2020年09月10日

郷土玩具

   小さな蕾DSCN2362.JPG
 郷土玩具、日本全国に伝わる素朴な人形郷土玩具、昔から愛好家が多く、今尚人気が高く愛され続けている人形の一つでもある。
 全国に伝わる郷土玩具は人形だけではなく色々な物があり、その土地、土地でつくられ続けている素朴な玩具を指して言う言葉だと思う。
 それは様々な素材でつくられたもの、土であったり、木であったり、鉄であったりと、その土地にあった色々な材料を利用してつくられたものだ。
 それらは本職の人達が造り出すものではなく、農耕の合間につくり出したもの、だから素朴でその土地に溶け込んだもの達だと言う。
 土地に伝わった伝説がもととなったものや、話からヒントを得てつくられた玩具、また土地に合った素材でつくられたものと様々、その中の一つが土人形である。

 土人形の歴史は古く、全国でつくられてDSCN2363.JPGいるが、もとは京都の伏見人形であると言われており、その伏見人形が伝わり、各地でつくられるようになったようだ。
 今回の小さな蕾はかって私も集めていた三春人形や堤人形、それに相良人形、花巻人形など素朴なものが取り上げられている。
 土人形は簡単な絵の具で彩色されているから、長年の汚れや煤で傷んでいるものが多く、程度の良いものを探すのは大変。
 あちらこちらを探し回って、程度の良い人形を見つけることが愛好家にとっては何よりな事、だから張り合いが出ると思う、特に古い江戸時代の土人形を見つけた時は何よりの喜び、それが愛好家だと思う。




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2020年09月09日

階段ダンス

    便利な階段
SANY5205.JPG 前にも紹介した建物の二階に上がるのには、登る道具が必要になるもの、古くから建物の上に上がるには梯子を利用して上がっていたのだ。
 古墳時代の建物にも、梯子の階段が使われていることは知られているが、その梯子から二階に上がる階段になるには時間がかかったようだ。
 神社仏閣は別として、一般の住居に二階が誕生するのは凄く後の事、庶民が二階建ての家に住むようになったのは江戸時代其れも後期の事。
 町屋でも大店と呼ばれる商家は別として、庶民の家はヤッパリ幕末から明治頃の事、この様に階段の歴史もそんなに古くないようだ。
 そんな階段、時代が下がると梯子下に扉などが付くようになり、次第にその形態が進化してゆくことに、はじめは扉を付けただけの物が、段々と進化する。
SANY5211.JPG
 写真の階段ダンス、何時も日本古時計保存協会の時計展の準備に古民家久米邸の蔵の二階に上がる為のもの、明治中頃に作造られた階段ダンス、素材は一般的なもので高級な物ではなく、実用一点ばりのもの。
 階段の幅も狭くて急な傾斜をした階段ダンス、この様な階段ダンスは造り付けで移動できない物であるが、他にも移動できる階段ダンスもある。
 用途により階段ダンスは造られたものであり、その建物にあった階段ダンスが製造されたもの、同じ様な形態ではあるが、それぞれに違ったものだ。
 この階段ダンス、扉部分が大きくて、大きな物が入れられるようになっており、引き出し部分が少ない物、この逆に引き出し部分が多くつけてあるものもある。
 この様な階段ダンス、狭い部屋を広く使いたい為に、階段部分の面積を小さくしたもの、結果的に急勾配の階段ダンスとなったようだ。

 
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2020年09月08日

確認事項

   浜松ミーティング開催の件

 日時、9月13日、日曜日
 場所、浜松市東区小池町2543−4
    NKトレーディング事務所 053.465.3666
 時間、11時半開始
 会費、1500円、昼食代含む
 尚、オークションを開催します。

 日本古時計保存協会 事 務 局
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2020年09月07日

この時期になると

   招き猫
DSCN1117.JPG 9月何時もの招き猫祭りがやって来るが、今年はコロナの影響で開催中止、しかし自分の展示は行う事に、その準備に振り回される事に、毎年の事であり勝手が分かっているから、別に慌てないでしょうと人は言うけれども、そんな事は無い。
 人から見れば、毎年やっている事だから経験があり、別に今更慌てなくても簡単に行われるのではないかと言うのだ、しかし現実はそんなに甘くなく、コロナの影響で展示内容も難しことに、そなん思いがこちらにもあるから、展示前から大変、今年はどんな変化をして楽しませるのかと、毎日考えていたのだ。
 それと言うのも、私がそんなに多く招き猫を持っている訳ではなく、人からも貸して貰う事にしているのだ、色々な人からの協力が無ければ毎年物を変える事は出来なくて、何時も協力を求めているのでこれも大変だ。DSCN1123.JPG

 その人達も同じ事で、毎年同じではと考えているのではと、この時期になると大変だと思うので、それも気がかりである。
 展示とは自分だけで行えるものでは無く、多くの人の協力なくして実現できないものであり、感謝に耐えないのだ。
 この招き猫祭り、私が参加してから11年になるが、その間色々な事があり、はじめの頃はただ忙しいだけ、しかし途中から考えが変わり何処の招き猫でも良いと言う事は無く、やはり瀬戸で製造された招き猫でないと意味がない。
 そんな考えが芽生え、それからが大変な事になり、それは瀬戸の招き猫だけに絞ると、数を集められないのだ、招き猫と言う事であれば、伊万里でも常滑でも、そして九谷でもと言う事だが、瀬戸に限るとこれがまた大変である。
 限定された中で招き猫を集める事は難しく、その上数を集めるとなると苦労をする事になり、先に進まにくなることも。

 前にも言った通り、何時も同じ物では面白くSANY8441.JPGないと、そんな事でそれを実行するとなると、難しいことになるのだ、その招き猫は前に展示をしたものと、この招き猫も以前に展示したもの、そんな作業をしているとお先真っ暗になる。
 展示する招き猫が無くなるので、関係者から「そんな事を言っていたら前に進めません」と、少し位同じ招き猫があっても良いと、もっと過激な発言は「誰が去年の招き猫でと分かるのですか」、「同じ物で十分目的は果たせるのでは」との意見が出始める。
 要するに拘っていては先に進めなくなり、結果は行き詰まってしまう事になるのではと、確かにその意見も現実である。
 現実と言うよりも、今おこっている事だと再認識させられ、コロナの中長年の展示は大変な事であると改めて実感する事になった。



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2020年09月06日

瀬戸の花生け

    ロマンがある
SANY3490.JPG 明治初期から時計に関する色々な物が製造され、当時の流行を素早く取り入れて、庶民に販売を仕掛けるのは、何時の時代でも承認である。
 只、明治初期は従来の流行とは少し違っていたのは、西洋から入ってきた近代機械や乗り物、洋服等今までに無い物ばかりであり、直ぐに飛びつく訳には行かなかった。
 製造する方も、西洋物は始めて見る物であり、其の物自体を把握していたわけでなく、見よう見真似で製造しなくてはならず、悪戦苦闘を強いられた事は推測される。
 現在その当時に製造された物を見るに、現物とはかけ離れている物も多く存在し、当時の状況を知らないと、何故こんな物を製造したのかと理解に苦しむ。
 其の1つが時計でもあり、初期段階では製造者する目で見る機会も少なかったようで、話を聞いて想像して製造したのではないのかと思われる製品もあり、現物との違いも大きな開きのある物も製造されたようだ。

 それにもう1つは、初期段階で製造されたものSANY3500.JPGは、現物に忠実に再現された物と、想像で製造された物との比較において、大差が出来ている事も現実である。
 江戸時代からの流れの中で、適当に現物が創造されれば良いとの認識の甘さで、製造された商品はやはり庶民から敬遠されたのは云うまでも無く、忠実に再現された物ほど売れ行きが良かったようである。
 写真の花生けは、尾張瀬戸で明治初期に製造された磁器の花生け、陶器でなく磁器で製造したのも、最先端の時計を磁器で再現し、時代の新しい流を作る意欲が感じられる物になっている。
 この花生けは、実にシンプルであり、生地がよく白さが引き立つ出来、縁取りに鉄柚を使いアクセントを出した傑作の1つといっても良い代物である。
 初期の物は現物に忠実に作られている事が、この花池を見れば実感として伝わって来、当時の職人の心意気まで見えてくるような製品に仕上がっている。
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