2019年07月30日

ロレックス

    何故か人気がない

 ロレックスの時計、今一番人気な時計、特に腕時計しかもブラックの時計、高価でありながら若者に絶大に支持を受けている時計だ。SANY6549.JPG
 私もロレックスは好きだが、人気のものではなく手巻きの時計が好きで、幾つか持ってはいるが使用はせず、お蔵入りの状況だ。 何故かと言えば、今までに良く壊して、修理代が高く付いてしまい、其れ以来使用せず保管状態、頑丈な自動巻きであればこんな事はない。
 私の持っているものは本体が薄くて、ブレス調の時計がおも、だから壊れやすくて使わないが、では何で持っているのかと言えば、機械が好きだから。
 ロレックスの機械は力強さが伝わってくる感じのもの、他の時計の機械と比べれば、それらしき感じるのは私だけかも知れない。
 しかし、あの機械を見ていると職人気質が表れているような、そんな気になってしまい、ツイツイ見とれてしまう事もあり、それが又良いのだと思う。
 
そんなロレックスの懐中時計、写真のものだが、あまり程度が良く無いもの、それでも見つけたのだからツイツイ買い込んでしまった。
 どう云う訳か、ロレックスの懐中時計、今一人気が無いもので、何で人気が無いのか分からないが、アンティークショップに出ていても売れていない。SANY6555.JPG
 私が良く通ったショップでも、何時行ってもガラスケースの中に納まっていて、売れていないのだが、ショップのオーナーに聞いても、「何でだろう、売れないね」と首をかしげる。

 腕時計は今や若者の人気は絶大、何処のショップでもひっぱり凧で、商品が追いつかないという、その一方懐中時計は何時までもカラスケースの中。
 中々売れないのだが、原因は分からないのだと言う事、実用的でない事が一番の原因なのかとも言うが、それだけではないと思う。
 このロレックスの懐中時計、1920年代のものと思うが程度は良くないので、売れ残っていたのを私が買い込んだよう、「残り物には福がある」の喩えが通用するのか。
 裏蓋を開ければロレックス特有の、あの頑丈の中にも繊細さがあり、やっぱりロレックスの機械だと思わせるが、何で売れないのかやっぱり不思議。

 
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2019年07月29日

おみやげ

   明るすぎる

 SANY9489.JPG私は酒はあまり飲まないが好きである事には違いなく、多くは飲めないがたまにはたくさん飲むこともあるのだ。
 何故か日本酒は苦手で猪口一杯でダメになるが、蒸留酒なら体に合っているようで多少は飲めるので好きでもある。
 知らない人は日本酒が飲めないのに蒸留酒が飲めるとは信じず、時々私と飲み比べをすることもあるが、大抵は相手がダウンする事が多い。
 別に私が強い訳ではなく、全く酒が飲めないと思い飲み比べをするから誤解するのであって騙している訳でもない。
 蒸留酒は好きで何故かしら身体にSANY9497.JPG合うよう多少の事では酔わないので、何で酒が飲めるのかと不思議に思う人もいる。
 日本酒が飲めないのにウイスキーは飲める、そんな馬鹿な話はないと思い込んでいる人、そんな人と飲むときなどは面白い事も起こる。
 私は大抵はストレート、何も薄めずに飲むのが好き、だから知らない人は私と同じの見方をして失敗するのだと思う。
 ビールを飲むのと同じようにウイスキーを飲もうとするから間違いが起こる事に、ウイスキーの飲み方とビールの飲み方は違うもの。

 同じの見方をすれば間違いなく酔っぱSANY9500.JPGらう事になるが、何時ものペースで飲んでしまいダウンする事になってしまう。
私が強い訳ではなく、飲み方が悪いものであり、ウイスキーにはウイスキーの飲み方が、ストレートであまり飲まない方が良い。
 娘がイタリアに旅行に行った時、お土産にデキャンタを買い込んで来た、それは鮮やかな赤い色のデキャンタ。
 何時も私がウイスキーやブランディーをデキャンタに移すから、それを見てデキャンタを買って来たらしい。
 しかし現れたのは鮮やかな赤い色のデキャンタ、グラスもセットであるが余りにも赤色がきつ過ぎて使う気になれなくて、もっぱら飾り棚の上で鎮座している。
 折角買って来てくれたのだが、一、二回飲んでは見たが旨くなくて、赤が気になって仕方がなかった。
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2019年07月28日

手の込んだ細工

      貴族の誇り

 SANY2730.JPG懐中時計は高級品の時計であり、一般庶民の持てるものではなく、貴族階級のものであった時代、当初の懐中時計も御多分にもれず、大きな物であった。
 マダマダ時計が小型化されず、時計自体が珍しいものであった時、その大きさは懐中とは言えない位な大きな物、懐に入る代物ではなかった。
 しかし、時代が下がるにつれて懐中時計も小さくなって行き、やがては良く目にする位の懐中時計の大きさになり、誰もが懐に入れて持ち歩く事の出来る物になった。
 そして、当然の事であるが懐中時計は豪華な造りへと変貌をして行き、金銀財宝で飾り立てられるようになり、権力と富の象徴としての時計へと変わってゆく事に。
 これ等の時計は一般庶民には手に入るものではなく、当然の事貴族階級に支持され、益々その豪華さを競い合う、誰よりも豪華に、誰よりも珍しく、留まる事を知らないかのように突き進む。
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 その頂点に立った時計が、「マリー、アントワーネット」が注文した時計、その豪華さと複雑の機能は現代においても、あせる事のないもの、他の追随を許さない時計だ。
 そんな豪華な時計には、これまた豪華な鎖が必要となり、その時計に合った物が特別に作られ、時計と鎖を一体化して、益々豪華を競ったものだ。
 写真の鎖もその豪華な物の1つ、銀製の鎖と鍵巻きを組み合わせたもの、鎖は細い銀線で組み合わせ、4重にセットされ、鎖の中間には豪華な銀製の装飾品が付く。
 この鎖のように、時計にあったものを特注品として製造させ、富と権力を他に示す為の道具として、時計職人に金にものを言わせて作られたものだ。
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2019年07月27日

健さん

   懐かしい
SANY0423.JPG
 健さん事高倉健、早いもので亡くなって5年になるが昨日の事の様に思う、若い頃より大の健さんファンで良く映画を見たものだ。
 学生時代丁度任侠ものが全盛期の時代、何処の映画会社も任侠ものを上映、人気を博していた時代、中でも高倉健の映画は大人気であった。
 高倉健は映画俳優になっても中々芽が出なかったらしく、デビュウはしたものの鳴かず飛ばず、人気が出なかったようだ。
 そんな事もあって江利チエミが健さんを後押し、映画界に売り込んだとされ、陰口でチエミに食べさせて貰っていると言われたほどだと言う。
 そんな陰口が囁かれたほど人気が出なかったとの事、当時映画会社もデビューさせたものの人気が出ず四苦八苦したとも言われている。
 江利チエミの後押しで映画には出ても、やっぱり売れなくて本人も大分参っていたとも言われ、下隅が長かったようで、1963年人生劇場飛車角で初めて任侠映画に出演、体格を生かした演技で一躍スターに躍り出、伝説の任侠スターとなる。

 1964年以後高倉健は任侠スターとして押しもSANY0417.JPG押されぬ人気俳優に、これからが高倉健の伝説の始まり、任侠映画は高倉健、健さんの独り舞台と言っても良い。
 これから10年は任侠映画一筋、高倉健と言えば誰しも任侠映画と言われるほどのはまり役、健さんをおいて他は無く知名度抜群であった。
 丁度私も学生時代真っただ中、暇つぶしに健さんの映画を見に通ったもの、今でも覚えているのが雨降りの日の映画館だ。
 任侠映画の健さんの姿を見て、映画が終わった後の観客が出て来ると、傘を片手に体をひねった厳つい格好で皆が出て来るのだ。
 これは映画で健さんが殴り込みに行く場面、それを真似してツイツイ傘を手にそんな姿になってしまう程健さんの映画にはまっていた証拠。
 雨降りの日は映画館の前に行くとそんな姿を良く見えたもの、健さんに成りきってしまった観客が如何に多かったと言う事だ。

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2019年07月26日

夏と言えば

   かき氷

SANY1434.JPG 暑い夏、今年も暑い夏が居座っているが、この暑さ何時まで続くのか、この先まだ長い夏が続きそうだ。
 この暑さは以前の暑さとは少し違ったもの、以前であれば暑くても暑さが違ったと思うが、そんな気がする。
 以前は30度ソコソコであったが、今は40度と体温よりも高い、これが最大の違い、暑さが全く違うもの。
 人間の体温よりも高い温度、これは人体に影響を与える温度であるから、障害が出て当たり前。
 熱中症になる人が非常に多くなり、水分を取らないと危険な状態となってしまう、そんな温度になってしまった。
 日本はもう熱帯に近い地域となってしまったのか、温暖化の影響は計り知れない速さで進んでいるのだ。
 昔の人は自然と一体化し、暑さとうまく付き合った来たが、今の状態ではそれも中々難しい状態と思うが、人は感覚的に暑さ、寒さを感じると言うが、其れも体温以上に暑いと姿を消してしまうのか、そんな事を思ってしまう。

 例えば以前は氷と書いたあの旗、見慣れたかき氷を示す旗、あの旗を見れば涼しきを感じたものだが、しかし今はそれをあまり感じないと言う。SANY7814.JPG
 感覚的に氷とイメージし難い位に暑い、だから感じないと言う事らしいが、ここにも依然と違った感覚となってしまった。
 涼を求める事も大分様変わりしてきたと言う、家庭で今団扇を見る事が無くなったしまった様で、団扇は何処に行ってしまったのか。
 現在造られている団扇は、本来の働きとは違ったものになり、飾りとして使われているようで、涼を取るものとなっていない。
 エアコンが利いているから団扇は要らないと、もしもエアコンが無かったら今の時代団扇だけで涼はとれなく、誰しも団扇だけでこの夏を過ごせと言われても、果たして耐えられるものなのかと思ってしまうのだ。
 人の感覚は目から入って行くものと言われ、涼しそうと目から脳に伝達され、脳が涼しいと感じて指令を出す仕組み、その指令が出にくく成ったしまったものなのか、例えば団扇でも色々あるが、その中で一番涼しそうな水団扇、以前ならこの水団扇を見ると涼しそうと感じたもの、あの透き通った団扇は如何にも涼しそうと感じたが、しかし今の子供たちに、あの水団扇を見せても涼しそうとは思わないと、団扇では涼しいと思わないと嫌な時代になったしまったものだと、つくづく感じてもこの暑さは涼しくはならないもの、何時まで続くものやら、先が思いやらりる。





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