2019年08月04日

堀田版時計絵図

    色々な人物が

DSCN0295.JPG 堀田版時計絵図、人気の版画であり古時計愛好家から信頼を集めているもの、多くの人が一つは所有している版画である。
 私も知人から紹介て貰いか鈴多くの版画を所有し、その都度展示会に展示していたが、その度に是非とも譲って欲しいと懇願された。
 愛好家からは伊藤深水のものが良いと評判で、深水の版画の前でこれが欲しいと懇願させ、結果は譲る羽目になってしまった。
 そんな事で深水の版画は数が激減、今は数点のみとなり、逆に之では展示に差し支えると、又探し出す事になってしまった。
 その時は懇願され、断るのに必死であったが、押しの一手で来られ、結局は根負けして譲る事に、それも買値よりもはるかに安く。
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 何でそんな事になったのかと言えば、会場では多くの人が居るために、金銭の事は余りしたくないので、結果はその様になってしまう。
 自分なりに情けないと思うが、それもなんかの縁と思い、自分でも若い頃はそんな事をしていた記憶があり、気持ちも分かるからだと思う。
 堀田版は伊藤深水のほか、金森や川上、そして神崎などの先生が手掛けられたものが、時代と共に作者も変化して行った様だ。

 私の一番好きな物は和時計が背後になる、伊藤深水の版画とフランス人形が描かれたもの、深水の力量が一杯あふれたもの。
 やはり堀田版の絵図は深水物が一番、特に芸者の艶やかさが飛び抜けて良いもの、量産品とは思えないほどの出来だ。DSCN0297.JPG
 今回の版画は昭和59年の版画、神崎温順画伯の版画、西洋の時計売り、肩に担いで時計を村々に売り歩く姿を版画にしたもの。
 この姿の時計商は色々に人が描き、色々に文献にも見にする事があるが、その人その人の描き方が違う、そこが面白い所でもある。
 実際にはどけだけの時計を担いで行商していたのか、重い時計であるから、そんなに多くの時計を担いで歩けないと思う。
 昔の人は良く歩いて村々を回っていたと思う、それしか交通の手段がなかったからだとしても、大変な仕事であったろうと思うが。
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2019年08月03日

毎月が勝負

    話題が色々と

 毎月連載している小さな蕾、今回で69回となるが長い様で短い期間であDSCN0599.JPGったよう、はじめた頃はそんなに苦労しなかった。
 もっとも長く続くとは思っていなかったし、さしあたって1年やれば良いと、簡単に思って引き受けたのだが、次々と原稿が進むうちに、次第に文章が出てこなくなり、同じような文章になり出し、これではいけないと思う。
 簡単に引き受けてしまった事を次第に、「気楽に引き受けた事に後悔しだし」とつぶやくようになり、それは自分が簡単に考えていた事、短い文章であり、そんなに苦労する事もないし、1か月ごとだからと思っていた。
 しかしやって見ると次第に事の重大さに気が付き、読者がいる事にプレッシャーが募り出し、何時の間にか文章が出てこない事に。
 短い文章で簡略的に伝える文章をと思うが、それがなかなか出てこなDSCN0602.JPGくて、次第に焦り出す事になるのだが、一つの時計について事細かく書けばよいのだが、短い文章でしかも分かり易くとなると、これが意外と難しい事になる。
 専門的な事を書けば簡単と思っていた時は良かったが、読者は時計に関しては素人、そんな人達に分かるようにと思うと、やはり文章が出てこない。

 そんな事を思い出したら、ぴたりと文章が出てこなくなり、その先が進まなくなったしまい、どうしたら良いかと思い出す、すると益々出てこなくなり、時間が迫ってくれば尚更な事、早く書かなければ締め切りに間に合わなSANY0469.JPGいと焦り出す。
 幾らでも時計の事だから簡単に書けると思っていた自分、しかしそんなに簡単ではない事に気付きだし、これで良いのかと何回も書き直す事に。
 書き直せばするほど益々ダメに、こんな事は夢にも思っていなかった事に、小説家とは大したものだと思い出す事に。
 何であんなに簡単に文章が出て来るのか、それも専門的な事がすらすらと、それに引き換え自分は全く出てこないから。
 当たり前だが私は小説家でも専門職でもない只の人、そんな自分が書けるはずもないとつくづく思うように。
 その上、同じ文章にならない様にと思えば思うほど、良く似た文章になるから不思議、これも素人のなせることなのか。
 そんな思いで6年が過ぎてしまったが、今思うと、これで良かったのかそんな事を思いつつ原稿を書いている。




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2019年08月02日

麦藁細工

    懐かしい物 

 SANY1025.JPG麦藁細工、麦の茎を天日でかわかし、其れを素材として虫籠や動物を作って湯治場のみやげ物として売ったのが始まりとされており、その歴史も古い。
 東京大森宿で江戸中期麦わらを五色に染め、それを箱物に貼り付け細工物として、東海道を行き交う旅人にみやげ物として売り出したのが始まりとされ。
 一方兵庫県城崎温泉も同じ頃、因州(現在の鳥取)人で半七なる人物が城崎温泉に当時湯治に来ており、半七は湯治の代金を得るために麦わらで細工物を作り湯治客に売り出した。
 それが評判を呼び、やがて箱物と称せられる細工物を作るが、その技術を何処で習得したかは不明であるが、東京の大森宿の麦わら細工を、半七が知っていたとすれば理解できよう。
 技術経路は兎も角も半七が城之崎温泉で麦わら細工を作ったことは確かだ。
SANY9623.JPG
 城崎温泉のおみやげ物として麦藁細工は定着して行き、商品構成も徐々に多く特に箱物は手が混んでおり、麦わらを立てに裁断して平たい物にし
て、色々な箱に貼り付けてゆく。
 細かな図柄になると彩色された麦わらも細かく、量も多くなり繊細な技術が要求されるが、その割には土産物としての評価しかなく、芸術品として認められなかった。
 現在では東京の大森では、麦藁細工を作る職人はいなくなり、兵庫県城崎温泉の麦藁細工が唯一の物、職人さんも現在は5、6人しか存在しなくて、将来存続が危ぶまれている。
 写真の麦藁細工は土産物の普通の物、特に細部に手の混んだ物ではなく、安い細工物であるが何処となく懐かしい雰囲気を持っている出来上がり。
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2019年08月01日

染付けの香炉

    香 り 高 く

 SANY1481.JPG瀬戸の染付けは色々な物に施されているが、皿や茶碗、テイブルや灯篭、タイルや瓦、電気器具まで染付けはなされ、色々な物に施す事によって、更に普及していった。
 一般に染付けと言っても、雑器から高級器まで様々な物につけられており、其の用途によっても図柄を変えて染め付けられてゆく、職人の感性ともいえるもの。
 雑器であれば、其れを使う人にあった模様を選択、更に物の大きさによっても図柄を変更、この様に臨機応変が染付け職人の腕の見せ所でもあったようである。
 時代時代によって、当然のこと流行も存在し、其の時々によって変更するのも職人の感性であり、敏感に世間の流れを読み取っていたのも、彼らが単に絵付けをするだけの職人で無かった証でもある。

 高級器における彼らの腕の見せどころ、其の器にあった図柄を選択するのは常識であり、それよりも器が使われる用途を見極め、物語をも認識した上に絵付けをしたようだ。
 其れは、短歌であったり、芝居の一幕であったり、物語の一場面であったりと、その物を知らない職人には描けない図柄を、当時の絵付け職人は行っていた。
SANY1483.JPGSANY1485.JPG 写真の香炉はそんなに古くなく、実用的なものだが、細部的に見てゆくとそのものに対する職人が、知識を持った上での作業をされていることが分かる。
 獅子頭をつけた蓋、3本の長く伸ばした足、胴体部分の丸くなったところの図柄、一つ一つが用途を分かった上で、染め付けられていることが良く分かった物。
 床の間に於いて香を炊く為の物、洗練されたものでなければ雰囲気が台無し担ってしまうもの、格調高い染付けで無ければならない物だ。
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2019年07月31日

ペコちゃん2

    独特のキャラクター

 企業物のキャラクター、色々な物が存在しているが、人気の高いSANY9764.JPGものにペコちゃんがあり、不動の地位を保っている、言わずと知れた不二家のキャラクター、店頭に置かれたペコちゃんが子供たちを待ち構えており、人気は高い、愛らしい独特の顔、あの舌をペロリと出した何とも言えない可愛らしさ、スタイルも又いい味を出しているのだ。
 頭でっかちのペコちゃん、何頭身だろうかと数えてみたが、4頭身くらいかなと思われ、スタイルは良く
勿論人形としてのスタイルは、これが最高かと思うくらいによい、あのバランスだから人気だろうと思う。
 あのスタイルが8頭身美人だと、やっぱりピンと来ないと思うが、作って見ないと分からないが、ヤッパリ良くないと思う、本来はペコちゃんとぽこちゃんの2人が主役、しかしペコちゃんの方が人気が高い様で、何時もモテルのはペコちゃん、勿論、ペコちゃんは女の子、ぽこちゃんは男の子だが、やはり女の子の方が人気、あの黄色い色のTシャツ何時もペコちゃんは黄色のTシャツを着ているのだが、ズボンは真っ赤なものを履いており、見た目にも可愛らしいのだ。

 当初からこのスタイルだけだと思っている人、それはペコちゃんを本当の意味知らない人だと思う、はじめはこのスタイルだけであったが、その後は時代と共に衣装を変えており、ズボンだけではなくスカートも履いている。
 どちらかと言うとズボンのスタイルの方が、私はペコちゃんらしいと思うのだが、皆さんはどちらが好きであろうかスカートのペコちゃんも可愛らしいには違いはないが、赤のズボンと黄色SANY9776.JPGのTシャツ、これが一番良いと思う。
 しかし不二家では季節、季節に衣装を着替えさせているらしく、夏用と冬用とがあり、冬にはサンタクロースの衣装も着るとの事。
 確かにクリスマスにはサンタクロースの姿のペコちゃんが、不二家の店頭に居た事を思い出すもので、あれを見るとクリスマスだと。
 その他にも色々なスタイルが用意されており、祭り姿のペコちゃんやお正月には勿論着物姿で登場している。
 あんなデカい顔をしているから、着物姿は似合わないと思っていたら、これまた予想外の可愛らしさ、良く似あうのだ。
 このキャラクター、実によく考えられたもので、これだけ長く愛されている事は、如何に良いデザインである事の証、それにしても、何でこんなに人気が高いのか、不思議であるが、やっぱりあの笑顔、頭でっかちのスタイル、これが良いと思う、これからも色々と進化を続けて行く事だろうが、ペコちゃんは黄色のTシャツと赤いズボンが一番だと思う。
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