2016年10月27日

なぜ名古屋だけが

    分業制が

 

DSCN1626.JPG 明治初期日本中が西洋時計の製造に躍起となっていた頃、各地で時計製造所が造られたが、その多くは一貫製造であった。
 自社で部品の製造を行い組み立てていたのであるが、大小は別にして殆どを自前で賄っていたのである。
 勿論ガラスや細かにネジなどは別として、機械から時計の箱にいたるまで自社で行っていた様である。
 当時、西洋時計は大きく分けて三つの部門から成り立っており、木製部分、金属製部分、そしてガラス部分である。
 木製部分は日本のお家芸であり、当時としても簡単に製造が出来、新たに開発する事は無く従来通り製造できた。
 しかし機械部分とガラス部分については新らしい技術であり、旧来の技術ではできない部門であった。
 その為に新たな機械を導入しなければならず、いちからのスタートであった事は言うまでも無く、苦労の連続であったと言われる。
 小規模の時計製造から始まった西洋時計製造、しかし需要を賄うためには大量に製造する事が急務であった。
 新政府の意向もあり、時計産業も大きく発展して行く事にDSCN1628.JPGなるが、其処には大量の資金も必要としてのだ。
 そんな事もあり、主要都市に時計製造所が集中した事は必然性に基づくものであったが、地方都市、新潟、高岡、姫路でも参入はしている。
 当時、西洋時計を製造する為には相当の資金が必要であったと思われ、それを調達出来るものが居たと言う事。
 やはり大都市圏に有利に働いた事は確かで、資金調達を可能にした者達が多かった事が、それを物語っている。
 そしてもう一つが消費地であるが、地方都市で製造した時計は当然の事消費地に運ばなければならないのだ。
 勿論、大都市圏で製造された時計も同じ事ではあるが、地元の消費を見てみれば歴然としたひらきがあるのだ。
 地方都市では消費する人口は明らかに少なく、大都市圏とは比べものにならないのである事、それが最大の要因であると思う。
 では他の大都市圏と名古屋地域との違いはどうかと言えば、やはり分業制の確立が運命を左右していた。
 名古屋地域の時計製造は他の地域と比べ、資材的にも賃金的DSCN1629.JPGにも有利であったと言われ、コストが安く付いた事。
 写真の時計、今津時計のものであるが、名古屋独特の時計である証拠がここにあるのだが、他地域との違いがハッキリと分かるもの。
 今津時計は組み立て会社であり、自社で機械工場を持っておらず、他社から機械やその他の部品を買い込んで組み立てた。
 機械は何処のものとは刻印がなく、名古屋地域で多く製造されたもの、他の会社も流用している機械である。
 出来上がった時計には愛知県ユニオンクロックマークが付けられており、時計の精度が保障されたものだ。
 
 
posted by kodokei at 00:00| Comment(0) | TrackBack(0) | 古時計裏話

2016年10月25日

何で値段が違う

    古時計の値段


 
 DSCN1609.JPG古時計の値段は何処で決まるものなのか、色々な店で同じ古時計を比較して見たが、何で値段が違うのか。
 そんな疑問を持っている人から聞かれたが、確かに言われる通り古時計の値段はまちまちである。
 古時計と言うものは同じ状態のものは無く、同じメーカーの同じ物でも状態が違うもの、だから一概に値段を言えない。
 勿論売り手が値段を決めているから、その本人から聞かないと何とも分からないが、大体の値段は存在している。
 例えばネットでの売買価格、今はこれが値段の基準みたいになっているが、あくまでも基準である。
 DSCN1610.JPG最近はネットでの値段で古時計の価値が決まってしまうようだが、それが適正価格ではないと思う。
 言うなれば参考価格と言う事、本来古時計の状態にあった値段を決めるもの、状態の良いものと悪いものでは値段も違って当たり前。
 状態の良いものは高くても仕方がないが、悪い状態でも良いものと同じ値段ではおかしい、しかし現実はそのようになっている事が多い。
 同じ形のものであれば高い値段に合わせ、少々状態が悪くても同じ時計だと言うのだが、そんな事は無い。
 DSCN1607.JPG状態の良いものと悪いものでは当然値段が違って当たり前、しかし同じ時計だからと高い値段で売るのだ。
 勿論買う人が居るから、この様な事がまかり通るものだが、買う方にも心がけたい事で、欲しいから買う。
 そんな衝動的な行動をしない事、少しくらい待っても良い状態のものを探す事、そんな人が多くなれば値段も下がるはず。
 古時計に限らず需要と供給のバランス、買う人が居無くなれば値段は下がり、買う人が多ければこの様な事が起こる。
 古時計愛好家は見る目を養う事と思うが、買い急がない事、今もネットで同じ時計であるが状態の悪いものが出ている。
 DSCN1608.JPGしかし値段は良いものと同じ、確かに同じ物が出ているせいで、悪い物の方が入札が少ない。
 もしも良い方が出て居なければ当然、この時計は高い値段からスタートしており、落札されるのだと思う。
 比較対象があれば一番良いのだが、一台しかない場合は本人次第と言う事になり、見極める力が必要。
 厳しく古時計を見て、売り手の罠に嵌まらないように自重したいもの、うかつな行動を慎む事。
 それが良いものを安く買う秘訣と思うが、しかしながら、この機会を逃してはと思う心もある事は確か。
 古時計愛好家の心理も複雑である事は分かる、それをぐっと我慢したいのも値段を下げる一つとなるのだと思う。
posted by kodokei at 00:00| Comment(0) | TrackBack(0) | 古時計裏話

2016年10月19日

珍品は何処で探す

    難しい質問だ

 

DSCN1400.JPG 珍品とはどんな時計なのか、そんな質問も多いが定義は無いと思うが、珍しいから珍品と言うだけの事と思う。
 何処が珍しいのかと言えば、製造した会社であったり、形が他とは変わっていたりと、普通ではないもの。
 通常のものとは違ったものを珍品と言うのだと、そんな事を思っているが、それも自分の感覚かも知れない。
 珍品の定義は無いと言われており、これが珍品だと言うものは機構が変わっていたりして、普段見た事のないもの。
 数が少なく、あまり見かけない時計であるから珍品、まあそんな程度の事で珍品時計とされていると思えば良い。
 あるところで私が珍品時計として説明をしていたら、「何処が珍品なのか、全く他と同じだ」と言われた事がある。SANY0529.JPG
 その古時計は単なる八角の時計、説明して居る時も不思議そうな顔をして聞いていたが、やっぱり質問して来た。
 何処が珍品時計だと、確かに普通の時計であったから、見ていた人は当然その様に思っても仕方がない。
 この時計を製造した会社が短期間で製造中止して、さほど数を製造していない、だから現存数が極端に少ない時計。
 余り見かけない時計であるから珍品と説明したが、それが理解できないと言うのだが、それも無理からぬ事。
 時計を知らない人には理解して貰う事は難しい事、現存数が少ないだけで何で珍品か、それが分からないと。
 実際にこの時計を探して見れば少しは理解出来るであろうが、こちらが苦労して見つけたものでも、現場に居なDSCN1075.JPGいからだ。
 探した者しか分からない事もあると思うが、探し続けてやっと見つけた時計だから珍品時計と思いたい。
 誰が見ても確かに他とは違った形をしていれば分かり易いが、形は全く一緒であれば理解し難いものと思われる。
 ではそんな古時計を何処で探すのかと、そんな質問も又多くあり、何処で探すのかと言われても、ここで探すのだとは言えない。
 当たり前の事で、ここに行けば珍品時計があると分かっていれば良いのだが、そんな事は全くと言ってないのだ。
 何処にあるかの分からないのが現実、だから古時計愛好家は、それを探すためにあちらこちらを探し続けるのだ。
 犬も歩けば棒に当たるの例え、あちらこちらを探し求めるからこそ見つかる事も、それしか珍品時計を見つけるコツは無いと思う。
 SANY4747.JPG簡単に見つける方法があったら、私が教えて欲しい位であり、そんなものは無いと思うが、それ位苦労して探すものだと思う。
posted by kodokei at 00:00| Comment(0) | TrackBack(0) | 古時計裏話

2016年10月15日

ゼンマイと錘

    良く分からない


 

 SANY0938.JPG古時計は何で動くものなのか、良く展示会で聞かれるのは「何で動くのですか」と言う質問、殆どの人が聞くのだ。
 無論若い人に多い事は当たり前、年配者は動力が何かは知っているから、聞く人はいないが、若い人は何で動くか不思議に思う。
 時計は電池が電気で動くものと思っている現代人、ゼンマイと言われてもピンと来ないのは当然の事だと思う。
 ゼンマイがどんなものなのかも知らない人が多くなってきた今、古時計の動力がゼンマイだと言ってもそれすら知らないのだから。
 前にも話したが、ある若い人が同じ質問をして来たので「ゼンマイで動きます」と説明したが、「ゼンマイとは何ですか」と帰って来るのだ。
 彼らはゼンマイを知らないから、ゼンマイと言われてもやはりピンと来ないらしく、ゼンマイの説明から入らないといけないDSCN1565.JPG
 ゼンマイとは薄いばねを丸めたもの、細長い板状のバネを丸め、それが戻ろうとする反動で歯車を回すのだ。
 細い板状のバネが小さく丸められ、その為に元に戻ろうとして反発して、逆回転をし出す、これを繰り返して時計の動力としている。
 バネを丸く巻いた姿が植物のぜんまいの形に似ている事から、ゼンマイと呼ばれているという、これが動力。
 大抵のボンボン時計にはこのゼンマイが付いており、動力としているから、古時計にはこれが付いているのだ。
 時計の文字盤下の方に小さな穴が二つ付いているが、その穴に鍵を入れて巻、時計を動かすのである。
 普通は文字盤が付いているから、このゼンマイを見る事は出来ないが、時計を下から眺めれば左右にバネ状のものが見えるから、それがゼンマイ。
 SANY8672.JPGもう一つが錘で動くもの、古時計には錘を動力としているものもあり、ゼンマイと同じ働きをしているのだ。
 ゼンマイが付いている時計と同じく、その部分に少し太いドラム状のものが付き、そのドラムに紐を巻き付けるが、紐の先には錘が付いている。
 つまりゼンマイと同じように鍵で巻くと、ドラムに紐が巻かれて上がって来るが、錘が重いので下に下がろうとする。
 するとドラムは錘に引っ張られて逆に回り出す、ゼンマイと同じ戻ろうとする力を利用しているのだ。
 仕組みとしては簡単なものだが、これがゼンマイよりも正確に時計を動かすのだが、見た目には原始的である。
 錘を巻き上げる所を見た人も、巻き上げているドラムの中にゼンマイがあると思っている人もおり、ドラムには何も入っていないと言うと。DSCN1571.JPG
 「何で動くのか分からない」といい、ゼンマイから頭が離れないので、何時もここで分からないと言う事になる。
 その都度機械の構造を見せるために文字盤を外して展示をしているのだが、それでも中々理解してもらえないのだ。
posted by kodokei at 00:00| Comment(0) | TrackBack(0) | 古時計裏話

2016年10月14日

古時計とは

    古時計の範囲は


 

 DSCN1346.JPG古時計、古い時代の時計を指す言葉であるが。古いとは何時の時代の事を言うのか、そんな疑問を持っている人。
 実はこの問題は深い意味があり、何時の時代の時計と言う定義は無く、今までにも色々と論議がなされて来た。
 一概に古時計と言っても範囲はすこぶる古くて、事実古時計は機械式のものが1300年代から製造されていると言う。
 これから意味するものは、古い時計とは何時の時計の事を指す言葉であるか、この論議が出る元とも言える。
 古いとは、古いから古いと言うが、時代が全く違ものに、古いとは比較にならず、1900年代でも古いのだと。
 そんな事で何処で線を引くものなのか、今までは喧々諤々の論争があった事も事実、そんな事は兎も角も大体で良いと。
 格式ばった論議はさておいて、一般的に古時計は明治維新後日本に入って来た時計を指す、そしてその後に輸入され、多くの時計が日本に入り、それが現在まで現存している事実であること。
DSCN1549.JPG 日本古時計保存協会の会員の中でも、この論議は続いており、ことある毎に問題定義されるが、結論は出ていないのだ。
 出ていないと言うよりも、大まかな範囲は以前からも存在はしており、製造されて100年が大まかなもの。
 つまり百年経てば古時計と扱っても良いのではと、そんな大まかなくくりであるが、判断しているのだと思う。
 勿論、線の引き方は人によって様々、何故かと言えは会員さんの中でもね昭和の時計を古時計としているからだ。
 彼らに言わせれは、昭和と言えどもすでに80年を過ぎ、これも列記とした古時計であると言うものだ。
 確かに昭和も遠くなり、1925年からであるから、正式には90年を越しているのだから、古時計で何がいけないのかと言うのだ。
 これは今までの感覚では昭和はすぐそこであったと、そんな感覚であった事は確か、しかし現実には90も経ってしまい、月日は流れている。
 その上会員さんの中には、昭和の時計を集めている若い世代が多くなり、我々ロートルチームとの年齢差も。DSCN1548.JPG
 面白い事に会員さんの高齢は90歳の人から10代の人まで範囲が広くて、この問題を深くしている原因でもある。
 よく言われる様に、昭和の時計は古時計ではないと、そんな言葉に若者も反論するので、歳の差をつくづく感じる。
 現実的に古時計が幅広く愛好されれば良いと思っているもので、私は古時計を広めたいとも思っているから、定義にはあまり拘らない。
 若い人にはどんどんと古時計を集めて欲しいと思うが、古時計の定義よりも、実践が大事であると思う。
 そなん意味も含めて、これからも古時計論議を進める事は良い事でもあり、只の線ひきだけでは解決しないと思う。
 定義は定義として横に置いて置き、実際に古時計に興味を抱く人を多くする事こそが、古時計を後の世に引き継ぐことが出来ると思う。
 やはり興味を持って貰うためにも、展示会を多く開催して、古時計の魅力をアピールする事が、大事だと思っている。
posted by kodokei at 00:00| Comment(0) | TrackBack(0) | 古時計裏話

2016年10月07日

需要と供給

    古時計の人気と値段

 

 SANY7262.JPG古時計愛好家にとって今は一番良い時かも知れないと、そんな事を言われてから久しくなってしまった。
 以前みたいな古時計人気で値段も高くて欲しいものが無いと言う現象、人気の時計に集中して大騒ぎ。
 それも数が少ない古時計に集中、例えばユーハンスの小型バイオリン、それも黒柿の小型バイオリンが一番人気。
 これを求めようと愛好家が殺到して、この古時計の値段が跳ね上がってしまい、まったく手が出ない値段になってしまった。
 確かに数は少なく、小型だから人気になってしまい、特に黒柿の貴重品だからと、しかし異常なまでの値段に。
 勿論ほしい人が多くあれば当然値段は上がるが、それにしても異常な値段の上がり方であったようだ。
 この時計だけではなく、国産の小型の時計は人気があり、引っ張りだこの形相を呈していたのだ。
SANY0660.JPG かっては大型の時計にも人気があったが、昨今の家庭の事情で大型の古時計は人気薄に、場所を取るからである。
 そしてもう一つがマンション住まいが多くなり、古時計が掛けれないと、そんな事情も相まっての事である。
 大型の古時計が人気が下火になるにつけ、値段も段々と下がりはじめ、一時期人気のあった頃の値段の半額以下となったしまう。
 これも需要と供給のバランスのなせる事、人気が無くなれば大型の古時計は売れなくなり、値段も下がる事に。
 一時期の古時計愛好家の異常人気で、人気のあった古時計は鰻登りに値段が上がったが、只それも古時計の数が左右するのだ。
 幾ら人気があっても、その古時計が無ければどうしようもない、ものが無いから手に入らない事に、ある程度の数も必要となる。
SANY1533.JPG 程々に古時計の数があれば、人気も保ち、値段もそのままに、それを決めるのも愛好家、愛好家の動き次第である事。
 面白い事に数はソコソコあっても値段が上がる事も、それは群集心理とも言える状態にある時、我も我もと同じ物を求めた時。
 求めれば、求めるほど値段も上がると言う不可思議な事に、この実例が精工舎の姫達磨、数はあるのに求める人が多い。
 少ないものだと思っていたのが値上がりの原因、そんな群集心理も値段に敏感に反映するものだ。
 つまり古時計の値段の半分は愛好家みずから値段を上げている事、確かに業者も強気な値段を付ける事もあるが。
 しかし、やはり古時計愛好家がその源である事に変わりはなく、自分達で古時計の値段をつり上げてしまったのだ。
 良いものが欲しいと思う心が、古時計の値段を吊り上げている事は確か、一つに集中すると当然ものの値段は上がるもの。
 そして数の少ないものに集中する事も原因で、それをつくり出すのもまた愛好家である事、それを忘れてはならないのだ。








posted by kodokei at 00:00| Comment(0) | TrackBack(0) | 古時計裏話

2016年09月28日

何時頃のものか

    そんなに古くは無い

 

DSCN1475.JPG 古時計は時代が中々分からないものが多く、何時も苦労するが、和時計に関しては大体の時代が分かるようになっている。
 ハッキリとした時代ではなく、大体と言うのは時計に年代が書いてないからで、書いてあるのはハッキリと分かる。
 しかし無いものは時計の造り方で時代測定が分かる事もあり、大体測定が出来るもの、多くの和時計を見ているとその流れが分かるからだ。
 勿論、年々何月の製造であるとは分からないが、大まかな時代は測定でき、材質もその測定要素の一部である。
 材質から時代が分かる事も、大まかな時代分けではあるが、鉄製のものは古い方に属しており、真鍮製のものは新しい方に分類できる。
 無論これも大まかな分類ではあるが製造の流れはその様になっておDSCN1478.JPGり、時代の流行に敏感に反応している。
 時計全体の造りも、時代を反映しているとも言え、幕末頃のものは真鍮製でも精度の良いものが多い。
 勿論その時計の造りにもよるが、装飾性に優れたものが多くなるもの幕末頃の時計、やはり時代に反映している。
 現存している和時計がそれを物語っているもので、幕末の和時計の中には明治以後の機械で製造したのではと思われる位のものが。
 これは金属の合金が進歩した事と轆轤の技術が向上した事などがあげられ、幾つかの要因が進歩したもの。
 その為に細かな透かし彫りも盛んに行われることになり、より豪華な和時計が誕生することになったのだ。
 この時代に製造されたものの中、特に豪華なものは時計に側面前面に透かし彫りが施された時計がある。
 真鍮枠の板に透かし彫りがされているが、これは真鍮の合金が進んで、より細工のし易い金属になった事があげられる。DSCN1477.JPG
 その上轆轤も良いものが出て来て、真鍮工作の技術も格段に上がった事、注文者の要望にも応えられるようになる。
 もっとも豪華なものは透かし彫り鍍金と言う非常に豪華な和時計が出現、幕末期の最高傑作とも言える時計である。
 和時計はそんな発達を遂げているから、時代測定には色々な観点から見て行けば、大体の年代が分かる事になる。
 色々な議論はあるが、産地によっても造り方が違うから、一概には言えないのではとの意見もある事にしか。
 まだまだ色々な観点から研究して行けばより鮮明に解き明かされると思う、今回の和時計はそんな観点から見ると、そんなに時代の古い物ではない。
 側面や歯車も真鍮製になっている事から、幕末に近い時代のものではDSCN1476.JPG無いか、只色々に点を細かく見て行くと、古い形式のものと新しい形式のものとが合体している。
 これをどの様に判断するかは難しいが、過度期に造られたものなのか、それとも明治になってから修理されたものなのか。
 この判断が付かないもの、明治期に入り和時計は色々と改造されており、元の形を無くしてしまった物も多い。
 現存している和時計も、この様な混然としたものが現存しているもので、その判断にも狂いが生じているのだと思う。

posted by kodokei at 00:00| Comment(0) | TrackBack(0) | 古時計裏話

2016年09月20日

ミステリークロック

    何処がミステリーなのか



DSCN1390.JPG ミステリークロックと呼ばれている時計があるが、何処がミステリーなのか、そんな質問も多く寄せられる。
 ミステリークロックは主に置時計が主、勿論掛時計も無い事は無いが、数的には置時計が多いようである。
 ミステリーと言うからにはどんな仕掛けなのかと、そんな期待と疑問が湧くとも言うが、それももっともな事だと思う。
 知らない人にとっては単なる時計であり、細かな機構までは知る由もなく、一見して分からないから疑問も生じるのだ。
 もともとこのミステリークロックは職人の心意気を表していると思われ、普通の時計ではないものを製作。
 普通の時計て思わせておいて、ビックリさせる仕掛けを考え出しており、遊び心も備えた時計だが、機械的には精密さが要求される。DSCN1391.JPG
 ミステリークロックと呼ばれる時計は高級機、つまり普通の時計よりも高価であり、庶民の間ではあまり買う事が無い時計でもある。
 この時計の仕掛け、何気ない時計に見せておいて、よくよく見ると「何で動くのかとふしぎにさせるもの」それが狙いである。
 時計職人はその為に腕を磨いて、如何して動くものなのか分からない機構を考え出し、人々を驚かせた。
 例えば外から見て機械が全く無いように見え、時計の針が宙に浮いており、正確に時を刻んでいるもの。
 そんな時計を見てしまうと、まさにミステリーと言う訳、何で動くのか不思議でたまらないもの、それを自慢したい持ち主。
 それがミステリークロックの人気の秘密、つまり他人を驚かして喜ぶ持ち主のために作られたと言っても良い時計でもある。DSCN1392.JPG
 一番よく知られている時計は二枚のガラス板に梁が付いており、針が如何して動くのか全く分からない時計だ。
 仕掛けは簡単な事、ガラス板が時計下部の本体の中に仕組まれており、歯車と連動してガラス板が動くもの。
 透明のガラスを利用した簡単なトリック、機械もそんなに精巧な仕組みでもない、見た目に高級感があるだけのもの。
 そんな高級な時計ではないが、日本でもそれらの時計を真似してミステリークロックが製造されたが数は多くはない。
 この時計も簡単な仕組みのミステリーと名乗っている時計、名古屋の三工舎が製造したもの、一見機械が見えなくて針が動く様に造られているが、良く見ると機械を固定している金具が四方にあり、ゼンマイが緩むと見えてしまうお粗末。
 しかし当時としては面白い仕掛けのミステリークロックとして販売され、それなりに売れたものである。
 西洋の高級時計とは比べ物にならないが、それが又泥臭くて日本的、古時計愛好家にとっては珍品時計なのだ。
 逆にこの様な簡単な仕組みの時計が、現像数は少なく、今では当時を知る上でも貴重な時計の一つであると思う。


posted by kodokei at 00:00| Comment(0) | TrackBack(0) | 古時計裏話

2016年09月10日

日本製との違い

    寄木八角型

 

DSCN1367.JPG 古時計の中でも寄木造りの時計は人気が高い、何故人気なのかは姿が綺麗であるからだと言うのだが、その真意はどうか。
 古時計は色々な会社から出されているが、その種類も非常に多くて、その実態は藪の中であるとも言われる。
 それは何故かと言えば数が多すぎて把握できないから、全体がどれだけあるのかも不明、それほど多いと思う。
 よく言われるのは古時計の数が多すぎて、どれがとうだかサッパリ分からないから、適当に集めているとも言うのだ。
 確かにその通り、古時計と言ってもその種類の多さは並大抵ではない、置時計から掛時計、懐中時計から腕時計と種類が色々ある。
 簡単な分類だけでもこれだけの種類があり、その中置時計でも大型の物から小型の物まで、千差万別の種類が存在。DSCN1362.JPG
 どれに的を絞るかは本人次第と言う事に、的を絞ったとしても、今度は年代順に古時計が存在する事だと思う。
 年代順でも会社別になるとさらに細かく分かれて行き、膨大な中から古時計を選ぶことになるのだと言う、そしてどれにすれば良いのかと。
 古時計とはそんなもの、奥の深さでは他のものと同じで深い、だから人気のあるものだけに集中するのだと言われている。
 誰でも知っているメーカーであったり、誰でも知っている時計であったりと、範囲を狭くしてものを見てしまいがちである。
 現在でも同じ事の繰り返しで、人気のある古時計を集めたがる人達、確かに一番手っ取り早いやり方でもあるが、落とし穴も多いのだと思う。
 DSCN1360.JPG人気があれば値段も高いものとなっており、需要と供給のバランスの上で、値段が決まり、高い物を買わなければならない。
 結局何を集めるかは本人次第と言う事になり、人とは違ったものを集める人もまた多い、自分は人とは違い求め易いものを集めると。
 逆に人気のない古時計を集めれば、競争相手はいないから、値段も安くて、手に入るチャンスも多くなる事に、考え方次第と言う事。
 皆と一緒に人気のある古時計を持ちたいと言う人も多く、それを満足と思う人もまたいるから、一概には言えない。
 今回のこの古時計、以前は人気であったが、最近では余り人気が無いから、手に入れ易い古時計でもあると言える。
 その上アメリカ製であるが故に、今は人気が低い、条件にピッタリの古時計であるが、好き好きがあるので強要はしないが。DSCN1364.JPG
 同じ年代の日本のものと比べれば、センスの良さは流石に時計先進国のもの、日本のものと一味違う造りになっている。
 勿論この時計をモデルに日本の時計が造られている事は周知の事実、モデルの時計の方が洗練されているのだと思う。
 上下八角の寄木造り、しかし日本のものよりは造りが繊細、横から眺めて分かる事は板の薄さ、厚い板を彫り出して薄手に仕上げているからだ。
 正面から見ると同じように見えても、少し横から眺めれば薄さが際立って見え、寄木と共に繊細さが正面に出ている。
 今は日本製の方が人気が高いから、狙うとしたらアメリカ製の良いものを狙った方が得策かもしれない、良いものを見つけやすくなって居るから。

posted by kodokei at 00:00| Comment(0) | TrackBack(0) | 古時計裏話

2016年09月03日

横の飾りの意味は

    その後はデザインとして

 

 DSCN1400.JPG古時計には色々な記念の時計が存在しているが、どんな意味を持ったものなのか知らない人も多く、単なるデザインとしか見ていないようだ。
 古くは日清戦争勝利記念の時計がはじめの頃、この時計が記念時計の最初ではないかと言われているが、それよりも古い時計があると言う事らしいが。
 実際には見た事が無いので何とも言えない、そんな記念時計、日清戦争勝利記念の時計は見た事がある。
 明治20年代の事、西洋時計をモデルに日本で造られた時計が、宣伝用や記念の時計として売り出されるようになるには時間が掛からなかった。
 それ程日本の時計産業は急速に進歩した証拠、西洋時計は一般庶民の間に浸透し、憧れの時計ではなくなっていた。
DSCN1401.JPG 通常の生活の中に西洋時計が存在しており、生活品の一部として利用される様になっていたのだが、まだ維新後20年も経っていない頃だ。
 今回の話題は大正天皇の記念時計とその後の時計のデザイン、記念時計が発売されて一般に出回るようになる。
 大正三年に大正天皇の即位式が京都で行われ、それを記念して各時計製造会社が記念時計を販売したが、それは独特のデザインの時計が製造されたのだ。
 日清、日ロ戦争の記念時計は時計上部の飾りに、当時の大砲の形をしたものがデザインされて売りに出され、好評を博したと言われる。
 特に高級のユーハンスの時計にその名残が見られるが、殆どの人が記念時計とは知らずにいて、単なる飾りとしか見ていない。
 知らない人はその飾りすら大砲とは気付かないので、何の飾りか全く興味も無いよう、しかし言われてみて初めて大砲であると認識する。DSCN1369.JPG
 しかし大正天皇の即位記念時計は前者のものとは少し違ったデザイン、一番分かり易く造られた記念時計は三種の神器をデザインされた時計。
 八咫鏡と勾玉、そして草薙の剣が時計全体に配置されたもの、一見して即位記念の時計であると分かるものだ。
 この時計は名古屋の林時計や今津時計が製造したもの、奇抜なデザインと即位記念を前面に出した時計である。
 他の会社から出された記念時計には、三種の神器などの分かり易いものだけではなく、時計の側面に房を付けた物がある。
 よく聞かれる横綱付きと言われている時計がそれ、写真の時計はガラス絵に鳳凰が泥絵で描かれており、大正天皇の即位記念の時計である証。
 記念時計には鳳凰が描かれているものが多く、それが記念時計の見SANY6300.JPGどころとも言えるが、ガラス絵が無くなってしまえば、これが記念時計か分からない。
 ただ同じ時計を並べて見ると、記念時計のデザインが同じようなものである事が分かるが、これも見た事が無いと分からないと思う。
 時計の横に付いている房、この房のデザインだけが後の時計に受け継がれて行き、記念時計とはかかわりなくデザインだけが独り歩きする事に。
 そのデザインものが現在残っている時計であり、何で横に綱が付いているものなのかと、不思議に思う人も多い。
 時計のデザインとはそんなもので、流行のデザインがあれば、色々な時計製造会社から造られて市場に出されたものだ。

posted by kodokei at 00:00| Comment(0) | TrackBack(0) | 古時計裏話

2016年09月01日

兎に角重い

    一番重い時計


 
 SANY0128.JPG自分が所有している時計の中で一番重い時計は何かと聞かれれば、間違いなくこの時計だと言えるのだ。
 色々な古時計を持っているが、この時計ほど重い時計は他にないと思えるもの、大きさもさることながら兎に角重い時計。
 初めてこの時計を持った時に、腰を痛めそうになり、慌てて持つのを止めた位に重く、なんでこんなに重いのかと思ったものだ。
 確かに大きな時計は当然重くなるが、小さな時計で重いものはそんなに多くは無く、特に大理石が使用されている時計は別である。
 石であるから当然重いに決まっているが、それでも装飾性の高いものだから、必然的に使はざろう得ないのだ。
 これは置時計に多く用いられている手法、色々な種類の大理石を使用するもの、白であっり、黒であったりと色々な物が使われる。SANY0138.JPG
 もともと友人が所有していた時計であるが、要らなくなったので引き取ってくれと持って来たもの、乗り気ではなかった。
 そもそも置時計は場所を取るから、私は余り置時計を所有して居なくて、それも重い時計は無いのだが、理由はハッキリしている。
 置き場所が無い事、それと重い時計は掃除する時も邪魔、そして動かそうと思っても重くて面倒、腰を痛めるからだ。
 笑い事では済まされない腰、今までにも何度か時計の展示で腰を痛めた事があり、特に重い時計は御免だ。
 一端腰を痛めると展示すら出来ないことになり、大変な状態となってしまうから、重たい時計は避けて通りたいのだ。
 そんな事は友人も分かっているが、処分して欲しい事には変わりなく、私のもとに持って来たのだと言う、有難迷惑な事だと思う。SANY0133.JPG
 確かに古時計は好きであり、持参した時計は非常に良いもの、時代的にも古くて、しかも見た目に可愛らしいものだ。
 エンジェルが2人、人気のある時計である事は間違いないもの、置く場所を好む時計で、扱いにくいものでもある。
 見た目には豪華である事は間違いなく、機械も良いものが入っている高級な時計であるが、重いのが難題だ。
 重さは35キロ以上あるもので、軽い気持ちで持ち上げれば間違いなく腰を痛めるもの、爆弾みたいな時計である。
 何で重いのかはブロンズと大理石、この二つが使用されているから、軽いわけが無く、重さには自信があるみたいだ。
 普通時計は機械が精密であるとか、見た目が豪華であるとか、精度が良いとか、色々な特徴があるもの。
 この時計は、その中の重いと言う特徴があるもの、時計の高さも60センチを超す大きさ、確かに迫力はある。
 今回の時計展示でも運搬には苦労したもので、私は到底持ちきれないから、スタッフに任せたものだが、皆が何でこんなに重いのかとブーイングの嵐。
 運搬するだけでブーイングされる時計は余りないのであるが、この時計に限っては全員がダメ出しを出す始末である。

posted by kodokei at 00:00| Comment(0) | TrackBack(0) | 古時計裏話

2016年08月15日

改めて確認

    友人が火付け役

 

 DSCN1330.JPG私の持っていた時計か欲しくて、譲らなかったので他から手に入れたと持参した時計、象嵌入りの掛時計。
 前にブログで紹介した時計だが、友人の持って来た時計が程度抜群であったので、改めて象嵌の良さを認識した。
 兎に角象嵌入りの時計は余り人気が無い様で、市場に出ても今一だと言うが、何であんなに手の込んだ象嵌入りの時計が人気が無いのか。
 たぶん日本の家屋にはあまり向かないのは確か、しかし現在の日本の家屋は昔と違い、西洋的であるから、インテリアとしては良いと思うが。
 勿論友人もインテリアとして、この時計を欲しいと思っていたと言うのだが、それも頷けると改めて思った。
 以前に何とはなしに買い込んだこの時計、よくよく見て見ると、手の込んだ象嵌だと再認識したが、派手である事には違いはない。DSCN1329.JPG
 当然好き好きがハッキリとした結果となるが、いざ探そうとしても中々ないもの、それが友人であるのだ。
 譲ってやらなかったから、他で探したと言うが時間が掛かったとも言う、私は諦めていたのかと思っていたのに、そうでは無かったようだ。
 それほど欲しいものとは思わず、ツイツイ意地悪をしてしまったが、本当に欲しければ譲ってやったのにと今思う。
 しかし友人が持って来た時計は、抜群の程度良いもの、それを目の当りにしたら、ライバル心が湧いて来たのだ。
 何で此奴が私よりも程度の良いものを探して来たのかと、そして改めて自分の時計を見るに、彼のものより程度が悪い。
DSCN1326.JPG そんなに古時計を好きでない彼が、何故あんなに良いものを探せたのか、少し嫉妬心が芽生えて来た。
 誰しもあると思うが、自分よりも程度のよい古時計を持っている人に、嫉妬してしまうのは私だけではないと思う。
 古時計愛好家とはみなライバル意識を持っていると思うが、持っているからこそ、良いものを手に入れようと努力するものだ。
 それが又原動力となる事は確か、其れが無ければ向上しないと思うが、人よりも良いものを探したいと。
 そんな訳で私も自分の持っている時計を改めて手に取ってみたが、やっぱり彼奴の持って来た時計よりも落ちる。
 見れば見るほどそれが確認でき、如何してこれが良くないものなのかと、そんな気持ちが湧いて来たのだ。
 今まで考えもしなかった事で、以前から同じ場所に掛けてあり、そんなに意識したこと物い時計、其れなのに彼が持った来た時から意識が変わった。
 人に見向きもされないと、別にそれで良いと自分で思うが、人が欲しいと言えば意識が過剰に反応してしまう。
 嫌な性格だと自分ながら思うが、それは古時計を集めている人全部にライバル心があるからだと思う。
 
posted by kodokei at 00:00| Comment(0) | TrackBack(0) | 古時計裏話

2016年08月10日

ラチェット

    どの様に違うのか

 

SANY4458.JPG 友人から和時計のラチェットについて知りたいと言って来たが、「何で知りたいか」と尋ねれば、「聞かれたので」と言うのだ。
 この友人、時計の事はまったく知らないくせに、他の人にはあたかも時計の専門家みたいに話す癖が、前にもそんな事があった。
 彼は自分では古時計の事は知らないが、私たちの話を横で聞いている事が多く、自然に耳に入るようで、自分が知っているように思っているらしい。
 大きな勘違いであるが、彼はまともにその様に思っているらしく、他の人に古時計の事なら聞いて欲しいと、そんな事を言っているようだ。
 今回の私に聞いて来たのも、自分が蒔いた種、今までに古時計の事を話した人から、質問されたらしく、そして答えなかったらしい。
 答えると言うよりも、はじめから知らないから答えられないのだが、その場は何とか取り繕ったらしく、こちらに問い合わせた由。
 馬鹿な男だ、知らないと答えれば良いのに、其れも格好が悪いから、言葉で説明しても分からないからと、先方にはその様に答えたと言う。SANY4462.JPG
 実に馬鹿げた話だが仕方がないので、家に来る様に伝えれば、その日のうちに飛んで来たから呆れるのだ。
 見栄を張るにもほどがあるのだが、彼にはそれが通用しならしく、我々と付き合っているから仕方がないと言うのだ。
 他の人は彼は古時計に詳しいと思っているとの事、何時も外では古時計の話をしていると、あほらしくなった来るが、其れも事実だと言う。
 そもそも彼はラチェットなるものを知らないはず、時計の何処に付いているものなのか、どんな働きをしているものなのか、全く知らないはず。
 質問の内容は和時計のラチェットについて、どの様なものなのか、そして他の古時計とどう違うのかと言う事らしい。
SANY4314.JPG しかし彼は今までさんざん時計の事を話して来たから、知らないとは言えなくて、まして和時計となれば知る由もない。
 だから写真でないと分からないと、その人に後で教えてあげると、その場を取り繕って来たのだと言うのだ。
 何だか知らないが、私の周りには訳の分からない男が多い、これも見な友人だが、何とも厄介な男達でもある。
 彼に言葉で説明しても本人も理解できないから、和時計の写真を撮りラチェットの説明しして、この部分がラチェットであると教えた。
 下の2つの写真は和時計のラチェット、基本的には変わらないが、和時計のラチェットはシンプルなもの、古い時計にはこの様な仕組み。
 要するにネジが逆回転しない様に歯車の留め金、写真の上2つには左側に長細い小さに部品があるSANY4301.JPGが、これが留め金である。下は和時計のラチェット、形式はボンボン時計やスリゲル型の時計と変わらないもの、只部品の造りが違うだけ。
 和時計の部品は一つ一つ手造りであり、爪を抑えるバネも叩いて造り上げたもの、勿論爪も同じようにして造られた。
 材質は鉄、バネは持つ論は金であるが、歯車は鉄で出来ているもの、江戸末期頃になれば真鍮のものにかわるが、それまでは鉄である。
 その丈夫さは和時計には敵わず、真鍮は摩耗も早いが鉄はその点丈夫に造られており、大量生産品とは違うものだ。
 和時計は一つづつ造られている事を説明しないと、ラチェットを説明するよりも大事な事であると、本人の言い聞かせるも、果たして分かっているものなのか。
 写真下が和時計のラチェット、左側の小さなものが和時計のもの、特にそれを支えるバネが独特なものである。

posted by kodokei at 00:00| Comment(0) | TrackBack(0) | 古時計裏話

2016年07月17日

人気が今一つ

    場所を取るから


DSCN1086.JPG
 古時計愛好家の人気も色々、時代の流れによって愛好家の人気の時計も変わって来るが、それに伴って値段も。
 需要と供給のバランス、市場の値段とも言えるものだが、欲しい人が多ければ当然値段も上がり、いなければ値段も下がる。
 当然の仕組みであるが、これが非常に厄介な事、自分の都合では支配できないものなのだが、実に不都合なもの。
 自分の欲しい古時計が、他の人も欲しがり、当然競争になる事に、競争すれば古時計の値段も上がる事に。
 市場原理と言ってしまえば其れまでだが、皆が欲しがれば必然的に値段が上がる事に、分かってはいるが。
 そんな古時計の値段、流行の具合で乱高下する事も、古時計は数が増える事は無く、市場から少なくなるものである。
 DSCN1087.JPG一か所に多く止まれば、市場から姿を消し、それでも欲しい人が居ればやはり値段が跳ね上がる事に。
 こんな事を繰り返ししているのも古時計の値段、実に厄介なものであるが、これを止められないのも市場である。
 昨今置時計に人気がイマイチ、以前は今ほどに人気が無かったのではなく、置時計人気もあったが。
 最近では海外の高級品の置時計の方が人気が無く、以前の値段の半額以下、何でこんなに値段が下がるものなのかと。
 そんな疑問が湧いて来るのも昨今の事、市場では置時計は売れないと言うが、勿論特殊なものは引っ張りだこ
 しかし依然人気であった高級時計、今は下火で勢いがないものになり、値段も安い、だからこそ今が買い時。
DSCN1090.JPG 置時計は場所が取るから、今は売れないらしく、古時計の中でも足が遅いものと言われている昨今だ。
 写真の古時計、以前は中々手が出ない時計の部類、時代もソコソコのもので、以前の高級品だと言える。
 以前であれば値段も高くて欲しくても手が出せなかったもの、其れが今はツイツイ手が出てしまう程の値段に。
 昔の値段を知っている我々にとっては驚きでもあり、逆に何で安いのかと思ってしまう事も、いやはや古時計とは奥が深い。
 この時計私も好きな物で、時代も古いが機械も良いものが入っているから、インテリアとしては上もの。
 大理石の台に乗り、アンチではあるが雰囲気は抜群に良いもの、それなのに足が遅いとは分からないのだが。
 今の愛好家は、この様な置時計は好まないらしく、売れ行きは全くないとの事、信じられないが現実であるらしい。DSCN1089.JPG
 何故人気が無いのかと言えば、分からないと答えるしかないのだが、最近は小型の掛時計が流行、掛時計でも人気が分かれているからだ。
 今までの人気とは少し違って来たから、置時計もそのそがれの中にあり、置き場所を選ぶ置時計は敬遠されがち。
 価値の悪い人に言わせれば、「何であんなに重いのか、置時計は場所だけではなく、重さも原因だ」と言うのだ。
 言われてみれば確かにその通り、掛時計に比べれば遥かに重く、場所もとる事は確か、其れでも好きな物は好きである。
 この時計、アールヌボーの片りんを見れた時計、何処となく優美で愛らしく、あまり派手でない事が良いと思う。
 派手すぎて、置き場所にも困るような時計ではなく、美しさがひっそりと控えめに、それでいて存在感のある時計だと思う。
posted by kodokei at 00:00| Comment(0) | TrackBack(0) | 古時計裏話

2016年07月12日

一番必要なネジ

    これが無いと

 


DSCN0822.JPG 古時計を集めていると色々な問題に直面するが、最も困るのが小さなネジ、文字盤やその他の部品を止めるのに必要。
 古時計は昔のネジが使われているから、現在使用されているプラスのネジは使わないので、マイナスのネジが必要となる。
 古時計愛好家はその事を一番よく知っているから、小さなネジ一つでも大切にしているのだが、新しく買い込んだ古時計にプラスのネジが。
 古時計は古い時計であり、その間に色々と修理がなされているが、もとの部品が其の儘使われて居れば良いのだが、中々そうは行かない。
 オリジナルの部品ばかりの古時計は、逆に少ないと思っているが、幸いにもオリジナルの古時計であれば有り難いのだ。DSCN0824.JPG
 しかし中々そんな古時計にはお目にかからないから、違った部品が付いている事も屡々、特にネジ関係は良くある事。

 古時計を手にし、硝子蓋をあけ文字盤を見てガッカリする事も、それは文字盤がプラスのネジで止められている事。
 そんな事が何でガッカリするのかと思う人もあると思うが、我々古時計愛好家にとっては重要な事だ。
 古時計を見て一番初めに目に入って来るのは文字盤、その文字盤の止めネジが違っていると、意気消沈する事になる。

 最初からアッパーカットを食らった心境、期待を大きく打ち砕かれるような、そんな状態に陥るのだ。DSCN0825.JPG
 たかがネジ一つではないのかと思う人、それは大きな間違いであるのだと、我々古時計愛好家は思う。
 ネジ一つであればまだましであるが、そのネジが多く使われていると、それはもう大変だと思うのが普通だ。
 最近では小さなマイナスネジは少なくなっており、簡単には手に入らないからで、ネジ一つが問題となってしまう。
 事実ネットでも小さなマイナスネジが売りに出させているが、高い値段で出ているのは、欲しい人があるからだと思う。
 勿論私もその一人であり、安くて良いマイナスネジであれが買いたいと思うが、それは小さなマイナスネジが無いから。DSCN0826.JPG

 小さなマイナスネジだけではなく、機械を止める大きなマイナスのネジも無くなってしまい、これまた大変な問題。
 そなん事もあり、私は壊れた古時計から採れるだけのネジは確保するようにしており、もし何処かでそんな状態のものを見れば必ず買い込んで来る。
 何時使うのかと思う人も居るが、そんな事はなく、何時出るかも知れない部品が変わった古時計、出てから見つけていては遅いのだ。
 その為に日頃から準備しているので、小さいネジから大きなネジまで、何時でも使えるようにストック、小さな缶の中に何時も入れている。
 少し位ストックしておいても直ぐになくなるから、見つけた時が勝負、すぐ手に入れる事だと思っている。
posted by kodokei at 00:00| Comment(0) | TrackBack(0) | 古時計裏話

2016年06月24日

またまた石原町

    モット詳しく知りたい

 

SANY7022.JPG
 精工舎の石原町製造の時計、今までに何度となく取り上げて来たが、もっと詳しい事を聞きたいとの質問が多い。
 私も詳しく伝えていると思っているが、質問はもっと具体的に教えて欲しいと言う事らしいので、数字的にと言う事らしい。
 質問の意味は十分に分かっているが、新しくなってからのホームページでと思っているもの、しかしそれまで待てないらしい。
 具体的にとはまず石原町製造の機械と、柳島に移ってからの機械の区別らしいが、之は非常に難しい事である。
 何故ならば柳島に移って、製造機械を全部変えてしまったものなSANY6990.JPGらば、まだ判断材料があるが、石原町時代の機械をそのまま使用していたとすると、判別は難しくなる。
 場所が違うだけで、製造する機械は一緒であれば、石原町時代と柳島時代とは区別がつかないし、柳島に移って製造機械を増やしているのなら、また違った事にもなる。

 簡単に石原町の機械がどの様になっていたかは、現存する機械を比較して分かるが、これとて難しいのは当たり絵である。
 部分的に比較して見れば、自ずと違いは判別できるが製造機械が一台ではなく、何台であったかも重要な問題だ。
  複数の製造機械から造られているとしたら、当然何種類の雁木車が出来上がる事になり、当然違いも多くなるのだ。SANY6984.JPG

 一台で製造されていたとは思うえ無いから、2、3台はあったと思うのが普通、では三種類の違う雁木車が存在していることに。
 もちろん当時の記録は正確には残っておらず、後に記憶として文章に書かれているもの、信憑性に欠けるものだ。
 実際に製造されたのは約1年半、その間にどれだけ製造されたものなのか、現存している時計は種類も多い事から、製造数も多くあるようだ。

 前から言われているのは、1年半の間でそんなに多く製造できないはず、柳島に移っても石原町のラベルを使用していたとも考えられる。
 創業当時は上手く製造できなくて、製造数も少なく、軌道にSANY6971.JPG乗ったのは3ヶ月くらい後と言う、それらを考えると、前者の説が浮上してくる。
 今回の写真は明らかに違う2つの雁木車を見比べて、何処が違うものなのか、そして何が分かって来るのか、検証して見る。

 上の雁木車と下の雁木車、同じ石原町のラベルが貼られているもの、無印の機械であり、箱も初期のものと思う。
 上の雁木車、歯車の中の縁がずれている事が分かると思う、そして歯の角度が下の雁木車と違うこと、4本の支柱も太くて下とは違うものだ。
 一番下の写真の雁木車も、2番目のものと明らかに違うもの、目で見ただけで違いが分かるもの、勿論雁木車を支える支柱の形も違う。

posted by kodokei at 00:00| Comment(0) | TrackBack(0) | 古時計裏話

2016年06月21日

べティーさん

    オークション

 

DSCN1091.JPG
 浜松ミーティングで開催されたオークション、数々の珍品が出品されたが、その中でもミッキーとべティーさん。
 この2つは会員さんの注目の的であったが、ミッキーと違って、このべティーさん、ちょっと綺麗すぎると皆が思っていた。
 勿論私も最初はちょっと違和感があったので、手にとって詳しく調べててみたが、皆が言うようなものではなかった。
 新しいものではと敬遠している人も多く、私に問いかけて来る人も、しかし真面目な古い物、決して新しいものではない。
 残念なのは少し塗り直しがあるから、それが見た目に新しく見え、皆が敬遠している理由であると思うが。DSCN1096.JPG
 裏蓋を外して機械も検査したが、別段手を入れた形跡もなく、列記とした本物のベテイーさんの掛時計である。
 今もネットに出ているものもあり、新しいものではと疑問を抱く人も多いが、自分の目で手に取って見れば良い。
 会員さん同士のオークションでもあり、変なものが出品される事は無く、安心して参加して貰えるはず。
 こちら事務局としてもまがい物の出品は遠慮して頂いており、出品時に確認もしているから、安心して参加できるはずだ。
 それにしても今回のオークションは目玉が多くて、会員さんも戸惑っていると思うが、逆に良い機会でもあると思う。
 DSCN1097.JPG疑心暗鬼になっている人は、尚更自分の目を養う良い機会だと思うが、本物を自分で見極め、これからに役立たせるためにも、是非経験して欲しいものだ。
 ネットなどでは中の機械や、塗の状態などを見極める事は出来ないから、こんな機会にじっくりと目に焼き付ける事だ。
 何度か本物を見れば、自然と見る目も養われ、次の機械に役に立つと私は確信しているもので、ヤッパリ本物を多く見る事が肝心。
 本物に勝るものは無く、より多くの本物を自分の手で見る事こそ、上達の早道であると思うが、そんな訳で今回のオークションは良い機会でもあった。
 DSCN1098.JPGこの様な事は協会主催のオークションでしか出来ない事だから、良い勉強会と思い、チャレンジして欲しいものだ。
 それにしても、このべティーさん程度は良い方、思った以上に手が入っていないと、逆に認識したのだ。
 写真がその出品されたべティーさんの掛時計、みれば見る程面白い顔をしているもの、愛嬌のある時計だと思う。
posted by kodokei at 00:00| Comment(0) | TrackBack(0) | 古時計裏話

2016年05月31日

何処の時計か

    製造所が分からない


 
SANY7104.JPG 明治期、全国で西洋時計が造られていたが、大きな時計製造会社は記録が残っているから、それを辿れば良い。
 しかし小さな時計製造会社は記録もなく、駄々現物が残っているだけで、何時の時代に何処で製造されたか不明なものも多い。
 そんな古時計が多く存在しているから、古時計愛好家もそれを手にした時、困り果てる事になるのだと思う。
 よく言われるのに、現物を買い込んだが何処の時計か分からないから、あちこち調べているが全く手掛かりがないと。
 調べても名前が出てこないと言われ、現物があるからには製造したところがある筈、しかし調べてもないのは不思議だと。
 明治、大正時代、西洋時計の製造は各地にあったが、小さなところは短期間に無くなっている所も多く、また続いていたとしても記録が無い事もSANY7109.JPG
 そしてもう一つが組み立て会社、この様な時計製造所は自社で販売せず、ただ時計を製造していただけで、販売は別の会社が。
 当時の組み立て会社はどれだけ在ったのかも分かっていないのが現実、数多く存在したと思われるが、現物しか残っていない。
 私の手元にも、訳の分からない古時計が存在しており、何処で製造されたものなのか調べているが、解明できていない。
 例えば東京浅草の伊藤新之助がパテントを取得した、金箔貼り付けの技法、当時の精工舎もこのパテントを使用、時計のラベルに記載されている。
 精工舎の時計には伊藤新之助のはテントと精工舎の文字が一緒に記載されているが、私のの持っている時計には伊藤新之助しか記載が無い。
SANY4214.JPG これは伊藤が独自に時計を製造していたのか、それともパテントだけが記載され、他の製造所が販売したものなのか。
 記録では伊藤新之助が西洋時計を製造した事はないと思われ、もし製造していたのなら、何らかの記載があるはずである。
 勿論当時くパテントの期限は15年と定められているから、それ以後であれば誰でも使用できることになるのだ。
 精工舎がはテントを買い取ったとするならば、写真の時計は伊藤新之助がまだ精工舎に売り渡す前のものなのか。
 それとも、期限が過ぎてからのものなのかは不明であり、この他の時計にも伊藤新之助のパテントの付いた時計が発見されている。
 もう一つの時計は大分で製造された時計、この時計も不思議なものであり、当時大分で西洋時計が造られた記録はない。
 この時計を巡っては、大分在住の人にも記録を探して貰ったが、現在ま
DSCN0769.JPG
で大分で西洋時計が製造された証拠はないのだ。
 しかし現物が存在しているからには、大分で製造された事は間違いのないもの、只組み立て会社であったり、販売だけをしていたのであれば分からないとも言える。
 普通は勧業年報に記載されていなければならないのだが、その起債記録もないとの事、益々分からない時計である。
 何れにしても現物の存在が確認されている以上、大分で販売された事は確かであり、これからも研究課題である事には変わりないもの。







posted by kodokei at 00:00| Comment(0) | TrackBack(0) | 古時計裏話

2016年05月27日

ゆらゆらガラス

    ゆがんだ表面



DSCN0854.JPG
 古時計にはまっているガラス、古い時計にはゆらゆらのガラスが嵌めてあり、針が歪んで見える時もある。
 何でこんな歪んだガラスが嵌めてあるのかと言う人も、確かにガラスの表面が歪んでいることに気付き、文字盤の字が読み難いのではないのかと。
 正面から見ればさほど感じないが、少し斜めから見ると明らかに歪んで見え、時計なのに何故こんなガラスが使ってあるのか分からないと。

 普通ガラスとは表面は真平らであり、物が歪んで見える事はないので、ゆがんだガラスがはめてあるのがおかしい。DSCN0762.JPG
 そんな事を思う人は多いのだと思うが、今のガラスを知っている人は当然こんな事を言うのが当たり前のこと。
 現在のガラス板は水平の歪んだものはなく、歪んでいたら不良品であり、そんなガラスはおかしいものであると。
 古時計のガラスは歪んでいるのが正しいガラス、今のガラスと違うもの、昔のガラスは製造方法が違い歪んだ物しか出来なかった。
 人間がガラスを吹いて、風船玉みたいに大きくし、それを熱いうちに鉄板の上で切り開く、そして平たくするが、「まったいら」にならないのだ。
 だから古時計には歪んだガラスが嵌めてあるのが普通のこと、逆に平らな歪んでいないガラスが嵌まっていたら、それは新しいガラス。
 知らない人はゆらゆらのガラスが入っていると不思議そうに眺めてDSCN0859.JPGいるが、ガラスは平らなものと思っているからだ。
 古時計のガラスが割れてしまい、大騒ぎをする人がいるが、それはゆらゆらのガラスがなかなか手に入らないからだ。

 入ったとしてもガラスの値段がビックリするほど高いから、それを知らない人は「ガラスなんて何時でも手に入る」と思っているのだ。
 しかし実際にゆらゆらのガラスを手に入れようとすると、むつかしいのが現実的に分かるはずと思う。
 偶然に同じ大きさの壊れた古時計があれば、そのガラスを取れば良いのだが、そんなうまい話は簡単にはない。
 ゆらゆらガラスを探し当てて、交換してもらえばビックリする値段になり、改めてゆらゆらガラスの有り難さが分かると思う。DSCN0855.JPG
 私も何度かゆらゆらのガラスを割ってしまい、ガラスを嵌めて貰らった。
その上高い値段を言われたことか、しかしそれでも入れたいと思うのも愛好家だから。
 古時計の文字盤を斜めから見て、歪んで文字が見えれば、その時計はオリジナルのガラスが嵌まっていると思って良いと思う。

 歪んだガラスは貴重だから割らない事だと思う。





posted by kodokei at 00:00| Comment(0) | TrackBack(0) | 古時計裏話

2016年05月20日

ラベルを見て

    古時計のラベル

 

SANY0451.JPG
 古時計の成り立ちから製造まで、明治期の時計について色々と取り出さされているが、それは国産時計の内ほんの僅かなもの。
 殆どの時計はやぶの中であり、資料としても分からず、また研究もされていないもの、ほんの一部が表に出ているだけ。
 確かにその通りであり、明治、大正期に全国で製造された時計、数えただけで100社を越しているからだ。
 そんな古時計、名前の知らない時計製造会社も多く、ラベルの名前を見ても知らない人が殆どと言って良いと思う。
 精工舎や林時計などの様に、一般に知られた時計製造会社、この古時計はラベルを見ただけで何処で製造されたかは知られている。
 知られていると言うよりも、多くの家庭で使用されて来たからこそ、その名前も覚えられたものであろう。
SANY9722.JPG
 しかし実際は知られていない時計が多すぎると思うが、私も色々な資料では聞いた事のある時計製造所もあるが。
 実際に見た事のない時計製造会社のものも多く、逆に言えばその数の方が多いと思うが、それだけ古時計の世界はおく深いとも言える。
 まだ振り子室のラベルが貼られているものは、その所在が明らかとなるから、それは判別できると言って良い。
 ラベルには製造元の名が記載されているから、それが大きな手掛かりとなるものであるが、聞いた事のない会社も存在する。
 ここに上げた古時計、中々市場ではお目にかからない時計製造会社、名前だけでも知っている人はまだ良い。
 しかし聞いた事がないと言う人の方が多いと思うが、これらの時計何処かで見つけたら、是非手に入れて欲しいもの。DSCN0769.JPG
 時計製造会社の存在は確認されているものの、実際には市場で見つからないものだが、そんな時計達。
 時計の形は兎も角として、振り子室に付いているラベルに注目、例え八角型の普通の時計でも、知らない名前が付いていたら覚えて欲しいものだ。
 知らないと言う事は数が少ないと、時計の資料としては非常に重要なものと理解して、保存をお願いしたい。


posted by kodokei at 00:00| Comment(0) | TrackBack(0) | 古時計裏話