2016年01月20日

見て分かりますか

    少しの部分で


 
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 古時計愛好家の中には飛び抜けて時計に詳しい人が、機械的な事ではなく外見でその時計が分かると、そんな事を豪語する人も。

 古時計の種類は数多くて、古時計が好きな人でも全体を把握するのは至難の業、種類もさることながら時計製造会社も多いからだ。
 ある人は精工舎の時計であれば一部を見て、それがどの時計か当てられると言うが、果たして本当なのかとの思いで、少し試してみたい気分に。
 私も数多くの古時計と接してきたが、部分的に見て、それがどの時計かと聞かれれば、自信がないと答えざろう得ないが、果たして可能か。

 友人に言わせれば「そんな事朝飯前で分かるさ」と気楽に言うが、彼はそんな事の出来る者を知っていると豪語、やはり居るのかともSANY0533.JPG

 確かに古時計は特長があるもの、所処をよく見て覚えれば区別がつかない事もないが、膨大の量の数を覚えなければならないのだ。

 ましてや、部分的に所をクローズアップされれば、尚更判別するのは至難の業と思うが、それでも尚分かるのだと言う。

 彼らは如何にして古時計の特徴を覚えるのだろうか、古時計には色々な特徴はあるが、何処を見れば良いものなのか疑問、しかし簡単であるらしい。

 例えば花ボタンの特徴やガラス絵、精工舎の時計であれば尚更の事、カタログに乗っているものをまず覚える事が先決であると。

 SANY0563.JPGこの時計にはこの花ボタンが付く、この時計であればこのガラス絵が付く、これがやはり基本中の基本と言う、直ぐに覚えられるのだと。
 この様に要所、要所を基本として覚え、一つ一つを覚えて行けば、そんなに難しい事はなく、順番に記憶して行く事らしい。

 それが頭の中に蓄積され、イザとなれば頭の中で照らし合わせれば、何処の部分か直ぐに分かるらしく、記憶は間違いないとの事。

 古時計を愛するがゆえに、記憶を駆使して判断が出来、間違える事もないらしいが、私は当時同じようなものがあふれており、ガラス絵もまたしかりである。
 だから同じ絵でも会社が違うと当然の事、判断が違ってくるが、そんな時でも果たして、何処のものと判断できるものなのか。
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 そんな疑問を抱えての写真を挙げてみたが、果たして思惑通りになるものなのか、私も非常に興味の湧くところである。

 写真を見て何処の時計であるか、当てて下さいと言いたいが、写真の撮り方がまずいとの意見は勘弁してもらい、是非挑戦して欲しいものだ。
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2015年12月28日

個性を出す

    色々な工夫



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 古時計の個性とは何か、それが形であり、装飾であり、ガラス絵であったりと様々なもの、その中の一つが個性を発揮する。

 個性をどの様に出すかは作者次第、普通の形の時計でも、チョットしたところに個性は出せるもの、
それも個性だと思う。
 花ボタン一つとっても、チョットした違いで個性を出す事は出来、別に形や装飾を変化させなくても出来るものだと思う。

 そんな古時計の方が落ち着きがあった良いと思うが、人それぞれだから何とも言えないが、シンプルも良いのではないか。

 SANY1804.JPGそんなシンプルさを良しとしない時計も存在、他の時計よりもより個性的で目立ちガリアのものも、それが目的でもあると。
 そんな古時計は随所に個性を表す事が多く、思わぬ所に、思わぬもので個性を表現しているもの、それを楽しんでいるかのようだ。
 そんな古時計は誰が見ても個性の塊、他の時計とは違うのだと強く主張しているもの、その表現もマチマチである。

 個性とはヤッパリなんぞやと、単なる違いが個性であるのか、それは違うと思う、何がしかの意思を持っている事が個性であると。

SANY2292.JPG そんな意思を持って造られている事が重要であると、意志のないものはアピール不足で、人に訴える力が弱いものだ。

 何だか分からなくなって来たような、個性とは難しいものだと言う事、何故かと言えば商品である事だ。

 売り物である以上は強い個性であっても、買って貰わなければならないから、そこそこの個性の強さが必要である。

 売り物の商品とははそんなもの、やっぱり売れなれけば個性が強くてもダメ、それを考えた上で如何にするかも作者の腕。
 そんな個性のある時計を少し比較して見ると、そこには売れ筋と、売れないものとが表れている様な、それが見えるのか。
SANY2294.JPG 写真を見てどれがそれに当たるのか、当ててみてはどうだろうか、その答えはヤッパリ商品として売れた事だ。

 それを考えれば自ずと売れ筋は見えて来るもの、そこそこの個性をアピールするも、商品として売れ筋の時計である事だ。

 果たしてどの時計だろうか、写真の中に当時売れ筋の時計で個性派が存在しているから、当ててみたらどうだろうか。








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2015年12月27日

時計の個性

    一目見て分かる




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 古時計愛好家にとって個性のある時計はすぐに分かるもの、好き嫌いは別にして、その時計の一部を見ただけで判断できる。

 愛好家は自分の好きな時計の隅々まで知り尽しているのが常、機械は不得手の人でも時計の形は得意である。

 得意であると言うよりも機械でない事で、形さえ覚えれば良いから、簡単に覚える事が出来ると思うが、その通りである。

 私の友人も古時計の機械に関しては全くの不得手、どの時計の機械を見ても区別がつかないと言う、ましてや細かな機械の事など知る由もない。

SANY1540.JPG 覚えようとしない事もその要因、はじめから苦手だからと覚える気がないもの、だから何時まで経っても分からないと思う。

 理解しようと思わないのは苦手意識があり、苦手だから覚えたくない、その繰り返しで苦手意識が増幅するのだ。

 逆に機械でなければすんなりと頭に入って行く、苦手意識を持たなければ良いのだが、そんな事は理解している。

 古時計愛好家の多くはこのタイプの人、古時計は好きであるが機械は知らない、それでも古時計は集めるのだ。

 古時計が好きなのは形が変わっているからだと言う人も多く、八角だけではなく色々な形が存在しているから。SANY0374.JPG

 そんな愛好家は形だけではなく、古時計の一部分を見ただけでその時計が何処のものなのか直ぐに分かってしまうのだ。

 形が変わったものだけではなく、八角型の同じような時計でも、愛好家は時計の一部を的確に覚えている人も多い。

 縁取りされている部分を見て分かる人も多く、縁が盛り上がっている事や、金筋の部分の違いも見分けてしまう人も。

 それどころが、花ボタンの形でメーカーを当てる人もおり、細部を見ただけでその時計が分かると言うのだから驚く。

SANY2909.JPG 機械は苦手でも、時計の外形はすべて頭に入れていると言う、だから細部的に写真で見せられても、それがどの古時計か分かると言う。

 そんな愛好家も多く存在しているので、何で機械も覚えないだろうと思うが、苦手は苦手、それだけは覚えられないと言う。

 写真の時計、一部分だけであるが、そんな愛好家なら、一目見ただけで古時計がどの時計か分かってしまうのか。
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2015年11月26日

2つのロレックス

    一つは欲しい時計





SANY0942.JPG ロレックス、世界的に人気の時計の一つ、何故か日本人には一番好まれている時計でもあるのだ。  

 ロレックスはスイスで製造された腕時計、世界的に見れば一流の時計の部類に入る時計、しかし超一流ではない。

 日本人はロレックスを超一流の時計であると勘違いしているが、世界でロレックスは超一流の時計ではない。

 勿見方の違いかもしれないが、バティック、バセロン、ピアジュなどの時計と比べれば一ランク落ちるもの。

 ただ人気で言えばそれらよりも上かも知れないが、ヤッパリ超一流の時計に入るには少し早いようだ。
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 日本人はロレックス神話なるものが存在しているようで、その神話は今も若者に受け継がれており、人気絶頂とも言える。
 何故ここまで人気なのか私は知らないが、タフな時計である事は間違いのないもの、今はクオーツ式の時計が全盛のようだ。
 しかし本来のロレックスは自動巻きのものがロレックスに相応しいもの、そんなことで自動巻きが好き。

 兎に角頑丈な時計の代名詞みたいに、丈夫な造りになっており、防水も優れており、やはりスポーツタイプの時計である。

SANY0951.JPG ロレックスと言えば独特のデザイン、一目見てロレックスと分かるデザイン、如何に穂頑丈であると主張しているようだ。
 確かに頑丈な時計で、それを目的に製造されたかのような時計ね何故かしら私はシンプルな形のものが好きだ。

 自分の愛用しているロレックスは手巻き式のシンプルな時計、何時までも見ていても飽きないデザイン、やっぱりシンプルだ。

 ある人に言わせればロレックスは金色が一番、これに勝るものはないと言うが、やはりロレックスはステンレスが良い。

 実用的な時計として人気がある時計だからこそ、ステンレスが良いと、しかしそれも私だけの感覚かも知れない。
 写真のロレックス、どちらかが偽物の時計であるが、何方が偽物の時計か見破ってみたら面白いと思う。
 さて右側の時計か、それとも左側の時計かねじっくりと見て、ロレックス好きの目を見せて欲しいものだ。
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2015年11月20日

割り駒の仕組み

    幕末のころ


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 和時計の文字盤、日本独自の不定時報という仕組みの文字盤、一時間の長さが一定でない刻みになっている特殊の文字盤だ。
 和時計の文字盤は丸い物と細長いものとがあり、置時計と掛時計とに分かれ、それぞれの文字盤が存在している。
 初期の文字盤は非常にシンプルな文字盤が多かったようで、干支も時文字か数字のどちらかが刻まれていただけのもの。

 形も円形の平たい板一枚の文字盤で、刻みも荒く実に実用的なシンプルなもの、その文字盤が時代が下がるにつれて複雑になって行く。

 干支と数字が刻まれる様になり、メモリも細かく刻まれ、次第に複雑化して行く事に、しかし時刻を細かく読み取ると言うより、形式化されたものであった。SANY0874.JPG

 それが中期頃の文字盤になると、平たいものから立体的に盛り上がるようになり、蒲鉾上に中央が膨らんで行く事になる。

 この頃の文字盤は漆を塗り、文字は浮き彫りにされており、時刻がハッキリと読み取れると同時に、手の込んだ造りとなる。
 これは装飾的なものであり、時計そのものを豪華に見せるためのもの、時計も装飾がほどこされるようになる。

 そして今回の割り駒式文字盤へと進化を遂げるようになり、不定時報により簡単に時刻を変更できる仕組みを考えだす。

 割り駒式の文字盤とは、真鍮板の淵の方に溝を彫り込み、その溝に割り駒と呼ばれる真鍮の板を幾つか挟み込む。
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 時刻を示す駒は少し大きく細長い板、それより少し小さな駒は半時をあらわす板、この二つの駒がセットとなり文字盤を構成する。

 大きい方の駒に数字もしくは干支が彫り込まれ、12個の駒となり、これが時刻を示す板、半刻の板は刻みはないもの。

 写真の文字盤は直径5.5センチの小型な文字盤、刻まれている溝は6ミリ幅、そこに時刻を示す駒が埋め込まれる。

 この駒、縦6ミリ、横4ミリと小さな板、その板に脚が付けてあり、溝に差し込みピンで止める形式になっている。

 ピン止めであるが薄い板を嵌め込み、左右に動く様になっていて、時刻の調整が出来る仕掛けに工夫されている。
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 この仕掛けにより、時刻を示す板を移動させることにより、夏冬の時間調整が容易となり、自在に時刻を調整できる仕組みは画期的だ。
 この様な仕組みのある文字盤は世界にはなく、日本の和時計独自の仕組み、不定時報に合う様に考え出された究極の文字盤だ。
 小さな駒を自由に移動させ、時間調整をすると言う独特の仕組みを持った和時計、合理的に考えた文字盤である。

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2015年11月19日

ハリの数が多い

    複雑な機構




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 古時計は色々な種類があるから面白いと、数が多すぎて何処から手を付けて良いのか分からないと、そんな嘆きが聞こえて来る。

 古時計とは時代によって流行り廃りがある事、その時代には流行った時計は多く存在し、流行らなかった時計は存在数が少ない。

 今も昔も同じような事、流行れば我も我もと買い求め、それが現在まで伝わっている事になるが、流行らない時計は珍品となる。
 面白いもので、数の少ないものはその時計が良いか悪いかとは無関係、良い時計でも数が多ければ珍品とならず。
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 逆に数の少ない時計は悪い時計であっても珍品となり、それ故に愛好家から推奨の的となり、追い続ける事になる。

 人と違ったものが欲しいと思うのは何時の時代も変わりはなく、やはり数少ないものに憧れるのだと思う。

 確かに流行もあるが、古時計とは流行だけでは片づけられないものがあり、流行とは違いごく普通の物でも、数が少なければ価値は上がるもの。

 珍品とは不思議なもので、人々が欲しいもので数の少ないものを珍品扱いにし、それを探し求めるのだと思う。

 今回の古時計は数の少ない時計、定義付けで言えば第珍品として扱われるもの、勿論人気も高い古時計である。
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 その中でも機構的に複雑にものである古時計、それは誰が見てもすぐに珍品だと思われる時計、数の少ない時計でも普通の時計とは違うもの。

 並みの古時計は誰が見ても多く存在して、何時でも、何処でも見つけられるもの、写真の古時計はその逆のものだ。

 写真で見ても直ぐに之が珍品時計と分かるのだが、文字盤の針が何本も付いている時計であり、何で多く付いているのか興味が湧く時計。
 これらの古時計は複雑な機構を持っており、日付や曜日、月の満ち欠けから季節まで刻むものである。

 その為に付いている針の数が多い事、針の数が多ければ多いほど、機械も複雑化して行き、また高価な時計となるのだ。
 つまり、針の多く付いている時計は高い、高価であると言う事、古時計に興味のない人にも、数少ない時計だと分かるものだ。

 掛時計、置時計、懐中時計と種類は違うが、針の多さでは種類を超えて競い合って針が多く付けてあるもの。








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2015年11月14日

和時計の鐘

    一番平たいもの


 
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 和時計の鐘、日本に伝来した西洋時計、1500年台に渡来したと言われ、おそらく宣教師が持ち込んだものと言われる。
 あの織田信長も宣教師から献上され、珍しがったと言われるが、その時計は現存していないのだが、一番古いとされているのが徳川家康に献上された時計。
 スペイン製の時計だ、和時計を製造した元祖と言われる津田助左衛門、彼が一番初めに製造したと言われる時計も現存していない。
 残念な事だが1500年代の和時計は現存せず、1600年に入ってからの時計が現存しており、それが一番古いとされている。

 和時計は西洋時計をモデルとして製造され、その後日本の時間に合う時計に改造され、和時計となる。
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 この和時計、時を告げる鐘も日本様に造られ、西洋の鐘と少し違うものになり、日本独自の鐘が誕生する。

 初期物はお寺の鐘と同じように、その姿が深くて細長い鐘、そんな時を告げる和時計の鐘、次第に形が変化して行く。

 はじめは深鈴と呼ばれる様にお寺の鐘と同じ様、しかし時代が下がるにつれて、段々と浅くなるのだ。

 何時頃に製造された物なのかと、時代測定にも鐘が参考となるようで、鐘が深ければ古くて、浅ければ新しいと言う。

 一般的な判断であるが、時には新しいものでも深鈴が付いているものもあるが、それは例外として全般的に比較できるもの。SANY0751[1].JPG

 写真の鐘、和時計も終焉を迎える江戸末期の鐘、浅くて平たい形の鐘であり、最終型の鐘である。

 右の鐘と比べれば一目瞭然、非常に平たい事が分かると思う、姿も下の部分が垂直になっており、上の部分も平たくなっている。
 鐘の厚みも薄くて、槌が当たる部分が少し厚くはなっているが、古い物と比べれば無いに等しいものだ。

 この様に和時計の鐘は時代の変化に対応したかのように、浅くなって行く事が目にもハッキリと分かるものだ。
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 この形の鐘は鋳物とろくろで引かれたものと二つがあり、裏に砂目が残っているものは鋳物である。
 幕末の鐘は現在造られた旋盤によるものと非常に良く似ている。
 それだけ幕末にはろくろの技術が向上した事が伺える。
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2015年11月12日

めぐり合わない

    四十数年経つ


 
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 古時計と巡り合ってから四十数年、長い様で短い年月、今にして思えば若かった時の志は何であったのか。
 駆け出しの頃、古時計を集めるのに、そんなに時間がかからないと思っていたが、はや四十数年が経つ。
 簡単と思っていた事が、未だに達成できないでいるのだと思うと、この世界は奥が深すぎるのだと思い始めた。

 簡単だと思っていた頃が懐かしく思う今日この頃、あの時の思いは今は何処に行ってしまったのかと、そんな事を思う。
SANY3184.JPG 最近はハッとする古時計と巡り合っていないので、そんな風に思ってしまうかも知れないが、事実は事実だ。

 当初、全国の時計を集めてやると心に決め、今思っても元気な動きで走り回った事を、ついこの前の事と。

 現実はそんな思いとは逆に、探しても、探しても、見つからないばかりか、最近では行動力も衰えたか。
 全国の時計どころか、名古屋地域の時計すらまだ集まっていないのが現状、簡単だと思っていた名古屋の時計。
SANY5297.JPG 幾らでもあると信じていた名古屋の時計だが、集めれば集める毎に遠のく様に思え、これでは先が思いやられると感じ始めた。

 人が言う様に「珍品ばかり集めているからだ」とか、「珍しい形の時計を集めているからだ」とか言うが、決してそうではない。
 八角の普通の時計、それも名古屋で製造されたもの、只それだけの事と思っていた時計だが、やっぱり見つからない。
 気の合う古時計仲間と良くそんな話をしたことが、今になってしみじみと思う様に、何故集まらないのかと。
 SANY2434.JPG古時計は縁、縁がなければ集まらないと、そんな言葉を何度聞かされつつ、それでも追いかけて来たが、ここへ来て焦りが出始めたようだ。
 名古屋の時計すら集められないのではと、もう見つからないのではと、そんな挫折感の中、今日も探し続ける。
 今一台見つけてやろうと、まだまだ探せばあるはずと、そんな気が無くなってしまったら、この道はそこで終わりだと。
 やはり古時計の世界は広いもの、そして奥が深いもの、闇の中を探している様な、そんな世界であろうかと。












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2015年10月19日

パリ万博

    陶器製の置時計



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 1880年代のパリ万博、フランスを代表するリモージュ焼、そのリモージュがパリ万博用に製造した時計。

 大きさは高さ33センチ、横23センチ、奥行き18センチの大きさの置時計、リモージュ社独特のブルー、そのブルーの部分を少なくして、白い部分を広く取っている。
 その白い部分に手書きで風景画が描かれているもの、時計正面の文字盤下に描かれているのは田舎の風景、空は茜色らしき雲。

 大きな木が家を守っているような田舎家、水辺に建つ一戸建ての古い家、とんがり帽子の屋根と大きな木、如何にも田園の風景。

 この絵が都会の風景だと今一ピンと来なくて、お土産品の時計になってしまうところを、田舎の風景にして、しっとりとした雰囲気にした事だ。SANY0115.JPG

 これによりこの時計の雰囲気が良くなり、落ち着いた時計に、土産物の安い時計になるのを避け、逆に重厚感を出した点。
 文字盤上部に花らしきものが少し描かれ、時計全面の風景が完成され、白い空間がすっきりとしたものに出来上がらせたのは流石に万博用だ。

 文字盤の下に風景画、そして全体のバランスが絶妙、時計全体の大きさもちょうどよい大きさ、大きくもなく、小さくもなく、ちょうどよい大きさだ。

 リモージュと言えばブルーの、あの独特な色、この色で前面を覆い隠せば、如何にも豪華なように見えるが、実際は重すぎる色彩だ。

 縁取りだけがブルーとしたことで、見た目には軽く感じて、実際には重厚さが増している事だが、これも計算されたもの。SANY0118.JPG

 フランス人のセンスの良さがあらわされたもの、デザインと彩色を知り尽した職人技、手書きの技術をふんだんに活用した事も評価できる。
 側面にも木が描かれているが、油絵のようなタッチの描き方、雑木なのか知らない木、前面の家の風景の延長上にある風景か。

 この時計、意外と側面も大きくて幅広、高さがソコソコある事もあり、側面の大きさもこの時計を大きく見せている一つ。
 得てして、このタイプの時計は横幅が狭い物が多く、すっきりとしたものが普通、しかしこの時計は万博を意識した物、重厚なものとなった。

 機械はアメリカ製のもの、アンソニア社の機械が入れてあり、当時フランスの機械ではなく、アメリカ物が流行っていた。SANY0122.JPG

 そんな事でこの時計もアメリカ製の機械を入れ、流行を取り入れた形に、アメリカ人向けの使用にしたかもしれないのだ。

 いずれにしろ、このタイプの時計は好き嫌いがハッキリと分かれるが、落ち着いた雰囲気のこの時計は好感が持てる一台である。

 貴族的な雰囲気ではなく、一般庶民向けの時計である事も、この時代庶民パワーが大きくなった時代の流、それを象徴しているかのようだ。

 この万博以後、一般庶民の力が大きくなり、貴族社会から近代的な流れが大きく進む、時代の変遷期の時計でもある。





   
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2015年08月30日

其々の円

    定番の円形




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 古時計の中でも別格とされているのが四つ丸達磨、誰一人として嫌う人のいない時計だ。

 人々がこの四つ丸達磨を何故好きになっているのか、明治期に日本に入って来た四つ丸達磨、日本人に愛されてきた四つ丸達磨。

 この四つ丸達磨、愛好家ならずとも人気は高く、インテリアとしても好きな人が多いと聞く。

 これほど人気が何処にあるのだろうか、確かに日本人には馴染みの時計、八角の時計と共に古時計と言えばこの時計だ。
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 そのデザインから人々に好かれるものなのか、明治時代にはステータスのシンボルとして扱われて来た。

 特に金達磨は人気が一番高かった時計、八角の時計よりはデザインが洗練されたもの、あの達磨の形が良い。

 確かに上下円形のデザインは流れるようなリズム感があり、心に訴えるものがあるように思える。

 この時計、四つの丸が重なり合い形成された形、大小の丸からなる形は安定感もあり、あの形だからこそ良い。
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 仮にあの形が逆に下が大きくて、上が小さな丸だと果たしてどうだろうか、今みたいな人気になっていただろうか。

 デザインとは難しいもので、上下逆さまにしただけで、そのものを変えてしまう事もあり、意外性も潜んでいる。

 上が大きくて、下が小さいからこそリズム感が生まれ、すっきりとしたデザインとなったと思う。

 そしてもう一つの要素は下のガラス枠に嵌められたガラス、そのガラスに描かれた円。
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 これも、この時計が人気である由縁、この丸は二つと四っつ、あのガラス絵と言われる金の丸。

 この時計に、このガラス絵あり、もし違ったガラス絵があり、この円がなかったら、今の人気はないと思う。

 人気になる要素は丸、それも金の丸、ガラス絵共々、金の丸が命である事の証だと感心する。

 やはり人間はあの丸に落ち着きと安定感を覚えるに違いないと、そんな事を思う四つ丸達磨である。







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2015年08月27日

和時計を造る5

    話にならない


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 機械おんちの友人、よせばいいのに和時計を製作すると言う暴挙に出、自分がどのような人間であるか理解していない。

 せっせと買い込んだ雑誌を見て、和時計を組み立てていたらしく、自分が何をしているのか分かっていない。

 結果は、私の家に完成した和時計を持ち込み、「どうだ完成させた」と鼻高々、「やればできるのだ」と意気込むのだ。

「何で和時計を持って来たのか」と問えば、「完成したからみせに来た、しかし少し調子が悪いから見てくれ」と言い出す。

「図面通りに造ったのなら動くはず動かして見ろ」と言えば、「少し調子が悪い」と言い出す始末だ。
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 彼が和時計を造るなど暴挙の何ものでもないのだが、造ってしまえば其れも致し方ないが、持参すると言う事は何処かおかしいのだと思う。
 前号迄にその経緯は話したが、問題の一つは解決し、彼の手違いである事は明白に分かったが、それを直しても動かないのだ。
 図面などなくしてしまったと、それを見ればどこが違うのか理解できるが、資料がないために手探りで調べる事に。

 通常の状態であれば雁木車をフリーにしてやれば、自動的に歯車が回転するはずだが、これは動かない。

 やっぱりおかしいと再度分解して見るが、歯車には異常は見受けられないので、その他の原因だと思う。
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 もう一度本人に「図面通りに組み立てたろうな」と聞く、友人胸を張って「当たり前だ、図面通りに組み立てた」と意気込むのだ。

 それにしてもフリーにして動くはずが動かないと言う事は、何処かに図面と違うところがあるはず。

 奴のしでかす事は信用ならないし、完成すること自体おかしいのだからと、腹の中で思いつつ調べを進める。

 すると、天賦の位置が何だかおかしい事に気付き、「この添付おかしくないか」と再度聞いてみる。

 「何でネジ止めがみえるのだ」、普通はこれは裏側であるはず、間違いではないのかと聞くも、彼は図面通りだと主張する。

 仕方なく天賦を外して前後を入れ替え、ネジ止めを後ろ側にして組み直し、図面通りと言う彼の言葉を否定した。

 案の定、前後に天賦を変えたことにより、時計はぎこちなく動き出したが、まだ調整はしなくてはならないと思う。

 何処かが違っているはず、こんなにぎこちなく動くのはそれを物語っていると確信、先が思いやられるのだ。






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2015年08月11日

和時計を造る4

    分解してみる


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 機械おんちの友人が持って来たレプリカの和時計、図面通りに製作したと本人は言うのだが、完成しても動かないと。
 確かに彼の言う通り、外形上は完成しており、和時計そのままの姿であるが、全く動かないのだ。
 いくら不器用な者が製作しても少しは動くはず、しかしこれは全く動かないもの、それも雁木車もピクリともしない。
 普通雁木車は少しの力でも動くのが当たり前、それでなければ全体を動かそうとしても動くはずがない。

 棒天賦の接点である雁木車は自在に動かなければならず、手で触れば回転するはず、それが動かないから、最初からおかしい。SANY1590.JPG
 支柱を取り払い雁木車を見るに、薄いワッシャーが前後に四枚入っているのだが、これが必要なのか。
 説明書を見るに、全部入れて組み立てろとは書いていなくて、調整して入れると書かれているのだ。
 もっと詳しく見てみると、雁木車の支柱が少し前後に動く事が分かり、これを調整するためにワッシャーを入れろと言う事らしい。

 しかしこれは設計ミスと思うが、支柱がしっかりしていれば調整する必要がないのだと思う。
 雁木車のワッシャーを外し、支柱を叩いて遊びをなくし、しっかりと固定、これで雁木車はフリーになった。SANY1597.JPG
 再度組み立てる事にして支柱を取り付けようとしたが、何だかへんな気がして、横から眺めると、やっぱり変だ。
 全体の歯車の支軸が横一線に並んでいるが、すべて平行になっていないことに気付く、やっぱりおかしい。
 ここでまた作業が一旦止まり、原因を究明することに、自分の目がおかしいのかと再度見てみるも、やっぱり支軸が平行でないのだ。
 これでは雁木車の動かない原因を直しても、それだけではこの時計は動かないのだと思い、今度は支軸の原因を探ることにした。

 SANY1606.JPG一つ見つけると、また一つ原因が発生し、いくつかの原因が重なり合って、全体が動かないと思う。
 写真は一番上、鐘の支柱と棒天賦、これを取らないと最初の作業が出来ず、そのあと前一番車の支柱を外し、その後雁木車の支柱を外す。


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2015年08月10日

サマーキャンプ

    お盆を前に

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 今年もサマーキャンプ実施、八ヶ岳原村の郷土資料館と事務局のチロルハウス、両方で開催。

 郷土資料館は室内にインテリアとして展示、多くの時計を展示して居なくて、あくまでもインテリアとしての展示。

 その一方で事務局のある郷土資料館のすぐ裏、チロルハウスでの展示は50台を超す、勿論見学できる。

 この時期になると観光客が急増、郷土資料館の見学者も多くなり、毎年見学に来る人も多い。

 中には時計の修理をしてほしいと、時計持参で来る人も現れ、係りの人もびっくりする事もある。
 以前にも郷土資料館で無料の修理を行った事もあり、それを覚えている人も多く、郷土資料館に行けば、この時期時計の修理をしてくれると思っているようだ。
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 以前に時計の修理をしてもらった人は、直接チロルハウスに持ち込んでくる人も居るから驚きだ。

 古時計の事を理解して貰う事は非常に良い事、古時計普及になれば当協会としてもありがたい事。

 しかし、軽修理なら無料で済むが、大きな修理となると無料ではできないから、本人の承諾を得る事にしている。

 古時計と言っても種類は多く、持ち込まれて来る時計も色々だが、手持ちで修理できるものは出来るだけ修理をしてあげる事に。

 一昨年の事、老人が掛時計を持って現れ、如何しても直して欲しいと懇願されたが、機械を見るとゼンマイが切れ、歯車が傷んでおり、大修理となるので、時計屋さんを紹介する。

 すると老人「今までに時計屋に持ち込んだが全部断られた、こちらで直して欲しいと」強く懇願された。SANY2106.JPG

 結局持ち前の機械をそっくり取り替えて、本人に了承を得て修理、感激して持って帰られたのだ。

 そんな事でチロルハウスでの修理もボチボチと、資料館からの紹介もあり、今年も修理がもっと持ち込まれるかも知れない。

 これからのお盆休みが一番混む時期、観光客も多く訪れるだろうから。





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2015年08月08日

珍品時計とは

    どれが珍品か


 
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 よく聞かれるのが珍品時計とは何ですかとの質問、その判断はどこにあるのかと言うものが多く聞かれる。

 誰しも珍品時計の判断は何処を指しているものなのか、そして誰が判断するのかと、確かに問いかけられた質問はもっともな事。
 普通珍品時計と言えば、形の変わっている時計の事で、普通の時計よりも違う姿をしているものを指す。

 主に変形型の時計を指し、数が少ないものを指し、珍しい機構を指物と言えるのだが、それも何と比較して。

 珍品時計の定義は、ヤッパリ変わっている事が重要な要素、定番の時計の形よりも違う物、極端に大きかったり、逆に小さかったり、異なる形のもの。SANY0856.JPG
 しかしこれだけが珍品時計ではなく、それ以外の要素も、それは時計の製造会社、大手の時計製造会社ではないもの。

 つまり市場では中々お目にかからない位に数の少ない時計、弱小の時計製造所で製造された時計の事。

 明治期には全国で数多くの時計製造会社が存在していたが、今では記録もなく、まして現物もない時計が存在している。
 記録があっても中々見たことのない時計製造会社の時計、そんな時計も珍品時計と称せられるのだ。
 SANY4595.JPGよくどこが珍品なのかと聞かれる時計がそれ、単なる八角の時計がどうして珍品なのかと、形が八角の単なる時計でも、製造所が珍しいのだ。

 その逆が精工舎の時計でも、石原町の時計は珍品時計と呼ばれるもの、八角であれ、達磨であれ、形ではなく製造されたものが少ないからだ。

 大手の時計製造会社でも、製造された時計の数が少ないものも、珍品時計の部類に入る。

 それが単なる八角の時計でも、同じ八角の時計が珍品と呼ばれる由縁であるのだ、だから精工舎でもありうるのだ。
 結論的に言えば、数が極めて少ない時計は珍品時計と呼ばれ、形の変わったものも珍品時計、聞きなれない時計製造会社の時計も珍品時計となる。SANY3687.JPG

 そしてもう一つの要素が、歴史的に価値のある時計、有名な人が持っていた時計だとか、博覧会の出品時計とか、歴史に刻まれた時計、駅逓寮の時計がそれに値する。
 そなん条件の時計はすべて珍品時計と呼ばれるもの、そんな条件の時計を見つけてください。
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2015年08月06日

彫が違うの

    自分のものと違う


 
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 古時計愛好家ららの質問、何時も色々な質問を受けるが、私の知っている範囲でお答えしている。

 古時計は奥が深くて、とても私の様な者では全部を知る事は出来ず、色々中に相談、回答を出している。

 自分で判断出来ない時、信頼できる友人知人に意見を求め、一番良い回答を出しているが全部が正解とは限らない。

 それがまた古時計の良いところでもあり、奥の深いところであると思っているが、古時計愛好家も同じだと思っている。
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 そんな古時計、何処にその魅力があるのか、それは個人個人で違い、自分の好きなものに魅力を感じると思うが。

 その愛好家から、自分の持ってるものと私がブログで紹介したのと少し違うから、なんで違うのか教えてほしいと。

 そして、まさか後から作られた偽物ではないだろうかとも、そんな心配をして質問して来たとのこと。
 その時計は文字盤6インチ上下八角の掛時計、珍品の時計であり、人気の高い時計でもあるものだが数は少ない。
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 だから偽物も有るのではないのかとの疑問らしく、私のと違うから不安になったの事らしい。

 確かに私の持っている時計と少し彫が違う、しかし同じ製造所で造られた物でないから、同じ彫とならない。

 たとえ同じ製造所で造られていても、必ずしも同じとは言えず、色々な彫り方もありうるのだ。

 一人の人が全部の時計の彫を担当している訳でもなく、何人かで彫を担当しているはず、だから彫り方も違うと思う。
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 当然違って当たり前とも言え、違うから偽物と判断するのは早計、製造所がハッキリと同じでも違いがある。

 そんな時は全体の時計の造り方をじっくりと観察すれば、自ずから答えが見えて来るもの、やっぱり古時計は総合判断と思う。

 色々な個所を見て相違点や類似点を見たりして、総合的に判断をすることをお勧めする。

 古時計は奥が深いとはこの事でも分かるように、一点だけでは判断が出来ず、間違った答えが出る恐れもある。
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2015年08月05日

和時計の顔

    長い歴史の中


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 和時計とは日本独特の時計、世界でも類を見ないと言われる不定時法、いわゆる太陰暦に適合した時計。

 日本人の独特の発想に基づいて製造されたもの、日の出、日の入りに合わせた生活と共に生きて来た。

 かと言って一般庶民と共にした訳ではなく、やはり支配層に使われてきた時計、そんな人達に時刻を告げて来た。
 一般庶民はそんな時間に縛られなく、日の出と共に働き、日の入と共に仕事を終える生活をして来た。

SANY3129.JPG そんな時代、権威の象徴とも言える和時計は支配層に支持され、言わば彼らの好みにより発達して来たとも言える。
 時計と言えば文字盤が時計の顔とも言われるもの、その顔は又好みによりそれぞれ、色々な顔をした和時計。
 古い物は文字盤も大きく、シンプルなものが多く、時代が下がるにしたがって複雑な仕組みとなる。
 人間と同じ様に、おおらかな時代の顔と現代人の顔が違う様に、時計の顔もやはり違い、おおらかな顔から、複雑な顔に。

 その時代に合った顔をしているとも言え、権威を象徴している顔を求めたとも言えるが、作者の顔とも。SANY8044.JPG
 和時計が生まれたころの顔は彩色されていたものが多く、文字盤中央部は赤い漆で塗られているもの。

 写真は初期物ではないが雰囲気は初期、二つ目の写真は幕末の文字盤、針も違う物であれば、数字は割り駒式のもの。

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2015年08月02日

文字盤が回転

    指針は回転しない


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 時計と言えば指針が回転して時を告げるもの、一般的には長針と短針が回転して、時間を告げるのだ。

 掛時計、置時計二つとも長針と短針が付いており、時刻を見るのはその指針がさしている場所が時刻。

 普通の時計はこのような仕組みの時計、短針と長針で、その時の時刻を示す、それが時計であると。

 これが一般的な時計、殆どの時計はこのような仕組みのものが、しかし中には文字盤が動く時計もある。

 勿論このような時計は特殊の部類に入っており、一般的ではないもの、珍品と呼ばれる部類に属するものだ。
 この様な時計は古くから存在はしているが、多くは製造さSANY7728.JPGれておらず、中々一般の人には知られていない。

 古くは和時計の時代から文字盤が回転するものは存在しており、幕末には数多く製造されていた。

 西洋時計が日本入ってきて、この和時計の機構も一時は忘れ去られていたようで、文字盤が固定されている時計が主体であった。

 明治も中頃より時代か下がると、固定式の文字盤だけではなく、回転式の文字盤を持った時計が製造されるようになる。

 時計製造業界も過当競争が激化して、他社との差別化を図るために文字盤の回転式が復活を遂げる事に。

 回転式の文字盤は機構としてはそんなに難しいものではSANY1445.JPGなく、簡単に製造が可能なもの。

 只デザイン的に工夫がされ製造しているようで、各社色々なデザイン、円筒式の文字盤を採用している事。

 長針が上、短針が下の構造となっており、別に難しいものではなく、簡単なもの、その機構を見れば納得するものだ。

 指針は本体中央部に固定されており、上が分で、下が時間と見方が難しくないように造られた。
 普通の時計の長針と短針が、円筒形ものに変わっただけ事、難しく考えない事だ。

 写真はその回転式の文字盤を持つ時計たち、明治後期から大正にかけて製造されたもの、一番下は時間が下で分が上。


















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2015年07月20日

古時計仲間

    性格の違い



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 古時計愛好家、それぞれ好みが違い集める時計ももちろん違うが、古時計が好きな事は同じだ。

 古時計が好きで集めたものばかり、そこには人それぞれの拘りも、当然ある事は当たり前で、古時計を見れば多少は分かる。

 ある人は掛時計が中心であったり、ある人は置時計が中心であったりと、やっぱり違いがあり面白い結果に。

 古時計愛好家は人の集めた古時計が気になる人も多く、他の人のコレクションを見たいとも思う。148.JPG

 自分が集めたものとどう違うのかと、そんな思いで他人のコレクションを見たいと思うのだと。

 自分より凄い古時計を集めているのではとか、自分は他人と比べて水準が上か下かと、そんな事も思うのだ。

 そうかと思うと、人は人自分は自分と我関せずと、自分中心の人もあり、個性的な人もまた多いのだと思うが。

 よく聞く言葉に「古時計愛好家は変わった人が多い」とも言われるが、果たしてその言葉は当たっているのか。149.JPG

 「私もその中の一人」、少し変わっているのかと思う時もあるが、他人はどの様に見ているのだろうか。

 そこで少し時計仲間のコレクションを見てみようと、時計仲間を訪ねてみたので、その時の写真を紹介する。

 古時計愛好家の集めた時計だから、すごい時計ばかりかと思っている人も居るだろうが、そんな事はない。

178.JPG みんな至ってシンプルな時計ばかり集めているもの、それも自分好みの時計を、じっくりと吟味して集めたのだと思う。

 だからこそ好感が持てて、見ていても嫌みがないものばかり、これ見よがしの時計は見た限りではない。


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2015年07月10日

和時計の種類

    幕末期のもの


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 和時計の種類は多く、色々なものが存在しているが、今の時計のように同じ物が幾つも存在しているのと違い、単独製造だ。

 つまり一個一個違うもの、一つとして同じものが存在しない事、大量に造るものではなく一個製造だ。

 勿論手で製造するものだから、違いがあって当たり前だが、同じものを造らないのも和時計であり、単体での製造だ。

 其れも一人で造るのではなく、多くの弟子たちが担当して製造されるもので、時計師が一人で製造しない。

 むしろ時計師は設計段階で携わるくらいで、概ねは弟子たちが製造しており、時計師がほとんど手を出さないようだ。
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 特にお抱え時計師ともなると、弟子を多く抱えており、それらに時計を製造させ、自分は事務方に徹していたようだ。

 和時計師が上司宛に製造費の見積書を提出しているが、其れには多くの弟子たちがかかわっている事が分かり、その費用が記載されている。

 材料費は当然の事だが、その部品に何人かかわっていることも記載されているから、その費用も分かるようになっているのだ。

 写真の和時計、良く似た2つの時計だが造り方に違いが、2つとも幕末に製造されたもの、真鍮製の時計である。

 一つは全体に透かし彫りが施された豪華なもの、4本の支柱が付き、真鍮製の枠は板をくり貫き、美しい花の図柄が透かし彫りされたもの。SANY1024.JPG

 この手の時計は高級品とされ、手の込んだ造りの豪華なものが多く、幕末時に多く造られたようだが、現存数は多くない。

 文字盤は簡単なもので幕末特有なもの、指針は固定式、文字盤が回転する仕組みの時計、時計の大きさも小型の部類に属するものだ。

 もう一つの和時計は全体に毛彫りが施された時計、この時計も小型で台時計であり、4本支柱のもの、これも文字盤は固定式。

 毛彫りとは鉄筆で細い線をもって図柄を彫り込む形式のもの、側面には細かく花の図柄が彫られ、時計を豪華に見せている。
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 2つの和時計、良くは似ているが、じっくりと観察してみると、それぞれに違いがあり、作者の意図が見て取れるものだ。

 和時計の中でも人気の高い時計、見た目にも豪華であり、和時計最後の時計とも言えよう。
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2015年07月03日

小さな和時計

    幕末の生まれ


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 和時計は長い間製造し続けられた時計、その時代時代によって変化を遂げた時計でもあり、様々な種類が造られた。
 和時計はお抱え時計師と言われる集団と町方時計師との二つの時計師が存在し、和時計を製造した。

 大名に抱えられた時計師は主人の命により和時計を製造、一般には出回る事のない時計でもあった。

 お抱え時計師は禄を貰い、主人の為に和時計を製造、他藩の献上品としても和時計を製造したのだ。
 和時計には製造した者の銘が刻まれているのが少ないが、これはお抱え時計師は銘を入れるのをしなかった。SANY3120.JPG

遠慮して銘を刻まなかったと言われているが、お抱え時計師だから、銘を刻まなくても製造したものは分かっているからだとも言われる。

 そんなわけで銘が刻まれている時計は数が少なく、何処で製造されたのか不明な時計も多いのだ。
 勿論町方の時計師も存在したから、彼らも全部が銘を刻んだ訳でなく、やはり無名のものも多い。
 写真の和時計も又名は刻まれていない時計、製造されたのは幕末、それも明治近くの時代であろうと思われる。
 SANY3129.JPG小型の袴腰の形、掛時計の形式であるが、置時計としても使用出来るもの、造りは良い物で手が込んだものだ。

 鐘は幕末の時代に流行った形、高さはなく平たくて角のある鐘、和時計最後の頃の特徴ある鐘だ。

 文字盤は割り駒形式のものが付くが、この割り駒は自由に時間を変える事が出来る仕組み、文字盤の裏側にピンで駒か止められている。

 このピン止めが駒を自由に移動する事が出来、時間調整が簡単に出来る事、今まで以上に簡単に出来るようになった。
SANY3126.JPG 外側の板は真鍮製、腐食式で模様を描いており、袴腰時計の独特の形式を造り上げているものである。

 時計全体は非常に美しいスタイルが仕上がっている感じ、和時計の集大成であるかのような雰囲気を醸し出しているよ良い時計だ。






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