2020年07月07日

七夕

   天の川は見えないDSCN2134.JPG
 今年はコロナと梅雨の大雨での七夕、全く見えないと思うが5節句の一つ7月7日は七夕、江戸時代に定められた5節句、その内7月7日を七夕と言う。
 古くは中国よりの渡来行事、奈良時代には既に宮中に伝わっていたとされ、この日祭壇を飾り穀物や海のものを添えなて儀式を行ったらしい。
 中国の棚織の行事が日本に伝わったと言われ、機織りの糸五色を吊るしたり、吹き流しを吊るしている、もともと中国では五行説からこの事が来ており、青、赤、黄、白、黒の五色からなるもの、それが糸の色である。
 江戸時代に入り一般庶民の間でも七夕を行う風習がはじまったとされ、笹竹に五色の短冊を吊るしたと言われている。
 勿論五色とは青、赤、黄、白、黒の五色であったが、次第にいろいろな色に変化して行った様で、元の色が薄れてしまった。
 笹竹に吊るすのも、笹竹は神聖なものとして災いを水に流すと言われており、それに願い事を書いて吊るした、寺子屋などで習い事をしていた者たちは、短冊に願い事を書いて笹竹に吊るしたもの、短冊だけではない。
 五色の糸を象徴した吹き流しを吊るし、巾着や神衣、網、くず入れなどを吊るすのが正式な飾り方と言う、もともと素朴な飾りものであったが時代と共に本来の姿から変化し、吹き流しに梵天が付くようになる。

 くず入れも次第になくなり、変わったものが付くようDSCN2136.JPGになったのも、本来の意味が薄れて行った証、現代の様な七夕飾りは五色の短冊の色は無く、多種多様な色使いで派手に装飾しているものが多い。
 七夕の基本は忘れ去られて、豪華に見せようとする飾りとなってしまったのも時代の流か、それとも観光目的の七夕なのか。
 日本各地でこの時期七夕が開催されているが、今年はコロナで開催が中止の所が多いと聞く、元の五色を守っている所は無いに等しく、キッチリと七夕を伝えて欲しいものだ。
 観光目的で人を集める為に、豪華な飾りを造り、派手な演出をしたりしているが、七夕の基本は伝えて貰いたいものだ。
 やっぱり素朴な七夕飾りが良いと思うし、子供たちが小さな願い事をしたものが、吊るされている笹竹が良い、そんな七夕も家庭で行っているところは少ない様で、幼稚園とか施設で粉われている程度と言う。
 もっとも笹竹を手に入れるのも今では難しく、都会であれば尚更の事、現代は住みにくくなってしまったものだ、そして、この時期の天の川は見る事が出来ない時期、梅雨の真っただ中、旧暦が基本であった昔の事、現代では天の川も見る事が出来ない。

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2020年07月06日

自分の記事

   今見れば
 自分の書いた文章を見る事は冷や汗もの、特に過去SANY5954.JPGの記事は当時の実力がもろに出ている為、恥ずかしい気持ちになるものだ。
 文章とは恐ろしいもので、間違って書いた記事は取り返しが利かないから、それを読むのもためらいがあり、後悔する事になる。
 記事は一旦出してしまえばもう取り返すことは出来ず、それが誤りの文章だと尚更の事、見るたびに後悔しかないもの。
 何であの時良く校正しなかったのかと思うが、当時は勿論必死で校正を行っていたがそれでも間違いが多くあり、今に至っている。
 だからこそ恥ずかしく、当時の自分の力量が透けて見え、我ながら残念な思いになるもの、ある人に言わせればそれで良いのだと言う。
 何度となく失敗をしなければ気付く事もなく、恥をかかないと良い文章は書けないとまでいう、確かに恥はかいた方が上達はする。

 然し決定的な間違いは許されないもので、今この点を質問されると嫌な気分になるが、それが現実で変えれない事なのだ。
 文章は非常なもので、間違って掲載してしまえは取り返しが利かず、非難だけ浴びる事になっても甘んじて受けるしか方法はない。
 文章とは一字一句間違えただけでも意味が違う事に、自分の意図と反した意味にもなるので、慎重に表現しなくてはならないが、しかし気を付けていても、そこが素人の書く文章はゆとりが無いので深く追求できず、浅い表現となってしまい、失敗の原因ともなる。
 今でも書き上げたものを何度も読み返してから校正に入るが、それでも間違いがあるので、何時になったら真面に書けるのか自問自答する始末。
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2020年07月05日

あとむ風

   鉄腕アトム
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 誰でも知っている鉄腕アトム、ロボットでありながら自分の感情を持つアトム、手塚治原作の漫画の主人公。
 少しアトムの生い立ちを話しておくと、アトムは身長135センチ、体重30キロ、エネルギーは原子力と10万馬力、そしてマッハ5で空を飛ぶ。
 これがアトムの姿、兎に角小さくて小2の男の子位、それでもって10万馬力力持ち、その他にも数々の装備があり、スパーロボットである。
 このロボットを主人公にした漫画が連載され、人気を博する事になり、その後テレビ漫画に、一躍子供たちのヒーローとなる。
 ちょうど私の小学生の頃、1952年に雑誌少年に連載され、爆発的な人気となり雑誌は飛ぶように売れた。
 今でも思い出すが鉄人28号と共にロボット漫画を二分した漫画、どちらも子供た達にもてもて囃されるようになった。

 この鉄腕アトム、テレビ番組で上映されるとテレビSANY0439.JPGの前には子供たちが群がり、画面にくぎ付け状態になった。
 そのアトム、玩具に登場するや否や引っ張りだこ、我も我もとアトム人形を買い求め、飛ぶように売れたと言う。
 鉄腕アトムは現在でもすごい人気、今でも子供たちに支持されているよう、それに大人たちもアトムのロボット、つまりブリキの玩具を取り合いしているようで、ネットに出れば高値で取引され、子供でなく大人が取り合いする状況だと言う事だ。
 しかしアトムの類似品も多く製造され、今では考えられない位におおぴらに行われていたよう、写真のアトム似ているようで全くの違いがあるが、堂々と市販されている。
 今だったら大変な事になるのだが昔は大らかな時代であったようだ、それにしてもこれらのアトム全く似ていない。
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2020年07月04日

キャラクター

   おどろき
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 ミッキーとベティーさん共に戦前につくられたキャラクター、ミッキーは1928年(昭和3)に、ベティーさんは1930年(昭和5年)につくられたもの。
 ミッキーとベティーは全く違ったキャラクターとして作られたもので、片方はネズミ、片方は人間と発想が違うもの。
 同時代につくられてものであるが、全く違ってアニメでそのファン層も違いを見せている。
 子供に愛されたミッキーとおとなに愛されたベティー、勿論最初からその設定だつくられたものだが、動物と人間を対比して語るのもどうかと思うが、当時の世相が反映されているものとしては同じだと思える。
 面白い事に戦前でありながら作られてからすぐに日本に上陸している事、戦争前の時期にアメリカ物が日本で流行ったことも興味があるところだが、当然の事直ぐに禁止となった事は言うまでもない。
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 2つの時計、ミッキーとベティー、両方とも珍品であることに違いはないが、ベティーさんの方は彩色されており、価値的には落ちるものだが、ミッキーはオリジナルである。
 しかしこのミッキーマウス、見慣れているものとはかけ離れてもので、これがミッキーかと思える代物、だからこそ貴重と言えるものなのか。
 全体に調べても手が加わってはいなくて、オリジナルの状態だから、最初からこの顔をしていると思われるが、どう見てもミッキーマウスとは思えない。両方とも同時期に製造されたものと思われ、輸出されたものだと思う。
 それにしてもミッキーの顔、もっとよく本物に近づける努力をして欲しかったが、逆な意味でこの時計は珍品と言えよう。

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2020年07月03日

これ何だ

   蠟 管
 先日の日曜日久米邸で蠟管の質問があり詳しく話したがSANY4708.JPG、蓄音機とはエジソンが発明、人間の声を再現するために造られた機械を言う、声の再生機と呼ばれたものだと、英語でボイスレコーダーと呼ばれたもの、これの逸話があのビクター犬、無くなったご主人の声が聞こえるレコーダーの前で首をかしげている犬。
 元は声再生機であったが、音楽を再生して聞く事になり、それが蓄音機になったと言われているもの、最初のレコーダーは勿論人の声だけ、機械から人の声がする画期的な発明、勿論エジソンが最初だと思っている人、しかしエジソンが最初ではないが、特許を取得したのがエジソンの方が早かったから。
 正確に発明した順番ではエジソンは2番目で発明者ではないが、そこはエジソン抜け目がなかったと言えよう、先に特許を取得してしまったのだが後にこの事で裁判となるが、特許を先に取る当たりセコイと言われても仕方がない、そんな蓄音機、実は当初円盤式ではなかったのだ。

 レコードと言えば円盤と思っている人、初期のSANY4740.JPGレコードは筒状のもので円盤ではなく、蠟ででき耐久性もあまりないもの、蠟管と言われるものが最初のレコード、レコードとは言わずボイスレコーダーと言う、この蠟管字の如く柔らかい蠟で出来ているのだ、字が表す如く蠟だから録音はし易いが、耐久性はなく直ぐに摩耗してしまい、聴けなくなるのも蠟管の弱点、エジソンは蠟管のレコードを採用していたが、ライバルは耐久性のない蠟管を諦め、円盤式のレコードを制作、エジソンに対抗したのだ。
 その後エジソンは蠟管に固守したが、相手はディスク版に変更、流行を造り大量生産も出来、先を越される事になり、事業は時代遅れとなるが、写真の蠟管、すでに摩耗しておりあと数回でダメになってしまう事に、つまり聞けなくなってしまい、レコードの役目を果たさなくなる。

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