2020年11月22日

友人はあり難い

    持つべきものは
 SANY4400.JPG昔から、友人は多いほど良いといわれるが、果たしてそうだろうか、余り多くても付き合いに大変なもの、多すぎても困るのではないだろうか。
 しかし、少なすぎても又困るもの、イザという時に助けとなるのも友人、ドチラがドチラとも言えないもの、そんな友人が「お前三脚を使っているか」と言う。
 何の話だと思っていたら、「お前の写真ピンボケだ」と言うのだが、確かにその通りであり、最近特にピンボケになってしまうもので実は困っている。
 友人いわく「三脚を使わないからだ」と言う、写真を撮るときには三脚が1番、ブレを防ぐのには確実なものと、いわれてみればその通りであるが、いちいち三脚を持って歩けない。
 其れもカメラはデジカメの小型、そんな三脚を持って写す写真ではないのだが、すると友人「お前が面倒だという問題ではない」と意気込む。
SANY4402.JPG
 友人は近頃のお前の写真は特に酷くなっているから気をつけろと、言われてみれば確かにその通りだが、之は三脚のせいではなく、カメラと自分の目のせいだ。
 最近特に乱視が入ってきたらしく、カメラのピントが合っていても、物体が二重に見えることもあり、そのせいでピントが合わないのだというと。
 最近のカメラは手振れ防止つきのもので、其れをセットしておけばぶれる事は無いと、しかし、それくらいは私でも知っているし、その様にセットしてあるのだが。
 そんなやり取りを何だかんだして、友人がくれたのがこの携帯用の三脚、コンパクトで持ち運びが簡単な代物だと、長々とお説教に様に言っていたが、何の事はない百均のショップで買い込んだものらしい。
 如何にも探し出して私のために買ってくれたものだと思ったが、何の事はない近くの百均で買って持参したもの、其れを大層な前振りをして渡してくれたのだ。

 
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2020年11月21日

染付け

   ゴスの違い
 瀬戸の染付、江戸から明治にかけてSANY4523.JPG製造された磁器、優れた染付が海外に輸出され、多くの支持を集めていた。
 有田と並び瀬戸では磁器の製造が盛んで、特に関東地方に出荷、瀬戸でつくられた陶器を瀬戸物と呼ばれ特に親しまれた。
 瀬戸物と言えは瀬戸の焼き物の事を指す、そんな瀬戸物、特に染付けは人気が高く、生産も多く関東地方に運ばれ瀬戸物の代名詞となった。
 瀬戸で製造される染付はゴスと呼ばれる釉薬の色が鮮やかで繊細な図案も喜ばれていた。
 磁器物は高級機で一般庶民の間でも憧れの器であったとされているもの、陶器よりも値段も高くて丈夫な器、高温で焼かれた器でもある。
SANY4505.JPG

 描かれている図は山水画、筆を巧みに使い深山幽谷を簡素化して描き、躍動感のある図に仕上げている技術は職人の腕が如何によかったことを表している。
 下の写真は馬上杯に描かれている山水であるが、小さな器にも拘らず器全体にゆったりとした描き方で、職人が手慣れた絵付けの技法を使っている事。
 瀬戸独特の白い生地とゴスの青色が絶妙なバランス、高級感を醸し出した逸品と言えよう、瀬戸の染付の技術の高さをしめした器と言え、この様な磁器が大量に製造されたのも江戸から明治にかけて、瀬戸の窯元が力を持っていた証拠。


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2020年11月20日

どちらもどちら

    意見が対立
 SANY7662.JPGある日、友人が2人我家を訪れてきたが、何やら様子がおかしいので、「どうしたのか」と尋ねると、2人が同時に喋りだす。
 同時に喋られても意味が分からないので、先ずは落着いて話せと部屋に、彼らは友人がネットで買い込んだランプを巡って論争したらしく。
 ネットでランプを買い込んだ友人が、もう一人の友人宅を訪れて自慢話をはじめたらしく、「今度買い込んだランプ掘り出し物だ」と、それを見た他の友人「何処が掘り出しものなのか」とケチを付けたらしい。
 そして2人で論争が始まり、結局堂々巡りで結論が出なく、我家に持ち込んで来たらしく、2人とも持論を主張しあったまま、我家を訪問。
 話をよく聞けば、2人の言っている事がかみ合わないので、焦点を絞れと忠告、話はこうだ「1人は古いか新しいか」と主張、もう1人は「安いか高いか」と主張、この様に主張して対立していたらしいのだ。

 話を聞いているうちに馬鹿らしくなり、「そんな話を我家に持ち込むな」だいのSANY7664.JPG大人が馬鹿らしいと一喝、2人の主張している事が違う問題だから、何処まで行っても交わる事はないのだ。
 問題のランプを折角持参したから、早速見ると新しい物だ、古いと主張している友人に「これは新しい物だ」と一喝、そしてもう1人の友人には「新しい物だが、お前の言う様に高くない」と、これも一喝する。
 要するに、1人は古いと思って買い込んだものが新しく、高い値段だといっている友人には安い買い物と、2人の意見を納得させて解決。
 2人とも酒を飲みながら「何処まで入っても平行線だった」と反省しきり、私から言わせれば古いと思い買い込んだ友人は安い物を買い込んだから正解だし、もう1人の友人の高いとの指摘は高くなく、安い買いもので、結果オーライと結論。
 写真がネットで買い込んだ問題のランプ、新しい物だが雰囲気の良いランプ、新しいからと言って悪い物ではないのも、こんなランプなら私も欲しいものだ、古いから良くて、新しいからダメと決め付けるのは止めたほうが良い、新しい物でも手の込んだ良い物であれば、それはそれで良いと思う。
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2020年11月19日

好きなもの

   時計の版画
 私は古時計を探し続けて40数年になるが、未DSCN2227.JPGだに目標を到達できず探し続けて迷い込んでいる始末、何処まで行くのやら。
 この迷い込んだ道は果てが無い道とも言われ、一生続くものだとも言われているそうな、だから到達点はないものだ、昔から歳をとれば悟りが開けるものと言うが、果たしてそうだろうか、それとも私が未熟なせいなのか、中々悟れないと思う、俗人だから。
 始めた時は直ぐに目標に到達すると思い込んでいた節があり、2、3年で目標到達と考えていたのだが、それが思いのほか時間がかかったようだ。
 未だ到達どころか目標の半分も行かず、今では暗礁に乗り上げ、行く事も、引く事も出来ず四苦八苦の状態である現実がある。
 古時計の世界は底なし沼、何処がそこだか計り知れないもの、行けば行くだけ深くなり、深みにハマってしまうものだと感じる。
 それは個々の人によって違いはあると思うが、大小は別にして底なし沼にハマるようだと、そんな風に思う今日この頃。

 何故かと言えば、古時計の何処の部分を目標に置くDSCN2228.JPGかと言う事、国産の古時計であればメーカーなのか、それとも形なのか、それとも好きなものだけとか、千差万別に目標がある。
 古時計を集めていると自然に時計に関するものは興味が湧き、それらもツイツイ手を出してしまい、道からそれて来るものでもある。
 私もその一人で古時計以外にツイツイ手を出してしまい、今では数々のものが増えているのが現実、時計の版画もその一つ、始めは堀田版の時計版画。
 しかしこれが集まると他の時計の版画に目が行き、それらも又手が出て買い込む事に、何処まで行っても関連するものが目に入るのだ。
 版画の良い所は場所を取らないと言う事、古時計みたいに嵩張らないので、ツイツイ手が出る事に、それもまた病気なのかもしれない、写真は笹川さんの版画だ。

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2020年11月18日

磁器の外側

   貯金箱
 私は貯金が出来ない男、子供の頃貯金箱2.jpgより親に何度も言われた言葉が貯金せよと言う言葉、兎に角貯金の出来ない性分。
 例えばお正月のお年玉、普通の子供は貯金していると聞く、私の子供の頃の友達も貯金していたと思う、だけど私は貰ったお金は全部使ってしまい、貯金と言う頭はなかった。
 その為に何時も親から何で貯金が出来ないのかと、帰ってくる言葉は貯金せと言う言葉しかなかった、そんな少年時代を過ごした。
 しかしその性分は今も変わっていなくて貯金は出来ず、今は後悔をしている始末、今更何ともならないのだと感じている。
 貯金と言えば貯金箱、貯金箱と言えば貯金、そんな合言葉みたいな貯金箱を何故かしら好きで、子供の頃より集めていた。
 貯金もしないのになぜか貯金箱を集めると言う矛盾、良く子供の頃友人に何で貯金箱を買うのかと厳しい言葉も貰った。

 親からも貯金せよと貯金箱を与えられ、少し貯金箱3.jpgは入れてみたが直ぐに取り返し、使い切ってしまう事の連続であった。
 その親からもらった貯金箱は今も健在、終ぞこの貯金箱が満タンになる事はなく、現在も空っぽである。
 自分で買い込んだ最初の貯金箱は陶器の招き猫の貯金箱、小さなもので高さ10センチそこそこのもの、その貯金箱も現在手元にあるが、相変わらず空のまま。
 貯金箱で一番気に入っているものは、苦労し手に入れたもの、磁器製の古い貯金箱、珍しいもので同じものを見た事が無い。
 普通招き猫の貯金箱は一杯になれば割ってお金を取り出すから、中々残っていないが、私の手元はに割れないでそのまま残っている。
 この貯金局と書かれた古い貯金箱で、横には逓信省のマークが入った珍しいものだ、無傷である事が有難く今では貴重な資料であると思う。




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