2017年01月31日

組み立て会社事情

      関 東 と 中 京 の 違 い 



 明治期に生まれた時計の組み立て会社、自社の生産工場を持たず、機械を仕入れてSANY3010.JPG部品を組み合わせて時計を完成させ、販売する会社を「組み立て会社」と言う。
 つまり、自分の会社では機械を製造する設備を持たず、他社から機械を買い入れ、組み立てる為設備投資に金が掛からず、安い機械を仕入れれば、それだけコストが掛からず、販売競争に打ち勝つ事ができる。
 このシステムが確立するのは日本で国産化された時計が軌道に乗ってからの事である。
 時計製造会社も次第に競争が激化して、当然の事生き残りを図るために色々と画策をすることになる。
 そんな中、自社の機械を販売する事により、製造競争に活路を見出す製造会社が現われて来る。
 自社の時計が販売不振に陥り、その打開策とも言われているが正確な事は不明である。
 明治初期には外国から機械を仕入れて、日本で組み立て販売した物であるが、日本でも時計の機械が製造されるようになり、又販売競争も激化し始めると、生存競争に打ち勝つ力の無い時計製造会社は、やむなく自社の機械を他社に売り経営を成り立たせた。
 関東と中京の生産地でも同じ状況であり、組み立て会社に機械を売り経営を持続SANY2836.JPGさせていたが、関東は時計製造工場の数が少なく、生産台数も少量であった為、機械の供給する会社が極限られていた。
 一方、中京地区は時計製造工場も多く、又時計生産台数は関東の倍以上製造していたもの、機械供給する時計製造会社は多く存在していたのが、関東との大きな違いである。
 中京地区では、分業制度が確立されていた事、木曽の木材が豊富に供給され、時計の外箱も容易に手に入って、時計組み立ての条件が整っていた事。
 中京地区の大手時計製造会社も、自社で製造した機械を組み立て会社に販売、それを目的としていた事も、関東の時計製造会社との違いである。
 自社では時計を組み立てずに、部品だけを供給する会社も多く存在し、中小の組み立て会社に機械や部品を納めていた。
 そんなシステムが確立されていたのも中京地区の特徴、兎に角時計の部品工場が多くあった事が、組み立て会社を後押しのだ。SANY3014.JPG
 そのために中京では、数多くの組み立て会社が乱立し、生存競争が激しく激戦区で、その中を生き抜くために自然に競争力が他地域よりも付いていったようである。
 全国的に見ても、組み立て会社の大半は中京地区に集中しており、その生産台数も関東地区を遥かに超して、当時日本の輸出高に大いに貢献していた。
 特に東南アジア向けの時計を製造、輸出高に置いても群を抜いていた中京地区、昭和に入るまでの期間、海外向けに製造を続けていた。
 そんな事もあり何処で製造されたものか不明の時計も多く存在、現在発見されている古時計の内、組み立て会社の物も多くある。
 写真は同じ様な図柄の模様、勿論組み立て会社のもの、良く似ているようであるが全く違う会社のもので、ここにもその実態の証拠が残っている。
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2017年01月30日

本物との違い

    ある会合での事

 

SANY0879.JPG 古時計好きの人が集まるある会合での話、一つの雑誌について論争が広がり、多くの人を巻き込んでの大論争となった。
 切っ掛けは雑誌の付録の時計についてであったが、それが思わぬ方向に飛び火して、喧々諤々の大論争に。
 話が何で大きくなったのかは本題から外れて、個人の主張が優先されたことにあると思うが、その場では色々と差支えもするからだ。
 問題の雑誌とは、雑誌についている付録の事、「和時計を造る」と題した見出しで、読者をひきつけたもの。
 その雑誌は付録として和時計の部品が付いており、毎回買う事により、最後には和時計が完成すると言うものだ。
 SANY0892.JPG和時計の好きな人なら、ついつい手を出してしまうもの、その雑誌には毎回真鍮製の和時計の部品が付く仕組み。
 つまり、雑誌を買い込んでいる内に、最後には和時計が完成し、目的を果たすことになると言うもの。
 実のところ私もこの雑誌は買い込んだ事があり、実際にはこの雑誌の和時計を2台所有しており、話が聞きたかったので論争に参加。
 話はこうだ、「付録として付けるにはリアル過ぎだ」と言うもの、その雑誌には毎回違う部品が付いており、組み立てる楽しみを味わうもの。
 そして知らない内に和時計が完成すると言う事になり、それが楽しみで買い込んだ人も多いと聞く。
 DSCN1073.JPGその雑誌は60回の連載であり、普通よりも長く少し高くなっているようだが、部品は本物に近いものである。
 完成までに60回、十数万円の本代となるが、果たしてこれが安いのか高いのか、それは個人の判断である。
 当時は人気が高くて販売されて完売となった事は知られており、未だに欲しい人も多いと聞くのだが。
 では論争とは「本物過ぎて、時代を付けたら分からなくなる」と言うもの、確かに言われる通り、時代を付けたら素人目には分からなくなる。
 悪意でそれをやられると、被害者が出て来るとも限らず、それがけしからんと言うものだが、すでに完売されている。
 DSCN1082.JPG難しいものであるが、この様な商品はリアル過ぎると問題が起き、リアルでなければ商品価値が下がる。
 どちらを取るかは判断の別れる所であると思う、コレクターにとってはより本物らしくして欲しいが、やはり難しい選択でもあると思う。
 問題なのはそれを悪意的に利用しよとする人が出てくる事にあり、簡単に見分けられるものは読者は喜ばれないと言う矛盾。
 そんな和時計のコピー論争はいよいよ白熱化、それも古時計を愛するがための人達、コピー商品も難しいもの。
 この時計よく見ればコピー商品と分かるものだが、素人には難しいかも。
 どちらを支持するかは個人の自由、騙されないように注意するのも個人、何処まで行っても個人次第であると思う。
 上の写真が和時計を造ると題した本の付録、完成したものはリアルで豪華に見えるもの、下の写真は本物の和時計。
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2017年01月19日

和時計の部品

    部品一つ一つ


 
 SANY5909.JPG和時計は奥が深いと言われているが、どの様に深いのかは知る人ぞ知ると、そんな風に言われて久しい。
 和時計は一台一台違うもの、勿論作者が違えば当然の事違いが出て当たり前の事、人それぞれに造り方が違う。
 それが和時計であるとも、部品一つが手造りであるが故、同じ物がないとも言われているのも当然。
 現代みたいに量産が出来るものと違い、時計師が一台、一台製造していたもの、つまり二つ、三つと製造していないのだ。
 特にお抱え時計師は主人が指示しない時計は造らず、指示された時以外は時計を造らせてもらえなかった。
 SANY3059.JPG町の時計師も同じ事、発注のない時計は造らなかったと言われているが、事実はどうであったのだろうか。
 勿論、勝手に時計を造っていたのではない事は理解できるが、受注以外は造らなかったのかは疑問でもある。
 そもそも和時計は大量に造るものでは無い事だけは確か、一台生産であった事は事実である。
 しかし町の時計師は生活がかかっているのだから、受注がないものは造らないとは限らない、むしろ逆ではないだろうか。
 生活のために発注のないものも造り、それを売っていたとしか思えないが、そんなに簡単に売れた訳ではないと思う。
 SANY4016.JPG高価な時計を簡単に売れるとは思われない、むしろ売り難いものであったと思うが、それが和時計であると思う。
 前置きが長くなってしまったが、和時計がチョット変わった仕組みで製造された事は理解して頂いたと思います。
 和時計の部品、勿論一つづつ造られたもの、同じ部品はない、例えば止めネジが紛失したから、別の時計から外して付けようと思っても付かないのだ。
 その留め金は、その時計の為だけに造られたもの、他のネジとは違うものなので、別のネジを付けようとしても付かない。
 それが和時計の部品、言い換えれば全く同じ物を造らなかったとも言えるが、しかし同じものを造れない事はない。SANY3078.JPG
 敢えて造らなかったのであり、現代では再生不能であると思われ、だから一つの部品でも貴重なものなのだ。
 一見、見た目には同じように見えても、そこは時計の部品、明らかに違いがあり、流用はまず無理である。
 現代の量産された部品とはやっぱり違うもの、職人の技が造り出したものであり、機械で造ったものでは無いからだ。
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2017年01月15日

文字盤と機械

    一致しない



 古時計を買い込む時に注意しないといけないのは、オリジナルかどうかと言う事、一番良いのはオリジナルの状態のもの。
 古時計は製造された時のまま残っているのが望ましいが、市場に出回っているものは中々そんな状態のものは無い。
 当然の事だが長い間使い続けられたもの、故障したりして修理がなされているから、何処かが違ったものが付く事もある。
 製造させた当時のまま残る方が珍しいとも思うが、それも古時計愛好家が願う事ことであり、そうありたいとも思う。
 しかし現実は厳しいもので、時計として使われている以上修理されていて当然、故障しない方がおかしいと思う。
 だから何らかの原因で元の部品とは違ったものが付いている事が多く、むしろ古時計はそれが当たり前の事。
 それでもオリジナルに拘るのも古時計愛好家、オリジナルの古時計を求めているのだから、そんな人達が今もオリジナルのものを探しているのだと思う。
 勿論その一人が私であり、常にそれを求めて探し続けているが、中々それに当たらないもの、それでも古時計を探すのだ。
 探す事に生き甲斐を見つけているのかも知れないが、それも古時計愛好家の楽しみでもあると思うが、しかし人によっては違うかも。
 古時計で一番オリジナルのものと違っているのは文字盤だと思う、何故ならば一番傷みやすくて変わり易いのだと思う。
 特に紙製の文字盤のものは痛みも早いし、傷もつきやすくなり、当然張り替えられたり、取り替えられたりしている。
 文字盤は一番修理も簡単で、誰でも取り換えられる事もその要因の一つ、だからそんな文字盤が市場に多く出回っている。
 当時から張り替えようの文字盤が用意されており、何時でも張り替えられるようになっていたので、張り替えられていた。
 もう一つの要因はローマ数字からアラビア数字に切り替えられた事、暗い室内ではローマ数字の文字盤よりも、アラビア数字の文字盤の方が読みやすい。
 老ま数字は暗いと時間が分かり辛い、2時と3時と読み違える事も、3時と4時の見違えも多かったと聞く。
 そんな事もあり当時は簡単に張り替えて使用、実用向きにされた事は当然の事、当時の人は使いやすさを優先していたのだ。
 時計屋さんも当時はサービスで修理の時、痛んだ文字盤を張り替えていたと言われ、簡単に行っていたようだ。
 良くあるのが文字盤にアンソニアのマークが付いているのでアメリカ製だと思っている人も多い、文字盤を信用しているのだ。
 機械までは見ない人も意外と多いもの、機械は苦手だと言う人も、だから文字盤を信用するとも言うが、これが一番間違えやすいのだ。
 アンソニアの時計は機械にはアンソニアと刻印がされているから、それを確認する事が大事、刻印のないものは疑わしいのだ。
 機械と文字盤が一致しない時計が多く氾濫しているから、それを頭に置いて古時計を購入して欲しいものだ。
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2016年12月23日

安いロレックス

    本物なのか


 
 DSCN1956.JPG友人が腕時計を持って現れ、非常に安かったのでつい買ってしまった、ロレックスの本物だと思うけど見てくれと言う。
 話を聞くと、「あるアンティークショップをのぞくと、そこにこれがあった」と言って指し出したのが腕時計。
 よく見るとコピー商品と直ぐに分かるもの、しかし友人は本物ではないかと思い、値段も安かったので買い込んだと言う。
 幾らで買い込んだのかと聞けば、2万円で買ったが安かったと言うのだが、私の顔を見て「何だ、おかしいものなのか」と聞く。
 頭ごなしに言っても悪いと思い、先日保存協会のミーティングで買い込んだコピーのロレックスを指し出した。DSCN1962.JPG
 「これ先日買い込んだもの、1000円であった」と目の前に出すと、友人「これとどう違うのか」とまだ納得がゆかない様子。
 これはコピー商品だが、そちらの時計と同じものだが分かるかと言えば、「俺のも違うものだ」と言うのだ。
 自分の買ったものはその時計と違うものだと主張するので、「良く2つの時計を比べて見ろ、2つとも雑に出来ているだろう」と。
 何処を見れば良いのだと言う友人に、時計のガラスを横から見て見ろ、カレンダーの部分をと指さして。
 2つとも側面がギザギザしていないのか、本物のガラスはもっとなめらかで質が良いガラスが嵌めてある。DSCN1960.JPG
 そして竜頭のマークを見て見ろ、王冠が薄くなっており、ハッキリしていないだろうと教える。
 それでも尚友人、自分の買ったものは私が出したものと違うと主張するので、本物のロレックスを出して、これと比べて見ろと。
 差し出された本物のロレックスを手に友人、自分の買ったものと見比べだしたが、どうも分からないらしい。
 何処が違うものなのかサッパリ分からないと、ガラスを見比べても違いは分からず、竜頭を見ても分からないと言う。
 何度見ても違いはないと言い出す始末、違う要点を教えても分からないと言うので、最後の手段を取る事にした。
DSCN1957.JPG ルーペを取り出して、先ず文字盤に付いているロレックスの王冠を見て見ろと指示、友人ルーペを手に取り文字盤のマークを見だして、急に声が高くなり、「やっぱり王冠が違う」と言う。
 ルーペでよく見てみると、文字盤の文字も雑であり、王冠は偽物だと良く分かる、拡大して見ると違いが分かるとも言うのだ。
 そして、本物の時計の文字盤と比較して、偽物の時計の文字盤が雑である事に気が付いたと言うのだ。
 ルーペで見ないと分からない部分も多くあり、只先入観で本物だと信じてしまうと、実際より良く見えてしまうものだ。
 拡大して見ると、偽物は如何に雑に出来ているものか、ハッキリと確認できるから、ルーペで見る事だと思う。
 慣れてしまえば、何処が違うものなのかは自然と分かるようになり、要点だけ見れば直ぐに判別できるはずである。
 それにしても2万円で買い込むとは、友人もガッカリ、知らないと言う事は損に繋がる事、注意しないといけない。
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2016年12月19日

ジャンク品

    突然の電話

 

DSCN1966.JPG 夜遅く突然の電話、何事かと思い電話に出ると、古時計保存協会の会員さんからの電話、何だか深刻そうだ。
 夜遅くかかって来るので身内かと思っていたが、深刻そうなので話を聞く事に、すると古時計を買い込んだが機械が合わないと。
 確かに本人にしてみれば深刻な話であるに違いはないが、私にとっては迷惑な話、夜遅く電話であれば心配してしまうのだ。
 身内に何か起こったのかと、そんな心配をすることになるからだが、しかし相談にのるしかないので話を聞く事に。
 最近では良くこんな事が起こるようになった来たが、それも会員さんが増えたせいであろうと思う。
 話の内容は「古時計を買い込んだが、壊れているので機械を直したいと言うので、何故壊れているのかと聞く。
 するとジャンク商品として買い込んだもので、機械を直せば動くと言DSCN1963.JPGわれたから買い込んでしまったらしい。
 しかし家に帰ってから文字盤をあけて、機械を見たら歯車の歯先が壊れてしまっており、それを修理したいと言うのだ。
 もう少し詳しく話を聞いてみると、「ゼンマイも切れている」との事、要するにゼンマイが切れた時に歯車まで損傷してしまったのだ。
 普通この様な状態になると、修理するには大事となり、幾ら安く買い込んでも後が大変なことになるのだ。
 ゼンマイだけならばまだ何とか安く修理できたとしても、歯車が破損しているのであれば、絶対に手を出してはいけない。
 何故ならば、歯車の修理はお金がかかる事は必定、それも一つや二つの歯車でも修理代は高くつく。
 ましてやゼンマイも修理しなければならないのであれば、買い込む事は止めた方が良い、得にはならないのだ。
 勿論その時計が非常に珍しい古時計で、資料的に価値のあるものでDSCN1965.JPGあれば、話は別であるが、普通の古時計であればよした方が賢明だ。
 この会員さんは簡単に修理ができると思ったらしく、私に機械を変えれば良いのではないかとの質問。
 確かに言われる様に、同じ会社の時計であれば機械が合う事もあり、その機械を探せば良いが、中々難しいものだ。
 確かに機械を変えれば良いが、時計によっては中々合う機械が無いもので、特に今回の古時計は機械がないもの。
 それは偶然にも珍しい会社の時計で、前にも同じ質問があり、その人も機械を探しているが未だに機械が出て来ないだ。
 本人は簡単にあると思っていたが、全くと言って合わない機械、こんなに合わないとは思っても見なかったと。DSCN1964.JPG
 古時計は多く存在しているようであるが、同じ会社の、同じ時代に物を探そうとすると、中々出て来ないもので、簡単ではない事を知るべきだと思う。
 特にジャンク品を買い込む時は、それ相当の苦労と金がかかる事を覚悟しておかないといけない。
 そのような古時計を買い込むのは止めた方が良い、勿論自分で修理が出来、趣味で行うのであれば話は別である。
 しかし素人が安いからと言ってジャンク品に手を出す事は避けた方が良い、後で高いものに付いてしまうからだ。
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2016年12月15日

機械が合わない

    ジャンク商品

 

 DSCN1864.JPG毎回話題となるネットでの買い物、友人がネットで落とした古時計を持って現れ、何とかして欲しいと言うのだ。
 話を聞いてみればネットで出ていた古時計を落札したが、機械が使い物にならない、別の機械が欲しいが何とかならないかと言うのだ。
 何で初めからジャンク商品を買うのか、はじめから分かっていた事で、売り物にならないからジャンク品として売りに出したのだ。
 それを機械を直せないくせに、何で買い込んだのかと言えば、「ひょっとして動くかも知れない」と思ったからと言う。
 ジャンク品とハッキリとうたっているものは、まさしく不良品、そんなものを機械を知らない者が買うDSCN1866.JPGとは。
 安いからツイ手が出てしまい、その上競争になり、深みにハマってしまったと言うのだが、情けない話である。
 幾ら安くとも自分で直せないのであれば、普通は手を出さない筈、それを競い合って落札するとは信じられない。
 私の周りにはこんな人ばかりいるようで、何時も何とかして欲しいと駆け込んで来るが、断り切れないのも辛い事。
 私のが多くの古時計部品を持っている事は彼らは知っており、その上機械を私が自分で直すから、何とかなるだろうと言う事らしい。
 確かに彼等にも色々と助けてもらった事もあり、古時計の事位相談にのってやらないと、そんなDSCN1867.JPG気持ちがあるのも事実。
 確かに持ちつ、持たれつの付き合い、これも仕方がないのかも知れないと、そんな思いで機械探し。
 最近はゼンマイ一つ探すにも苦労する時代、以前は何でも手に入っていたが、最近は難しい世の中になってしまった。
 ゼンマイが切れてしまい、時計屋に直しに持って行ったが、ゼンマイがないので修理出来ないと断れ、私のもとに持って来る。
 直せとは言わないが、ゼンマイを取り外してくれないかと言う、良く知っている人ならではの事、其処までバレているのだ。
 そんな彼らが困ったときは駆け込んで来るから始末が悪い、「あの部品がないのか」とか、「確かこの部品があったはず」とか、持っている部品まで知っている。
 SANY0518.JPG今回の時計は機械が全くダメなもの、こんなものを買い込む人は、自分で機械を持っており、尚もこの時計に合う機械を持っていなければ買わない。
 何だかんだと言いながら、自分で合う機械を探しているから世話はない、やっぱり良いように使われているみたい。
 合うような機械を3、4台探し出し、この時計に合わせてみるが、ピタリとは合わないので、多少の修理は仕方がないとして2台の機械を選ぶ。
 しかし文字藩の穴の位置と機械が合うものは結果一台、この機械しか会わないために、果たして収まるのか心配。
 機械を入れてみると何とかなりそうだが、時打ちハンマーの位置またもや合わないので、これを改造するしかない。
 ハンマーの位置を改造して何とか収まったが、ここまでに時間を費やしたことは当たり前、それでも彼は分かっていないのだ。
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2016年12月11日

色々な資料

    和時計に関して


 
 SANY3059.JPG和時計に関して様々な資料があるが、分かり易い資料となると中々ないので、あちらこちらと探し回ることになるのだ。
 勿論和時計以外の資料にも和時計の事が書かれているから、それられ探して見ると幅広いものとなり、中々見つからないのだ。
 和時計に関する資料は二通りに分かれると思う、一つは学術的な書き方をしているものと、もう一つは実例を挙げて分かり易く説明しているものとに分かれる。
 幾ら解説されていても分かり易く、また現物と付け合わせた資料が良いと思っており、只文献が細かく書かれているものもある。
 しかしそれらの資料は実に分かり難くて、実践向きではない様だが、細かく書かれてはいるが理解しがたい文章がある。SANY0029.JPG
 そんな文章の資料を見つけても、あまり乗り気で読む事はなく、ヤッパリ分かり易くて現実味のあった解説が望ましいのだ。
 確かに細かく分析して書いたものもあるが、読み辛くて理解しにくく、我々凡人には難しくて分かり辛いもの、もっと簡単に解説して欲しいのだ。
 やたら難しく書いている本などは、読んでいるだけで嫌になり、到底理解できない文章が多く、実践的ではないのだ。
 例えばある人が「戸田さん、この資料は実に細かく書いてあるから、これなら参考になる」と教えてくれた。
 その資料を見てみると、確かに言われた通り、細かく書いてあり、寸法も実に細かい、これを書くには大変だったと思う。DSCN1913.JPG
 兎に角細かく、ネジ一つでも分解するように数字が記載されているもの、しかし我々みたいな素人には何ミリと言うよりはネジの造り方を知りたい。
 どのようにして造るものなのか、そして出来上がったものは、他のものとどう違うのかを知りたいが、それは書いてないのだ。
 和時計の時代別の分析、ネジ一つとっても古い物と新しいものでは、何処が違うとか、造り方はこのように違うとか、現物で説明して欲しい。
 それなのに色々な文献は、其の物の大きさや、形を上げて、何センチの大きさだとか、重さは何グラムと書いてある。
 それよりも分かり易いのは、色々な同じ部品を並べて、時代別に示してくれれば、この形のものは大体この時代のものと分かる。DSCN1915.JPG
 勿論重さや大きさもあっても良いが、比較対象を分かり易く分析して欲しいものだ、そんな文献はないに等しい。
 現実に今でも色々な人が和時計に付いて書いているが、一人として我々が望んでいる様な文献はないに等しいと思う。
 その点、大名博物館の上口愚朗氏が書いている資料、この資料は我々の様な者にとっては、非常に分かり易いもの。
 具体的に図解を示して、見て簡単に理解できるような資料、難しい言葉ではなくて簡単にしかも的確にとらえている。
 こんな資料が多くあれば、もっと和時計が理解しやすく、簡単に分かる筈、そんな資料が少ないのは残念な事だ。


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2016年12月02日

和時計の資料3

    詳しくは書いていない

 

DSCN1788.JPG 和時計の資料は数々あるが、写真が多くて、それも同じようなものばかり、あるコレクションを同じ資料にしているからだ。
 良く自分で研究したとして和時計の発表がなされているが、実際の和時計を例にして取り上げてはいない。
 過去の写真や文献を並べているものが多くて、全く同じ事が書いてあるものも多いと思う。
 その上、間違ったことまで同じ文章で書いてあることに、そんな資料を見た時はガッカリしてしまう。
 自分で研究するのであれば、現物を例にして解説するべきであると思うが、中々その様に文章がない。
 現物を例にして書かれているものは上口愚朗氏のものが良い、実に真実味があって良いと思う。
DSCN1787.JPG 他の資料と比べれば説得力があり、成る程と思えるからだが、現物に勝るものはないとも思う。
 その現物を如何に分析するのが良いが、それは中々難しい問題、その和時計がオリジナルかどうか見分ける力が必要だから。
 和時計は一つ一つが違うものだから、その造り方に注目しないと製作者が見えてこないと言う、様式があるから。
 一人の和時計師の制作されたものを数多く見る事も中々厳しい事、確かにその人の製造した和時計であると言う証拠が乏しいからだ。
 和時計は殆どが製造者の名前がないものが多い、だからこそ誰が製造したかの特定が難しく、多くの和時計を見る必要があると言う。
 DSCN1786.JPG多ければ多いほど和時計が理解できると、上口氏の理論もそうであったと思うが、やはり現物しかないようだ。
 現物の和時計から読み取れるものは多くあり、私も先輩から色々な事を教えて貰った。
 ある先輩からは金属の成分から、同一人物の製造と分かると証拠がある筈、辰の材質を見れば良いと。
 勿論科学的な見地からと、細かな分析からだと思うが、我々の様なものには分析は出来ない。
 しかしそれもしなければ分からない事も多くあると、見た目だけでは分析は出来ないことは明らか。
 またある人は鑢のメ跡を解明すれば同じ造り方だと言えるとも言う、鑢を掛けた時に出来る擦り傷、その角度や傷の大きさ、癖が出ている筈であると言う。
 和時計の歯車の歯、これは一つ一つ鑢で削り出したもの、その鑢のメ跡を見れば細かな事が分かると。DSCN1784.JPG
 確かに手造りである以上、この様な跡は当然残っているから、それを分析して見れば実態が見えて来る。
 資料だけではなく科学的根拠に基づいた分析が一番、真実に近づく道であると思うが、それでも和時計を多く分析しないと。
 やはり外形だけでは本質は見えてこないもの、外形が同じであっても部品一つ一つを見ないとその時代が分からない。
 同じような機構であっても時代が違う事もあり、初期型の一丁天賦の形式でも幕末に造られたものもあり、やはり外形だけでは分からないのだ。
 そんな時には科学的な分析こそが一番良いのかも知れないと思う、目で見て分からないものが分析できるから。
 和時計の文献と現物、そして科学的に分析をすれば自ずから見えて来るとも思うが、それにしても謎が多いのも和時計である。

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2016年11月22日

和時計が分かる資料

    簡単に分かるもの

 

 DSCN1068.JPG和時計の資料、色々なものが出ているが、簡単に分かる物が中々ないので、素人には和時計は難しいと思ってしまう。
 勿論色々に書物が出ている事は知っているが、どれも論文めいたものが多くて、詳しく書いてはいるが、具体的ではない。
 難しく書くがゆえに分かり辛くて、素人の我々にはピンと来ないものばかり、これでは参考にならないと思う。
 昔、大名時計博物館の上口愚朗氏が、こんな事を言っていた事を思い出す、学者先生は難しい言葉で書き綴る。SANY7812.JPG
 簡単な事でも如何にも難しいように書き、自分の権威を示すがごとき書き方、あれでは資料にならないと。
 その上、彼等は本当に和時計を知らないのだと、現物を実際に分解して見て、多くの和時計と接しなければ書けないと。
 しかし現実には彼らは多くの和時計を見ていないし、分解などしていないのではと、そんな人が資料的なものを書くとは不思議だ。
 上口氏は以前から学者さんと意見を交わしているが、現実味がないと言うのだ、多くの和時計を分解などしていれば自ずと分かる事も。
 それすらせずに和時計を語るとはおかしいと、そんな言葉を思い出すのだが、確かに愚朗氏の言う通りだと思う。
 当時上口氏は学者さんと論争をしておられ、その一つづつを具体的な例DSCN1774.JPGとして出されていたのだ。
 それに対する学者さんの反論は具体性に欠けたもの、事実を交えての具体性がなく、論文めいた事ばかりであった。
 上口氏は部品一つから取り出して、具体的に述べられており、それも簡単な言葉て声明されていた。
 現物を手にして具体性があり、成る程と思う事が多く、現実味のある説明であると感じ、それ以来上口氏の意見に賛成していた。
 実際に上口氏からも説明をしてもらったが、現物を手にしての説明で分かり易く、現実味があった。
 私が会った人の中で、上口氏ほど和時計の現物をよく知っている人はいなかったもの、それは自分で蒐集し、分解できたからだと思う。
 DSCN1782.JPG現物を手にしての理論は現実味のあるもの、文献だけで論じても何の説得力もないものだと思う。
 和時計の機構はそんなに難しいものでは無いから、それをよく理解しないとおかしな方向に向いてしまう事になる。
 上口氏から伝わって来た事は現物が何よりの証拠、それに勝るものはないと言う事だと思う。
 そんな事で和時計の資料、モット多く現物を見て見なと分からない事が多すぎ、特に時計師に関して。
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2016年11月12日

分からない

    最近変な事が



 
 DSCN1754.JPG古時計を集めていると偶におかしなことが起こる事も、今まで多くの古時計を集めて来たが不思議な事も起こった。
 ある人に言わせれば「古い物には魂がある」と、人がそのものを大切にしていると魂が乗り移ると言うのだ。
 なんだかオカルトみたいな事を言う人も居るが、やはり古い物には其れらしき事があるものなのか。
 偶然と言うには少し違い、あたかも待ち受けていたかのような出会いをすることも、単なる偶然とするには。
 上手く説明が出来ない事が起こる事も、古時計とはそんな事を起こす力があるかも知れないと思っている。
 一番因縁めいた話をすると、知り合いの古時計愛好家が持っていた時計、良くその時計に付いて電話や手紙でやり取りをしたものだ。DSCN1755.JPG
 私もその時計は欲しいと思っていたが、その人が大切にしていたので譲って欲しいと言えず、自分だけの思いとしていた。
 その後、その知り合いが亡くなり、古時計も人手に渡ってしまったという、それ以来その古時計は持ち主が転々としたのだ。
 不思議な事にその時計を持った人は直ぐに手放して、また次の人に渡り、その人も直ぐに手放してしまった。
 何ですぐに手放してしまうのかと不思議に思っていたが、その後も転々と持ち主が変わっていった。
 勿論その時計に欠点があるはずも無く、むしろ完璧に近い状態で、直ぐに手放すとは思えないのだが。
DSCN1757.JPG しかし現実は何故かしら一所に落ちつかず、転々と変わっていったのだから、やはり不思議でならなかった。
 それが回り回って私の手元に辿り着き、それも知り合いが亡くなった日に私のもとに来たのだから。
 短期間に持ち主が転々と変わる事も不思議だが、私の手元に来るのもまた不思議、それも彼の命日に来るとは。
 何だか因縁めいた話であるが、事実現在私の手元にその古時計はあり、この時計を見ると彼と話した内容が浮かんで来るのだ。
 彼はこの時計を手に入れる時、私に何度も相談して来たもので、兎に角欲しいから高くても買い込むのだと。
 DSCN1758.JPGそしてやっと手に入れたと私に電話して来た事を思い出すが、それから直ぐに亡くなってしまったのだ。
 その時計が行方不明になって残念がっていたら、不思議にも私の手元に舞い込んで来るとは思っても見なかった。
 人手に渡ったと聞いた時には、これでこの時計は手に入らないものと思ったものだが、それが手に入るとは。
 この時計は横浜の金森が製造した時計、中々見つからない珍品時計である。
 彼がそうさせたのか、他の人が持てばすぐに手放し、回り回って私に送り込んでくれたものなのかと思う。
 嘘のような本当の話し、私の友人たちは「来るべき所にやって来たのだ」と言う、彼からの贈り物かも知れない。
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2016年11月10日

鳩時計が止まる

    直ぐに止まってしまう


 

 DSCN1738.JPG愛好家からの電話で、鳩時計を買い込んだが直ぐに止まってしまうが、何処に原因があるのかと言うもの。
 そんな電話も時々かかって来るが、鳩時計にだけのものでは無くボンボン時計にも多くある事だと思う。
 一番の原因は時計の傾き、正常な位置に時計が掛けてあれば良いのだが、傾いた状態で掛けてあれば直ぐに止まることになる。
 信用のある所で古時計を購入して居れば、先ずこんな事は無いと思う、確実に調整してくれるから直ぐに止まる事は無い。
 勿論移動したりして多少に振動で狂う事は無いが、振りベラやそれに連結している部分が支障をきたす事もあるが、売る時には調整してある。
 これは信用にある所の場合、ネットで購入した時にはよくある事、送って来たが動かして見ても直ぐに止まる事も。
 古時計愛好家の中には意外と機械に弱い人も多く、外形だけで古時計を購入する人もあり、購入してから困る事に。DSCN1710.JPG
 少し機械に詳しいのであれば、文字盤を外して機械を見れば大体の故障の原因は分かる筈、簡単な調整で済むはずである。
 これは機械が正常な状態である時の事、ジャンク品の場合は最初から何かの原因で動かないから、それは別の次元の話である。
 今回の質問の内容はドイツ製の郭公時計が欲しくて、ネットで探していた時、丁度良いものが出ていたので落札した。
 ネットの書き込みには稼働品であると記載してあったので安心して買いこんだと言うのだが、配送されて来た時計を掛けて見たが。
 勿論部品が揃っている稼働品との事、だからすぐに使えると思い自分の部屋に掛けて動かして見た。
 確かにはじめは動くのだが直ぐに止まってしまうので、何処かおDSCN1740.JPGかしいのではと思うが、何処がおかしいのものなの分からないと言う。
 稼働品ならばすぐに使えるはずと思うが、何回動かしても直ぐに止まってしまうので、原因が分からないと。
 傾きがおかしいのかと思い、正常な位置で掛けて試みるも、やはり同じ事ですぐに止まってしまうのだと言う事だ。
 原因が考えられるものは二つ、一つは時計の傾きと振り子とアンクルの角度、少し位置が変わってしまったとも考えられる。
 輸送した時に狂ってしまったものか、それとも梱包を外す時に誤ってアンクルの角度が変わってしまったものなのか。
 考えられるものはこの二つであるが、外国製の郭公時計良くあるものは錘が違っている事である。
 特にドイツ製の郭公時計、日本の鳩時計と違い、錘が少しDSCN1741.JPG大きいものであり、日本の錘が付いていると直ぐに止まることになる。
 これが一番多い原因であり、良くある動かない原因の一つ、簡単な事であるが錘が軽すぎると直ぐに止まってしまう。
 日本製の同じような錘が付いている事が多いから、それが原因である可能性も、現物を見ていないから確実な原因は分からない。
 これも古時計愛好家の一つの試練、自分で原因究明をするのも上達する秘訣でもあると思う、時計は錘の大きさで時間を計るのだと。
 違った錘は正確な時間が出ないことになるもの、それに時計事態が動かない事が多く、その時計に合った錘でないと稼働しない。

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2016年11月02日

新旧の機械

    新しい機械と古い機械

 

 DSCN1565.JPGある人からアンソニアについて質問が寄せられたが、以前にもこれと同じ質問があり、回答した事がある。
 今回もまた同じであるがアンソニアについて回答する事に、それはアンソニアの機械は頭が丸く盛り上がったものだと思っていると。
 そして、この形の機械がアンソニア独特の機械であると信じていたが、ある人から大きくて古い機械が存在していると聞いた。
 そんな事を言われたので本当なのか知りたいと、そんな質問であり、その人はアンソニアの機械は盛り上がった機械だけと思っていたとの事。
 だから違った機械があるとは思っても見なかったらしく、本当に存在するものなのかと、疑問を持ったと言う。
 古時計愛好家は多く存在しているが、機械の事を知りたいとDSCN1570.JPG思う人は中々少ないと、そんな気がしているのだ。
 外形の面白さは追及するが、中の機械の事となるとサッパリ分からないと言う人も、意外と多くいる事も事実。
 メーカや形は気にしているが、機械は苦手であり、あまり興味が湧かないと、明言する人も居るのだ。
 古時計を集めるのに機械の事を知る必要があるものなのか、そんな事を言う人もいて、機械は嫌いだと言うのだ。
 確かに機械の事は余り知らない人も多いし、知ろうとしないのも事実、それは機械が分からないからだ。
 それで今回、旧型の機械を拡大して写真に撮ったので、少し位は機械の事を知って欲しいので、ジックリと見て貰いたい。
 別に精密機械でもないから、見ためだけでも覚えておくと後々便利な事もあるから、是非見て覚え欲しい。
 古いアンソニアの機械は新しいものと比べれば大きさが違うSANY5388.JPG、古い物の方がデカイ、それに頭が丸くないもの。
 このタイプの機械は他の会社の機械と良く似ているから、刻印が押されており、会社名が分かるものになっている。
 一番の特徴は機械に足が無い事、足とは機械を時計本体に取り付ける為の金具、普通は上に二本、下に二本脚が出ているから。
 もっと新しくなると上に二本、下に四本、計六本の脚が出ているものになるが、その足が古い機械にはないのだ。
 その代わりに通称下駄と呼ばれる木製の枕木が上下に付く、これが古い機械のの特長であり、見た目に明らかな違いがある。
 アンソニアの機械には機械中央の地金板に刻印が押されており、アンソニアと刻まれているから、これも分かり易いと思う。
 外形上だけでも知っておけば、アンソニアの機械は古い物は大きくて足がないもの、新しいものは頭が丸く出っ張っているものと覚えれば良い。
 細かな歯車の形とか、雁木車の葉の形とか、アンクルの出方とかは見なくても良いと思し、簡単な部分だけで良いと思う。
 難しく考えないで、形を覚えておけば良いので、気楽に機械と接している内に、自然に頭に入って来ると思う。

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2016年10月27日

なぜ名古屋だけが

    分業制が

 

DSCN1626.JPG 明治初期日本中が西洋時計の製造に躍起となっていた頃、各地で時計製造所が造られたが、その多くは一貫製造であった。
 自社で部品の製造を行い組み立てていたのであるが、大小は別にして殆どを自前で賄っていたのである。
 勿論ガラスや細かにネジなどは別として、機械から時計の箱にいたるまで自社で行っていた様である。
 当時、西洋時計は大きく分けて三つの部門から成り立っており、木製部分、金属製部分、そしてガラス部分である。
 木製部分は日本のお家芸であり、当時としても簡単に製造が出来、新たに開発する事は無く従来通り製造できた。
 しかし機械部分とガラス部分については新らしい技術であり、旧来の技術ではできない部門であった。
 その為に新たな機械を導入しなければならず、いちからのスタートであった事は言うまでも無く、苦労の連続であったと言われる。
 小規模の時計製造から始まった西洋時計製造、しかし需要を賄うためには大量に製造する事が急務であった。
 新政府の意向もあり、時計産業も大きく発展して行く事にDSCN1628.JPGなるが、其処には大量の資金も必要としてのだ。
 そんな事もあり、主要都市に時計製造所が集中した事は必然性に基づくものであったが、地方都市、新潟、高岡、姫路でも参入はしている。
 当時、西洋時計を製造する為には相当の資金が必要であったと思われ、それを調達出来るものが居たと言う事。
 やはり大都市圏に有利に働いた事は確かで、資金調達を可能にした者達が多かった事が、それを物語っている。
 そしてもう一つが消費地であるが、地方都市で製造した時計は当然の事消費地に運ばなければならないのだ。
 勿論、大都市圏で製造された時計も同じ事ではあるが、地元の消費を見てみれば歴然としたひらきがあるのだ。
 地方都市では消費する人口は明らかに少なく、大都市圏とは比べものにならないのである事、それが最大の要因であると思う。
 では他の大都市圏と名古屋地域との違いはどうかと言えば、やはり分業制の確立が運命を左右していた。
 名古屋地域の時計製造は他の地域と比べ、資材的にも賃金的DSCN1629.JPGにも有利であったと言われ、コストが安く付いた事。
 写真の時計、今津時計のものであるが、名古屋独特の時計である証拠がここにあるのだが、他地域との違いがハッキリと分かるもの。
 今津時計は組み立て会社であり、自社で機械工場を持っておらず、他社から機械やその他の部品を買い込んで組み立てた。
 機械は何処のものとは刻印がなく、名古屋地域で多く製造されたもの、他の会社も流用している機械である。
 出来上がった時計には愛知県ユニオンクロックマークが付けられており、時計の精度が保障されたものだ。
 
 
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2016年10月25日

何で値段が違う

    古時計の値段


 
 DSCN1609.JPG古時計の値段は何処で決まるものなのか、色々な店で同じ古時計を比較して見たが、何で値段が違うのか。
 そんな疑問を持っている人から聞かれたが、確かに言われる通り古時計の値段はまちまちである。
 古時計と言うものは同じ状態のものは無く、同じメーカーの同じ物でも状態が違うもの、だから一概に値段を言えない。
 勿論売り手が値段を決めているから、その本人から聞かないと何とも分からないが、大体の値段は存在している。
 例えばネットでの売買価格、今はこれが値段の基準みたいになっているが、あくまでも基準である。
 DSCN1610.JPG最近はネットでの値段で古時計の価値が決まってしまうようだが、それが適正価格ではないと思う。
 言うなれば参考価格と言う事、本来古時計の状態にあった値段を決めるもの、状態の良いものと悪いものでは値段も違って当たり前。
 状態の良いものは高くても仕方がないが、悪い状態でも良いものと同じ値段ではおかしい、しかし現実はそのようになっている事が多い。
 同じ形のものであれば高い値段に合わせ、少々状態が悪くても同じ時計だと言うのだが、そんな事は無い。
 DSCN1607.JPG状態の良いものと悪いものでは当然値段が違って当たり前、しかし同じ時計だからと高い値段で売るのだ。
 勿論買う人が居るから、この様な事がまかり通るものだが、買う方にも心がけたい事で、欲しいから買う。
 そんな衝動的な行動をしない事、少しくらい待っても良い状態のものを探す事、そんな人が多くなれば値段も下がるはず。
 古時計に限らず需要と供給のバランス、買う人が居無くなれば値段は下がり、買う人が多ければこの様な事が起こる。
 古時計愛好家は見る目を養う事と思うが、買い急がない事、今もネットで同じ時計であるが状態の悪いものが出ている。
 DSCN1608.JPGしかし値段は良いものと同じ、確かに同じ物が出ているせいで、悪い物の方が入札が少ない。
 もしも良い方が出て居なければ当然、この時計は高い値段からスタートしており、落札されるのだと思う。
 比較対象があれば一番良いのだが、一台しかない場合は本人次第と言う事になり、見極める力が必要。
 厳しく古時計を見て、売り手の罠に嵌まらないように自重したいもの、うかつな行動を慎む事。
 それが良いものを安く買う秘訣と思うが、しかしながら、この機会を逃してはと思う心もある事は確か。
 古時計愛好家の心理も複雑である事は分かる、それをぐっと我慢したいのも値段を下げる一つとなるのだと思う。
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2016年10月19日

珍品は何処で探す

    難しい質問だ

 

DSCN1400.JPG 珍品とはどんな時計なのか、そんな質問も多いが定義は無いと思うが、珍しいから珍品と言うだけの事と思う。
 何処が珍しいのかと言えば、製造した会社であったり、形が他とは変わっていたりと、普通ではないもの。
 通常のものとは違ったものを珍品と言うのだと、そんな事を思っているが、それも自分の感覚かも知れない。
 珍品の定義は無いと言われており、これが珍品だと言うものは機構が変わっていたりして、普段見た事のないもの。
 数が少なく、あまり見かけない時計であるから珍品、まあそんな程度の事で珍品時計とされていると思えば良い。
 あるところで私が珍品時計として説明をしていたら、「何処が珍品なのか、全く他と同じだ」と言われた事がある。SANY0529.JPG
 その古時計は単なる八角の時計、説明して居る時も不思議そうな顔をして聞いていたが、やっぱり質問して来た。
 何処が珍品時計だと、確かに普通の時計であったから、見ていた人は当然その様に思っても仕方がない。
 この時計を製造した会社が短期間で製造中止して、さほど数を製造していない、だから現存数が極端に少ない時計。
 余り見かけない時計であるから珍品と説明したが、それが理解できないと言うのだが、それも無理からぬ事。
 時計を知らない人には理解して貰う事は難しい事、現存数が少ないだけで何で珍品か、それが分からないと。
 実際にこの時計を探して見れば少しは理解出来るであろうが、こちらが苦労して見つけたものでも、現場に居なDSCN1075.JPGいからだ。
 探した者しか分からない事もあると思うが、探し続けてやっと見つけた時計だから珍品時計と思いたい。
 誰が見ても確かに他とは違った形をしていれば分かり易いが、形は全く一緒であれば理解し難いものと思われる。
 ではそんな古時計を何処で探すのかと、そんな質問も又多くあり、何処で探すのかと言われても、ここで探すのだとは言えない。
 当たり前の事で、ここに行けば珍品時計があると分かっていれば良いのだが、そんな事は全くと言ってないのだ。
 何処にあるかの分からないのが現実、だから古時計愛好家は、それを探すためにあちらこちらを探し続けるのだ。
 犬も歩けば棒に当たるの例え、あちらこちらを探し求めるからこそ見つかる事も、それしか珍品時計を見つけるコツは無いと思う。
 SANY4747.JPG簡単に見つける方法があったら、私が教えて欲しい位であり、そんなものは無いと思うが、それ位苦労して探すものだと思う。
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2016年10月15日

ゼンマイと錘

    良く分からない


 

 SANY0938.JPG古時計は何で動くものなのか、良く展示会で聞かれるのは「何で動くのですか」と言う質問、殆どの人が聞くのだ。
 無論若い人に多い事は当たり前、年配者は動力が何かは知っているから、聞く人はいないが、若い人は何で動くか不思議に思う。
 時計は電池が電気で動くものと思っている現代人、ゼンマイと言われてもピンと来ないのは当然の事だと思う。
 ゼンマイがどんなものなのかも知らない人が多くなってきた今、古時計の動力がゼンマイだと言ってもそれすら知らないのだから。
 前にも話したが、ある若い人が同じ質問をして来たので「ゼンマイで動きます」と説明したが、「ゼンマイとは何ですか」と帰って来るのだ。
 彼らはゼンマイを知らないから、ゼンマイと言われてもやはりピンと来ないらしく、ゼンマイの説明から入らないといけないDSCN1565.JPG
 ゼンマイとは薄いばねを丸めたもの、細長い板状のバネを丸め、それが戻ろうとする反動で歯車を回すのだ。
 細い板状のバネが小さく丸められ、その為に元に戻ろうとして反発して、逆回転をし出す、これを繰り返して時計の動力としている。
 バネを丸く巻いた姿が植物のぜんまいの形に似ている事から、ゼンマイと呼ばれているという、これが動力。
 大抵のボンボン時計にはこのゼンマイが付いており、動力としているから、古時計にはこれが付いているのだ。
 時計の文字盤下の方に小さな穴が二つ付いているが、その穴に鍵を入れて巻、時計を動かすのである。
 普通は文字盤が付いているから、このゼンマイを見る事は出来ないが、時計を下から眺めれば左右にバネ状のものが見えるから、それがゼンマイ。
 SANY8672.JPGもう一つが錘で動くもの、古時計には錘を動力としているものもあり、ゼンマイと同じ働きをしているのだ。
 ゼンマイが付いている時計と同じく、その部分に少し太いドラム状のものが付き、そのドラムに紐を巻き付けるが、紐の先には錘が付いている。
 つまりゼンマイと同じように鍵で巻くと、ドラムに紐が巻かれて上がって来るが、錘が重いので下に下がろうとする。
 するとドラムは錘に引っ張られて逆に回り出す、ゼンマイと同じ戻ろうとする力を利用しているのだ。
 仕組みとしては簡単なものだが、これがゼンマイよりも正確に時計を動かすのだが、見た目には原始的である。
 錘を巻き上げる所を見た人も、巻き上げているドラムの中にゼンマイがあると思っている人もおり、ドラムには何も入っていないと言うと。DSCN1571.JPG
 「何で動くのか分からない」といい、ゼンマイから頭が離れないので、何時もここで分からないと言う事になる。
 その都度機械の構造を見せるために文字盤を外して展示をしているのだが、それでも中々理解してもらえないのだ。
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2016年10月14日

古時計とは

    古時計の範囲は


 

 DSCN1346.JPG古時計、古い時代の時計を指す言葉であるが。古いとは何時の時代の事を言うのか、そんな疑問を持っている人。
 実はこの問題は深い意味があり、何時の時代の時計と言う定義は無く、今までにも色々と論議がなされて来た。
 一概に古時計と言っても範囲はすこぶる古くて、事実古時計は機械式のものが1300年代から製造されていると言う。
 これから意味するものは、古い時計とは何時の時計の事を指す言葉であるか、この論議が出る元とも言える。
 古いとは、古いから古いと言うが、時代が全く違ものに、古いとは比較にならず、1900年代でも古いのだと。
 そんな事で何処で線を引くものなのか、今までは喧々諤々の論争があった事も事実、そんな事は兎も角も大体で良いと。
 格式ばった論議はさておいて、一般的に古時計は明治維新後日本に入って来た時計を指す、そしてその後に輸入され、多くの時計が日本に入り、それが現在まで現存している事実であること。
DSCN1549.JPG 日本古時計保存協会の会員の中でも、この論議は続いており、ことある毎に問題定義されるが、結論は出ていないのだ。
 出ていないと言うよりも、大まかな範囲は以前からも存在はしており、製造されて100年が大まかなもの。
 つまり百年経てば古時計と扱っても良いのではと、そんな大まかなくくりであるが、判断しているのだと思う。
 勿論、線の引き方は人によって様々、何故かと言えは会員さんの中でもね昭和の時計を古時計としているからだ。
 彼らに言わせれは、昭和と言えどもすでに80年を過ぎ、これも列記とした古時計であると言うものだ。
 確かに昭和も遠くなり、1925年からであるから、正式には90年を越しているのだから、古時計で何がいけないのかと言うのだ。
 これは今までの感覚では昭和はすぐそこであったと、そんな感覚であった事は確か、しかし現実には90も経ってしまい、月日は流れている。
 その上会員さんの中には、昭和の時計を集めている若い世代が多くなり、我々ロートルチームとの年齢差も。DSCN1548.JPG
 面白い事に会員さんの高齢は90歳の人から10代の人まで範囲が広くて、この問題を深くしている原因でもある。
 よく言われる様に、昭和の時計は古時計ではないと、そんな言葉に若者も反論するので、歳の差をつくづく感じる。
 現実的に古時計が幅広く愛好されれば良いと思っているもので、私は古時計を広めたいとも思っているから、定義にはあまり拘らない。
 若い人にはどんどんと古時計を集めて欲しいと思うが、古時計の定義よりも、実践が大事であると思う。
 そなん意味も含めて、これからも古時計論議を進める事は良い事でもあり、只の線ひきだけでは解決しないと思う。
 定義は定義として横に置いて置き、実際に古時計に興味を抱く人を多くする事こそが、古時計を後の世に引き継ぐことが出来ると思う。
 やはり興味を持って貰うためにも、展示会を多く開催して、古時計の魅力をアピールする事が、大事だと思っている。
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2016年10月07日

需要と供給

    古時計の人気と値段

 

 SANY7262.JPG古時計愛好家にとって今は一番良い時かも知れないと、そんな事を言われてから久しくなってしまった。
 以前みたいな古時計人気で値段も高くて欲しいものが無いと言う現象、人気の時計に集中して大騒ぎ。
 それも数が少ない古時計に集中、例えばユーハンスの小型バイオリン、それも黒柿の小型バイオリンが一番人気。
 これを求めようと愛好家が殺到して、この古時計の値段が跳ね上がってしまい、まったく手が出ない値段になってしまった。
 確かに数は少なく、小型だから人気になってしまい、特に黒柿の貴重品だからと、しかし異常なまでの値段に。
 勿論ほしい人が多くあれば当然値段は上がるが、それにしても異常な値段の上がり方であったようだ。
 この時計だけではなく、国産の小型の時計は人気があり、引っ張りだこの形相を呈していたのだ。
SANY0660.JPG かっては大型の時計にも人気があったが、昨今の家庭の事情で大型の古時計は人気薄に、場所を取るからである。
 そしてもう一つがマンション住まいが多くなり、古時計が掛けれないと、そんな事情も相まっての事である。
 大型の古時計が人気が下火になるにつけ、値段も段々と下がりはじめ、一時期人気のあった頃の値段の半額以下となったしまう。
 これも需要と供給のバランスのなせる事、人気が無くなれば大型の古時計は売れなくなり、値段も下がる事に。
 一時期の古時計愛好家の異常人気で、人気のあった古時計は鰻登りに値段が上がったが、只それも古時計の数が左右するのだ。
 幾ら人気があっても、その古時計が無ければどうしようもない、ものが無いから手に入らない事に、ある程度の数も必要となる。
SANY1533.JPG 程々に古時計の数があれば、人気も保ち、値段もそのままに、それを決めるのも愛好家、愛好家の動き次第である事。
 面白い事に数はソコソコあっても値段が上がる事も、それは群集心理とも言える状態にある時、我も我もと同じ物を求めた時。
 求めれば、求めるほど値段も上がると言う不可思議な事に、この実例が精工舎の姫達磨、数はあるのに求める人が多い。
 少ないものだと思っていたのが値上がりの原因、そんな群集心理も値段に敏感に反映するものだ。
 つまり古時計の値段の半分は愛好家みずから値段を上げている事、確かに業者も強気な値段を付ける事もあるが。
 しかし、やはり古時計愛好家がその源である事に変わりはなく、自分達で古時計の値段をつり上げてしまったのだ。
 良いものが欲しいと思う心が、古時計の値段を吊り上げている事は確か、一つに集中すると当然ものの値段は上がるもの。
 そして数の少ないものに集中する事も原因で、それをつくり出すのもまた愛好家である事、それを忘れてはならないのだ。








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2016年09月28日

何時頃のものか

    そんなに古くは無い

 

DSCN1475.JPG 古時計は時代が中々分からないものが多く、何時も苦労するが、和時計に関しては大体の時代が分かるようになっている。
 ハッキリとした時代ではなく、大体と言うのは時計に年代が書いてないからで、書いてあるのはハッキリと分かる。
 しかし無いものは時計の造り方で時代測定が分かる事もあり、大体測定が出来るもの、多くの和時計を見ているとその流れが分かるからだ。
 勿論、年々何月の製造であるとは分からないが、大まかな時代は測定でき、材質もその測定要素の一部である。
 材質から時代が分かる事も、大まかな時代分けではあるが、鉄製のものは古い方に属しており、真鍮製のものは新しい方に分類できる。
 無論これも大まかな分類ではあるが製造の流れはその様になっておDSCN1478.JPGり、時代の流行に敏感に反応している。
 時計全体の造りも、時代を反映しているとも言え、幕末頃のものは真鍮製でも精度の良いものが多い。
 勿論その時計の造りにもよるが、装飾性に優れたものが多くなるもの幕末頃の時計、やはり時代に反映している。
 現存している和時計がそれを物語っているもので、幕末の和時計の中には明治以後の機械で製造したのではと思われる位のものが。
 これは金属の合金が進歩した事と轆轤の技術が向上した事などがあげられ、幾つかの要因が進歩したもの。
 その為に細かな透かし彫りも盛んに行われることになり、より豪華な和時計が誕生することになったのだ。
 この時代に製造されたものの中、特に豪華なものは時計に側面前面に透かし彫りが施された時計がある。
 真鍮枠の板に透かし彫りがされているが、これは真鍮の合金が進んで、より細工のし易い金属になった事があげられる。DSCN1477.JPG
 その上轆轤も良いものが出て来て、真鍮工作の技術も格段に上がった事、注文者の要望にも応えられるようになる。
 もっとも豪華なものは透かし彫り鍍金と言う非常に豪華な和時計が出現、幕末期の最高傑作とも言える時計である。
 和時計はそんな発達を遂げているから、時代測定には色々な観点から見て行けば、大体の年代が分かる事になる。
 色々な議論はあるが、産地によっても造り方が違うから、一概には言えないのではとの意見もある事にしか。
 まだまだ色々な観点から研究して行けばより鮮明に解き明かされると思う、今回の和時計はそんな観点から見ると、そんなに時代の古い物ではない。
 側面や歯車も真鍮製になっている事から、幕末に近い時代のものではDSCN1476.JPG無いか、只色々に点を細かく見て行くと、古い形式のものと新しい形式のものとが合体している。
 これをどの様に判断するかは難しいが、過度期に造られたものなのか、それとも明治になってから修理されたものなのか。
 この判断が付かないもの、明治期に入り和時計は色々と改造されており、元の形を無くしてしまった物も多い。
 現存している和時計も、この様な混然としたものが現存しているもので、その判断にも狂いが生じているのだと思う。

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