2020年09月15日

洋館の明かり

      シンプルが良いSANY2874.JPG
 明治期、西洋から入ってきたランプ、日本の生活の中に溶け込んで久しいが、その種類は様々なもの、その建物にあったものもあれば、場違いなものも多い。
 日本の建築にあったものが輸入された訳ではなく、そのランプに合わせるかのようにランプが流入、其れを選ぶのも購入者の好み、派手なランプを欲しがる人、シンプルなランプを好む人。
 そんな西洋ランプ、電燈が使用されるようになってから、急速にその姿が増したのは言うまでもなく、電気の普及と共に西洋ランプも増えて行く。
 そして、日本建築その物に付けるのではなく、西洋館を建築して、日本の住まいとした建物が増え、其処には西洋ランプが当然の如く使用された。
 明治期も中期を過ぎると、日本人も西洋ものに少しづつ馴れ、その好みも多少変わってきたのか、やっぱり建築に合ったランプを選ぶようになった。

 写真のランプ、明治当時建てられた西洋建築、シンプルな造り方であるが、西洋館には違いなくランプが使われているが、思ったよりもシンプルなものが付けられている。
 形こそは色々な種類があるが、その物は派手なランプではなく、SANY2877.JPG部屋部屋にランプの形や大きさは違うもの、シンプルである事には違いなく、センスの良さが伺える。
 写真のように、乳白色系のランプであり、殆ど色は入っておらず、白色で統一されているかのようだが、当初からこの様なスタイルであったかは不明だ。
 しかし、現在使われているランプを見た限りでは、この建物にピッタリのものが付いていて、非常に好感が持てるものとなっており、見る人も落着いて見える。
 生活のなのランプ、毎日見るものであり、余り派手なものは見ていると飽きるもの、シンプルなものは何時までも飽き無いもの、しかし、少しは色の入ったものも変化があって良いのか。
 この様なランプ、建物によっても違うが、色とりどりの色の付いた派手なものばかりではくど過ぎると思う。
 その雰囲気に合ったものを付けるのが良く、派手なものは避けた方が良い、西洋ランプも適材適所で、その建物の雰囲気を壊さないようなものが良いと思う。
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2020年09月14日

ガラス絵で分かる事

   各社の違いが
SANY2861.JPG 明治期、日本の時計製造会社は西洋時計をモデルに、盛んにコピー商品を造り、市場に供給していたが、今で言う違反であるが当時はお構いなしに行われた。
 アメリカ製の時計をそっくり真似て西洋時計を製造、今で言うコピー商品、商法違反である事は明らか、しかし当時は気にせず造り続けた。
 兎に角そっくりに造り上げる事を目指しており、その完成度は高いもの、本家の時計と瓜二つの時計が製造された。
 そんな事で本物そっくりに造る事が当時の時計製造会社が目指していた事、そっくりに造り上げ安価な値段で提供する事に生き甲斐すら目指していた。
 現在の中国と同じ状況で、コピー商品をとやかく言う現代人も、昔は日本も盛んに造り続けていたのだから、今にして思えば恥ずかしい。
 しかし当時は恥かしいとは違い、逆に誇らしく思っていたのだから、考えもしない事、とにかく一生懸命にコピーした時代。

 現存している古時計がその証拠である事は確か、より本物に近い物を造る、その意気込みが健在に伝わって来るのだ、今そんな古時計を並べてみると、面白い事が見えて来るもので、会社が何処の時計をモデルにしたか、そして同じ時計をモデルにしても、その出来の違いSANY2855.JPGが。
 大手の時計製造会社と中小の時計製造会社とでも、その違いが表れているが、個人の時計製造所もまた競い合っていた。
 ある意味、個人の時計製造所の方が、より本物に近い商品を製造しており、大手の時計製造会社よりも精度の高い時計を製造。
 何処にそんな力があったのか、個人の時計製造所が大手の製造した物よりも良いものを造る、おかしなことであるが、事実それが残っているから、ある人に言わせれば大手の製造会社はコストと利益を重要視したために、個人の製造所よりも程度の落ちる時計を製造したと。
 プライドを持って造り上げた個人の製造所、大手に負けまいとする心意気は、明治の職人魂を見る思い、意地とプライド、職人気質、個人の製造所の職人の腕が良かった事の裏返しとも言える事、その証がしっかりと残っているのも面白い事だ。
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2020年09月13日

招き猫の由来

    由来です
 招き猫の発祥とは、古来中国の逸話に由来SANY0900.JPGするものであるらしいが、今の招き猫の形が出来上がるのは江戸時代に入ってからだと言われる。
  何故、猫が人を招くのか、猫の顔を洗う仕草がいかにも「おいでおいで」と人を招いているように見える事からとか、色々な説が存在する。

 800年代の唐時代にこんな諺が、 「猫面を洗いて 耳過ぎれば 即ち客到る」と、これは猫が顔を洗うと雨が降る、雨が降れば雨宿りの客が店に入って来るとの例えである。
 もちろん猫が顔を洗ったからと言って雨が降るとは限らないが、雨が降れば人は雨宿りをしなければならないから、店に入って来ることもある。
 商売人にとっては願ったり叶ったり、雨が降れば客が来る、そんな事の繰り返しが猫の顔を洗う仕草と相まったともいえ、当時も今も、雨が降りば人は雨宿りを求めてつい店に入ってしまうが、この事が客を呼んでくれる縁起の良い仕草であると喜ばれていた。
 日本で言う、 「風が吹けば桶屋が儲かる」の例えと同じ、間接的に繋がっているが縁起の良い事の教えである。

 日本では色々な説がある中、1400年後半、太田道灌が負け戦で道に迷い、自性院の飼い猫が手招きした方角に逃れ、窮地を切り抜けた故事にちなんだもので、これが招き猫の始まりであるとされている。 

 豪徳寺説、 1600年後半2代彦根藩主が鷹狩の帰り、豪徳寺近くの大きな木の下で雨宿りをしていたが、豪徳寺の飼い猫がしきりに手招きをするので、それにつられて豪徳寺の境内に入ったら、今まで雨宿りをしていた木に落雷して命拾いしたとの故事にちなんだもの。
 西方寺説、SANY2926.JPG今戸神社説、など諸説がいくつか存在しているが、いずれも確証がなく、どれが正しいかは本人の考え次第、諸説ある中、1番信憑性のあるのは、京都伏見の伏見人形が1番初めではないかと私は思うが、ここで製造された伏見人形が江戸時代初期から、全国に普及し、この人形を手本に土人形が作られるようになる。
 その中に招き猫風の猫の土人形が存在し、これが元となっている事は確かで、諸説ある招き猫も伏見人形の発展系であると思われる。
 中国の故事をヒントに、みやげ物や商売繁盛の縁起の良い置物として、あちらこちらで製造が始まり、その内に元祖や本家などと後から付け加えたようだ、何れにせよ商売人には客引きの縁起の良い置物には違いは無く、また郷土玩具の愛好家には是非とも手にしたい土人形でもあり、招き猫は愛玩用としても人気がある。

  現在でも招き猫ブームがあり、新しい招き猫も続々とつくり出されているようで、現在では我々が驚くような招き猫も出現しているとのこと、いずれにせよ招き猫は幸福を齎す縁起の良い置物であることには変わりなく、全国各地で色々な招き猫が製造されているようだ。
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2020年09月12日

目覚し時計

    絶対に起こすSANY0572.JPG
 朝起きるのが苦手の人、夜型の人に多いとされている朝の寝起き、自覚が来れば自然に目覚めるのが正常な人間の営みであり、健康な人は朝の目覚めはスムーズ。
 健康体は体内時計も正確であり、時間が来れば自然に目を覚ますと言われているが、体内時計が狂っている人も現在の生活事情によるところが大きい。
 夜遅くまで起きていると、体内時計が異常をきたし狂いだすそうで、朝の寝起きは悪く、起きてもスッキリとしないのが普通らしく、体内時計が正常でない証拠らしい。
 そこで活躍するのが目覚し時計、昔から目覚し時計は使われてきたが、その種類も実に多く実用性の高い物から、装飾的なものまで数限りなくある。
 では日本の目覚し時計は何処から来たのか、勿論江戸時代から目覚し時計は存在し、上流階級では使用されていたが、一般には高嶺の花であり、見たことも無かSANY0570.JPGったようである。

 明治以後、一搬庶民に広がるが普及するのは大正時代、そのモデルとなった時計がドイツ製の目覚し時計、「通称へそ時計」と言われた物、本体が太鼓みたいな胴をしていて上にベルの付いた、見慣れた時計の形であるが、最近は滅多に見なくなった。
 何処の家庭でも一台はあったへそ時計(目覚し時計)、写真の目覚し時計はドイツ製、見慣れたへそ時計であるが、一部が少し変わっている目覚し時計。
 良く見ると頭に付いているベルが大小2つ付いている変わった物、普通は1つのベルしか付いてなく、2つ付いているのは珍しいもの、大きな音が出るように工夫された目覚し。
 朝の起きるのが苦手な人が、如何しても起きなくてはならない為に買い込んだ物なのか、絶対に起こすと意気込みが伝わってくる目覚し時計だ。
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2020年09月11日

ブリキリ玩具

SANY0283.JPG   ロボット
ブリキの玩具と言えばロボットと帰って来るのは男の子、男の子にとってはロボットは憧れのオモチャと言って良いと思う。
 勿論私も即座にロボットと答えるだろうし、他の人もその様に答えると思われるが果たして全部が答えるのか、それもまた疑問でもある。
 そんなロボット、勿論年代順にロボットの種類が違う事は明らかだ、私の頃は鉄腕アトム、鉄人28号、この2つに限ると言って良いと思う、しかし世代が違うとロボットもまた違う。
 それなのにブリキから連想するのにロボットが出て来るのはやはり男の子だからと思う。
 勿論その他の答えをする人も居るだろうと思うが、ほぼ全体が支持するオモチャだと思われ、今も昔もロボットの人気は高いのだ。SANY2042.JPG

 当然の事だが現代のロボットはブリキではないため、今の男の子に問いかけても無意味であるが、私は今でも男の子はロボットが好きだと信じている。
 その筆頭がガンダムと言えようが、他のロボットも出ると思う、しかしロボットに違いなく、男のロマンみたいなもの。
 しかしブリキのロボットは高い、特にアトムや鉄人などは復刻版でも高くて、買う気にはならないが好きには違いない。
 高くなければ直ぐにでも買いたいと思う心理は幾つになっても持っているのも男だからと言えるのではなかろうか、それこそ動かなくとも安いアトムや鉄人のブリキの玩具があったなら、絶対に欲しいと思うし、買い込むかもしれない。
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