2016年10月22日

金の草鞋を履く

    ことわざのたとえ


 SANY4376.JPG古時計を探し求めていると色々な事に出くわすが、運の良い時は思わぬ出物の古時計を見つける事もある。
 思いがけない時計を簡単に見つけ出す事もあり、長い間探し求めていたものが見つかる事も、それも運だけなのか。
 確かに古時計は何処にあるものなのか見当もつかない事、各方面に情報提供を要請して探していても見つからない時も多い。
 いくら探し求めても手に入れられない時は焦っても無駄みたい、ジックリと運が向いてくるまで待つしかない。
 不思議なもので縁のない時計は存在すると思うが、人はそれを運と呼び、運が無ければ手に入らないと。
 求める時計はハッキリとしており、姿かたちもよく承知しているが、何せ現物に出くわせない、何でなのかと思う時も多い。
SANY4595.JPG 私の経験上、古時計には相性と言うものが存在していると思う、相性が合わない古時計は手に入らない。
 幾ら追い続けても目の前まで来ていて、するりとすり抜けて行き、自分の手元に入らない、そんな事がままある。
 運と言うものなのか、それとも相性が悪いものなのか、何方にせよ手に入らない事だけは確か、不思議でならないのだが。
 その逆に相性のよい古時計は向こうからやって来るから不思議、探し求めている事は確かだが、偶然にもよって来るから不思議なものだ。
 人に良く言われるものに中條勇次郎製造の時計がそれ、私にはこの時計と相性が良い、今までに三度も出くわしているからだ。
 他の人が血眼になって探していると言うが、何故かしら私のもとにやって来るから、相性なのか、運なのか。SANY4453.JPG
 よく言われるものに「金の草鞋を履いてでも探せ」と、諺ではないがそれ程にしなければ手に入らないと。
 別に年上の女房を探す訳ではないが、貴重なものを探すのにそれと同じような事だと、たとえ話として聞く言葉。
 この時計を探し出すのに遠方にも良く出かけたもの、何でそこまでして探すものなのかと、人から良く聞かれるのだが。
 「金の草鞋を履く」だけの価値のあるものなのかと、単なる普通の古時計に、そこまでする必要があるのかとも。
 価値観の違いはあるものの、古時計愛好家なら1台は手に入れたい時計があると思う、それが究極の古時計と思う。
SANY7200.JPG その為にはやはり金の草鞋を履いてでも探す価値のある古時計と思うが、しかし中々見つからないのも現実の世界だと思う。
 簡単に見つからないからこそ、見つけてやりたいと思う人が多いのも、この時計ならではと考えるが、事実なかなか見つからない。
 見つからないと言うよりは、製造数が極端に少ない物は探しても見つけにくく、果たして現存しているのかと思う事になる。
 貴重な古時計であればあるだけ、諺通りに金の草鞋を履いてでも探し求めるのだと、古時計愛好家は思うに違いない。
posted by kodokei at 00:00| Comment(0) | TrackBack(0) | 古時計よもやま話

2016年10月18日

鳩が鳴かない

    なんだか変


DSCN1577.JPG 我が家の古時計達、順番に動かしいるが数が多いために全部を動かすのに時間が掛かり、どれから動かすのかも決めていない。
 手元に近いものから動かすようにしており、必然的に遠いものは遅くなることに、それでも一年には何回かは動き出すことになる。
 現在掛時計だけで260から70台はあり、後は分散しているから、それらも動かす事に、やはり時間が掛かる。
 そんな訳で動かしてみて古時計の調子が分かる事に、掛けてある状態では古時計の調子は分からないから、やはり動かして見ないと。
 動かして見てその時計の状態を知ることになり、故障しているものも発見するが、自然にバネが切れている事もある。
 DSCN1574.JPG古い物であり、当然故障もする事になるが、何もしないでもバネが切れる事も、金属疲労であるのだと思う。
 勿論今までにも動かしていたものもあるが、耐用年数を過ぎているから、バネは自然と切れることになる。
 バネだけではなく色々な部品が老朽化しているもので、扉の開け閉めで丁番が切れてしまう事も良くある事だ。
 特に上下のガラス枠の丁番が壊れやすくなっており、錆びついていたのもを無理して動かしたために壊れてしまう事も。
 真鍮製の丁番は錆には弱いから、もろくなって破損してしまう事も良くある事、古時計は何時故障してもおかしくはないのだ。
 DSCN1576.JPG階段に掛けてある鳩時計を動かす時期に来たので、錘をかけて動かす事に、鳩時計は錘を外しておけば動かない。
 ゼンマイ式でないために錘を掛けなければ動かず、バネが疲労する事もないのだが、錘を常時掛けておかないのだ。
 鳩時計の錘は思っている以上に重いもの、特にドイツ製の鳩時計の錘は重くて、国産のものよりも重いのだ。
 その鳩時計を動かしておいたが嫌に静か、振り子が動く音しか聞こえないので変だとは思っていた。
 すると妻が「この鳩時計鳴かないよ」と言うので、その時おかしいと気付き、調べてみたが分からない。
 DSCN1573.JPG外から見ただけでは分からないから、当然機械をバラしてみないと原因が見つからない。
 鳴かないと言う事はふいごが原因、先ず指針を外して、裏蓋を開け機械を見ることになる。
 鳴かないと言う事はふいごが破れているとしか思えず、ふいごを外して見ると両方のふいごの紙が破れていた。
 ふいごの紙は時間が経てば折り目から裂ける事があり、今回のものも見事に折り目が裂けているのだ。
 鳩時計に一番多い原因の一つ、ふいごの紙は年数が経てば折り目から破れるのが常、鳩時計の宿命でもある。
 破れた個所を和紙で補強するが、ノリが渇くとその部分が固くなり、ふいごが上手く動かなくなることも、これも頭の痛い問題でもある。
ふいごの紙が破れるのは仕方がない、しかし修理するのにも神経を使うことになり、それが古時計でもあるのだと。



posted by kodokei at 00:00| Comment(0) | TrackBack(0) | 古時計よもやま話

2016年10月17日

アメリカ製の時計

    どの会社が古いの



 
 DSCN0942.JPGアメリカ製のボンボン時計が日本に輸入されて140年チョットになるが、それ以前にも入って来ているかも知れない。
 ある本には幕末にすでにボンボン時計が長崎から入っていると、そんな記述もあるにはあるが、事実は不明である。
 勿論可能性としてはあるが記録としては無いので何とも言えない、しかし無いとは言えないのも現実か。
 そんな事を思いながら今まで古時計を探し求めて来たが、ある段階から疑問が湧いて来て、アメリカの時計は何処の会社が一番古いのかと。
 日本に明治期にアメリカから入った来た時計は7社、その中で一番古い時計製造会社は何処だと、それが知りたかった。
 今でもこの質問は一番よく聞く事、大概の古時計愛好家から聞かれる事、その都度答えているものだが、その生い立ちはあまり知られていないDSCN0945.JPG
 もともとアメリカの時計製造会社はヨーロッパの時計をモデルとしているから、時計産業としては当時は後発であった。
 ヨーロッパでは人件費が高騰して、製造コストが高くなり出してのでアメリカで製造し始めたと言うのだ。
 とくにイギリスからの独立をして、時計製造会社をアメリカで立ち上げたのだと言われおり、本国のイギリスよりも安価な時計を製造したと言われる。
 それがアメリカ製のボンボン時計だと、そして本国イギリスに低価格で輸出されて行く事になったと言うのだ。
 これと良く似たのがドイツとスイス、勿論ヨーロッパ全体の動きでもあるが、同じよな事が起こっているのだ。
 ドイツも同じように人件費の高騰により隣のスイスに製造拠点を移す動きおするが、掛時計ではなく置時計や小型の高級時計。SANY7281.JPG
 特に懐中時計や腕時計が中心のようであったと言う、アメリカのボンボン時計とは少し形態は違っていても、結果は同じで人件費の安い所に拠点を移す。
 この様な時代背景がアメリカ製のボンボン時計であり、それらのきゃう式の時計が明治維新後、日本に大量に入って来た。
 ちょうど其のころに誕生した時計製造会社、それがニューヘブン、ウォーターベリー、そしてウェルチ、これらが誕生している。
 それより以前にアメリカで誕生したのがセストーマス社、この会社が一番古いとされており、1813年創業と言う。
 日本で良く知られているアンソニア社は、これらの時計製造会社よりも遅く誕生している会社である。
 セストーマスが一番古くて、しかも明治維新の時、日本に輸出されたアンソニアは、当時後発であった故に日本向けに力を入れていた。
 その上、後発がゆえに生き残りをかけて時計を製造しており、激戦の中活路を東南アジアに向けた様である。
 アメリカ本土ではセストーマスや他の時計会社と対抗するのには力不足、その為に是が非でもアジア向けを成功させたかったようだ。
 日本ではアンソニアが一番有名になってしまったようだが、それはアメリカ本土での時計製造会社の位置付けが大いに関係しているようだ。





posted by kodokei at 00:00| Comment(0) | TrackBack(0) | 古時計よもやま話

2016年10月16日

ジャンク品

    部品が足りない

 

DSCN1531.JPG 古時計愛好家が探し求めている時計は様々、色々な種類の時計が存在しており、どれを集めるのかは本人次第。
 安くて直ぐに手に入る古時計もあれば、中々手に入らない古時計もあり、それが愛好家にとっては難題でもある。
 簡単に手に入る古時計は物足りないと思う人、簡単に手に入るものを多く集める人、これも本人次第である。
 しかし愛好家は人の持っていない古時計を探したがり、特に珍品の古時計を求めてもいるが、簡単には無いのだ。
 そんなに簡単に手に入るものは珍品とは呼ばれないもの、中々手に入らず苦労して探すところに意味があるとDSCN1527.JPGも。
 確かに簡単に手に入るものであれば探さなくても良い、だから興味が湧いてこないと言うが、私はそうでないと思う。
 簡単に手に入るから、そんな古時計は良くないと思うのは誤解で、別に簡単に手に入っても良いものは良いのだ。
 何処が良いのかと言えば、古時計は時代を生きて来た時計であり、それなりの生い立ちを背負っているものなのだ。
 何処の家庭にも存在して居た古時計も、今となっては時代の証人であり、苦難の道を生き残って来たもの達。
 戦争であったり、地震であったり、火災であったりと色々な災害からも生き延びて来たもの達である。DSCN1529.JPG
 数が多いから良い古時計ではないと思うのは間違いだと思うが、それは考え方次第でもあると思う、良い古時計とは。
 よくジャンク品としてネットに出て来る古時計、つまり完品ではないものを言う、部品が足りなかったり、動かなかったりするもの。
 それは程度の状態にもよるが、簡単に直るもの、部品が足りないが直ぐに手に入るもの、簡単に修理できるもの。
 色々な状態のジャンク品があり、一口にジャンク品と言っても様々な状態のものが存在しているから、それを見極めるのも一つだと思う。
 和時計のような古時計は部品が足りなければ簡単には直らないので、幾ら安くても買い込まない方が良いと思う。
 DSCN1528.JPG現在部品を造る人も少なく、造って貰うにしても非常に値段が高くなってしまうから、直す事も難しいのだ。
 ボンボン時計みたいなものは部品がまだあるから、多少のないものでも修復は可能、時計によっては直るものもあるのだ。
 しかし自分で直せない人はジャンク品を安いからと言って買わない方が良い、後か苦労するだけである。
 自分で修理出来ない人は完動品を買った方が賢明で、ジャンク品には手を出さない事、安い物には危険性をはらんでいるから。


posted by kodokei at 00:00| Comment(0) | TrackBack(0) | 古時計よもやま話

2016年10月09日

人それぞれ

    現状維持が原則

 

 DSCN1509.JPG古時計愛好家にとって時計の状態は非常に気にる事、良いか悪いかによって値段も違うことになる。
 勿論古時計と言うからには時代が経ったものだから、当然時代相応の痛みがあるもので、痛みのないものは少ない。
 時計は毎日使うものだから、必要に応じた傷も付く事に、それが普通で新品状態のものがあるとは思えない。
 それも古い物ほど傷も多くなり、それが又味を出していると思うが、それを嫌う人もまた多いと聞く。
 確かに傷は有り難くないが、その傷でも色々な種類のものがあり、ぶつけて傷が付いたもの、塗料が剥げて付いたもの、時代が経ち部品が外れたものなど色々。DSCN1510.JPG
 そんな傷ついた古時計を修理したいと思うのも人情、確かに大きな傷は直したいと思うが普通である。
 よく見かけるものに金属部分をピカピカに磨いたものがあるが、あれは頂けないものだと思うが。
 さびて来た無くなったから、金属磨きや薬品で錆を取る事も出来、新品状に磨いてしまうのだが。
 外国ではそれが当たり前であり、錆を落とすのが普通とされ、アンティークショップで見かけるものも全部ピカピカ。
 逆に錆が付いているものは敬遠され、買う人も居ない時く、現実にそれを目で確かめて来ているのだが。
 日本では侘び、寂の文化が根付いており、古く時代の付いたものをピカピカにすることをしないのだ。DSCN1513.JPG
 折角時代の付いたものを落してしまうのは価値を落してしまい、元に戻せないのでそれはしてはいけないと。
 古時計の世界でも私はそうだと思っており、手に入れたものは現状維持で保管しているのだ。
 いつも家に持って帰れば家族から汚いから、綺麗にしてから家も入れてと言われているが、埃だけは落す事にしている。
 それを見ていた友人は、「何でお前は汚いままにしているのだ」と言うが、私は其のままで良いと思う。
 友人はそれが嫌で、ピカピカにする性格、何時もそれで揉める事になり、喧々諤々とすることになる。
 DSCN1512.JPGお互いに自分の主張をし合うのだが、個人的な事でそれはそれで良いとは思うが、文化財としてはよろしくは無い。
 例えば四つ丸の金達磨、程度の良いものは殆どと言って無く、剥げてしまったものが多いが、あれを金箔を貼りピカピカにしたら台無しになる。
 誰が見てもそれは良くないと思うが、漆塗りの古時計もそれに匹敵すると私は思っているのだ。
 小型のバイオリンの漆塗り、あれも程度の悪いものも多く、漆を塗りピカピカにしたら台無しになってしまう。
 勿論個人の持ち物だから、好きにすれば良いが、折角時代の付いてものだから、出来るだけ現状維持で置いて欲しいものだ。
posted by kodokei at 00:00| Comment(0) | TrackBack(0) | 古時計よもやま話

2016年10月08日

名古屋と大阪

    大都市どうしなのに



 
 DSCN1505.JPG明治期、西洋時計は全国で製造されたが、主に大都市圏に集中しており、東京、名古屋、京都、大阪と製造していた。
 中でも名古屋と大阪は競い合っていたライバル同士、京都を挟んでお互い製造数を競い合っていたのだある。
 このふたつの都市、大消費地を抱えて時計製造にはうってつけの条件を備えていた土地柄、生産地と消費地が一緒であった事。
 人口集中による市場は他の都市よりも有利であった事は確か、交通の便の良さもそれに拍車をかけていたのだ。
 生産された時計は鉄道によって運ばれて行き、全国に販売網を広げて行ったのも同じ、当然の事ライバルであった。
 勿論東京との競争もあったので、これからが三つ巴の形相で市場を占有しようとしていたもの、特に近かった同士名古屋と大阪。SANY0840.JPG
 その時計製造の形態が少し違っていた事は以前からも説明していたのだが、大阪の時計製造は一貫製造であり、名古屋の時計製造は分業制であった。
 この仕組みがお互いの競争に大いに関係があり、それぞれに特徴を持って造られて行ったが、事情が狭くなるにつれ、海外に輸出することになる。
 当然ここでも市場競争が激化する事に、名古屋の時計と大阪の時計、東南アジア向けの輸出においてもライバルであった。
 特に名古屋と大阪の両者は輸出においても競い合って、市場の開拓を推し進めて行き、覇権を狙ってお互いが競い合う。
 今も昔も同じであるが、輸出には価格が一番重要なポイント、少しでも相手よりも低価格で交渉を有利に進めたい。
 そこで差が出たDSCN0680.JPGと言われるのが名古屋の時計製造コスト、名古屋地域独特の製造方法、分業制時計製造だ。
 コスト削減に大いに役立ったのがこの制度、他社から部品を買い入れて、少しでも自社の製造負担を削減する方法を取る。
 細かな部品は名古屋地域の町工場から買い入れ、それが出来たのも名古屋地域の独特のシステム、何時でも部品の買い入れが自由に出来た事。
 しかもコスト削減に大いに役立った事は明らか、大阪の時計製造会社のコストよりも安く製造できたことだ。
 これにより大量生産とコスト削減が相まって、大阪の時計会社よりも安く輸出が出来るようになったのが名古屋地域であった。
 そしてもう一つが、名古屋地域の製造会社の数、大阪の時計製造会社の数字よりもはるかに多く存在していた。SANY4458.JPG
 大阪が約7社に対して、名古屋は30社を上回る数、ここにも大阪が名古屋と競争で勝てなかった現実がある。
 大阪の時計製造数の倍近くを名古屋地域は製造しており、コスト面での有利さと大量生産に伴う市場の占有である。
 大阪の時計製造会社は数が少ない上に、短期間で製造中止に追い込まれた会社が多く、結果は長続きした時計製造会社が少なかった事が最大の理由。
 製造会社が少なければ製造数は減少するのは当たり前の事、国内市場からも、国外市場からも販売が厳しかったようだ。
 このふたつが明暗を分けた原因である事は明白の事実であり、大阪が時計製造から引き上げる原因となったと思われる。
 隣接の京都も同じような状態で時計製造から撤退している事も、根っこは同じ事ではないかと思われる。
posted by kodokei at 00:00| Comment(0) | TrackBack(0) | 古時計よもやま話

2016年10月06日

オリジナルかどうか

    見て分からない

 

 DSCN1285.JPG友人が連れを伴って家にやって来たが、見て欲しいものがあると言う、友人の知り合いが古時計を手に入れたらしい。
 友人は古時計に関しては全く興味のない男、彼が知り合いを連れて来ると言う事は、私に古時計を見ろと言う事だ。
 何時もの事だが友人たちは自分が古時計に興味はないくせに、やたらと人を連れて来て、古時計を鑑定して欲しいと言って来る。
 彼らは自分は興味のないくせに、人に良い顔をして鑑定しろと連れて来るが、迷惑な話しで何時も注意している。
 自分が知らないなら古時計に関わるなと、それなのにそんな忠告は無視して、知らない人を連れて来るのだ。
 DSCN1286.JPG今日連れて来た人も私は面識のない人、そんな人の鑑定をしろとはむしが良すぎ、それも連絡もなしに訪れて来るとは。
 何でこんな奴らばかりかと、何時もの事思うが、そんな奴らが友人なので仕方がないと、何時も諦めている。
 持って来たのは精工舎の6インチの巻物型、以前は人気の高い古時計であって、直ぐに売れてしまったものだ。
 私も若い頃はこの時計が欲しくて探したものだが、中々程度の良いものは無く、手に入らなかった時計の一つ。
 最近は良くネットでも売りに出されており、以前と比べれば手に入れ易くなったと思うが、其れでも人気はある。
 DSCN1287.JPG今回のこの時計、本人さんはオリジナルだとして買い込んだもの、話を聞けば「前から欲しくてこの時計を探していた」と言う。
 そしてある人が持っていたのを頼み込み譲って貰ったと言う、その時に持ち主から「この時計は人気が高くて特にオリジナルだから」と言われたと言う。
 その上現在でも値段は高くて、中々手に入らない古時計と、だから少し高とよと言われたが、欲しくてそれをのんだと言う。
 余り値段の事を聞けば本人も言いたくないだろうから聞かないが、たぶん高く買い込んだと思われるのだ。
 一見して直ぐにオリジナルでは無いと直感、確かに漆の塗りも良い方であり、外形は悪くはないものだ。DSCN1288.JPG
 しかし時計の下腹部に金の模様が入っている筈がない事と上部の飾りが後が作ってあるもの、完全にオリジナルでは無い。
 文字盤はオリジナルではあるが程度は余り良くは無く、この程度の時計であれば慌てて買う必要が無いと思う。
 ネットでも、これよりは良い程度のものも出て来るから、お願いしてまで高く買う必要が無いと思うが。
 しかし本人が気に入って買ったのであれば、私がとやかく言う事ではなく、それはそれで良いと思うのだ。
 只、オリジナルだから高いと言う事はおかしい、この時計の様に部品のないものを後から付け、其の上金彩の模様が無くなってしまったものを高く売るとは。
 知らない人に売る時にはそんな点は伝えた上で、了解して貰うのであれば良いのだが、オリジナルでないものを譲るとは。


posted by kodokei at 00:00| Comment(0) | TrackBack(0) | 古時計よもやま話

2016年10月03日

古い鍵とは

    古時計の鍵とは


 
 DSCN1502.JPG古時計愛好家から色々な質問が寄せられるが、その中には時計の鍵について知りたといのご意見も多くあるのだ。
 古時計の鍵はどの様なものがあるのか、自分達が知っている鍵とは違うものなのか、是非知りたいとの事である。
 古時計の鍵は色々な物が存在しており、アメリカ製のものは自社の名前やマークが付けられているものもある。
 オリジナルの鍵が付いていると、何だか得した気分になるのだが、そん来はその時計には専用のオリジナルの鍵が付いているのだ。
 勿論アメリカ製の時計に限らず、その他の会社の物もオリジナルの鍵が存在していたので、それが付いているものもある。
 しかしそんな古時計は稀であり、一番失われるものは鍵、殆どの古時計はオリジナルの鍵が付いてはいなくて、共通の鍵で補っている。
 よく目にするトンボの羽みたいな鍵、鍵穴が合いさえすれば何処の鍵でも良く、ゼンマイが巻ければ良いのだと言う事。DSCN1503.JPG
 多くの古時計はそんな状態の鍵が付いているのが普通、逆にオリジナルの鍵が付いていればラッキーであるのだ。
 勿論これは当時西洋時計が普及し、数多くの時計が製造され、当然のごとくゼンマイを巻く鍵も大量に製造された。
 自社専用の鍵を用いる所もあれば、共通の鍵で使用した所もあるので、鍵の需要は共通部品のようであったと思われる。
 各社自前の鍵を作っていた所もあるが、多くは共通の鍵で賄っていたもので、無印の鍵が使用された。
 元々ゼンマイを巻く鍵は一つ一つ手造りされたものであったが、需要が増すことになり、大量生産の鍵にとって代わることになる。
 古い時代の鍵は鉄製の手作り品、アメリカ製の古い時計には偶々この鍵が付いている事があるが、それがラッキーな事である。
 古い鉄製の鍵が付いているものはDSCN1504.JPG少ないから、今となっては其の鍵は貴重なものと言えよう、それがオリジナルかは不明だが。
 少なくとも鉄製の鍵が付いていたら、大事に保管する事をお勧めする、今は数も少なくなってしまったからだ。
 その後の共通の鍵は真鍮製のトンボ型、大抵はこの鍵が付いており、鍵穴の大きささえ合えば、何処の時計でもゼンマイを巻く事が出来る。
 逆に言えば鉄製のオリジナルの鍵は、その時計専用だから、やはり貴重品と言えよう、見分け方は簡単。
 鉄製の鍵でトンボ型では無い形、色々な形のものが存在しているが、良く似たものが普及品であり、特注品の鍵も存在している。
DSCN1532.JPG フランス枕などに使われている鍵は鉄製のものでは無く、真鍮製のもので、独特の形をした両用型のもの。
 つまり大きな穴用と小さな穴用が付いたもの、フランス枕独特の形をしている鍵、掛時計用のものでは無い。
 あたらしい共通鍵でも鉄製のものもあり、全部が真鍮製のものでは無いが、会社によっては鉄製のものを使用していた。
 精工舎もその一つで、鉄製のトンボ型の鍵を使っていたが、種類によっては真鍮製のものと区別されている。
 掛時計用の古い鍵は、透かしの入った鉄製の鍵であり、その後の時計では真鍮製のトンボ型と覚えておくと良い。
posted by kodokei at 00:00| Comment(0) | TrackBack(0) | 古時計よもやま話

2016年09月30日

姫達磨のガラス絵

    固定概念が


SANY0668.JPG 姫達磨と言えば精工舎の時計が有名であるが、この時計だけが姫達磨ではなく、いろいろな時計製造会社から出されている。
 勿論姫達磨と言うからには6インチ文字盤の達磨時計、色々と存在する達磨時計、その中でも精工舎の姫達磨が人気である。
 精工舎の姫達磨は生地達磨と漆塗りの達磨と二つあり、漆塗りの姫達磨は数が少なく、古時計愛好家も中々手に入らない。
 何故姫達磨は人気なのか、確かに可愛らしい事は良く分かるが、小さいだけでは人気にならないと思うが。
 色々存在する姫達磨の中、精工舎だけが人気になって居るのは何故だと、色々考えたがやっぱりわからない。
DSCN0699.JPG 只の精工舎だから人気なのか、原因は何処にあるものなか、よく言われるのは精工舎のものは造りが良いからだと。
 同じ6インチの達磨時計を比べて見ると、精工舎の姫達磨は丁寧に造られており、素材も良いものが使われていると言う。
 果たして本当なのか、気になったから他の姫達磨と比較をしてみたら、別に精工舎の姫達磨だけが素材が良いものとは限らないと思う。
 高野時計の姫達磨も素材の良いものが使われており、精工舎と引けは取らないと思うが、ヤッパリ精工舎は人気になる。
 そんな事で色々な姫達磨を集めてみたが、どれが精工舎のものなのか、区別がつくであろうかと比較する事に。
 写真は姫達磨を色々と比較したもの、どれが精工舎の姫達磨か当てて見て下さい、良く分かった人はヤッパリ精工舎通である。SANY7357.JPG
 勿論皆さん知っての通り、姫達磨は数が少ない事で知られており、其れでも精工舎のものはある方だと思う。
 しかしそれ以外の会社の姫達磨となると、極端に数が少なくなり、古時計愛好家から一目置かれている時計である。
 そんな他社の姫達磨、圧倒的に名古屋地方のものが、時計激戦区の名古屋産の姫達磨、その中でも高野時計ものが一番多いと思う。
 精工舎の次に多く製造されているのは高野時計であり、現存している古時計がそれを物語っていると思う。
 その次は今津時計、ここも良く似た姫達磨を製造販売しているが、高野時計と比べれば数的には少ないと思う。
 愛知時計も姫達磨を製造しているが、愛知時計の姫達磨は少し大きくて、他社の姫達磨と一線をかくしている。SANY5056.JPG
 形は張四つ達磨を小型化してもので、他の会社とは少し違った形式のもの、あえて他とは違うものにしたのが愛知時計だ。
 色々製造された姫達磨、そのガラス絵を並べて見たら、面白い結果となったので、実際に比較したが、どれがどれだか分かるだろうか。
 勿論一番多い精工舎の姫達磨、良く見かけているから直ぐに之と見極められる筈、他のは非常難しい。





posted by kodokei at 00:00| Comment(0) | TrackBack(0) | 古時計よもやま話

2016年09月27日

グランドセイコー

    若かりし頃の友



DSCN1428.JPG 腕時計は高校入学時に父親が買い求めてくれたのがはじめ、初めて自分の腕時計を持つことになったのだ。
 当時は腕時計にはあまり興味は無かったが、通学のためには必需品、バス通学をしていたから時間が重要であった。
 父親は時計に関しては拘りがあったみたいで、当時はそれが分からなかったから、何で華奢な時計を買ってくれたのかと思っていた。
 それはジュベニアと言うメーカの腕時計、非常に薄手のシンプルなものであったので、もっと頑丈なものが欲しかった。
 友達は頑丈なセイコーの時計を嵌めており、自分は太い腕に薄型の華奢な時計をハメ、何時も不釣り合いだと思っていたものだ。
 自分ではジュベニアと言う時計メーカーは全く知らず、それもセイコーの時計よりも高いものとは思ってもいなかった。
 母親にスイスの時計で親父が好きな時計であるから、買い求めたのだ聞かされ、はじめてスイス製だと分かった。
 DSCN1429.JPG当時はセイコーの自動巻きのものが流行っていたので、手巻きの時計等は時代遅れであると信じていたもの。
 流行の腕時計が欲しかったのにと、そんな事を思いながらハメてはいたが、ベルトが直ぐに切れてしまったのだ。
 激しい運動の時にも嵌めていたので、当然ベルトが切れたのだ、何回もベルトが切れるので、そのうちにハメなくなった。
 今思うと折角親父が買ってくれた腕時計を壊してしまい、その上実用的に使うためのものを使わないとは、ケシカラン話だ。
 親父にしてみれば初めての腕時計だからと、奮発して買ったくれたもの、それが当時は分からなかったのだ。
 人と比べて買って貰った物より、友人が持っている時計の方が良かったと、そんな事しか思っていなかった。
 その後、安い精工の頑丈な腕時計をバイトで得た収入で買い込み、満足していた自分がその時はいたのだ。
 DSCN1435.JPG社会人になり、腕時計も良いものが欲しいと思うようになり、グランドセイコーに目を付けたが、当時としてグランドセイコーは高級品。
 一か月の給料では買えず、欲しいには欲しいが中々手が出せずにいたが、やはり欲しいと清水の舞台から飛び降りた気持ちで買い込んだ。
 自分がかってから欲しいと思い続けていた腕時計を手に入れた満足感で、この時計をハメ続けていたものだ。
 当然何の時にも嵌めているために、革のベルトは何回も切れてしまい、その度にベルトを交換していたのだ。
 余り切れるので一時は金属製のベルトに交換しようと思ったが、やはりグランドセイコーは革ベルトであると変な意識があった。
 勿論当時のグランドセイコーも金属製のベルトが存在していたが、私は革ベルトに拘って使用し続けた。
 一つの拘りである事は自分でも分かっており、金属製の方が経済的である事も理解していたが、革ベルトに拘った。
 写真の腕時計、若い時に買い込んだグランドセイコー、当時は中間のクラスと思っていたもので、本当はもっと高い時計が欲しかった。
 自分の収入も顧みないで、しかしその後は腕時計に興味が薄れ、次第に掛時計の移行した行く事になるのだ。
 写真は現在のグランドセイコー、後ろのメタルもとれてしまい、文字盤も剥げが目立っようであるが、若かりし日の思い出の時計でもある。
posted by kodokei at 00:00| Comment(0) | TrackBack(0) | 古時計よもやま話

2016年09月25日

古いのは厚いの

    懐中時計のガラス


 

DSCN1423.JPG 最近始めたばかりの会員さん、若いのに珍しく懐中時計を集めていると言う、古時計の魅力に取りつかれたようだ。
 以前にも紹介したのだが、古時計展の展示会場を訪れて、突然古時計を集めたいと言い出し、どうしたら良いのかと。
 そんな質問をしてきた人だが、その後如何言う訳か懐中時計を集めると言い出したので、何でだと聞いてみた。
 すると本当は掛時計を集めたいが、今いる部屋は釘が打てないと言うので、不思議に思っていたのだが。
 私の家が木造であるのでそんな疑問があったが、マンション住まいの彼には当たり前の事、私が知らないだけの事だ。
 つまり四方がコンクリートであり、壁に穴をあけれないので、重たいものを掛けれないと言DSCN1421.JPGうのだが、その上壁に穴をあける事は禁止されているらしい。
 今の住まい事情は難しいので、私の世代ではピンとこないが、鉄筋造りでは当たり前の事、いまさら珍しくもない。
 そんな事で掛時計を諦めて、懐中時計にしたらしく、今時の若い子であれば腕時計かとも思っていたのだが。
 彼はアンティークショップで懐中時計を見て気に入ったと言う事、それ以来懐中時計にハマりこんだと言う。
 これも珍しい現象であると思っているが、今は懐中時計は人気が薄く、殆どの人が腕時計に走っているのだ。
 それでも彼は懐中時計を選んだ由、目の付け所が良いと思う、彼も少しアドバイスをしてくれと言うのだ。
 詳しく聞けば、店員さんに懐中時計を進められ、一つの懐中時計を見せられたが、その時計が気に入ったらしいのだ。DSCN1419.JPG
 その懐中時計は以前に紹介した蛇の目の懐中時計、銀側のハンティング使用の懐中時計であり、見た目に綺麗だ。
 その懐中時計が気に入り、結果は懐中時計を集めると言うので、こちらも興味があるので話を更に聞いてみた。
 今は一つだけのコレクションであるが、これからジックリと集めたいと言い、懐中時計の勉強をしていると言う。
 ただ彼が言うのには、何処に行っても懐中時計が展示されていないので、何処に行けばあるのかとも言うのだ。
 確かに今は懐中時計は市場にはあまり出ていなくて、人気も無いのであれば安く買えるが、ものが無ければ中々集まらないのだ。
 勿論最近はネットでも売りに出ているが、自分の目で確かめないと、中々か見えないとも言う、確かにその通りである。
 余程信用のある所から買わないと、返品は利かないから、失敗する事もありうるのかと言い、どうしたら良いのかと言うのだ。
 そして肝心の懐中時計のガラスについて、新しいものはガラスが薄くて、古いか途中時計のガラスは厚いのかと聞くのだ。
 何かの本に書いてあったと言うので、一般的には本の通りで、薄いガラス物は新しいものと思って良いが、それは比較対象がどの懐中時計かだ。
 初期物の懐中時計と比べればの話しだが、同じ明治時代の懐中時計となると、少し話が違う事もあるから。
 兎に角現物を見て覚えないと、間違った事を覚えてしまい、はじめが肝心であるから、知識を正確に入れないと。
 そんな訳で私の持っている懐中時計で、現物を見せて説明を、彼は真剣の見ていたので、これから先が楽しみである。
posted by kodokei at 00:00| Comment(0) | TrackBack(0) | 古時計よもやま話

2016年09月02日

本当に使える

    実用的ではない


 DSCN1342.JPG古時計と言っても種類は様々、愛好家はその中から自分に合った古時計を蒐集するのだが、それが又大変だ。
 自分に合った古時計と言うが、欲しい古時計とあった古時計とは違う、何故かと言えば欲しい時計があったとしても手に入らないから。
 古時計とは数があるものでは無く、ましてや皆が欲しいと思っている古時計はあり、人気の高いものは当然取り合いとなるのだ。
 勿論金銭的な事も重大要素だが、それよりも運も大きな要素となっている事は確か、運のない人と、運のある人、それぞれあるのだ。
 いくらお金があったとしても、運のない人は中々それに巡り合わない、手に入れようと思っても入らない事もあるDSCN1343.JPG
 確かに古時計に限らず、縁が無ければ欲しいと思っていても、現実には手に入らない事が多いのだと思う。
 私もその一人で、色々な古時計と出会って来たが、未だに追い続けている古時計があるが、手に入っていないのだ。
 勿論手を尽くして探しているが、それでも中々手に入らないのが現実、手の届く事ろまで来ているのに、するりと手元からすり抜けてしまう。
 そんな事が何回もあり、いまだに実現していないから、縁と言うものの存在は確かにあり、相性が悪いと手に入らない。
 古時計とは中々難しいもの、しかし現実は今でも皆さん頑張って古時計探しに奔走し、欲しい時計を追いかけている。
 DSCN1344.JPGそれが生甲斐でもあると言うが、私も同感であり、今日も欲しい古時計を探し続けている事に、先は長いと思う。
 今までに手に入れてきた古時計、色々な種類の時計があるが、中にはこの時計実際に使用して見たのであろうかと思うものも。
 時計であり、使用する目的で造られたものと思うが、実際に使用していたのかと思わざろう得ない時計もある。
 写真の時計達がそれであるが、中でもこの時計如何して見るものなのかと、首をかしげたくなるもの。
 二つ目のボタン時計と言われているもの、背広のボタン穴に入れて利用する時計だと言われているが、果たして本当か。
 確かに背広の穴に差し込むDSCN1345.JPG様に出来てはいるが、実際に付けて見たが、時間を見る事は殆んど不可能に近いと思う。
 襟元に着けた場合は全くと言って見えず、センターのボタンだと真ん中下に付けないと見えないが、それでは不格好だと思う。
 当時は時計は高級品だから、そんな所には付けないと思うが、それにしても不思議な時計であると思う。
 単なる時計を見せる為のもの、ステータスシンボルとして付けたものなのか、そんな気がする時計でもある。
 その他の時計も、カフスボタンように造られたものや、指輪として造られた時計、勿論玩具の時計だ。
 カフスボタン用のものは実用的な時計であるが、このカフスを付けて時間を見ようと思っても、やはり無理が生じる事は確か。
 やはり装飾としての時計であると思うが、単なる飾りと思えば、それはそれで良いと思うが、果たして真相はどうであろうか。



posted by kodokei at 00:00| Comment(0) | TrackBack(0) | 古時計よもやま話

2016年08月24日

扉がどの様に

    他の扉と違う



DSCN1248.JPG
 古時計には色々な扉が付いており、それぞれに特徴のあるものが、一つ一つ違った扉が存在している。
 外形が同じように見えても、実際に計ってみると違う事が分かり、その時計に合った扉が付くのである。
 一番よく見かける扉は八角型の時計に付くもの、野球のホームベスの形をした扉だ、この形の扉が普通の扉。
 もちろん長方形の扉も存在し、殆どがこの形となっているが、古時計には様々な形が存在しており、それぞれ違うものが付く事に。
 今回の問い合わせの扉はシンボル時計に付く扉、名古屋時計が製造した時計、上部はボストンタイプの形だが、下の部分がドーム型のなっている。
 ボストンタイプの時計は下の振り子室の部分が長方形の形であるが、こDSCN1244.JPGのシンボル時計は半ドーム型の形式。
 扉が閉まった状態では分かり辛い、扉を開けた状態でどの様になっているのか知りたいと、そんな質問である。
 確かにこの時計は展示会場でも質問が多い時計、形が少し違っている事もその原因だが、やはり扉が湾曲しているから。
 昔からこんな形の扉があったのかと、如何してこんなガラスがペコペコしているのかとか、色々と質問がある。
 もちろん振子も変わったものが付いているから人目を惹く、そんな時計だからこそ、この扉開くのかとも言われる。
 確かに形こそ違っているが扉に違いなく、この扉が開かないと振り子が動かせないから、当然開くことになる。
 ただ湾曲しているために、扉の造りがどうなっているのか、知りたい人も多かったので、その都度扉を開けて見せた。
 この扉、普通の扉と同じて左右に支柱があるが、上下には半月形の板が嵌DSCN1245.JPGめ込んであり、普通の扉と違うもの。
 ガラスが湾曲しているので支柱は両脇と上下が同じ物では支えられないから、板で強度を持たせているのだ。
 上部の半月の板は中央部が四角く切り開かれているが、これは振り子が左右に動くために、この部分だけ切り取られている。
 下の板は強度を持たせるためにそのままの形、其れでもガラスが大きいために、まだ強度不足、写真でも華奢なように見える。
 問題は扉の取り付け部分、蝶番で本体をとめるのだが、やはり扉が大きくて、扉を開けた時にはグラグラとする。
 これも設計上の問題と思われ、デザインを優先したために、扉の強度が考慮されていないと思われる。
 それにしても、この扉で良くここまで持ったもの、強度不足で壊れても仕方がない位、デザインだけでは時計は成り立たない。
 DSCN1246.JPG外形だけでは分からない部分、そんなに複雑な仕組みになっておらず、実に簡単な仕組みだが、表から見ると不思議に思えるのだ。
 写真がその扉の部分、ガラスがすごく湾曲してい事が分かるだろうか、当時は斬新であったと思われる時計だ。












posted by kodokei at 00:00| Comment(0) | TrackBack(0) | 古時計よもやま話

2016年08月20日

瀬戸の水滴22

    陶器で出来ている



SANY5979.JPG 明治時代に製造され瀬戸の水滴、殆どが磁器で製造されているが、何故この水滴は陶器で出来ているのかと言う事だ。
 明治時代に色々な形の水滴が製造され、全国に送られて行ったが、やはり圧倒的に磁器で造られたものが多いと思う。
 勿論他の地域で製造された水滴を見ても、磁器で製造されたものが殆ど、それも時代の流れであると思われる。
 陶器から磁器へと色々なものが移行した時代、磁器は丈夫であり、それだけではなく墨などの浸み込みも少ない事から、磁器が使われたのだ。

 時代の要求に産地として答えたようで、やはり丈夫て綺麗な方が良い事に決まっているから、市場が求めたとも言えよう。SANY5990.JPG
 やはり新しいものに飛び付く、人間の心理と文明開化の流れが合体したものと思うが、それだけではないと思われる。
 各産地も文明開化の流れを利用して、磁器の売り込みに力を注いだ事が、その大きな要因であると思う。
 そんな事で磁器の水滴は販路を拡大して行き、市場に多く供給された事が、現在現存している理由ではないのか。

 勿論その他の要因も関わった事は言うまでもないが、陶器から磁器への変換期でもあったようだと思う。
 特に西洋時計をモチーフにした水滴は人気を呼んだようで、数多く製造され当時の学校にも反映されていた。SANY5984.JPG
 子供たちの使う水滴が西洋時計の形をした水滴、当時の最先端を行く流行り物、これを子供たちが見過ごす事はない。
 新しい水滴に飛び付いたとしてもおかしくなく、むしろ其れを目当てに生産者は時計の形の水滴を製造したとも言える。
 明治と言う時代は、何から何まで新しいものが庶民の生活に入り込んだ時代、又庶民もそれを受け入れて居たのだと思う。
 写真の水滴はそんな時代に変換期に製造されたもの、従来の陶器で造られた水滴、カラフルな色眼は確かに文明開化を思わせるもの。

 生産者の中には時代に取り残されたものもおり、新しいものに臆病になり、従来の製法で水滴を造り上げたのだと思われる。SANY5997.JPG
 事実、この様な陶器の水滴の方が現存数が少ない事も、その裏付けではないのだろうかと思う、磁器の水滴に押されて居たのではないだろうか。
 当時どれだけ売れたものなのか、それが現物として残っているものを見れば、明らかに差があり、陶器の水滴は売れなかったと思われる。
 写真は当時従来通りの製法で作られた時計の水滴、多くの貫入と呼ばれるヒビが見られ、陶器特有のもの、磁器との違いが表れているもの。

posted by kodokei at 00:00| Comment(0) | TrackBack(0) | 古時計よもやま話

2016年08月18日

鳩のふいご

    鳩時計の鳴き声

 

DSCN0410.JPG 古時計の種類も色々なものがあり、それぞれに好まれる機種があるが、全般的に好まれるのが鳩時計、この時計は皆好きなようである。
 フクロウ時計、郭公時計等動きのある時計は人気が高くて、その殆どが鳴き声を上げる事、梟時計にしても鳩時計にしても。
 古時計愛好家はこのような動きのある時計を好み、多くの人が一台は所有していると思う、それが鳩時計である。
 鳩時計の特徴は何といっても鳩の鳴く事、扉を開けて鳩が時を告げる、仕掛けはそんなに複雑なものではない。

 カラクリ時計の一種であるが、カラクリと言っても簡単な仕組みの時計、値段もソコソコであり蒐集するのにはうってつけの時計だ。
FSCN0110.JPG 値段も手ごろで数もあり、そんなに難しい時計ではないので、直ぐに手に入れられ、インテリアとしても人気である。
 勿論時計であるから時間も正確に動くが、それよりも求められるのは鳩の動きと声、時を告げる声が喜ばれるのだ。
 鳩時計が嫌いな人は、この声が嫌いだと言う、好き好きであるがやはり鳴き声が嫌いと言う事、そこに違いがあると思う。
 確かにに毎回時を告げるのに鳴き声がうるさいと言う人も居る、これは好き嫌いの判断が違う事にあり、「うるさい」と思うか、「可愛い」と思うかである。
 好き嫌いとは、ほんの少しの事で分かれるものであると思うが、良し悪しは人の判断、とやかく言う事ではないのだ。
FSCN0097.JPG
 その鳩時計の鳴き声、簡単な仕組みのふいごから出るのが声、このふいごは左右二つあり、低音と高音に分かれているのだ。
 あのポッポと言う鳴き声、低音と高音でないと出ない声、実にシンプルであるが、これが意外と難しい仕組みである。
 筒の上にふいごが付き、その下に笛が付くが、ふいごが上下する事により下の笛に空気を送り込む、それにより音が出る仕組みだ。
 非所に簡単に仕組みだが、少し角度が違うと声が出ない事も、簡単がゆえに難しさもあり、そこが鳩の欠点でもある。
 もう一つがふいごの紙が破けて、声が出ない事だが、この紙の張替も面倒な作業、紙に折り方があり、これを上手く折らないと音が出ない。
FSCN0096.JPG これまた簡単な作業であるが、折るのは大変難しく、作法通りにやらないと上手く声を出さいので、これも面倒な事だと思う。
 古い物は木で出来ているが、新しいものはプラスチックで出来ているから、この部品を見れば新しいか、古いかも分かる事になる。
 上は古いふいごで、下は新しいふいご、見た目には同じように見えるが、木製とプラスチックの違いである。





posted by kodokei at 00:00| Comment(0) | TrackBack(0) | 古時計よもやま話

2016年08月06日

大型の時計

    大きなのっぽの古時計

 

 DSCN1171.JPG友人から電話で「大きな置時計の写真を送って欲しい」と言う、現在は家に無く保存協会の事務局に置いてあると伝える。
 すると「早く写真が欲しいから送ってくれ」と言うので、仕方なく事務局に行き写真を撮ることになってしまった。
 この友人、気が短い性格の持ち主で、何でも早くしたい性格、自分の頼み事なのに早くして欲しいと催促めいた言い方。
 何時もの事だから気にしないが、知らない人だと「何で頼む事なのに、催促めいた言い方をするのだ」と気を悪くするかもしれない。
 長い付き合いであるから「奴は何時もこんな感じ」と思いつつ事務局に、事務局の矢野さんが「また誰の注文か」と聞いて来た。
 DSCN1174.JPGそれもそのはず、私がこの時計の写真を撮る事もないから、不思議に思うのも無理はなく、其れも急いで写真を撮るために来るとはおかしい。
 確かにその通り、私も何で急いで行かなければならないのかと、今一疑問でもあるが、頼まれたから仕方ない。
 この時計は家に置いていたが、大型の時計が三台もあり、狭い家なのに尚更狭く感じると、家から追い出されてしまったもの。
 あちらこちらと転々と置き場所を変えて現在の所に落ち着いたもの、事務局で預かって貰っているのだ。
 今までに色々な展示会には顔を出していたこの時計、会場に置けば必ず人気者に、毎回動かしての展示であった。
DSCN1172.JPG だから見学者からは人気で「今も動いている」と喜ばれ、どの展示会場でも人だかりがあったもの、しかしちょっとデカイ。
 この時計を見つけたのはNKアンティーク平野さん、「戸田さん大きな時計がある」と言って来たのだ。
 話を聞けば重錘式の古い物、機械はセストーマスと言うので興味が湧き、「一度見せて欲しい」と返事をした。
 後日、平野さんのもとにその時計を見に行くが、そのデカさにビックリ、普通の時計よりもはるかにデカい。
 普通の置時計は2メーター少し位、しかしこの時計は其れよりもデカくて、2メーター40を超す大きさである。
DSCN1173.JPG 確かにデカいもの、平野さんもデカすぎて普通の部屋では収まらないと言う、その通りで置き場所に困る大きさだ。
 しかし展示するには迫力があり、絶対に人気になる事は想像でき、私も大きな時計は好きであったから買い込んだ。
 友人が今回この時計を貸して欲してと言った来たのは、彼の知り合いが展示場に注目して欲しいものの隣に置きたいとの事。
 目玉になる時計を探していたが、私のもとにある事に気が付き、展示したいから写真を送って欲しと言う事だ。
 勿論、展示には最適な時計であるが、運搬には手間もかかる大きさ、トラックでないと運べないもの、それを分かった上で貸す事にした。
 しかし矢野さん曰く「簡単に思っているが運搬設置は、そんなに簡単ではない」と言う、確かにその通り。
 そんな訳でこの時計、何処かの展示場に運ばれて行ったが、果たして動かす事が出来たものなのか、疑問でもあるのだが。


posted by kodokei at 00:00| Comment(0) | TrackBack(0) | 古時計よもやま話

2016年08月04日

続古時計陸奥行脚14

    道が分からない



 
DSCN0927.JPG 花巻から国道を走って来たから、盛岡市内で道が分からなくなり、ホテルとは違った方向に進んでしまったのだ。
 何時もは4号線か高速道路で盛岡に入るが、今日は違った道を走って来たので、方向感覚が鈍っており、今何処だと探し始めた。
 道路標識には盛岡市に入ったはず、しかし北上川が左に見えているから、何時もは右に見えており、ヤッパリ変だと思う。
 国道396号線を走っているから、北上川が左に見えるのは当たり前の事、だが頭の中ではいつも右に見えていたから、変な感覚になるのだ。
 そんな事で、その先の4号線とぶつかり、やっと感覚がつかめ、時間が早いので一気に渋民まで行く事に、勿論啄木の故郷だ。
 そまのまま4号線を渋民に向けて下走り、4時過ぎに渋民に到着、早速啄木記念館に入り、啄木が教鞭をとった校舎に行く。DSCN0928.JPG
 この校舎、以前はここに無かったもので、もう少しお寺に近い場所にあったが、整備されてこの地に移って来たらしい。
 校舎は良く管理されており、昔のままの佇まい、何度か訪れているが、ここに来ると啄木に会える感じがして気分が良い。
 昔ここで啄木が生徒たちと一緒に過ごしたと思うと、感慨深い思いだが、それにしても狭い校舎であると思う。
 当たり前であるが、当時の渋民村は人口も少なく、子供もそんなに多くなかったよう、勿論、当時は何処でもこんなものであったであろう。
 階段を上がり二階に行くと、教室が2つ、昔ながらの小さな机が並んでおり、椅子に腰かけて見るがやはり小さい。
 こんな小さな椅子であったのかと思うが、子供たちはやっぱり小さかったのであろうと、そんな思いが。
DSCN1019.JPG 啄木が上がったであろう教壇に立ってみる、ここから生徒を眺めていたのかと思うと、実感が湧いてくる。
 我々が見終わるまで記念館の方が待っていておられ、閉館時間を過ぎていた事に気が付き、慌てて見学を済ませた。
 近くの公園にある啄木の碑を見学に行く事に、記念館からは直ぐの所、ここも思い出の地、はじめて訪れたのは40数年も前の事、暑い夏の日であった。
 渋民の駅から歩いてこの碑を見に来たが、実に遠く感じた事を覚えているが、着いた時の感激は忘れない。
 前からこの地に立ちたいと思っていたからだが、それが叶い、岩手山が見え、眼下には北上川が流れ、啄木がここから旅立ったのだと思いを馳せたものだ。
 今見ている風景は当時と変わってはいないもの、啄木もこの風景が好きであったと言われ、岩手山を詠ったものも多いのだ。
 そこに建つ碑には有名な歌が刻まれて、岩手山の方向を向いているもの、実に良い風景の所に建つ碑であると思う。

    やわらかに、やなぎ青める北上の 岸辺めにみゆ なけとごとくに

 この公園から少し国道を走ると昔行った店屋があり、そこに行く事にしたが、時間が時間なので慌ててそこに行く事に。
 案の定店は閉まっていたが、店主に開けて貰い中に入ると置時計が目に入り、何かあるのかと期待したが、其れだけであった。

posted by kodokei at 00:00| Comment(0) | TrackBack(0) | 古時計よもやま話

2016年08月02日

ゆらゆらガラス3

    やはり見にくいが


 

DSCN0700.JPG ゆらゆらガラス、呼び方はいろいろ言われているが波ガラスの事、つまり古い造り方のガスらの事であるが、その見方である。
 何時も質問の中でゆらゆらガラスとは何とか、如何してそれが分かるのかとか、見方を教えて欲しいと言う事。
 今のガラスはまったいらのもの、昔のガラスは吹きガラス、どうしても平のものが造り出せなかったのだ。

 今のガラスと昔のガラスを比べて見ると、明らかな違いが見えて来るが、それは透明度であり、色の違いであったりする。
 これは意図的に比べて見ないと分からないと思う、よく言われるのは何処が違うのかと言う事、それすら分からないと。DSCN0853.JPG
 勿論何となく言われている事は分かるような気がするが、実感が湧かないとも言うのだが、確かにその通り。
 目で見て明らかな違いを実感するには、ガラスに物を映して見ると良いと思うが、その時に少し変と思うだろう。
 何処が変と言えば、ガラスに映るものが歪んで見えるからだが、写真に撮ると中々分からず、今回も又上手く撮れない。
 ハッキリと分かるように説明してと言われているのに、写真に撮ると思っていたのと違うものが写るのだ。
 それは自分の目で確かめて貰うのが一番良いと思うが、ガラスを斜めから見て見ると良い、それも物を映して。
 DSCN0855.JPGするとガラスに映るものがハッキリと映らないもの、昔のガラスは平らでないからものが歪んで見えるのだ。
 今のガラスは物を映しても歪んで見えず、ハッキリとモノが見えるので、それが当たり前と思っていてるのだ。
 そしてもう一つが、良く古いガラスを観察していると、所々に空気の弾みたいなものがある事に気が付く。
 これも古いガラスの特徴、気泡が入ってしまうのであるが、現在のガラスには気泡は全くないもの、そこがまた違うところ。
 言葉で言うとこんな感じであるが、やっぱり実際のガラスで比較しなければ、実感は湧いてこないと思う。
DSCN0760.JPG 今回の写真もそれを意識して映したが、やはり難しかったもので、中々上手く撮れなかったが、おぼろげながらでも分かるのか。
 今のガラスと昔のガラス、違いを実感して欲しいもので、それも自分の目で確かめる事、よく観察して欲しい。
posted by kodokei at 00:00| Comment(0) | TrackBack(0) | 古時計よもやま話

2016年07月31日

田中コレクション4

    達磨も多いみたい


 
DSCN1137.JPG
 田中コレクション、精工舎の古時計が大半であるが、中には面白い古時計もあり、興味の湧くところ。
 勿論精工舎の古時計も良いが、私は名古屋の時計が好きで、名古屋の古時計ばかりを集めているから、そちらが気になるのだ。
 田中さんも色々と変わった古時計を持っているが、中にはぜひとも欲しいと思っている古時計があり、譲れと交渉している。
 しかし未だに良い返事は聞かれずに現在まで、そんな古時計の中に林時計の達磨、8インチの本四つ金達磨。
 林の8インチ本四つ達磨は数も少なく、愛好家の中でも人気の高い古時計、程度はまあまあ、しかし金が良く残っている方だと思う。DSCN1134.JPG
 金達磨は金が残っているから金達磨、しかし大半は金箔が剥がれていて、程度の良いものは中々ないので、この時計はましな方だ。
 林時計は金達磨も多く製造しているが、何故かしら程度の良い金達磨を見かけないのは何故だろうか、不思議な話である。
 私が偶々見かけないのだろうか、今までに程度の良い金達磨は数えるくらいしか無く、何か原因があるのか。
 それと林の8インチ金達磨、本四つ金達磨はやはり人気があり、市場に出れば直ぐに買い手かが付くから見ないのか。
 私も程度の良い林の本四つ金達磨を見つけたが、手には入らず他の人の手に渡ってしまったが、今でもあの金達磨は程度が良かったとつくづく思う。DSCN1133.JPG
 田中コレクションの金達磨、おそらく明治末くらいの物、HIのマークがそれを物語っているが、振り子室のラベルは薄くなっている。
 文字盤は残念ながら後から張り替えられているもの、仕方がないがそんなに荒れた文字盤ではないのが良い。
 指針はカニ目の針が付いており、蕪針と比べればどちらかと言えば、こちらの方が面白い雰囲気となっている。
 針一つで文字盤の雰囲気が変わり、改めて指針の重要性がハッキリと理解出来、針は如何に重要なものかを認識した。
 この時計の機械、林時計製造会社が小型の時計専用に開発していた事を改めて確認、従来の改造型ではないものだ。
 DSCN1131.JPG名古屋地域の時計は分業制が進んでおり、他社の機械でも買い入れて自社の時計に流用する、これが当たり前の事でもある。
 他の地域とは異なり、同じ機械が多数の会社に供給されている事、またそれが利益向上に役立つことを立証している。
 自社で開発するよりも、機械を流用する方が合理的、その分ほかに資金をつぎ込む事が出来、経営的に有利である事。
 いずれにしても、名古屋地域の時計製造は、合理的に他社の機械や部品を流用して時計製造されたものだ。
 林時計もその構造を利用している事は明らか、まして林時計はこの時期、経営面で窮地に立たされていた時期でもある。







posted by kodokei at 00:00| Comment(0) | TrackBack(0) | 古時計よもやま話

2016年07月29日

ガラス絵の違い

    好き好きであるが


 
SANY6830.JPG ニューハバナ型に付いているガラス絵、一番人気のものはクジャクの付いたものである。
 今までの人気トップを占めていたが、最近事情が変わって来たようで、それだけではなくなっている。
 勿論最初からいろいろな図柄のガラス絵が存在している。
 もともとバスケットのハンキング図柄が付いていた。
 そんな図柄の中、何故かしらクジャクの図柄が人気となるが、原因は分からない。
 確かに豪華な図柄であり、パッと目には綺麗に見えるものだと思う。
 しかし長く眺めているとくどく感じて来るもので、私は好きではない。
 しかし市場では今だに人気だと言うが、それも少し変化が表れているようだ。
 SANY8014.JPG誰しも同じクジャクの図柄を持っていると、自分だけは他の図柄にしたいと考え出すのだと思う、それが今現実となったようだ。
 皆同じものを持っていると言う事は、逆な言い方をすればそれだけ数が多いと言う事、それに気が付いたのではないだろうか。
 勿論好きであればそれで良いが、色々なガラス絵が存在しているのに、クジャクだけが持てているのも変な感じもする。
 色々な人が居ても良いはずだが、一つのガラス絵に何故集中したのか、原因は分からないが、仕掛け人が居のではないだろうか。
 日本人的な感覚であれば、花柄のものが良い筈、それを差し置いてクジャクとは、ヤッパリ変であると思うが。
 SANY7194.JPGそして最近だが、アメリカ製のハバナよりも日本製のものに人気が出て来たようで、人とは違ったものをと言う事だと思う。
 日本製のハバナ型、以前はコピーだから面白くないと言う人が多かったが、それが今見なおされて来たようだが。
 確かにアメリカ製のハバナは造りが良く、素材的にも良いものが付かれているから、時計としては良いものだと思う。
 しかし古時計と言う事となると面白みに欠けると思うが、それも好き嫌いと言う事だが、私は面白いのは国産のハバナだと思う。
 造りが少しダサイところが何とも言えない味、そして日本的なガラス絵はやはり国産でしか出ない味、それが見なおされて来たのか。
 それとガラス絵自体に色が付いており、金彩や銀彩とは違い、泥絵の具で彩色されたものが良くて、日本らしさが表に出ている。
 写真の一番下のガラス絵がそれ、見た目にも鮮やかであり、それでいてこの時計にはぴったりだと思うが。
posted by kodokei at 00:00| Comment(0) | TrackBack(0) | 古時計よもやま話