2018年07月10日

思い出

    それぞれに
SANY7145.JPG  誰しも思い出の品はあるもので、私も数多くの思い出の品があるが、一つ一つ今でも直ぐに頭の中に浮かんで来るのだ。
 そのものは苦労して手に入れたものであると言う事だと思うもの、簡単に手に入った物ではないものだからこそ思いで深いものだ。
 簡単に手に入っていたなら、これほど印象深いものにはならないから、苦労した甲斐があればこその記念品とも言える。
 それが高価な物ではなく、自分として欲しいと思ったもの、だから宝物と言っても過言でないと自負しているが、人から見れば何でこんなものにと言う人も、確かにその通りかも知れないが、私にとってはヤッパリ大切なものだ。
 一つ目は東京オリンピックのポスター、学生時代オリンピックが開催され、オリンピックの公式ポスターが気に入り、近くの電気店に貼られているものに眼を付ける。
 店主に交渉したが断られ、幾度となく通ったが断られてばかりだったが、遂に店主も折れて手に入れたものだ。
 千歳船橋の駅近くの電気店であった事を、今でも忘れられないが、あの店は今どうなったのか気になるところSANY2481.JPGだ。
 二つ目はトヨタの2000GTの置物、これを見つけたのはトヨタの販売店、しかし売り物ではないと断られ、あちこちのトヨタの店を回ったが手に入らなかった。
 得意先にプレゼントするもので、我々みたいな者に提供してくれなかったので、結局これも苦労して手に入れたものだ。
 それも10年も経ってから、自分がトヨタの車を買う時にセールスに懇願して手に入れられたもの、時間がかかったが、やっと手に入れた品。
 2つのものは非常に印象深いものばかりで、苦労して手に入れたものだけに、愛着も一番強いものとなった品。
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2018年07月09日

万歳招き猫

      新しい形
 
 SANY9267.JPG招き猫、商売繁盛として商売人には人気が高い、昔から縁起の良い置物として店に1つは置いてあるもの、それが招き猫の置物、では何でそうなのか。
 もともと招き猫は幸運を呼ぶものとして作られもの、色々な説はあるが、その説一つ一つ手前味噌の自論説、そもそも豪徳寺説によると、彦根藩主が豪徳寺近くの木の下で雨宿り。
 すると豪徳寺山門の前で猫が手招きをしたらしい、それを見た彦根藩主は猫に導かれて山門の入ると、今まで居た木に雷が落ちたと言うことらしい。
 もしもあの時猫が手招きをしなかったら彦根藩主は死んでいたかも知れないと、そんな訳で彦根藩主は当時荒れ果てていた豪徳寺を再建菩提寺としたと言う。
 この話は寺の住職が捨て猫を可愛がり、餌を与えていたとの事、その猫が彦根藩主の命を救い、和尚に恩返しをしたと言う事になっている。
 つまり、この話の猫は、豪徳寺の和尚に恩返したもの、その猫をモデルとしたことは幸運を齎す猫として語られたもの、商売繁盛などではない話のものだ。

 江戸時代末期に浅草で老婆が猫を飼っていたが食べ物に困り、その猫を手放したが夢枕に猫が現れて、自分の姿をした置物を作れと言ったとか、そして猫の姿をした置物を作り店で売り出したところ評判となり、店は繁盛した。SANY9255.JPG
 これが招き猫の始まりと言うが、これも逸話の1つ、発祥地説の1つに過ぎないと思うが、しかしこれは商売繁盛に結びついた話でもある。
 その後商売繁盛のご利益があると信じられ、招き猫が広まったといわれ、現在まで様々な産地で招き猫が作られているのだが、その形となると様々。
 勿論当初は伏見人形を真似て作られているもの、それが変化して、それぞれの持ち味のある招き猫が誕生する事に、これも1つの流行とも言え、産地で競い合うことに。
 素朴なものから現代的なものまで様々、そんな中、両手を上げた招き猫も登場、今までの概念を覆して両手を挙げた姿、昔はお手上げの状態を示す姿。
 商売上万歳した姿は縁起が悪いとされていたが、今は金運と人招きを両方獲得したいと言う欲深さ、1つの招き猫で両方獲得できる猫だと言う。
 勿論洒落で造り上げたものだが、可愛らしい姿である事から、意外と評判が良く、若い人達に受け入れられているようだが、年配者にはやはり不人気なようだ。
 
 
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2018年07月08日

変わり者

      自分では気が付かない

SANY7038.JPG 古時計好きが集まると話題に上るのは時計の事ばかり、何時、誰が、何処で、何を、見つけてのかと言うことばかり、寄って集まるとこの話。
 古時計の好きな人ばかりだから時計の話しかしないと思われがち、確かに時計の話しに集中することは確か、何処で見つけたのかと色々。
 ましてや珍しい時計を手に入れた人などは、自分がどの様にして手に入れたかを話たがっている事は確か、この話になると止まらない人も居る。
 自分がどの様にして時計を手にしたか、其れと値段の事、そして自慢話にと、ここまで来ると他の人がひがみ出す事になりかねない。
 其れを見越して程々にしておかないとイケナイ、特に珍しい古時計は貴重品扱い、其れを手に入れ、得意気に自慢されては聞く方は面白くない。
 誰しも欲しいと願う反面、それを他人が手に入れたとなると、ひがむ事も当たり前、その上、数の少ない珍品時計だとたちが悪くなる。
 手に入れた人は自慢したいが、聞く方は面白くないが、これを無視して自慢げに話をする人も中には居て、人の事など気にもせず話を続ける。
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 人の迷惑等考えない人、自分が欲しいから譲れと迫ってくる人、確かに欲しい事は分かるが、持っている人が拒否しているのに構わず譲れとせがむ。
 断わっても、断わっても電話で交渉してくるし、譲らないと何度も言っているのに其れを無視、相手の事などヤッパリ考えないで交渉して来る。
 こんな利己主義の人も居るのだから、時計愛好家と言っても変わり者と言うよりは常識外れの厄介者、自分で気が付いていないだけに始末が悪い。
 こんな状態の人にはならないように、自分でも気を付けないと知らないうちに、この様になって居るかも知れないのだから、変わり者で済まされるうちに止めておかないと。
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2018年07月07日

旨いものあり

    地下街の食べ物
SANY1517.JPG 瀬戸市には地下街という地上の店舗が存在し、他から来た人は何の事か分からない様子、それも無理のないことだ。 何故かといえば地下ではないからだが、なぜ地下街というのかは面白い事、ここの地形は谷間になっており、崖の下に商店街がある。
 崖にへばりついて商店街があるために、上の駐車場となっている所からすれば、地下になるわけで、誰ともなしに地下街と言うようになったらしいが、確かに上に広場があり、その下に商店街があるから、見ようによっては地下と言えない事もないが、地下ではない。
 そんな商店街は昔から旨い店屋が集中していたところで、以前は市内の繁華街でもあったところだが、今はその姿はない。SANY1191.JPG

 この商店街は食べ物屋が多くあったが、現在ではうなぎ屋と焼きそばや、それに飲み屋が二軒、寂しくなってしまった。
 どこの町にもある商店街であるが、昔は大勢の人で賑わったところ、その中にうなぎ屋と焼きソバ屋の二軒が好きなところで、二軒とも小さな店であり、14、5、人も入れば一杯になるくらいの店、しかしこれが繁盛しており、何時でも行列のできる店。
 遠方から個々の店の人気を聞きつけて、大勢の人がやってくるから、昼時はいつも満員状態になるのだ面白いことに、二軒とも持ち帰りが多く、予約でいっぱい状態で、店の中がすいていても、なかなか順番がやってこない。
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 何故かと言えば、電話で予約している客が多くて、時間になれば受け取りにやって来るために、好いていても満員状態だ。
 遠方から来た人はそれが分からずに、すいていると思い待って居ても中々順番が来ないから、イライラしている人もある。
 常連客は電話で予約、すいすいとモノを受け取って帰って行くのを、恨めしそうに見ている客もあり、知らないと大分待たされてしまうことに。
 それでも辛抱強く待っている人も多く、やっぱり行列は出来ているが、これが二つの店の日常でもあり、空いている時は1時過ぎ、これを狙って行けば、そんなに待つことはなく店にも入れるから、その方が賢いと思うが。
 二つの店の匂いが外に充満するくらい、煙と匂い、お腹が空いている時などは、堪らない匂いで、並んでも食べたくなるのだ。
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2018年07月06日

日常のあかり

    白熱灯

SANY7100.JPG 我が家では灯りは極力蛍光灯を使用しないと決めており、殆どの灯りが白熱灯であり、蛍光灯は限られている。
 良く何故LEDを使用しないのかと聞かれるが、あの白々しい明るさが嫌なだけ、電気代が嵩むでしょうとも言われるが。
 確かに電気代もいる事は理解しているが、そんなに明々とつけている訳ではないから、それほどの事はないが、 ある人が我が家に来て、「戸田さん、暗くないですか」と言われ、はじめて我が家が他の家と比べて暗いと知った。
 その人に言わせれば何時もLEDの下で生活しているから、白熱灯は暗いと思えるらしいが、それは確かである。
 部屋全体を明るくするLED、それが嫌で白熱灯にしているが、慣れてしまえば当たり前の事となるのだが、やはり馴れとは恐ろしいもので、私は暗いと思えないが他の人はやっぱり暗いと思うらしいのだ。SANY7106.JPG

 そんな白熱灯、政府が省エネを掲げて、白熱灯の製造を打ち切ると打ち出し、我が家に打撃を与えているのは確か、生産中止と言われ、そんな馬鹿なと思っていても、これを曲げられる訳でもなく、今は白熱灯を買い溜めしているのだ。
 しかしホームセンターでもすでに白熱灯は姿を消した所も多く、買い溜めするには難しい状況、その上蛍光灯までも近いうちに製造中止と聞く、すべての灯りはLEDに取って代わられる世の中となった。 
確かに震災以来、電気の需要に関心が高まり、省エネが叫ばれている事は承知しているが、それも時の流れなのか。
 我々みたいに古い灯りを利用しているものにとっては耳の痛い話、それよりも実際に困ることになるかも、直ぐにLEDに切り替えよと言われても、それをするつもりは無いのだが。
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 別に時代に逆行しているつもりはなく、たんに灯りの問題だけの事、LEDでも白熱灯の様なものに仕上げてくれるなら。
 LEDでは白熱灯の代わりにはならなかったので、近い将来、同じような明るさのものを開発してくれることを望むだけ、其れまではセッセと白熱灯を探し回る。
 もちろん我が家の照明器具は白熱灯用のもの、現在の在庫が無くなれば当然照明器具も取り替えなくてはならないが、そんな事態になる事は極力遅くなってほしいもの、在庫を出来るだけ多く貯め込んで、長く使えるように奮闘中で、他の人からは時代に逆らっているように見えるかも知れないが、単なる拘りであると思っている。
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2018年07月05日

インテリアとして

   雰囲気に合うか

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 部屋のインテリア、どんな物を置けばその部屋に合うのか、何が部屋合うのか、難しい問題だ。
 部屋のインテリアとは、その人の主張、その人の生き方、その人の人間性、そんな事を思うのだが、逆な言い方をすればインテリア次第で部屋のイメージが悪くなることも、良くなるインテリアとは。
 確かに部屋のインテリアはその人の個性であることは間違いのない事実、その人の人間性でもあると思える。
SANY1105.JPG しかし物によっては部屋の雰囲気を台無しにしてしまう事も、インタリアとはそんなもので、部屋自体は同じでも、その中身によって雰囲気はがらりと変化、ただ一個の個体が浮いてしまう事も。
 その個体自身は良くても、部屋に馴染まなくてはならないので、其れだけが浮いてしまっては台無し、部屋に溶け込まないと浮いてしまう事にもなり兼ねないので、なじまない物は避けた方が良いのだと思う。
 インテリアとは自然でありたいもの、変な主張もいらず、奇抜なものも部屋に合わないものだ。
 
 そこに置いてあっても威圧感も違和感もなく、自然体でありたいのだが、それが中々難しい問題、よく言われるのはセンスの問題であり、いくら良い物を並べてもセンスがなければ台無しになる。
 別に高価なものでなくても構わなく、むしろ高価で無い方が良いと思うが、さりげない物が効果を生む、好き好きのものを部屋のインテリアとして置くことは自由、変に意気込まないことが良いと思う。
 一番良いのはごく自然に其処においてあり、されど主張もせず、自然体であるものが一番、それが一番良いインテリアであると思うが、果たしてそれが一番良いかは、本人次第でもある。
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2018年07月04日

旅の土産

      流    行

 SANY1960.JPG旅の思い出にも色々あるが、思っても見ない出会いが、思い出となる事もあり、だからこそ旅はやめられないのかもしれないが、それは自分では分からないもの。
 出会いとは予期していなかった時に起こるもの、どうかしてやろうとして出来るものではないのだから、だからこそ出会ったときの感動が大きく、忘れ難いものとなる。
 もう大分前になるが、ロンドンに向け飛行機に乗っていた時、やる事もないしテレビを見るか、其れとも寝るか、ハタマタ読書をするしか選択肢は少ない。
 仕方なくテレビを見ることに、しかし目的地まで13時間、先は長いのが悩みの種、ロンドンまでは遠い、まさか機内を歩き回るわけには行かず、席でテレビを見るしかない。
SANY7131.JPG そんな状況の中映画を見ることに、映画は洋画を選択、色々やっていた中、「ノッティングヒルの恋人」と言う、題名の映画をやっていたので其れを見た。

 何気なしに見ていたが、風景が見たことのある町並みである事に気づいたが、気にも留めずに見て終わり、そのまま寝てヒースロー空港に到着。
 ついて直ぐにポートベローに急行、蚤の市をオルゴール求めて歩き回るが、何故か人々が集まっている本屋があり、何気なく見てはたと思いつく、「あの映画で出てきた本屋と同じだ」と、友人が話を聞きに行き、「やっぱりそうらしい」との返事。
 そんな出会いで、予期していない本屋に出会い、探してきたわけでもないのに此処に来るとはと、友人と2人顔を見合わせてニヤリと、その近くで記念にと買った物が之、ウエッジ、ウッドの少し古いペンダント、娘にと買ったが、本人曰く「こんな古く欠けて汚いものは要らない」と記念の品なのに残念。
 折角買ってきたので、今でも飾り棚においてあるが、之を見るとノッティングヒルのあの本屋を思い出すのと、映画のシイーンが目に浮かぶようだ。
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2018年07月03日

楽しみ方色々

           同じもの

 SANY1483.JPG古時計愛好家の楽しみ方は色々、珍しい時計を集めている人、精工舎ばかりを集めている人、スリゲル型だけの人、四ツ丸だけの人と、人其々である。
 同じ古時計を集めていると言えども、その中身はバラバラなもの、人によって様々、兎に角数を集める人も居るが、場所があればよいのだが、そんな人は少なく、やっぱり限られた中で楽しんでいる。
 特に掛時計は場所を取り、掛ける所がなくなってしまい、欲しくても買えない人も多く、それが悩みの種でもあると言う人も少なくない。
 やっぱり掛時計は場所を取る、それが故に壁の隙間が欲しくなり、ツイツイ掛ける所を探してウロウロ、私の知り合いはトイレにもびっしりと掛けてある。
 こんな事をすると家族からは大ブーイング、早速取り外し命令がでる事になり、結局は大反対されて下げざろう得なくなってしまうものだ。
 SANY6982.JPGそんな悩みの多い古時計愛好家、ではどうしたら良いのかと思案の末、同じものをビッシリと隙間無く掛けて楽しむ、こんな方法を取る人も居る。
 隙間なく釘を打ち、そこに掛けれるだけ掛けるが、これとて当然埋め尽くしてしまえば、それで終わり、後は同じ事掛ける場所がなくなるだけ。
 結果はスペースが無くなってしまえば同じ事、それでも時計愛好家は諦めずに、獅子奮迅の戦いを始めているもの、私もその部類に入る。
 こんな涙ぐましい努力を家族は分かって欲しいと願うが、大抵の場合は冷たい顔をされ、無視されるのが普通、愛好家は小さくなっているようだ。
 そんな古時計愛好家の1人、時計は四ツ丸に絞って蒐集しており、他のものは欲しくとも手を出さない主義、四ツ丸だけを集めている。
 他の人が同じものばかり集めて何が面白いのかと聞く、すると本人「何処が同じものなのか良く見ろ」と、壁一面の四ツ丸を指差す。SANY1492.JPG
 彼に言わせると「メーカーが違うし、サイズが違う、それに形が違うから良く見ろ」と、しかし他の人は四ツマルは同じだと主張するのだ。
 彼に言わせると「1つとして同じ四ツ丸なく、お前たちの目は節穴か」と息巻く、確かに云われてみれば細部は違っているようだ。
 しかし普通の人はそなんところはどうでも良く、モット変わった所がなければ面白くなく、三つとして同じものは欲しくないと言う、これも拘りの差でもある。
 
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2018年07月02日

芝生の手入れ

    さぼった報い
 SANY7094.JPG我が家の小さな庭の芝生、それでも毎年手入れはしていたが、去年から腰を痛めて手入れをしないままである。
 一年位はどおって事ないと思っていたが、現実はそんなに甘くは無かったもので、雑草がびっしりと生えてきた。
 毎年のことだが芝生と雑草はつきもの、何処から飛んでくるものなのか、知らないうちに辺りかまわず生えてくる。
 それが芝生であると言われており、セッセと雑草取りをしないと、綺麗な芝生にならないとも言われているが、まさにその通りである。
 少し手を抜くと、その代償が回ってくるもので、去年は適当にあしらっていたお陰で、今年は無残な結果になってしまた。
 近頃では雑草の方が我が物顔で元気に育っているので、去年の春と思うと全くの別物になっており、一年でこんなになるものなのかと驚く。
 小さな雑草から大きなものまで色々な種類のものが生えており、少し手抜きをするとこんな事になるものかと感心するやら。SANY7091.JPG
 感心していては解決にならないので、雑草を取り除くことに、一つ、一つ、雑草を取りだしたが驚くほど多くて。
 取っても、取っても追いつかないあり様、こんな事をしていてもらちが明かないと、芝生を取り変えることにした。
 いちいち雑草を取り除いていても、一向に進まないもので芝生をはぎ取り、新しい芝生と植え替えを決め、早速作業に入る。
芝生をはぎ取り直ぐに植え替えが完了すると思っていたが、それが甘かったもので、雑草の生えた芝生をはぎ取ろうとしても、中々はぎ取る事が出来ないのだ。
 はぎ取ろうとした芝生は以外にも根が強く張り、簡単にはぎ取れない状態、この雑草の生えた芝生の取り除きに苦労する事に。
 以前にも雑草が生えすぎて、芝生をはぎ取り植え替えをした事があったが、今回みたいに中々取れないと言う事はなかった。
 今の芝生は、その時よりもより強く根を張ったと言う事、元気な芝生であると言う事、もう少し手入れをしていれば、はぎ取らずに済んだのだろう。
SANY7084.JPG これだけ根を強く張っていれば、今まで手入れさえしてやれば今年も良い芝生になったはずであると、改めて後悔する。
 頭の中では簡単に植え替えれば済むと、たかをくぐっていた自分も情けないが、この作業を完成させないと前に進まないのだ。
 作業を進めなければ前に行かないが、去年痛めた腰が言う事を聞かないもので、だまし、だましの作業しかできない。
 元気な時には考えもしなかったが、これほど腰が大事てあるとは、今になって初めて気が付いたと言う事、情けない話だ。
 そんな事を思いながらの作業は中々進まず、休憩の時間が多くなって行くが、これをしないと又腰を痛めたしまう事になる。
 簡単な芝生の作業ですら出来ない、今の自分の体と思いつつ、やはり健康が一番大切だと、つくづく思うようになってしまった今日この頃。
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2018年07月01日

何処の製品か

      陶器のランプシェード
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 知り合いが見て欲しいものがあるけど何時行ったら良いのかと電話、珍しい事もあるもので、この人が電話で問い合わせて来るとはと思いつつ、後日約束して電話を切る。
 この人、今までに連絡して来るのは稀、大抵は忙しいときに限ってくる人、偶々であるが彼が訪れるときに限って忙しい、そんな巡り合わせの人物。
 古くからの知人で何かにつけて我家にやって来るが、話が面白いのと気さくで何時来ても楽しい人物だからよい、何時でも楽しく会話が出来る人だ。
 只呑んべいには変わりなく、酒好きのお人よし、酒を呑む時は余り他のものは食べず、只酒を飲む男でもあり、私は酒よりもつまみが大事なのだ。
 色々な酒の肴がないと面白くないので、何時も色々と並べて彼と呑むが、彼何時も「そんなに食べたら酒が不味くなる」と、私にそんな言葉を言い続けるのだ。
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 精密機械関係の仕事をしていて、いっぱしの経営人でもあるが、気さくでそんな素振りを見せない男、そんな彼がランプシェードを持って現れたから驚きだ。
 彼はそんな古物には興味のない人物、機械の事には強いが古物には全く弱いので、私の下に持参したらしいが、それにしても何処で手に入れたのか。

 私が「何でお前が、こんな物を持っているのか」と聞けば、得意先で見つけてちょっと褒めたらしいが、先方は彼が欲しがっていると勘違いしてプレゼンとしてくれたらしい。
 彼は褒めちぎった手前、断わることもできず貰ってきたのだと云う、しかし「何処にあったのか」と聞けば、得意先の居間にかかっていたらしい。
 貰ってきたが高価なものなら御礼をしなければならず見て欲しいと言う、彼が持って来たものは則武のランプシェード、白地にもみじが散りばめてあるものだ。
 彼も何処のものか分かり、その上心配していた高価なものでないと分かり、安心して帰っていったが、古物もわからず、ましてや知らないものを褒めちぎるとは彼らしい。










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2018年06月30日

この時期に

   梅雨です

 SANY7116.JPG毎日うっとうしい雨、勿論梅雨だから仕方がないがヤッパリうっとうしいのは仕方がないか、気分だけでも晴れにしたい。
 今年の梅雨は男性的と言われ、集中的に雨が降るパターンらしいが局地的に豪雨、同じ場所で一気に降ると言うスタイル。
 以前までのシトシトと降る梅雨とは明らかに違い、何処で豪雨があるか分からない状況、こんな梅雨は過去にないものだ。
 以前の梅雨はここまで急激に雨を降らせる事は無かったと思う、シトシトと降る事はあってもスコールみたいに激しくはなかった。SANY7123.JPG
 それがどうだろう今は一度雨が降れば災害が心配される位に豪雨、全く違った雨の降り方をする現実、明らかな違いである。
 日本の気候も以前とは全く違ったものになってしまったので、先が全く読めない状況、何処で豪雨になるかも分からない事になったしまった。
 そんな梅雨、ヤッパリうっとうしい事に違いはなく気分も湿りがち、気持ちだけでも晴れ晴れとしたいと思うのも人である。
 何か気持ちも晴れやかになるものは無いのかと妻がつくったのが折り紙、別に難しいものではないが少しは気持ちも晴れるようSANY7126.JPG
 こうもり傘とカエル、そして可愛い長靴、一寸した折り紙であるが気分が晴れたような、そんな思いになれたのも折り紙。
 湿った気分転換には実に効果的、他愛もない折り紙であるがそれが又良い、チョットしたものでも気分は晴れ晴れだ。 
 








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2018年06月29日

新旧の招き猫

   新旧の違い
 
SANY9263.JPG 招き猫、縁起の良い置物として庶民に愛されているもの、あの可愛らしい表情としぐさ、お金と人を招くといわれ、昔から多くの人に愛されて来た。
 商家には1つは置いてある招き猫、あるところでは赤い分厚い座布団の上に座って、店内を見渡しているかのように置かれている招き猫である。
 もともとはお金とは関係のなかった招き猫、何時の間にか商売繁盛の置物となってしまったが、これも人の性のなせる業とも言え、猫にしては迷惑な話。
 郷土玩具として売り出され、全国に広まったが、何処かでお金と結びついて縁起物より金招きの方に、商売上手な人がそれを目論んだかもしれない。

 元来の招き猫は素朴なもの、色々な説にある猫とは違い、いたってシンプルなもの、土産物としての猫である事には変わりの無いもの、それが本当の姿なのだ。SANY9467.JPG
 浮世絵にも描かれているものは、玩具としての猫であり、招き猫として商売繁盛を目論んだものではない事は、絵を見れば直ぐに分かるものだが、それすら自論と手前味噌で変えてしまった、元祖と言う発祥地の人達、 招き猫を研究している人たちも多いと聞く、事実はどの様に捉えられているのか興味のあるところだが、中々その実態は見えてこない。 
 自分達の理論が正しければ、その事実を表さないと説得力に欠けると思うが、事実古い招き猫を証拠として立証したものはなく、発祥地だと主張するならば現物が1番早いと思う。SANY9513.JPG
 現物があればそれが証拠となる書類や錦絵、もしくは当時これと同じものが書物や浮世絵にのっているとか、具体的な証拠を出すのが1番信頼性がある。

 さて発祥地とは別に現代の招き猫事情は日進月歩の状態、旧来の感覚とは別のものとして作られているもので、楽しいものも色々と作られている。 
 確かに縁起物としての招き猫、合格祈願であったり、恋人募集であったり、就職祈願であったりと多種多用、それらの願いを叶える為の招き猫。
 旧来の人招きと金招きではなく、万人向きの招き猫となっているもの、特に若い人たちの期待を集めているもので、現代人ならではのユーモラスな招き猫も登場している。
 昔では考えられなかった寝そべった猫、縦ひじ突いて寝そべったおり、不謹慎ではないかと思う位に気楽な姿、これも現代人好みの招き猫なのか。
 それにしも本来の姿も忘れないで欲しいものだと思が、素朴な招き猫が本来の姿、日本人の奥ゆかしさを少しは残して貰いたいと願うが、時代の流れとは、この様に流れて行くものなのか。
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2018年06月28日

水団扇の図柄

    図柄が命


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 水団扇は美濃で製造されたものであることは周知の事実、昭和時代当時は数多く製造され商店のお中元として配られたもの。
 丈夫で美しい団扇は人気の的、それ故に団扇を出す方も出しがいがあったようで、ほかの団扇より高かったが宣伝効果は絶大であった。
 この団扇の強さは美濃紙、美濃紙の中でも高級品の雁皮紙、繊維が細かく丈夫な紙であり、札にも使われているもの。
 その和紙を使用しているから当然丈夫だが、その上から天然のニスを塗り、より丈夫な紙絵と変身させたのだ。


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 少々の水には濡れても破れる事はなく、水団扇と呼ばれる由縁でもあるが、ほかの意味もあると言われる。
 ニスを塗ることにより紙は透明度を増し、向こうが見えるようなことから、水のような団扇と称せられたとも。
 確かに透き通った紙となっていることは確か、ほかの団扇とは全く別の団扇、それが水に丈夫とあれば人気になるのは必定。
 この地方で中元用に出されているから、数も多いはずであるが、現存数は少なく、それがまた人気の的となっている。



 SANY6033.JPG昔の水団扇は実に趣があるもので、図柄が命とも言える団扇、職人たちの手による絵が非常に良いものとなっている。
 団扇は美しくなければならないもの、事実残っている水団扇は美しい図柄、芸術品と言えるような団扇である。
 団扇であるから涼しくなければならないが、見た目も非常に大事、一見して清涼感がなければならない。
 写真の古い水団扇、美しいのは確かだが、他の団扇とはやはり別格、手が込んでいることの証、清々しさが伝わってくる団扇だ。
 職人が腕によりをかけて造り上げた団扇であることが見えるもの、筆の走りは見事と言うほかはない。
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2018年06月27日

偶然にも

      不思議な事

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友人が持って来たオブジェ、杢田たけをの作品だと分かり、その調査をしている時、ネットで杢田たけをの作品が売りに出されていたのを見つけたのだ。
 今まで杢田たけをの事も知らなかったのだが、友人から彼の名前をはじめて聞き、そして彼の作品を見て面白い物を作る人だと思っていた。
 そんなことでツイツイ興味を感じ、友人に落札して貰うように頼む事にしたが、値段が分からないので友人に任せて、自分は成り行きで落札できれば良いと思っていた。
 友人は「お前の事だから安い値段であれば買うこともあるが、高額になれば嫌気がさすのだろう」と云い、「俺に任せろ」と言ってニコニコしているのだ。

 この男がニコニコしているとはやっぱり「何でこんな物を入札するのかと言いたげ」と解釈、何時もそうだが彼がこの様な態度をとる時は絶対に高い値段は入れない。
 彼自身も陶器には詳しく、ましてや自分の商売とも関係があるからだが、そんな訳で彼に入札を頼んで成り行き次第で、手に入れば縁があったと思う事にした。
 SANY9224.JPGSANY9238.JPGこの様な芸術作品は好き好きで、自分が気に入れば少しは高くても良いと思うが、全く興味も無いものには幾ら高くても買う気にはなれないものだ。
 買う気になれないと思うものではなく、やっぱり金が無いからだが、何事に置いても縁、高い安いではなく、縁があれば自ずと手に入るものだと思う。
 そんな訳でそれ以後この事は彼任せ、時計であれば経過は随時報告してもらうが、半ばどちらでも良いものは他人任せで今までやって来たのだ。

 今までの経験で言うと、こちらがどうなったのかと気にした物は、得てして手に入らなかった事が多く、気にしなかったものは意外と安く手に入った事が多かつたのだ。
SANY9229.JPG
 これもジンクスみたいなもの、彼もその事を良く知っていて、こちらが気にして連絡を入れると「そんなに気にすると手に入らないぞ」と何時も忠告してくれた。
 私も多少は興味があり、陶器と言うこともあって安ければ手に入れたいと思っただけの事、自分から積極的に手に入れようと思った訳でなく彼まかせ。
 結果は後日落札したとの連絡、「幾らだったと聞けば」、安い値段で落札したとの事、暇を見つけて持って行くとのことだったのでそのままに。
 案の定彼が持ってあらわれたのはその日の夜、何やら大きな包みを持った現われ、「落札したものだ」と差し出したのだが、思っていたよりも大きい。
 
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2018年06月26日

毎日のカップ

      毎日変えたい

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 コーヒーは一日に何杯も飲む、若い頃は一日に8杯以上飲んでいたが、最近は3杯か4杯くらいのなってき、段々と飲む料も減った。
 若い頃は喫茶店巡りをしたもので、兎に角気に入った喫茶店に入り、そこのコーヒーを飲むことに明け暮れていたような気がするが、その時は時間つぶしでもあった。
 その後仕事をするようになり、営業で外回りをするので時間調整に喫茶店に入り、コーヒーを飲んだものだが、それが習慣みたいにもなった。
 よく言われるカフェイン中毒か、しかしそれ位でなる筈もなく、現在でもコーヒー中毒ではなく、単なる好きであるだけ、別に飲んだから中毒になる訳でもないのだ。
 そんなにコーヒーが悪いのではなく、カフェインのせいでもあるが、確かに人によっては眠れない人も居るとか、しかし普通の人は別に何の害もない。
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 確かにコーヒーも好きだけど、それ以上に喫茶店の雰囲気も大事な要素、行きつけの店の殆どがアンティーク調の店、古くから営業している所も多い。
 勿論あたらし店もあるが、やっぱりアンティーク調の店に限る、何故かと言えば、その殆どがカップに拘った店が多いこと、コーヒーの味も良いものに限るが、やっぱりカップも良い物がいい。
 コーヒーが黒っぽい飲み物だから、内部は白いものが良い、むしろ無地が1番と言う人も居るくらいで、コーヒーの色も大事な要素らしく、旨く見えないと良くないらしい。
 私はそこまで拘らないが、行き付けの店ではカップに拘っており、一人一人同じ器では出さず、全部が違う器で出てくるので、何で出てくるか楽しみの1つだ。
 今日はどんな器で出て来るのかと、そんな楽しみ方もある店が良いと思うが、それともう1つがカウンターの後ろにコーヒーカップが並んでいる店も良く行く。
 そこの店はカップに拘りをみせおり、有名なブランドのカップしか置いてなくて、客は自分でカップを選べるシステム、好きなカップで好きなコーヒーを飲めると言うわけ。
 カップの種類も豊富、普段使えない位の高級なカップも置いてある所もあり、客はそんなカップで自由にコーヒーを飲めるので、人気があるから良く混んでいる。
 その日の気分でカップは変えたいもの、高いものでなくカップくらいは好きなカップでコーヒーを飲みたいもの、それが又楽しみの1つ、今日はどのカップで飲もうかと迷うのも楽しいものだ。
 
 
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2018年06月25日

出会いとは

      子孫の見学

SANY0719.JPG 今回の時計展、盛況のうちに過ぎ、多くの見学者が訪れて頂、古時計に対する関心度が多少なりとも高まったと思いたい、そなん日に。
 日曜日、岐阜県から来たと言う中学3年生の少年、時計が好きで是非とも訪れたいと父親と共に会場に、その少年和時計をしげしげと見ているので訪ねてみた。
 「和時計に興味があるの」と聞けば、「自分で造ってみたいが、一部機構が分からないから見に来た」との事、「和時計を造くろうとしているの」と聞き直すと、「はい」と答える。
 余り熱心なので和時計の中を開けて、「好きなように見なさい」と告げると、嬉しそうに中を見ていたが、やっぱり機構が分からないらしい。
 そんな態度で時計を見つめているので、「自分で分解してみな」と言うと、「本当に良いですか、もし壊れたら」と心配げ、「和時計はそんなに柔じゃないから大丈夫」と言えば、嬉しそうに分解して機構を確かめていた。
 彼が帰った後、久米邸の責任者が、「戸田さん林時計の子孫の方が話を聞きたいと言われている」と告げに、「こちらに来てもらって」と蔵に案内する。
 若い女性が現れ、「私のおじいちゃんが林市郎です」と挨拶され、是非ともおじいちゃんの時計を見たいとやって来たとの事、これも出会いの1つだ。

SANY0736.JPG 以前も岐阜時計、三工舎、佐藤時計、日本時計の子孫の方が見学に来られたが、今回は林時計の子孫の方だ、話を聞けば現在家には林時計はなく、母も是非見たいと言っていたが、今日は来れなくて私が見に来ましたとの事。
 「新聞で拝見しましたが、おじいちゃんの造った時計があると書いてあったので、飛んで来ました」と言われ、「どれがその時計ですか」と聞かれる。
 今回の展示には林時計は2台展示、そして林時計に関係のある中條勇次郎の時計、この3台の時計を詳しく説明、特に林時計の歴史も伝えた。
 多少は林時計について知識はあった様で、時盛舎の事や林時計の名前が幾度か変わった事もご存知の様、ただ実物の時計は見たことがないとの事。

 展示してある林時計を開けてみて貰い、先祖が製造した時計を写真に収められていたが、その姿を見ていると時計展をやって良かったと思った。
 出会いとはこんなもの、何処で誰かと出会うか知れ無い、その出会いこそが楽しいもの、今後もこの展示を続けなくてはと思いを新たにしたが、ただ課題も多く、キャクションが短すぎるから、モット詳しく書いて欲しいとの要望。
 確かに少し短かったとは思う、余り字文字が多いと読みたくなくなるからとも思ったが、ちょうど良い文字数を研究しなければと今後の課題でも、やっぱり展示は難しいもの、ただ並べれば良いと言うものではない。



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2018年06月24日

唐三彩

      友人から電話
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 朝、友人から電話で唐三彩が手に入るが欲しいかと言って来たが、意味が分からないので詳しく聞こうとすると、今忙しいので後でと言って切ってしまった。
 友人、陶器の事など全く理解出来る人ではなく、そんな人物が唐三彩等と言ってきたので、狐に摘まれたような気がしていたが、何故彼が唐三彩なのか。
 不思議でならないのだが、何時もの事で何気なしに口にしただけと思っていたら、翌日又電話で「今日夜居るのか」と聞く、「今日は遅くなるから明日なら居る」と答えた。
 何故だと聞くと「唐三彩の壷が手に入ったからだ」と声を高めに言う、「唐三彩の壷とは何だ」と聞けば、「明日持って行くから」と電話を切ってしまったが、相変わらずセッカチな男だ。
 唐三彩とは聞き捨てなら無いもの、中国陶器の中でも人気な代物、1000年以上前の唐時代の焼き物、釉薬に銅、鉄、コバルト、マンガン等を使用して鮮やかな三彩を絵付けした陶器。

 SANY5182.JPG主に埋葬品の発掘物、特に夫人やらくだ等の動物に人気があり、日本でも唐三彩は高額で取引される代物、そんな唐三彩を何であの男が。
 全く合点が行かないが明日持って来るとの事、彼が持ってくるのを待つしかないと思う、しかしあいつが唐三彩が分かる筈がないのでどんな物なのか興味が湧く。
 翌日、唐三彩らしきものを持って彼が現れ、自慢げに私の前に差し出したものは単なる酒のボトル、そこで頭越しに話をすると彼に気の毒だから少し彼の話を聞く事にした。
 彼いわく「ある人がこれを持っていたが亡くなったので、奥さんがおれに形見として渡してくれた」と言う、彼もこのボトルが唐三彩と信じている様子。
 そして、どうだと言う様な態度で机の上に置く、私が「綺麗なボトルだ」と言うと、ボトルとは何の事と浮かぬ顔、仕方がないから「このボトルは20年位前に地元の酒蔵が造った日本酒のボトル」、そして唐三彩風に仕上げたもの、別に古いものではなく単なる酒瓶だ。
 其れを聞いた友人「唐三彩じゃないのか、瀬戸で造った物なのか」とまだ信用していない様子、仕方がないから、これの出来た経緯まで細かく教え、当時は新聞に載ったとも付け加えたが、彼は知らなかったらしい。

 SANY5186.JPGそれにしても、こんな酒のボトルが有名な唐三彩だと思う友人も友人だが、形見として渡した人も知らなかったとは驚きでもある。
 ソコソコ造られて販売された酒で、高級品であった為に大事にされているのを奥さんが高価な陶器と思っていた由、其れを夫の友人に手渡したもの。
 別に大枚をはたいて買い込んだものではないので、被害があるわけではないが、これを大事に貰って来るのも、甚だ疑問でもある。
 其れくらい友人も瀬戸に住んでいながら陶器の事は全く分からない男、灯台下暗しと言うが、彼は正にこれに当たるかもしれない。
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2018年06月23日

ミッキーマウス

      小さなもの

 SANY3328.JPG子供とは何処で何を見つけて来るのかわから無いものだ、孫が又何処から見つけてきたのかミッキーを持って現れ、「おじいちゃんこれ」と云って、私の手のひらにのせた。
 其れはミッキーマウスの小さな人形と娘に買ってやった指輪の時計、最近見たこともなく何処で見つけてきたのかと思っていると、孫が指輪の時計を動かせと言う。
 この時計確かに見覚えはあり、私の娘が小さいころに買い与えた物、孫がこんな物を見つけて来るとは夢にも思わず、何処にあったと聞けば、飾り棚を指差す。
 しかし、何時もこの飾り棚は見ているが、そんな物を最近見たこともなく、何処にあったのか半信半疑、すると孫は一番下の棚にあった缶の中だと言う。
 確かに下の棚にはブリキの空き缶の小さな物が幾つか有り、最近は中身等見たこともなく、そのままの状態であったが、孫たちは其れを見つけて時計を動かせと云っているのだ。
 20数年も経過しており電池切れで動くはずもないが、孫たちにしてみればミッキーが付いており、興味津々であるらしく早く動かしてくれと催促しきり。

 SANY3331.JPGSANY3333.JPGディズニーランドが人気を博した時期、セイコーが其れにあやかって製造したもの、文字盤にミッキーが笑顔でこちらを見ているもの、孫たちは其れを見つけたのだ。
 小さな文字盤の中にミッキーマウスを見つけるとは、子供たちの見る目は確か、どんな小さな物でも興味のあるものは見つけてしまう天才かもしれない。
 大人なら小さな文字盤の中のミッキーを見つけることなく過ぎるが其処は子供、自分の興味があるものは見逃さないもの、ヤッパリ純真なのだ。
 結局クオーツの電池を買いに走る事に、買い込んだ電池を入れて動かす、心配していたがどうにか時計は動き出し、孫の要求に答えられた。
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2018年06月22日

東寺の蚤の市

      久し振りに

 SANY3230.JPG5月久し振りに蚤の市に出かけたが、久し振りのために何だか新鮮さを感じ、何かあるのではないのかと期待、前は何度と無く来た所なのに。
 1、2年振りくらいになると思うが、そんな思いで見て回る事に、何時もの癖で東門から順に回らないと何だか気が落ち着かないもの、犬と同じようなもので同じ所から始めることに。
 以前にも話したがここ東門は私にとっては縁起の良い場所、東門近くの行きつけの店で数々の珍品時計を見つけた場所、今はその親父もなくなっていないがそれでもヤッパリここからだ。
 鯉幟に目が付いて仕方がないが、これも私が以前良く見て買い込んだからか、好きだからやたらと目がそちらに行ってしまうのだ。
 別に今は欲しい訳でもないのだが、興味のあるものは目に付くもの、最近では店主とも馴染みは全くなく、知り合いも居ない状態だけれど、見るのは楽しいもの。
 心の底で良いものが有るのではないのかとの期待、これがなければ蚤の市には来ないもの、期待があるから遠くても来るのだ。
 観光シーズンとあって人は多く、境内は多くの人があちらに行ったり、こちらに来たりで賑わいを見せている中、ある露天に目が行った。
 見慣れた親父が座っているのに気付く、近寄ってその店を覗くと時計が3個、実はこの親父の所で何台もの時計を買い込んだことがあり顔見知り。SANY5222.JPG
 殆ど知らない人ばかりの中、この親父と昔話にはながさき、最近は不景気で人は出て来るが買う客は少なく、買ったとしても安いものばかり、チットモ儲からないと。
 そして昔は良かった、「あんたみたいな人が常に時計を探してきたものだから、時計で儲かったもので、あの時が1番良かった」としみじみ語った。
 最近の若い人は時計に興味がないのか、中々時計を見る人が居なくて商売も厳しいのだとも言う、そんな話しをしていたら、親父昔の手描きの幟旗を出してきて、あんた好きだったろうと差し出す。
 確かに手描きの古い幟旗は好きで、以前は良く探し回り、手書きの上等なものを買い込んでいたが、最近は全く買わなくなったと親父に言う。
 「そうか、今はやってないのか、これは非常に良い物で程度も良く、安いからどうだ」と差し出したので、見れば確かに良いものなので親父の言う通り買い込んだ。
 安くしてくれたのは嬉しいが、其れよりも顔見知りが居なくなってしまった、この東寺の市、親父に会えて嬉しかったからツイツイ買い込んでしまったのが事実。

 
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2018年06月21日

はや過ぎたか

   毎年のエコ

SANY7052.JPG 東北震災後、毎年続けている夏対策の一つ緑のカーテン、エコにもつながるものとして採用し、現在まで続けている。
 簡単で便利だが生き物であるために世話をしなければならず、時として大変な事になる事もあるが、気を付けていれば難しくない。
 それは水やり、水だけは気を付けなければいけないが、ツイツイ忘れて失敗したこともあり、これだけが問題の事。
 フランターで栽培している事もあり、やっぱり水やりは重要な仕事、勿論やり過ぎても失敗し、ダメになってもしまう。
 そこは普通に水をやっていれば問題はないが、旅行などをした時には問題となって、2、3日留守にするときに事件はおこる。
 水不足のために枯れたり、弱ったりして葉っぱが落ちてしまい日差しを遮るのに支障をきたすことに、カーテンの役目を果たせなくなってしまうのだ。SANY7059.JPG

 過去にはそんな失敗をしたことも、生き物にとって水は大切にもの、家を空ける時はそんな心配をしなければならないのだ。
 今年は少し早く苗を植えてしまったようで、すでに花も咲き始めており、このままだと9月まで持たない恐れも、ここ2、3年は大成功で9月の末まで葉を茂らせてくれたが、果たして今年はそんな状態になるのだろうか心配である。
 今の状態だとすごく早い成長のよう、やはり少し早く植えてしまったと思っているが、何とか9月末近くまで持って欲しいものだ。
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