2020年11月23日

和時計円天賦式

   部品を見て欲しい
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 和時計は欲しいが完品がない、特に和時計の場合は部品が足りないと、後から面倒なことになるから、事前に調べておかないと、私も以前は少し位部品が無くとも後から造れば良いと、そんな事を思って買い込んだ事もあった。
 しかし結果は散々な事に、和時計の部品は同じ物は無く、その時計一つの為に造られたものである、だから同じ共通部品は無いので、他の時計から取って付けようとしても、付く事は無く無駄な労力である。
 こんな部品一つ位と思って買い込んだはいいが、その部品を造るために苦労した事、造る人を探さなければならない。
 しかし現在そんな部DSCN1069.JPG品を造ってくれる人は少なく、また時間とお金がかかるもので、結果は部品が揃った物を買った方が良く、造って貰う部品代も高く付き、少しくらい安く買い込んだとしても、後の方がお金が掛かったりすることも多く、だからこそ買い込む時に注意して見ないと失敗をする。

 確かに現在でも部品の足りない和時計がネットで多く出ているが、安く買い込んだ人は大変だと何時も思っている状態だ、勿論自分で修理出来る人は良いであろうが、普通の人はそうは行かない、だから部品が欠けていないかチェックが重要。
 今回の和時計は円天賦式のもの、バラバラな状態で組み立ててないものでDSCN1066.JPGあった為に部品の確認が難しい。
 一つ一つ頭の中で組み立てて行く事が先決、色々な部品があるが、和時計は現代的な時計と比べれば部品数は少ない。
 比較的和時計の部品は少なく、だからと言って簡単ではないもの、特に和時計は難しい。
 和時計は一つ一つの部品が、作者によって全く違うものであり、形は良く似ていても全くの別ものであるのも和時計。
 その為に慎重に確認しないと、別の部品が入り込んでいる事もあり、間違えれば組立てられない事に、だから慎重に見ないと失敗する事になる。
 和時計は円天賦式のものであるが、肝心な天賦のバネが損傷している事、このバネは和時計独特のバネ、和時計には日本のものを使用しており、ばねを探すのも大変だと思われる。
 後は止め金が少し足りないが、重要部品ではないので応用は利く、問題に歯車類は全部揃っているようで問題はない。
 部品全体を確認、問題点は少なく、程度の良いものである事、組み立てても大した問題が起こらない事、完成した円天賦式の和時計、全体に良い程度の状態、天賦のバネも丁度良いものがあり、完璧に組み立てられた。


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2020年11月08日

古時計のある風景

    集めなくても
 古時計を愛する人は多いが、その全部がSANY4674.JPG古時計を蒐集しているとは限らないもので、自分では収集はしていないが古時計は好きと言う人。
 古時計は堪らなく好きだが自分で所有しなくても、古時計を眺められる処は多く、其処に行けば何時でも楽しめると思っている人も多い。
 好きだから集めるとは限らず、好きだけど集める事はしなくて、見て楽しむ事を実行している人、そんな人達は何処に行けば古時計があるのか良く知っている。
 古時計が置いてある店は意外に多く、その殆どが飲食店、食事やコヒーを飲みながら古時計を見て楽しめる処、最近ではブティックでもインテリアとして飾っていることも。
 古時計の魅力とは懐かしさと雰囲気、何故かしら古度計がかけてある店は落着くと言われ、年配者だけでなく若い人たちも、その様に感じるらしい。
 別に古時計を手元に置かなくても、好きな時だけ古時計に合いに行けばよくて、無理して高い買い物をする必要も無いと割り切っているからだ。

 そんな人たち、古時計に関して知識も豊富、何処の店のSANY0710.JPG物は良い物が置いてあるとか、ここの店は新しい時計ばかりだとか、評価も非常に厳しいのだ。
 好きな物だけに知識も豊富、自分の物ではない為に冷静に評価、厳しい見方で意見も言え、的確に判断も出来る人たちだ。
 そんな人達は、古時計のある店を探してあちらこちらと、大概は喫茶店や食事処が多いので、気楽に行ける場所でもあり、情報も入りやすい。
 店側にとってもこの様なお客さんは喜ばしい事ではあるが、その反面この人達が店の評判を上げ下げする事もあり、非常に怖い存在でもある。
 口コミで評判は広がるが、良い方向ならばよいが、悪い方にころがる事もあり、神経を尖らせるのも無理はないもの、それも客商売である。
 古時計愛好家は、この様な店を日夜捜し求めているもの、それを利用するのも商売のコツ、店主の皆さんは良い方に傾くように努力して欲しいものだ。

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2020年08月27日

やっぱり姫ダルマ

   最近の女子は
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 近頃女性の古時計愛好家が増え、私のもとにも問い合わせが多くなって、此方が驚いている昨今、彼女達の目指しているのはダルマ型時計。
 誰にでも人気なダルマ型時計、あの姿がたまらなく良いと言う、部屋に掛けてもインテリアとして抜群、部屋の雰囲気が一気に変わると言うのだ。
 確かに古時計1つで雰囲気はガラリと変わるもので、今までにも何度か説明してきた事、彼女たちもその魅力にはまってしまった様だ。
 特に金ダルマと寄木のダルマ、それも程度の良い綺麗なものが好き、だから彼女達はそれを求めてさまよい歩くのだと言うが、そんなに甘くないのだ。
 誰しも程度の良い古時計は手に入れたいもの、古時計愛好家が探しているから、その前に彼女達の手に入れなければならないのだと言う。

 男性陣をよそに、情報網をふんだんに使うのも彼女たち、ネットやスマホで探し回るのも彼女達、私もたまにその場SANY8391.JPG面に出くわすこともあり、そのバイタリティーに驚く。
 彼女達は今まで見てきた古時計をチッカリと写真に収め、それをデーターとして持ち歩いており、他の店で出くわす時計と比較、スマホで確認しているのだ。
 つまり目の前の時計と写真に写して時計を比較して、どちらが程度が良いのか、そして何処がおかしいのか、写真を拡大しては比較しているのだ。
 私も確かに他の店の古時計と比較する事はあるが、目の前で現物と写真を比較する事は先ず無く、頭に入れたデーターとの比較をするくらいだ。
 店で写真と比較する事はした事は無く、彼女たちの行動にはビックリ、店の主人も彼女たちのその光景を見て驚きを隠せない様子である。
 店の古時計と彼女たちが取ってきた写真と見比べ、違いがあると店主に質問、実に合理的で厳しい疑問も投げかけるのだから店主はタジタジ、普通の男なら其処までキビシク突込ま無いが、彼女達は納得の行くまで堂々と質問を繰り返す、古時計に詳しくない店主だと対抗できないのだ。


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2020年08月18日

何だ之

   根 付DSCN2127.JPG
 友人が飾り棚に置いてあった物を持ってきて、「これなんだ」と言うのだが、何処から持って来たのか聞き直す。
 友人が持って来たものは根付であるが、そんな小さなものを良く見つけてくるものだと感心するが、本人は何だか分からない様子。
彼はこの様なものは知らない人、骨董の部類でも全く違った分野、知らないで当たり前だと思うが、それにしても良く見つけるもの、もちろん友人は我が家に出入りして古い部類の者、今更何でと思いつつ、それにしても飾り棚から持って来るものだと感心する。
 持って来たものは根付であるが、普通のものとは少し違うもの、和時計の文字盤を模ってものだから、不思議に思ったと思う、そもそも文字盤だと思っていない様子。
 よく見ないと文字盤だと気付かないもので、木製の木地にはめ込まれており、銀製の文字盤、当時としても珍しいものだ。
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 木地は紫檀で作られているから固いもの、円形の形をしており、帯の間を通して提げられる様にしたものだが、時計の針が欠落している。
 本来は中央に針があり、回転する仕組み、心棒に付けられているからクルクルと回転するようになっているもの、針も固定されていない。
 今は針がないので文字盤だけ、だから時計の文字盤だと気づかないのも無理はないが、古時計愛好家なら直ぐに気が付くのだろう。
 紫檀に銀製の文字盤、材料に拘った持ち主が特別に造らせたものだと思う、この先に付いていたものは印籠であろうか
 当時としては珍品の部類に入る根付、和時計の文字盤とは粋なつくり、持ち主もさぞかし変わった人であったろうと推測される。
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2020年08月04日

明治のカタログ

   吉沼又右衛門SANY1939.JPG
 明治期の時計のカタログは中々手に入らない代物、見つけたとしても値段が高くて中々手が出せないもので、その値段に驚くのだ。
 カタログ自体はそんなに分厚いものではなく、薄いものしか存在しなくて、やはり貴重品と言える代物。
 当時はすでに多くのカタログが出ていたと思うが、現存しているカタログは極めて少なく、特に明治初期のものは貴重品、珍しいものだと言う。
 私も現実に古書市などで探しているが中々見つけられず、見つけたとしても古いものはなく、大正時代のもの、明治となると極端に少ない。
 人気の精工舎のカタログ、明治20年代のカタログは極端に少なく、あればあったで値段も高く、その上引っ張りだこの人気、とても手が出ない。
 不思議なもので精工舎以外のカタログはそんなに人気が無いからおかしい、何故人気が無いのか分からないが、明治期の時計史を見る上では貴重だ。

 この吉沼時計のカタログは当時の情況を知る上SANY1955.JPGでも貴重なもの、これを手に入れた時も値段の高さにビックリしたが、中身を見て買う気になり、買い込んだものだ。
 当時の状況が分かって良いもの、特に店内を写した写真は特に貴重なもので、現存していない時計が写っているものもあるのだから。
 その上当時と現在現存している時計の比較ができ、どれがオリジナルのものなのか、ハッキリする事にもなるから、やはり当時のカタログは貴重品である。
 時計だけではなく、今ではアンティークとして扱われている品々も写真に写り込んでおり、それらを見るのも楽しいものだ。
 明治時代のカタログはやはり時計史を見る上で、色々な事が立証できることもあり、数多く集めたいが如何せん値段が高い。

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2020年07月27日

変わったもの

   探し求めて
 時計愛好家なら誰しも人とは変わった古時計を持ちたいと思う心は同じ、そんな友人が我が家を訪れ、何処かに良い古時計はないのかと相談にやって来た。SANY4461.JPG
 この友人古時計の事はそんなに詳しくはないが、古時計が好きに違いはなく、せっせと古時計を探し求めている人物である。
 彼も又私と同じで足で稼ぐタイプの愛好家、兎に角根気が良く、足で稼いで今まで古時計を多く手に入れて来た人物である事は確か。
 根気の良さは天下一品、朝から晩まで歩通して古時計を探すタイプ、古い時計屋を見つけては古時計を探して全国に行くのだと言う。
 それも青春切符を買い込んで普通列車で行くらしく、経費は余りかけずにもっぱら足で稼ぐ、私はとても真似が出来ない位に熱心だ。
 如何してそんなに元気なのか分からないが兎に角足で稼ぐ人、その上根気が良いから同じ店に何度も通い、店の主人を口説き落としては古時計を手に入れている。

 仲間内では変人で通っているが、本人はいたって真面目で変人などとは夢にも思っていないが、人から見ればやっぱり変人だと思う、しかし見つけて来るものは面白いものばかり、その上ビックリする位に安く手に入れて来るから驚き、とても我々では真似できない。
 根気の良さと、押しの強さは人一倍、だと言って相手を怒らせるような真似はしないし、仲良くなるのもお手のもの、相手に嫌われないから不思議である。
 その彼が今日持参した古時計が変わったもの、花弁の形をした古時計で面白いもの、この古時計なら私も欲しいものだが、ビックリするほど安く手に入れたと、その自慢話を聞かされ、何が相談なのかと思いつつ、この男は如何してこんなに運が良いのかと、心の中で叫んでみた。
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2020年07月17日

変形型

   生産理由SANY1106.JPG
 古時計愛好家が好んで蒐集する古時計に変形型の時計があるが、この時計何故製造されたものなのか、原因究明を試みる。
 市場に出回っている数々の変形型の古時計、翌々調べてみると面白い事実が浮かび上がって来る事に、それは生まれるべきして生まれた事。
 スタンダードの時計は各社製造しており、定番の八角型が一番多く製造されているが、逆な意味で変形型はある法則がある事に気付く。
 それは名古屋地域に偏っていると言う事、市場にある変形型の古時計の製造地を調べてみると、名古屋地域で製造されたものが多く存在している事。
 つまり名古屋地域が変形時計の生産地であると言う事の裏付け、現存している古時計を調べれば調べるほど名古屋製に行きつく事になる。
 確かに他の地域でも変形型は存在しているが、その大半が名古屋製である事に、当然の事行きつく、これが事実であると言う事、ではなぜ名古屋地域が変形型の時計を製造したかと言う事、そこには当時の情況が深くかかわって来る事になり、生い立ちが見えて来る。
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 名古屋地域は時計製造の激戦区、西洋時計は日本全国で製造されたが、製造数から見ても名古屋地域の製造数は群を抜いた製造数を誇っている。
 又時計製造工場の多さも全国一、やはり名古屋地域は時計製造の激戦区である事、だからこそ生き残りを図らなければならない理由が存在した。
 名古屋地域では企業間の競争が激化していた当時、大手製造会社を相手に中小の時計製造会社は立ち向かわなければならず、結果として少量の生産で大手に打ち勝つには、大手が造らない変形型の時計を製造して対抗するしか無かったからと言われている。
 小回りの利く中小の製造会社は自社の独自性を機発揮して変形時計を造り出したと言えるのではないか、激戦区ならではの市場から生まれた現実がそこにあったからだが、生まれるべきして生まれた変形型時計、激戦区の象徴として製造された裏事情を物語るものだと思う。
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2020年07月06日

自分の記事

   今見れば
 自分の書いた文章を見る事は冷や汗もの、特に過去SANY5954.JPGの記事は当時の実力がもろに出ている為、恥ずかしい気持ちになるものだ。
 文章とは恐ろしいもので、間違って書いた記事は取り返しが利かないから、それを読むのもためらいがあり、後悔する事になる。
 記事は一旦出してしまえばもう取り返すことは出来ず、それが誤りの文章だと尚更の事、見るたびに後悔しかないもの。
 何であの時良く校正しなかったのかと思うが、当時は勿論必死で校正を行っていたがそれでも間違いが多くあり、今に至っている。
 だからこそ恥ずかしく、当時の自分の力量が透けて見え、我ながら残念な思いになるもの、ある人に言わせればそれで良いのだと言う。
 何度となく失敗をしなければ気付く事もなく、恥をかかないと良い文章は書けないとまでいう、確かに恥はかいた方が上達はする。

 然し決定的な間違いは許されないもので、今この点を質問されると嫌な気分になるが、それが現実で変えれない事なのだ。
 文章は非常なもので、間違って掲載してしまえは取り返しが利かず、非難だけ浴びる事になっても甘んじて受けるしか方法はない。
 文章とは一字一句間違えただけでも意味が違う事に、自分の意図と反した意味にもなるので、慎重に表現しなくてはならないが、しかし気を付けていても、そこが素人の書く文章はゆとりが無いので深く追求できず、浅い表現となってしまい、失敗の原因ともなる。
 今でも書き上げたものを何度も読み返してから校正に入るが、それでも間違いがあるので、何時になったら真面に書けるのか自問自答する始末。
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2020年06月15日

動きが違う

SANY2896.JPG   振り子の動き
 古時計の振り子、時を図る時計、動力はゼンマイとしているが、振り子が無いと役目を果たさないもの、普通の振り子は左右に振れるのが当たり前。
 時計は動力を必要とするが、振り子が無ければ一定の周期で動く事が出来ない仕組みとなっている。
 振り子の役目は時計を進めるための重要な動きをする部品、単なる動く部品ではないものだ。
 時計が速く動いたり、遅く動いたりするのを調整する部品でもあることはみんな知っている事。
 その振り子の動きは左右に振れるものだと信じている人も多いが、実は振り子の動きは左右に触れるだけではなく、上下にも、そして前後にも揺れる振り子が存在している事だ。SANY9392.JPG

 一般の振り子は左右に揺れて時間を刻むもの、機械の仕組みがそのように設計されているからだ、しかし別の動きをさせたいと思う人も居て、前後に動かしたり、上下に動かしたりと通常とは違った動きを造り出したいと思っている人も居る。
 彼らは通常の機械に改造した部品を付けあえて上下に振り子を動かしたり、前後に動かしたりと変形の動きを造り出した、これも自由競争に打ち勝つために造り出された機構と言えよう。
 他の時計製造会社とは違ったもので付加価値を高めるための試行、他との差別化を表したものと言えるのではないだろうか、上の写真は上下に動き、下の写真の振り子は前後に揺れるもの。
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2020年02月09日

呼び方が分からない

    本四つと張四つ
DSCN1459.JPG 古時計の代表格、四つ丸達磨時計、この時計は当初から人気の時計で、現在でも人気の高い時計である。
 日本人に親しまれたこの形の時計、アメリカでは「8の字とかイオニック」と呼ばれている時計、日本では「四つ丸達磨時計」と呼ばれている。
 発売当初からこの時計は人気が高かったようで、八角型の時計と比べて値段も少し高め、しかし当時から人気があったようだ。
 日本人には馴染み易い形であったかも知れないもの、西洋時計の中、色々な形の時計が存在していた。
 当時でも日本人に好まれる時計と、そうでない時計とに分かれており、余りバター臭さのある時計は好まれなかったと言う、日本の家屋に合う、合わないもさることながら、やはり日本人好みの時計はあったようで、現在でも其れは余り変わっていないと思う。
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 現代の日本の家屋は西洋化されているが、それでも日本人に向かない時計は存在しており、奇抜な飾りの時計は好まれない。
 今も昔も日本人の感覚は余り差が無い様で、好まれる形は存在していると思うが、好き好きに変わりのないもの、この達磨時計は日本人にも好まれた形の時計であり、現在もやはり好まれて求める人が多いようである。
 最近は若い女性の間で、姫達磨の古時計が人気となっているが、ヤッパリ達磨型の時計、日本人好みかと思う。
 その達磨時計で、本四つ達磨時計と張四つ達磨時計と何処が違うのかと、そして何故呼び名が違うものなのかと。
 DSCN1461.JPGそんな素朴な質問が寄せられており、改めて四つ丸達磨の人気が再認識されたと思うが、贔屓目なのかも知れない。
 この時計の呼び名は当時のカタログには色々な書き方がされており、各社統一されてはいないと思う。
 同じように見えてしまう本四つ達磨と張四つ達磨、確かに外形は良く似た形をしているが、それは正面から見た場合。
 同じ大小の丸が付いているから、一見すれば同じと勘違いするが、時計の知らない人でも、側面から見るとハッキリと違いが分かる。

 本四つ達磨は側面から見ると、中央にある二つの小さな飾り、この取り付け方が違う事に気が付くと思う。
DSCN1463.JPG 小さな飾りの支柱が後ろまで続いているので、一本の柱のように見えるはず、しかし張四つ達磨は名前の通り、支柱は無く後ろまで続いていない。
 つまり張四つ達磨の中央の小さな丸は、文字通り表から張り付けてあるだけで、支柱も無く後ろまで続いていないものだ。
 簡単に見分けるには、側面から見て支柱が後ろまで続いているものは本四つ達磨、支柱が無く表しか飾りがないものを張四つ達磨と認識できる。
 呼び名とはよく考えられているものと思うが、この時計に限って言えば、名は体を表すとはこの事かと思う。
 本四つと張四つ、呼び名の通りの形をしているもの、側面から見ると明らかな違いが、それが見分けるコツでもある。
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2019年12月08日

水滴のいろいろ

    カラフ

 SANY5968.JPG明治期に製造された尾張瀬戸の水滴、文明開化の象徴西洋時計を模写、今までに無い水滴を作り出した瀬戸、時代の最先端を行く。
 この水滴は古来より製造されてきたもの、様々な種類のものが製造され、使われてきたが素材もまた色々なもので製造されても来た。
 大きなものではないが、必需品として何時の時代でも使われ、又親しまれてきたものの時代時代の流行もあり、世相を反映した物とも言える。
 元々瀬戸の水滴は歴史が古く、鎌倉以前に遡り、猿投窯で焼かれていた様、中国より渡来の文化、中国で盛んに使われてきたものを輸入され日本に渡来。
 もっとも中国のものは当時高級品、日本で製造されるようになり、一般にも普及してゆく事となるが、其れも庶民の間ではない。
 この水滴が庶民の間でも使われるようになったのは江戸時代、この頃より盛に色々な種類の水滴が製造されたが、ヤッパリ流行があったようだ。

 今回の水滴、明治期に盛に製造された時計の形をして物、主SANY5979.JPGに瀬戸と伊万里が盛に製造したものだが、瀬戸の水滴はカラフルなものも製造した。
 明治期に製造された水滴は文明開化の流行もあり、派手なものが多く、他の産地のものも赤や緑を使ったものが流行り、形も色々だ。
 主流は磁器で製造されたもの、江戸時代までは陶器の物も多く製造されたが、明治期は磁器が幅を利かせ、カラフルになって行く。
 写真の水滴、カラフルな色が使われている事が分かるだろうか、緑、あか、黒、青、茶色、金色と多くの色が使用されている水滴。
 本来の時計は木製であり、いろとしては茶色が普通であるところ、実際のものとはかけ離れた色合いのものが製造された。
 これは新時代の西洋時計をデザインした際に、当時の職人たちの遊び心とも言うべきか、様々の色合いのものをデザインした。
 これは江戸時代にはなかった水滴の色、新しい時代に相応しい水滴を作り出し、当時の職人の腕を見せつけた水滴と言えよう。
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2019年10月05日

蛇の目

    傘とは違うもの
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 ある会員さんから、「戸田さん教えて欲しい事があります」と言って来たが、その会員さん最近入ったばかりの人だ。
 この会員さんは時の記念日展に来場し、突然古時計に目覚めたと言い、古時計を集める事にしたらしいのだ。
 話の内容は古時計に目覚めて、あるアンティークショップに出かけたらしいのだが、その時の事であると言う、彼はまだ若くて20代後半、古時計保存協会の時計展で見た時計に引かれてしまい、古時計を調べらしたらしい。
 そして古時計を買おうと決めたが、よく考えて見ると自分の部屋に掛ける処が無いのに気づき、どうしたら良いか思案したと言う。
 今のアパートは釘を打つところが無い造り、勿論フックを使用しても良いが、重量のある古時計は危険だと感じたらしい。
 そんな時、雑誌に懐中時計が載っていたと言い、それを見ているうちに場所もDSCN1332.JPGとらないから、これだと思い付いたと言う、本当は展示場で見た古時計が欲しいが、壁に掛けられないので諦めたと言うが、その気持ちも分かるような気がする。
 彼曰く、「アンティークショップに行く前に、懐中時計は一通り調べてみた」と言う、調べずに店に行っても恥ずかしいから。
 それで一応知識を頭に入れてアンティークショップへ行き、懐中時計を見ていたら、店員さんに何を探しているのかと聞かれた。
 彼は懐中時計を探していると言うと、「今は懐中時計は人気が無いから、店にはおいてないが、一つだけある」と言って奥に入ったらしい。
 しかし、直ぐに出て来て「何処かに入り込んでしまったので、もし良ければまた来てください」と言い、品物は「蛇の目の懐中時計」だと言われた。

 その日は家に帰って来て、店員さんが言っていた蛇の目の懐中時計とは何だろうと、気になったので私のもとに聞いて来たらしく、若い人が懐中時計に興味を示すとは、私としては非常に良い事と思うし、古時計の魅力をモット知って欲しいとも思う。
 彼の言う「蛇の目の懐中時計」とは、懐中時計のガラスカバーの真ん中に丸い穴が開いているものを指す。
 懐中時計はガラスを保護するカバーが掛かっているから蓋を開けなければ時間が見えない、その為に蓋を開けなくても時間が分かるように中央に穴が開けてあるもの。DSCN1334.JPG
 その形が丁度傘に描かれている「蛇の目模様」と同じようだと言う事から、通称「蛇の目」と称せられるようになった。
 当時の懐中時計はガラスの保護の為にカバーが付いているものが殆どであったが、蛇の目スタイルが出現してふたを開けずに時間を見えると人気になったと言う。
 一説には狩り行く時に便利であったからとも言われているが、やはり便利であった事が人気であったと思われる。
 質問して来た彼は実際にその懐中時計を見て、やはり現物を見ないと実感が分からず、百文は一見に如かずの諺通りだと思った由。
 知らない事は自分の目で確かめるのが一番の早道と、悟ったようで、その後も何回となく質問をして来るのだ。
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2019年09月30日

尾張鍔(時計)

    時計型刀の鍔
 SANY8861_1.JPG時計型鍔とは、尾張で製造された刀の鍔、この尾張鍔は室町後期が始まりとされ、主に名古屋近郊で製造された鍔をさす、戦国から江戸初期までに製造され、その特徴は透かしを施した鍔、3大鍔のひとつとされ京鍔、赤坂鍔、尾張鍔があり、特に尾張鍔は実戦向きの鍔である。
 洗練された京鍔に対し、尾張鍔は武骨とか実戦向きとか言われ、頑丈な鍔とて定評のある鍔、骨太の鉄、黒味がかかった地色。
 作風は鉄地、真丸形、角耳小肉、地透かし、小透かしと素朴なものが主流、尾張鍔は鍛えあげられた鉄が持ち味、縁取りも太く透かしがシンプル。
 この尾張の鍔は美濃の刀鍛治の連携により、室町時代、戦国時代、江戸初期まで戦う武士たちによって支持されて来たが、江戸時代に入り徐々にその作風が変る。
 戦乱の世から太平の世になると、実戦向きの質実剛健的なものよりも、装飾的なものが好まれるようになり、尾張鍔SANY8871_1.JPGも各地の鍔との融合が行われるようになる。

 そんな江戸時代に入って尾張鍔も時代の流れに沿ってものを造り出すが、本質的な形は変化しなくて、骨太の中に優しい線が見られるようになる。
 武士達も装飾性のあるものを好むようになり、当然流行のものが世に出回ることに、時計鍔と称せられるものもその1つ、今までの尾張鍔とは少し違うもの。
 和時計の歯車を模して造られたと言われているが、時計師が作ったようには思えず、その流れをくSANY8857_1.JPGむ鍔鍛治によって造られたものか。
 和時計の歯車を連想させる形の鍔、写真で見ると歯車のように見えるが、実際の歯車とは別物、時計師が作ったとは考えにくい。
 この鍔は江戸時代に入ってからの図鑑にも記載され、時計鍔として紹介されている事から、この時代から流行し始めたものだろう。
 図鑑の鍔、写真のものと少し違うものとなっているが、デザインも鍛治師によって様々であるのと、好みによって注文されたものだから、違って当然かもしれない。
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2019年09月16日

何処まで小型に

   小さくなる
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 古時計の中で小型の時計が人気なわけはどこに、以前から小型の掛時計は人気が高かったが、その人気に連れて値段も高くなってしまった。
 何時もの事だが多くの人たちが小型の時計を求めれば、当然数が少ないから値段が急騰することは必定である。
 物がないと分かると猶更欲しいと思うのも人情、その為に少しくらい高くても仕方がないと買い込む事になるのだ。
 これが負の連鎖であり、猶更拍車がかかってしまうことに、最高に高かったのはバブル以後のこと、今の値段の3倍はしていた。
 信じられないだろうが事実、それでも買い手がつくから、売る方としても笑いが止まらない、しかしこんな事は何時までも続くことはなく、自然消滅的に薄れていった。
 その原因は余りにも高値であることにあり、中国物がそれに目をつけて市場にコピーを輩出したので、これが引き金となる。

 コピーが出回ることにより、小型の時計は一気に人気がなくなり、値段が急落しSANY4646.JPGたのだが、これも欲しいと言う愛好家の性かもしれない。
 そこに付け込まれた人達はコピーを買い求めてしまい、失敗に気付くとともに、小型の時計に嫌気がさして、人気が薄れたのだ。
 今にして思えば何でそんな事になってしまったのかと、不思議に思う人も、しかし其処には愛好家の心理が働いたのであり、之はどうしようもない事。
 当然私も巻き込まれた一人、欲しいと言う心理は止められるものではなく、連鎖反応として行動してしまう。
 何時の時代も同じような繰り返しかもしれないのだが、この現象は一度だけではなく、波のように繰り返されるのである。

 そして一時底値の状態であった小型の掛け時計、最近また上昇傾向SANY4223.JPGにあり、新たな人気がぶり返してとも言われている。
 何故ならば中国製のコピーも、よりよく改造されて本物に近づいたのだが、目の肥えた愛好家もまた進歩したのだと思う。
 偽物を見抜く力をつけた人たちは、また小型の時計が欲しくなり、それよりも尚小型のものを探し始めたのだ。
 愛好家の無い物ねだりの始まりでもあり、それが再熱仕掛けていることは確か、最近はそれを探している人も多い。
 しかし時代に繰り返すというが、20年周期再熱化してきたよう、これからどんな動きをするのか興味のある所。
 もちろん本物の小型の時計は数は少ない事に変わりなく、当然上昇傾向になることは必定と思う、やはり今が買い得かもしれないが果たしてそれが正解かは、後になってみなければ分からず、これも人の心理のナセル仕業なのだと思う。
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2019年07月10日

金時計

    高嶺の花

SANY2874.JPG
 明治時代の紳士の憧れと言えば金時計、ステータスシンボルとして1番、背広のポケットからチラリと見える金時計、男の憧れでもあったもの。
 西洋時計の中一番人気、懐中時計の中でもやっぱり金時計、当時懐中時計を持つのも大変な事、大枚をはたいて買わなければイケない。
 西洋時計でも柱時計は懐中時計と比べれば月とスッポン位の違い、柱時計でも高いのに金時計となると、それは財産でもあるのだ。
 そんな時代の金時計、そんなに簡単に手に入る代物ではなく、一部の特権階級のもの、一般庶民の持てるものではなかった。
 それ故に憧れていたのは当たり前、何時かは自分も持ちたいと願ってはいたが、持てる見込みの無い時計でもあったのが金時計。
 SANY2881.JPGこの頃の懐中時計、スイス製やアメリカ製のものが多く入ってきたが、普通の金時計の値段はどれ位していたのか、そんな疑問を持って調べてみた。

 明治34年の吉沼商店のカタログを見ると、金時計が真っ先に載せてあり、ちなみに1番安い金時計で十八型のものが、安いもので百円、高い物で四百五十円。
 これだけでは比較にならないから、当時の柱時計が幾らしていたか、八角の10インチで3円五拾銭から、この時の普通のサラリーマンの給料が七円位であった由。
 そんな時代に安いものでも百円もする金時計、如何に高い代物であったか、1年分の給料でも買えない値段、ただ憧れるだけの時計であることが分かる。
 安い金時計でも1年半の給料分、ましてや四百五十円とはべら棒の値段、憧れを通り越して、夢見たいの代物であることに違いない。
 SANY2897.JPG写真はアメリカ製、ウォルサム社十八型の金時計、程度の良い物であり、機械もそんなに使っていない物だ、写真では錆びているように見えるが錆ではない。
 文字盤にニュウなどの障害は無く、綺麗な状態のもの、ガラスにも傷はないものだから尚更見栄えがする時計、今でも当時の輝きを保っている。
 この金時計を胸元から出して時間を見る姿は、まさに金持ちといった風情、当時の男供が憧れていたのが分かる、そんな風情がある時計。
 この手の金時計は案外多く残っているようで、今でも探せば手に入るが、当時の値段と思えば、今の値段はさほど高くは無い、明治時代の男共が憧れていた時計、高嶺の花であった時計が、今では簡単に手に入るとは、時代も変わったものだと思うが。
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2019年05月26日

少し変

    はやりであるが

 SANY2920.JPG文明開化、明治期近代化を進める新政府の副産物として生まれたのが、これらのはやり物、数多く製造され近代化の先兵として日本に上陸した西洋時計、庶民の間では外国の新しいものとして持て囃され、憧れの物となった。
この時代、時計は西洋の憧れ、庶民には今までに無いもの、その上学校では子供たちが時計の勉強をしているから尚更の事、大人よりも子供が先に近代化に貢献、時間管理に逸早く慣れて行く事に、学校では時計を中心とした教育を実習。
 大人たちは当然その事にも気が付いており、子供に負けないとして時計に関心を寄せ、それが又西洋時計の流行となる事になる。
 以前、東京オリンピックの時、テレビが爆発的な売り上げを見せた時代、我も我もとテレビを買い込んだ明治期はそれ以上の盛り上がりであった事は確か、西洋への憧れも相まっての流行であったからで、そのはやりは本物であった。
 何時の時代も同じであるが、其れを商売に結び付け、色々なものが発売されて、庶民の間で流行って行く事になる。

 勿論その中に時計も含まれ、時計の形をした色々なものが世の中に、その一つが水滴、習字の道具として使われるもの、今みたいに墨汁は無く、自分で墨をすり習字を習ったもの、その必需品が水滴、だから子供たちには必要な道具。
SANY1993.JPG それに目を付けたのが製造業者であり、逸早く時計の形をした水滴が発売され、子供たちに人気を博した事は言うまでもない事。
 現存している時計の形をした水滴を観察すると、非常に面白い事が分かって来るもの、何処か変ん、気にしなくて見て居ると気が付かないが、ジックリと観察すると、間違っている事に気が付き、何でこうなるのかと思う事に。
 それは文字盤に書かれている数字、時計の中枢部分、これが間違っている事に気が付き、時計を知らないのかと思ってしまうが、まさか時計を知らずに、この水滴を造ってしまったのかと、それは無いとは言えず、そんな事を思ってしまう。
さて時計の形をした水滴、これを見て何処が違うものなのか、自分の目で確かめて下さい。簡単に分かる事だが、先入観が邪魔をして、気が付かないかも知れないから、自然に文字盤を見る事、ヤッパリ何処か変であると思う人、ジックリと観察して見つけ出してください、簡単なんだけどね。
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2018年12月27日

部品調達

      何処で探すか
SANY8230.JPG
 古時計愛好家にとって頭の痛いものは部品、オリジナルの時計についていた部品、これが欠損していたり、失われていたりすると、如何しても手に入れたい物だ。
 時計の部品と言っても種類は多く、機械部品から装飾部品まで色々あり、一概に部品と言うだけでは済まされないもの、兎に角古い部品はない。
 どちらかと言えば機械部品の方がまだまし、装飾部品となるとこれがやっかいな事になり、同じ部品を探すのには四苦八苦することが殆ど。
 装飾品は時計によって違うものであり、同じ物を探すとなるとやっかいな事になり、その部品だけ買うことは殆ど不可能、本体も含めて買わなければ手に入らないのだ。
 その部品が果たして同じものなのかも分からず、本体も買い込んだか、同じだと思っていたものが違ったりする事もよくあり、形は同じでも大きさが違う場合も良くある事で、これもやっかいな事だ。
 手に入れたは良いが違ったりする場合はどうしようもないものになったしまい、使い物にならない事も、あえて使うえば愛好家から指摘を受けたりする事になる。
 折角買い込んで時計に付けたは良いが、少しばかり違っていた為に逆に指摘を受けてしまい、付けなければ良かったと悔やむ事もある。SANY8249.JPGSANY8236.JPG

 1つの部品のために時計本体も買い込んで、結果は違った部品である事に、写真で見たときには同じものに見え、これなら使えると買い込んだ。
 写真と実物、確かに自分では欲しいと思う気持が先にたち、これは同じものだと思ってしまう、しかし実物を手にした後、時計に付けて見ると少し違う事に。
 この様な事は良くある事で、私も良く壊れた時計を買い込むことが、それは部品取りとして買い込むもの、何時かこの部品が必要となる事もあると信じて。
 SANY8252.JPG今までに買い込んだこのような壊れた時計、目的の部品だけ取り後は廃棄、、多くの部品をこのようなかたちで手に入れるのだ。
 やっぱり装飾品は多く持っていないと、何時居るか分からないもの、友人等は良くこの事を知っており、私の下にこんな部品は無いのかと問い合わせてくる。
 業者の人も同じ様に部品を持っていないかと問い合わせも多くあるが、これも1つの情報交換の場となるので、大事にしたいと持っている。
 お互いにイザと言う時のために溜めておき、その時に役立つ、このように装飾品は何時いるのか分からないものだが無くては困るものでもある。



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2018年11月22日

買出し屋

      裏方さん
SANY9730.JPG

 骨董業界は分業制と言ってよい、骨董店を開いている人、骨董市場を開いている人、骨董を買い出して来る人とその道に分かれている。
 どんな業界でも分業制はあるが、骨董業界もその1つ、色々な分業によった成り立っているので、その仕組みもまた面白いものだ。
 我々が目にしている骨董品、直接売り手から買い手に届くのではない事は知っているが、色々なルートを経て我々の手元にやってくるのだ。
 大抵の場合は骨董市場と呼ばれる競り市が存在し、殆どの業者はこの競り市で商品を手にするが、それ以外でも持ち込まれるものもある。
 売主が直接業者のもとに売りに来る場合もたまにあり、全部が全部セリ市場で調達する訳でもないが、大体はセリ市場での購入だ。
 この競り市は全国で様々な場所で開催されており、ここに商品を持ち込んで来るのが買出し屋と呼ばれている人々、この人達はありとあらゆるものを扱うのだ。
 買出しとは旧家等の家に行き、古いものを買い求めるのが仕事、蔵や納屋などに眠っている骨董品を買い付けるためにあちらこちらの出向く。
 彼らの情報は競争であり、人よりも先に良いものを求めて探し回る達人、兎に角良く知っているもので、少しの情報でも飛んで行く事が仕事。SANY8590.JPG
 良いものがあるか、それともガラクタなのか、どんなものがあるのか分からない時も、暇を惜しんで買出しに精を出す仕事、兎に角回らないと物が集まらないのだ。

 私の知り合いの買出し屋は全国を回り、ありとあらゆるものを買い出して来るが、その中には珍品と呼ばれるものも、そんな事もたまにはあるものだ。
 何が出るのか分からないのもこの仕事、当たりはずれの多い商売でもあるが、そのスリルがたまらないのだと知り合いは言う、良い物を掘り出したときの喜びが忘れられないとも言うのだ。
 そんな事が好きでこの商売をやっているから、別にガラクタが出た時はあすに期待して落ち込まない事、明日は良いものが出ると信じて回るのだとも言う。
 彼らがいなければ我々が骨董品の時計を買うことは出来無いもので、全国から時計を買い出してくるから、競り市にも骨董品が集まるのだ。
 言ってみれば彼らは、裏方さんと呼ばれる人達、販売業者も彼らがいなければ商品を買う事が出来ないので、買出し屋はやっぱり裏方SANY8569.JPGの存在だ。
 そんな買出し屋から、私は良い時計を幾つも買わせて貰ったもので、非常に時計蒐集には欠かす事の出来ない人たちだと思っているのだ。
 これからも彼らが良い時計を買い出して来てくれるのを期待したいし、まだまだ眠っている時計があると思う、頑張って欲しいものだ。
 大珍品の時計を買い出してきてくれる事を願っているのだが、何時出てくるのか分からないのがこの世界、良いものが出る事を期待したい。

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2018年09月16日

明治のカタログ

      吉沼商店に見る明治
 
 吉沼又右エ門、明治初期早くから時計商として店を起こし、西洋時計製造も行った実業家、彼には色々な逸話も残っている立志上の人物。
 東京日本橋に店を構え、一時期の時計製造者として名を馳せ、吉沼時計、東京時計と会社を興し、商店も2店舗を保有していた経営者でもある。
 彼は明治期の時計商だけでなく、経営者としても先見性を持った人物、西洋時計を早くから仕入れ、時計販売で財をなし、時計製造に進んだ人物。
 この明治時期の人物の辿った典型的経営者といえ、西洋物を商いして成功したが、手を広げすぎて失敗、後に横浜に退くこととなるのだが、全盛期は時計塔を有した建物で人気を博した。
 その吉沼商店の営業便覧から、その時代が見えて来るようだが、西洋文明に憧れた日本が其処にはあり、今の我々とは少し違った舶来志向がある。
 この営業便覧、明治34年のもの、当時のカタログは少なく、中々程度の良いものは残っていないので、史料価値としては高いものである。

 吉沼商店はこの時期既に西洋時計製造から離れつつあり、時計商と言うよりも貿易商と言った方が良いかも知れないが、呼び名は兎も角、その中身を見ると面白い事に。
 今の我々の感覚であれば西洋時計と言えばボンボン時計と思ってしまうが、カタログの最初に出て来るのは懐中時計、それも金時計が1番最初に出てくる。
 これは当時掛時計よりも懐中時計の方が人気があった事を伺わせているもので、如何に当時の人が懐中時計に憧れていたかが分かるものだ。
 店の内を見ると掛時計で一杯の様子だが、これはデスプレイ用か、それとも客引きの為の時計か、色々な掛時計が掛けてある様子が見える。

 吉沼商店自身の製造した時計も当然あるわけで、それが中心であると思っていたが、意外や意外、それよりも懐中時計が中心のカタログ。
 そして懐中時計だけでなく西洋物のカタログが満載、メガメであったり望遠鏡であったり、幻灯機であったりと、種類の多さに驚くのだ。
 まさに貿易商と言ってよいもの、カタログがそれを物語っており、中には英語で説明文がかかれた場所もあり、日本にだけでなく輸出もしていたようである。
 当時のカタログに英語が書かれているのも、如何にも明治と思わせるものでもあるが、実際はどうであったのか、その他にも美術品のページもあり、今の百貨店。
 当時の日本人が憧れていて物が、このカタログで全部揃うのではなかろうかと思わせ、吉沼又右エ門が手広く商売をしていた証しだと思う。
 カタログ1つで明治当時の時代が見えて来るのも、非常に面白いこと、思っていた以上に明治時代は西洋化が進んでいたようだ。
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2018年09月11日

好きな田中コレクション

    何処の時計か DSCN1160.JPG
 田中コレクション、精工舎の古時計が中心のコレクション、精工舎の古時計は自慢するだけの事はあり充実している。
 確かに数も多いが種類も色々とあり、精工舎好きの人にとっては堪らないコレクション、これだけ集まると面白い。
 何でもそうだけど、数が多いとそれだけで迫力も増す、数が多いと言う事はそれだけ種類も多くなる。
 数の力であるが、それが又励みにもなるもので、もっと充実したいと思ってしまう事に、それもまた力である。
 勿論精工舎の古時計を多く集めたいと思って買い求めたもの、しかし精工舎が無い時には他の古時計も買いたくなる。
 DSCN1161.JPG私もそうだが、田中さんも又同じようで、他社の古時計に手を出してしまうので、知らない古時計が集まって来る。
 意図的に買い込んだものでは無く、何か欲しいとツイツイ思い、結果は別古時計を買い求めてしまうのだと言う。
 そんな事で集まった来た古時計の中には、何処の古時計が分からないものも多い、自分でも知らないで買い込んだものだ。
 精工舎以外は意識して買い込んでない事が逆に面白いもを買っていると思う、それが偶然に良いものを手に入れているが、その田中コレクションの中から、私なりに見つけた古時計を紹介しているが、今回の古時計もその内の一つ。
 DSCN1159.JPGアメリカ製の時計をモデルに製造されたものだが、何処となく日本的な香りがし、そして少し変である。
 この時計ボストンタイプの時計をモデルにしたと思われ、外形は確かに良く似ているが、やっぱり少し変だ。
 ボストンタイプはもう少し長い形のもの、振り子室の扉部分がもっと長くて、ガラス窓も長いもの、しかしこれは非常に短い。
 短いと言うよりも半分ほどしかないもの、何処となくバランスが悪くて、スッキリとしたデザインではないのだ。
 ボストンタイプの時計は長身でバランスが良く、スッキリとしたデザインが特徴の時計、しかしこれは短身だ。
上部の文字盤部分は同じような形であるが、振り子室の部分が小さくてバランスが悪く、途中で切り捨てた感じ。
 デザイン的にも良くないが、何処となく親しみ易さがあり、アンバランスゆえに面白い時計となっている。
 振り子が普通は細長いものが付くが、この時計は変形型の少し凝った振り子、いずれにしても変わった時計で面白い。
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