2018年03月25日

中々実らない

   好きだけど

 SANY6135.JPG金柑、もともと日本に自生していたものではなく中国より齎させたものと聞く、文政9年(1826年)静岡県清水沖で座礁した中国船、沖合で座礁し清水の人に助けられ船員がお礼に差し出した金柑、その種をまいたものから芽が出、これが日本に齎された金柑第一号であるらしい。
 以外にも古くから日本にあった果実ではなく、それも種を貰ったわけでもないもの、偶然に実ったものであるとは驚きでもある。
 事実は如何にも偶然の産物、種を渡されたのではなく、たまたま食べた種を植えただけ、それが実ったのも偶然、事実とは面白いものだ。
 その後、日本に広がったと伝えられ、現在では各地で栽培され人気の果実であり、この時期の最後の果実。

 キンカン、毎年黄色可愛い実が気になって仕方がなく、それをみると我慢できなくてツイツイ手が出てしまう。
 美味しいキンカンは私の好物、そんなものを見ると食べたくなSANY6130.JPGるのは当たり前、あちこちでキンカンが生っているのを見ると我慢できなくなるのだ。
 その後は果物屋に直行、キンカンを買いに行く事になり、沢山食べてしまい胃が悪くなることもたまにある。
 幾ら好物でも食べ過ぎは良くないと思いつつも、美味しさに負けてツイツイ大量に買い込んでしまう。
 この時期はキンカンの食べ過ぎで胃の調子は良くない、それでも見ると買いたくなるのは自分が卑しいからだ。
 しかし美味しいものには魔力が、そんな事でキンカンを自分で作れば良いと思いつき自宅に苗木を植えた。

 ホームセンターで苗木を買い込み、自宅の庭に植えて直ぐSANY6138.JPGに食べれると思っていたが、実際にはそんなに甘くなかった。
 はじめに植えた苗木は8年経っても実が付かなくて、結果は枯れてしまい残念な結果となってしまった。
 簡単に実がなると思っていたからガッカリ、しかしホームセンターで話を聞くと肥料や土壌の改善が必要と言われ、それを実行して新しい苗を植えた。
 それから4年、今年やっと実が付いたが小さい、市場で売られているものと比べれば半分位のものだ。
 食べてみると固くて苦い、あの金柑独特の味とは別物の実、何でこんなになるものなのか、またしても難題である。
 美味しいものは簡単に栽培できないとやっと痛感、栽培者の苦労が分かっただけでも進歩ではないかと思う今である。


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2018年03月24日

貧乏性

      飲んでしまえば

 SANY5701.JPGウイスキーのボトル、色々な素材で製造されているが、1番多いのはやっぱりガラス瓶、品質保持の観点からも1番良い素材らしいが、その素材に拘っているメーカーも多い。
 何時も出てくる友人、酒飲みの典型の人、兎に角酒が好きで飲めれば何でも良いタイプ、日本酒であれ、ビールであれ、ウイスキーであれ、兎に角アルコールであれば良い。
 少し酒が回れば何でも呑む人、もう一人の友人がバケ学専門の人で以前若い頃の話、冗談で実験室でエチールアルコールに香料を混ぜ、その呑んベーの友人に其れを差し出した。
 当たり前の事だが、酒は個人では製造禁止である事は百も承知、大体この代物飲める物ではない物、そんな物を友人に差出、冗談で之を飲んでみろと。

 呑んべーな友人、「毒で無ければ同じアルコールだ」と、他の友人が留めるのも聞かず、その得体の知れない物を一気に飲み干してしまった。
 見ていたほかの人達はまさか飲むとは、慌てる事、慌てる事、もし体に変化が起きたら大変な事に、グラスに半分飲んだところで強制的にこの飲み物を排除。
 SANY2653.JPGSANY2654.JPG作ってきた友人もビックリ、まさか飲むとはと冷や汗のかきっ放し、飲んだ友人はその後も何の変化もなくケロリとしたもの、挙句の果て「もう少し飲み易いものを作れと」図太い事を。
 過去にそんなエピソードを持つ友人、このボトルが棚にあるのを見つけると、「お前はやっぱり、貧乏性だ」と、彼曰く「飲んでしまえば、只のビン」何で取っておくのかと、そんな事を言われても好きな形のボトルを何で捨てなきゃイケないのかと反論する。
 そんな空のボトルを残しておくとは物好きな事、酒などは飲むためにあるが瓶などは捨てるためにあるのだと、嫌みたらたらとうそぶくのだ。





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2018年03月23日

自分のせいではない

    時代の顔

SANY4174.JPG
 ひな人形、何故かしら我が家に集まってくる人形たち、別に進んで集めているのではなく、持ち寄られて来るのだ。
 不思議なもので、集まり出すとだんだんと自然に集まってくるから不思議、そんな雛人形、どうするかと言えば展示。
 毎年瀬戸市で行われる雛巡りに展示、その数だんだんと増え、今では4千体を超えている状態になっている。
 雛巡りに参加して以来、自然と数が集まり出し、何時の間にか自分でも驚く数に増え、今も増殖を続けている。
 集まり出すと何故か吸い寄せられるように集まって来るから不思議、別に宣伝しているわけでもなく、進んで買っているわけでもない。

 それでも年々増え続けているので、展示の時に何で増えている、此方が疑問を持つほど、その原因はある。
 れそは何時も登場するあの男が原因、古い雛人形が出ると必ず我が家に持ってくる男、機械音痴のあの男、彼が原因なのだ。
 チョコチョコと彼が我が家に持って来るうちに、数がだんだん増殖し続けているのだが、あの男のせいであることは明白である。SANY4171.JPG
 しかし彼は自分が手に入れた時に持って来るから仕方なく、こちらの都合では全くないのだが、それが現実、そんな事でひな人形は増え続けているが、私のせいではないのでとめる事は出来ず、彼任せでしかない。
 今回もまたひな人形が寄って来た事は避けれなく、あの男風呂敷包みから出て来たのはやはり時代雛。

 江戸時代後期のひな人形、プロらしい雛人形を持って来たので、何処で見つけたのかと言えば「聞くな」と一言。
 程度はまあまあな状態だが、いい顔をしたひな人形、いかにも時代がある気配、品の良い顔をした雛人形だ。
 これなら展示しても申し分ないもの、しかし今年は既に済んでしまったので、来年のデビューでしかないが、それまではお蔵入りだ。
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2018年03月22日

撮影スタッフ

   部屋が狭い

 SANY5440.JPG有難い事に日本古時計保存協会の記事を多くの人達が見て頂いており、年々会員さんも増えてきている。
 最近は何故かしら若い女性が会員になって貰って、こちらが不思議に思っているのだが増える一方。
 その原因の一つが毎月記事を出している小さな蕾、全国的にこの雑誌は評判が良いのでその効果が表れている証拠。
 こつこつと書いてはいるが中々大変な作業で、同じような文章になってしまい読者に飽きられてしまうのではと心配もしている。
 そんな記事でも読んで貰っているとは有り難い事、保存協会の認知も次第に増している証拠でもあると思うし、やはりコツコツと地道にやる事こそ大事であると、そんな事で取材も多くこちらが驚く事も多い。SANY5452.JPG

 去年の暮にも突然綾小路きみまろさんが取材に来られ、時計談議に花が咲いたが彼とは初対面ではない。
 若い頃よく蚤の市で出くわし、色々な話をした事もあったが、きみまろさんにその話をしたら記憶がないと言われてしまった。
 まだ彼が表舞台に出る前の事、同じ骨董仲間と言うだけの繫がりであり、蚤の市でよく出くわしたのだが。
 こちらは記憶にあるがきみまろさんは記憶にないらしく、そんな話も撮影の合間に行った。
 勿論撮影は順調に行われ、時間通りに進行して無事終わったが、そんな撮影中にスタッフは影で四苦八苦していた。

 SANY5446.JPGそれは一番撮影したい部屋が狭いために、良いアングルが取れないためにスタッフはウロウロとするしかない。
 肝心な場所からの撮影をしたくても時計が邪魔して撮れないために、途中で場所の変更を余儀なくされた。
 我々は映される方だからまだ良いが、スタッフはそんな訳には行かず、目の前で四苦八苦する姿を見てしまう。
 何時もの事だがスタッフの苦労を見ていると、彼らのためにうまく撮影が行くようになればと思いながら撮影されている。
 以前にもスタッフが狭いために壁の時計に触れて時計が落下、バラバラになってしまいスタッフが固まって、その時の現場の空気が悪くなってしまい、部屋が狭いためでスタッフが気のどく、慌ててこちらが気を使ってしまう事もあった。

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2018年03月21日

カタログで分かる事

      古いカタログ

 SANY6120.JPG古時計愛好家にとって古いカタログは是非とも手に入れたいもの、何故ならば当時のオリジナルの状態が分かるからだが、古いカタログは少ないのだ。
 私も時計の古いカタログを今まで探し求めて、あちらこちらと歩き回ったが、中々手に入らず四苦八苦している状態だ、愛好家も同じ事だと思う。
 私の友人にこのカタログマニアが居るが、確かに数多くのカタログを蒐集しているが、その殆どはコピーであり、当時の実物は少ないのだ。
 特に明治30年代以前のカタログは極めて少ないもの、神田神保町の古本屋をくまなく巡り、吉沼商店のカタログを見つけ、これを買い求めようとした。
 見つけた時には、やったと思い直ぐに買おうとしたが、値段を見てビックリ、何と8万円もの値が付いていたのには、こちらがビックリだ。
SANY1159.JPG
 8千円の間違いではないかと、今一度値段を確かめて見るに、やっぱり8万円だ、とんでもない値段が付いていると思い、それを持ってレッジに行く。
 店員さんに「少し値引きしてくれないか」と頼み込んでみたが、「値引きは出来ません」と、あっさりと断わられてしまい、渋々元の位置に返した。
 確かに古い時計のカタログは少なく貴重、少ないから高いものなのか、それとも貴重だから高いものなのか、そんなことを思いつつ店を出た。
 もともと時計のカタログは、日本中の時計屋さんが持っていたものだと思うが、であるならば当然それだけの時計店の数だけあっても不思議ではない筈。
 なのに何故数が少ないのか、疑問に思うのだが、現実は数がやっぱり少なく、何処に行ってしまったのかカタログ、そして何故見なくなってしまったのか、これも不思議な話だ。
 世の中には、この時計のカタログだけを集めている人も多く、その人たちに話を聞いても、確SANY6122.JPGかに古いカタログは手に入りにくいと言う事。

 特に明治の前期ものもはかずが極端に少なく、探すのは大変な事だとも、時計のカタログを探すのに、そんなに苦労するとは思っても見なかった。
 そんな少ない当時のカタログをのぞくと、その時の時代が見えて来る様な、そして時代の流れも見えて、はやりスタリも手に取るように見える。
 前期のカタログは掛時計よりも懐中時計の方が多く記載され、その種類も驚くほど多いもので、その懐中時計に纏わる小物も色々とある。
 懐中時計の鎖がそれ、この鎖は金から銀、銅、真鍮、ニッケルと素材も様々な物がカタログに載っていることにも驚かされる。
 その反面掛時計の種類の少なさが、際立っている事も不思議、やはり当時は懐中時計の方が持て囃されたのかと思う。

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2018年03月20日

蕎麦屋の看板

    木の看板

SANY0586.JPG
 蕎麦通にとって蕎麦屋の看板は気になるもの、どんな凝った看板が付いているのか気になるところだと思う。
 現に看板を見ただけで美味しそうと思うから不思議、やはり食い意地が張っているのか、そんな思いにさせる看板。
 蕎麦屋の看板とはそれだけ重要なものである事が分かるが、蕎麦屋はそれを十分に理解している。
 理解しているどころか、蕎麦屋の命と知っているからこそ、看板には神経をとがらせていることは確かである。
 老舗の蕎麦屋の看板がそれを物語っていることは事実、老舗にはそれらしい看板が掛けてあるからである。

 私も蕎麦通と自分で思っている一人、自分だけの意識かも知れないSANY2854.JPGが、蕎麦を好きな事だけは確か。
 美味しい蕎麦を求めて各地に食べに行く、店に入る前には必ず看板が気になるもので、いやでも目で確かめる。
 看板が旨そうに見えて来るものもあり、そんな看板を見ると吸い込まれるように店の中に入ったしまう。
 蕎麦屋の看板、今までの経験上木の看板が上がっているところが多く、それも大きなものが掛けてある。
 老舗でもない店でも、看板だけは大きくて立派なものが掛けてあるところも、それはそれで良いとは思うが。
 蕎麦屋には木の看板が似合うのは当然だが、別に蕎麦屋だけが似合うのではなく、やはり中身が大切。

 看板と言えば木の横に長い看板を想像するもので、これは私だけの創造かSANY2856.JPGも知れないが、事実横長の看板がある。
 長いものでは10メートルを超す看板もあり、その店の拘りが感じられて、それはそれで面白いと思う。
 この看板、何故かしら金看板は少なく、彫が入っているだけのものや、白塗りや黒塗りのものが多いようだ。
 蕎麦屋に金看板は似合わないもので、金看板が掲げてあると入りたく無くなるのは何故であろうか。

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2018年03月19日

何で安いのか

      1番質問が多い

SANY6113.JPG この所の古時計の値段、以前に比べたらべら棒に安い値段、少し前に高く買った人から何故安いのかと質問攻め、別に私が時計の値段を安くしているものではないのだが。
 そんな事は誰しも知っている事、しかし、自分が買った時よりも安いのに腹が立っていることは確か、これも景気が悪いせいである。
 売り手と買い手、この需要と供給のバランス、どちらかが増えればバランスが崩れ、安くなったり、高くなったりと乱高下する。

 一頃の景気が停滞気味、だから古時計の値段も下降しているのだが、単にそれだけでも無いもので、他の要素もくわわっての話だと思う。
 時計愛好家は現在急激に減ったわけでなく、愛好家は増えてもいるが、世代交代の時期でもある事は確かなこと、次々と売りに出ていることもその要因の1つ。
 一頃みたいに精工舎の姫ダルマ、1時期の物が不足していて時の値段と現在の値段は3分の1以下にまで落ち込んでいるもの、高く買った人が愚痴るのも頷ける。

 あの引っ張りだこだった姫ダルマ、それがどうであろう、昨今出品されても中々買い手が付かない様で、値段も上がらずに停滞気味。
 そんな訳で愛好家はヤキモキしている事は確か、私のもとに相談が幾つも来ているが、これも定めであり、流行でも有るのだから仕方がない事。SANY0379.JPG
 以前は投資気味に買い込んだ人も多く、その人達が売りに出したから値段が暴落、そのトバッチリを愛好家が受けている。
 株と同じ状況下にあるといって良い現実、古時計が投資の餌食となってしまった事は嘆かわしいが、これも又現実の世界、需要と供給のバランスである。

 愛好家受難の時期かも知れないから、欲しい物は安い次期に買うのが1番、安い時に売るのは止めた方が良いが、惑わせられない様に気を付ける事。
 それしか防ぎ様がないのが現実、良い物を安く買い込むチャンスは今、特に和時計は底値の状況、やっぱり時期が左右する。
 ジックリと見極めて欲しいものだが、自分自身が注意しない事には激動期は乗り越えられないもの、シッカリと見極めて欲しいものだ。
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2018年03月18日

通い徳利

   種類も色々

SANY9044.JPG 酒を入れる器、通称貧乏徳利と呼ばれるもの、陶器で出来ている徳利の事、それも大きなもので色々とあり、小さなものから大きなものまで沢山ある。
 大抵は表面に酒と書いてあるもの、白色の瓶みたいな器、昔はこれに酒を入れていた器で、酒がなくなると酒屋にこの徳利をもって買いに行くのだ。
 現在みたいな瓶だとかパックの器などない時代、陶器でできた器が1番、製造元ではたるに酒を入れているが、そこから酒を少しずつ出して売るのだ。
 その為に酒屋の名前入りの徳利が使われ、徳利には酒屋の屋号が書かれているもので、尾張屋とか三河屋とか、色々な酒屋の屋号が書かれている器の事。
 この徳利、岐阜県多治見市高田地区で製造されたものを言う、通称高田徳利と云い白粉土と言われる粘土で作られ、琵琶湖東岸から東日本一帯で使われた。

 その為に全国的に高田徳利は有名となり、通い徳利を高田徳利と云ったもの。この通い徳利の産地は全国で3カ所、高田と有田、そして丹波立杭である。
 この高田徳利、最盛期は大正中期、関東大震災頃がピーク、1番多く製造され全国で使われたが、その後ガラス瓶の普及により、徐々に姿を消してゆく事になる。
 この高田徳利、小さいものは3合入りから、大きなものだと1斗入りのものまであり、良く使われているのが一升徳利、何処の家庭にもあったものであるが、現在では姿を消したもの。
 昭和に入り製造が下火となり、殆ど使われなくなったもの、ガラス瓶の普及により製造中止の憂き目を見たもの、時代の流れとともに姿を消してしまった。

 そんな徳利、現在ではインテリアとして飾り等に使用されて人気、居酒屋等の飲食店SANY9068.JPG
の棚等に飾られ、雰囲気を醸し出す役目を負わされているようだ。
 高田徳利を置くことにより、ここが酒場であることの証しみたいな要素を担っている様で、あの徳利を見ると酒が呑みたくなる様、又徳利に書かれている屋号もまた味のうち。
 ゴスで書かれた屋号は青色や黒色の文字が何ともいえない味、そして1番の見所は何と言っても筆の運びが面白いものだと思う。
 豪快に書かれた文字。伸びやかな筆使い、何ともいえない味のある字、これが1番の見所と思う、通い徳利の最大の特徴だ。
 一般庶民が日常で使って物には愛着があり、おおらかさがあり、生活感溢れたしるしとも云えるもの、これこそが庶民の生活の味だと思う。
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2018年03月17日

たんぽぽ

   蒲公英

 SANY6091.JPG日本のどこにでも咲くタンポポ、3月から5月位まで咲いている黄色の小さな花、見慣れた花でもある。
 古くから日本に咲いていたと言われるが、何故かしら万葉集には出てこないと言う、何故出てこないのか不思議らしい。
 当時から何処にでもあったと言われるが、何故歌に登場して居無かったのか分からないと言われている。
 平安時代には登場するから、それより古い歌に登場しないとは、そんな歴史を持っているタンポポ。
 タンポポの漢字は「蒲公英」と書くらしく、到底読めない漢字であると思うが、読める人はよほど物知りでもある。

 古くは「ツヅミくさ」とも言われ、タンポポの茎の両端を細かく裂き水につけると鼓の形になる事からツヅミ草と呼ばれたとの説がある。
 タンポポのタンポン、タンポン、タンポンと鼓の音が聞こえる事からタンポポと呼ぶようになったとも言われているらしい。
 そのタンポポ、日本の何処でも見られていた在来種が数を激減させているようで、特に都会部のおいては外来種に占領されているらしい。SANY6109.JPG
 外来種は条件さえ整えば一年中咲く事が出来、その繁殖力は在来種の何倍もあると言われ、日本中に広まってしまった。
 今街で見かけるタンポポは殆どが外来種のタンポポで、在来種を見つけるのに苦労する。

 では在来種と外来種の違いが分かる人は少ないようで、一見して分からないが良く見てみると判別できる。
 何処で違いを見つけると言うと、花の下部分の「がく」と呼ばれる部分、在来種は上向きになっているが、外来種はがくが下向きになっていると言う。
 一番分かりやすい見分け方がこの部分、緑色しているがくの部分を注意して見ると下向きか、上向きかで判別できる。
 もっとも花の部分も在来種は少し小さめ、外来種は花の部分も大きく、色も鮮やかであると言うのだ。
 春の訪れを告げるタンポポ、こんな所にも外国からの侵入者が日本に攻めよって来ているとは、何処まで占領されるのか時間の問題である。
 まだ地方では在来種のタンポポも頑張っている様だが、それらもやがて姿を消すことになるかも知れない。


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2018年03月16日

毎日ちがう

   どうして違うのか

SANY6028.JPG 長年習慣となっている朝のコーヒー、自宅で豆を挽きたてているが中々うまく出せないでいるので、何とかならないのかと。
 友人が来て何時もやっているから上手く出るのかと、そんな風にからかいながらコーヒー飲むのだがやはり気になる。
 何故かと言えば自分でも何で上手く出せないのかと思っているから、友人の言葉に嫌みを感じてしまうのだ。
 あいつらはコーヒー好きであちらこちらで飲んでいるので確かに味にうるさい奴ら、その上口も悪いやから。
 しかし事上手くはいる日と入らない日があり、何年やっていても味が一定していないから、それに反論は出来ないでいる。

 喫茶店を経営している友人から何度となく教えてもSANY6034.JPGらい、彼の店でもコーヒーを実際に入れて体験をしている。
 それも長年に渡ってであり、それを知らない人は従業員と勘違いしている人も、無理もない位に入りびたりでもあった。
 それでも上手く入らない日が多くあるから、何でそうなるのかと何時も感じている事、原因は色々ある。
 プロに言わせれば温度管理が一番大切、湯の温度が高くても、低くても、味が旨く出ないと言う。
 その温度が間違っているのだと言うのだが、前は温度計で計って入れていたが次第にやめてしまった。

 経験を積んだから自分で温度が分かるようになったと、しかしここにも落とし穴があり、温度管理の次は気候変化。
 これも大事な要素だと言う、気候変化を見極めて入れなければ美味しくは入らSANY6039.JPGないとも言われる。
 もう一つが豆の焙煎状況により味もまた変わるから、それも見極めないと一定の味を確保する事は難しいと。
 毎日味が変わるのは腕が悪いからだと友人が言うが、あいつの入れている所を見ていると私と変わらないと思うが。
 しかし味が出ないと言う事は何かが足らないと言う事、まだまだ経験が必要であると言う事か。
 何年たっても同じ味が出せない、今日も昨日よりは味がよくないから、何かが足らないのだと思う。
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2018年03月15日

やっぱり不明

      種類は豊富
SANY8294.JPG
 何回も書いている精工舎、明治25年に時計製造を開始、その後柳島に移るまでの期間、石原町で時計を製造、現存する時計も少なくないが、疑問だらけである。
 一時期、製造も少なく余り種類も多くないとされていたが、現存する時計を見る限り、この説も余り当てにはならない事が判明しているのは周知の事実。
 以前の説は学者さんたちの説、自分では時計を集めている訳ではなく、与えられた少ない資料にて学説を成り立たせたと言って良いと思う。
 石原町製造の時計は数が少ないと、しかし現存している時計の数は思っていたよりも多く、果たして短期間にこれだけの時計を製造したのか、甚だ疑問である。
 私の手元にも十数台の石原町製造時計が、そして会員の持っている石原町の時計の数は100台以上、ここまで来ると石原町製造の時計が少ないと言えないのだ。
 果たして全国で何台の時計が現存しているのであろうか、相当数の数であると思われ、果たして本当に1年と数ヶ月でこれだけの種類と台数を製造出来たのか。SANY8302.JPG

 調べれば調べるほどに更なる疑問が湧いてくるもの、普通に考えたらこれだけの製造数を1年ちょつとで製造は出来ないと思われる。
 その上、種類が豊富、八角型からダルマ型まであり、特に八角型は同じ種類のものではなく色々な種類のものが存在する。
 私の手元にある八角型、金筋のもの、普通の八角型、鋲打ちのもの、そして絵ガラス付きのもの、八角型だけでも種類の多さに疑問が出る。
 これ等の種類の時計を製造するには、あまりにも短期間である事、それなのに種類の多さ、当初時計製造は軌道に乗らず、3カ月間は製造が少なかった事は記録で事実、ハッキリと残っている。
 その様な状態の中、数多くの種類の時計を製造するのは事実上無理だと思われ、普通に正常な状態で時計が製造出来たとしても考えられない製造数だ。
 現存している時計から判断できるのは、当時の製造能力を考えると、関係者の証言も記録にはあるが、果たしてそれが事実であっSANY8307.JPGたのか甚だ疑問がのこる。

 現物は正直であり、無印の機械があり、手打ちの刻印付きのものがあり、さらに正式なマークの刻印付き、この事実も考えてみれば、短期間にこれだけ変化するとも考えられない。
 ここに上げた3台の石原町の時計、一見見ると同じ時計に見えるが、細部的に見ると全部違うもの、振り子室の扉の形、ガラス絵の違い、同じ8インチでもこれだけ違う、しかしラベルは同じもの。
 この時計をどう判断すれば良いのか、ここに上げたのは同じ型のものだけ、まだ違ったものを比較して上げたら更なる疑問が湧いてくる。
 少ない現物で理論付けられた以前の石原町製造の時計、様々な理論が書いてあるが、このような比較して立証はされていない。
 益々疑問が多くなる一方で、調べれば調べるだけ、さらなる疑問が湧き、それを解決すると新たな疑問が浮かび上がってくる現実、さてさて真実は何処に。
 写真は八角合長の同じ型3台の石原町製造の時計、ラベルと機械は同じもの、しかし外形が違う、扉の形、ガラス絵等が違うもの。




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2018年03月14日

改暦辨

      この時から始まる

 SANY0367.JPG日本が西洋と肩を並べだした明治初期、今までの暦から新しい暦に切り替わる時、即ち太陰暦から太陽暦に切り替わる事により、世の中大騒ぎ。
 明治5年12月3日を明治6年1月1日とするお触れが突如として市中に出、庶民はてんてこ舞いをすることになり、その動揺は計り知れないものがあったようだ。
 今までの暦が使えなくなり、時間の観念が根底から変わると言う、大きな出来事であり、長年培って来た生活習慣まで変えざるを得ない事になってしまうから。
 やはり当時の人は戸惑いを隠せなかったと思われ、その名残が現在もまだ引き継いでいる事もあり、新暦と旧暦との呼び方がそれで、未だに旧暦で行う行事もある。
 140年も経っているのに、未だにその当時の事が尾を引いているとは、如何に長きに渡って日本の暦が続けられてきたか、改めて当時の人々の戸惑いが分かる気がする。SANY0373.JPG

 そんな世相を反映して慶応義塾の創始者福沢諭吉が、この改暦を庶民に分かりやすく解説した本が、改暦辨と呼ばれる書物、今で言うマニアル本である。
 改暦辨には、今までの日本の暦が西洋時間になった場合の事が、比較して分かりやすく説明されているが、当時の人は自分の生活が支障をきたすと戸惑ったようだ。
 本の中でも、一日の時間を24時間となり、今までの一時(いっとき)が西洋時間ではどうなるかとか、秋分の日や春分の日が変わること、月の日にちが替わることなど。
 こと細かく説明されているが、果たして当時の人々がどれだけ理解していたかは疑問、長い間に染み付いた習慣はそんな制度で簡単に変えられることも無かったようである。
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2018年03月13日

孫の手

   見かけなくなった

 SANY6018.JPG孫の手、この言葉を最近なかなか聞かなくなってしまったが、それも時代の流れなのかも知れない。
 以前は何処でも手に入ったようだが、今では探さないとない位に影をひそめてしまった様に思う。
 最近の人は孫の手を使わなくなったしまったのか、若い人たちは孫の手を知らない様子でもある。
 仮に孫の手を見てもそれが何するものなのか知らないらしくて、使い方も分からないとの事だ。
 つい最近まで使っていた道具だが、時代の流れとは恐ろしいもの、簡単に忘れ去られてしまうものなのか。
 確かに今は何処で売っているのかと探さなければならないが、探してもあるとは限らない時代になってしまSANY6023.JPGった。

 あったとしても安い中国製の孫の手、日本製のものは影をひそめてしまい、安い中国製の物ばかり。
 その上中国製のものはかゆい所に手が届かないものが多く、形こそ似ているが全くの別物である。
 第一背中のかゆい部分をかこうとしても、微妙に先の部分が旨く体にヒットしないので、折角買ったのに用をなさないものが多い。
 かゆい所に届いたとしても、かき出すと痛くてやめてしまい、折角孫の手があるのにイライラする事になる。
 流石に日本製はそんな部分もしっかりと造ってあり、先の曲がりぐわいも絶妙に良いから、かゆい所に届く。SANY6026.JPG
 見た目にはそんなに違いはないが、実際に使ってみるとその違いを実感する事になり、中国製のものは質が悪い。

 日本人の手になるものは肌に優しく造られており、かいていても痛くないのだが中国製はそこが足りないのだ。
 形は同じでも造り手によって全然違う感覚になるもの、安ければ良いと言うものではなく、使い手の身になって造って欲しいと思う。
 たかが孫の手と言うが、使ってみて実感するのは日本製の良さ、丁寧な造り方と使う事に徹した造りだと思う。






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2018年03月12日

毎日使う物

      使いやすさが

SANY4650.JPG 毎日使う物に愛着を感じる事はないだろうか、私は毎日使う物に愛着を感じており、それがないと何だか落着かないのだ。
 大それた物ではなく湯のみ、お茶が好きで毎日何杯飲むから、朝起きたら直ぐに先ず一杯、そして朝食前に又一杯飲むのが習慣。
 そして食事後又一杯のみ、短期間の間に3、4杯飲むのが日課、そのお茶を飲むものが湯のみだが、飲み易いものが1番である。

 拘りではないが毎日使うもの、そして何回も使うもの、そんなものだから自分好みものが良く、気に入ったものしか使わない。
 瀬戸物の産地で有名な地でもあり、湯飲みも直ぐに手には入るのだが、気に入ったものを見つけるのは中々苦労する。
 湯のみ1つに、そなんに拘らなくてもと思ってSANY4653.JPGいる方もいるが、私は毎日何度も使うものだから、ヤッパリ拘りたいのだ。

 幾ら産地と言っても、自分の好きなものは中々無いもので、良いものを見つけた時には直ぐに買い求めるようにしている。
 なぜかと言えば、割れてしまえば直ぐに使えなくては困るので、一緒のものを2つ買う事にしているので、割れても直ぐに同じもので使えるのだ。
 この湯のみ、実は2代目、始めの湯飲みは11年間使い続けたが、自分で落として割ってしまい、今のは同じもので2代目の湯のみだ。

 地元陶芸作家の湯のみ、使いやすさとデザインが気に入り、随分前に買い込んだ、始めはそんなに長く使えると思っていなかったが、11年も使い続けた。
 志野は磁器に比べれば丈夫ではなく、注意SANY4657.JPGしないと直ぐに欠ける事も、その為に長くは持たないと思っていたが良くもったものだ。
 自分の手で常に使うから、角がすれて丸くなり、手にシックリと馴染む様になって来るもの、愛着もわいてくる。
 この2代目の湯のみは果たして何年持つ事か、前のものより長く使いたいと思っているが、自分自身が気をつけていれば長く使えるだろう。
 これだけ使えれば安いものだと思う、高いものではなく、使いやすくて気に入ったものがヤッパリ一番。
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2018年03月11日

ペコちゃん

   親しまれるペコ

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 ペコちゃん、戦後日本人に親しまれたキャラクターの中、一番可愛らしい人形の1つ、菓子製造会社不二家が生み出したキャラクター。
 昭和25年(1950年)、不二家が売り出したミルクキャラメル「ミルキー」のキラクターとして開発された女の子と男の子、その内の女の子がペコちゃん。
 ちなみに男の子はポコちゃん、つまりペコ、ポコ、コンビのキャラクターとして絶大な人気を保ってきた女の子と男の子、今でも店頭で客をもてなしている。
 ペコちゃん、ミルキーのキャラクターとして開発されたが、開発に当たっては喧々諤々の論争があってとか、ペコちゃんの舌だしがSANY9769.JPG行儀が悪いとか、顔が大きすぎるとか、ズボン姿ではとか、色々出たらしい。

 新しいミルキーの宣伝用だからこそ、論議が多く出ての当たり前の事、力が入っていたことは完成品を見れば良く分かる事、結果は思っていた以上に人気となる。
 さてこのペコちゃん、年齢は6歳の女の子、身長は1メイトル、体重は15キロ、好きなこと野球、好きな動物犬、とまあ色々と細かな事までついている。
 同じポコちゃん、年齢7歳の男の子、身長1メイトル、後のことはペコちゃんより詳しく決まっていないよう、お互いに歳は取らず6歳と7歳、現在まで同じ年である。
 2人ともい時代と共に姿が変わっており、はじめはズボンであったものが、スカートをはくようになり、可愛らしさを演出していたが、子供がペコちゃんのスカートを余りにもめくるので、それ以来パンツを履くようになったとか。

 店頭に立ちお客さんを迎えているから、当然触りたくなるのはSANY9776.JPG人情、特に子供は興味本位で触るから、必然的に店側も配慮しての事と思う、それにしても人気者になってしまった。
 このペコちゃんブームでミルキーの売り上げは鰻上りに上がり、会社側もビックリするような効果が出、益々店にペコちゃん見たさに客も来るようになったようだ。
 企業もののキラクターはこれより盛んになり、多くの企業からキャラクターが出現して、多くの人々の人気者となって行くが、ペコちゃんも例外なく飛びっきりの人気者。
 そのペコちゃんブームにあやかって、不二家からキャンペン用のペコちゃんが出現、それ目当てに客が殺到して、店の目論見どおり繁盛したらしい。









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2018年03月10日

瓜二つ

      双  子
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 古時計には色々な形をしたものがあり、その種類は多くて数え切れない位、どれがどのメーカーで最初に造ったのか分からないものが多く存在している。
 当時のカタログやあるいは特許庁に記録があれば、その時計が何時製造されたかも分かるが、しかし実際は記録も少なく其れを判定するのは極めて困難だ。
 当時も当然の事、特許取得をしている物もあるが、していない物の方が多く、人気の形は各時計製造会社がこぞって製造、そのために類似品はこれまた多い。
 写真の時計、愛好家の間でも一番人気の時計、この形の時計は当時も多くの時計製造会社が製造、しかしその中でも瓜二つと似ている時計が存在する。

 一寸見ただけでは何処のメーカーか分からず、文字盤などが変えられていたのであれば、更に判別するのは難しくなり、よほど古時計に精通していないと判別しずらい。SANY1002.JPG
 一方は精工舎、もう一方は高野時計、この2つの時計兎に角良く似ており、写真で見てドチラがドチラと即答できる人は、古時計に深い知識がある証拠だ。
 部分的に比較写真を見て、細部の違いを認識した上でないと区別できず、精工舎の物の特徴や、高野時計の特徴を細部にわたって観察する事で区別が出来様が。
 それにしても、之だけ同じものを作らなくても良さそうであるが、当時としてはそっくりに真似る事が使命であったのか、それとも市場でその様に求められていたものなのか、判断に苦しむ。
 流行とはそのようなものと言うが売れるものを造るのは製造所の使命、売れない時計を造っても意味はないが個性も大事な要素。
 その個性も流行には勝てないと言う事だろうか、製造者も大変である。
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2018年03月09日

何に保管している

   質問が集中
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 瀬戸の雛巡り中、享保雛の保管について多くの人達から質問攻めに、それは展示してある享保雛についてである。
 展示してある雛人形は江戸時代のもの、それも享保雛は最も古いもの、だから何故程度が良いのか、どの様に保管しているのかとの質問が。
 見学者からはこの質問が一番多くて、期間中何度説明したことか分からないほど、それだけ興味を持たれたらしい。
 自分の家の雛人形の保管さえままならぬのに、古い雛人形をどのように保管しているのか興味津々との事。
 事実、自分の家の雛人形も古いものなのだが、ここの雛人形とは比較にならない位新しいもの、なのに家の方が程度か悪いのだと。SANY1118.JPG
 その人たちの話を聞けば殆どが適当に保管されていたり、木箱に入れてあるが長年出していないとか、虫に食われているとか様々な答えが帰ってきた。
 だからここの雛人形と比べれば不思議でならないと言うのだが、その真実が知りたいと言う事らしい。
 確かに展示してある雛人形は程度の良いもの、それも跳びっきり良いものを展示してあるから疑問が湧くのも無理はない。
 手に入れる時に良いものしか買わなかったからだが、それだけではなくその後の保管も気を使ったから。
 質問者からは桐の箱に入れて保管しているのかと、そんな問SANY5971.JPGい掛けも多くあったが私はこれに入れていると持ち出したものは。
 特大の茶箱、大事な雛人形を保管するには色々と試してみたが、やっぱり一番良かったのは茶箱である。
 桐の箱は一見良いものに見えるが、材質もさることながら板が薄くて傷つき易く、頑丈な茶箱にはかなわないのだ。
  写真は小型の享保雛、和紙でぐるぐるにまかれており、乾燥を防ぐとともに虫が付かないようにしているが、大きなものは大型の特注の茶箱に一つしか入らない。


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2018年03月08日

麺と小学校

      開智小学校
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 明治はじめ、全国で盛に小学校が開校されたが、現在までその姿を留めている所は少なくなってしまったよう、開智小学校は昔の姿其のまま残っている数少ない小学校だ。
 松本市にある開智小学校、この小学校は数少ないうちの1つ、信州は全国でも多く明治期の小学校が残っているが、とりわけこの小学校は美しい姿。
 学校が美しい姿をしていると少しオカシイが、事実この小学校は絵になる美しさ、正面玄関にはエンゼルが掲げられている珍しい建物、2階には美しいステンドガラスが嵌り、まさに明治といった雰囲気の小学校だ。

 今も昔あった所の近くに保存され、観光客で賑わっているが、何時見ても美しい姿で建っているから、何時行ってもその姿を見ることが出来る。
 この小学校のすぐそばに、蕎麦好きが通う店があり、私も良くここへ蕎SANY2859.JPG麦を食べに行くが、何時行っても混んでいて、中々直ぐには食べれない。
 この蕎麦屋「もとき」と云い、松本でも人気の蕎麦屋、もとは女鳥羽川近くにあり、始めのころ其処によく食べに行ったものだが、現在はこの地に引っ越してきた。
 以前は店も狭くて、一編に何人も入れず並んで食べた思い出があるが、今は店も大きくなっており、余り待つ事はないのだが、それでも昼時には待ち時間がある。
 「もとき」の蕎麦は、腰が強くて喉越しも良く、口の中に入れれば蕎麦の香りが鼻に抜け、これぞ蕎麦といった感じの蕎麦であるが、少し硬めかもしれない。
 出汁の利いた汁はサッパリとした感じの汁、関東風のつけ汁のようだが、からさは余り無く、柔らかな出し汁、蕎麦を食べた後の濃い蕎麦湯を入れて飲む汁は又格別な味。
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2018年03月07日

確認事項

   浜松ミーティング開催

 期日、 3月11日 日曜日
 場所、 浜松市東区小池町2543-4
     NKトレーディング事務 053-465-3666
 時間、 11時30分開始
 会費、 1500円昼食代含む

 今回もオークションを開催します多数参加ください。

  日本古時計保存協会 事 務 局
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2018年03月06日

コルクの栓

      軟らかくて
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 コルクの栓、ワインやブランデーの栓としてコルクが使われているが、このコルク軟らかいけど丈夫、さわって見るとフカフカとして柔らか、しかし丈夫だ。
 ワインをあける時、専用の栓抜きを使用して栓を抜く、らせん状のドリルみたいなものをコルクの栓にねじ込み、ぐるぐると回しながら下におろす。
 一番奥まで入れてから栓を抜くが、この時場合によっては栓が崩れ、元から抜けなることも、殆どの場合は簡単に抜け、気持ちの良い音が出る事もある。
 そのコルクの栓、抜いてしまった後、また元のように栓を使用と押し込もうとしても、中に入らないもの、コルクは柔らかだから簡単に入ると思いきや、ドッコイそうはいかない。
 人の手ではボトルの口に押し込むことは出来ず、機械で押し込まないと栓は出来ないらしく、何度やっても入らないもの、それに引き換え、抜く時には壊れてしまう事もある。
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 写真のように途中から折れてしまい、ボロボロの状態で半分がビンの中に入ってしまい、之を出すのには一苦労、崩れた栓は大概は出てこずにそのままの状態だ。
 こうなるとやっかいな事になり、コルクの破片がプカプカとボトルの中で浮いてしまい、見た目にも良くないが、飲もうとすると之が邪魔をして飲めない。
 折角お気に入りのボトルを買い込んだのに、栓抜きに失敗すると、気分も良くないし直ぐに飲めないと、踏んだりけったりの状態になり、結局は飲みたくなくなったしまう。
 良く起こる事ではないが、それが起これば気分もボトルも台無し、写真のようにならないで、気を使ってあけないと失敗の原因となるから注意が必要だ。
 早く飲みたいと思ってあせって、ツイツイ力が入らないように慎重に開けること。
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