2020年02月15日

ディスプレー

      お国の違い
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 同じ目的の物を作っても、その気候風土の違いにより、出来上がる品物が全く違った物に仕上がるが、これは単に職人の趣味の違いによるものではない。
 生まれ育った環境にも多く来影響を与えるものであるが、文化の違いも大きな要素の1つであり、素材やデザインにも色濃く影響与えるものでもある。
 当然の事であるが、その国によっても違いが出るのは当たり前、長い文化の蓄積の中から生まれ出てくるもの、つまり短絡的に其の物が生まれ出ることは無い。
 歴史と文化が育てた上に立って生まれ出る物で、それは長い時間が育んだ末のもの、そんな伝統の上に成り立って物が出来上がるのであり、民族の証でもある。
 写真の時計のスタンド、下はイギリスの物、上は日本の物であり、イギリスのものはブロンズ製で、日本のものは当然の事木製、其々に文化の違いが表に出ている。
 西洋の物は「金属」、日本の物は「木」、この二つはハッキリと文化の違SANY0854.JPGいが分かる代表なものであり、金属と木製で明らかにお国柄がハッキリと出ているもの。

 その図柄も、ひとめ見れば歴然として文化の違いがあからさまに分かり、鉄の力強さと木の柔らかさが対照的に出ており、日本のものはシンプルであり、西洋のものは迫力がある。
 しかし、西洋物は大量生産であり、日本のものは少量生産、もしくは一個しか製造されていないかも、量産品と単品生産の違い等、そして日本製に付いて詳しく見れば、非常に手の込んだ仕事がされている。
 見かけはシンプルであるが、衝立上の板は引き出し式になっており、使わないときはスライドさせ本体の中に入る仕掛け、又その衝立の表面には木象嵌が施された豪華な造りである。
 国民性の違いと言うべきなのか、それとも考え方の違いなのかは判らないが、西洋と日本そこには受け継がれてきた歴史が、木の文化を受け継いだ日本人、木の温かさを表現したものとなっている。
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2020年02月14日

見ただけで

   懐かしい
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 年に何回か部屋の大掃除をさせられ、自分の部屋だけでもと掃除を始めるが、中々先に進まない。
 兎に角自分の部屋は荷物が多過ぎて、自分でも何処に何があるのか知らない位、だから掃除しているとツイツイ手が出てしまい、掃除が先に進まない。
 手が出るのは片付けようと荷物を手にするが、その荷物が気になって蓋を開け中身を見る事に、すると懐かしい荷物が目に入る事になる。
 今まで仕舞い込んであるから別に気にもしないが、それを見つければ当然記憶が浮かび上がって来て、掃除どころではなくなり、ツイツイ記憶を辿る事になる。
 それが色々なものであり、マッチ一つも記憶がよみがえり、懐かしさと当時の事が思い出され、手に取ってジックリと見直す事に。
 マッチ一つ手に取り、これが何時頃のものなのか途端に思い出し、その時の光景が頭の中に浮かび上がる事になるからだ。

 写真のマッチ、飛騨高山の長瀬旅館のもの、今はSANY0179.JPGもう営業していない高山でも老舗の旅館であったが、残念な事に廃業してしまった。
 市内の上三之町の一本裏の通りに黒塀に囲まれた落ち着いた旅館、今も現存している建物を見ると懐かしさが込み上げてくる。
 このマッチが気に入り、女将にお願いして10個も貰い、ボストンバックに詰めた思い出が、高山祭の獅子頭が版画で彫られ、独特な色使いで彩色されたマッチ、このマッチを見ると長瀬旅館の料理が思い出され、酒が進んだことを昨日の様に浮かんでくる。
 たかがマッチと言うけれど、私にとってはマッチは思い出の印、そのマッチを見るたびに当時が浮かんでくる導火線のようなもの。
 単なる火を付けるものではなく、その旅館の宣伝物でもあり、存在感を示す一つの道具であると私は認識しているのだ。
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2020年02月13日

ブリキの玩具

   飛行機
 ブリキの玩具、最近はあまり見かけなくSANY0462.JPGなってしまったが探せばまだあると思う、それも古いものではなく昭和40年代ものならまだまだある。
 古いものを探そうと思うと高くて手が出ないが、40年代のブリキの玩具、この時代からプラスチックが多くなりつつあり、混合になったものもある。
 つまり一部がプラスチックに変更されているもの、例えば車輪であったり、プロペラであったり、人間の顔であったりとプラスチックが使われている。
 この時代から混合が多く出回り、全部ブリキで出来ているものは少なくなって行き、その後のものはプラスチックに移行されてしまう。
 古いものはタイヤはゴム製品を使用していたが、これもプラスチックに変更され、趣も少し違ったものになってしまったが、それでも全部プラスチックよりもマシ、少し譲歩すればよい。
 何が何でもブリキと決めている人は別のとして、ムードだけでもと思えば妥協する事も出来、この範囲なら安くて良いものが手に入る。
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 写真のブリキの飛行機、40年代のもの、車輪はまだゴムがつけられているが、プロペラはプラスチックに変更されているもの、この時代のものはプラスチックの部分が欠損している場合が多く、良く見て買わないと失敗する。
 安いからと言って良く見ないで買わない事だ、ついつい安いと良く見ないで買い込み、後から気が付いても失敗するから、飛び付いて買わない事。
 私も良く慌てて買い込んで後でやられたと思う事も、自分のせいなのに人にせいにしたいと思う心がなさけない、自己責任だ。
 この時代のものは箱も程度が良く残されているものが多いから、ジックリと探せばよいものに出会う、良いものを選んで買えばよい。
 やっぱり慌てない事が一番、ジックリと見極めてから買い込む事、それも足で稼げばまだまだ見つかるから、努力する事をお勧めする。
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2020年02月12日

毎年の事

   今年も又
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 ひな祭りが近づくと毎年の決まり事みたいな作業が始まる事になり、その準備に忙しくなるもの今時からのスタートとなるのだ。
 知らない人は何の事か分からないが、知っている人も「大変だな」と気を使ってくれ、そんな行事が始まる。
 大げさな言い方をすれば、何でこんなことをするのか不思議に思う人も、それが「おこしものつくり」がはじまるからだ。
 普通の人達は年に一回だから忙しくてもまだ良いが、我が家のおこしものつくりは少し違い、4回はおこしものを作る事になるからだ。
 何でそんなにつくるのかと聞かれるが、これを待っている人達が居るから、その人達にとっては年に一回の楽しみでもあるから。
 この地方のひな祭りは「おこしもの」を作る習わしがあり、我が家では昔から盛んに「おこしもの」を作って来た習わし。

 「おこしもの」とは尾張地方でひな祭りに米の粉で、型で起こした餅を作るのが風習、木型で餅おこし.jpgを起こすから、おこしものと言われている。
 餅と言っても米の粉を熱湯でコネ、団子状にして木型に入れて起こして作るもの、それがおこしものと呼ばれるもの、団子に近いものである。
 型で起こして色付けをし、蒸籠で蒸して出来上がるもの、これを作るのには木型が無いと作れないから、木型を買い求めるのだ。
 我が家では古い木型は明治初期のものがあり、歴史を物語っていると言えるが、その種類も多く現在は5、60はあると思う。
 昔の型は大きすぎて、今は使わなくて、私が子供の頃に買い込んだものを使っているが、それでも60年以上は経っている。
 そんな木型で今日もおこしものを作るのだが、今年は何回つくるのか先が思いやられるが、待っている人が居るから頑張るしかない。


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2020年02月11日

暖冬

   今年は変
 毎年の事だが年々暖かくなっていると感じているが、去年から今年にかけて様子が変、気候変動のために日本の気候もくるって来ている様だ。
 寒の入りだと言うのに雪も降らず、3月から4月の気候と言うから、気候がおかしくなっている証拠でもある。本らか中1年で一番寒い時、それがどうだろうか雪が降るどころかホカホカ陽気、桜も狂い咲きしていると言う事だ。
 雪国でも100年に一度の気候変化、スキー場に雪が降らず観光客は訪れず、商売あがったりと気の毒な状況だと言うのだ。
 幾らなんでもスキー場に雪が無ければ滑れないし、暖かくて人工雪も出来ず、この先どうなるのか神のみぞ知ると言う事か。
 私も温泉に入りに長野に行こうと思って、長野の宿に連絡をしたけれど雪が全くなく、お手上げの状態、それでも良ければおいで下さいとの事。
 雪見風呂と洒落込んでみたが、雪が無ければ風情はなく、雪国まで行く事はないので諦め、近くの温泉施設スパー銭湯に行くしかない。

 今年は暖冬と前から言われていたけれども、こんなに暖かいとは思ってもみなかったが、確かに暖かく、3月から4月の陽気だと言う事だ。
 今年は2月の10日になって初めての雪、記録的な遅さと言い、観測以来最も遅い初雪だと言う、その上明日から又暖かくなると予測されているようだ。
 暖冬で経済もおかしくなっている様、冬美のがさっぱり売れないと言うが、確かに寒さを感じる時がなく、季節としては良いかも知れないが、経済の影響を考えると複雑。
 景気が早く上向きにならないと、我々の生活も良くならず、低迷が続くようでは令和になったも心配の種、やはり冬は寒くなければ冬ではなく、四季がハッキリと分かれるようになって欲しいもの、
寒くてこそ冬の季節である。


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