2020年07月12日

磁石

   必需品SANY7237.JPG
 方位磁石、軍隊では必需品の装備品、明治に入り新政府は富国強兵を旗印に、軍隊の強化を図り、外国に対抗した。
 明治初期には外国からの侵略に備え、特に軍隊の強化が課題とされ、早急に増強する必要に責ばまれていた時期だ。
 この頃北方ではロシア軍の南下が激しくなり、北海道が侵略の危機にあったと言う、新政府は北海道の軍備増強を図ったいた。
 当時は開国依頼諸外国が東南アジアを植民地にしようと画策していた時期、特にフランスとロシアは日本を標的としていた様で、この時期は日本にとっては重要な時期でも、イギリスは中国を標的としてとらえ、数々の戦略をたてて侵略しようと画策、後のアヘン戦争へと突き進むことになる。

 そんな時期、日本は富国強兵を推し進め、SANY7244.JPG軍事力強化を最優先に突き進む事に、この時代多くのものが発明され世に送られて行く。
 この磁石もその一つと言われ、特に軍隊向きに製造されたもの、外側を木製でコンパクトに造られ、コスト的にも安価なもの、そのがこの磁石。
 木枠の中に仕組まれたもので、手軽に持ち運びが出来、使い易さも考えられたもの、蓋の裏には全国各地の標準時が刻まれている事、誰でも簡単に見る事が出来るように工夫されている点、磁石が方角を指すが、東西南北が同時に分かるようにも造られている。
 折り畳み式の日時計は簡単な仕組みで的確に組み立てられ、その上使い方まで書かれている事も使うものの身になった造られている。
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2020年07月01日

素朴が良い

      秋田の名工
SANY1012.JPG 日本全国に「こけし」は多く存在し、今尚根強い人気を保っているが、その多くは東北中心のようであり、過去色々な名工と言われる人たちを多く排出したのも又東北である。
 一時期の熱狂的なこけしブームは去り、今は静かなブームと言えるのではないか、このこけしの登場はそんなに古く無く、幕末頃に東北の木地師によって作られたといわれ、そもそも、この「こけし」は子供の「遊び道具」として、木地師が自分の子供や孫に造ってやったのが始まりとされ、当時は彩色もなしの生地そのままの物、人をかたどった玩具であったようだ。
 勿論この時はこけしとして売りに出すものではなく、あくまでも遊びの道具としてつくられたもの、子供のために簡単な玩具とて造りあげ、それで遊ばせていたとも言われている。
 そのうち、生地に彩色を施して温泉地で土産として少しづつ売り出し、やがてそれが評判となり、木地師の現金収入となったため大々的に製造するようになる。
 冬には雪で閉じ込められる生活であった人々、生活の糧は出稼ぎなどして生計を立てていたとも言われ、それがこけしで現金収入となることに、当時現金収入の少なかった木地師達は互いに競い合い、次第に各地独特のこけしが登場する事になり、それを目あての観光客は自分の好きなこけしを求めだすことになる。

 明治から大正時代に現在のこけしが確立、東北地方各自の型が出来上がり、温泉場のみやげ物の横綱と言われるまでに成長、そしてその中から名人と言われる人物が登場、SANY3974.JPGその一人が「小椋久四郎」であり、現在彼は伝説的なこけし職人と呼ばれ、こけし界のスーパースターで、彼のこけしを捜し求める蒐集家は数多く、憧れの存在でもある。
 その息子「小椋久太郎」も父久四郎に手ほどきを受け、見る見る上達して父親と肩を並べる位に成長、此の2人のこけしの特徴は何と言っても、こけしの胴にに描かれる梅の絵、久四郎の梅は跳ねている様に描かれ、久太郎は整然と描いているとも言われる。
 この木地山こけし素朴さが一般大衆に受け、他とは少し違った図柄、おぼこと呼ばれるスタイル、特に前垂れと呼ばれる図柄が特徴で、2人に共通するのは派手ではなく素朴なこけしを製造している事、秋田の木地師の誇りを奥に秘め、素晴らしい作品であると同時に、蒐集家の憧れ的存在である。
 写真は「小椋久太郎」の「こけし」、如何にも素朴な雰囲気を持ったこけしであり、蒐集家の好むこけしの代表と言って良いもの。
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2020年06月25日

思い出の時計

   ポートベローSANY2451.JPG
 以前にも書いたが誰しも思い出の品にはそれぞれのドラマが、友人のアンティーク買い付けでイギリスにお供、大概のマーケットは行ったが、その行った所々で出会いも、それが物であったり、人であったりといろいろ。
 イギリスでの人の思い出は余り良いものは少なく、気分の悪くなるものが多いが、中には今でも心に残る人も、何回かのイギリスの旅のお供で、アンティーク、マーケットは少しは分かるようになった。
 自分でそこに行けと言われれば、絶対に行けないが、連れられて行った所は全部記憶に、その中の一つがポートベロー、ここはあの映画の舞台でもあったからだ。
 しかしそれだけではなく、良い思いでの一つ、例によって土曜日の朝早くにポートベローに行き、早速オルゴールを求めての探索に入った。
 観光客で早くも満員の盛況、しかしバイヤーと言うプロも多い、そんな中、以前に行ったバイヤーの店に着き、友人と早速オルゴールを見る事に。
 バイヤーいわく、「お前たちの為にとっておいた」と指を指す処にオルゴールが5台、確かに良い物のようだが、当然のこと値段次第で決まる。

 SANY2456.JPG遊びで出来ている訳でなく、主としてオルゴールの買い付けが主、その為に妥協は許されず、当然の事私に対する期待度が大きく、友人は金を出すだけ。
 そんな状態でジックリとオルゴールを見極めるが、見掛けは全部良い物だ、しかし良く見ると部品が所々換えてあり、オリジナルの状態の物は無く、友人に目配せで合図。
 よくある事だが海外のマーケットはピンからキリまで、良いものから悪いものまで、兎に角多く存在しているが、その中から自分好みのものを見つけ出す。
 しかし見た目だけでは騙される事になり、中をジックリと見ないととんでもない代物も多いのだから、素人では中々難しい。
 そんな時、私はガラスケースの中に写真の懐中時計を発見、オルゴールどころでなく、早速懐中時計を見せてもらうが、やっぱり珍しい物であると同時に程度が良く大珍品、「シメタ」これは掘り出し物だとSANY2453.JPG思う。

 この時計は1880年代に流行ったトリプルカレンダーつきの懐中時計、表と裏の両面にカラクリを施した珍品、日付、曜日、月が表示され、尚且つムーンフェイス付きの懐中時計。 
 その後は想像通り、オルゴールを買うから之を安くしろと交渉開始、とは言っても私がするのではなく友人が通訳、友人にも悟られないように「オルゴールもソコソコだから買いな」と云いつつ、「この時計も一緒に交渉せよ」と、結局安く商談成立して、私の思惑通りこの時計を持って帰ってきた。
 あとで友人「最初からこの時計を買うために、オルゴールを俺に買わせたのか」と私に聞く、私は「とんでもない、お前がオルゴールを買うのならついでに」と思っただけだと、しらを切り通し目出度く目指す時計をゲットして帰って来た思い出の品。
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2020年06月22日

振り子の形

   木製のふりこSANY2378.JPG
 時計に付きものの振り子、柱時計にせよ、置時計にせよ、機械式の古い形の時計は振り子式、様々な振り子が付いている。
 時計の個性により特殊な振り子を付けている古時計があり、製造者の主張を表しているものと思え、大量製造された時計と違い、製造者の意思がはっきりと表れている古時計には特殊な振り子が付く事が多い。
 振り子の種類も様々なら、素材の種類もまた様々、通例の振り子は殆どが金属製の振り子、特殊な時計ほど素材に凝っているのも存在している。
 それは時計本体が何で製造されているかによっても分かれ、金属製なのか、木製なのか、陶器製なのか、それとも別の素材なのかによっても分かれる。

 振り子一つとっても、様々な主張が伺えて、古時計愛SANY2389.JPG好家ならねそれを見るのも楽しいもので、作者の意思をどう受け止めるのか、それも古時計愛好家の力量に掛かっているとも言えるもの、作者の意図を感じ取るのもやはり力量と言って良いと、特に変形スタイルの古時計には多くの特殊振り子が付いているから、振り子一つでも見逃さない様にしたい。
 時計全体のイメージを崩さない様にするのも腕の見せ所と言って良いもので、余り奇抜な振り子を付けると、その時計が死んでしまう事にもなりかねない。
 幾ら奇抜な振り子を考えても、統一性のない振り子は、宙に浮いてしまい、折角のデザインが台無しになる事も、そこそこの奇抜さを如何に発揮されるのも、製作者の腕、それにコストも当然考えないと製造者としては失格と言えよう。
 それ位振り子の形一つとっても、全体のバランスを考えないといけないし、その時計が売れなければ意味のないものとなってしまうからだ。
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2020年06月09日

発想が

   奇抜のアイデアSANY1737.JPG
 前にも出したオイルライター、愛煙家にとっては必需品のライター、最近ではタバコを吸う人も少なくなってしまったが、私は今でも吸っている。
 学生時代から始めたタバコ、長年吸い続けてきたが止めるつもりはなく、勿論吸う本数は自分なりに制限している。
 タバコは体に良くないと言われているから、自分なりにセーブをしているが止めるつもりはなく、これからも吸うつもりだ。
 昨今ではタバコは忌み嫌われているようで、我々みたいなものは悪人のような目で見られ、肩身の狭い思いをしているのだ。
 吸いたい時にも直ぐには吸えず、吸う場所も限られているから尚更の事肩身が狭く、堂々とタバコが吸えるところが無い。
 それでは止めれば良いのではと言われるが、そんなに簡単に止めれないから、苦労しているのだと思っている、しかし世間は冷たく、自由に吸わして貰えない。
SANY1740.JPG
 そんなたばこ、吸うには火を付けなければならないから、当然の事火を付けるものがいるが、それがライターで色々な種類がある。
 今ではあまり話題にならないが、ライターは必需品だから使用され、愛煙家なら持っているものだが、話題にもならない。
 100円の安価なライターも目の前から消え、以前の様に何処にでもあるものでなくなり、メッキリ影を潜めてしまった、写真のライター、以前にも紹介したが質問者が増えたので今回も話題に載せたもので、このライターの特殊性を見て欲しい。
 ドイツ人らしい発想、はじめはこれがライターとは思えなく、ジックリと見て感心するやら、笑えるやら、面白いものだと思う、写真上の丸いわっかを回し火薬で火を付けようと言う発想、音が大きくするので注目される事になるが、ドイツでは許されるものライターとしては珍しいものなのだ。
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2020年05月31日

日時計の色々

   安いものからSANY0791.JPG
 明治に入り日時計に普及品が多く製造され、一般庶民も使えるものに、江戸時代には簡素な日時計しか持てなかった庶民。
 裕福な人たちは豪華な日時計を持ち歩いていたが、庶民は紙で出来た日時計を持参、簡単なもので時間を知っていた、それは関所の開門や閉門の時間。
 旅に出て一番重要なのは門限、関所を通り抜けしなければならないから、当然時間を知らないと足止めを食らう事になってしまう。
 特に山道は険しく、足場は悪いために早く進めないので時間がかかる事に、当然山道だから足止めを食らえば大変な事になる。

 だからこそ日時計は重要な携帯品、SANY1981.JPG旅の必需品であるが、日が出てないときは用をなさないので、雨降りや、曇りの時は困った事になる。
 昔の旅人は苦労の連続であったようで、今の我々が旅をするのと訳が違い、一歩外に出れば自然がいっぱいの世界。
 コンビニなどあるはずもなく、宿場までたどり着かないと宿もない状態であったから、時間までにたどり着かないといけない。
 ましてや夜は早いから店も閉めてしまい、その前に辿り着かなければならないのだ、その為にも日時計は重要な必需品であったと思う。
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2020年05月17日

ドーナッツ版

   毎 日 暇
 コロナのおかげで毎日が暇、外出もままならず友DSCN2206.JPG人宅にも行けず、家に居るしかないのでやる事がなく退屈な1日を過ごしている。
 勿論頼まれた原稿やブログの記事は仕上げてからの事であるが、それでも時間が有り余っているのである。
 コロナの前は友人宅に出かけるとか、ホームセンターに部品を買いに行くとか、特にスーパー銭湯も良く行っていたのだが。
 そんな事が全部できなくなり、外出自粛の指示では仕方がないので、家に居るしか方法が無い、誰しも同じ事だと思う。
 最初はそんなに長くはならないだろうとタカを括っていたのだが、現実はそんなに甘いものではなく、まだまだ長く続くと思われる。
 時計の部品を探している時、収納庫をあけて記憶を辿って段ボールをあけて見ると、見覚えのあるものが出てきた。

 それは若い頃に集めたレコード、今やプレーヤーが無DSCN2207.JPGければ掛けれないレコード、ドーナッツ版と呼ばれるレコードだ。
 今の人達はこのレコードは見た事もないと思うが、大きさはCDより少し大きく、真ん中の穴も大きく500円玉位の大きさ。
 ドーナッツに似ている事からドーナッツ版と呼ばれてもの、LPレコードより小さいもの、早速プレーヤーを探しかける事にした。
 もう20年は聞いていなくて、何処に仕舞い込んだか忘れていたが、それにしても懐かしいレコード、クリント、イーストウッドのローハイドやリチャード、ブンーのパラディンのレコードだ。
 1960年代のレコードで当時流行った西部劇の主題歌であり、何度となくかけていたレコード、勿論現役のもの、懐かしくて長々と聞く事になってしまった。
 コロナのおかげで思わぬものが出て来たが、これでも聞いて過ごせと神様のお告げかも知れないと、思う事にした。
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2020年05月05日

端午の節句

   時代によりSANY1237.JPG
 端午の節句は男の子の祭り、子供の成長を願て行われる行事、もともとは中国渡来の文化、古く宮中に渡来した行事、それが武家に伝わり当初のものとは別物となり発達する。
 武士が台頭してから、次第に端午の節句は厄払いの儀式を経て、武家の儀式と発展し、武者飾りを飾り、形式化して行く。
 江戸時代に入り世の中が安定するに従い、武家の端午の節句が鎧や旗差しものなどで飾り、武運長久を願ったと言われている。
 それが何時しか子供の成長を願ったものとなり、さらに武者飾りが発達し、人形えと変化して行くが、庶民もそんな武家の仕来りを真似、武者飾りはないので旗差しものの代わりに鯉のぼりを立て、旗差しもののかわりとした。
 これが鯉幟の始まり、鯉は縁起の良い生き物、中国古来の故事には鯉が滝を登り龍になったとの伝説から、鯉が掲げられるようになった。
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 我が家の武者飾り、古いものは親父の5月飾り、明治時代の古いもので我が家の家紋入り、造りは昔ながらの和紙で造られ、その上から漆を掛けて仕上げてある。
 昔の飾りとしては大きくて、70センチの高さがあり、堂々とした雰囲気を持っているもの、もう一つは友人が貰ったくれと言って持って来たもの、実際の鎧兜を小型化したもので、鉄板で造られており、作法通りに造られた鎧兜である。
 本物の小型であるので重さも10キロを越している。
ずっしりとした重さの鎧兜、これを出す時には本物の鎧兜はさぞかし重いだろうと、そんな感覚で飾りを完成させている。
 時代が変わればその飾り物も変わる、現代では流行があり、毎年別のものが売り出されていると言う、武者飾りも変わったものだとつくづく思う。

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2020年04月14日

輸出用花生け

    新 参 物

 SANY0915.JPG明治期の花生けは瀬戸と伊万里が製造を引き受け、両産地互いに競いあっていた時代、他地域の参入を許さず、両産地は花生け製造に邁進をしていた。
 様々な時計の花生けがこの産地から生まれ、異国へと旅立って行ったが、大正期に入ると美濃の笠原で安価な花生けが作り出され、先行の産地を追随する事になる。
 瀬戸や伊万里で製造された花生けと違って、美濃物は新たな新商品を作り出し、新案特許を取得先行産地を脅かす存在となり、市場は三つ巴の様相を来たす。
 美濃笠原で新たに製造された花生け、時計の八角型をしているがカレンダーが付いており、先行産地には無い形の花生け、この形で新案特許を取得(パテントナンバー37259)、他地域が製造できなくする戦法を取る。
 時計の花生けにカレンダーの付いた物は既に製造されているが、形と色合いを含めて特許を申請して独占体制を築き、後発の産地が市場で有利に展開する事を図ったもの。

 特に東南アジア向けを意識し、先行産地を追い落とす作戦であったようだが、東南アジアで其の目論見は当て外れのようであったが、国内では多少の存在をアピールしたに過ぎない。
 原因は幾つか上げられるが、一番の原因はカレンダーを付けたは良いが、カレンダーの針を通す穴が中央に空いており、水が沢山入らず花生けとしての用を足さなかった事。
 デザイン的にはスッキリとした形で、製造しやすい事からコストを下げらSANY0926.JPGれ、販売するには都合が良かったが、基本的な設計ミスで実用新案特許を取得した割には、効果は余り無かったようだ。
 この花生け以前は市場に出回らなくて希少価値が出、値段も出れば高価で取引され、特に愛好家がこぞって買い入れた為、高値をつけていた。

 しかし、4、5年前に倒産した窯元から、りんご箱十数個に入った花生けが発見され、その数が多くて各業者が皆持つ結果となり、市場価格が暴落、6分の1にまで落ち込み愛好家からそっぽを向けられてしまった。
 現在は大抵の業者が持っており、値段も安くて新たに欲しい人にとっては買い時であるが、以前に買った愛好家たちは、腹立たしい思いで居るに違いない。
 写真の花生けが、大正期に美濃、笠原で製造され実用新案特許を取得した物であり、デザインも色も面白い物であり、歴史的に興味のある品物には違いない。
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2020年03月17日

鼻煙壺

      美 し い 壺
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 戒めの話ですが、もう30数年も前になるのか、ある骨董屋で美しい小さな壷を見つけ、手にとって眺めていたら、店主が「其れはいい物ですよ、目が高い」と話しかけてきた。
 小さな壷の割には迫力があり、何となく見て買うつもりは無かったが、店主にお目が高いと言われてツイツイ買うと言っててしまい、値段を聞かずに「持って帰りますと」返事してしまった。
 その実、この壷がどんな物かも知らず、ましてや値段が高いとも知らずに、「目が高いと褒められ」浮かれていたから、その時は其れを貰って家に帰ってきた。
 早速友人に電話で壷の内容を説明、すると友人「蓋は付いているのか」と言うが、「蓋等ははじめから無い」と答えると、其れはオカシイ「本来は蓋が付いており、それが無いと中身を取り出せない」と言う。

 良く聞けば、「前に香港に行った時見ているはSANY1452.JPGずだ」と友人、そう言えば香港で見たような覚えも、しかしすっかり忘れていたので、これが其の鼻煙壺だとは分からなかった。
 自分では記憶がなく、以前に見ていてもその気がないから覚えがないのだと思う。
 それよりも友人は、「少しくらいおだてられて、好い気になるからだ」と厳しい、確かに其の通りかも知れないが、その時はこの壷の美しさにツイツイ騙された。
 知らない物に手を出すべきではないと、忠告を受けた大先輩の言葉を今頃になって思い出したが後の祭りであり、骨董とは中々難しいものだと改めて思ったもの、知らないものには手を出すな、特に骨董は未知なもの、経験が必要なものだ。
 現在も我家の飾り棚に鎮座するこの壷、黄色いガラスが何とも言えない雰囲気を醸し出している事には変わりなく、高い勉強代であったことの戒めとして置いてある。









 
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2020年03月09日

オルゴール付き

    火をつけるのが楽しい
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 煙草とライター、これは喫煙者にとっては無くてはならない物、煙草を吸うのには必要な道具、古くから煙草に関する道具は色々とあり、その中でもライターは別格。
 煙草を吸うとき火がつけば何でも言い人、マッチであれ、ライターであれ、火がつけば何でも良い人がいるが、その反対に拘りを持っている人も多くいる。
 拘りを持っている人は、たとえそれがマッチでも拘りがあり、何でも良いマッチでは気がすまないもので、マッチにも持っていると楽しくなる物と楽しくない物とがある。
 普通は火がつけばマッチなどは何でも良いと思っている人が多いが、喫煙家の中には其れを良しとしない人も、そんな人達は自分の好きなマッチを買い求めているもの。
 洒落が利いているもの、宣伝用のマッチでも少し凝った物は良いが、洒落の利かない宣伝物は最悪、そんなマッチを使って人前で煙草は吸えないものだ。

 SANY1680.JPGそんなマッチを差し出されて、私も煙草を吸いたくなく、洒落たマッチはその人を表してもいるもの、だから其れに拘る人も多くて、其々に拘った物を持ち歩いていた。
 その1つがこのライターであるが、これも又持ち主の人柄によるもの、イカツイ人が持っていても一寸と可笑しくて、やっぱり女性が持っていた方がさまになる。
 そっと出されたライター、火が付いた瞬間に心地よい音色が聞こえてきたのであれば、だれも怒る人はいないのではないだろうか、そんな時の煙草は一段と美味しいもの。
 良き時代であった当時のライター、もとは外国製の物をコピーした日本製が多く、一時期洒落た人たちが持ち歩いていたもの、こんな楽しいライターは今でも楽しくなるもの。
 それも、今の時代は喫煙家には厳しい時代、街角での喫煙は出来なくなってしまい、こんな楽しいライターも使えなくしてしまった時代、良き時代であったのか。
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2020年02月21日

懐かしいライター

    ガスではない
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 現在はガスライター全盛期、100円で3個買える時代だから、別にライターに困らないし又有り難味も少なくなってしまい、何時でも何処でも手に入る代物に成った。
 しかし、少し前まではライターは必需品と同時に、高価なものでもあり100円なんぞで買える物ではなかったから、皆ライターを大事に使っていた。
 大事にすると言うよりもそれが当たり前の時代でもあったのだと思う。
 マッチを使っていた時でも、一本、一本が大事にしていたと思う、今みたいに手軽にライターが入ることはなかったから。

 そして何よりも自分の好みのライターを探して、それを買い込みいつも手元に持っており、使いかっての良い自分なりのライターを使いこなしていた時代。SANY0654.JPG
 人其々の好みが別れ、クラッシックなライター、電池式のターボライター、オイル式ライター等毎日持ち歩く物だから、気に入った物を持ちたいのは当たり前の事であったと思う。
 その為に色々なライターが売りに出されていたが、やはり自分好みのものを探す人も多く、それに拘りを持っていたようだ。
 人よりも変わったライターを持つのも自慢、人の持たないものをと探す楽しさもあり、ライターは益々多くの種類が存在した。
 私の好みはアンティーク調の重いライター、重量感がないと何となく嫌で、常に重いライターをポケットに入れていたが、夏など軽装備の時に困った事もあった。

 その中でも1番欲しかったのは「ダンヒル」のオイルライターで、若い頃からの憧れでもあったが、当時値段が高くて手が出せなくSANY0658.JPG我慢していたものだ。
 国産のライターも多くあったが、やはりデザインが良くなく、その点ダンヒルはデザインも良く、持ちたいと言う思いにさせてくれるライターであったと思う。
 ただ国産のライターと比べれば値段が高くて、おいそれと買える代物ではなかった時代、憧れの的でもあったのだ。
 その後、やっぱりダンヒルが欲しくて、アンティークショップで安く見つけ買い込んだが、やっぱり安いだけの事はあり、直ぐに修理をしなければ成らず、結局は高いものに付いてしまった。
 しかし、其れ以来このライターは私の必需品、いつもポケットに入っていたものだが、ライターの底に有るバルブのパッキンが老化していて、オイルが漏れ出しポケットが良く濡れていたものだ。
 パッキンを買えばよいが中々無く、薄いゴムを切って代用し使っていた思い出のライター、今は健康の為余り煙草を吸わないから、何時も持ち歩いてはいないが、好きな物であるには変わりはない。
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2020年02月15日

ディスプレー

      お国の違い
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 同じ目的の物を作っても、その気候風土の違いにより、出来上がる品物が全く違った物に仕上がるが、これは単に職人の趣味の違いによるものではない。
 生まれ育った環境にも多く来影響を与えるものであるが、文化の違いも大きな要素の1つであり、素材やデザインにも色濃く影響与えるものでもある。
 当然の事であるが、その国によっても違いが出るのは当たり前、長い文化の蓄積の中から生まれ出てくるもの、つまり短絡的に其の物が生まれ出ることは無い。
 歴史と文化が育てた上に立って生まれ出る物で、それは長い時間が育んだ末のもの、そんな伝統の上に成り立って物が出来上がるのであり、民族の証でもある。
 写真の時計のスタンド、下はイギリスの物、上は日本の物であり、イギリスのものはブロンズ製で、日本のものは当然の事木製、其々に文化の違いが表に出ている。
 西洋の物は「金属」、日本の物は「木」、この二つはハッキリと文化の違SANY0854.JPGいが分かる代表なものであり、金属と木製で明らかにお国柄がハッキリと出ているもの。

 その図柄も、ひとめ見れば歴然として文化の違いがあからさまに分かり、鉄の力強さと木の柔らかさが対照的に出ており、日本のものはシンプルであり、西洋のものは迫力がある。
 しかし、西洋物は大量生産であり、日本のものは少量生産、もしくは一個しか製造されていないかも、量産品と単品生産の違い等、そして日本製に付いて詳しく見れば、非常に手の込んだ仕事がされている。
 見かけはシンプルであるが、衝立上の板は引き出し式になっており、使わないときはスライドさせ本体の中に入る仕掛け、又その衝立の表面には木象嵌が施された豪華な造りである。
 国民性の違いと言うべきなのか、それとも考え方の違いなのかは判らないが、西洋と日本そこには受け継がれてきた歴史が、木の文化を受け継いだ日本人、木の温かさを表現したものとなっている。
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2020年02月10日

人間国宝の器

    実用的なもの
 
 人間国宝とは国が定めた優秀な技術を持った人を指す、各部門で優れた技DSCN1404.JPG術を持った人に与えられる称号、つまり重要無形文化財技術保持者である。
 国が認定した人物に与えられる称号、各部門で色々な人が認定され、人間国宝となっているのである。
 もちろん範囲は広く、色々な分野に渡っているから、その中から優れた人材が認定されて、技術を保存している。
 色々な部門の人間国宝が存在しているが、すでに亡くなられた方も多い中、私の好きな人間国宝は加藤唐九郎氏である。
 加藤唐九郎氏は瀬戸市出身の陶芸家、日本を代表する陶芸家であり、現在でも人気の高い人間国宝の一人。
 永仁の壺事件で人間国宝をはく奪されるが、逆にこの事で人気がさらに高まり、陶芸界の野人とまで言われた人。
 荒川豊蔵氏と双璧をなした人物、豊蔵氏の優しい茶碗とは対照的に、野武士の様な勢いを持った茶碗を製作した。

 兎に角この人は破天荒な人物であった人で、数々のエピソードを持った人でもあったのだDSCN1405.JPGが、頑固で職人気質の人であった。
 博学家でもあり、古陶器の研究もプロなみ、若い時より研究に励んだと言われており、瀬戸の伝説的人物、加藤四郎左衛門影正は実在の人物ではないと唱えた人でもある。
 その後守山に移住し、作陶活動を続けて数々の話題作を世に出し、唐九郎の実力をいかんなく発揮し絶大な支持を得る。
 その唐九郎の作品を紹介しようと、FMのラジオ放送「アンティークの魅力」の中で取り上げる事にした。
 ここが私の番組担当、特に瀬戸で開かれる祭りを中心に、その話題でアンティークを紹介している。
 今回のぐい飲みや小箱は親父のコレクション、その他にも加藤卓男、中里無庵、近藤裕三、などのぐい飲みが中心。
 勿論瀬戸の作家に話題は集中、唐九郎氏のぐい飲みは、親父が唐九郎氏から直接貰ったもので、親父は唐九郎氏とは親交があった。
 子供の頃、家で唐九郎氏とあった事も、そんな訳で箱のない唐九郎氏の作品が色々とあり、親父は自慢していた。DSCN1406.JPG
 そのぐい飲みで晩酌している親父の姿を思い出すが、色々なぐい飲みを出しては取り替えてのむ、何でそんな事をするのかと不思議であったが。
 今思うと好きなぐい飲みで酒を呑む喜び、其れが今ではやっと理解できる様に、親父の呑む姿が思い出される。

 それにもう一つが瀬戸出身の加藤土師萌氏、2人目の人間国宝であり、地元でも数々の作品を残している。
 紹介している小物入れもその一つ、実際には何に使うものなのか分からないが、飾り小物であるかも知れないのだが。
 親父はこれを煙草入れに使っていたから、別に誰が造ったものなのか知らなかったが、最近加藤土師萌の作品と分かった。
 身近に使われていたものなので、それ程貴重なものとは思わないが、今は親父の思い出の品として保管してある。
 写真は上のぐい飲みが唐九郎作、三番目の写真が加藤卓男作、その下が中里無庵作で、一番上の写真中央の赤い小物入れが加藤土師萌作である。
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黒猫

      孫が見つけた

 我家の孫、9歳になるが猫が好きで、2歳のこDSCN0144.JPGろ我が家にいた猫に興味を持ち、猫に近ずいて尻尾を掴んだが、猫はビッリクして逃げて姿を消してしまった。
 其れ以来、我家の猫は孫を見ると直ぐに逃げ出す始末、無理もない話し孫のやる事は強烈、猫の尻尾を力任せに引っ張る、当然猫は逃げ回るのだ。
 そんな事はお構いなし、孫は猫が気に入ったらしく、相手が逃げ回るのを面白がって追いかけ、部屋中を駆け回る始末、之では猫はたまったものではない。
 幾ら孫が猫を好きになっても、猫の方は尻尾をひっぱり回されてはたまったものではない、逃げ回るのは当たり前の事、それでも孫は追い掛け回す。
 孫にとっては猫が可愛らしくてたまらず、何処の猫を見ても近寄り尻尾を掴もうとする、家の猫ならまだ知らず他の家の猫では危険、相手は驚いて引っかく事もある。
 まだ孫はそんな猫に運よく出くわしていないが、もしもの事があってはと此方はヒヤヒヤなのだが、当の本人は我かんせずとばかりに猫に御執心だった。
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 私の部屋でまたまた黒猫を見つけ、私のもとに持ってきて「黒猫ちゃん」と差し出したが、何処でこれを見つけたのか、沢山あるブリキ缶、その中から探し出したのか。
 小さな子は何をするかわから無い、このブリキ缶は蓄音機の針がいっぱい入っており、もし開けてバラバラになったら針が刺さる事も、持って来た時はヒヤリとしたものだ。
 猫が好きで、この缶についている黒猫が目に入ったらしく、嬉しそうに持ってきたので、こちらが慌てたが態度に出すとビックリするからと、そのくせ内心は怪我しなくて良かったと思ったもの。
 写真が持って来たブリキ缶、三つも持って来るとは欲深いが、缶に付いている猫を見つけるとは、小さな子の目の付け方がヤッパリ違うと感心するやら、驚くやら、この缶を見るとあの時を思い出す。
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2020年01月30日

雛道具

   小さい事が
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 雛人形、3月3日の雛の節句、今では女の子の成長を願って飾られるものだが、その昔は厄払いの儀式であったと言う。
 上巳の節句と言い、5節句の一つとして古くから行われて来たが、3月初めの巳の日に厄払いの儀式として行われたそうな。
 これも中国よりの伝来、平安以前に宮中に伝わったと言われ、厄除けのお祓いをしたそうな、そしてもう一つが神社で行う人型に厄を払う儀式。
 白い人型の紙に自分の災いを託して川に流し、厄払いをするもの、この儀式も古くから行われていたらしい、そんな厄除けの儀式と宮中でお子様が遊ばれていた「ひいな遊び」が合体して、雛人形が生まれたと言われる。
 何時の頃とはハッキリしないが、室町時代とも言われ、京都の室町でその雛人形が生まれたとする説、これには確かな立証はないのだが。
 その後江戸に入ってから、その雛人形が少しづつ大きくなり、寛DSCN0429.JPG永の頃に寛永雛が誕生となり、確立されて行ったらしい。
 この寛永雛が元禄の頃より大きく発達し、享保時代に享保雛が完成し、雛人形が独り立ちする事となったとの事。
 享保雛は姿が現在の雛人形とは少し違い、顔は能面みたいな面長で目が細くて、特徴のある顔立ち、衣装も独特の綿入れを着たみたいな姿だ。

 1768年ごろ江戸で古今雛なるものが誕生、人形師原舟月なる人物が公家風の古今雛と称して人形を作り売り出し、好評を博する事になる。
 この雛人形が現在も作られている雛人形のルーツであると言われ、それに対抗するように有職形式の雛人形も作られ、有職雛と言う。
 この二つの雛人形が発達して、現在の雛人形を二分するものとなったが、古今雛の方が現在は多く製造されているようだ。
 雛人形が発展して行くと同時に、それの伴い雛道具も作られる様になり、その数が段々と増えて行く事となるのだ。DSCN0431.JPG
 五段飾りから七段飾りへと発展して行き、雛人形も七段飾りとなり、雛道具も種類が多くて、形式化され確立して行く事になる。

 今回の雛道具、大正時代に造られたもの、磁器で造られた瀬戸製のもの、小さなもので一円玉よりも小さいものだが写真では大きく見える。
 型押しの茶碗ではなく、ろくろで造られた精巧なもの、こんなに小さな物をろくろで造るのは技術が居るものであり、職人の腕が良かったらしい。
 ポットはどうも型押しらしくて、少し大きく造られてはいるが、それでも雛道具としては非常に小さな物、職人の腕の良さが見て取れる品物だ。
 色々な雛道具が造られたが、時代、時代により流行があり、その時代を反映した物が雛道具として造られ、現在に至っている。


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2020年01月29日

台座

SANY1072.JPG   迫 力
 アンティークランプ、良いものは高くて買えないがリプロであれば安価で買えるので人気となっている。
 アンティークは勿論古いものだから歴史を背負っているので値段が高いと思っている人も多いが、古いから高いと言う訳ではなく「材質が良かったり」、「作者が有名であったり」とそれなりの理由が存在する。
 その他にも古くてしかも数が少なく貴重であったり、その上欲しい人が多く、人気があるものは値段が高くなっているのだ。
 単に古いからと言って値段が付くものでもなく、それなりの理由が存在している事がそのものの価値、アンティークとはその様なもの指して言う言葉、当然のこと偽物も多く造られているのも、この世界の常識でもある。
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 そんなアンティークだが現代に造られたコピー商品なら値段も安くて、雰囲気だけは楽しめるもの、敢えて高いアンティークを買わなくても良い、ムードだけは良く出来ているから、それなら何時でも手に入ると思う。
 自分なりに観察して利用する事も良いと思うし、部屋の雰囲気ががらりと変わると思うが、あくまでも個人の感覚、人それぞれであるから、古いものが良ければそれはそれ、やっぱり利用する人しだいと言う事。
 今のリプロは実に良く造られており、本物により近く出来て、迫力があると思う、無理して古いアンティーク物を買い込んで失敗するより、安価なリプロで楽しく雰囲気作りもおもしいと思う。
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2020年01月06日

双六

    お正月の遊び
SANY2772.JPG お正月の遊びと言えば直ぐに出てくるのが双六、もちろん色々な遊びがあり、その中でも皆で遊べるものとしては双六が人気、人数に関係なく遊べるからだ。
 この双六、古くからあったようで江戸時代に普及したといわれるが、古い双六をあまり目にする機会はなく、どんな図柄であったのか興味もある。
 双六は当時の生活様式が反映されているとの事、時代、時代によって図柄が変化して行くらしく、その図柄を見るのもまた1つの楽しみだったそうだ。
 新しい年にあわせて双六も製作され、その年、年に新しい物が考案されて世に出され、人々もまた其れを期待を持って迎えていたようである。

 写真の双六、明治45年1月に出されたもの、川端龍子の筆なる大作、この図柄当時の世相を良く反映したもの、振り出しはSANY2775.JPG朝5時となっており、上がりは午後10時になっているが、時間をおって1日の生活が描かれている。
 その時間も文字盤を使い時刻を表したもの、5時スタート明治の人は早起き、1日の時間が非常に長い、朝食は7時、其れまでに主婦の仕事は掃除と朝御飯の支度。
 主人の出勤は8時、その後も主婦の1日を時間を追って進む、主人を送り出した後、12時の昼ご飯までに買い物を済ませたり、生花ゃ掃除もろもろ、兎に角時間を追って事細かに双六は進む。
 この双六を見ただけで、明治時代の主婦の行動が分かるが、これも理想の主婦の働きを表したものだが、川端龍子が其れを求めて描いたものなのかは不明だが。
 明治の女性の生活の一部始終が描かれており、当時の生活が今の我々が目で見える物であり、昔の生活を知る上でも貴重な資料といえよう。
 上がりが午後10時となっており、その時々の時間は文字盤で表示されているから、時計の資料としても興味深い双六であり、有名画家の製作した物となると尚更である。
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2020年01月05日

ガラス絵

   描いていない
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 良く古時計を説明する時にガラス絵付きと表現してある時計があるが、何処がガラス絵なのかと疑問を持つ人も多いと聞く。
 大抵の場合、ガラス絵の入っている部分は振り子室のガラスを指す、文字盤部分ではないもの、そこには色々な模様が描かれている。
 時計の種類にもよるが、八角型は振り子室が小さい為あまり大きな絵は描けないから、小さなものに限られ、変形型の時計には大きく描かれたものもあり、絵の種類も多い。
 しかしよく見るとガラス絵付きと書いてあっても、よく実は写真が張り付けてある事に気が付くが、これをガラス絵と呼べるものなのかとの疑問が湧く。
 確かに良く見ると昔の写真が張り付けてあるだけ、絵が書いていないもの、描いてはいないのにガラス絵、やっぱりおかしい。
 本来、ガラス絵なるものは手書きで絵を描いたものを指し、写真を指す言葉ではないが、何故かしら以前よりガラス絵と表現している。
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 この指摘は以前から会員さんからも質問されて来たが、この表現何時頃のものかは不明、しかし明治のカタログにもガラス絵付きと表現したものもある。
 当時からも写真でありながらガラス絵とカタログに表現がなされているから、自然に写真も絵であると認識していたようである。
 カタログを見る限りでは明治期、八角型の時計のガラス写真はガラス絵と記載されいるので、それ以来通説としてその様に扱われたと言える。
 実際のガラス絵を嵌め込んだ時計も多く存在、手書きで彩られた模様、日本的な図柄が多いのも、西洋時計と同じものを描きたくない日本の職人たちの意地かもしれない。
 現在残っている当時のガラス絵の付いた時計、実に見事に描いているから、西洋時計のまねではなく、日本独自の図柄である。
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2019年11月12日

ステンドガラス

    色々な物が

 最近またステンドガラスが人気になっているようであるが、以前みたいに古いスかいだん.jpgテンドガラスしか売れなかったのが、今は違うみたい。
 ステンドガラスと云えば古いのに決まっていたが、ティファニーのような少し時代の新しい物が好まれたかと思えば。
 近頃は近代的なものも流行っているらしく、新しく作ったステンドガラスも人気があるようである。
 人それぞれであるから何とも言えないが、時代の古いもので日本の家屋に合うステンドガラスは中々見つけ難い。
 余り派手な物は毎日見ていると、段々にくどくて嫌になりるのだが、だからと言って余りシンプルなものも良くない。
 このソコソコの良いステンドガラスを探すのが1番難しく、あちらこちらを探して周り遂には諦めてしまう人も居る。
 私の知り合いの喫茶店のマスター、大のアンティーク好きであり、当然ステンドガラスも好きであったが、欲しい物を探し回った挙句、結局ステンドガラスを買うことが出来なかった。

 自分の好きな物が見つからなくて諦めたらしく、ステンドガラスを嵌める場所には透明のガラスが嵌っていた。
 暫くしてから、その透明なガラスの場所にステンドガラスが嵌っていたのにはビックリ、マスターいわく、「どうだ良いステンドガラスだろう」と自慢げ。
 しかし何だか雰囲気が違うようで、良く見るとステンドガラスではなくシールらしき物が貼ってあるみたいである。
 マスターに聞けば、探し回ったが好きなものは無く、ホームセンターでこのシールを見つけて其処に貼ったのだと、雰囲気は透明のガラスよりよっぽど良いと。
 そして、マスターは「シールを切るときは真っ直ぐ切らずに、ギザギザの線上に切るのがコツである」と、そうすればよりリアルに見えて、ステンドらしくなるとの事である。
 安くて便利、探し回らなくても、簡単に手に入るシールで我慢した方が、失敗が無く又料金も安くて、工事をする手間も無く安上がりであり、雰囲気だけは楽しめると言うのだ、これも新しい楽しみ方か。

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