2016年05月13日

ガラスの止め方

    種類はあるのか



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 古時計のガラス、文字盤枠についているものとか、振り子室についているものとかのガラス、色々な種類はあるのか。
 古時計愛好家からこんな質問が、何時も見慣れた振り子室のガラス、あのひし形のガラス絵はみんな同じものではないのか。
 種類があると言われているが、私には同じ物としか思えないのだと言う事、そんな意見を持っておられる人も多いと聞く。

 確かに振り子室のガラス絵、特に八角型時計の振り子室のガラス、統一されたかのように同じようなガラス絵が嵌まっている。

SANY7434.JPG 一見同じように見えるが、実は全く違う絵のガラスが嵌まっているのだが、古時計のガラスは同じと思っている人には、見過ごしてしまいがち。

 今回の質問のようにみんな同じと思っていると人、今一度じっくりと見てほしいもの、実は全く違ったものも多いのだ。
 感覚的にはこんなガラス絵がついていると、頭で思っているから皆同じと感じるが、それは間違いである。
 多くの八角形の時計、その振り子室のガラス絵は各社によって違いがあり、会社ごとに並べてみると違いは歴然。
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 良く似たものには違いはないが、比べればハッキリと違いが、それも二つ並べてみたら全くの別物。
 やはり比べてみないと、その違いに気が付かないものなので、是非疑問がわいたのなら、各社のガラス絵を比べてみたら。
 同じだとの先入観が邪魔するが、実際に目で確かめると認識できるはず、一度試してみたらよいと思う。
 そして、もう一つが文字盤のガラス枠の止め方、これも種類があるのかとの事、確かにこれも種類があるのだ。
 もちろん外国製のものと日本製のものとの違いもあるから、それらも一緒に見ると良く分かると思うが、やはり比べて見ることが一番。SANY7338.JPG

 実感の伴わないものは頭に入り難いが、目で見たものは自然と頭に入り、認識を新たにすることになると思う。
 外国製の止め方は石膏で固めたものもあり、古いものに多く使用されているから、注意してみるとよい、そして日本のものは薄い木の板で全体に止めてあるもの。
 その他は小さな木片で、所々に止めてあるものなど、これも違いがあるから、ひとつづつ比較して見ること。
 ガラス絵と同じで、古時計は色々な製造方法があり、各社によって違いもあり、それを見るのも一つの鑑賞法であると思う。
 疑問がわいたのなら、自分の目で確かめることが一番の早道と思う、是非実行してほしいものだ。
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2016年05月11日

これで分かるの

    ちょっとだけで


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 古時計愛好家は時計の一部を見ただけで、その時計の名前が出てくると言うが、果たして本当なのかと思ってしまう。
 色々な古時計を見ているから、少しの部分を見ただけで、その時計が何であるかを当てると言うのだが、それほど詳しいのか。
 私などはとてもそんな事は出来ないが、古時計愛好家の中には、そんな達人も存在しているとの事、少し見ただけで分かると言う。
 確かに特徴のあるものなら、古時計に詳しい人なら分かるかもしれないが、そこそこの愛好家ではとても無理と思う。
 SANY7209.JPG第一、そんなに多くの古時計が頭の中にインプットされているとは思えないが、どんな人がそんなに詳しいのか知りたい。
 ではそんな人達は、古時計をどの様にして頭の中に入れるのか、特徴のある部分をピックアップして、それを叩きこむと言う。

 勿論極意とはそんなものだと思うが、やっぱり普通の人は覚えていないのが当たり前の事、何となく見ているだけ。
 確かに部分的な特徴を覚える事は大事、一つ一つの特徴をとらえて、それを数多く頭に入れる事、記憶とはそんなもの。

 例えば個性的な時計、ニューハバナの時計の特徴はと聞かれれば、上の部分を取るか、下の部分を取るか意見の分かれるところ。
SANY7268.JPG この時計は特徴のあるもので、何方の部分を取っても記憶に残る古時計、人によって取り方が違うものだ。
 それはそれで良いと思うが、個性の強い時計ばかりではなく、飾り金具が違っているだけの時計、そんな時計は飾り金具を全部覚えてしまう。
 例えば精工舎の石原町製造の時計、一つの特徴は花ボタンと言われる部分に特徴が、その種類はそんなに多くないものだから。

 花ボタンの数だけ覚える事、一つ一つ、すると全体が見えて来るもの、石原町の全体像が頭に入ってしまう事になる。
SANY7168.JPG 覚えるのにはコツがあると言うが、人によって覚える部分はまちまちで、その人が分かればそれで良いと思う。
 兎に角自分の覚えやすい所を発見して、その部分を記憶する事、そんな事を続けている内に、知らず知らず頭の中に入る。
 写真はそんな古時計の個性派を挙げてみた、この古時計が何であるか分かった人はまず合格、モット細部を見ても分かるかもしれない。
 さてこの時計がどんな時計か当てて見て下さい、ちょっと大変かな、簡単かな。

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2016年05月05日

ガラスの振り子

    本当に明治ですか

 

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 私のもとに何時も多くの疑問や質問が寄せられ、有り難い事だと思っているが、そんな中よくもまあ古いブログの記事を見られていること。
 確かに丸6年になるブログ、記事数も2000を越しているから、自分でも書いた記事の内容について覚えてはいない。
 その時、その時、思いついた事を記事にして来たからだが、そんなに詳しくは書かれておらず、時としては慌てて書いたものが多い。

 その為に誤字脱字が多くて、よく叱られる事も多いもの、なんでチェックをしないのか共言われ、恥をかくことも多い。
SANY4904.JPG しかしその日はそれで書き終わったので、後日チックをすればと思いつつ、結果は忘れてしまい、次々に別の記事がでる。
 人から見ればチェックは当たり前と、勿論そんなことも承知しており、書いたものは一遍出てしまえばおしまいだと言われ。
 それは分かっている事、しかし時間が足らないことも確かで、恥をかくのも進化の一つと思って割り切っているのだ。

 そんな事でまだまだ、誤字脱字の記事が出て聞くことになるが、それも愛嬌だと、そんなように負け惜しみで。
 それは兎も角、以前の記事の内容が本当なのかとの疑問だと、それはガラスの振り子の事、新しいのではとの疑問だ。SANY4883.JPG
 確かこの話も3回書いた覚えがあり、過去の記事を見てみたが、やはり書いているのは確か、その中で特許庁の認可記録も載せている。
 以前に明治村の学芸員の方から頂いた特許庁の資料、この資料は貴重なもので、今でもお世話になっいてるものだ。
 ガラスの振り子の特許も、この中から見つけたものであり、明治に造られたものだと立証できるもの。
 戦前戦後に多く作られたガラスの振り子、その振り子とよく似ていることは確か、ジックリと2つを比べれば違いが判る。
 新しいものだけ見ていると区別がつかないのは確か、もちろん新しいものは数が多く、古いものは中々見つけられない。
 しかし明治時代に製造されていた事は確かで、書類と現物の双方から立証するのが正しいと思う。




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2016年04月30日

機械の形

     どれが良いのか


 
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 古時計の機械、明治期に製造された西洋時計、アメリカ製の時計の機械をモデルに、日本で製造されたもの。
 当時の機械は色々な形式のものが存在しており、どの機械が良いと言うのではなく、何故様々な機械が造られたのか。
 これらの機械を見ていると、当時の人達が最適な機械を選択したのだと言う気持ちになって来るが、果たしてそれは何か。
 初期の機械と中期の機械とは明らかに形式が違う、明治初期の機械は大型のものが多く、中期になると殆ど小型のものになっている事だ。

SANY2695.JPG 例えば初期の機械は蛎殻町製造の機械、中條勇次郎の機械と、それぞれに大型の機械を採用している事。
 明治10年代に製造された時計の機械は大型の物、アメリカ製の古い機械をモデルとしたものだが、日本に入ってきた機械としては最初のものだ。
 それを忠実に再現したものと思われるが、蛎殻町製造の機械と中條勇次郎の機械とでは形式が違うもの、両社はそれぞれに、その機械を選んだのか。

 アンソニア型の機械形式とウェルチ型の機械形式、それぞれに大型の古い機械、これをモデルとしていると思われる。
 SANY2328.JPG両者共に大型の機械をモデルとしたのには意味があり、時計も大型のものを製造したからだと思うが、果たしてそれだけなのか。
 その他にも旧型のセストーマス型とニューヘブン型とがあり、これらの機械を選んだ会社も存在しているから、やはり機械の選び方に会社の姿勢が表れているのか。

 中期になれば小型の機械、つまりウォーターベリー型の機械が殆どと言って良い位に、この機械に集中する。
 勿論大型の時計でもこの型の機械が入っている事が多く、旧式の大型の機械は影を潜めてしまい、小型の機械が主流となる。
SANY3912.JPG ある意見では小型の機械の方がコスト的に安く済むからと言う事だが、果たしてそれだけなのかと言う疑問が湧く。
 事実、中期の製造の大沢時計や奈良時計はセストーマス型の旧式の大型機械を採用しており、コスト面だけではなさそうだ。

 明治期は試行錯誤して西洋時計を製造していたから、これらの様にマチマチの機械が存在したとも思うが、あえて大型の機械を採用したのは何故。
 そんな色々な疑問が湧いて来るが、色々な古時計を見ていると、これらの疑問が自然に湧いて来るのだ。
 明治後期には小型のウォーターベリー型の機械を多く採用した時計製造会社が殆ど、明治期の特色がこの機械に現れているものなのか。








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2016年04月28日

石原町製造時計22

    またまた石原町

 


 SANY4130.JPGどうしても時計愛好家は石原町製造の時計の事が知りたいらしいが、私としても詳しく知りたい気持ちもあるが、たびたびの質問も意外。
 今までにも何度となくこの問題取り上げてきたが、どれだけ論議しても飽きたらないとの事、熱心な石原町ファンの多いこと。

 私も石原町の時計に関してはそれなりの事は調べて来し、現物も何台か持っているが、不明な点も多い事も確か。
 他の人が疑問に思うのも無理からぬ事、確かに疑問の多い時計であることは確か、学者さんの論文が先行したからだ。

SANY7049.JPG 今でもその学者さんの論文を信じている人も多いが、現物をもとに立証されていないものを、あまり信じないことと思う。
 何故ならば私もそれを信じて石原町の時計を集めたが、集めれば集めるだけ疑問も多くなり、論文との違いがあからさまとなる。
 その為に現物と見比べて研究もして来たが、やはり謎も多くなり、古時計保存協会の会員さんとの意見を交わしつつ現在に至っている。
 会員さんの持っている石原町の時計を見比べて、違いを一つづつ研究すれど、中々意見もまとまらないのである。

 その一つの疑問が集めれば集めるほど、石原町製造の時計があること、そして他の人たちもこれだけの数の石原町の時計があるのかと言う事SANY7039.JPG
 数か少ない時計と学者さんたちの理論、しかし現実は探せば出て来ると言う現実、げんに会員さんたちがそれを口にしだしたのだ。
 最近ネットでも多くの石原町の時計が出品されているが、以前はこんな事はなかったと、確かにその通りだと思う。
 偶然にしても少し多いと思うが、それだけ数があると言う事とも受け取れ、まだまだ出てくるとも思う。
 そんな中、やはり石原町の時計の問い合わせだが、雁木車とアンクルの部品のいろいろが問題であるという。

 以前にもその問題もしたが、今回もまた其の事について意見が、石原町の柿井を比べれば、比べるだけ違いが多くて、何台製造したのか、何でこれだけ違うのかと言う事らしい。
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 確かにその通りで、比べればその違いが大きくなり、一台だけ見ていても絶対に分からない疑問である。
 そんな疑問を解決したいという会員さんの熱意、確かに解決したいのは誰しも同じ気持ち、もっと多くの台数を見ることと思うが。
 写真は雁木車とアンクルの違い、支柱の違いや、その奥に見える時打ちのアンクル、曲がり具合の違いも指摘。
 さてさて皆さんも石原町の機械をじっくりと見比べて、その違いに気が付いたら自分で調べて下さい。
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2016年04月22日

精工舎の飾りボタン

    機種によって



 SANY0457.JPG古時計の飾りボタン、それぞれの機種により飾りボタンもその姿を変え、時計を彩るために付けられているものだと思う。
 勿論このスタイルもアメリカ製の時計をモデルにしている事は確かであるが、それだけではなく日本独自の発達もしている。

 この飾りボタンをよく見ると、西洋物と日本の物とは違いを見せており、細部的に飾りボタンを見ると面白い結果が。
 勿論コピーされた飾りボタンもあるが、それだけではなく自然発生的に日本独自な飾りボタンが誕生したと思う。

 意図的にデザインされたものと、偶発的に出来上がったものとがあると思われ、日本の花をモチーフにしたものと、コピーはしたが別のものが出来上がってしまったものとがある。
SANY0545.JPG 前者ははじめから独自なものをとデザインされているから、例えば日本独特の花をデザインしたもの、特に桜とか一番分かり易い花。
 桜の花は日本独自の物であり、飾りボタンとして受け入れられることは確か、しかしこの時代は軍事的なものに集中しているようだ。

 桜の花をあしらう事により、軍隊を連想してしまう事、その為に需要はやはり軍隊用の時計に用いられたようだ。
 一般の機種には桜はあまり使用されなかったようで、桜の性質からやはり軍隊物に制約され、幅広くは使用できなかった。

SANY0527.JPG その点、偶発的に出来上がった飾りボタンは、どの機種にも使用が出来、はじめから意図的に造られた桜の飾りボタンとは少し違っていた。
 コピーはしたが本物とは似ても似つかないものが出来、しかしそれがかえって良い結果を生んだよう、つまり何であるかは不明のものだから。
 この種の飾りボタンを見るは、アメリカ製の物とは違い、さらに日本の物でもない様な、何であるか分からないものだから良かった。

 現在ついている飾りボタンをよく見ると、この手の何だか分からないものが付いている事が多い、そんな飾りボタンがそこにある。
 SANY0541.JPGそしてもう一つは梅の花をデザインしたもの、桜と違い印象は柔らかである為に、一般機種にも使用が可能で、和風用、西洋風にもどちらにも合う飾りとなった。
 精工舎の古時計に付いている飾りボタンが、それを物語っていると言え、写真がその実例であり、どの機種にも合うと立証したもの。
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2016年04月18日

ガラス絵11

    絵ではないのだが



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 古時計に付いているガラス絵、愛好家の中でもこのガラス絵が付いている時計を集めている人も多いのだ。
 同じ八角の古時計でも、ガラス絵の付いている時計は人気が高くて、それでいて値段も高いと相場は決まっている。
 ガラス絵が付いた時計は足が速くて欲しい人が多い時く、その為売れるから値段も高くなると、だからガラス絵が好まれると。

 何でガラス絵の付いた時計が喜ばれるのか、同じ時計でもガラス絵の付いたものは見た目に何処か異国の雰囲気が。

 日本人は舶来信仰と言われる様に、外国製のものを憧れると言われ、外国製であけば有り難がる傾向があるのは確か。SANY0437.JPG
 明治時代に始まらず、古来より日本人は舶来信仰と言われており、正倉院御物がその象徴であると言われている。

 聖武天皇愛用の品、それが現在まで受け継がれて来た宝物、遠くペルシャから伝わって物も含め舶来品である。
 この時より舶来品への憧れが、島国の日本は遠方より運ばれて来たものに特別な感情を持っており、何でも有り難がったようである。

 それが現代まで続く舶来信仰、特に文明開化華やかなりし頃の日本は、最高の舶来信仰が花開いたと言えよう。

SANY0519.JPG その一つが西洋時計であり、八角型の時計に集約されると言っても良いが、その中でもガラス絵の付いたものは異国の香りがしたのだ。
 庶民は異国の薫り高い時計に憧れと有り難さを求めたと言った良いが、このガラス絵の付いた時計、実はガラス絵ではなく写真である。

 勿論本当のガラス絵もあるが、人々が欲しがった物は写真が貼ってあるもの、特に女性の付いたものは人気が高かったようだ。
 本来のガラス絵ではなく写真、それをガラス絵と言うのもおかしいが、総称して呼び名がその様になったと思われる。

 そこには西洋への憧れが大きく反映していると言えようが、何故女性なのかは疑問のあるが、確かに人気であった事は確か。SANY0431.JPG
 写真はそのガラス絵と称するもの、全部が写真であり、裏から貼られたものなのだが、これが人気であった。
 何処となく西洋の香りがしたのであろうが、やはり舶来信仰が先に立っているようで、なんでも憧れたのであろう。
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2016年04月17日

何を買えば良いのか

    今が良い時なのか


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 古時計蒐集するのに今が一番良い時なのか、今までに無い古時計が安く売りに出ているのではないかとも言われている。
 そんな噂が一杯、確かに古時計が安く売りに出ている事は事実、良いものも多く出回っていると言う事だ。
 私のもとにも問い合わせが多いもので、このような現状である事は確か、ネットでも色々な古時計が出品されているからだ。

 なぜ今なのか、確かに以前と比べれば古時計が多く市場に出ており、ここ2、3年古時計が市場に出ている事。

SANY5942.JPG 私の周りでも今まで古時計を蒐集していたが、年齢も高くなり、この際処分したいと思う人が居るのだ。
 事実友人も今まで蒐集した250台の古時計を処分したが、この様な古時計が一斉に業者の手に渡っている事も原因。
 偶々ではなく古時計愛好家が歳を取っている事も現実、長年集めて来たものを処分する人が多く出ているのだ。

 今までにも何度かこんな事はあったが、その回数が今は多い様で時代の流れの中、高齢者が古時計を手放している事だ。
 特に古時計を多く所有している人が、偶然にも時期が重なり、同時に手放す人が出て、古時計が市場に出る事により、値段も下がる事に。
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 今まで無いとされていた古時計が、一時期に同時に市場に出れば、無いと思っていたものが目の前にあり、それも複数ある。
 そうなれば感覚として業者も愛好家も、当然まだ出て来ると思うのも人情、数が多ければ尚更の事、その様な心理となる。
 市場とは需要と供給のバランスに成り立っているもので、需要が多いけど、ものが無ければ値段は上がり、逆にものが多くあれば値段は下がる。

 これが市場原理の法則、今それが顕著に表れている時、しかし何時までも続くものではなく、一時的な現象。
 偶々今までに無い多くの古時計が市場に出て、一時的な現象が現れているから、やはり今が買い時である事は間違いないもの。DSCN0353.JPG
 ただシッカリと良いものを見極める事も、愛好家としての心得、慌てて買い急ぐことをしないように、自分の目を見極めるのも大事なこと。
 今まで見た事のない様な古時計を目の前にすると、焦る気持ちも分かるが、誰しも同じ気持ちであり、冷静に観察する事だ。
 チャンスは確かに今である事には変わりはないから、人に買われてしまってとの心理が働くが、心を冷静に待つのも一つである。




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2016年04月10日

和時計の仕組み25

    門外不出ではない



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 和時計は徒弟制度の上に立ち製造されて来たもの、それぞれの師匠が存在しており、彼らから学び取る事で発達してきた。
 発達してきたと言うほどの事ではないかも知れないが、代々受け継がれて来たものに違いはないが、一代限りの時計師もまた存在もした。
 和時計はその師匠により製造方法は異なり、独自の製法を受けついで来たもの、その和時計を見れば大体の製造場所が見えて来る。

 勿論制作者の名前が刻まれていれば、何処の誰が製造したかは判明するが、殆どの和時計は名前が刻まれてはいない。

SANY4840.JPG 特にお抱え時計師に至っては名前を刻まなかったと言われているから、製造方法の違いで判断するしかない。
 津田助左衛門の家系は代々尾張家に抱えられて来たが、その名前が刻まれているものは非常に少なく、どれ程の和時計を製造したかは不明だ。
 しかしながら、歴代に渡って和時計を製造し続けて来たもので、その数は多いと思うが、現存数から見れば少ないと言える。

 その津田助左衛門の図面は津田家に保存されているが、門外に出ていない様であり、門下の内で受け継がれて来たものらしい。

 その点においては、他の者が図面を見る事はなかったのではないのか、いわゆる門外不出と言う事だが、全部が全部その様ではない。SANY4952.JPG

 江戸中期以後の和時計の図面は、一般に公開されているから、どの様な仕組みであったかは誰でも見れたと思われるのだ。
 文献に残っている資料でも、和時計の仕組みを解説しているものが存在しており、図解式にこくめいに解説がなされている。

 写真は江戸後期に発売されている和時計の解説書、部品の一つ一つが丁寧に書かれており、その仕組みも解説されているものだ。
 完成図から、一個づつの部品を克明に写し取り、分解して解明がなされている事から、門外不出と言うものではない。

 SANY4839.JPGこの図解を見れば和時計がどの様なものなのかは解明できるが、それを製造しようと思うと、その製造方法は書かれていないから、これでそく和時計が出来るものではない。
 如何に分解図画説明されているから、誰でもこれを見て和時計が製作できるかは疑問、材質から歯車の数や、当然熟練しなければ製造は出来ない。
 お抱え時計師の様に、主人の為に和時計を製造した者と、町の時計師が自身で製造した物とでは、明らかな違いがある。

 お抱え時計師は自ら自分の和時計の図面を公開する事はなく、当然主人の許可なくしては公表も出来ないのだ。
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2016年04月08日

胴体振り子5

    振り子が二つある

 


SANY0185.JPG 置時計、その中でも胴体振り子時計と言われる時計があり、優美な姿をしたものが多く、人気も高いものだ。
 姿が目立つ時計としても評判の時計、女性の姿をしたものが多く、その姿が良いものだから人気がある時計だ。
 置時計とは数田が良いものが人気であり、特に女性の姿をしたものが人気、優美な時計として評価の高いもの。
 その動く姿が美しいもので、ゆっくりと左右に動く動作そのものが美しく、その姿に憧れていた事は確かである。
 置時計は動く姿が目に見えるものは少なく、振り子は本体の中で動いているから、その姿を見るのも少ない。
SANY0186.JPG 胴体振り子は動く姿を見せるために製造されたもの、その為に見た目にも美しい姿を造り上げていたのだと思う。
 その中でも大型の胴体振り子の時計は、やはり優美なものが多く、特に女性像が大半を占めている事からも、その姿が主体であった時計。
 日本に輸入された胴体振り子の時計は少ないし、特に大型のものは数が少なく、人気が出てから後に輸入されたものが多い。

 「古渡」と呼ばれている、当時輸入された時計は数が少ないと言われ、価格も高価であったもの、だから数が少なかった。
 SANY2585.JPGでは胴体振り子とはどんな仕組みであるのか、この質問も良くあるので、今までにも何度か出しているのだ。
 しかし実際に動くところを見た事のない人は、今一実感がわかないらしく、本当の振り子が何処にあるのか知りたい。

 見た目には時計の下に付いているものが振り子としか思えないと、確かにその通りで、見た目には時計の下にあるのが振り子と思ってしまう。
 しかし実際は時計本体の中に、小さな本当の振り子が付いており、アンクルと直結しており、左右に動く事により、雁木車に力を伝えている。

 その振り子の動きは、外から見た外見で、本体の振り子らしきものが左に動けば、本物の振り子は右に傾く。SANY2577.JPG
 この動きを見るには時計本体の裏ぶたを取り、実際の動きを見眼と面白い動きとなり、本当に逆に動くのだと実感する。
 この動きは見て見ないとやはり分かり辛いもの、百聞は一見に如かずというが、まさにその通りであり、実際に面白い動きだ。
 写真の中央にある小さに丸いもの、三枚の写真も同じ中央、丸い球が本当の振り子である。
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2016年04月07日

飾りにも個性

    ちょっとした遊び



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 古時計、勿論時を刻むものとして造られたもの、時間を正確に告げる役目を果たすために考えられた機械だ。
 この古時計、色々な種類のものが存在しており、古時計愛好家から求められるものだが、その種類の多さも対象となるのだ。

 掛時計、置時計、懐中時計、腕時計、目覚まし時計など、色々な分野に分かれているから、古時計と言っても漠然としているのだ。
 そんな種類の多い中から、自分好みの古時計を見つけ、多くの人が蒐集の対象としているのだと思う。
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 それは単に時を刻む機械としてではなく、長い歴史の中を生き抜いて来たものとして、その証を求めているのだ。
 古時計を製造していた時代にさかのぼり、ある人は当時の人々の事を思い、ある人はその時代に入り込むために古時計を求める。

 機械物が好きだからと言う人も勿論いるのだが、それよりもインテリアとして求める人も多いと聞く、やはり人それぞれだ。
 そして古時計はその形も色々であり、様々な形が製造されているもの、時にはビックリするような奇抜なものも。
 SANY2290.JPGシンプルなものから、複雑怪奇なものまで多種多様なものがあり、だからこそ愛好家が求めると思うが。
 ではその古時計、何が人々を吸い寄せるものなのか、それを紐解いて行くのも面白いと思う、何処が良いのかと思いつつ。

 古時計の代名詞ボンボン時計、あの八角の形をしたものは傑作、シンプルな形であるが、何処となく吸い寄せられる魅力が。

 あの形だから古時計を集めたいと思う人も多い時く、何処が良いのかと言うと、八角が何とも言えないと言うのだが、そこに秘密があるらしい。
 SANY2313.JPGそんなシンプルな古時計にも、チョットした遊び心が、単に時を告げるだけではなく、機械物だけではない、他の要素も持ち合わせているのだ。
 その遊び心は各部署に分かれているもので、上下左右の何処かにポイントとして存在しているのだ。
 そんな遊び心を求めて、古時計を見つめてみると、次から次にと見つかるもので、その魅力に引き込まれてしまう。
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2016年04月02日

田中コレクション

    圧巻の展示





 SN3G0021_0001.jpg日本古時計保存協会会員の田中仁氏が、本日静岡県掛川市内たこまん本店二階にて、古時計の常設展示を開館した。
 田中さんは古時計保存協会の古い会員であり、古時計の所有台数も会員中1、2の保有台数を誇る人である。
 特に精工舎の古時計に関してはピカイチ、その保有台数は群を抜いているのだが、その古時計を常設展示にこぎつけた。

 もともと古時計の保有台数が多すぎて、自宅には入り切れず、今回の常設展示となった由、様々な困難を乗り越えての展示である。
 田中さんは少しでも多くの古時計を見て欲しいと会場一杯に展示、2階に上がる階段の突き当りが会場だ。

 しかしこの部屋に一歩入ると、所狭しと古時計が壁いっぱいに掛けてあり、その数の多さに驚くほかはない。
SN3G0027_0001.jpg 何せ古時計が隙間なく掛けられており、隙間がないくらいに古時計がひしめき合っている事にビックリさせられる。
 それでも田中さんに言わせれば、持っている古時計の3分の1位しか展示したないからと言うが、数えただけで270台を超しているのだ。
 それも中々見れない珍品が所狭しとかけてあるから、古時計を愛する人でも、これを見ればさすがに足が止まるのだ。
 その圧巻は見る人に迫って来る様、古時計愛好家が「これだけの古時計を見せられると、一瞬足がすくむ」と言うのだ。

 確かに私が見てもその様に思うから、一般の見学者であればどの様な反応をするのか、興味の湧くところである。
 特に精工舎の時計は充実しており、中々手に入らない逸品も数多く掛けてあるから、何処にでもあるものかと思ってしまうのだが。
 SN3G0029_0001.jpgそんな古時計が直ぐに手に入るはずがないが、ここに来ればあたかも簡単に入ると錯覚するような、そんな思いにもなってしまう。
 そしてもう一つがオーディオ機器、ラッパの蓄音機をはじめ、数多くのオーディオが展示してあるからあっと驚く。
 時計だけかと思っていたのに、蓄音機も展示してあり、ビックリする人もあると思うが、それも田中さんの狙いでもあるようだ。
 写真から伝わって来ないかも知れないが、そんな時は一度訪れてみては如何であろうか、常設展示であるから、誘ってお出かけください。
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2016年03月29日

振り子にも個性

    自己主張が表に



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 時計に付き物の振り子、ガリレオが発見したと言う等時性、教会のランプが揺れているのから発見したと言われる。
 このランプの揺れが振り子の等時性、それが振り子時計のはじまりとも言われているが、実際はどうであったのか。
 等時性とはランプが揺れて帰って来る周期が一定である事らしいが、ここから振り子を思いつくとは天才は違うのか。

 そんな振り子の原理を利用して出来たのが振り子時計、振り子が一定に左右に揺れる事を利用して造り出された時計。
 最初の頃の振り子時計は大きなものであったようで、教会SANY4299.JPGなどの場所に付けられた時計が主であったらしい。
 現在でもその当時の振り子時計があるとの事、ヤハリ教会に存在しているが、その時計が段々と小さくなり、掛時計と進化して行った様だ。
 小さくなったのは、今から3百数十年位であるとも、其れが今愛好家が求めている掛時計のはじまりでもある。

 勿論現在の愛好家が手に入れているものは、殆どが明治以後のものであり、そんなに古い物ではないのだ。
 西洋時計として日本に入って来たものは、やはり明治時代、その中でもボンボン時計と言われる時計が振り子時計。
 古時計の代表みたいな時計であり、通称ボンボン時計、SANY4314.JPGそなん掛時計が振り子時のもの、それも常識でいまさら言う事でもない。
 その振り子時計の振り子、西洋時計が一般に出回るようになり、普通の振り子では満足しない消費者に向けて造られたものがある。
 普通の振り子では満足しない人向けに、個性のあふれた振り子が造られる様になり、時計に合った変わった振り子が出来上がる事に。

 それらの振り子は時計本体と相まって、個性的な振り子が多く、自己主張の塊みたいな振り子である。
 手の込んだ振り子もあれば、個性的であるがシンプルな振り子もあり、やはり個性を表に表しているのだ。SANY4878.JPG
 どれが好きか知らないが、それぞれに個性的で、それぞれに凝った造りをしている振子、変わり種でもある。


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2016年03月27日

伊達男の証

    チラリと見せる美学



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 明治の男は伊達、ツイさっきまで頭の上に丁髷をのせていた男達、それが明治に入るとガラリと変容する。
 昨日まで和服姿で歩いていた男、今日は洋装で靴を履き、街を闊歩しているから面白い、目まぐるしく変化して行く明治。
 明治の男たちはさぞかし忙しかったであろうと、頭の上の丁髷は切らなくてはならないし、和服から洋服に着替えなければならない。

 ただえさえ変化が激しいのに、その上に草履から靴に履き替えなければならないし、歩き方まで違うのだから。
 当時の人達はどの様に対応していたのか、さぞかし大変であったろうと思うが、本人たちはどんな思いであったSANY2451.JPGのか。

 今想像して見てもさぞかし大変であったろうと、何せ革靴などはいた事もないものを、ましてや洋服を着て歩くのだ。
 それまで草履か下駄で過ごしていたものを、突如として革靴を履き歩くのだから、はじめはどんな格好であったか。

 想像してみるに、笑いがこみ上げて来る様で、自分ながら想像を絶する姿ではないだろうか、明治の男は元気が良い。
 確かに興味本位で当時の人達の格好を想像してみるが、さぞかし滑稽であったろう、何せ初めての事だから。

 外国人から見れば、不思議な格好であったと思うが、当時の外国人が日本人を描いた漫画があるが、それを見ても不格好な姿だ。
 そもそも日本人は脚が短いので、ズボン姿は似合わないもの、同長の姿SANY2712.JPGに短いズボン、ヤッパリ変な姿だ。
 そんな時代でも粋な男もいるもので、洋服をさっそうと着こなしていた男も、当時の写真を見るに、そんな男も見かけられるのだ。
 ほんの少しの期間で西洋の洋服を着こなす男、同じ日本人でも流石にその姿形は違う、今でも着こなし如何で不格好にも。
 やっぱり着こなしだが、そんな男たちが身に付けていたものが懐中時計、紳士の身嗜みである懐中時計。
 チラリと見せるその姿は伊達男、粋な男の代名詞でもあるが、それの演出に一役買うのも懐中時計である。
 明治の伊達男は懐中時計で決まり、これが無ければ伊達男にならないもの、それを粋に使いこなすのも伊達男だ。
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2016年03月14日

其々の顔

    個性が表に



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 和時計の顔、一つ一つが違った仕様で造り上げられた時計、古くから師弟制度として受け継がれて来た時計である。
 勿論日本独自の時計として世界に知られたもの、明治期には多くが海外に流出、残念な事になってしまった時計。

 その和時計、日本に里帰りさせようと多くが返って来たが、やはり改造もされており、オリジナルの状態のものは少ないが、それでも持ち帰って来ている。

 時計愛好家の中でも和時計は高根の花、中々手に入らない時計として憧れているが、やはり値段が高いから、おいそれとは手がでないもの。
SANY3134.JPG そんな和時計が最近安く手に入るようになり、愛好家の間で蒐集が進んでいると聞く、何故ならば以前より格安となっているからだ。

 勿論安いと言っても八角の時計を買うと言う訳には行かず、簡単には手がでないが、少し他の時計を買うのを控えて、資金をためても買いたいもの。

 一時の値段の三分の一位に安い、この機会に収集する事をお勧めしたいもの、私の出来れば買い求めたいと思っているのだが。

 只贅沢な事で、自分の好きな時計を買いたいと、そんな欲望を持っているために、中々手に入らず、買う機会を逃している。

 SANY3075.JPGイザとなれば二の足を踏む事になり、折角のチャンスを逃がしてしまう事になりかねない、やはり決断が必要だ。
 和時計は個性派であるから、色々な個性の中から自分に合うものを見つけたいと、それもささやかな抵抗かも知れないが。
 愛好家も好き好きが分かれると言うが、それは初期物の和時計と後期の和時計、それも幕末の和時計が好きな人とがある。

 シンプルさを求める人は、和時計の本来の在り方が分かって良いと言うが、後期を好む人は豪華こそ和時計であるとも言う。

SANY3129.JPG やっぱり好き好き、どの和時計が良いかは好きにものが一番、只お金があればの話、中々資金が伴わない我々には難しいかも。
 その和時計の顔、これが一番買うか、買わないかの基準になるものの一つ、個性派であるが故の選択、それがハッキリと分かれるものだ。

 人も和時計も同じようなもので、派手好みの人か、それともシンプルな人か、それが問題であると、悩む事しきり。
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2016年03月12日

花ボタン

    時計の装飾品



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 西洋時計、明治期に海外から押し寄せて来たものの一つ、時代の流れを一気に変えたものの一つ、日本古来の不定時報を改めさせたもの。
 西洋時計は明治期、庶民の生活を一変させたものと言えようが、その実態はあまり評価されていない様である。

 新政府による改暦、西洋諸国と同じ立場に立つためと言われた改暦、世界標準の時間を取り入れた新政府、これにより江戸から明治がハッキリと切り変わった。
 つまり時間管理、時間に縛り付けられる時代が到来した事、その実効支配したのが時計であり、庶民の生活も変わった。

 西洋時計の普及に伴い、時間の観念がガラリと変わり、日の出日の入りの感覚はなくなり、時計に管理させられるようになるSANY0457.JPG
 規則正しい時間の管理、現在われわれが支配されている時間、その根源は改暦にあり、今日の時間をはじめに造り出した時計。
 この時計は西洋から齎されたものと言うが、それは間違いであり、江戸時代でも時計で管理されてはいたから、決して新しいとは言えないか。

 ただ言える事は夏冬の時間の違いはなくなり、24時間一定の速さで時が過ぎて行く事、均等に時間が進む事だ。
 江戸時代では考えられなかった時間、複雑な刻みを理解しなくても、冬夏の時間は同じ、つまり一定であるのが時間だ。

 勿論季節の変化は江戸時代と同じであり、違うのは一刻の時間が同じである点、夜昼24時間狂いもなく同じだ。SANY0449.JPG
 そしてこの事を実行したのがボンボン時計、この時計が無かったら明治はさほど進歩していなかったのではないだろうか。
 それを齎してのはやはり西洋時計であったよし、この時計がなければ維新は語れないもの、だからこそ西洋時計は面白いのだと思う。

 その西洋時計、一番シンプルで使いよくなった時計は、八角尾長の時計がその役割を果たしたもの、特にボンボン時計と言われるもの。
 ボンボン時計は西洋から齎されたものだが、日本人の職人さんはその時計に深く関わりを持っていたのだと思う。

 庶民には記憶に新しい八角型の西洋時計、その後も長きに愛され続けたボンボン時計、このボンボ時計装飾品として明治初期、日本人一人一人に浸透して行く。
 SANY0309.JPGそんなボンボン時計の装飾品、頼りなさそうであるが、控えめでそれぞれに名乗り出ているもの、それは取り付け金具である。

 そのボンボン時計、少しの金具の違いが表れているのも、八角尾長の時計であり、良く似たような取付金具を見るのも、西洋時計の縁。
 時計製造所により、時計の色々な飾り金具が存在している事、少しの違いで雰囲気も変化、小さな物でも時計の雰囲気を変えられる力がある。
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2016年03月04日

割り駒式

    和時計の顔


 
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 和時計、日本独自の時計とし世界から数奇な目で見られ、関心の高い時計であるが、日本には多く現存していない。
 残念な事だが明治期に海外に流出、特に良い物が出て行ってしまい、今は里帰りさせるために躍起である。

 何故そうなったのかは明治の定時法による改暦、不定時報に合わせて造られた和時計、定時法には向かないからだ。

 世界に類を見ないと言われた和時計だが、実用に耐えなければ当然の事消えてしまう運命、結果は残念な事になる。

 里帰りした和時計の多くが改造されているもの、もとの姿に戻すのも大変な事、これも時代のなせる業なのか。SANY5005.JPG
 海外に出て行った和時計はピカピカに磨かれたり、金メッキが施されているものも、日本人の感覚とは違うもの。

 海外では造られた状態に戻す事を優先するが、日本では現状のまま保存するもの、ここが違うためにピカピカにされてしまうのだ。
 日本の侘び寂の世界は彼らには理解しがたい世界、時代の汚れは彼らにとっては汚いものと思われているのだ。

 折角時代が付いたものも、ピカピカにされては台無しと考える日本人、やはり文化の違いなのだが、彼らを引き付けるのも和時計の魅力。

 そんな彼らが好む和時計は江戸中期以後の豪華な装飾のもの、シンプルな初期のものは好まないようで、幕末のものが好まれるのだ。SANY0855.JPG

 和時計の顔は文字盤、そんな和時計は割り駒式のもの、時間調整が速やかに行える、進歩した文字盤だ。
 割り駒以前の和時計は時間調整に手間がかかるもの、シンプルがゆえの文字盤、彼らはそれを好まないのだ。

 自由に駒が動かせる割り駒式の文字盤に、世界で類を見ない仕掛けと受け取られており、関心度が高いのだと思う。
 その割り駒式の文字盤も同じように見えて、一つ一つ比べて見ると全部違うもの、勿論手造りがゆえの結果なのだ。




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2016年02月28日

小型を姫と呼ぶ

    繊細な呼び方



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 日本人は色々なものに例えると言う事をするもの、時計で言えば達磨時計、これは西洋の時計を日本風に変えて呼ぶ呼び方。
 アメリカでは8の字型と呼ばれているように、達磨型とは言わないのだが、例えられたのが違うだけの事、8の字も又時計の形を表している。

 国によって例えられるものが違うと言う事だが、日本人は色々にものに例えて表現する事の好きな民族であるようだ。
 物の表現とは色々な仕方が存在し、其の物ズバリと表現する手法や、遠回しに表現する方法とがある。

 日本の場合は連想できるように、良く似たものを遠回しに表現する、奥ゆかしさも秘めていると思うが、贔屓目かも知れない。
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 しかし例えられたものが、直ぐに頭に浮かぶのも日本人かも知れないと、そんな気がするのもやはり贔屓目か。
 小型の小さなものを姫と呼ぶのも、そのような例えられるものの延長だあると思われ、もともとは可愛らしいと言う意味で姫と呼んだ。

 つまり「女の子を姫」と呼んだのであって、それが「可愛らしいもの」との意味にも受け取られ、小さくて可愛らしいものを「姫」と呼んだのだ。

 6インチの小型の時計を「姫サイズ」と呼んでいるのも、そんな例えから来ているものと思うが、全部が全部その様には呼ばない。SANY0520.JPG
 そこがまた日本人らしいところで、面白い現象でもあり、写真に上げた時計、片方は姫と呼ぶが、片方は姫と呼ばないから面白い。

 6インチの小型達磨、両方とも6インチの文字盤の付いた時計、しかし片方は姫とは呼ばないから、不思議でもある。
 同じ6インチの文字盤を備え、同じ形のものだが、左の時計は少し大きくて、6インチのわりには若干大きいのだ。

 見た目にも少し大きなだけではあるが、左は姫達磨とは呼んでいないもの、小型であり、同じように姫達磨と呼べは良い。
 同じ事SANY7200.JPGが次の写真でも言えるもので、八角型の時計は姫サイズと呼ばれるが、一番下の時計は姫サイズとは呼ばず、小型の変形時計と呼ぶ。

 これも少し大きい事と6インチ文字盤でありながら、姫サイズの仲間入りを拒否されており、不思議な事が起こっているのだ。
 6インチ文字盤を備えているにもかかわらず、姫サイズと呼ばれない不思議、目で見る視覚から入って来る感覚でそのように呼んでいるから不思議でもある。
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2016年02月27日

改造の機構

    本来の使い方と違う


 

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 明治期、西洋時計が伝来し、瞬く間に日本に広がり、そして国産化と目まぐるしく発達を遂げる事になるのだ。
 その結果国産の機械は素晴らしい発展を遂げ、西洋の時計と引けを取らないものに、そこには日本人の努力が大いにあったのだ。
 よく言われる様に日本人は発明は苦手であるが、応用は得意であると言われ、基本のものをより良く改造し、別のものに仕立てる。

 兎に角研究熱心な民族、瞬く間に応用し、新たな物を造り出してしまう民族、時計の機械もまた同じ事であり、新たな改造がはじまる。

 SANY8927.JPG西洋の時計を真似て職人は忠実にコピーを繰り返して行くが、その中から新しい時計の機械を造り出してしまうのだ。
 日本の家屋に合う時計の為、機械構造を改造し、小型化に成功すると同時に、新たな物を造り出すのだ。

 今回紹介する時計は正にそれ、少し改造をして思いもよらぬ時計を造り出す事に、一つは地球儀付き時計と灯台型の時計。
 この二つの時計は従来にはない時計を考案、普通の掛時計用の機械を置時計用に改造、しかしそれだけに止まらず、意外な時計を造る事に。

 掛時計の機械を改造、それを使い置時計の機械とし、奇想天外の機構を取り付けるのだが、今までにない発想であった。SANY7728.JPG

 地球儀を一日一回転させると言う構造、カラクリ時計と呼ばれるものだが、それを真面目に置時計として造り出す。
 そしてもう一つの時計が灯台型の時計、宣伝用に広告塔が回転する仕掛け、この時計も奇想天外のもの、掛時計の機械を横に付けてしまった。
 横にした機械は指針が異様に長くし、広告塔を回転させるために長短の針の部分を改造、筒状のものが回転して時を告げるものになる。

 この二つの時計は機械は普通、取り付けられた部品によって回転する動作が加わり、全く別の時計とかし、今までにないものが出現したのだ。
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 日本人が得意とする応用学、チョットした思い付きをすぐに現実のものとするため、発想がユニークなものとなるのだ。
 そんな時計を造り上げてしまう職人たち、発想がユニークなら、それを造り上げる職人も又ユニークと思うが。
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2016年02月21日

蛎殻町製造時計7

    色々な種類が


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 古時計愛好家なら一台は欲しい時計の一つ、蛎殻町製造時計、数は余り多くないから市場に出れば引っ張りだこだ。
 私の経験からすると四つ丸達磨の方が手に入れ易いようであり、値段も四つ丸達磨の方が安いと思う。
 只人気があるために市場に出ても手に入れる事は難しく、運が良ければ手に入る事もあるのだから、愛好家は気長に待つしか手はない。

 一番の早道は持っている人と直接交渉する事、これにはテクニックが必要であり、いきなり譲れと言っても成立しないのだ。

 お互いの利害が一致しないと難しく、それを分かった上で交渉しなければ失敗り終わり、悔いを残す事にもなりかねない。DSCN0421.JPG

 だから慎重に行動する事だが、焦りは禁物であり、じっくりとお互いの利害を見つけ出す事と思う。
 私も幾度となく経験はしたが、中々成立はしなくて、失敗の方が多かったが、それでも粘り強く交渉する事だと思う。

 そんな蛎殻町製造時計、よく質問されるので今一度細部の写真を撮ったが、要望に応えられたのか疑問。
 自分では分かっているものだと、ツイツイ思ってしまい、写真を撮る所を間違えてしまう事も、だから今回もこれで良いのかと。

 DSCN0425.JPG私の見たものしか知らないから、色々な事が多く分からない事もあるが、この手の蛎殻町製造時計は種類が色々あると思う。

 勿論オリジナルであるかどうかも、決定的ではなく、どれがオリジナルなのかもハッキリしないのだと思うが。

 例えば左右についている木彫りの飾り、これとて同じものも少なく、色々な形が存在しており、どれもオリジナルなのか。
 そんな疑問も抱いているから、果たして質問の内容に答えた事になっているのか、もしまだ疑問であれば追加してあげるつもりです。

 DSCN0426.JPGこの時計が何時製造されたのかとの疑問、製造番号が1500台であることから、明治20年前後かと思われるが、確証はないので何とも言えない。
 機械構造を見ると初期型に近いものと思うが、そんな点も考慮して見て頂いても良いのかと、そのように思っています。
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