2019年11月24日

大典記念

    大正天皇即位式
SANY9226.JPG
 明治45年明治天皇崩御、年号が大正と変わり、維新後日本を近代化にと導いた明治天皇、僅か半世紀で世界の近代国家の仲間入りを果たした。
 大正天皇(1879〜1926)、明治から年号を大正とし、第123代大正天皇に即位、天皇は幼少より病弱で在位15年と短い期間であった。
 大正天皇は大正4年、明治天皇の喪が明け、京都御所において即位式を行なわれ、歴代天皇がこおなってきたように古式にのっとった即位式であった。
 この即位式を記念して時計が造られ、市場に供給されたがその独特のデザインが、明治時代にはなかったものに仕上がる事になる。
 当然の事であるが、近代国家になってから即位式は明治以来はじめてのこと、時計業界も始めての経験、ここに西洋時計の影響を全く受けないデザインと独創的なものが出来上がる。

 SANY9229.JPGこの大典記念の時計には時計の側面の房がつけられているものが多く、この時期に作られた時計であり、その後このデザインは一般化してゆく。
 大典記念の時計は製造会社によって色々な形のものが販売されているが、1番多く製造したのは名古屋地域の時計製造会社である。
 大典記念の時計には特徴があり、先ずは何処かに鳳凰が描かれている事、ガラス絵であったり、文字盤であったり、振り子であったりと、何処かに鳳凰の図柄がある。
 もう1つは時計の両脇に付く房、大典記念の時計にはこれも特徴、その後房だけ付くものもあるが、始めは記念時計についたものだ。
 大典記念時計で1番分かりやすい時計は、時計全体が特殊な時計、上から文字盤脇に三種の神器、勾玉でふち取られ、扉室には即位記念の文字、その両脇にはむらくもの剣、そして鏡は文字盤のガラス。
SANY9244.JPG
 この種の時計が1番、その他の時計は大典を示す図柄があること、写真の時計もガラス絵に綺麗な鳳凰が描かれているもの。
 一目でお目出度い記念の時計と分かる代物、この大典を記念して時代、時代に造られており、昭和天皇、今上天皇と即位記念の時計は製造されている。
 現存している時計には何処かにその印があるから、一度手持ちの時計を調べて見たらどうだろうか、発見があるやも知れません。
posted by kodokei at 00:00| Comment(0) | TrackBack(0) | 古時計裏話

2019年09月08日

珍品時計が欲しい

    何処で探せば
SANY7129.JPG
 珍品時計が欲しいがどの様にしたら手に入るものなのか、そんな質問が再びやった来て、どの様に答えるものなのか。
 色々な質問が寄せられて困っているが、またまた厄介な質問がやった来たので、今回はどう答えて良いものなのかと思案している。
 質問する方は真剣にしていると思うが、私にとっては難題でもあり、その人にもよるがどんな珍品が欲しいものか分からない。
 珍品時計とは珍しい時計の事だが、「形が珍しい」もの、「製造会社が珍しい」もの、「数が少ない」から珍しいものと色々なものがある。
 本人がどの様なものを求めているのか、私のように製造会社が珍しいものをさがしており、それとは違ったものなのか。
 こちらが思う珍品時計と同じなのかと色々考えるが、一般的に珍品時計とは形が珍しいものを指す、それが珍品時計と思われている。SANY7109.JPG
 普通の時計と異なり、少し形が違ったものを探している人は多いが、それでも違いはあると思われ、好き好きで形も違うものになる。
 主に掛時計の方が探している人が多いと思うが、置時計の方は少ないように思う、何故ならば人気がないからだと。
 最近は置時計を探す人が少ないように思うが、その原因は場所を取るからだと言う、掛時計は壁にかかるが置時計はそうは行かないからと。
 確かに置時計は置き場所に困る事も、小さい物であれば置き場所もあるが、少し大きなものは場所を取るからだ。
 そんな事もあり、置時計の珍品も人気が無いように思う、これも時代の流であろうか、部屋の状態と絡んで来るからだ。
 そんな置時計の珍品が出たとしても、中々買い手がつかないと言う、以前であれば直ぐに売れたのにと言うのだ。
 だから探すとしたら置時計の方が珍品を探しやすいのかも、そしDSCN0421.JPGて対抗者も少ないと、売り手の店主が言うのだ。
 では掛時計の珍品は何処にあるのか、何処で買えば良いのか、今ではネットの普及で珍品時計も出て来ると言う。
 それも思ったほど値段も高くなく、競争相手も少ないと言うが、果たしてどうだろうか、偶々少なかっただけではないか。
 しかしネットで探すのが一番早い事は確か、全国の情報が入るからだが、逆に競争相手も多いと思うが。
 では何処で珍品時計を探すのだと、コレクター仲間の情報も大切、持っている人を教えて貰う事もその一つである。
 仲間同士の連携も大切な情報源、何処の誰がどの様なものを持っているか、知る事も手に入れる手立てでもあるのだ、私もこの方法を取る事が多い、ある所が分かっていれば、むやみに探しまわる事はないのだから。

posted by kodokei at 00:00| Comment(0) | TrackBack(0) | 古時計裏話

2019年05月18日

キャラクター

    く ま さ ん

 SANY0029.JPG時計と言っても種類はいろいろとあり、その中でも子供向けに開発された時計があるが、これまた色々な種類の時計がある。
 いまや電池式の時計が全盛期、少し前まではクオーツ時計が全盛であったが、今や電波時計が全盛期、一秒も狂い無く正確に時を告げてくれるハイテク時計。
 クオーツの時代も中の機械は殆ど無く、アイシイ回路がはいっており、時計とは似ても似つかない物になってしまったようで、我々の年代の者は、サッパリ分からない事に。
 兎に角、今の時代電波時計が正確に時を刻んでいるから、時間に対しては問題はなさそうであるが、何だか味気ない時計になって行ったような気がするが、我々の世代だけであろうか。
 勿論時計と言うものは時間を計るものであり、正確でなければならない事は承知しているが、現在その時間に追われて生活しており、一分一秒が命取りとなる事もある。
 正確無比な時間を告げる時計には温かみを感じなく、以前の機械式みたいな時計とは全くの別物で、時計と言うよりももはや電子。
 機械式の時計は狂いもするが、さほど狂いは無いと思うが、現代ではそれも許されないと言うのか、そんな生活に慣れてしまったのかも知れない。
 一分も違えば大変な事になるとも、電車の時間、銀行の閉店時間、学校の授業時間、会社の就業、色々なものが課題となる。

 そんな現代の正確無比な時計ではなく、少しゆったりSANY0021.JPGとした時代の時計、昭和30年代に製造された物、熊の可愛らしい時計であり、木で出来ているもの。
 御研機器株式会社、茨城県石岡市で時計製造をしていた会社の物、子供向けに製造されたもので、当初は木造で前板を製造していたが、その後ダンボールを圧縮してその上からプラスチックのカバーを付けたものになる。
 写真の時計は、初期製造のもので木製の前板を使用、何処となく可愛らしい熊の子供、子供向きらしくて愛嬌があり、この手の時計は人気である。
 ミケンの、この種類の時計は21種類製造されたことが分かっており、プラスチックが最後の物となるが、やっぱり21種類製造されたものの中でも、木製の時計が人気である。
 文字盤サイズも小型で、この種類の中には、ディズニーのキャラクター物が一番人気、ミッキーやドナルドダック、7人の小人等のキラクター物が流行った。
 ほんの少し前まで家庭にあった時計だが、今は中々見なくて、探さないと見つからない時代、クオーツにとってかわられたのだ。
 今は懐かしい時計となってしまったが、やっぱり機械時計は温かみがあり、正確無比な電波時計とは一線を隠したもの、人気の秘密を垣間見る思いでもある。
posted by kodokei at 00:00| Comment(0) | TrackBack(0) | 古時計裏話

2019年02月05日

外貨を稼ぐ

    こんなものが

はと2.jpg
 尾張瀬戸で製造された陶器が海を渡り、当時貴重な外貨を稼ぐことに、ノベリティーと呼ばれた輸出もの。
 戦後、瀬戸の陶器が海外で好評を博し、大量に海を渡って行ったが、そのほとんどが玩具の人形。
 ドイツのマイセンの向こうを張って、数多くの人形が製造され海を渡ったが、はじめはマイセンの人形とは大分差があったようだ。
 敗戦国同士であるが、ドイツの人形は洗練され、古くから製造されていたもの、それと比較して瀬戸は後発の製造となる。
 当然ドイツ物を追いかける事になるが、その技術は急速に発展し、マイセンと肩を並べるまでになる。
 その製造された殆どが海外に渡り、日本国内には存在しない物となってしまったが、昨今は逆輸入され国内でも見る事が出来る。
 高級品になるとどれがマイセンで、どれが瀬戸だと思う位見事な出来栄え、その技術の高さの証明でもあった。

 そんな人形たちの混じって、他のものも多く製造されて海を渡ったが、その中に花入れも入っていた。
 時計の形をした花入れがそれ、色々な種類の花入れが製造され、特にアメリはと.jpgカで人気を博したと聞く。
 当時、瀬戸で製造していた花入れを私も見ていたが、何でこんなものがアメリカで売れるのか不思議であった。
 いつも見ている窯元で忙しく製造されているものを見、アメリカ人はこんな物を何処で飾るのかと。
 そんな思いで造るところを見ていたが、今見てもヤッパリ誰が使ったのだろうと不思議に思う。
 花入れにしては小さなもの、普通の花入れの半分位、それよりもモット小さなものも、だからこそ疑問であった。
 写真の花入れがそれ、せいぜい10センチ位のもの、これで花入れなのかと思ってしまう。
 しかし、この小さな花入れが当時多く製造され輸出されていたから、事実アメリカで売れたのだろう。
























posted by kodokei at 00:00| Comment(0) | TrackBack(0) | 古時計裏話

2019年01月10日

また恥をかく

       何でも知っている

SANY8155.JPG 古時計を集めていると、時計の事なら何でも知っていると思われているらしく、良くそんな質問を受けることがあるが、何でも知っている筈がない。
 長年古時計を研究している事から、細部的にも知らない事はないのではとか、変な誤解をしている人が多く、これまた困った事だと思っている。
 幾ら古時計を研究していても、何から何まで知っているものではなく、逆に知らないものの方が多いもので、此方が逆に知りたいと思う時もある。
 私の場合は掛時計が中心の蒐集、特に地元の名古屋の時計が主、腕時計や懐中時計、又置時計等知らないことばかりで、そんな時計の事を聞かれると、此方が困ってしまう事もある。
 掛時計に関してなら、明治、大正までのものであれば良いのだが、昭和に入ったものだと少し苦手になり、戦後のものだと全く知らないといえる。

 誰しも得て、不得手があり、得意分野ではその知識を出せる事もあるが、不得手な部分は全くと言って分からないのだが、質問されれば答えなくてはならない。
 そんな時ほど困る事はないが、知ったかぶりは禁物、後で恥をかくことになるのが落ちだからと思うが、しかしその場の雰囲気で云えない時もある。
 ある展示会場での事、知り合いが時計展をやっていたので表敬訪問した時の事、何やら人だかりがしていたのでツイツイその場へ見に行くことに。
 それは古時計を鑑定しているところであったので、私も見学するつもりで見ていたら、知り合いが私を見つけて「戸田さんこれ何処のか分かりますか」と突然聞いてきたのだ。
 まさか私に聞くとはと思いつつ、仕方なく知り合いの下に行き時計を見SANY7246.JPGることになってしまい、渋々時計を見たが、これが全く見たことのない時計だった。
 昭和に入ってから製造された時計には違いは無いが、何処の時計か全く分からないもの、持ち主は明治時代の時計だと思って持って来たらしく、知り合いも困っていた時だった。

 相手は私に何処のか教えて下さいと云うが、まったく知らないマークが付いているもので、返事に困ってしまい、昭和の時計には違いないが、何処の製造か分からないと答えた。
 すると「明治の時計ではないですか」と再度念を押してきたので、それはないですと答えると、時計の裏に明治44年と書いてあると言うのだ。
 確かに年号が書いてあり、確かめもせず、裏を見ずに形だけで判断してしまい、昭和だと言ってしまった自分が恥ずかしくて、先方に謝るやら、知り合いに謝るやらでさんざんであった。
 適当に見て良く調べもしなかったことを反省、その場の雰囲気を壊してし、大恥をかいてしまったもので、後で知り合いに「戸田さんでも間違える事もあるのだ」と嫌味を言われてしまった。
 ツイツイ知り合いの展示会だってので、気を許してしまい、結果は散々な事に、自分としても反省しなくては、この時のことを思うと、今でも顔が赤くなるのだ。








posted by kodokei at 00:00| Comment(0) | TrackBack(0) | 古時計裏話

2018年11月01日

金のわらじを履く

DSCN1938.JPG    わらじとは

 私は蕎麦が好きで、蕎麦の美味しいところがあると聞けば其処へどうしても行きたくなる癖があるが、皆さんはどうであろうか?近くの蕎麦屋であればそれで良いのだが、遠くても美味しければ一向に構わない。
 蕎麦好きを誘って遠くまで一杯の蕎麦を求めて車を飛ばす、蕎麦好きな者同士であるので食べるために時間が掛かっても一向に気にしない者達で、どんな蕎麦なのかと「蕎麦談義」に話が弾み行く道が遠くても近くに感じてしまうの。
 他の人に、その話をすると決まって「馬鹿じゃないか」と言うような顔をして私達を何時も見るが、そんな事はお構いなく「好きだから」どんなに遠くても食べに行きます。
 人は一杯の蕎麦を交通費を含め時間を掛けて「何故食べに行くのか」気が知れないと言う、それも又、事実であるが美味しいものには変えがたいと思う我々は変人であろうか。
 DSCN1945.JPG時として一杯900円の蕎麦を食べるために、交通費を1万円掛けて食べに行くこともしばしばで、好きな者同士で高速道路を3時間も掛けて食べに行くことも良くある。

 ある人が「900円の蕎麦でも高い500円の蕎麦だってあるのに」、その10倍の金を掛けて食べに行くのは「大馬鹿ではないか」と、お前達は「気は確かなのか」との忠告もどきの言葉も頂いた事も多くある。
 諺に「金のわらじを履く」との例えがありますが、若い人にその意味を聞けば何のことか知らない人も多い今の世の中、「かねのわらじ」などあるのかと言われそうだが、「かねのわらじ」などあっても痛くて履けないし、あろうはずが無い。
 しかし、やはり「美味しい蕎麦は食べたい」、お金が掛かっても仲間と食べに行く、正に「金のわらじを履いてでも」美味しい蕎麦はやっぱり食べたい。
 古時計もしかり、其れがどんなに「遠くても」、「時間が掛っても」、「少しぐらいお金が掛かっても」、其れを求めてこれからも時間が有る限り、全国を行脚して行きたいと思うし、又絶対に実行しようと言う気持ちを持ち続けたいと思う。
posted by kodokei at 00:00| Comment(0) | TrackBack(0) | 古時計裏話

2018年09月10日

鑑定依頼

      直接届く

 SANY0352.JPG古時計愛好家からの質問も多くなった来この頃、1番困るのが直接時計を送られる事、ある日突然に荷物が届く事に。
 見慣れない差出人、宅配の人に何処の人だと聞けば「私たちでは分かりません」と当然な返事、こちらも知らない名前だ。
 仕方なく荷物を受け取り中を見るが、出て来たのは古時計、そして手紙が入ったおり、鑑定して欲しいとの文面だ。
 しかし此方としては何の連絡もなく、しかも突然古時計を送られても甚だ迷惑、前もって連絡でもあれば又別の話だが。
 最近この手の荷物が多くなった困っているもの、突然に送られてきて鑑定して欲しいと言われも迷惑極まりない。
 この様な行動は決して相手が喜ぶものではなく、かえって印象を悪くするだけ、事前に連絡すべきものだと思うが。
 そして最悪なものは此方が送料まで払って送り返す事、普通は人に頼まれ事をするのであれば当然の常識として送料も持つのが当たり前。

SANY0356.JPG そんな常識外れの人も居るから驚き、しかし送られてきた物をそのまま返しても大人気なく、結果は鑑定して送る事になる。 そんな時は余り気分の良いものではないが、これも団体としての有名税でもあると思い、鑑定をした送り返すのだ。
 そしてもう1つ多いのが手紙での依頼、手紙での以来は中に写真が入ったおり、この時計は何処の時計だとの質問が多く、大抵はスナップ写真。
 しかしこれが又鮮明な写真ではなく、見辛いものが多く、何処の時計だと分かり難い物だらけ、写真の撮るのが下手で鑑定しがたいのだ。
 特に振り子室のラベルがハッキリとし無いものが多く、肝心なところが写っていないものも多く、その写真だけでは鑑定できないのだ。
 その反対に写真の数も多く、そして何よりも文章で克明に古時計の内容を知らせてくる人も、そんな人には此方としてもシッカリと鑑定をして返答する。
 やっぱり鑑定するからには資料が多いほど正確に鑑定でき、そして相手にも納得の行く鑑定が出来ると思うが。
posted by kodokei at 00:00| Comment(0) | TrackBack(0) | 古時計裏話

2018年08月25日

代用品ガラス

      こんな物まで
SANY2058.JPG
 代用品とは、本来の物とは違って其れに変わる物として作られた物を指す、つまり本来金属で作られた物であるが、金属ではなく別の素材で作られた物を言う。
 昔から代用品は色々な物で作られており、新しい発想ではなく古来より作られてきた物、例えば絹の代わりに紙で作られた着物、金属で作られるはずの物を木製で作られもした。
 この様な物を代用品と言うが、色々なものが多く作られてきた事は確かであり、その時代に必要として作られた物、それられの物は今となっては史料価値の高い歴史の証人でもある。
 其々に作られた物は時代の申し子的存在、作られるべくして作られた物、必要が生んだ副産物とでも言うべきなのか、それらは決して本物より性能が良いはずもない物。
 あくまでも代用品として作られた物、そのため強度や性能は度外視して製造されており、見た目には同じ様に見えても、張りぼてには違いなく代用品なのだ。
 その中でも異質な物が時計の部品であるが、これは昭和の時代より古くから作られており、明治後期には実用新案特許を取得している物もあり、新しく作られた物ではなく複製品である。
SANY2061.JPG
 写真は時計の振り子と渦巻き鈴の台、時計の振り子、明治時代に製造されたものは、もう少し装飾性に優れているが、戦前戦後に作られたガラスや陶器の振り子は装飾性に乏しい。
 それはやはり代用品としての性格上、質素に製造されているためで、其れ自体に装飾性を持たせるために作られていない物、戦争の副産物たる物である。
 まだ時計の振り子は強度的に問題はないが、渦巻き鈴の台は聊か強度的に問題あり、時うちの力に負けて割れる恐れは十分にあると考えられ、何にしてもそれが代用品の宿命であろうか、もろくて消え去って行くから貴重なのかもしれない。

 
posted by kodokei at 00:00| Comment(0) | TrackBack(0) | 古時計裏話

2018年08月21日

ガラス絵12

      本家より充実 

 がらす.jpg今回のガラス絵は、八角型のガラス絵やスリゲル型のそれとも違い、変形型のガラス絵、この形の時計にも色々なガラス絵が描かれているが、線上形式のガラス絵が多い事。
 写真や風景画等とも違ったガラス絵、先ず何処が違うのかと言えば、今までのガラス絵は、振り子室のガラスにに描かれていたもの、今回は振り子室のドアーでなく、時計前面が開くガラスドアー形式になっている時計。
 つまり文字盤の部分と振り子室の部分が一枚のドアーになっている時計の事、振り子室のガラスは多くが小さいドアー、今回のドアーは其れよりもずっと大きなガラスドアー部分に描かれている。
 ご多分にもれず、今回のガラス絵もアメリカ製時計のガラス絵のコピーであるが、日本人には人気の高い時計をモデルとして、コピーをしたガラス絵。

 アメリカでも人気のモデル、ウェルチ社のイタリアン、ハンキングと呼ばれる時計、その時計のガラスに描かれているものを、職人が忠実に写し取った物である。
 芸術の世界では、コピーとは言わず写しと言う、芸術的な絵画は古今とわず写しが当たり前、幾人の人が写しを行い、前任者を越えていったものも存在する。
 師匠より更に優れて、師匠を超える其れが又芸術の世界、このガラス絵を描いた明治の職人は、アメリカのモデルとなった職人が描いたものを超えてしまったのである。
 写真で分かりずらいかもしれないが、ウェルチ社のイタリアン、ハンキングをコピーしたにも拘らず、其れを越してもっと優れたガラス絵を完成させてしまったようである。
 線の太さや全体のバランスを比較してみると、写しのほうが出来が良いのにきずく、細かな部分も手を抜かずに職人魂を遺憾なく発揮している事である。
 当時の日本の職人は、コピーに留まらず、自分の力量を上げる事に精進した過程で、本家を追い越して独自の世界を作り上げてしまったのだ。
 時計も日本製、名古屋で製造されたウェルチのコピー時計であるが、細部に本家の時計よりも優れた技量が発揮され、本物よりも良い出来になっているのが面白い。




 
posted by kodokei at 00:00| Comment(0) | TrackBack(0) | 古時計裏話

2018年04月13日

時計画

      時計の版画は数々ある。

SANY3537.JPG 時計を題材とした版画は多くあるが、趣味で直接依頼して作成してもらったものは、そんなに多くないが堀田時計が販売店に出したもは、大分出回っている。
 堀田両平氏は家業の時計店の店主でもあり、古時計の蒐集家としても知られている我々の先輩の蒐集家、堀田氏が自社の店舗をモデルとして、製作依頼した版画で、時計マニアの間でも良く知られたもの。
 堀田氏は時ある毎に時計の版画を製作依頼しているが、特に伊藤深水画伯の版画が多くあり、美人の版画は人気の的でもある。
 自分の娘(朝丘雪路)をモデルとした版画は人気が高く、マニアには是非とも手に入れたい版画でもある。

 深水画伯の作品は妖艶な美人が描かれているため、時計よりも其の美人のほうに目が行ってしまう。堀田.jpg
 やっぱり美人画は伊藤深水に限ると思うが、時計も良く観察されており、其の特徴を捉えた力作が多い。
 もともと堀田時計は名古屋出身、明治期名古屋市にて時計商を商っており、良平氏はそのルーツを理解していたようだ。
 先祖の築き上げた店を題材にして版画家にその姿を依頼し、表現したものだと思う。
 左の版画は、富山出身の金守世士夫画伯の製作であり、明治期の堀田時計店の店先を描いた版画である。
 当時名古屋市の中心部に大店を構えていた様子が描かれ、店内には櫓時計やそのほかの時計が見え、屋根の上には巨大な時計塔が見える。
 堀田時計初代の堀田良助が1代で築き上げた大店、色使いも良く当時の繁栄振りが見事に彫られている傑作である。
 当時は名古屋市内には、こうした時計塔が幾つも乱立をして、名古屋の時計産業が盛んであった証でもある。
posted by kodokei at 00:00| Comment(0) | TrackBack(0) | 古時計裏話

2018年03月19日

何で安いのか

      1番質問が多い

SANY6113.JPG この所の古時計の値段、以前に比べたらべら棒に安い値段、少し前に高く買った人から何故安いのかと質問攻め、別に私が時計の値段を安くしているものではないのだが。
 そんな事は誰しも知っている事、しかし、自分が買った時よりも安いのに腹が立っていることは確か、これも景気が悪いせいである。
 売り手と買い手、この需要と供給のバランス、どちらかが増えればバランスが崩れ、安くなったり、高くなったりと乱高下する。

 一頃の景気が停滞気味、だから古時計の値段も下降しているのだが、単にそれだけでも無いもので、他の要素もくわわっての話だと思う。
 時計愛好家は現在急激に減ったわけでなく、愛好家は増えてもいるが、世代交代の時期でもある事は確かなこと、次々と売りに出ていることもその要因の1つ。
 一頃みたいに精工舎の姫ダルマ、1時期の物が不足していて時の値段と現在の値段は3分の1以下にまで落ち込んでいるもの、高く買った人が愚痴るのも頷ける。

 あの引っ張りだこだった姫ダルマ、それがどうであろう、昨今出品されても中々買い手が付かない様で、値段も上がらずに停滞気味。
 そんな訳で愛好家はヤキモキしている事は確か、私のもとに相談が幾つも来ているが、これも定めであり、流行でも有るのだから仕方がない事。SANY0379.JPG
 以前は投資気味に買い込んだ人も多く、その人達が売りに出したから値段が暴落、そのトバッチリを愛好家が受けている。
 株と同じ状況下にあるといって良い現実、古時計が投資の餌食となってしまった事は嘆かわしいが、これも又現実の世界、需要と供給のバランスである。

 愛好家受難の時期かも知れないから、欲しい物は安い次期に買うのが1番、安い時に売るのは止めた方が良いが、惑わせられない様に気を付ける事。
 それしか防ぎ様がないのが現実、良い物を安く買い込むチャンスは今、特に和時計は底値の状況、やっぱり時期が左右する。
 ジックリと見極めて欲しいものだが、自分自身が注意しない事には激動期は乗り越えられないもの、シッカリと見極めて欲しいものだ。
posted by kodokei at 00:00| Comment(0) | TrackBack(0) | 古時計裏話

2018年03月10日

瓜二つ

      双  子
SANY0998.JPG
 古時計には色々な形をしたものがあり、その種類は多くて数え切れない位、どれがどのメーカーで最初に造ったのか分からないものが多く存在している。
 当時のカタログやあるいは特許庁に記録があれば、その時計が何時製造されたかも分かるが、しかし実際は記録も少なく其れを判定するのは極めて困難だ。
 当時も当然の事、特許取得をしている物もあるが、していない物の方が多く、人気の形は各時計製造会社がこぞって製造、そのために類似品はこれまた多い。
 写真の時計、愛好家の間でも一番人気の時計、この形の時計は当時も多くの時計製造会社が製造、しかしその中でも瓜二つと似ている時計が存在する。

 一寸見ただけでは何処のメーカーか分からず、文字盤などが変えられていたのであれば、更に判別するのは難しくなり、よほど古時計に精通していないと判別しずらい。SANY1002.JPG
 一方は精工舎、もう一方は高野時計、この2つの時計兎に角良く似ており、写真で見てドチラがドチラと即答できる人は、古時計に深い知識がある証拠だ。
 部分的に比較写真を見て、細部の違いを認識した上でないと区別できず、精工舎の物の特徴や、高野時計の特徴を細部にわたって観察する事で区別が出来様が。
 それにしても、之だけ同じものを作らなくても良さそうであるが、当時としてはそっくりに真似る事が使命であったのか、それとも市場でその様に求められていたものなのか、判断に苦しむ。
 流行とはそのようなものと言うが売れるものを造るのは製造所の使命、売れない時計を造っても意味はないが個性も大事な要素。
 その個性も流行には勝てないと言う事だろうか、製造者も大変である。
posted by kodokei at 00:00| Comment(0) | TrackBack(0) | 古時計裏話

2018年02月19日

やっぱりフランス

   何処かが違う

 SANY4695.JPG西洋時計をコピーして日本で製造された時計、本家の物をコピーして製造されたものだが、出来上がった物はやっぱり違う物。
 そっくり其のままコピーした物もあるが、それでも違った物に出来上がってしまうのは何故、材質的には同じ物ではないので、それは考慮しての話である。
 デザインもコピーだから差ほど違いは無いもの、只コスト面を考えれば多少違うかもしれないと思うが、なぜかと言えば機械を含めた真鍮板が薄い事が上げられる。

 素材は同じでも、出来上がった物は重厚感がないのだが、それがそのまま見た感じにつながってしまい、フランスものと比べると、日本のものは安っぽく感じてしまう。
 写真で見比べて下さい、ドチラが日本製か説明しなくても、前の文章から必然的に分かると思いますが、重厚感はドチラかな。
 左がフランス物の時計で、右が精工舎の時計、両方とも文字盤は琺瑯文字盤なので美しい白が映えているが、地金が薄い製もあり、ブリューム感が今1つない。
SANY4698.JPG ガラスは勿論カットガラスを使用している物、只フランス物のガラスと比較すると、精工舎のカットガラスは薄い延べ板を使用している。

 片方、フランス物は分厚いカットガラス、見た目にもブリュームがあり、しかも重い時計と成っており、之が又高級感を与えていると思う。
 ほんの少しの違いなのに、同じ素材なのに、何故こんなにひらきがあるのか不思議だが、事実は事実であり、之は如何ともしがたい。
 製造者はそれほどのひらきが出来ると思って製造したはずではないと思うが、結果は見た目でも感じ取れてしまうのは、やっぱり本物とコピーとの差なのか。
 出来上がった物で、之だけ違いを感じるのも、フランス物の歴史の重さなのかも知れないが、ほんの少しのセンスが違っているかも知れない。
posted by kodokei at 00:00| Comment(0) | TrackBack(0) | 古時計裏話

2018年02月16日

鎌倉彫

      メーカーの違い

SANY4366.JPG 掛時計の装飾には色々な種類の物が施されているが、日本古来の伝統技術によるものの多く、新しい機械式時計の装飾の一端を担っている。
 西洋時計の塗装はニス仕上げが普通、当然日本に入って来た時もニス仕様、その時計をモデルとして日本の職人が製作、その仕様に習って製作した。
 しかし、時代が少し下がると、その中でもニス仕様をあえて日本古来の技術、漆塗りの技法を用いて外装を塗装、ニスにはない光沢を出した。

 これは、当時日本人がもっていた技術もさることながら、日本の伝統技術を新しい物に採用して、新たな分野を切り開こうとした人達の闘いでもあったのでは。
 文明開化の名のもとに、日本古来の技術は忘れ去られようとした時、職人たちの心意気のあらわれではなかったのか、伝統産業を守りぬく気構えが、そおさせたのSANY4675.JPGではないだろうか。
 写真の外装、八角型とダルマ型時計の外装であるが、西洋時計では彫刻を施した上からはニス仕上げが普通、木肌を出した処に光沢のあるニスをかけるのが当たり前の仕様。
 しかし、この時計には鎌倉彫が施されており、その上から漆がかけられ日本古来の技法が使われているもの、ニスの持つ艶と漆の持つ艶、明らかな違いが。

 我々日本人には、漆の持つ艶がしっくりと心に入ってくるよう、新しい技法のニスよりは親近感が湧き、新時代の時計と古来の漆、このミックスほど日本人が好むもの。
 新しい物と古い物の調和を取る、日本人ならではの技量ではないだろうか、和洋折衷の技術の妙とでも言うのか、明治の職人達の心の叫びが聞こえてくるようだ。
posted by kodokei at 00:00| Comment(0) | TrackBack(0) | 古時計裏話

2018年01月23日

人気のフクロウ

    いちばん人気

 古時計愛好家に好きな時計をあげるとしたら何かと聞けば、先ず上がDSCN1079.JPGって来るのがからくり付きの時計がでる。
 古時計の中でもカラクリ付きの時計は人気が高くて、一台は持っている人が多いと聞く、勿論私もその一人である。
 カラクリ付きの古時計と言っても、色々な種類のカラクリがあり、西洋時計のカラクリから日本の古時計に至るまで多種多様。
 その中でも日本のカラクリ時計の方が人気は高いと思うが、一番身近なものは鳩時計、少し前までは家庭にもあったもの。
 そんなに高価な時計ではなく、日常で使用している時計であったが、毎日巻かないと時刻を告げないので面倒であった。
 そんな事からクウォーツの時代となり、自然消滅の様に機械式のカラクリ付き鳩時計は姿を消してしまった。
 カラクリ付きの時計としては身近な時計であった鳩時計、あの独特の鳴き声を支持する人も多いと思う。
 もう一つが梟時計、鳩時計と異なりフクロウ本体の形をした時計、この梟時計が愛好家の間では一番人気の時計だ。
 鳩時計と違いフクロウ本体の口が動いて時を告げる仕組み、大きさは鳩時計よりも少し大きくて、一枚の板からフクロウを彫り出している。
 この梟時計は種類も多く、製造元も多数存在したが、現存数は極めて少ない事から、古時計愛好家からは絶大な人気。
 勿論形の色々あるものの中、親子のフクロウ時計が人気の的、可愛DSCN1078.JPGらしくてみいても楽しい時計、親梟の下の方に2匹の子供がいる。
 この子供のフクロウが居る事で、時計全体が優しい雰囲気を醸し出しているので、ヤッパリ愛好家から指示を受けているのだと思う。
 カラクリの仕組みは親子のフクロウ時計と単体のフクロウ時計と変わりはなく、只表板に親子か単体かの区別があるだけ。
 形的にはミミズクやシマフクロウ、普通のフクロウと色々なものがあるので、それぞれに支持者がいる事は確か。
 どの梟が良いのかは人其々であるから、一概に言えないが可愛らしい梟の方が人気のようだが、私はシンプルな梟時計が良いと思っている。
 色々な各社から出ているが、時代の新しいものより、やはり古い梟時計の方が人気のようで、文字盤も新しい物はプラスチックとなっている。

posted by kodokei at 00:00| Comment(0) | TrackBack(0) | 古時計裏話

2018年01月20日

寄贈したい

    相談に乗って欲しい

SANY1533.JPG 知人から電話で「今日は家に居るのか」と聞いて来たので、「夕方からなら居る」と答えた。
 夕方我が家に友人が来たが、老人が付いて来たので不思議であったが居間に入って貰ったのだ。
 友人一人と思っていたのに二人で来るとは、そんな思いで居間に通すが、突然老人時計を持ち出してきた。
 私が怪訝そうにしているので友人、相談とは「この人の話しを聞いて欲しい」と切り出して来たのだ。
 相談とはこの人の事らしいが、何の事だか知らないが時計が出て来たので、この時計の事には違いない。

 その老人曰く「我が家に古くからある時計で、私の親父が買い込んだもの」と言い、この時計を貰って欲しいとの事。SANY1555.JPG
 知らない老人から時計を貰う事は出来ないので、友人に「何の話だ、訳が分からない」と聞き直した。
 すると老人「この人に私がこの時計の事を相談したら、知り合いが時計に詳しいからそちらで相談したら」と言われ、今日伺ったとの事。
 そして「私が来月養護施設に入るから、この時計をどうしたら良いかと思い、時計を持参した」とも付け加えられた。
 つまり、自分が施設に入るが親父の時計を処分するのは忍びないので、何処かに寄贈したいと思っていたとの事。
 友人がその話を聞き、私の事を話したらしく、すると老人が「知らないところに寄贈するよりは、時計の好きな人の所に預けた方が親父も喜ぶと思う」と言い出したらしい。

SANY1559.JPG そして老人「私が子供のころから、この時計のねじを巻く係りで、今までねじを巻いて来たのだ」とも言われる。
 確かに時計を見れば程度の良いもので、現在まで動いていた証拠、きれいな時計だと思う、しかし私も知らない人からもらう訳にもゆかない。
 すると老人、「知らない人ではなく、この人の友人であれば知り合いである」と言われるので、返事に困ってしまった。
 結局、施設に入るから是非でも私に貰って欲しいと言われ、老人の意思を尊重してこの時計を貰う事にした。
 写真の時計がその時計、手入れが行き届いており、老人が如何に大事にされてきた時計である事がうなずける。
posted by kodokei at 00:00| Comment(0) | TrackBack(0) | 古時計裏話

2018年01月16日

思い出の時計

      志功で盛り上がり

SANY4370.JPG 旅の思い出には色々な思い出があるが、楽しい思い出もあれば苦しい思いでも、そして大失敗をした思い出もあり、其々に今は懐かしいものである。
 仕事で全国を回ったが、その行く先々で古時計との出会いがあり、その殆どが予期せぬ出会い、心に残る出会いは心の奥深くに刻まれている。
 出会いとは予期しないものほど心にしみるもの、現実的に起こるべきして起こったものは、それ相当に想像がつくが、出会ってもあまり感動が無く、ダダの出会いに過ぎない。
 もう35年も前の事、青森県弘前での出来事、まだ私が若かった頃の事、やはり仕事で青森を訪れた時、4月の大型連休の直ぐ前の観光客がまだ少ない頃。
 青森市内の居酒屋で、たまたま隣に座ったおじさんと仲良くなり、何故かしら話が弾んだ、その話とは「棟方志功」についてであったが、おじさんもSANY4371.JPG大の「志功ファン」、当然と言えば当然、ここは青森であるから。

 私も志功好き、話が弾んで大分飲んだ頃、おじさんが帰ると言い出したので、引き止めずにその時はすんなりと見送くり、我々も帰ることにした。
 明くる日、弘前に行き古時計探しを始める事に、弘前市内をさんざん探したが何も無く、疲れて食堂に入ってビックリ、昨日のおじさんが前に座っていた。
 向うもビックリなら、こちらもビックリ、お互いに昨日の話で又盛り上がり、帰りにおじさんが家に来いと言い出したので、誘いに乗って行くことにした。

 おじさん、聞けばあの「弘前ねぷたの絵師」で、自宅に行けば「ねぷた」が、その隣に古時計が目の前に現れ2度ビックSANY4378.JPGリ、早速見せて貰うと「こんな物欲しいのか」とおじさん。
 今まで古時計を探し回ったことを話せば、「欲しければ持って行け」と意図も簡単に言う、こちらがアッケに取られていると「どうした、要らないのか」と聞く、遠慮していると「お前が気に入ったからだ」と言うので有り難く頂いて帰ってきた。
 出会いとはこんなもの、予期せぬ出来事を言う、今ではこの出会いは新鮮であった事をつくづくと思う、楽しい思い出の一つだ。
posted by kodokei at 00:00| Comment(0) | TrackBack(0) | 古時計裏話

2017年12月30日

企業もの

      宣  伝  効  果
SANY1139.JPG
 何時の時代でも企業の宣伝は売り上げを左右する重要なもの、企業では売り上げに直結する宣伝には力が入り、最も神経を使うものであることは今も昔も変わりない。
 宣伝は皆の注目をあびなければ役目を果たせず、何処に何を宣伝するのかも企業の思案のしどころ、昔から研究され1番効果的な宣伝を目指した事は言うまでもない。
 宣伝とは、人々に認知され「商品名や物」が人の記憶に残らなければ意味がなく、その為に試行錯誤が繰り返されて1つの宣伝となるものだが、思惑どうりに行かないのも世の常。
 皆が皆、思惑どうりに宣伝をして当たるものとは限らず、どの様に宣伝するかも企業の腕、「目に訴える、耳に訴える」そして人で訴えるなさくび.jpgど、方法はマチマチである。

 何時の時代でもそうであるが、流行に敏感に反応するのが人の常、その流行を先取りするのも企業の努力、やはり企業は大変で宣伝に掛ける努力も最大限に必要。
 時計を宣伝の手段として明治より多くの企業が利用してきたが、西洋物に敏感な庶民を利用し、注目度の高い時計に矛先を向けたのは当然の原理でもあった。
 当時の時計は憧れであり、注目度は抜群な代物であったから、宣伝するのにはうってつけの物、時計の「ガラスや文字盤」に企業のマークや企業名を入れた。

 しかし、どんな時計でも良いとは限らず、やっぱり注目度が高いものでなければならないし、市場に多くあるものでなければ意味がないから、選択には神経を使ったと思われる。
 今回紹介するものはそれらの時計、写真はそんな企業の思惑を担って、宣伝用に利用された時計で、形の変わった時計や注目度の高い時計、当時流行った時計に入れられた宣伝である。
 上の写真はカクタス石油のマークの入った時計の文字盤、下の物はサクラビールのマークが入った時計のガラス。
posted by kodokei at 00:00| Comment(0) | TrackBack(0) | 古時計裏話

2017年12月28日

後々の事が

      貰う事はしない

SANY4834.JPG
 古時計を展示していると色々な人と出会う、年齢性別問わず出会いはやって来るが、古時計もまた同じ様に出会いがあり、良く展示会場で話しかけられる事がある。
 展示会場を訪れる方の中には展示品と同じ様な時計を持っておられる方が、そんな時は必ず声がかかり、「家にこれと同じ時計があります」と云われる事が多い。

 会場では古時計のキャクションを細かく書いていないことが多く、製造会社と年代位、その他少し特徴を書く程度、私がずぼらのせいだから。
 そんな事で展示会場で同じ時計だと言われる物は珍品時計、確かに何処にでもある単なる八角の時計だから、同じ様に見えるかも知れないが、展示品と中身が全く違う代物。

 しかし見学者は同じ様に見え、家にも同じ時計があると言われるが、良く聞いて見るとまったく別会社の時計、それでもむげには返事が出来ない。
 その上、そんな珍しい時計なら大事にしなくてはと云われ「どれぐらいの値段ですか」と急に現実的な話に、本人は珍品と同じだと思っておられるが、全くの別物で値段は付かない時計だ。
 SANY7875.JPGそんなことも日常で起こるから展示は面白いが、対応如何ではまずい空気に成る事も、スッカリ本人は珍品時計と思い込み、買い取って欲しいと言い出す始末。

 その場で丁寧にお断りをするが、しつこく食い下がる人も居るから、この対応に閉口する事も、何かと展示は気を使うことばかり、そしてもう1つ悩みの種が。

 展示会場に古時計を持ち込んでくる人も多く、昭和の何でもない時計を持ち込み、「親が大事にしていたから貴重な時計では」と云って来る人もいる。
 昭和の何処にでもある時計だが価値があるものと信じている様、この対応にも困る時も、幾ら説明しても信じない時はこちらがギブアップする事もある。
 価値が無いとはおかしい、親が大切にしていたのだからと逆に怒り出す人も、そんな事で展示会は色々な人が来る事に、それを簡単に対応しないように気を使いすぎるのだ。
 1番困るのは古時計を貰って欲しいと云って来る人、若い頃は何でも貰い受けていたが、現在は立場上貰い受ける事は絶対にしない事にしている。
SANY8399.JPG
 その時計が珍品であろうと、高価なものであろうと、手が出るほど欲しいものであろうと、全てお断りしているのだが、それはトラブルを避けるためだ。
 後々、貰った古時計が珍品や高価なものである場合、「返して欲しいと」か、「価値が分からないのに取られた」とか、「安く買われた」とか、兎に角トラブルの原因となる恐れがあるから。
 そんな訳で古時計は信頼する人以外は、この様な行為は絶対しないように心がけているので、貰い受ける事はしないが、展示会では後がたたない位に話が来るのだ。
 何で貰ってもらえないのかと言われるが、これが最善の策と思っており、申し出される方には博物館を紹介して、そちらに寄付されるように勧めるのだ。

posted by kodokei at 00:00| Comment(0) | TrackBack(0) | 古時計裏話

2017年11月24日

持ち込まれた物

   また持ち込まれた

 SANY4192.JPG以前にも紹介した和時計をつくると言う雑誌の付録、今までに3台持ち込まれているが又持ち込まれてきた。
 最近ネットで出ているらしく、それを買い込んだ人が持ってきたもの、触れ込みでは動かないと言う事らしい。
 ジャンク品として販売されていたのを承知で落札、安いからとの理由であるが、あまり感心しない。
 自分で修理できれば良いが、普通の人は修理出来ず、結果は高いものに付いてしまい後悔するだけである。

 安いからと言っても、それにはそれなりの条件があるはず、今回のものもそれにあたるもの、部品が足りないのだ。
 致命的な部品でないから、何とかなるとは思うが、この人が出来るとは思えないし、部品の製作を頼めば高いものにつくはずSANY4196.JPG
 簡単に考えているらしいが、そんな簡単にできない事は少し考えれば分かるはずであるが、そこは欲しいと言う心が先に立ってしまった。

 安いとなれば尚更の事、私でもその気になるのは無理からぬ事、しかしそれは修理する自信があってこその事。
 他人に修理を依頼すれば非常に高いものに付き、新たな部品を探そうとすれば、それまた大変な事だ。
 運が良ければネットで見つけられるかも知れないが、それとても運次第と云事になり、先が分からない。
 友人の紹介で持ち込まれたが、この和時計もあまり造り方が良くないもの、機械に詳しくない人が組み立てたものと思うが、接着剤がいたる所に付いており、汚い仕上がりである。SANY4199.JPG
 動かないと言うので分解する事にしたが、前一番車を固定されている支柱が動かない、こんなことはない筈。

 ピクリともしないのでルーペで見れば、やはり接着剤がこびり付いており、苦労してやっと外すも更に暦を動かす歯車もピクリともしない。
 何故こんな所に接着剤が付けてあるのか、原因は他にもあったが全部接着剤のせい、形は出来ても動かないない筈だ。
 説明書には接着剤を余り付け過ぎないようにと書かれているはず、これも慣れない人が造るせいなのか。
 時間をかけて全部の接着剤を取り除いて動いたが、良く見てください時打ち車や後ろの支柱が2本ない、これを探すのも大変だと思う。
posted by kodokei at 00:00| Comment(0) | TrackBack(0) | 古時計裏話