2017年05月12日

いがいにも

      古着商から転職している


SANY0205.JPG 江戸から明治に入り、新しい時代となり産業もまた新たな分野が生まれて来、其の中に西洋時計の製造を志すものが出てくる。
 明治初期に時計産業に参入している出資者の中は、江戸時代に家業として、古着屋を営んでいた者も多くいる。
 今と違い江戸時代には一般庶民は新品の着物など買えず、もっぱら古着が当たり前、着物と言ったら古着、それが当たり前であった。

 その為に古着屋は市中に多く存在しており、庶民の強い味方でもあったようで、買い求めるのは何時も古着と決まっていたようだ。
 古着屋は当時は商店としても一般的な商売、何処の町にも存在し、結構繁盛していたと言う、今の感覚とは少し違うものだと思う。
 そんな中、古着屋で大儲けをした商人も多いと聞く、やはり今の時点で考える古着屋とは少し違っているようだ。SANY1660.JPG

 代表的なのは林時計製造所の林市兵衛であり、名古屋市内で古着屋を営んでいたが、西洋時計の流入に刺激され時計販売を志す、当時数多くの古着屋が店を出していたが、競争相手が多く経営は芳しくなかったようである。
 そんな中、林市兵衛は西洋時計の売れ行きに注目、古着屋を続けていては将来は見込みないと悟り、新たな経営に乗り出す。

 一方、精工舎の創始者服部金太郎の父、服部喜三郎もまた名古屋に於いて古着屋を営んでいたが、やはり経営は思わしくなく、江戸に出て再び古着商、「尾張屋」を開業する。
 服部金太郎も又、家業が芳しくないのに気付き、亀田時計店に丁稚奉公に出、その後西洋時計製造を志
すのであり、両者供家業の古着商に見切りをつけるのも、期せずして同じであった。
 当時の古着商は一般庶民を対象としており、現代みたいに新品の着物を買えSANY1178.JPGる様な生活状態ではなく、庶民は古着を買うのが当たり前の時代であった。

 その為、古着商は今の我々との感覚違い、市中には多くの古着商が立ち並び、古着に対する見方が当違っていたし、それが普通でもあった。
 古着商で財を成した人物も又多くおり、林市兵衛も其の1人、彼らが志したのは、文明開化の申し子、西洋時計を自ら製造し、其れを販売する事を目指していた。

 従来の家業に見切りをつけ、異業種の西洋時計製造販売と云う新分野に、自分の将来の夢を託し、其れを勝ち取るため転業していったことは、彼らの先見性の高さの証明でもあった。
 そして彼らは苦難の末、西洋時計の製造販売に成功し、古着商から脱却して、新産業の頂点に立ったのである。
 歴史と言うものは実に奇妙であり、事実は小説よりも希なりの言葉の如く、真実もまた奇である。


 
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2017年04月05日

これも時計小物

      可愛いだるま



 SANY3761.JPG時計愛好家にとって時計は何時見ても興味をそそるもの、喩えそれが本物の時計でなくとも愛着が湧き、れを求めたいと思う。
 時計グッツは色々なものが出回っているが、どれを求めるかは本人次第、ある日とは写真であったり、ある人は置物であったり、ある人は絵画であったりと、やはり人様々。
 一時期時計の水滴が流行ったもので、時計愛好家はそれを求めて捜し歩いたが、今は静かになっているようだ、そんな流行もあるが、流行に左右されず我が道を行く人も多くいる。
 私の友人で紙物を専門に集めている人がいて、おもに版画であるが数が多く、古いものから新しいものまで、ありとあらゆる版画を集めている。
 人がどう云おうがお構いなし、人は人と我関せずの構え、ここまで徹していると感心するもの、逆にそこまでやるかと驚きにも似てる。
 写真の時計、非常に小さくて5センチと小型、寄木ダルマをモデルに作られたもの、この様な小SANY0082.JPGさな時計に関心を持つ人も多い、時計は動かなくても構わないらしい。
 時計の形をしていれば良いとの事、大きなものには興味もなく、小さなものしか集めない人、その人達にとっては、写真のような小物の時計は必須条件だ
 この様なリアルな小物もあるようで中々無いもの、あちらこちらと探し回っている人も、多くは持っていない物だが、価格は安いものだ。
 価格が安いものほど物が無いので、特に非売品となると愛好家の目の色が変わるもの、そんな小物の時計を集めて、だいの大人が探し回るのも滑稽だ。
 しかし、彼らにとってはそれが宝物に見えてくるもの、子供の玩具の時計までも、蒐集の対象であり、真面目に玩具屋に通いもする。
 そんな愛好家の人気のある時計小物が写真の時計、こんな物の何処が良いのかと思う人、それSANY0083.JPGは好き好きで、人には分からないかもしれない。
 愛好家にしてみればそれはお宝に見え、是非とも手に入れたいと思う。
 玩具であるが故、本物の時計でない事が良いと言うのだ。
 そして愛好者からは精密でない方がより時計に近づくように思われると言うのだ。
 本物の時計ではなく、そのムードを如何にして作り出しているかが見どころと言う。
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2017年04月03日

独自の発達

           素材も色々



SANY9467.JPG 掛時計の振り子室の扉、この扉には色々な装飾が施されている物があるが、その中でも特殊な装飾を施されている時計があり、特に古い時計に多いようだ。
 普通の時計の振り子室の飾りと言えば、ガラスに施される絵もしくは線、大抵の時計はこの様な仕様になっていることが多く、簡単な物がほとんどと言って良い。

 例えば線のみで円形の形や菱形の形を描くものが多く、後は写真が貼られているものや、絵が描かれているが、今回紹介するものは、薄い板を切り抜いて装飾した物。
 古い時計に良く見られる木象嵌が時計全体に施されたもの、イギリス製の掛時計などに良くあるものだが、大抵の場合は振り子室のガラスは装飾がないものが多い。SANY2645.JPG

 時計全体に象嵌されているので、振り子室にはシンブルなガラスのみ、それが時計を引き締める1つのデザインなのか、この時計をモデルとして、アメリカで製造された時計。
 それらの時計にはイギリス製にない装飾が施されており、本国の時計とは少し形式が違った物に、あえてイギリス本国の時計とは違うデザインにしたのだ。

 形こそは良く似た物であるが、そこはアメリカ人のフロンティア、スピリットかも知れず、同じ物では面白くなく、また真似だけではプライドが許さなかった。
 そんな思いで、本国の時計とは一線を隠した物を製造したのであろうか、写真の時計の振り子室に施された装飾、ガラスに直接つけるのではなく、手作SANY2649.JPGくりで施された一枚板。

 技術的なものではなく、何処となく温かみのある造りになっているのも、カントリーらしさを表した物なのか、アメリカ人の心意気かもしれない。

 イギリス製の象嵌入りの時計も存在しているが、この時計のように素朴なものではなく高級感のあるもの。
 アメリカの当時の意気込みが伺える造りとなっているのも面白い。
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2017年03月21日

何で綺麗か

    自分のと違う綺麗さ


 SANY2170.JPGある友人が自分の持っている古時計と他の人の持っている古時計と綺麗さが違う、何処が何で違うのか。
 そんな疑問を持っていると言うのだが、その疑問に友人たちが意見を述べる事になるが、それが又大変。
 其々の意見が続出、色々な意見が出て来るが、個人的な意見で、人ぞぞれの考えに基づいているのだが。
 古時計には色々な状態のものが存在しており、綺麗な物から何でこんなに汚いのかと思うものもある。
 状態はそれぞれに違いがあるが、良いものは誰でも欲しいと思う、それもまた古時計愛好家の心理だと思う。

 では良い状態のものは何かと言う事、ある人に言わせれば汚いものは好きではないと言い、ある人はそれが古時計だと言う。
 色々な状態のものが存在している中、自分の好きな状態のものを買い求めるが、数の少ないものはそSANY1426.JPGうは行かない。
 出て来た事がラッキーであり、状態はその次だと言う人と、良い状態のものが出て来るまで待つと言う人。
 しかし数の少ない古時計は今度いつ出て来るのか分からない事に、だから出て来た時に買い込まないと手に入らない。
 状態ばかり気にしていると数も集まらない事に、しかし其れでも良いと言う人はじっくりと待つと言う。

 もともと古時計は長い年月を過ごして来たもの、新品の状態ではなく、当然の事時代による傷や汚れが付くのは当たり前の事。
 その汚れをすっかりと落してしまえば、時代が消えてしまう事になるが、それでも綺麗なものが良い人も居る。SANY8586.JPG
 時代の汚れよりも綺麗な物、そんな人達が好むものに、現在アメリカから輸入される古時計がある。

 この時計日本の生活状態と違い、囲炉裏やとかかまどなどの煤で汚れない事、そのうえきれいに磨いてある事だ。
 つまり昔日本に輸入されたものと現在輸入されたものとに分かれ、何方もアメリカ製である事だが、日本に入って来た時代が違う事。
 私も海外のコレクターの持っている古時計を見ているが、彼らが所有している古時計は全部綺麗で時代感が感じられない。SANY9467.JPG
 彼らに言わせれば製造当時の状態にすることが当たり前、その為には常に磨き綺麗な状態にするのだと言う。

 日本古時計愛好家とは少し考え方が違う、侘び寂精神と結び付き、時代の汚れを落とさないのが日本の愛好家。
 埃は落すがそれ以上は落さないので、当然時代の汚れが付いているもの、アメリカの愛好家とは明らかに違う。
 どちらが好みなのかは本人次第、最近は現在輸入されたものが良いと言う人も増えて来ていると言う。

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2017年03月10日

機械も変形

      超小型時計の機械
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 色々な機械がついている超小型の時計、そんなに製造数は多くないと思うが、今まで見て来た時計の機械は千差万別、何でこんなに違うのがあるのか。
 超小型の時計、名古屋地域で製造されたもの、全国的に見ても名古屋が多く製造したと思う、しかしながら製造会社はハッキリしない。

 林時計と武田時計、高野時計と今津時計、その他の時計製造会社も製造したと思えるが、如何せん数が少なく全容を把握する事は難しい。
 何故この極小時計が製造されたかも不明、新しい時計の雛形として製造されたと言う説が1番真実に思うが、それでも疑問も多くある。

 雛形の時計であればもっと多くあっても不思議ではないが、現存数は極めて少ないもの、何故少ないのかも分からないのだ。
 私も今までに10台以上所有してきたが、今手元にSANY5268.JPGあるのは6台、全部違う機械が入っているから不思議、林時計のものが2台あるが機械が違うのだ。
 武田と高野これも機械が違う形、ダルマ型と八角型、そして頭丸型の3種類、ヤッパリ其々に機械の型が違うもの、謎が増すばかり。
 大先輩の時計の設計に従事した吉田嘉一氏は、時計の雛形とハッキリ断言されたが、私としても同じ気持であり、専用に作られた機械であると思うが、写真の機械は無印の時計の物。

 この機械の地金部分は5センチ角、全体の大きさは縦7.5センチ、横8.5センチと意外と大きいもの、雁木車の位置が少し違った位置にある。
 普通は雁木車の位置とアンクルの位置は下に向いているが、この機械は横から出ているので其れを下の位置に持ってきており、普通の機械だと横向きの位置にある。
 分かりやすく言えば普通の機械を横にした格好になるものを正常な状態にしたもの、つまり横向きと言うことだが、其れもおかしな話だ。SANY5265.JPG

 この様な状態の機械はこれだけではなく、殆どの超小型の時計の機械は特殊なもの、やはり小型専用の機械を製造していたことの裏づけ。
 ある人の解説だと玩具時計であり、子ども部屋専用の時計だと言うが、当時子供専用に超小型時計の機械を開発する事はしないもの、吉田さんも同じ事を言っていた。

 小さいからと言って子供用などではなく、列記とした時計そのもの、その為に開発された機械が入っている事が何よりの証しだ。
 それにしても当時、この時計を手に入れた人は何処でこれを掛けていたのか、興味の湧くところでもあり、遊び心のあった人てあるとも思われる。
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2017年03月08日

懐中時計の鎖

      人目を引く


 SANY3900.JPG明治時代に入り男のお洒落も様変わり、江戸の粋和服姿は景を潜め、西洋の洋服が大流行、「猫も杓子洋服姿」と言われるほどに、町には洋服が大流行。
 今まで頭に載せていたちょん髷をバッサリと切り、洋服姿で町を闊歩、「散切り頭を叩いてみれば、文明開化の音がする」とも詠われたとおり。
 日本中のハイカラ好きはこぞって洋服を求め、似ても似つかない洋服を着て満足していた頃、時計もまたステータスなシンボルとして持て囃された。

 特に懐中時計は評判を呼び、金持ち達は我も我もと買いあさったようだが、それは珍しさも多分にあったと思う、彼らは時間を見ると言うよりは自己満足のかたちをなしたものであった。
 その懐中時計は、ヤッパリ金時計が一番人気、胸SANY0249.JPGのホケットからワザとらしく見せびらかし、自分が注目を浴びたい一心であったようだ。
 その懐中時計には付属品として鎖が付く、時計を固定させる為に鎖で繋ぐ物だ、この鎖にも拘りが出始める事になり、人よりも目だったものを欲しがった。

 その為に時計の鎖は自然と派手になり、個性と言うよりも目立ちたいが為、そんな人達は人と変わった物を求め、より競い合うことになった行く。
 金銀の高価なものを材料に、金に任せて次から次へと変わったものを注文、職人たちはその要求に答えて、あらゆるデザインのものをつり出した。
 当然の事だが金の鎖が一番。金時計に金の鎖、まさに成金の塊のようなもの、それに憧れた当時の金持ち達が大勢いたのだ。

 見るからに派手な金時計と鎖、金持ちの象徴たるもの、それを持つことが流行った時代の事、鎖も当然凝ったものを使用した。SANY0243.JPG
 写真の鎖もそのような人の為に作られたもの、普通の鎖状のものよりは繋ぎも大きく、銀製で派手にくみ上げられたもの、この様な派手な鎖を付けて自慢していたのであろう。
 明治時代の男たちの、意地の張り合いを見るかのようで、むしろ滑稽さに見えてしまうのは何故だあろうか、日本人の性なのかもしれない。
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2017年02月24日

カレンダー機構

      曜日か日付け


 SANY0238.JPG時計の中でも特殊な物にカレンダーの機構が付いている時計があり、普通の時計とは別の扱いをされ、その数は余り多くは無いが各社が製造した。
 明治期にアメリカから輸入された時計は多く、その中にごく少量のカレンダー機構の付いた時計も輸入されているが、全体の時計からすれば特殊な部類である。
 普通の時計と比べれば当前の事価格も高価、普通の家庭では余り購入されなかったが、一部の支持層に購入され使われたようで、珍しい時計でもあり、注目もされた。

 カレンダーの付いている時計、種類は大きく分けて2通りに分かれる、単体のカレンダー時計と複数のカレンダー時計、単体とは曜日だけのカレンダーが付いている時計。
 複数のカレンダーが付いている時計は、曜日、日付、月、などのカレンダーが複数付いている時計の事、明治初期にはこの様な複数のカレンダーの付いている時計は殆ど輸入されていない。
 主に単体のカレンダー付き、曜日ならばそれだけ1つ付いている物、日付であればそれだけしか付いていない物、この2種類の時計が少量輸入されていたようである。SANY1638.JPG

 普通カレンダーの付いている時計の内部を見ることは余り無いと思う、文字盤の下に隠れている機構は上からでは見えないもの、どの様な仕組みか余り知られていない。
 そもそも、カレンダー機構は別の歯車と組み合わせによって起動するもの、時計製造会社のよってその機構は少しづつ違いはあるが、歯車が三つ余分に付いており、この組み合わせによりカレンダーとして動く仕組み。

 写真は、日付用と曜日用と二種類のカレンダー機構であるが、写真右端の歯車の歯数により、曜日と日付に分かれるもの、歯数の多いものは日付用、歯数の少ないものは曜日用である。
 真ん中の小さな歯車と左の歯車の組み合わせによって、右の歯車が動く仕組み、中央の歯車が2回転すると右の歯車が回転する仕組みになっており、大きく動くのは歯数の少ない曜日カレンダー。
 小さくしか動かないのが日付用のカレンダー、仕組み自体は簡単な仕組みであるが、歯数の組み合わせが問題で、一定の法則によって歯数が決まる。DSCN1835.JPG
 この組み合わせで取り付け位置が時計製造会社により違いがあり、左の歯車の取り付け位置が、上の方であったり、あるいは下の方であったりと位置が違う。

 文字盤が多少違っても、この歯車は同じ物が使用されており、文字盤が大きいからと言って、変わる事は無い。
 8インチ文字盤と10インチ文字盤、カレンダー機構は同じものが使われ、10インチだから大きな機構を使う事はない。
 文字盤に合わせて針の大きさが変わるだけの事、ただ12インチ文字盤のものは例外もある。

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2017年02月19日

資料は乏しい

      悪  戦  苦  闘


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 古時計と付き合い出して早や40数年を過ぎてしまったが、未だに奥が深くて中々全容がつかめず四苦八苦、情けない事でありまだまだ未熟を痛感させられる。
 古時計を集め出した時は何も感じず、只時計を数多く集めるのが1つの目標みたいに成っていたもの、兎に角人よりも多くの時計を欲張って集めていた。
 ある程度の数が集まり、自分でも不思議であるが名古屋で製造された時計を全部集めても、そんなに時間なぞ掛からないとその時は思っていたのである。
 時間が経つにつれ、名古屋で製造された主な物は殆ど集めたつもりで、時計関係者を集め、よせば良いのに全部集めたと公言したが、その時までは自分でこれで全部であると信じていた。

 鼻高々で関係者の前で其れを披露したが、その時師匠でもある吉田嘉一氏から、「戸田さんマダマダこれ位では全部とは言えないですよ」と厳しい指摘があった。
 吉田氏から、その時「名古屋で製造されている時計は100社を超えているから、これの倍以上は有ります」と驚きの発言があったのを覚えている。
 吉田氏にその後幾度となく名古屋で製造された時計の種類を教えてもらい、其れを手掛りに獅子奮迅の働きのように動き回り、時計を探索したもの。
 結果は、未だに名古屋で製造された時計を全部集める事が出来ず、疲労困憊している始末であり、この先何時までかかるのかお先真っ暗な未熟者である。
 その原因は、吉田さんから貰った名古屋の時計に関する資料や自分で集めた資料、自分では之だけの資料があれば「鬼に金棒」と思っていたが、世の中そんなに甘くなく、分からない時計ばかりでこれまた四苦八苦。
 名古屋の時計は奥が深くて、底無し沼のように「行けども、行けども」辿りつかないが、それでも進むしかなく前進あるのみである。
 現在分かっているだけでも100社、それ以上にまだまだ沢山の組み立て会社が存在しており、どれくらい存在しているか分からないと言う。
 名古屋地域の時計を全部集めるなどと言う事はとんでもない事、それを目標に軽い気持ちで踏み込んでしまったがまだまだ先は長い。
 何時になったらそれを達成できるものなのか見当もつかないが、最初に立てた目標は諦められないので、これからも進めるつもり。
 写真は林市兵衛の明治20年代の時計製造工場の図、林市兵衛の資料も思ったほど多くなく、全容解明には程遠いのが現状であるようだ。
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2017年02月09日

和時計の資料

      色々ある中
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 和時計の資料、古くから書かれたものもあるが、それぞれで参考になる物は少ないと思えるもので、「帯びに短し、襷に長し」と言った感じ。
 学者さんも多くの人が和時計の事を書かれて、それはそれで見ごたえのあるものの様に見えるが、実際の物を見て書かれた文章は少ない。
 あたり前の事だが学者さんは上から目線でものを書かれ、自分であたかも研究されているように言われるが、実際は現物を多く見ていないと思われる。
 見てもいないものを解説してある文章程つまらないものはなく、逆に本当なのかと疑う事もしばしば、それは現物と違ったことが書かれているからだ。
 たんに文献だけで理論を展開されることが多く、それがまともなものの様になっているが、文章と現物とがあSANY7821_1.JPGわないものが多く存在する。
 その点、上口愚朗氏の書かれたものは違う、何処が違うかと言えば現物主義、現物から得られた資料を基に書かれている文章だから。
 私も学者さんの文献を多く見たが、上口氏が言われる様に「実際のものを見て書いた文章とは違う」、現物を見ずして文献だけを参考に書いたものだと言われる。
 山口某氏、塚田某氏も上口氏が指摘している如く、矛盾点をあたかも事実としてとらまえていて、違和感を覚えてしまう。
 若い頃大名博物館には何回も見学しに行き、その都度説明も受けて、現物も見せて貰い、上口氏の持論は共感をえられるものと思った。
 現物から得られるもの、それは間違いの無いもの、その事実の積重ねから出るものは真実、数が多ければ多いほど真実味が増すもの。SANY7825_1.JPG
 その事実に基づいて学者さんと対峙した上口氏、学者さんは認めようとしなかったが、事実は事実、これを覆すには事実を突きつける以外にない。
 それを評して上口氏は「現物ほど事実を語ってくれるものは無い」と云われ、机の上のだけの理論は間違いを生むと、私も全く同感であり、現物ほど確かな証人はいない。
 写真は上口氏独自に研究されたもの、現物から導き出した結論、今までの学者理論とは違い現実味が、それが上口氏の持論だった。
 こういった資料をどう見るかは自分次第だが、現物ほど事実はない事を認識するのも知識の1つ、「百聞は一見にしかず」の諺どおりと思う。
 写真は和時計側面の毛彫りされた模様、図案化された初期のもの。
 それらも実際のものと比較して文章にされているこSANY8372.JPGと、現物が物語るとの持論のままである。
 それぞれにとらまえ方はあるが現物を如何に研究するか、多くの統計を取ることが重要であること。
 それは実践しかないと思う、自分の目で確かめて欲しいものだ。
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2017年02月04日

コストダウン

      ガラスの留め方 



 明治期に輸入された西洋時計、文明開化の波にのり日本に多く入って来たが、外国SANY7266.JPG製は価格が高くてマダマダ庶民には高嶺の花であった。 
 人々はこの外国製の時計に憧れ、何時かは自分も1台は持ちたいと願ったもの、その様な状態をいちはやく察して、西洋時計の国産化が計られた。 
 西洋時計をモデルとして日本各地で日本製西洋時計の製造が開始され、多くの時計が市場に出回ることに、しかし当初の時計は性能もまだ劣っていた。 
 形こそよく似た物を製造はしたが、機械や材質の面ではマダマダ到達できず、西洋時計に追いつかなく、発展段階の状態であった。 
 その1つの原因は価格、当然西洋時計よりも安く販売しなければならず、コストを下げる事を要求され、色々の部品をコストダウンして対応したものだ。 
 そして技術面においても西洋時計の技術まで到達せず、価格面での妥協し製造をはかった結果、色々なところにしわ寄せをしたもの。 
 写真のガラスの取り付け方、アメリカ製の時計はガSANY7338.JPGラスを止めるのには、先ず鋲を枠に打ちガラスを固定しておき、その上から石膏で縁取りをする。
 鋲打ちだけでもガラスは固定されるが、仕上がり方が石膏とは全く違い、鋲が見えてしまい余り格好がよく無いもので、石膏を上から塗ることで仕上がりが全く違ったものとなる。 
 ガラス枠を開けた時でも留めてある鋲は見えず、スッキリとした仕上げに、見た目にも綺麗な仕上がり、ひと手間かけて高級感を出している。 
 それに引き換え、日本時計のガラス留め方は、木を枠状にして釘で固定しているもの、この方法は手間が省けるから、石膏を塗るよりもコスト面でも安く仕上がる。 
 見た目には綺麗さには欠けるが、ガラスが外れる事は無く、機能的には問題はなもの、簡単に仕上げる事の出来る作業である。 
 細かいところまで気を配って製造されているアメリカSANY4589.JPG製の時計、日本の時計はコスト優先の少し洗練さには欠ける仕上がりだ。 細かなところを比較しても、西洋時計にくらべ日本製の時計は、外形は良く似ていても細部を検証すると、大きな違いがある事を発見できる。 
 そこには、一家に1台は西洋時計が欲しいと思う日本人に向け、少しでも安い時計を製造して提供しようとした、明治の時計製造者たちの戦いでもあった。 
 明治初期アメリカ製の西洋時計は5円からと高価で一般庶民には高嶺の花、その西洋時計を国産化し一般に提供する為、時計製造に心血を注いだ。 
 それでも国産時計の当初は3円50銭とやっぱり高かったのだが、その後次第に量産が進むに連れて値段も下がって行ったようだ。 コストダウンを如何にして達成し安価な時計を提供できるように先駆者の苦労は続いたと思う。
 小さなところから改良を重ねる事でコストをダウンさせ市場に合った安価な時計を作り出して来たのだ。
 このガラスのとめ方も石膏を使わずして木片で簡素化、これもコストダウンの一環であり、コストダウンに繋がった事は確かだ。
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2017年01月31日

組み立て会社事情

      関 東 と 中 京 の 違 い 



 明治期に生まれた時計の組み立て会社、自社の生産工場を持たず、機械を仕入れてSANY3010.JPG部品を組み合わせて時計を完成させ、販売する会社を「組み立て会社」と言う。
 つまり、自分の会社では機械を製造する設備を持たず、他社から機械を買い入れ、組み立てる為設備投資に金が掛からず、安い機械を仕入れれば、それだけコストが掛からず、販売競争に打ち勝つ事ができる。
 このシステムが確立するのは日本で国産化された時計が軌道に乗ってからの事である。
 時計製造会社も次第に競争が激化して、当然の事生き残りを図るために色々と画策をすることになる。
 そんな中、自社の機械を販売する事により、製造競争に活路を見出す製造会社が現われて来る。
 自社の時計が販売不振に陥り、その打開策とも言われているが正確な事は不明である。
 明治初期には外国から機械を仕入れて、日本で組み立て販売した物であるが、日本でも時計の機械が製造されるようになり、又販売競争も激化し始めると、生存競争に打ち勝つ力の無い時計製造会社は、やむなく自社の機械を他社に売り経営を成り立たせた。
 関東と中京の生産地でも同じ状況であり、組み立て会社に機械を売り経営を持続SANY2836.JPGさせていたが、関東は時計製造工場の数が少なく、生産台数も少量であった為、機械の供給する会社が極限られていた。
 一方、中京地区は時計製造工場も多く、又時計生産台数は関東の倍以上製造していたもの、機械供給する時計製造会社は多く存在していたのが、関東との大きな違いである。
 中京地区では、分業制度が確立されていた事、木曽の木材が豊富に供給され、時計の外箱も容易に手に入って、時計組み立ての条件が整っていた事。
 中京地区の大手時計製造会社も、自社で製造した機械を組み立て会社に販売、それを目的としていた事も、関東の時計製造会社との違いである。
 自社では時計を組み立てずに、部品だけを供給する会社も多く存在し、中小の組み立て会社に機械や部品を納めていた。
 そんなシステムが確立されていたのも中京地区の特徴、兎に角時計の部品工場が多くあった事が、組み立て会社を後押しのだ。SANY3014.JPG
 そのために中京では、数多くの組み立て会社が乱立し、生存競争が激しく激戦区で、その中を生き抜くために自然に競争力が他地域よりも付いていったようである。
 全国的に見ても、組み立て会社の大半は中京地区に集中しており、その生産台数も関東地区を遥かに超して、当時日本の輸出高に大いに貢献していた。
 特に東南アジア向けの時計を製造、輸出高に置いても群を抜いていた中京地区、昭和に入るまでの期間、海外向けに製造を続けていた。
 そんな事もあり何処で製造されたものか不明の時計も多く存在、現在発見されている古時計の内、組み立て会社の物も多くある。
 写真は同じ様な図柄の模様、勿論組み立て会社のもの、良く似ているようであるが全く違う会社のもので、ここにもその実態の証拠が残っている。
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2017年01月30日

本物との違い

    ある会合での事

 

SANY0879.JPG 古時計好きの人が集まるある会合での話、一つの雑誌について論争が広がり、多くの人を巻き込んでの大論争となった。
 切っ掛けは雑誌の付録の時計についてであったが、それが思わぬ方向に飛び火して、喧々諤々の大論争に。
 話が何で大きくなったのかは本題から外れて、個人の主張が優先されたことにあると思うが、その場では色々と差支えもするからだ。
 問題の雑誌とは、雑誌についている付録の事、「和時計を造る」と題した見出しで、読者をひきつけたもの。
 その雑誌は付録として和時計の部品が付いており、毎回買う事により、最後には和時計が完成すると言うものだ。
 SANY0892.JPG和時計の好きな人なら、ついつい手を出してしまうもの、その雑誌には毎回真鍮製の和時計の部品が付く仕組み。
 つまり、雑誌を買い込んでいる内に、最後には和時計が完成し、目的を果たすことになると言うもの。
 実のところ私もこの雑誌は買い込んだ事があり、実際にはこの雑誌の和時計を2台所有しており、話が聞きたかったので論争に参加。
 話はこうだ、「付録として付けるにはリアル過ぎだ」と言うもの、その雑誌には毎回違う部品が付いており、組み立てる楽しみを味わうもの。
 そして知らない内に和時計が完成すると言う事になり、それが楽しみで買い込んだ人も多いと聞く。
 DSCN1073.JPGその雑誌は60回の連載であり、普通よりも長く少し高くなっているようだが、部品は本物に近いものである。
 完成までに60回、十数万円の本代となるが、果たしてこれが安いのか高いのか、それは個人の判断である。
 当時は人気が高くて販売されて完売となった事は知られており、未だに欲しい人も多いと聞くのだが。
 では論争とは「本物過ぎて、時代を付けたら分からなくなる」と言うもの、確かに言われる通り、時代を付けたら素人目には分からなくなる。
 悪意でそれをやられると、被害者が出て来るとも限らず、それがけしからんと言うものだが、すでに完売されている。
 DSCN1082.JPG難しいものであるが、この様な商品はリアル過ぎると問題が起き、リアルでなければ商品価値が下がる。
 どちらを取るかは判断の別れる所であると思う、コレクターにとってはより本物らしくして欲しいが、やはり難しい選択でもあると思う。
 問題なのはそれを悪意的に利用しよとする人が出てくる事にあり、簡単に見分けられるものは読者は喜ばれないと言う矛盾。
 そんな和時計のコピー論争はいよいよ白熱化、それも古時計を愛するがための人達、コピー商品も難しいもの。
 この時計よく見ればコピー商品と分かるものだが、素人には難しいかも。
 どちらを支持するかは個人の自由、騙されないように注意するのも個人、何処まで行っても個人次第であると思う。
 上の写真が和時計を造ると題した本の付録、完成したものはリアルで豪華に見えるもの、下の写真は本物の和時計。
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2017年01月19日

和時計の部品

    部品一つ一つ


 
 SANY5909.JPG和時計は奥が深いと言われているが、どの様に深いのかは知る人ぞ知ると、そんな風に言われて久しい。
 和時計は一台一台違うもの、勿論作者が違えば当然の事違いが出て当たり前の事、人それぞれに造り方が違う。
 それが和時計であるとも、部品一つが手造りであるが故、同じ物がないとも言われているのも当然。
 現代みたいに量産が出来るものと違い、時計師が一台、一台製造していたもの、つまり二つ、三つと製造していないのだ。
 特にお抱え時計師は主人が指示しない時計は造らず、指示された時以外は時計を造らせてもらえなかった。
 SANY3059.JPG町の時計師も同じ事、発注のない時計は造らなかったと言われているが、事実はどうであったのだろうか。
 勿論、勝手に時計を造っていたのではない事は理解できるが、受注以外は造らなかったのかは疑問でもある。
 そもそも和時計は大量に造るものでは無い事だけは確か、一台生産であった事は事実である。
 しかし町の時計師は生活がかかっているのだから、受注がないものは造らないとは限らない、むしろ逆ではないだろうか。
 生活のために発注のないものも造り、それを売っていたとしか思えないが、そんなに簡単に売れた訳ではないと思う。
 SANY4016.JPG高価な時計を簡単に売れるとは思われない、むしろ売り難いものであったと思うが、それが和時計であると思う。
 前置きが長くなってしまったが、和時計がチョット変わった仕組みで製造された事は理解して頂いたと思います。
 和時計の部品、勿論一つづつ造られたもの、同じ部品はない、例えば止めネジが紛失したから、別の時計から外して付けようと思っても付かないのだ。
 その留め金は、その時計の為だけに造られたもの、他のネジとは違うものなので、別のネジを付けようとしても付かない。
 それが和時計の部品、言い換えれば全く同じ物を造らなかったとも言えるが、しかし同じものを造れない事はない。SANY3078.JPG
 敢えて造らなかったのであり、現代では再生不能であると思われ、だから一つの部品でも貴重なものなのだ。
 一見、見た目には同じように見えても、そこは時計の部品、明らかに違いがあり、流用はまず無理である。
 現代の量産された部品とはやっぱり違うもの、職人の技が造り出したものであり、機械で造ったものでは無いからだ。
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2017年01月15日

文字盤と機械

    一致しない



 古時計を買い込む時に注意しないといけないのは、オリジナルかどうかと言う事、一番良いのはオリジナルの状態のもの。
 古時計は製造された時のまま残っているのが望ましいが、市場に出回っているものは中々そんな状態のものは無い。
 当然の事だが長い間使い続けられたもの、故障したりして修理がなされているから、何処かが違ったものが付く事もある。
 製造させた当時のまま残る方が珍しいとも思うが、それも古時計愛好家が願う事ことであり、そうありたいとも思う。
 しかし現実は厳しいもので、時計として使われている以上修理されていて当然、故障しない方がおかしいと思う。
 だから何らかの原因で元の部品とは違ったものが付いている事が多く、むしろ古時計はそれが当たり前の事。
 それでもオリジナルに拘るのも古時計愛好家、オリジナルの古時計を求めているのだから、そんな人達が今もオリジナルのものを探しているのだと思う。
 勿論その一人が私であり、常にそれを求めて探し続けているが、中々それに当たらないもの、それでも古時計を探すのだ。
 探す事に生き甲斐を見つけているのかも知れないが、それも古時計愛好家の楽しみでもあると思うが、しかし人によっては違うかも。
 古時計で一番オリジナルのものと違っているのは文字盤だと思う、何故ならば一番傷みやすくて変わり易いのだと思う。
 特に紙製の文字盤のものは痛みも早いし、傷もつきやすくなり、当然張り替えられたり、取り替えられたりしている。
 文字盤は一番修理も簡単で、誰でも取り換えられる事もその要因の一つ、だからそんな文字盤が市場に多く出回っている。
 当時から張り替えようの文字盤が用意されており、何時でも張り替えられるようになっていたので、張り替えられていた。
 もう一つの要因はローマ数字からアラビア数字に切り替えられた事、暗い室内ではローマ数字の文字盤よりも、アラビア数字の文字盤の方が読みやすい。
 老ま数字は暗いと時間が分かり辛い、2時と3時と読み違える事も、3時と4時の見違えも多かったと聞く。
 そんな事もあり当時は簡単に張り替えて使用、実用向きにされた事は当然の事、当時の人は使いやすさを優先していたのだ。
 時計屋さんも当時はサービスで修理の時、痛んだ文字盤を張り替えていたと言われ、簡単に行っていたようだ。
 良くあるのが文字盤にアンソニアのマークが付いているのでアメリカ製だと思っている人も多い、文字盤を信用しているのだ。
 機械までは見ない人も意外と多いもの、機械は苦手だと言う人も、だから文字盤を信用するとも言うが、これが一番間違えやすいのだ。
 アンソニアの時計は機械にはアンソニアと刻印がされているから、それを確認する事が大事、刻印のないものは疑わしいのだ。
 機械と文字盤が一致しない時計が多く氾濫しているから、それを頭に置いて古時計を購入して欲しいものだ。
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2016年12月23日

安いロレックス

    本物なのか


 
 DSCN1956.JPG友人が腕時計を持って現れ、非常に安かったのでつい買ってしまった、ロレックスの本物だと思うけど見てくれと言う。
 話を聞くと、「あるアンティークショップをのぞくと、そこにこれがあった」と言って指し出したのが腕時計。
 よく見るとコピー商品と直ぐに分かるもの、しかし友人は本物ではないかと思い、値段も安かったので買い込んだと言う。
 幾らで買い込んだのかと聞けば、2万円で買ったが安かったと言うのだが、私の顔を見て「何だ、おかしいものなのか」と聞く。
 頭ごなしに言っても悪いと思い、先日保存協会のミーティングで買い込んだコピーのロレックスを指し出した。DSCN1962.JPG
 「これ先日買い込んだもの、1000円であった」と目の前に出すと、友人「これとどう違うのか」とまだ納得がゆかない様子。
 これはコピー商品だが、そちらの時計と同じものだが分かるかと言えば、「俺のも違うものだ」と言うのだ。
 自分の買ったものはその時計と違うものだと主張するので、「良く2つの時計を比べて見ろ、2つとも雑に出来ているだろう」と。
 何処を見れば良いのだと言う友人に、時計のガラスを横から見て見ろ、カレンダーの部分をと指さして。
 2つとも側面がギザギザしていないのか、本物のガラスはもっとなめらかで質が良いガラスが嵌めてある。DSCN1960.JPG
 そして竜頭のマークを見て見ろ、王冠が薄くなっており、ハッキリしていないだろうと教える。
 それでも尚友人、自分の買ったものは私が出したものと違うと主張するので、本物のロレックスを出して、これと比べて見ろと。
 差し出された本物のロレックスを手に友人、自分の買ったものと見比べだしたが、どうも分からないらしい。
 何処が違うものなのかサッパリ分からないと、ガラスを見比べても違いは分からず、竜頭を見ても分からないと言う。
 何度見ても違いはないと言い出す始末、違う要点を教えても分からないと言うので、最後の手段を取る事にした。
DSCN1957.JPG ルーペを取り出して、先ず文字盤に付いているロレックスの王冠を見て見ろと指示、友人ルーペを手に取り文字盤のマークを見だして、急に声が高くなり、「やっぱり王冠が違う」と言う。
 ルーペでよく見てみると、文字盤の文字も雑であり、王冠は偽物だと良く分かる、拡大して見ると違いが分かるとも言うのだ。
 そして、本物の時計の文字盤と比較して、偽物の時計の文字盤が雑である事に気が付いたと言うのだ。
 ルーペで見ないと分からない部分も多くあり、只先入観で本物だと信じてしまうと、実際より良く見えてしまうものだ。
 拡大して見ると、偽物は如何に雑に出来ているものか、ハッキリと確認できるから、ルーペで見る事だと思う。
 慣れてしまえば、何処が違うものなのかは自然と分かるようになり、要点だけ見れば直ぐに判別できるはずである。
 それにしても2万円で買い込むとは、友人もガッカリ、知らないと言う事は損に繋がる事、注意しないといけない。
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2016年12月19日

ジャンク品

    突然の電話

 

DSCN1966.JPG 夜遅く突然の電話、何事かと思い電話に出ると、古時計保存協会の会員さんからの電話、何だか深刻そうだ。
 夜遅くかかって来るので身内かと思っていたが、深刻そうなので話を聞く事に、すると古時計を買い込んだが機械が合わないと。
 確かに本人にしてみれば深刻な話であるに違いはないが、私にとっては迷惑な話、夜遅く電話であれば心配してしまうのだ。
 身内に何か起こったのかと、そんな心配をすることになるからだが、しかし相談にのるしかないので話を聞く事に。
 最近では良くこんな事が起こるようになった来たが、それも会員さんが増えたせいであろうと思う。
 話の内容は「古時計を買い込んだが、壊れているので機械を直したいと言うので、何故壊れているのかと聞く。
 するとジャンク商品として買い込んだもので、機械を直せば動くと言DSCN1963.JPGわれたから買い込んでしまったらしい。
 しかし家に帰ってから文字盤をあけて、機械を見たら歯車の歯先が壊れてしまっており、それを修理したいと言うのだ。
 もう少し詳しく話を聞いてみると、「ゼンマイも切れている」との事、要するにゼンマイが切れた時に歯車まで損傷してしまったのだ。
 普通この様な状態になると、修理するには大事となり、幾ら安く買い込んでも後が大変なことになるのだ。
 ゼンマイだけならばまだ何とか安く修理できたとしても、歯車が破損しているのであれば、絶対に手を出してはいけない。
 何故ならば、歯車の修理はお金がかかる事は必定、それも一つや二つの歯車でも修理代は高くつく。
 ましてやゼンマイも修理しなければならないのであれば、買い込む事は止めた方が良い、得にはならないのだ。
 勿論その時計が非常に珍しい古時計で、資料的に価値のあるものでDSCN1965.JPGあれば、話は別であるが、普通の古時計であればよした方が賢明だ。
 この会員さんは簡単に修理ができると思ったらしく、私に機械を変えれば良いのではないかとの質問。
 確かに言われる様に、同じ会社の時計であれば機械が合う事もあり、その機械を探せば良いが、中々難しいものだ。
 確かに機械を変えれば良いが、時計によっては中々合う機械が無いもので、特に今回の古時計は機械がないもの。
 それは偶然にも珍しい会社の時計で、前にも同じ質問があり、その人も機械を探しているが未だに機械が出て来ないだ。
 本人は簡単にあると思っていたが、全くと言って合わない機械、こんなに合わないとは思っても見なかったと。DSCN1964.JPG
 古時計は多く存在しているようであるが、同じ会社の、同じ時代に物を探そうとすると、中々出て来ないもので、簡単ではない事を知るべきだと思う。
 特にジャンク品を買い込む時は、それ相当の苦労と金がかかる事を覚悟しておかないといけない。
 そのような古時計を買い込むのは止めた方が良い、勿論自分で修理が出来、趣味で行うのであれば話は別である。
 しかし素人が安いからと言ってジャンク品に手を出す事は避けた方が良い、後で高いものに付いてしまうからだ。
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2016年12月15日

機械が合わない

    ジャンク商品

 

 DSCN1864.JPG毎回話題となるネットでの買い物、友人がネットで落とした古時計を持って現れ、何とかして欲しいと言うのだ。
 話を聞いてみればネットで出ていた古時計を落札したが、機械が使い物にならない、別の機械が欲しいが何とかならないかと言うのだ。
 何で初めからジャンク商品を買うのか、はじめから分かっていた事で、売り物にならないからジャンク品として売りに出したのだ。
 それを機械を直せないくせに、何で買い込んだのかと言えば、「ひょっとして動くかも知れない」と思ったからと言う。
 ジャンク品とハッキリとうたっているものは、まさしく不良品、そんなものを機械を知らない者が買うDSCN1866.JPGとは。
 安いからツイ手が出てしまい、その上競争になり、深みにハマってしまったと言うのだが、情けない話である。
 幾ら安くとも自分で直せないのであれば、普通は手を出さない筈、それを競い合って落札するとは信じられない。
 私の周りにはこんな人ばかりいるようで、何時も何とかして欲しいと駆け込んで来るが、断り切れないのも辛い事。
 私のが多くの古時計部品を持っている事は彼らは知っており、その上機械を私が自分で直すから、何とかなるだろうと言う事らしい。
 確かに彼等にも色々と助けてもらった事もあり、古時計の事位相談にのってやらないと、そんなDSCN1867.JPG気持ちがあるのも事実。
 確かに持ちつ、持たれつの付き合い、これも仕方がないのかも知れないと、そんな思いで機械探し。
 最近はゼンマイ一つ探すにも苦労する時代、以前は何でも手に入っていたが、最近は難しい世の中になってしまった。
 ゼンマイが切れてしまい、時計屋に直しに持って行ったが、ゼンマイがないので修理出来ないと断れ、私のもとに持って来る。
 直せとは言わないが、ゼンマイを取り外してくれないかと言う、良く知っている人ならではの事、其処までバレているのだ。
 そんな彼らが困ったときは駆け込んで来るから始末が悪い、「あの部品がないのか」とか、「確かこの部品があったはず」とか、持っている部品まで知っている。
 SANY0518.JPG今回の時計は機械が全くダメなもの、こんなものを買い込む人は、自分で機械を持っており、尚もこの時計に合う機械を持っていなければ買わない。
 何だかんだと言いながら、自分で合う機械を探しているから世話はない、やっぱり良いように使われているみたい。
 合うような機械を3、4台探し出し、この時計に合わせてみるが、ピタリとは合わないので、多少の修理は仕方がないとして2台の機械を選ぶ。
 しかし文字藩の穴の位置と機械が合うものは結果一台、この機械しか会わないために、果たして収まるのか心配。
 機械を入れてみると何とかなりそうだが、時打ちハンマーの位置またもや合わないので、これを改造するしかない。
 ハンマーの位置を改造して何とか収まったが、ここまでに時間を費やしたことは当たり前、それでも彼は分かっていないのだ。
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2016年12月11日

色々な資料

    和時計に関して


 
 SANY3059.JPG和時計に関して様々な資料があるが、分かり易い資料となると中々ないので、あちらこちらと探し回ることになるのだ。
 勿論和時計以外の資料にも和時計の事が書かれているから、それられ探して見ると幅広いものとなり、中々見つからないのだ。
 和時計に関する資料は二通りに分かれると思う、一つは学術的な書き方をしているものと、もう一つは実例を挙げて分かり易く説明しているものとに分かれる。
 幾ら解説されていても分かり易く、また現物と付け合わせた資料が良いと思っており、只文献が細かく書かれているものもある。
 しかしそれらの資料は実に分かり難くて、実践向きではない様だが、細かく書かれてはいるが理解しがたい文章がある。SANY0029.JPG
 そんな文章の資料を見つけても、あまり乗り気で読む事はなく、ヤッパリ分かり易くて現実味のあった解説が望ましいのだ。
 確かに細かく分析して書いたものもあるが、読み辛くて理解しにくく、我々凡人には難しくて分かり辛いもの、もっと簡単に解説して欲しいのだ。
 やたら難しく書いている本などは、読んでいるだけで嫌になり、到底理解できない文章が多く、実践的ではないのだ。
 例えばある人が「戸田さん、この資料は実に細かく書いてあるから、これなら参考になる」と教えてくれた。
 その資料を見てみると、確かに言われた通り、細かく書いてあり、寸法も実に細かい、これを書くには大変だったと思う。DSCN1913.JPG
 兎に角細かく、ネジ一つでも分解するように数字が記載されているもの、しかし我々みたいな素人には何ミリと言うよりはネジの造り方を知りたい。
 どのようにして造るものなのか、そして出来上がったものは、他のものとどう違うのかを知りたいが、それは書いてないのだ。
 和時計の時代別の分析、ネジ一つとっても古い物と新しいものでは、何処が違うとか、造り方はこのように違うとか、現物で説明して欲しい。
 それなのに色々な文献は、其の物の大きさや、形を上げて、何センチの大きさだとか、重さは何グラムと書いてある。
 それよりも分かり易いのは、色々な同じ部品を並べて、時代別に示してくれれば、この形のものは大体この時代のものと分かる。DSCN1915.JPG
 勿論重さや大きさもあっても良いが、比較対象を分かり易く分析して欲しいものだ、そんな文献はないに等しい。
 現実に今でも色々な人が和時計に付いて書いているが、一人として我々が望んでいる様な文献はないに等しいと思う。
 その点、大名博物館の上口愚朗氏が書いている資料、この資料は我々の様な者にとっては、非常に分かり易いもの。
 具体的に図解を示して、見て簡単に理解できるような資料、難しい言葉ではなくて簡単にしかも的確にとらえている。
 こんな資料が多くあれば、もっと和時計が理解しやすく、簡単に分かる筈、そんな資料が少ないのは残念な事だ。


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2016年12月02日

和時計の資料3

    詳しくは書いていない

 

DSCN1788.JPG 和時計の資料は数々あるが、写真が多くて、それも同じようなものばかり、あるコレクションを同じ資料にしているからだ。
 良く自分で研究したとして和時計の発表がなされているが、実際の和時計を例にして取り上げてはいない。
 過去の写真や文献を並べているものが多くて、全く同じ事が書いてあるものも多いと思う。
 その上、間違ったことまで同じ文章で書いてあることに、そんな資料を見た時はガッカリしてしまう。
 自分で研究するのであれば、現物を例にして解説するべきであると思うが、中々その様に文章がない。
 現物を例にして書かれているものは上口愚朗氏のものが良い、実に真実味があって良いと思う。
DSCN1787.JPG 他の資料と比べれば説得力があり、成る程と思えるからだが、現物に勝るものはないとも思う。
 その現物を如何に分析するのが良いが、それは中々難しい問題、その和時計がオリジナルかどうか見分ける力が必要だから。
 和時計は一つ一つが違うものだから、その造り方に注目しないと製作者が見えてこないと言う、様式があるから。
 一人の和時計師の制作されたものを数多く見る事も中々厳しい事、確かにその人の製造した和時計であると言う証拠が乏しいからだ。
 和時計は殆どが製造者の名前がないものが多い、だからこそ誰が製造したかの特定が難しく、多くの和時計を見る必要があると言う。
 DSCN1786.JPG多ければ多いほど和時計が理解できると、上口氏の理論もそうであったと思うが、やはり現物しかないようだ。
 現物の和時計から読み取れるものは多くあり、私も先輩から色々な事を教えて貰った。
 ある先輩からは金属の成分から、同一人物の製造と分かると証拠がある筈、辰の材質を見れば良いと。
 勿論科学的な見地からと、細かな分析からだと思うが、我々の様なものには分析は出来ない。
 しかしそれもしなければ分からない事も多くあると、見た目だけでは分析は出来ないことは明らか。
 またある人は鑢のメ跡を解明すれば同じ造り方だと言えるとも言う、鑢を掛けた時に出来る擦り傷、その角度や傷の大きさ、癖が出ている筈であると言う。
 和時計の歯車の歯、これは一つ一つ鑢で削り出したもの、その鑢のメ跡を見れば細かな事が分かると。DSCN1784.JPG
 確かに手造りである以上、この様な跡は当然残っているから、それを分析して見れば実態が見えて来る。
 資料だけではなく科学的根拠に基づいた分析が一番、真実に近づく道であると思うが、それでも和時計を多く分析しないと。
 やはり外形だけでは本質は見えてこないもの、外形が同じであっても部品一つ一つを見ないとその時代が分からない。
 同じような機構であっても時代が違う事もあり、初期型の一丁天賦の形式でも幕末に造られたものもあり、やはり外形だけでは分からないのだ。
 そんな時には科学的な分析こそが一番良いのかも知れないと思う、目で見て分からないものが分析できるから。
 和時計の文献と現物、そして科学的に分析をすれば自ずから見えて来るとも思うが、それにしても謎が多いのも和時計である。

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2016年11月22日

和時計が分かる資料

    簡単に分かるもの

 

 DSCN1068.JPG和時計の資料、色々なものが出ているが、簡単に分かる物が中々ないので、素人には和時計は難しいと思ってしまう。
 勿論色々に書物が出ている事は知っているが、どれも論文めいたものが多くて、詳しく書いてはいるが、具体的ではない。
 難しく書くがゆえに分かり辛くて、素人の我々にはピンと来ないものばかり、これでは参考にならないと思う。
 昔、大名時計博物館の上口愚朗氏が、こんな事を言っていた事を思い出す、学者先生は難しい言葉で書き綴る。SANY7812.JPG
 簡単な事でも如何にも難しいように書き、自分の権威を示すがごとき書き方、あれでは資料にならないと。
 その上、彼等は本当に和時計を知らないのだと、現物を実際に分解して見て、多くの和時計と接しなければ書けないと。
 しかし現実には彼らは多くの和時計を見ていないし、分解などしていないのではと、そんな人が資料的なものを書くとは不思議だ。
 上口氏は以前から学者さんと意見を交わしているが、現実味がないと言うのだ、多くの和時計を分解などしていれば自ずと分かる事も。
 それすらせずに和時計を語るとはおかしいと、そんな言葉を思い出すのだが、確かに愚朗氏の言う通りだと思う。
 当時上口氏は学者さんと論争をしておられ、その一つづつを具体的な例DSCN1774.JPGとして出されていたのだ。
 それに対する学者さんの反論は具体性に欠けたもの、事実を交えての具体性がなく、論文めいた事ばかりであった。
 上口氏は部品一つから取り出して、具体的に述べられており、それも簡単な言葉て声明されていた。
 現物を手にして具体性があり、成る程と思う事が多く、現実味のある説明であると感じ、それ以来上口氏の意見に賛成していた。
 実際に上口氏からも説明をしてもらったが、現物を手にしての説明で分かり易く、現実味があった。
 私が会った人の中で、上口氏ほど和時計の現物をよく知っている人はいなかったもの、それは自分で蒐集し、分解できたからだと思う。
 DSCN1782.JPG現物を手にしての理論は現実味のあるもの、文献だけで論じても何の説得力もないものだと思う。
 和時計の機構はそんなに難しいものでは無いから、それをよく理解しないとおかしな方向に向いてしまう事になる。
 上口氏から伝わって来た事は現物が何よりの証拠、それに勝るものはないと言う事だと思う。
 そんな事で和時計の資料、モット多く現物を見て見なと分からない事が多すぎ、特に時計師に関して。
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