなものは無く、ホームセンターでこのシールを見つけて其処に貼ったのだと、雰囲気は透明のガラスよりよっぽど良いと。
 そして、マスターは「シールを切るときは真っ直ぐ切らずに、ギザギザの線上に切るのがコツである」と、そうすればよりリアルに見えて、ステンドらしくなるとの事である。
 安くて便利、探し回らなくても、簡単に手に入るシールで我慢した方が、失敗が無く又料金も安くて、工事をする手間も無く安上がりであり、雰囲気だけは楽しめると言うのだ、これも新しい楽しみ方か。

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2019年10月30日

染付けのすり鉢

    始まりは何時
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 前回書いたが写真がちいさかったので分かり辛いとの指摘で又書きました、瀬戸の染付けは磁器が製造されてからと思われているが、実際にはもっと古く1623年(元和9年)尾張潘の元和御成之記に、瀬戸の染付けを使った器で料理を出してと記録されている。
 以前より瀬戸の染付けは、加藤民吉が伝えた1807年からと言う事になっていたが、磁器ではなく陶器に白土をかけてその上から染付けをしたものが製造されていた。
 又発掘等でも陶器に白土をかけたものに染付けされた破片が出土し、加藤民吉以前に既に瀬戸で染付け陶器に製造されていたが、有田の磁器には及ばなかった。
 本格的に染付けが磁器で製造されるようになったのは、1770年代後半カオリンを使って磁器を製造するようになり、染付けを試みているがあまり良いものが出来なかったようである。
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 こうした状況下加藤民吉が磁器の製法を伝授してから、瀬戸の磁器により染付けが急速に進歩、今までになかった上質の磁器による染付けが本格的に製造される。
 瀬戸の染付けの特徴は、有田と違って本絵師の指導の下、絵師が染付けを担当した事であり、中国的なものではなく山水画の日本的な画風を元とした点にある。
 幕末には、伊豆原麻谷、山本梅逸らの絵師の指導のにより、染付けの基本を徹底的に学び取り、山水画等の技法を習得、瀬戸の染付けの基礎を確立する。
 写真の染付磁器は幕末に製造されたもの、絵師の指導による山水画が見事に描かれた逸品、繊細な筆捌きが見事な絵を生み出しており、当時の職人の腕の確かさがうかがえる代物である。
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2019年10月01日

小物入れ

      便利です
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 古時計を持っていると、必然的に必要な物は部品、特にビス関係のこまかい物が必要、小さなビスが無いばかりに失敗する事も多く、その部品を集めるのに、これまた必死。
 兎に角古時計を所有していると、トラブルは日常茶飯事、何時壊れるか分からないし、部品が無くなってしまう事も、そんな時の為に小さなビスとか部品を集めている。
 集めた部品は自分の分かる範囲において置かないと、イザ必要なときに慌てて探す事に、しかしそのような時ほど見つからない事がしばしば、そんな時はイライラして修理どころではない。
 結局その日は修理できずに部品探しに明け暮れ、とどのつまり修理も出来ずにイライラが募るが、こんな時の為に必要な小物入れを何時も探している。

 必要な時に探しても見つからないから、普段からアンティークショップに行くと、必ずや小物入れを探す事SANY0401.JPGにしているが、之が又丁度良い物が少ない。
 前にも飲料水メーカーのブリキの景品を集めたが、それだけでは到底足らないから、今尚小物入れは探索の最中、いい物が見つかれば直ぐに買い求めている。
 之も私の拘りなのかも知れないが、プラスチックの入れ物では良くないので、アンティークな物が良く、他の人は入れ物なんて幾らでも有、ホームセンターに行けば沢山有ると言うが。
 其処が又私の拘り、中々自分好みの物が欲しいもの無く、写真の入れ物は大正時代の化粧品入れ、アールデコのガラスで出来た入れ物、キャップが付いており、小物入れにはピッタリ。
 大正昭和の化粧品、乳白色のガラスのクリーム入れであるが、之が又使い勝手が良いのでアンティークショップで見つけ買い求めたが、店主「こんな物、戸田さん何に使うの」と怪訝な顔、「こんな物まで集めているの」と手厳しいが、部品入れと説明すれば直ぐに納得。
 このような小物入れが沢山有れば、小さなビスや小さな部品もしまって置くのに便利、暇な時にじっくりと探して、使いやすそうな物を色々と集めている。
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2019年09月18日

追いつきたい

    マイセンと肩を並べ
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 尾張瀬戸の磁器は、幕末から現在まで作られてきたが、1番多く輸出されたのは戦前、戦後の時期、この時代が1番多く輸出され、又多く製造された事である。
 時代によって製造されたものは違いがあるが、大別すれば実用向きと装飾物に別れ、戦前に製造された物と戦後の物が違ってくるが、大別すれば前者は食器、後者は装飾物が中心のようである。
 当然の事であるが、高級品の輸出と一般物とは区別され、製造会社は其々の分野で、得意とするものが違っていたもの、この時代を象徴している。
 特に高級品を扱う企業は、秘密裏に磁器を製造して、部外者にはその製造方法を公開せず、独自の職人を雇い、自社製品の拡大を図っていた。
 職人は図柄や絵付け方法、燃焼技術など一切を部外に持ち出す事を厳しく監視、製造された商品の持ち出しにも、厳しい目が向けられて、企業秘密として管理されていた。
 当然の事であるが、製造途中で出来た不良品でも持ち出しは一切御法度、不良品は全て廃棄され、粉々に砕かれてその秘密が外部に漏れないように徹底管理されたと言う。

 この様な、徹底的に管理された中で製造された輸出物は、外貨獲得に大いに貢献した事は云うまでも無くSANY1173.JPG、愛知県の主要な輸出品であり、保護も当然なされていた。
 その中にはマイセン窯と競い合う商品も多く製造されていたが、門外不出であった為に、一般の人はその存在を知る人は、少なかったようである。
 当時の瀬戸の磁器は海外で、マイセンの商品と市場を競い合っていたので、「マイセンに追いつけ」、「追い越せ」の合言葉を掲げてマイセンの商品を超えるものを作り出そうとしていた。
 商品はすべてが一品ものであり、職人が分業で1番最高のものを生み出す努力を、惜しみなく発揮してマイセンを追い抜く技術の習得に励んでいた。
 写真、下はマイセンのカップ、上はマイセンに追い越す為に製造されたもの、当時の最高級のコーヒーカップ、すべてが手づくりで製造され、見事な出来栄えの物となっている。
 金も本金を採用、分厚く塗られており、花の図柄は一つ一つ細密に手で描かれており、現在之を再現するのには至難の業であると言われている。
 カップは足が三本付いており、ソーサーは縁をハートの形をくり貫いた、豪華なつくりになっていて、最高級品の香りを漂わせた一品である。










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2019年09月05日

招き猫のかお

    やはり顔が違う

DSCN1123.JPG 招き猫、江戸時代から製造されて来た招き猫、各産地で造られて来たが、其処には独特の顔をした招き猫が色々な産地で製造されて来た招き猫だが、同じ瀬戸で製造された招き猫でも、時代によって顔が違うもの。
 一見招き猫の顔は同じようなものと思っている人も多いが、一つ一つよく見ると全く違った顔をしているのだ、同じ時代でも、同じ産地でも、同じ製造所でも、やっぱり顔が違う、当たり前と言ってしまえば其れまでであるが、実に面白い顔をしていると思う。
 よく言われるのが古い招き猫は、動物的な顔をしており、時代が新しくなるにつれて、優しい顔になると言われる。
 色々な時代の招き猫を比較して見ると、事実古い物はきつい顔をしているものが多く、新しい招き猫は優しい顔をしている。

 もう一つが、古いほどキツネに良く似ているとも言うのだが、そSANY8891.JPGの根拠はお稲荷さんと言う、京都伏見のお稲荷さん、もともとお稲荷さんのお土産として造られていた猫、キツネに良く似た顔をしていたもおかしくはないのだ。
 むしろ似ている方がそれらしいのではと、そんな気がする事もあるのだと思うが、お稲荷さんが発祥であれば、何処が発祥かは定かではないが、それはそれとして招き猫の顔はどれくらい違うのか、並べて見たら一目瞭然。
 確かに違う顔をしている事に、改めて思うのだが、それにしても色々な顔をしているのだと思える。
 瀬戸で製造された磁器の招き猫を見るに、時代や大きさにもその違いがある事も、あらためて分かった事。

 しかしここまで個性的な顔をしているものなのか、感心してしまうが、製造者の意図とも言えるのだと思う。SANY2924.JPG
 招き猫の顔はこうあるべきと考えて、製造したものと思うが、果たして本当の目的とは何か、招き猫らしい顔である。
 江戸時代の猫の顔を見るに、動物的な顔をしており、当然だが猫であるから、その様な顔であると、しかし今の我々が見ると滑稽な顔をしていると思う。
 当時はそんな顔をしている猫ばかりであったのかと、浮世絵などに描かれている猫もキツネみたいだと思う。
 写真に挙げた瀬戸の招き猫、古い物であるが、ヤッパリキツネに近い顔をしているのだ。
 私にはその様に見えしてまうが、果たして他の人はどの様に受け取るものなのか。
 キツネに見えるのか、猫に見えるものなのか、招き猫だから猫である筈。
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2019年08月29日

招き猫の前垂れ

    時代が分かる

 SANY0320.JPG招き猫、全国で多く造られて来たが、産地によって色々な招き猫が造られたが、その形態は少しづつ違う、勿論全国的に統一された形式は無く、招き猫であっても産地によっては形も違い、当然だが装飾も違ったものになっている。
 招き猫の特徴として前垂れがあげられるが、この種類も時代時代によって変化をして来たもの、古い物と新しいものを少し上げて見た。
 招き猫は人気も高くて数も多く造られていたもの、勿論商売の縁起物としての置物、それが招き猫である。
 古い物から新しい物まで色々な招き猫が存在し、材質に関しても様々な物で作られているのだ。
 もともと招き猫は土産物として造られたものであり、素朴なものであったから、色にしても単純なものであった。
 つまり白色と黒色、そして赤色の三種類が基本の色、それが古い招き猫の姿、時代が下がるにつれて色が増える。SANY8376.JPG
 その内に黄色が入るようになり、三毛猫の招き猫の誕生、そもそも三毛猫は数が少ない事から珍しいとされていた。
 招き猫も珍しい猫であった方が良いと、自然に三毛猫になったとも言われるが、事実はどうであろうか。

 確かに三毛猫は猫の中でも数が少ない方だと言うが、今はそんなに珍しい猫とも思わないが、江戸時代には珍しかったのか。
 この三毛猫が確立したのが何時の頃かは不明だが、現在の招き猫は全部と言って良いほど三毛猫が主流。
 逆に白黒だけの招き猫を探そうとすると少ない事に気が付く、何時の時点で逆転したかはわからないが、現在はその様になっている。
 そして招き猫が首にかけているもの、初期の招き猫は赤色の首輪をしているが、時代が経つにつれて変わって来る。
 この形態は何処の産地でも同じような推移をしており、何SANY0197.JPG処が最初なのかは不明、しかし明治に入ればやはり同じようだ。
 首輪から前垂れと呼ばれる暖簾みたいなものに変わることに、この前垂れも産地によって少しづつ変わっている。
 写真はその前垂れ、古い物から新しい物まで色々な物があり、古い物は手の込んだものが、しかし時代が下がるにつれて簡単なものになる。
 初期の前垂れはイッチンと呼ばれる白いブツブツの模様が入っているものが付いており、時代が新しくなると筆で模様を描かれている。
 これも産地によってはちがいがあるが、瀬戸で製造された招き猫は、この形態をしている事が多く、前垂れを掛けていない産地もあり、所によって違いはあるが、大まかな時代測定はこれが基本のようだ。

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2019年08月01日

染付けの香炉

    香 り 高 く

 SANY1481.JPG瀬戸の染付けは色々な物に施されているが、皿や茶碗、テイブルや灯篭、タイルや瓦、電気器具まで染付けはなされ、色々な物に施す事によって、更に普及していった。
 一般に染付けと言っても、雑器から高級器まで様々な物につけられており、其の用途によっても図柄を変えて染め付けられてゆく、職人の感性ともいえるもの。
 雑器であれば、其れを使う人にあった模様を選択、更に物の大きさによっても図柄を変更、この様に臨機応変が染付け職人の腕の見せ所でもあったようである。
 時代時代によって、当然のこと流行も存在し、其の時々によって変更するのも職人の感性であり、敏感に世間の流れを読み取っていたのも、彼らが単に絵付けをするだけの職人で無かった証でもある。

 高級器における彼らの腕の見せどころ、其の器にあった図柄を選択するのは常識であり、それよりも器が使われる用途を見極め、物語をも認識した上に絵付けをしたようだ。
 其れは、短歌であったり、芝居の一幕であったり、物語の一場面であったりと、その物を知らない職人には描けない図柄を、当時の絵付け職人は行っていた。
SANY1483.JPGSANY1485.JPG 写真の香炉はそんなに古くなく、実用的なものだが、細部的に見てゆくとそのものに対する職人が、知識を持った上での作業をされていることが分かる。
 獅子頭をつけた蓋、3本の長く伸ばした足、胴体部分の丸くなったところの図柄、一つ一つが用途を分かった上で、染め付けられていることが良く分かった物。
 床の間に於いて香を炊く為の物、洗練されたものでなければ雰囲気が台無し担ってしまうもの、格調高い染付けで無ければならない物だ。
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2019年07月30日

ロレックス

    何故か人気がない

 ロレックスの時計、今一番人気な時計、特に腕時計しかもブラックの時計、高価でありながら若者に絶大に支持を受けている時計だ。SANY6549.JPG
 私もロレックスは好きだが、人気のものではなく手巻きの時計が好きで、幾つか持ってはいるが使用はせず、お蔵入りの状況だ。 何故かと言えば、今までに良く壊して、修理代が高く付いてしまい、其れ以来使用せず保管状態、頑丈な自動巻きであればこんな事はない。
 私の持っているものは本体が薄くて、ブレス調の時計がおも、だから壊れやすくて使わないが、では何で持っているのかと言えば、機械が好きだから。
 ロレックスの機械は力強さが伝わってくる感じのもの、他の時計の機械と比べれば、それらしき感じるのは私だけかも知れない。
 しかし、あの機械を見ていると職人気質が表れているような、そんな気になってしまい、ツイツイ見とれてしまう事もあり、それが又良いのだと思う。
 
そんなロレックスの懐中時計、写真のものだが、あまり程度が良く無いもの、それでも見つけたのだからツイツイ買い込んでしまった。
 どう云う訳か、ロレックスの懐中時計、今一人気が無いもので、何で人気が無いのか分からないが、アンティークショップに出ていても売れていない。SANY6555.JPG
 私が良く通ったショップでも、何時行ってもガラスケースの中に納まっていて、売れていないのだが、ショップのオーナーに聞いても、「何でだろう、売れないね」と首をかしげる。

 腕時計は今や若者の人気は絶大、何処のショップでもひっぱり凧で、商品が追いつかないという、その一方懐中時計は何時までもカラスケースの中。
 中々売れないのだが、原因は分からないのだと言う事、実用的でない事が一番の原因なのかとも言うが、それだけではないと思う。
 このロレックスの懐中時計、1920年代のものと思うが程度は良くないので、売れ残っていたのを私が買い込んだよう、「残り物には福がある」の喩えが通用するのか。
 裏蓋を開ければロレックス特有の、あの頑丈の中にも繊細さがあり、やっぱりロレックスの機械だと思わせるが、何で売れないのかやっぱり不思議。

 
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2019年07月13日

アンティークとは

    種類は色々

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 よく聞かれるのはアンティークとは何ですかと、難しい質問でもあり、全般的に言えば古い物と答えるしかないのだが。
 古い物なら何でもアンティークなのかと、それもまた困った質問で、和物は何ティークとは呼ばないのが普通、ではアンティークとは何。
 益々答えにくくなるが、西洋物を主体とした古い物と大きく答える事が出来るが、それとて正解ではないのだと思う。
 ヨーロッパでは百年以上経っていない代物はアンティークとは呼ばず、それ以上古い物をアンティークと呼ぶのだ。
 日本では骨董と呼ぶが、西洋物と区別しているので、百年以上と言う決まりはなく、古い物が骨董品である。
 範囲が広くて、その上種類も多いのが骨董品、勿論アンティーSANY0303.JPGクの同じ事で種類も同じように多いのだから難しい。

 日本のものでも時計とか玩具などはアンティークと呼ぶ、西洋物でなくてもそのように呼ばれているから、やっかいな事になる。
 そんなアンティークもの、それも百年も経っていないもの、ツイ最近まであった物までアンティークと呼ぶのだから。
 全く範囲を広くしてしまったものだが、ソコソコ古い物でないとアンティークと呼ばなくて、ビンテージと呼ぶのだが。
 響きとしてはアンティークの方が聞こえが良い、人とは厄介なものでいったん覚えてしまうと、中々切り替えが難しい。SANY0301.JPG
 ではポスターや看板はどの様に呼べばよいのか、骨董品ではなくアンティークの部類に属する事になるだろうが。
 一つ一つ上げて行けばキリがなく、段々と広がってしまい、ビンテージと呼ぶのがふさわしいのでは、それにしても範囲が広い。
 それほど多くのものが存在している証拠、この世界広いと思うが、之からもモット種類が多くなることは必定。
 益々厄介な事になってしまい、何と呼べばよいのか、ルールつくりをしなければ混乱するばかり、統一が望ましいのだと思うが。
 写真のものは何処の範囲に入るものなのか、アンティークなのか、ビンテージなのか、厄介な事だと思う。
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2019年07月12日

磁器の金魚

      金    魚

SANY9506.JPG 夏の風物詩金魚、暑い毎日を過ごしていると、水の中で泳ぐ金魚がうらやましく思えてくるが、別に金魚は自分が涼しいところに居るとは思っていない。
 人間様が金魚を見て勝手に思い込んでいるだけの事、しかし昔から金魚は夏の物と決まっていて、暑くなると金魚がもてはやされ、ワザワザ金魚鉢を飼って買う始末。
 この金魚、愛知県が主要な産地、其の他大和郡山も盛であり、この2つが全国の市場を占めているようであるが、近年金魚も中々飼えない家庭環境でもある。
 当然金魚は生き物であるから、毎日の世話は当然の事、水槽の水替えから餌やりまで、毎日やらなければ成らないのは当たり前、其の当たり前の事が現在はウットウシイらしい。
 其れも、現代の忙しい世の中を象徴しているようでもあり、もう少しゆとりのある生活を望みたいもの、一時の精神的な安らぎを求めなければ疲れてしまう。

 何しろ現代人は忙しすぎ、余裕が持てないらしく気の毒なSANY9515.JPG事で、そんな生活をしなければ無いらなのも又、現実の社会でもあり、何とかならないものなのか。
 嘆いてばかりでは、何も解決はしないが、此処に餌をやらなくても死なない金魚が存在、我々の眼を楽しませてくれる物があり、其の歴史は100年を越す。
 とまあ、大げさな言い方は別にして、磁器で出来た金魚が其れ、明治時代から製造されていたらしく、其の製造方法は難しいようで、水に浮くように造るのは技術がいる。
 鮮やかな色をした可愛い金魚の形をして、水に浮くように製造してあり、餌をやらなくても死なず涼しげに泳ぐ、しかし磁器で出来ており水に何故浮くのか不思議である。
 其れも職人の技術、本来水の入らないように作ると、窯の中で焼く時に金魚の中の空気が膨張して、金魚は爆ぜてしまうのが当たり前、其れをしないように焼くのが技術。
 写真は、瀬戸で製造された大正期の磁器の金魚、鮮やかな光沢のある出来栄えとなっており、即今中国で製造されたものとは比較にならないほど、出来が良く可愛らしい物。
 中国製のものは安いが雑、しかも趣が無くやっぱり瀬戸の磁器物が1番出来が良く、人々の目を楽しませてくれる一級品、昔の技術は大したものだ。














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2019年07月11日

アンティークドール

      我家の住人
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 また取り上げる人形、母親が亡くなってから実家をひき払い、荷物は兄弟のところに分散をしたが、何故かしらこの人形が荷物と共に付いて来、我家に納まっている。
 この人形、一番上の姉のもので、実家に保管されていたのを、そのまま我家に引っ越してきたらしいが、私は全然知らなかったので荷物をあけてビックリ。
 確か子供の頃かすかに見た覚えが、私と一番上の姉とは年も多く離れている為、この人形の事はあまり記憶に無いし、実家で荷物を持ってくるときに兄弟で確認をしたはず。
 それなのに我が家についてきたのは、この人形が自分の意思で我家に来ようとしたのか、そんなはずもなく姉にその事を告げ、人形を取りに来るように連絡。
 すると、姉から連絡が入り、「人形はそちらでそのまま保管をしておいて」との返事だ、折角何十年ぶりに出てきてのだから、「そちらに持って行けば」と。
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 しかし姉は、人形が自分の意思でそちらに行きたいとして、そちらの家まで行ってのだから、「人形の意志に任せる」との再度の返事、そんなわけで我家の住人となったのこ人形。
 姉によると、姉が生まれるときに父親か祖母が買ってのではないだろうかとの事だが、物心付いた時には既に姉の手元にあったらしく、昭和初期のもの。
 当時流行った人形であり、フランスの人形をモデルとして日本で製造された物、しかも良く調べれば顔は瀬戸で製造されたものらしく、ノリタケの製品と判明。
 既に80年以上を生き抜いてきた物、我家に来てからはフランスのジュモーの人形と寄り添って座っているので、姉もしばしば見に来ては懐かしがっている。
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2019年06月26日

真鍮製

      黄金の輝き

 SANY2323.JPG昔アメリカ映画に出てきたランプ、大きな机の上に置かれた真鍮製のランプ、あのランプを見た時には、アメリカは凄い国だと思ったのを覚えている。
 私が見た黄金のランプとは、真鍮製のシェル型をした置ランプの事、映画の中のランプはキラキラと輝いており、アメリカの豊かな生活を表すようなそんな気がしたランプ。
 その時からあのランプは、「ザ、アメリカ」であり、憧れのランプとなってしまったが、その時見たシェル型のランプ、上部は貝殻を被せたような物で、支柱が二本付いていた。
 脳裏に焼きついた此のランプ、憧れのランプとなって久しく、アンティークショップで再び出会った時には、あの映画で見たランプとは形は一緒でも輝いていない物だった。
 形こそ良く似ているがあのランプと違うと思ったが、店主に「此のランプ、アメリカ製ですか」と聞いてみると、直ぐに「アメリカ製のランプです」とかえって来た。
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 やっぱり同じ物だが光り輝いていないから、店主に再び聞いて見る、すると店主、ニコリとして「時代物だからくすんでいるだけで、磨けばピカピカに成る」と教えてくれた。
 当たり前の事であるが、私は映画の中のランプのイメージが強すぎて、ピカピカのランプでないと同じ物に見えなかったので、「新しい物は今手に入るのですか」と聞いてみた。
 再び店主「新しい物は今も販売しているが、やっぱり当時の物の方が良いと思います」との事、「今の新しい物はピカピカで雰囲気が無い物で勧めたくない」とも付け加えた。
 写真のランプが現在販売されている復刻版のランプ、やっぱり店主の言ったとおり、新しい物は趣の無いもので、やっぱり本物のアンティークのランプの方が良いと悟った。
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2019年05月13日

時代の変遷

      段々に薄くなる
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 懐中時計、呼んで字の如く懐に入る時計の事、買って懐中時計はステータスのシンボルとして君臨してきた時計、貴族の持ち物でもあった。
 もともと高価な時計であり、一般庶民に手の入る代物ではなく、一分の人たちの持ち物であったもの、その為に贅を尽くした物が多い。
 古い物は勿論手作りで製作された物であり、一品しか存在しない時計であったもので特注品、それが懐中時計だと思ってよい。
 手に持てる位になった時計が懐中時計になるのには時間が係り、初めての懐中時計はダチョウの卵位の大きさであったとの事。
 勿論懐に入るような代物ではなく、権力の象徴としての時計であった事は確か、その懐中時計が次第に小さくなり、懐に入るようになる。
 SANY3020.JPGしかし懐に入る位に小さくなってはいるが、分厚い時計で現在の人が想像するような薄さではなく、鶏の卵位の厚さと大きさであった。
 これは中の機械がまだ小さな物にならなくて、分厚くなっていたから、本体も当然の事分厚い物となって、それを懐に入れてたのだ。

 そして何よりも重かった事、部品の一つ一つが大きく、そして分厚く作られていたため、重量があったもの、今の時計を想像すると比べものにならない。
 写真の懐中時計、右から順に古いものであり、1番右の懐中時計は1700年代初期のもの、厚さは2センチ5ミリもあるもの。
 その隣にある時計は1800年初期のもの、これSANY3028.JPGでも暑さ1センチ6ミリもある、そしてその隣の時計、この時計までは鎖引きの機械。
 旧式の機械であり、中々薄く出来なかったが、このクラスになると1センチ2ミリと薄い物となったおり、1番左の時計は大正時代の時計。
 この時計は7ミリと前の時計と比べてもとても薄いものに仕上がっている時計、時代の変遷を目で確かめて見ると、非常の興味深いことが分かる。
 懐中時計が厚さ1センチを切る位になるのには200年もの歳月が掛かっているようだと気付く、機械の進歩も実にゆっくりであったようだ。
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2019年04月26日

青森と仙台

    風土の違いか

 SANY0956.JPG今こけしブームと言われているが、前にも何度がこけしブームはあったが、その時々によって人気の度合いが違っている。
 勿論どのこけしが如何と言う事はなく、全般的にこけしが愛されて来たもので、その素朴さが受けての人気であった。
 もともと温泉場の土産物として売り出されたもの、木地師の内職と言って良いものであったこけし、何時の間にか本職となった。
 このこけしも時代と共に人気が上がったり、下がったりであり、こけし一つで生計を立てるのも大変な事、今も同じ様である。
 人気が出たからと言って、直ぐに自分のこけしが売れるものでもなく、ブームとは難しいものだと言う事である。
 しかし人気が高まれば、それだけこけしが売れて行く事は確か、こけしブームはそれはそれで有り難いものだ。SANY0964.JPG
 今の人気は若い女性が中心と言う、しかも創作こけしの方が人気だと言うのだが、私には中々ついて行けないのだ。
 別に彼女らの人気について行かなくても良いのだが、気になる事だけは確か、どんなこけしが人気なのかと知りたいのだ。

 創作こけしとは従来のこけしと違ったもの、勿論そんな事は分かっているが、どんなものが人気なのかと、興味はあるのだ。
 そんなこけしブームでも、以前からのこけしにも人気が、それも少し個性的なこけしに集中していると言うのだが。
 一つは青森県温湯温泉の盛秀太郎の作品、この人は既に物故作家となってしまったが、人気は高くて今でも高値で売買されている。SANY8209.JPG
 ネットでも幾つか出ているが人気は高いもの、そしてもう一つが先代の鈴木昭二のこけし、この二つのこけし、兎に角個性的なもの。
 仙台のこけしと青森のこけし、勿論伝統的なこけしを受け継いでいるが、作家の個性が表に出ているこけしでもある。
 秀太郎のこけしは津軽の風土、昭二のこけしは仙台の風土にあったこけし、二つとも風土を表に表したこけしと言って良い。
 形は良く似たものであるが、描かれているものは全く別、地元の風土を表している図柄、顔も独特なものである。
 そこで生まれた生い立ちも顔や図柄に反映しており、こけしを見ているだけで、後ろにある風土が見えて来るような、そんなこけしでもある。
 創作こけしは、それはそれで良いと思うが、風土に合ったこけしも良いものであると、今の人にも理解して欲しいが。
 こけしは目が命と言われているが、二つのこけし独特の目が印象的であり、見るものに訴える迫力が違うと思う。
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2019年04月17日

瀬戸の染付け祥瑞

      幕末以後の染付け

SANY0443.JPG 明治に入り瀬戸の染付けは様変わりをすることに、その原因は海外からもたらされる釉薬に原因が、今までの釉薬と違った物が輸入される為である。
 特に瀬戸独特の釉薬、コバルト色の青い顔料、深みのある色で瀬戸独特藍色を発色、江戸時代から受け継がれた来た「ベロ青」、瀬戸の染付けの釉薬である。
 このコバルトの成分が違った物が入るようになり、染付けの色も青色が少し薄く発色をする顔料に変わり、其れにより瀬戸の染付けの色も変化をもたらす結果となる。
 その違った顔料を使う事になり、職人たちもまた新たな柄や絵を描くことになるが、その濃淡を上手く利用して、今までになかった彩色が出来るようになる。
 写真の鉢は明治初期に製造された染付けの鉢、江戸時代の染付けの色と明らかに違い、藍色の薄い釉薬が何とも言えない発色をしており、今までにない瀬戸の染付けになっている。

 従来の釉薬では出せなかった濃淡、ぼかし部分の薄い色等に明治の息SANY0445.JPG吹が出ている代物、職人たちもこの新しい釉薬を以下にして使いこなすかは、当然のこと試行錯誤であったに違いない。
 江戸時代の従来の釉薬では、この細かい「祥瑞柄」の図柄は色が濃くて、深みのある物には仕上がるが、この明治の鉢みたいな明るくて澄んだ祥瑞の柄には仕上がらない。
 この鉢の直径は30センチ、昔風に言えば尺の大鉢であり、このように大きな物にビッシリと細かな祥瑞柄が描かれている為に迫力があり、見事としか言えない。
 鉢の中の見込みには、山水の図柄が描かれ当時の職人の心意気がヒシヒシと伝わってきて、新しい物を得た職人の喜びと力量が鮮やかな物に仕上げている。

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2019年04月13日

染付け祥瑞

    幾何学模様

 染付け柄祥瑞には色々な模様が描かれているが、その模様は様々で職人による創意工夫SANY0688.JPGがなされ、数限りない模様を生み出しているといわれている。
 中国で生まれた祥瑞、日本に渡来してからその姿を変え、日本独特の図柄が誕生し、発展を遂げるが時代、時代に流行りも存在していたようである。
 極細微な模様が好まれた時代、大柄な幾何学模様が流行った時代、時代によりその時の好みも変化しい行くのもまた日本の歴史かもしれない。
 時代に要求される模様を基本は其のままに、変化させてゆくのも職人の腕、そこには美的感覚が要求され、職人も技術だけではなく発想のセンスもまた必要であった。
 各地の染付けは祥瑞柄にも当然の事、その土地の歴史があり土地土地によって微妙に図柄も違い、これも又意図的に行われていた事、つまり他地域よりも進んだ技術とセンスを誇示したからである。

 有田や九谷、清水や瀬戸これらの地域は染付けを生産する産地、いわば競争SANY0685.JPG相手であり、競い合って地元商品の優秀さをアピールすると共に、市場を獲得する為に競い合った。
 祥瑞は幾何学模様と丸紋の連続模様、その幾何学模様は千差万別、図柄は幾とおりにもなり無限に近い、1つの柄を連続させ模様を構成するもの、それが花であったり、波であったり、七宝であったりと限りなく多いもの。
 写真の祥瑞も小さな花や波を連続させて幾何学模様を作り出しているが、その職人のセンスの良し悪しで図柄も生きてくるもの、躍動感のあるものや落着いた柄物の組み合わせの冥でもある。
 瀬戸の祥瑞柄の冥、細かい柄を瀬戸のゴスで描かれた鉢、藍色の濃淡(ぼかし)の技法も取り入れて、鉢全体に施された幾何学の美が出来上がっている。
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2019年04月05日

日光写真

    お日さましだい

 SANY9302.JPG子供の頃、何に対しても夢中で取り組んだものだが、年を重ねると現実感に打ち消されて夢は段々と小さくなって、その夢も消えてしまうような気持ちになる。
 子供の頃はどんな小さな事でも夢があったような気がするが、現実が近ずいて来ると大人は夢を持たなくなるが、子供はそれが無かったから、何時まででも夢を見えた。
 そんな時代に夢中になったのが日光写真、本物のカメラは手に入るはずも無く、まして高価な物であったので高嶺の花、そしてその頃はやったのが日光写真。
 薄いダンボールにカメラの形をした箱、そしてフィルムはセロハンに黒く印刷した用紙、これを印画紙と共に箱にはさみガラスの付いたふたを被せ、日光に暫く当てる。
 すると黒くなったセロハンの部分が印画紙に移り、あたかも写真が取れたように成る仕組み、機械は一切なく箱だけであとは印画紙、この印画紙も当時は多くの種類があり流行は存在していた。

 その頃の一番人気はやっぱり「鉄腕アトム」、そして「鉄人28号」この二つSANY0439.JPGが子供の憧れも的、日光写真もアトムや鉄人のフィルムを求めて探し回ったのを覚えている。
 同じ種類のものは面白くなく、違った種類を求めて駄菓子をはしごしたものであるが、中々違った種類が無く苦労したものだ、見つけたときの喜びは言葉では言い表せない位の喜びであった。
 写真は、その日光写真機、憧れのアトムが印刷されているが、このアトムも海賊版であり、本物と違って何処と無くほっそりとしたアトム、本物であろうが、偽者であろうが当時はどうでも良く、写真が取れればそれで満足であった。
 ボロボロになるまで使ったもので、今では日光写真の新しいものは中々手に入らないが、この写真機、前回の日光写真機と同じ所から出て来たもの未使用の新品である。
 こんな物でも今手にすると、子供の頃の懐かしい思い出が蘇ってくるので安い遊び道具くらい懐かしいものは無いもの、今の子供たちはなんでも手に入るから逆に可愛そうでもある。
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2019年02月24日

普及品

      携  帯  用

SANY1981.JPG 江戸から明治に入り、日時計も様変わりをする事となるが、この時期はまだ腕時計は発明されていなくて、懐中時計が主流の時代、しかし一般の人には懐中時計すら買えない時代。
 そのために日時計は大いに珍重されていたが、普通の日時計では役に立たない場所もあり、また使用する人達によっては、その丈夫さが要求されるようになる。
 江戸時代も、道中日時計と称せられるものはあったが、之も高価なもので一般人には高嶺の花、そんな事で一般の人でも手に入る安価な日時計が考案される。
 その一方で丈夫な日時計も、又要求され開発が進む、明治6年の改暦により、日時計も様変わりを要求され、その姿を一編させる事となり、今までの時刻ではなく、時間と読み方も変わる事に伴い大きく変更される。

 十二支表示から、12時間表示に変更、1時、2時と言うような現代の時間表示になり、細刻みも増やしてより鮮明に表示できるように工夫され、携帯しやすい物になる。
SANY1982.JPG 写真の日時計、明治に入ってから製造されたもの、軍隊用とも言われ、懐中時計のような形をしており、薄くて軽く丈夫な日時計に進化している。
 真ん中に磁石が入っており、磁石に従って真南向ければ、時間が分かるような仕組みになっていて、真ん中に細い棒状の線が、蓋を開けると飛び出して時間を計る指針となる。
 蓋の部分には、日時計を見る説明書が印刷されていて、簡単で面白い説明が書かれているが、「日の当たるところに出て、子の位置を真北に向け時間を見る」と説明してある。
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2019年01月26日

時計の鉛筆削り

      知らず知らずに
 SANY0323.JPG
 前にも取り上げたが古時計愛好家にとって時計に関するものであれば興味が湧くもの、それが何であれ見たいと思う、そんな事を思っている人も多いと聞く。
 事実古時計を集めるのではなく、はじめからこのような古時計の小物を集めている人も、その人たちはジャンルにも拘っているのだ。
 ジャンルとは写真であったり、金属であったり、陶器であったり、はたまた木製品であったりとジャンルが違い、それはそれで拘りだ。
 私もご多聞に漏れず、色々なジャンルの小物を集めているのだが、その統一性は全くといってなく、目に付いたものを集めただけ。
 拘りをもって集めている人から見れば統一性の無いもの、大きい物から小さい物まで、そして素材には拘らず、時計の形をしていれば良い。
 SANY0328.JPGだから手あたり次第に集めているが、高価なものは手にしない事、そして深入りはしない事、これを守って集めていると思っているが。

 見るもの、見るものを集めていたら限度がなく、人間欲望には勝てないから、ソコソコで切りをつけなければいけない。
 そんな時計の小物、買う時にも決まりをもうけている事が、それは古時計を手に入れたときは時計の小物は買わないこと。
 両方とも買い込まないことが決まり、これは最低限度の守りたい事、そなん決まりの中で集めてはあるが、やっぱり小物は自然と集まってくる。
 友人に言わせればそれは病気で、それも重病人だと言うが、確かに大袈裟ではあるが、間違ってはいない様だと思う。
 写真の真ん中のものは時計小物の中1番のお気に入りの物、高さも3センチ位の小さな物だが、鉛筆削りとしては使いやすく非常に便利なもの。
 古時計を集めている人はこんな小物も大好き、根っからの時計好きである証拠でもある。
 いずれにしも古時計愛好家としては、時計の形をした物を知らないうちに買い求める傾向が強く、殆どの人が小物を好きだと思う。
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2019年01月09日

ステンドグラス

    光線のかげん
 SANY8619.JPG明治時代西洋建築がさかんに造られ日本各地に其の姿を留めているが、多くの建物にはステンドグラスが使われている。
 文明開化の名のもと、西洋建築は大流行、わけの分からない建物も現存しているが、日本人の手によるものがほとんど。
 今までの建て方とは違い、全く新しい建て方として当時の大工を悩ませたことだろうが、そこは日本の大工へこたれなかった。
 和様折衷とも言うべき建物が造られたが、当時の大工の心意気とも取れる建物が現存しており、色々な工夫が施されているのだ。
 そんな建物が横浜や神戸、長崎と港町に多く残こり、今でも当時の面影を色濃く残しており、観光客の人気である。
 私もそんな西洋館を見るのが大好きでよく出かけたものだが、一番の見どころはステンドグラス、何処に設置してあるのか楽しみであった。
 教会などのステンドグラスと違い、西洋館のステンドグラスは趣が全く違うもの、やっぱり和様折衷の物が一番。
 特に日本人の手によるステンドグラスが良く、あの何とも言えない雰囲気の図柄、淡い色彩のガラスの組み合わせが良い。

 日本家屋に合うようなデザイン、特にSANY8602.JPG風景画が良い、どこかのホテルのロビーで見た明治の作家もの、それを見た時、ぜひとも手に入れたいと思ったものだ。
 建物の雰囲気を壊さず、それでいて存在感のあるデザインと色彩、その場の雰囲気は最高のものに仕上げていることだ。
 彼らは西洋にはない色彩と感覚、日本人ならではの感性で仕上げられたステンドグラス、やっぱり日本家屋によく合う。
 西洋のステンドグラスが日本製になり、日本の家屋に鎮座するもの、それはやっぱりデザイン、そして色彩の妙。
 そんなステンドグラスを欲しいとあちこち探したが、なかなか手に入れられず苦戦、やっと手に入れたのは大分経ってからのこと。
 自分好みの図柄を探すことに難しく、たまによいと思うものを見つけてもサイズが大きかったり、小さかったりと目的と会わなかった。
 古い日本製のステンドグラスは数が少なく、ましてサイズが決められていると探すのはより厳しいものとなった。
 結果は欲しいと思ってから10数年も経ち、ちょうどよいサイズの物を手に入れ、玄関の天窓に入れることにした。
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