2020年11月17日

廃物利用

    瀬戸の散歩
 SANY1044.JPG千年以上の陶器の里、愛知県瀬戸市には古い史跡が多く存在しているが、其れを探しながらの散策もまた楽しいもの、焼き物の町には焼き物にちなんだ色々の面白いものが存在する。
 昔、窯と呼ばれる陶器を焼く大きな窯の事であるが、新旧交代して古い窯は新しく作り変えると、其れに伴い窯で使用する道具も新しくするものだから、古い道具が多く出る。
 それらの道具を捨てることなく身近な物に再利用してきた瀬戸の窯元、例えば家の塀や石垣の変わりに使用したり、道路に埋めて舗装のような働きをしたりした。
 焼き物を燃焼する為に窯で使われてきた道具は、レンガと同じで丈夫なものとなり、石垣の変わりに充分な強度を持っており、それらを再利用することは当たり前に行われてきた。

 今残る窯の道具で出来た「石垣や塀」はその数を段々と減らしており、新しく塀や石垣に変えられて姿を消しつつあり、保存が急務となってきている実状だ。SANY1006.JPG
 焼き物の町、瀬戸らしい風景が少しずつ消えてゆくのは残念なこと、時代の流であると言えばそれで終わりだが、先人たちの知恵と努力で築かれたものを残してゆくのも我々の勤め。
 現在残されている窯道具で作られた美しい塀や石垣、写真の石垣や塀は今に残る瀬戸の史跡でもあると言えるもの、長年風雨に打ち勝ってきたこれ等のもの。
 今再びその存在を見るたびに、瀬戸物の里として千年の歴史がこれ等の石垣や塀に滲み出ているような、そんな気がする美しく積まれた石垣や塀であると思う。
 下の写真は瀬戸物に掛ける釉薬をつくるために使用された磁器の入れ物、縦70センチ横40センチ丈夫な入れ物を石垣のかわりとしたもの、今では珍しいものを美しく積まれている。
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2020年11月16日

止めねじ

   時代により
 和時計の止めねじ、製造開始されてかDSCN1651.JPGら約500年になるが、時代時代により時うち用の鐘のねじ、色々と変化を遂げている。
 止めねじとは和時計の一番大事な部分、一番上についている部品、時間が来れば時を打つ鐘がついているが、この鐘のねじ、500年の間にはどんどんと変化を遂げているもので、そのねじを見ただけでも時代測定が可能な部分と言われている。
 つまり止めねじを見れば製造された時代が測定できると言うもの、一見して時代を表している部分と言われている。
 勿論全部が全部それで図れるものではないが大方の和時計はこの仕来たりを守っているものである。

 和時計を製造した地域にもよるが、時代時代でSANY4016.JPG留め金の流行があり、その上時計によっては形式化された和時計もある。
 初期物の留め金は蕨手と言われる止めねじ、形がわらびの姿を真似て作られているもの、左右に渦巻き状の形をした止めねじ、これが初期型と言われるもの、殆どの和時計はこれにしたがっているが、復古調のものにも付いている事もある。
 例外は別として蕨手は古いものとして和時計につく、その後3つに分かれた蕨手のものになり、江戸中期には色々な蕨手以外の留め金がつくられる。
 別格として袴腰の和時計にはくちなし手と呼ばれる特殊な留め金が付く、これも袴腰には梔子手と決まりが、その後時うちの鐘も変化を遂げ平なものに変化、それに伴い止めねじも次第に小さくなり、末期には小さくて平田なねじになってしまう。
 写真と比べてみると和時計が製造された時代がおおよそであるが判断できるものとなっており、この法則が当てはまる事になる。
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2020年11月15日

真 実

   毎年この日
 坂本龍馬、言わずと知れた維新のDSCN2463.JPG英傑、坂本龍馬を知らない者は居ない位に有名な人物だが、彼ほど謎多き人物もまた稀で、詳しい事実は今なお謎である。
 土佐藩士であり、28歳土佐を脱藩し浪人となり、諸国を放浪し、維新の礎を築くことになるが、なぜ彼が成しえたのかそれも不思議であるが、明治維新を大きく引き寄せたことは彼の功績で、疑いのない事実。
 竜馬が実際に活躍したのは脱藩してからの約5年間、あっという間に時代の中心に躍り出て、あっけなく姿を消してしまうことになる。
 5年間の彼の行動はめまぐるしく、全国を歩き回ることになるが、何処からその活力が生まれてくるのか驚く限り、一介の浪人が果たしてそんな事が出来たのだろうか。
 坂本龍馬を評価しない人たちは、色々なことを上げ、その事実を認めようとしないが、それはそれで良い、色々な考え方があるから。

 しかし事実は彼によって維新がDSCN2464.JPG大きく近づいたことは確か、藩の後ろ盾もない彼が成しえた事は真実であり、決して小さな事ではない。
 人物の大きさがそれを成しえたと、また彼ほど頭の柔らかい男は居ないともいえるが、それが彼の武器であったことも事実、人を引き寄せる力があった。
 時代が人物を生むと言われるが、まさにその通り、新しい時代を作るために出現した人物、最近新たな事実が立証されつつあり、彼の業績が疑いのない真実であると明らかになると思う。
 今年は少し早く龍馬さんのお墓参りを済ませてきたが、今年は孫が連れて行けと言うので、孫とともに墓参りを済ませた。
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2020年11月14日

旅人の必需品

    時刻を知る 
SANY0792.JPG
 昔の旅人は時刻をどうして知ったのであろうか、山中や人気のない所で時刻を知るのはどの様にしたのか、今みたいに時計のない頃の話である。
 今でも腹時計と言う便利なものが人には存在しているが、決して正確ではなく個人差があるのはあたり前の事、そんな当てにならない時刻は信用できないもの。
 とは言え江戸時代のこと、時刻を知るには日時計と言う道具が必要になるが、この日時計様々な物が売り出されており、自分にあった日時計を持つことが大事であった。
 当時も高級な物から、一般的な物、そして安価なものがあり、一般庶民は安価な物を求めたのは、今も昔も変わりなく紙でできた日時計が1番安価であった。
 使い方は簡単な事真南さえ分かれば、日時計を真南に向け針があるから、その日時計の針が指す景の位置が現在の時刻、あくまでも太陽が出ていなければ、この日時計は使えない。
 この時刻も現在の時間と比べれば正確ではないが、当時は10分くらいズレていても大勢に影響がなく、この時刻で日常生活は困らなかった時代である。
SANY0310.JPG
 関所を通過する時刻だけはキッチリとしていなければ行かず、関所の閉門時刻だけは正確に知らなければ、次の日まで待つ事になることから、旅人の必需品でもあった。
 写真の日時計、幕末から明治時代に使われていた日時計、高級機この日時計が当時の高級機であり、真鍮に細かな細工がされており、当時は高かったようである。
 この様な高級な日時計は一般用ではなく、当時の武士達や裕福な商人のものであった。
 一般的には紙の日時計が使われていたようで、持ち運びには便利であり、安価なことも人気の秘密であった、そして手軽に使えることも大事な要素。
 両サイドの日時計は明治に入ってからのもの、携帯に持ちやすいように工夫され、磁石がついており真南も直ぐに分かり便利さが一層高く、下の日時計は明治時代、軍隊で使用していたもの、木の枠を使用して折り畳み式のもので、磁石も装備されている。
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2020年11月13日

ジェームスディーン

   ポルシェ550
SANY7762.JPG
 ポルシェと言えばジェームスディーンと答える人はあの映画を見ていた人、若くして逝ってしまったディーンを知る人はポルシェを思い出すのだと言う。
 ジェームスディーン又の名をジミーディーンとも言う、1931年の生まれ、不幸な少年時代を過ごし、両親ともに別居、母は若くして亡くなり、母の姉に育てられる。
 カルホルニアでUCLA演劇を学び、映画の道に1951年の事、その後1955年にエデンの東で人気を博する事になり、スターの道に進むこととなる。
 この映画の印象が強くて、これを見た人はジェームスディーンの虜となって行った様、そして映画ジャイアンツで不動の一を得る。
 ジミーの愛称で呼ばれており、ポルシェを乗り回して絶大な人気を博したが、この車がもとで命を無くする事になる。
 友人と2人でポルシェ550のオープンカーで疾走中、交差点で対向車と激突、帰らぬ人となってしまったのだ。

 彼の死後この地点にモニメントが造られ、今SANY7771.JPGもこの地を訪れる人が後を絶たないと言われ、ジミーの人気を物語っている。
 また墓には何時も花が添えられているとの事で、若くして逝ったジェームスディーンを偲ぶ人が多く、今でも彼は人気者である。
 そのジミーを追悼してレコードが造られ、私の手元にも届いたので、古民家久米邸でのレコード鑑賞ではこのレコード掛けている、写真上。
 ジェームスディーンと言えばジイーンズ、Leeの101これが彼が履いていたもの、現在でもこの版は人気の型であると言う。
 亡くなって70年も経っているのにいまだに人気があると言う事は、如何に当時の印象が強かったと言う事だろう、私もその一人でいまだにLeeの101を愛用している一人。
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