2019年06月30日

夏越の払い

    氷室の氷

 6月30日は夏越の払い、昔からこの時期に夏を乗り切る為にお祓いをした事に由来、無病息災を願って神社で厄を祓ってもらった。
 現在では茅の輪くぐりとして行われているが、関東と関西では少し形態が違っているものの、夏に向けてのお祓いは同じ、悪霊を祓った。
 この歴史も古く奈良時代には行われていたと言われ、それだけ夏の疫病は恐れられていた事を示すもの、この時期宮中では冬のうちに溜めておいた氷を取り出して食していたと言われる。
 暑い夏に氷を食べると言う事は一般庶民では叶うものではなく、宮中において食されていたもの、この氷を食する事と茅の輪くぐりは長く受け継がれた来た伝統行事でもある。

 歌にも歌われているこの行事。

   水無月の  夏越の払いする人は  千歳の命延というなり
 この時期に全国神社で夏越の払いが行われ、夏に向けての厄除け祈願が行われるが、良く知られているのが茅の輪繰りである。
  神社に行くと、神前の前に大きな茅の輪がもうけてあり、この輪を左巡りで三回まわり、神前でお払いを受ける事になるが、作法は左回りに8の字を描くようにまわる事。

 私も近くの神社でお払いをする時もあり、作法通りにやっていると、知らない人は何をしているのかと怪訝な顔で見つめている事もあるのだ。
 この行事が古くから行われている事を知らない人も多く、単なる厄払いの仕来りだと思っている人も、夏越の払いが茅の輪くぐりとは思わない。
 そしてこの時期に食べる和菓子は水無月と言う和菓子、ういろ状のものの上に小豆が乗せてあるもの、これは宮中で昔食べられていた氷室の氷をイメージした物。
 一般庶民は夏にかき氷等食べれなかった時代、ういろうを氷に見立て、厄除けのあずさを載せ、冷やして食べたと言い伝えの食べ物だ。
 この和菓子、冷たく冷やして食べれば美味しく、夏だけの食べ物ではない、しかし、この時期食べるのが習わし、季節感を味わうのだ。
  この様な風習も段々と忘れ去られて行ってしまわないように、我々も後世に伝えないといけない、古くからの行事を伝えるのも役目かも。

 
posted by kodokei at 00:00| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記

2019年06月29日

うちわのさんち

    減ってしまった

 SANY2461.JPG夏の必需品団扇、竹と紙で出来た扇ぐ道具、夏には無くてはならない物、何処の家庭にも数多くの団扇があり、涼をとる道具であった。
 近年はまったくと言って良いほど家庭から消え、今の子供等はあまり団扇の有り難味を知らず、夏の必需品と言えばエアコン、冷房装置しか思わない。
 この団扇、歴史は古く古代エジプト時代に遡り、古くからあった物であるが、今みたいな涼を取る道具ではなかったらしく、儀式や占い等に用いられていた。
 今みたいな大きさではなく、今の団扇の10倍位のものであった由、非常に大きな物で厄を払いのける物であった由、素材としては木製であったり、鳥の羽や獣の皮であったりした。
 日本では弥生時代には、やはり儀式として用いられていた事が分かっており、長い間そのような儀式に用いられてきたが、江戸時代に入り広く普及。
 一般庶民の涼をとる道具となり、爆発的に流行し、何処の家庭にも団扇がある様になったらしく、その原因は竹と紙であったとされ、現在のような形となった。

 SANY2463.JPGもともと、うちわを漢字で書くと「団るい扇」となり、団は「丸いと言う意味」、丸い扇が団扇となったらしいが、その他にも色々な説があり、論議を呼んでいる。
 団扇には産地があり、房州団扇、岐阜団扇、丸亀団扇、京団扇などが代表的な団扇、これ等の産地は竹と紙の産地と重なっており、地の利を生かした製造物でもあった。
 京団扇や岐阜団扇のような洗練された高級品、房州団扇と丸亀団扇は普及品、其々の用途により一般庶民が買い込み、夏の必需品となった。
 しかし、昭和40年代に入り冷房装置が普及するにつれ、団扇の需要は急速に減り、一般の家庭から団扇が姿を消しはじめて行ったようだ。
 最近では祭り等で使われるようになり、少しは回復してきたようだが、以前みたいに、何処の商店も、お中元として団扇を使われたが、その様な時代にはならないであろう。
posted by kodokei at 00:00| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記

2019年06月28日

フランター菜園

    もう少しです
 SANY2204.JPG我家の家庭菜園、プランターでの試みであるが、順調に生育して実績を挙げつつ、これから収穫が順調に行くことが果たして出来るのか少し不安、テレビで簡単に家庭菜園は難しくないと説明するが、初めて栽培する者にとっては簡単ではなく、わからない事ばかり多くて難しいのが現実であり、簡単ではない。
 園芸店でプランターと腐葉土を手に入れてきて、我家の庭で栽培する事に、昨年は暑さのせいで枯れるものもあり、みずやりをシッカリしたつもりであったが。
 テレビで放送しているわりには、栽培はそんなに甘くない事が分かったのが真夏、此方が思っていた以上に水をやらないとかれてしまう事を知った。

 トマトとなす、ドチラもさほど難しくないとのテレビの触れこみ、簡単に収穫が楽しめるとの合言葉、単純な性格だからツイツイその気に、しかし生き物はやっぱり難しいもの。
 水やりと土の管理、狭いプランターでの栽培はこの2つが決めてらしく、その決め手を簡単に思っていたが、失敗したので今年は其れを繰り返さないようにと、今は順調のようであるが、果たして上手く行くのだろうか。
 写真は現在のトマトの状態であり、昨年とは少し違って上手く言っているような気配、今盛に成長している。
 水やりも順調にこなしていると思っているが、この先暑さが増してくると果たしてどうだか、トマトはなすよりも少し遅いようであり、今はまだ小さな実。
 この実が大きくなり、真っ赤なあのトマト色になるのを楽しみに待っている事に、暑さ対策もこれから研究をしないと、真っ赤なトマトの収穫は難しいかも。
posted by kodokei at 00:00| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記

2019年06月27日

置時計が見たい

   珍しいものが

 5月25日より始まった日本古時計保存協会による時の記念日SANY2239.JPG展、早いものでもう今週いっぱいで終わりである。
 毎年のことだが会場のスペースが限られたおり、展示台数が限られるので何時も厳選して展示をしているが、見学者からは他の時計ももっと見たいとの要望も多くある。
 確かに見学者の方々の意見を大事にして展示をしているが、全部の要望には応じ切れないのが現状であり、もっと答えたいとも思っている。
 そんな事で今年も時計展が開催し、最初から多くの見学者が訪れて頂き、此方としても安心したり、恐縮したり。
 毎年訪れて頂く方も多くなり、「今年の目玉は何ですか」と聞かれ、こちらが驚く事もあるが、その都度説明に力を入れている。
 勿論毎年掛時計が主体であり、掛時計の数が大半、歴史的に史料価値の高い時計も数多く出品しているが、毎年同じものも出品している。
 それは、保存協会して是非見学者の皆さんには、この時計だけは知って欲しいとの意向によるものだあるから。
DSCN1891.JPG
 時計史の上から絶対に外せない時計は毎年展示しており、その台数も限られているが、本来はもっと展示をしたいと思っている。
 しかし、見学者の皆さんからはもっと変わったものが見たいとの要望も多く、ジレンマになっているのも現実である。
 今の会場では置時計を置く数が限られており、多くは置けず毎年厳選しているが少ないと言え、見学者の希望に添えていない。
 その上置時計の珍しいもので、カラクリ付きのものとなると限定されてしまい、大きさにもよるがスペースが取れないので頭が痛い。
 ある見学者は「ここへ来れば珍しい物が見えると聞いた」と言われ、期待して見に来たが何処にあるのかと、そんな見学者もいるのだ。
posted by kodokei at 00:00| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記

2019年06月26日

真鍮製

      黄金の輝き

 SANY2323.JPG昔アメリカ映画に出てきたランプ、大きな机の上に置かれた真鍮製のランプ、あのランプを見た時には、アメリカは凄い国だと思ったのを覚えている。
 私が見た黄金のランプとは、真鍮製のシェル型をした置ランプの事、映画の中のランプはキラキラと輝いており、アメリカの豊かな生活を表すようなそんな気がしたランプ。
 その時からあのランプは、「ザ、アメリカ」であり、憧れのランプとなってしまったが、その時見たシェル型のランプ、上部は貝殻を被せたような物で、支柱が二本付いていた。
 脳裏に焼きついた此のランプ、憧れのランプとなって久しく、アンティークショップで再び出会った時には、あの映画で見たランプとは形は一緒でも輝いていない物だった。
 形こそ良く似ているがあのランプと違うと思ったが、店主に「此のランプ、アメリカ製ですか」と聞いてみると、直ぐに「アメリカ製のランプです」とかえって来た。
SANY2327.JPG
 やっぱり同じ物だが光り輝いていないから、店主に再び聞いて見る、すると店主、ニコリとして「時代物だからくすんでいるだけで、磨けばピカピカに成る」と教えてくれた。
 当たり前の事であるが、私は映画の中のランプのイメージが強すぎて、ピカピカのランプでないと同じ物に見えなかったので、「新しい物は今手に入るのですか」と聞いてみた。
 再び店主「新しい物は今も販売しているが、やっぱり当時の物の方が良いと思います」との事、「今の新しい物はピカピカで雰囲気が無い物で勧めたくない」とも付け加えた。
 写真のランプが現在販売されている復刻版のランプ、やっぱり店主の言ったとおり、新しい物は趣の無いもので、やっぱり本物のアンティークのランプの方が良いと悟った。
posted by kodokei at 00:00| Comment(0) | TrackBack(0) | アンティーク