2019年04月05日

日光写真

    お日さましだい

 SANY9302.JPG子供の頃、何に対しても夢中で取り組んだものだが、年を重ねると現実感に打ち消されて夢は段々と小さくなって、その夢も消えてしまうような気持ちになる。
 子供の頃はどんな小さな事でも夢があったような気がするが、現実が近ずいて来ると大人は夢を持たなくなるが、子供はそれが無かったから、何時まででも夢を見えた。
 そんな時代に夢中になったのが日光写真、本物のカメラは手に入るはずも無く、まして高価な物であったので高嶺の花、そしてその頃はやったのが日光写真。
 薄いダンボールにカメラの形をした箱、そしてフィルムはセロハンに黒く印刷した用紙、これを印画紙と共に箱にはさみガラスの付いたふたを被せ、日光に暫く当てる。
 すると黒くなったセロハンの部分が印画紙に移り、あたかも写真が取れたように成る仕組み、機械は一切なく箱だけであとは印画紙、この印画紙も当時は多くの種類があり流行は存在していた。

 その頃の一番人気はやっぱり「鉄腕アトム」、そして「鉄人28号」この二つSANY0439.JPGが子供の憧れも的、日光写真もアトムや鉄人のフィルムを求めて探し回ったのを覚えている。
 同じ種類のものは面白くなく、違った種類を求めて駄菓子をはしごしたものであるが、中々違った種類が無く苦労したものだ、見つけたときの喜びは言葉では言い表せない位の喜びであった。
 写真は、その日光写真機、憧れのアトムが印刷されているが、このアトムも海賊版であり、本物と違って何処と無くほっそりとしたアトム、本物であろうが、偽者であろうが当時はどうでも良く、写真が取れればそれで満足であった。
 ボロボロになるまで使ったもので、今では日光写真の新しいものは中々手に入らないが、この写真機、前回の日光写真機と同じ所から出て来たもの未使用の新品である。
 こんな物でも今手にすると、子供の頃の懐かしい思い出が蘇ってくるので安い遊び道具くらい懐かしいものは無いもの、今の子供たちはなんでも手に入るから逆に可愛そうでもある。
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2019年04月04日

庭木

   中々難しい

SANY9442.JPG 我が家の小さな庭の木、自分が新築した当時に植えたもの、その時はあちらこちらのホームセンターを巡り、良いと思うものを探し回った。
 実家は広い庭があったので色々な庭木が植えてあったが、我が家の庭は小さく狭くて色々な庭木を植えることは出来ないので、種類を選ばないと植えれない。
 頭の中ではあれも欲しい、これも欲しいと思って色々なものを物色したが、良いと思うものは枝が張って狭い庭には植えれないのだ。
 今は小さな苗木であっても成長すれば枝を張り、狭い庭を占領する事になると言われ、欲しいけど諦めざろう得なかった。
 ホームセンターの係の人は狭い庭に植えるものは枝が張らないものが良いと、そんな事で自分の欲しい木は諦めたが、それでも欲しいと思う気持ちは持っていた。
 他の庭に植えてある木を見ると我が家でも欲しいと思う日々、そんな自分を親友が「お前は阿呆」と厳しい言葉を投げかける。
 狭い庭に大きな木を植えて失敗する事は目に見えている、それが分からないのかと言う、確かにその通りであるが欲しいものは欲しい。
 すると親友、ある所に連れて行き、これを見て見ろと車の窓から指さす前には狭い庭から枝を伸ばした庭木、木が成長して枝を張り庭一杯になり、挙句の果て道路まで枝を伸ばしているのだ。

 お前の庭よりもこちらの方が広いのにこの始末SANY9445.JPG、これを見てどう思うのかと手厳しい、確かに言われれば見苦しいにつきると思う、やっぱり諦めるしかないと決めたものだ。
 欲しい木を諦め植えた木がこれ寒椿、あまり大きくならずに扱いも簡単と言われて植え、10年位は順調であったがその後段々大きくなる。
 その度に伸びた芽を摘み、大きくならない様にと選定を繰り返したが結果はこの始末、大きくなり過ぎて見栄えの悪いものとなってしまった。
 今この木をどうしたら良いのか迷っている始末、諦めて新しい木を植えようか、それとも今まで通りそのままにして置くか思案のしどころ。
 折角我が家で育ったものだから切るのは忍びなく、しかし伸びすぎて格好が悪いから植え替えようかやはり悩んでいる今日この頃である。 
  
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2019年04月03日

エジソンの電球

    京都がかかわり

 エジソンと言えば知らない人が居ない位に有名な発明家、数々のDSCN0693.JPGものを発明し世界の発明王として君臨した人だ、現在、我々の生活の中に深く関わっている人、勿論電話もエジソン、白熱球を発明したのもエジソン、今の時代もエジソンだ。
 エジソンは1847年から1931年まで生きた人、その生涯で100を超す発明をしたと言われ、その生涯を発明に費やした人なのだ。
 発明家として有名であるが、実は実業家としてのエジソンの方が有名であり、数々の事業を成功させた人である。
 そのエジソン、日本とも深い関わりのある人物であり、たびたび日本にも訪れているが、それだけではないのだ。
 白熱球はフィラメントと呼ばれる部分が熱を持ち、その熱の輝きで明るくするもの、そのフィラメントを日本のもので製造したのだ、当時の電球は対応時間が短くて、電球も高価であったが直ぐに切れてしまい、長く持たなかったもので、それが問題であった。

 偶然にも京都の竹がフィラメントに使用すると良い事に気付く、何回かの実験の末、京都の竹で電球を造り、今までに無い耐久性のある物を造り出した。
 エジソンはこの白熱球の発明で莫大な利益をもたらし、事業家としてもDSCN0696.JPG成功した人物であり、その後の事業展開にも白熱球は大いに貢献したのだ。
 今回の白熱球はエジソンが白熱球を発明して100年を記念して、旭電気工業が製造した白熱球、ナス型と呼ばれるものである。
 独特の形をした電球、ナスの形をした長細い形の電球で、頭の先端に突起物のある独特の形をした電球だ、この形がアメリカの生活を一変させた。
 その時初めて知ったのだが、実用向きで1000時間は持つと言われ、その明るさもソコソコの実用性に耐えられるとも言われた。
 家で使おうとして買い込んだが、結果は記念の品であり、実際に使う事を諦め、今まで保管して来たもの、この独特のデザインをした100年記念の電球は、現存数が少ないとも言われており、使わない方が良いと忠告してくれる人が、そんな事で使用する事を諦めて、現在も発売当時のままのパッケージに入っているもの、記念の品である。
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2019年04月02日

映画の時計

   西部劇の時計

SANY9454.JPG 中々映画の中の時計など気にもかけない人が多いと思うが、私もその一人であった事は確かで古時計に興味を抱いた頃から気になりだし調べてみた。
 普通の映画の中では時代背景がハッキリしないので西部劇を中心に調べてみたら、非常に面白い事が分かったのだ。
 西部劇に時計なんか出て来るのと思う人、確かにその通りでそのように思う人は多いのではないか、ましてや西部劇映画ではあるはずないと思っている。
 勿論私もそう思っていたが、自分の記憶が間違っていた事に気付かされ、しかも映画によっては非常に多く出て来るもの。
 その当たりも含めて色々に映画をDVDで調べる事に、当たり前であるが自分の好きな映画、それも西部技家で調べたもの。
 勿論自分の持っているDVDだけに限った事だから、そんなに多くない事は確かで沢山出て来るとは思ってもみなかった。
 2、3のDVDを見たがヤッパリ時計は出てこなかったが、ある映画が頭の中に浮かんだのでそれをかけてみたら、出て来るわ、出て来るわ、これでもかと時計が出て来たのにはビックリ。

 その映画は「ハイ、ヌーン」、真昼の決闘、このSANY9465.JPG映画は昔から私の好きな西部劇の一つ、ゲリークーパー主演の西部劇である。
 後で気付いた事だが時計に興味を持っていなかった時には気づきもしなかったが、この映画の題名が真昼、つまり12時だと言う事に気付き、はたと何で今まで気付かなかったのかと不思議に思ったものだ。
 何気なしに映画を見ているから、時計は見ていても記憶に残っていなかったらしく、改めてハイ、ヌーンを見てみると出るわ、出るわ。
 これでもかと言うほどに古時計が画面に出て来る、考えてみれば真昼とは正午の事、12時に合わせてストーリーがたてられているから、当然の事12時を示す時計が出て来る。
 それも幾つかの形の違った時計のオンパレード、こんなにも時計が出て来たのかと自分ながら恥かしくなる位に出て来る。
 時計を前面に出し緊張感を出したものだが、この映画位時計の重要性を示すものは無い位に、場面場面で強調されて、よくよく見ると駅や教会、床屋に酒場、保安官事務所など場面場面で時間を示し、数々の種類の時計が登場する。
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2019年04月01日

四月馬鹿

   エイプリルフール

SANY9322.JPG 4月1日は四月馬鹿とも呼ばれ日本ではそんなに古くない風習みたなもの、この日は嘘をついても良い日と言われ、冗談で嘘を言う日だそうだ。
 子供の頃、そんな事を言われてどんな嘘をつこうか頭を悩ました記憶が、当たり前の嘘では皆が喜ばないからだ。
 皆が喜ぶような嘘とはどんなものか、その時は自分なりに考えて嘘をつこうと、頑張った記憶が頭に浮かぶ。
 そもそも四月馬鹿とはどんなものなのかハッキリ分かっておらず、メチャメチャな嘘をついていた子供の頃、今思えば他愛のない嘘である。
 日本ではあまり大きく嘘をつく人はいないが、海外では相当大きな嘘をつく習慣があると言う、それもユーモアのある嘘をつくのだ。
 日本人はユーモアに欠けた民族だと言われ、余りユーモアも通用しない様で、逆に信頼を無くしてしまいそうに思ってしまう。
 逆な言い方をすればどの様にユーモアな嘘をついて良いものなのか分からず、ぎこちないユーモアになってしまう事になる。
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 そこえゆくと外国人は確かに愉快な嘘が得意、それもユーモラスな嘘、如何にも楽しんでいるかのような嘘、それが出来るのだと思う。
 日本人のようなまじめな嘘ではなく、クスと笑いたくなるような楽しい嘘を簡単につく事だと思うが、何故それが自然にできるものなのか。
 やはり幼い時からの積み重ねだと感じるが、長い歴史の中ではぐくまれて来たもの、イギリスの国営放送BBCがついた嘘も面白いものだと思う。
 国営放送が嘘をつくから大変、日本ではありえない事だがさらりと嘘を、それはビックベンの時計がデジタルになったと言うもの、まさか本当かと。
 あの有名なビックベンがデジタルになったとは驚き、さあ大変な事になったと思いきや、エイプリルフールだと気が付く嘘なのだ。
 これがイギリスで行われたとは信じがたいが、事実BBCが4月1日に行った嘘、楽しくて愉快な嘘でもあったと思える。


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