2019年04月10日

童謡、唱歌

    懐かしい童謡  
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 ようやく春が来たと言う感があるが、そんな雰囲気ではない所もあるだろうが、しかしこんな時だからこそ、心の支えが無ければならないと思う。
 野に咲く花は一輪でも人の心を慰めてくれるもの、いろんな言葉より遥かにやさしく心に入って行くのであろうと思う、一輪の花にはそんな力がある。
 歌もまた心にしみるもの、「辛い時」、「悲しい時」慰めてくれるのも、勇気付けてくれるのも歌であり、歌が人を繋ぎあわれる力を持っていると思う。
 被災されている人は、何かのよりどころを求めていると思う、そんな時ほど心にしみる歌、それは童謡であり、唱歌であると思うのである。
 テレビニュースの中、避難所で子供たちが人々を前に「ふるさと」を合唱しているところを見て、大人の方々が涙ながらに一緒に歌っていた姿、これこそが唱歌の力だ。
 子供が歌う「ふるさとの歌」に皆が共感する、大人も子供も1つにすることが出来るのは、歌であり「童謡、唱歌」であると思うが、今の学校教育では、「童謡、唱歌」は一切教えないそうである。
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 今の教育関係者によると、時代に会わないからとか、戦前教育の一環であるからとか、訳の分からない事で童謡や唱歌を教えないそうであるが、自分たちの教えた歌が、今被災地で子供も大人も歌っているのかと言いたい。
 古いから今の時代に合わない歌が、何故被災地で子供が「ふるさとの歌」を歌って共感を得ているのか、そして歌っている子供たちもまた、この歌に惹かれている現実を見つめて、如何なのかと思わないのか。
 今、全国の被災地で1番リクエストの多い歌は「ふるさと」の歌であるらしい、大人も子供もこの歌を歌って勇気ずけられるのであろうが、その歌を今教えてないとは。 
 童謡、唱歌は時代と供に受け継がれて行くことこそ、本来の姿なのではないのか、その役割を立派に果たしている童謡唱歌、何故教えないのか、私には理解できないし、私の変な拘りなのかも知れないが、皆さんはどう思われるのであろうか。





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2019年04月09日

福助人形

    幸福を呼ぶ

 福助人形、店頭に置かれ客を呼ぶ幸せな人形として商家に置かれSANY0728.JPGたもの、実在の人物とされ、一説には享保三年にすでに人気を博したとあるが実在の人物がモデルとされており、色々な説がありハッキリとしないので、どれが定説か分からないのが現実。
 文化文政の頃には店の店頭に飾られていたと言われ、やはり商売繁盛の置物となっていた事は確か、招き猫よりも福助の方が人気か。
 福助人形の特徴は頭が異常に大きくて、耳はいわゆる福耳と言われる耳たぶが大きい人形、裃を着て座った姿が一般的なもの。
 この姿は一説によると見世物小屋に出ていた頃の姿を模して造られたと言う、実在の人物の姿らしいのだ。
 その姿形が面白く、名前も叶福助と付けられていたらしく、福が叶うとの洒落、そんな事で福ぶくしい姿と相まってこのスタイルとなったらしい。

 何時の時代も福を願う庶民の姿、家に置き福が来ることを願ったもので、それが全国に広まったのだと言う、この福助人形、陶器の産地や農家の副業として造られ、色々な形の物が出来上がる事に、ただ裃姿は変わらなかったようだ。
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 商家の店頭に置かれ、次第にその姿が大きくなり、大きなものでは人と同じ位の物も存在しており、商売繁盛を願う気持ちが、この人形を大きくした。
 姿も古い物は頭が異常に大きくて、目がギョロリとした面白い姿をしており、新しくなるにつれ頭も小さくなって行く。
 い目地に入り磁器の福助人形が製造される様になり、土物の福助よりも直物の福助が人気で、時代の流れを現しているのだと思う。
 土物の福助と磁器物の福助を比較すると、彩も磁器物の方が繊細なものとなっている事、土物は郷土玩具的だ。
 この二つの福助人形、土物と磁器物、愛好家の支持は両極端、磁器物方が今は人気のようで、足が速いのは磁器の福助人形だ。
 写真は古い土物の福助と、その後の磁器の福助人形、何方が好きかは人それぞれ、やはり人気を二分しているようだ。
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2019年04月08日

懐かしの玩具

    遠い昔の日々

 誰しも思い出はあるもの、それがどんなに小さくて粗末なものであっても、その人にとっては宝物で懐かしいものが沢山あり、それを手に取ると遠い昔を思い出すと思う、だって自分が手にしたものがそこに。SANY9021.JPG
 幼い日に遊んだことのある玩具、当然の事だが懐かしいと言うより、その時の事が一瞬にして浮かんで来るもの、玩具とはそうした過去の日々を懐かしくさせてくれ、過去の世界に連れて行ってくれる働きをするが、そのものは大したものではない。
 勿論豪華なものであるわけがなく、ブリキで出来ていたり、鋳物で出来ていたり、ソフトビニールであったりと千差萬別、私はグリコのおまけが一番懐かしい玩具、幼い日セッセと集めたもので、つい最近まで存在していたが今はない。
 度重なる引っ越しで紛失してしまい残念でたまらないが、それも運命であるのか、懐かしく思うものだが。 あの時もっと大事に保管しておけば良かったと、あれだけ集めたものが無くなるとは、やっぱり残念でならない。

 粉ミルクの缶に三個、数にすれば相当な数、残っていれば一大コレクション、其れが忽然と消えてしまい、引っ越しの時、もうちょっと神経を使い、段ボールの中身をマジックで書いとけば良かったが、忙しくてつい忘れ、結果は捨てられてしまったようだ。
 グリコのおまけだけではなく、ブリキのロボットも好きで幾つか集めていたが、今は手元になく欲しいと思っているのだ、ヤッパリいまだに欲しい。
 しかし何故だかソフトビールで出来た玩具だけは欲しくないので、何故欲しくないかと聞かれれば、嫌いだからと答える。
 やっぱりブリキの方が玩具らしい、ソフトビニールで出来たものは、それに比べれば軽すぎるのかも知れないが、やはり嫌いだ。
 懐かしいと言えばキャラクター、どんなキャラクターでも面白いと思う、大きさも様々であるが、小さい方が良く、大きいものは好きではない。
 やはり玩具は幾つになっても好き、大の大人が玩具とは恥ずかしくないのかと言われるかも知れないが、好きな物は好きだ。
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2019年04月07日

友人の情報

    よい古時計がある

 友人から電話でよい古時計が多くあり、欲しければ貰って行くけどDSCN0542.JPG返事をしてくれと言って来たが、よく意味が分からない。
 この友人古時計なんか知らないくせに、何処で古時計を見つけたのかも疑問であったので、何処の話だと聞きなおす。
 しかし彼の言う事が分からないので、写真に撮って送って欲しいと言えば、分かったと言って電話を切ったのだ。
 それから幾ら待っても電話はかかってこず、諦めてこの事は忘れていたが、後日友人があらわれて写真を撮って来たからと。
 彼の写真を早速見ることにしたが、どうしても要領を得ないもので、「なんでお前が古時計なんか持っている所を知っているのか」と聞く。
 彼は今までそんな話を持って来た事もなく、何故急に古時計の話を持って来たのかヤハリ疑問、そんな問いかけに彼は「偶然に見つけたから」と言うのだ。

 話を聞けば仕事で行った得意先の隣に、古い時計屋があり、たまたま得意先の主人が時計屋の話をしだしたので、お前の話をしたのだと。SANY0309.JPG
 そしたら得意先の主人が隣の時計屋を見に行ったらと、一緒に行くから見てはと言うので、仕方なしに見に行く事になってしまったらしい。
 時計屋の主人は気さくに古時計を見せてくれたらしいが、本人が全く古時計は分からず、結果その場から電話をしたとのこと。
 そして時計屋の主人は「欲しい人があれば譲っても良い」と言うので、後には引けずに私に電話してきたとの事らしい。
 写真を見るに確かに多くの古時計が写っていたが、私の欲しい時計はなく、ましてや良いという時計はないので、「何処に良い時計があるのだ」と彼に聞けば、「時計屋の主人が、この時計が良いといったから」とふくれつら、しかし折角彼が話を持った来たので、丁重に話を聞くことにした。

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2019年04月06日

小鳥が鳴く

    鳴くの

 SANY4350.JPG春になると小鳥の鳴き声も一段と清々しく聞こえ、春が来た事を告げてくれているような、そんな小鳥のさえずりだが、最近は少なくなったようだ。
 自然が徐々に少なくなってきた証拠、都会から鳥たちが消えてゆく、今では都会の主はカラスらしいが、そんなにカラスが多いのかと、しかし現実は相当多いらしいが都会のカラスは天敵がいないから、我がもの顔で荒らしまわり、小鳥たちを追い散らしているのだとか、小鳥たちはカラスのために食事場所を追われているらしい。
 その原因が人間、都会で出るゴミがカラスの餌場だが、その対策に四苦八苦の人間をよそに、カラスたちはやりたい放題、之を退治する事も出来ない様だ。
 保護法によりカラスは逆に守られ、小鳥たちは追い散らされ、どれが保護法なのかも分からないのだが、本来は弱い者達の保護法であるはず。

 何だか、どれがどうだか分からSANY4358.JPGなくなり、結局は未だに小鳥たちは少なくなって行くのが現実、小鳥たちをどう保護するのか、早くしてやら無いと、小鳥の鳴き声も聞けなくなるのだ。
 そんな小鳥の声を再現しようと機械に挑戦、昔から人間は小鳥の声を再現しようと努力、機械で小鳥の声を出すことに、現実化して行く事となる。
 写真の鳥篭、人間が作り出した機械で小鳥が鳴くもの、スイス製のシンキングバードと呼ばれる機械が其れ、鳥篭に小鳥が二羽入っているもの。
 この小鳥が機械仕掛けで鳴く、ピヨピヨと可愛い声で鳴くのだ、小鳥は羽をバタバタさせ、少し首を上下させて、如何にも小鳥の仕草を真似た動き。
 この仕草を出すために、人間は四苦八苦してこの動作を作り上げたのだ、ぎこちない動きではあるが、可愛らしい小鳥の動きを再現できたようだ。

 
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